異文化探訪記


Sunday, 7 March,2004    ミャンマーの異文化探訪記(その2)
 
4.ミャンマーのアイデンティティ
 
*ミャンマーの象徴は黄金のパゴダ
 ミャンマーの中を廻って一番目につくのが黄金に輝く「パゴダ」である。我々にとっては感動的な出会いである。一方ミャンマーの人々にとって、パゴダは心の支えであり、生活の象徴である。同じ仏教徒の国であるタイや中国、ヴェトナム、そして日本や韓国とは、かなり違った雰囲気を感じさせる。
 パゴダに象徴されるミャンマー独特の宗教文化やアイデンティティはどこから生まれ、どのように熟成したのであろうか。ミャンマーをより理解する手掛かりは、その原点である歴史にあるので、歴史道楽のミャンマーとその歴史の概要は是非ご覧頂きたい。
*ミャンマーの歴史と地理的位置
 現在ミャンマーには135の民族というか部族がいるが、大多数はビルマ族である。彼等はもともと中国雲南省の大理のあたりにいた遊牧民族で、中国では南詔国とも言われていた。8世紀頃から南下を始め、ビュー族(瓢国)の利権を奪って、エーヤワディー川の周辺に定着し、農耕民族となって初めてビルマ族の歴史がスタートする。
 古来ミャンマーの東北部は中国で、西北部はインドであり、両国の影響をもろに受けている。現在でもミャンマーに残る文化には、それが色濃く残っている。例えば、食事は中華料理とインド料理がミックスされた、ミャンマーの味となっている。又宗教で言えば、仏教の国でありながら、宗教美術には明らかにヒンズーの影響が見られる。又仏教寺院にはヒンズーの神が彫刻され、その一つである蛇(ドラゴン)が登場する。中国の仏教文化とは明らかに違うミャンマー独自の文化が誕生している。
*上座部仏教の功罪
 11世紀のバガン王朝はビルマ族による最初の統一王朝で、この時に現在のミャンマーの基礎がすべて出来上がる。最大のものが宗教である。アノーヤター王はモン族の文化を吸収し、大乗仏教からお釈迦様の教えだけに忠実な上座部仏教に乗り換えて国教とした。今もバガンに残る壮大な宗教聖地はこのようにして完成した。
 所がこの強い信仰心が国の安定という点に大きな弱点をもたらした。よい王と言われるために、より強い信仰心を見せる必要があり、そのため常に国の財産をパゴダの建設や僧院の建設、年々増加する僧侶へ投資が行われ、そのため国の財政負担として経済を揺るがす要因となった。更に王位継承ルールの不在が混乱を呼んだ。
*上座部仏教の伝来と国民皆僧制度
日本の仏教は中国経由の大乗仏教であるが、ミャンマーの仏教はお釈迦様の教えである上座部仏教(小乗仏教という言い方は蔑称)である。仏陀本来の教えを守り、厳しい修行と禁欲によって、選り優れた者だけが救済されるもので、インドからセイロン(現スリランカ)、ミャンマーを経てタイ、ラオスに普及している。
 ミャンマーは国民皆僧制度で、男子は十歳前後と二十才を過ぎてからの二回、一週間程度の期間、僧侶として修行することが義務づけられている。これはバガン王朝以来の習慣である。
 現在ミャンマーには若い修行僧が30万人、中年の修行僧が25万人、上級の僧侶が16万人いるとガイドは説明していたが、数字はともかく、大勢の僧侶がいて修行を続けており、国民に大切にされている点は日本と大きく異なっている。
*やさしい人々に出会う国
 信心深い人が多いせいか、ミャンマーの人は実に優しい。どこえ行っても優しい笑顔で接してくれる。観光地では子供の物売りが沢山いるが、断るとそれ以上は迫ってこない。
 軍事政権なのでミャンマーは危険な国のイメージが強いが、実際は全く逆で、夜の町を歩いても危険を殆ど感じない。経済の発展と少数民族対策で現在の軍事政権は大分成果を挙げているようで、国民の大部分も、欧米の報道のように軍事政権に反対している訳ではないようである。バガンのホテルなど社長が親日家で、従業員に日本語を教育しており、すべて日本語で用が足りる所もあり、ヤンゴンのマーケットでは若い男が日本語で買い物の案内をしており、買い物が成立するとその店からチップを貰えると言っていた。
 一言でいえば、まだ生活水準は低いが、日本人にとっては大変感じのよい国である。
 
