載せてしまいました・・・
いや!これはやはり載せさせていただきます(伏し拝み)
15の時に北方水滸伝一巻を読んで痛く感動した私は、こっそりと、自己満足と遊び心でノートに北方水滸伝の漫画を超自己流に描き始めました。当時は漫画の描き方がまったく分からなくて(いまもですが)二話描いたところで止まっていました。
それから二年後の17の時に高校を中退しまして、色々と苦しみました。(一番苦しかったのは母だと思うのですが)
自分の存在感があれほどに薄っぺらく無意味なものに思えたときはありませんな。
真っ暗な闇と、終わりの無い苦しみのようなものの中で、はっきりいって死にかかっていた私の眼の前に、一条の光のように再び現れたのが、北方謙三先生の水滸伝でした。
そして15の時から止まってたノート漫画をもう一度描き始めました。
真剣に描けば描くほどに、なぜか自分自身の姿がはっきり見えてきて、それはまたすごい苦しい作業でした。
誰に見せるわけでもなく、誰に描けと言われたわけでもなく、描かずにいられなかったので描き続けました。
そして描き続けること三年。
七転八倒の苦しみではありましたが、描き溜めたものがファイル五冊分(小説の二巻の武松が虎と闘うところまで)に達し、他のイラストも相当溜まり、それを見て、自分自身の存在感をはじめて強く実感できました。言語力乏しいので言い方があれですが、存在が許されたような、なんとも言いようのない突破感がありました。
形は違いますが、私にとって北方水滸伝とは聖書であり、描き続けた作業は写経そのものだったと思っております(笑)
この本に出逢うことによって私はいま存在してます。
そして、
なんと恐れ多くも描き溜めたファイルやらイラストやら落書きやら原稿やらを、北方先生にお送りしました。
冷や汗ものであります。怖いもの知らず極まりない動きであります。
深い考えも無く、北方水滸伝に救われた一読者の感想として送らせて頂きました。
そして、忘れもしません、2004年10月16日。
北方先生から小包が・・・。
腰が抜けんばかりに驚愕したすごいテンションの母が部屋に来たときには何事かと思いました。
・・・しばらくの間、まともな思考ができませんでしたよ・・・(今思い出しても動悸が)
嬉しいとかなんとか・・・そういうことさえも考えられませんでした。
ただただ、静かな高揚感と震えが・・・。
しかも楊家将ですよ。もうすでに購入させていただいてて、何度も読んで感涙にむせてた楊家将です。「これを私に・・・」と本当に感動で時が止まっておりました。
私の送ったものはあまりに無骨な出来のものばかりだったので、まさか先生が反応を下さるなんて考えてもいませんでした。
頂いたのは、楊家将の上・下(二冊ともサイン入り)とお葉書でした。
・・・本当北方先生は小説の魯智深そのものですよ。かっこいいなあ・・・。
すごい広い心の持ち主ですよ。度量がはかりしれません。
飾らせて頂いてるのは、楊家将・下のみひらきの部分です。お葉書は大切に(心に)しまってありますので掲載は控えさせて頂きます(お辞儀)
葉書の方も達筆で有難いお言葉でした(涙)
本当にこれは一生の宝であります(崇拝)
北方先生、お忙しい中本当に素敵な贈り物を有難うございました。
これからも応援しております!!
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