3) 自然の美しさ
今回の旅行では、スロヴェニアのポストエナ鍾乳洞、ブレッド湖、クロアチアのブレトヴィッツェ湖群国立公園という3ヶ所の天然観光地を訪れ、更にアドリア海沿いをはじめとしてバスで1790km移動する間に、各所で自然の美を満喫することができたので、それらの概要を紹介したい。
[ポストエナ鍾乳洞]
アドリア海沿岸のリエカから北上してリュブリャナへ向かう途中にある。中世から付近の住民には知られていたが、初めて調査隊が入ったのは1818年で、欧州最大、約27kmの洞窟であり、毎年80万人の観光客を集めている。
ここの特徴は、まず高速トロッコに乗って10分間、約5km程奥に入るが、途中手を挙げたらぶつかる位の狭い洞窟を猛スピードで走り抜けるので、思わず頭を引っ込めてしまう程であった。
下車後、ガイドの説明を聞きながら、ハイライト部分を眺めながら洞内を歩く。勿論色々な形の鍾乳石が見られるが、1mm成長するのに10〜30年かかると言われており、神秘的で時空を超えた自然の驚異を見せつけられているようである。
鍾乳石の形により、「スパゲッティ」、「バロック柱」、「ブリリアント」などいろいろな名前が付けられているが、ツアー最後の「コンサート・ホール」手前には「プロテウス」と呼ばれる類人魚が見られる。人間の肌の色で、暗闇の世界に適応して目がすっかり退化し、エラ呼吸と肺呼吸を使い分け、1年近く何も食べなくても生きていけるという珍しい生き物である。
洞内の温度は年間を通じて一定で8℃であり、写真撮影は原則禁止であるが、皆パチパチと撮影していた。私もストロボを焚かずに何枚か撮ってフォトギャラリーにも紹介した。尚この地域には無数の石灰岩の洞窟である鍾乳洞があり、ポストエナから33km離れたシュコツィアン鍾乳洞は世界遺産に登録されている。
[ブレッド湖]
スロヴェニアの西北、オーストリアとイタリアの国境に近く、ユリアン・アルプスの最高峰トリグラウ山(2864m)の麓にあり、南北2120m、東西1380m、周囲6.5km程のブレッド湖は、エメラルドグリーンに輝く絵のような美しさである。西岸の約100mの高さの断崖の上にはブレッド城があり、一方湖の東南に浮かぶスロヴェニア唯一の小島には、バロック様式の聖母マリア被昇天教会が、自然を見守るように建っている。
「アルプスの瞳」と称されるブレッド湖の景観は、17世紀より既にリゾート地として人々を魅了しており、今も世界中からこの地を訪れる旅人は絶えない。ブレッド城にも聖母マリア被昇天教会にもそれぞれ歴史的いわくがあるが、やはり何と言ってもここはブレッド湖自体と周辺の自然にマッチした美しさが生命で、従ってモーターボートは禁止されており、ブレッド島に渡るには手漕ぎ船と称する二丁櫓のボートがあるのみである。
[プリトヴィッツェ湖群国立公園]
ザグレブから南へ約110km、標高637mから標高差150mの間に、何と大小16の湖と92ヶ所の滝があり、面積200平方キロあり、年間約80万人の観光客が訪れる世界的にも貴重な湖群公園で世界遺産に登録されている。(クロアチア独立戦争で一時被害を蒙ったが、今は幻想的で美しい湖群の姿を取り戻している。)
透明な水の青さは、石灰質の地質と、水中に含まれるカルシウムの作用である。又カルシウムとマグネシウムが炭酸化し、特殊な藻や苔を形成して石灰華を作る。石灰華が沈殿して倒木と共に水をせき止めて湖を作る。高地から低地へ段々になっているので水も浄化される。水中にはっきりと見える魚はレッドフィンというバスの一種とのことである。
湖畔には枕木を並べたような遊歩道があるが、多少歩きにくく、足下を注意していると折角の風景(湖と滝と湖畔の緑や紅葉など)を見損なってしまう恐れがある。しかし途中電気バスで移動したり、中間の大きな湖では遊覧船という交通手段もある。又滝にも色々な種類があるが、一番低い所の近く、プリトヴィッツェ川とコラナ川との合流点に78mの大滝があり、又かなり高い所にも大滝があったが、一般には小さな滝が多い。
結局中間にあるホテルの近くからバスでかなり低い所へ移動し、湖畔を歩いて景色を堪能し、今度は船で大きな湖を渡り、再び湖畔を歩いて登り、最後にバスで中間点まで戻ってきた。しかしこのような自然は今までどこでも見たことがなく、大変珍しい経験であった。
[内陸部とアドリア海沿岸部]
既に述べたように、イタリアのヴェネツィアからアドリア海の沿岸、イストラ半島をぐるりと廻ってリエカまで、そこから北上して内陸に入り、ポストエナ鍾乳洞、リュブリャナへ行き、西北のブレッド湖まで往復し、ついで東へザグレブへ行き、そこから南へプリトヴィッツェ国立公園、ヴェレビット山脈を5kmのトンネルでくぐり抜けて再びアドリア海沿岸に達し、ザダル、トロギール、スプリット、ドブロブニクと1790kmに及ぶ快適なバス旅行であった。
しかしどこも自然が美しく、バスの中で殆ど居眠りする暇がなかった。イストラ半島の海岸線では、黒葡萄畑、松林とアドリア海が印象的であった。ただ残念ながら黒葡萄酒を飲むチャンスを逸してしまった。
スロヴェニアでは3ヶ所しか行かれなかったが、ノートには「道路良し、風景良し、料理良し」と記録されている。
クロアチアでもほぼ同様であるが、ザグレブからプリトヴィッツェへ行く途中、カルロヴァッツ付近で、クロアチア独立戦争の激戦の跡として、住居の外壁に弾痕が見られた。そういえば所得レベルから言えば、貧困家屋や乞食などがいてもおかしくないが、全くそのような気配はなく、立派な赤い瓦屋根の家が並び立ち、綺麗な自動車、海岸の数多くのヨットなど、不思議に豊かな感じがした。
ただアドリア海沿岸の南部では、海岸近くまで山が迫っているが、石灰岩なので碌に木が生えておらず、又海には大小1,000を数える島が並んでおり、遠くまで見通せる所は少なかった。スプリットとドブロブニクの間にあるコルチュラ島でマルコポーロは生まれたという話であった。
又同じくスプリットとドブロブニクの間の海岸にネウムという町があり、ボスニアヘルツェゴビナ領であるという。昔ヴェネツィアとオスマン・トルコが談合して緩衝地帯を作った名残というが、まさかクロアチアの領土が二分されているとは知らなかった。しかし国境の関門もなく、景色も連続的で、バスで通り抜ければ恐らく気が付かなかったであろう。自然の景色が汚されずに綺麗であることは、おそらく人間の精神にもよい影響を与えることであろう。尚余談ながらネクタイはクロアチアが発祥とのことであった。
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