 
5.ミャンマー大周遊11日間の概要
 
 2004年2月12日から22日まで、かねてより念願のミャンマー仏教遺跡の宝庫を駆けめぐったので、ここにはその要点のみ記す。括弧内の数字は何日目かを示す。
 
(1) 2月12日(木) <成田→バンコク→ヤンゴン>
 10時55分成田発JL-717便で約7時間、15:50バンコク着、3時間半待ってミャンマー国際航空で
 約1時間、現地時間19時55分ヤンゴン着、ヤンゴン市内ホテル泊
(2) 2月13日(金) <ヤンゴン→ヘーホー→カッグ→インレー湖>
 早朝5時ホテル発、6:30ヤンゴン発マンダレー航空でマンダレー経由8:35ヘーホー着、
 以後大型観光バスで廻る。
 *ヘーホー・マーケット:予定外だったが5日に1度の開催日で見学
 *カッグ移籍前のレストランで中華の昼食
 *カッグ遺跡:12世紀以来のパゴダの数は2500基以上。
 *パオ族集落:タンジーで高床式竹製の家に案内される
 *インレー湖ホテルで夕食(中華)、宿泊
(3) 2月14日(土) <インレー湖→ピンダヤ>
 *5人ずつ4隻のモーターボートでインレー湖観光
  水上パゴダ、水上マーケット、ガーペチャウン僧院を廻る。
 *ホテルに戻って昼食、結婚式あり、ミャンマーの花嫁がとても綺麗
 *ピンダヤ洞窟:150mの鍾乳洞内に8094体の仏像
 *ピンダヤのホテルにて夕食後宿泊
(4) 2月15日(日) <ピンダヤ→メッティーラ→ポッパ山→バガン>
 早朝6時ホテル発、バスで悪路を終日ドライブ
 *9:40 順調過ぎて早い昼飯
 *12:10 メッティーラのナガヨンパゴダ:日本人の寄付で修復された。
       日本軍戦没者慰霊碑に線香をあげて冥福を祈る
 *15:30 ポッパ山:頂上のパゴダめがけて777段の急階段を裸足で登る。
        ただし奉仕の若い女性に脇を支えられてようやく登れた。
        37のナッ神も祀られている
 *18:15 バガンのホテル到着、夕食時歓迎の人形劇やダンスショーあり
(5) 2月16日(月) 終日バスでバガン市内観光
 *マヌーハ寺院:タントン国王マヌーハの建てた寺院で、窮屈そうな大仏あり
 *シュエサンドーパゴダ:5層のテラスあり、テラスからの眺め良し
 *シュエズィーゴンパゴダ:黄金の広大なパゴダで、バガンで最も崇められている
 *アーロードービー寺院:願いが叶う寺院として花を捧げる
 *ティーローミンロー寺院:東西南北に表情の違う仏像が一体ずつある
 *タラバー門:9世紀の城壁の跡で、門の両側に兄妹のナッ神が祀られている
 *ダビニュ寺院:12世紀建立、高さバガン随一の65m。
           近くに日本軍戦没者慰霊碑あり、参拝する
 *エーヤワディー川べりのレストランでミャンマー料理の昼食
 *漆工場見学
 *ガバンのホテルで小休止
 *アーナンダ寺院:バガンを代表する寺院で東西南北に高さ9mの仏像
 *ダマヤンジー寺院:バガン最大で王の暗殺で未完成のまま
 *ミンガラーパゴダ:バガン王朝最後のパゴダで、テラスからの眺めは抜群
 *エーヤワディー川クルーズ:エーヤワディ川に沈む夕陽の鑑賞18:00頃
 *野外レストランでショーを見ながら中華の夕食、バガン連泊
(6) 2月17日(火) <バガン→マンダレー→アマラプラ→マンダレー>
 早朝6:45ホテル出発、バガンよりマンダレー航空25分でマンダレー到着
