ユーラシア旅行社の「フランス物語15日間」に参加して、2003年5月15日からフランスへ出掛け、5月29日無事帰国しました。フランスの南東部から西へ、ついで西部を北へ、更に北部を東へ、バスで都市間を2,600kmも走り、その間毎日市内を9,000歩から25,000歩歩き、疲労と時差ボケで報告が遅れ失礼しました。
行き先は宿泊地を○印、訪問地を△印で表すと次のようになります。
成田→パリ→○ニース→△モナコ→△エズ→○ニース→△サン・ポール・ド・ヴァンス→△カンヌ→○マルセイユ→△エクサン・プロヴァンス→○アルル→△フォンヴィエイユ→△レ・ボー→△サン・レミ・ド・プロヴァンス→△アビニヨン→△ポン・デュ・ガール→○アルル→△ニーム→○カルカッソンヌ→△トゥールーズ→○ボルドー→△ポワティエ→○トゥール→△アンボワーズ城→△シュノンソー城→△シャンボール城→△ブロワ城→○トゥール→△モン・サン・ミッシェル→○サン・マロ→△ドーヴィル→△オンフルール→○ルーアン→◎パリ→○機中→成田
パック旅行ですが、一行は15名で同年代に近い夫婦4組を含む比較的高年齢の旅慣れた大人しいグループでした。一人添乗員の島村友美さんのみ若く、精力的に毎日の行動レポートから、フランスの歴史、王朝家系図、美術史、ヨーロッパ建築様式、ジャンヌダルクゆかりの地、フランス語会話、フランス・ワインの生産地と格付け、ボルドー・ワイン、プロヴァンス料理の紹介、サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路などについて解説の文書をくれ、各地の地図や紹介パンフレットも配布され、移動途中のバスでいろいろと解説をしてくれました。旅行中デジカメで約700枚の写真をとりましたが、以上の資料と私自身のメモで何とか説明できるようになることを期待しています。とにかくパリとニース以外は今回初めての旅行であり、今まで名前も知らなかった所が多く、まだ頭の中が充分整理されていません。従って全部解明するまでには多少時間がかかるかも知れません。
今回の旅行でフランスに対する印象が大分変わりました。その主な点は次の通りです。
1)歴史的にフランスは一枚岩ではなく地域によってかなり外国の影響が大きいことを実感しました。ローマの遺跡もかなり残っており、マルセーユがシーザーに対立するポンペイウス側についた為、シーザーに徹底的に破壊された事など初めて知りました。ブルターニュはケルトがイギリスから渡り、ノルマンディはノルマンが侵入し、イギリスも征服したなど各地に話題が豊富でした。
2)フランスは中央集権で有名でしたが、96県は22の地方にまとめられ、大分地方分権が進んできたようです。ただ地元ガイドの話では、地方のガイドは地方分権が進んだといいますが、パリのガイドはまだ中央集権が強いと称しており、実態はその中間くらいだと思います。ただ各地がそれぞれ特色を出そうと努めていることは認められました。
3)フランスの高速道路は有料ですが、思ったよりよく整備されており、バス旅行も快適でした。更に季節も良かったのかも知れませんが、緑の田園風景が素晴らしく綺麗でした。都市の石造り文化と共に、自然美の保存と商業広告皆無の高速道路周辺は観光に取って重要な要素だと感じました。
フランスでは勿論毎日ワインを飲む機会がありましたが、フランスのワインは紀元前フェニキア人が来てカンヌとマルセイユの間で葡萄の栽培をはじめたのが各地に広がったものだそうです。
滞在中ユーロが円に対して強くなり、1ユーロが実質150円近くなりましたが、フランスの物価はユーロと共に高いように感じました。食後のデザートでコーヒーや紅茶も有料なので注文する人がいませんでした。
お隣のドイツの観光には音楽家が大分利用されていますが、フランスではあちこちで画家が観光の目玉に利用されていました。レオナルド・ダ・ヴィンチやゴッホなど外国人画家まで含まれていました。
又公務員の年金支払い開始時期を民間並みに遅らすことに反対して公務員がストライキをやっていましたが、交通は勿論のこと、美術館、博物館、教会までストライキで閉鎖とは恐れ入りました。
いずれ近いうちに旅行記とフォトギャラリーを作成いたしますのでご期待下さい。
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