[第13日目・5/27(火)]晴 終日パリ滞在
07:00起床、朝食後、09:00ホテル出発、パリ市内観光、午後フリータイム。
ガイドは高木さん。パリは郊外を含むと人口950万人になるが、中心部は12×9kmで、その中に220万人が住んでいる。
バスは、スクリーブ・ホテル→オペラ座→ヴァンドーム広場→チュイルリー公園→コンコルド広場→シャンゼリゼ大通り→凱旋門→イエナ通り→イエナ橋→河岸通り→シャンドマルス公園と進み、ここでエッフェル塔写真ストップをとる。再びバスを走らせ、アンバリッド→ロダン美術館→廃兵院→アレキサンダー3世橋→セーヌ川右折→カルーゼル橋→セーヌ川右折して09:55目的地[オルセー美術館]に到着。しばらく行列して開館を待ったが、約1時間後、年金制度改定反対ストライキで本日は開館しないことが決定し、10:55再出発し、西のブローニュの森の手前にある[マルモッタン美術館]に11:15到着した。ここは初めてだが、「印象・日の出」や「睡蓮」などクロード・モネの名作を展示しており、合わせてルノワール、シスレー、ゴーギャン、ジベルニーなどと共に、Berthe Morisotという女流画家の絵を多数紹介していた。
11:50バスで今度は西から東へ進み、パリ市庁舎前を通って12:15マレ地区の[ヴォージュ広場]に着く。「マレ」とは沼地の意味で、14世紀の木組みの家もある古い地区である。広場の真ん中にはルイ13世の騎馬像があり、広場は貴族が住んでいた煉瓦の建物に囲まれている。その一角にはヴィクトル・ユーゴが1832年から16年間住んでいたという家がある。広場の芝生には学生らしい若い人が大勢休んでいた。そこから少し南のかつて牢獄があり、フランス革命の起こった[バスティーユ広場]に行き、12:40昼食のレストランに入る。
昼食、LEON BASTILLE(ツナのパテ、白ワイン蒸しムール貝、ワッフル)
食後自由時間となるが、1954年以来何度も来ているので、大抵の所は行ったことがあるので、なるべく今まで訪れたことのない所を選んで歩くことにした。
先ず新オペラ座のある[バスティーユ広場]の周囲をあらためて一周してから、再度[ヴォージュ広場]に戻り、そこから西へ[歴史博物館]へ行くが、生憎スト中で中には入れなかった。ついで南に下がり[パリ市庁舎]に行き、中の市民用催し物の会場にもぐり込んだ。その後シテ島に渡り、最初[ノートルダム]の上に登ろうと思ったが、大勢列をなして待っているので諦め、教会堂の中に入って、あらためてステンドグラスを鑑賞する。ついでシテ島の西にある[サン・シャペル]に入ろうと思ったが、入り口が見つからず、最高裁判所の検問をくぐって中に入り、付属の教会であるサン・シャペルを僅かな隙間から内部を覗き見した。しかしやはりストで本日はクローズしていた。交通機関だけでなく、美術館から教会までストライキをやるとはフランスも呆れた国である。それも公務員の年金の支給開始を民間に揃えるというだけのことである。何かフランスにはまだ社会主義的な匂いを感じる。シテ島の入り口から地下鉄でオペラに戻り、17:00ホテルに帰る。
夕食はフリーで、何人かの仲間と近くのLE GRAND CAFEでビフテキを食べた。これでフランス物語の観光を終了する。
本日の歩行数23,800歩、パリ、スクリーブ・ホテルに再泊。
[第14・15日目・5/28・29(水・木)] パリ→機中泊→成田
5月28日、07:30起床、朝食、荷物出し、09:40ホテル出発。
10:20パリ・シャルル・ド・ゴール空港着。12:35AF276便に乗り、予定より遅れて14:00離陸。昼食をとり機中泊。本日の歩行数6,200歩。
5月29日軽く食事して08;15成田空港着、通関後解散し、それぞれ帰途についた。たまたま当日大井町で小学校の同期会があり、昼間の会合だったので顔を出して帰宅する。
本日の歩行数10,300歩。
全般を通じて一人の故障者もなく、無事故でツアーを終了した。メンバー各位のご協力に感謝すると共に、特に旅日記の内容については、添乗員の島村友美さんの解説とリポートを大いに参考とさせて貰った。ここにあらためて感謝の意を表する次第である。
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