 *アマラプラ・マハーガンダヨー僧院:ミャンマー最大級、1000人の修行僧が食事
 *アマラプラ・ウーペイン橋:全長1.2km、チーク材の橋、マンダレーに戻る
 *マハムニパゴダ:マンダレー最大、金ぴかのパゴダ、仏像に金箔を貼る
 *市内栄新餐庁で中華式昼食
 *マンダレーヒル・リゾートホテルにチェックイン、小休止
 *旧王宮:1辺3.2kmの4角で城壁8m高、四囲幅70mの濠、一面木に覆われ、
       中央の復活した旧王宮のみ金ぴか
 *シュエナンドー寺院:真っ黒な華麗な彫刻の木造建築
 *クドードーパゴダ:白亜の729の小パゴダに囲まれた金ピカのパゴダ
 *マンダレーヒル:トラックバスで頂上まで、市内を眺め落日を見る
 *スワンホテルでミャンマー料理の夕食、ビルマの竪琴と民族舞踊を見る。
 *マンダレーのホテルに宿泊
(7) 2月18日(水) <マンダレー→サガイン→ミングォン→マンダレー>
 *カウンフムードパゴダ:サガイン最大、高さ56m、白色のおっぱいの様
 *サガインヒル:トラックバスで頂上へ、眺め良し、頂上にパゴダと日本人慰霊碑あり
 *マンダレー市内に戻り、王宮西側でタイ料理の昼食
 *セージョーマーケット:マンダレー最大の日用品市場
 *ミングォン:船で約1時間遡る。世界一を目指して中断したパゴダと90トンの巨大な鐘
 *ホテルに戻り鍋料理の夕食後連泊
(8) 2月19日(木) <マンダレー→ヤンゴン→バゴー>
 *早朝空路マンダレーよりヤンゴンへ、次いでバスでバゴーへ
 *バゴーへ行く途中、ガイドの実家に招待され、接待とお土産の赤飯を貰う
 *チャイプンパゴダ:バゴーの入口にある、高さ30mの四面仏
 *バゴー市内レストランで中華の昼食
 *シュエターリャウンパゴダ:全長55m、高さ16mの涅槃仏がある
 *シュエモードパゴダ:モン族のパゴダ、高さ114mで金ピカ、近くに日本人寄進の鎌倉大仏あり 
 *国営ホテルにチェックイン
 *市内レストランで中華夕食後ホテルに宿泊
(9) 2月20日(金) <バゴー→チャイティーヨパゴダ→ヤンゴン>
 *早朝6時ホテル発、大型バスで約3時間、トラックバスで山道を約40分登り、更に頂上まで
   約3kmの登り坂を約30分駕籠に乗る
 *10:30チャイティーヨパゴダに到着、高さ8m、周囲24mの金箔を貼られた丸岩が崖から落ちそう
   で落ちない
 *パゴダ近くのホテルで中華の昼食
 *帰りは徒歩で下山、しかし急坂で足がガクガク、再びトラックバスと大型バスで約4時間半
  18:25ヤンゴンのホテルに到着、ホテルで最後の晩餐後、足もみマッサージを頼む
(10) 2月21日(土) <ヤンゴン→バンコク→機中泊>
 *チャウッターヂーパゴダ:ヤンゴン市内69m×17.7mの巨大な涅槃仏
 *シュエダゴォンパゴダ:黄金色に輝く巨大で素晴らしいの一語
 *ボージョーアウンサンマーケット:衣料品、宝石類が多い
 *飲茶で昼食
 *国立博物館:ミャンマー文化、伝統芸術、伝統工芸品の展示、但し撮影禁止
 *13:50ヤンゴン空港着、16:30ヤンゴン発、18:15バンコク着、22:55バンコク発、機中泊
(11) 2月22日(日) <→成田>
 *06:20成田着、荷物を受け取り解散、空港第二ビル→日暮里→蒲田→沼部で10:00帰宅
   殆ど徹夜で疲労のため暫く休養
 
