Architecture

近代から現代に至る建築史

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日本銀行本店(辰野金吾)
19世紀の後半、明治維新によって急速に諸施設の建設にせまられた明治政府は西洋の先進国家から建築家を雇い洋風建築の築造に当たらせた。一時はその人数は20人にも及んだそうである。なかでもイギリス人であるジョサイア・コンドルは工部省技術官・工部大学造家学科(後の東大工学部建築科)の講師として来日し、教鞭をとるかたわら設計に従事し生涯を日本建築のために尽くした。そのような尽力の甲斐あって、日本人による西洋建築が実現することとなった。
 写真は辰野金吾による日本銀行本店である。(1890〜1896)イギリス留学をした彼のルネサンス風の重厚な建築である。
日本銀行本店(辰野金吾)

こちらは、片山東熊の手による赤坂離宮である。(1899〜1909)こちらもルネサンス風の作りとなっている。この頃、アメリカ、ヨーロッパではすでに新しい動きが現れ始めているのだが、残念ながら工業力に劣っていた日本ではその域に達するのはまだ先のこととなる。
 また欧米の新しい動きについては次回に述べることとする。
東宮御所(赤坂離宮)(片山東熊)
東宮御所(赤坂離宮)(片山東熊)

旧帝国劇場(模型)
これは横河民輔による、旧帝国劇場の模型である。関東大震災によって、焼失してしまったために写真などはほとんど残っていないようである。彼は他にも三菱銀行本店などを手がけたそうである。
 ここに載せた写真はいずれも日本における古典・ロマン・折衷主義を代表する作品である。先ほどは日本が建築後進国であったと述べたが、20年足らずの間にここまで来たことは驚きでもある。
旧帝国劇場(模型)



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