 
6.ミャンマーの日常生活
 
*衣
 上着はまちまちであるが、ズボンやスカートの代わりに、男も女も殆どロンジーという腰巻きのような長い袴を付けている。更に靴を履いている人は滅多になく、大抵はゴム草履を履いている。寺院やパゴダへ行くと裸足になるので、草履の方が便利である。
*食
 ミャンマー料理はインド料理と中華料理をミックスしたものであるが、町のレストランには中華料理が結構ある。タイ料理もあったが、西洋料理専門店は殆ど見かけなかった。ワインは輸入のようであるが、ビールは国内で生産し、アルコール度7%のものもあった。大瓶1本が普通のレストランでは2000Kであったが、ヤンゴンでは4ドルした。ホテルの朝食は西洋式と中華式とあり、かなり豪勢であった。
*住
 都市の中心部はあまり歩かなかったのでどのような住宅であったか記憶していないが、地方では草葺きの屋根で高床式の家が多かった。実際に入ったのはインレー湖近くのパオ族の家と、ヤンゴン郊外のガイドの実家であるが、何れも中国の雲南省の少数民族の家とよく似ている。一方ホテルは都市部は結構レベルが高いが、地方へ行くとお風呂がなかったり、エアコンやテレビがなかったり、バゴーの国営ホテルでは室内に電話もなかった。
*交通
 道路はヤンゴンとかマンダレーの様な大都市を除くと未だ充分舗装されておらず、バスに乗っていても振動が激しく、歩かなくても万歩計が働いてしまい、対向車とのすれ違いや追い越しはかなり微妙である。
 観光バスは日本からの中古車が多いが、千葉中央交通とか昭和観光バスとか日本名がそのまま残っており、大事に使っているせいか、車の状態は良い。
 自家用車は未だ少なく、一般の通勤にはトラックバスと称する車が使われている。これは日本の中古中小型トラックの荷台に屋根をかけ、荷台と屋根に客と荷物をのせ、後方に大勢ぶら下がっている。我々も山登りに使ったが、振動が激しく日本では到底考えられないような危険な乗り物である。
 飛行機は国際線はミャンマー国際航空で、国内線は評判の良いマンダレー航空を使ったが、いずれも時間通りに運行した。路線によっては双発プロペラ機で自由席であったず、運行は時間通りであり、機内サービスも短時間ではあるがまあまあである。
*マーケット
 大都市には常設のマーケットがあるが、衣料品や宝石類が目立つ。地方へ行くと、大体5日に1度開かれるようで、食料品をはじめ衣料品や宝石類もあり、日本ではあまり見かけないが、仏像や操り人形なども売られている。宝石としてはルビーが主である。水上マーケットもあり、インレー湖の水上マーケットなどなかなか賑やかであった。
*物価
 今回は殆ど買い物をしなかったので正確には分からないが、大体日本の1/2から1/3位ではないかと思う。物によっては1/10というものもあった。絵葉書20枚、竹製扇子、漆の小箱などいずれも1ドルだった。ただインフレでチャットの価値は随分下がったようである。
*環境
 ミャンマーの北部は山が多いが、マンダレーから南は比較的平坦である。そのため沢山並んだパゴダの先から日の出を見たり、落陽を眺めたりする機会が度々あった。ただ森を刈った地域は砂埃がたち、砂漠化現象が進んでいるのではないかと思ってしまう。そのためかスモッグで太陽がまん丸に真っ赤に燃えて見える。時々マスクでカバーすることもあった。しかし町中でも地方でもゴミを見かける事は殆どなかった。
*教育
 小学校、中学校、高等学校、専門学校、大学と教育機関は揃っている。少数民族で小学校へ行けない人は僧院に入って勉強するそうで、識字率は1990年で88%であり、東南アジアではタイ、ヴェトナムに次いでいる。ガイドのニラ・キンさんという女性は男3人、女6人兄弟の6番目だそうであるが、親の指示で全員大学を出たというから凄い。
*ミヤンマーの神様
 家の守護神となったマハーギリ・ナッを始め、37のナッ神は、沼や川の守護神、村や町の守護神、旅の安全を守る道の守護神などとして、今なおこの国の人々の日常生活に深く根を下ろし、篤い信仰を集めている。各家の仏壇には金箔貼りの小さな仏像の他、ナッ神に冷たい果汁を飲んで貰うため、ココヤシの実をぶら下げた柱を必ず見かける。
*国民性
 一般の国民性は勤勉で技術習得に熱心であり、性格は穏和で謙虚であり、対日感情も良好で好意的であり、宗教が生活に浸透している。子供に多く、大人にも見かけるが、頬に白いものを塗っているのは、タナカと称する木を擦った汁で、日焼け止めになったり、健康にもよいそうである。
 
 
7.上座部仏教の伝統
 
*ミャンマーの上座部仏教
 既にミャンマーのアイデンティティで、ミャンマーの上座部仏教はスリランカからきたものであると述べているが、本元のインドでは殆ど息が絶えており、スリランカは未だ良く知らないが、タイあたりではそれ程でもなく、ミャンマーは最も熱心な上座部ぶっきようの国ではないかと思われる。何処の寺院やパゴダへ行っても、熱心にお参りしている人を見かける。これは上座部仏教が生活に根付いていることを示しているものと思う。
*お参りは裸足で
 何処のパゴダや寺院へ行っても、長い廊下や階段の下の入口で履き物を脱ぎ、裸足になってお参りする。ポッパ山など最初の200段は良いが、そこで裸足になり、以後の577段は裸足になる。パゴダのテラスに登るときも同様で、階段やテラスには岩石の小さなかけらが転がっている場合があり、それらを踏みつけると非常に痛い。あちこちのパゴダや寺院に寄るときは、あらかじめサンダルか草履で出掛け、入口で、或いはバスの中で裸足になる。
*お参りであげるもの
  例をあげると、祭壇にあげる花は100K(約13円)、線香が200K(約26円)、ご本尊の表面に金箔を貼れるのは男性信者だけであるが、数枚の金箔の値段は600K(約78円)であった。尚大きなパゴダでは周囲8ヶ所に祭壇があり、誕生日毎に、日、月、火、水(午前)、水(午後)、木、金、土と分かれている。自分の誕生日が何曜日か、生年、月、日から簡単に計算できるようになっている。
*パゴダや仏像
 何千、何万とあるパゴダや仏像もすべて一つずつ手作りしたものであり、従って良く見るとすべて表情が異なっている。金色に輝いているのは、竹や木材に真っ黒な漆を塗って、その上に金箔を貼った物である。従って時々補修しないと剥げてしまう。大きな仏像は別として、仏像が小さいと、金箔で覆われてまるで団子のようになってしまう。又時々宝石を散りばめたものも見かけた。
*坊さんは1日2食で禁欲生活
 坊さんは托鉢で食料を手に入れ、朝昼の2食で午後からは水を飲む位で食事はしない。勿論酒は飲まず、結婚もせず、禁欲生活で修行を続ける。日本の坊さんとは全然違う。ここが上座部仏教と大乗仏教の一番の違いであろうか。尚お寺に行ってもお墓はない。輪廻転生でパゴダはあっても一般人のお墓はなく、仏壇にも戒名はない。
*若いうちに功徳を積む
 ポッパ山の777段の階段は、歩いて登る以外に方法がないが、いささか躊躇していると、どこからともなく若い女性がやってきて、脇を抱えて階段を登らせてくれる。所が料金の請求はない。若いうちに功徳を積んでおくのだと聞いて感動した。お礼に飴玉をあげたが、このような殊勝な気持ちはこれからの若い日本人も見習って欲しいものだ。
 

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