メッセージ&証し
主に、教会の機関紙「三育はこぶね」に掲載されたメッセージや証しなどをご紹介したいと思います。


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 [16]   Christ-like-ness
 エレン・ホワイトの著書「教育」の中に次の一文があります。
 「神がその子らに望みたもう理想は、人間の考えのおよばないほど高いものである。神のようになること(英文 Godliness-Godlikeness)、すなわち神のみ像に似ることが、到達しなければならないゴールである」。(23ページ)
 
 被造物であり、罪深い人間には達することが不可能な目標です。にもかかわらず、神は私たちにこの“最高のゴール” をめざすように求め、とくに三育教育にたずさわる教師として生徒たちにこの目標、標準を掲げるように勧めておられます。創世記1:27にあります「神の像(かたち)に人間が造られた」との考えと、聖書に記されている神についての表現をもとに「神は人間と同じような形をもっていて手や足、髪などがある」と教えるキリスト教の派がありますが、SDAの場合、かたちとは「神のご品性に似せて創造された」という立場をとっています。神は霊であり、この世の物質や形態で推量できませんが、少なくとも創造当初のアダムとエバは神がお持ちである愛、聖、義、知性といった属性とともに喜び、信頼、平和、純潔などの美しい品格を備えていました。人は罪を犯して尊い姿は失われましたが、救いが創造当初への回復であるとすれば、私たちの品性が神のみ姿に変えられ、成長することを祈り求めることには意義があります。キリストは「神の本質の真の姿」(ヘブル1:3)とありますが、Christlikeness,つまり、福音書に表わされている主のように神を愛し、隣人を愛する品格を(キリスト再臨の日まで)私たちの目標、ゴール、理想にしようではありませんか!
                
           (「はこぶね」179号より、曽根田健二牧師記)
update:
2008/06/05

 [17]   子供のように
 広島三育学院のキャンパスに来てから、1ヶ月が経とうとしています。今までの私の人生の中で、ここまで自然の豊かな土地に住んだことはありません。夜、仕事を終えて暗い道を自宅まで歩いて帰る時、きれいな星を見上げながら、ふと、幽霊でも出てこないだろうかと心配になってみたりすることがあります。
 私が小学生の頃に住んでいた家のすぐ裏手は墓地でした。その墓地の中を、よく自転車で走り回っていたのですが、暗くなってから自転車のライトをつけて走っていても、不思議と何も怖くありませんでした。また、それがある種の自慢でもありました。幽霊なんていないと信じ切っていたのをよく覚えていますし、万が一出たとしても、神様がお守りくださることを確信していました。
 
 ところが、今になって幽霊の存在を信じるようになった・・・というわけではないのですが、サタンがそういう幻影を見せることはできるし、そのようなことが私の身に降りかかることを神様が許されることもあると思っているので、妙にびくびくしてしまったりするのだと思います。
 イエス様は、こうおっしゃっています。「はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない」(ルカによる福音書18章17節)
 
 子供のように神の国を受け入れるとは、具体的にどのようなことかということがよく議論されますが、私は、これは神様の約束を素直に信じる姿勢が言われているのだと思います。例えば、「死の陰の谷を行くときもわたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる」(詩編23編4節)との約束が与えられていますが、これを素直に信じる姿勢です。
 
 いや、クリスチャンであっても、守られるとは限らない、実際にそういう話を聞く・・・などと考えて心配する前に、私にとって何が最善であるかをご存じの神様が、いつも共にいてくださり、必要なお守りを与えてくださるという素直な信仰を持って、日々の歩みをなしていきたいと思います。
                      
           (「はこぶね」178号より、 浦島 靖成 牧師 記)
update:
2008/06/05

 [18]   G夫人の体験記 (つれづれなるままに・・・・)
 つづれなるままに、来し方を振り返れば、子育てを通してしか学べなかった事柄が思い出され、これらの経験を与えて下さった神様に感謝せずにはおられない。子供達に対してなし足りなかったことや、私の弱さのゆえに子供にマイナスの影響を与えたことも多々あるが、今となっては一切を主の御手におゆだねするほかはなく、与えられた経験の中から思い出すままに書いてみたいと思う。
 
 上の子には一才半まで授乳していた。「おっぱいですよ」との呼びかけに、遊んでいる最中でも「キャッ」と喜びの声をあげて、私のひざめがけてヨチヨチと走り込んで来る。その姿が可愛くて、面白くて、それを見たいばかりに?止められなかった。しかしある日、ついに母からの電話で、「もう授乳は止めた方がいい」と進言され、私はハタと困ってしまった。以前に聞いた、物心ついた子供に断乳する時の親子の苦闘物語が頭をかすめた。お乳にこわい絵を描いて、子供が近づけないようにするとか、乳首にカラシを塗ったとか、とにかく母乳を欲しがって泣き叫ぶ子との根気比べだというような話である。しかし私は、子供が悲しみ苦しむ姿を見るに忍びなく、そんなことになったら、私には突き放す自信はなかった。また、子供の恐怖心を利用して従わせることもしたくない。それに何より、子供が母乳を欲しがって泣き叫ぶことをさせたくなかった。子供にとっては一回一回の体験が学習となる。自分の欲求を満たすために泣き叫ぶということは、わがままな泣き方への門戸を開くことになる。そんな練習はさせたくない。かと言って断乳に踏み切った時の赤ん坊の出方も予測がつかず、一体どんな事態が待ち受けているのかと考えると不安でいっぱいだった。それから数日間、私は断乳の方法について大いに悩み、祈り、考えた。
 
 そんなある日、子供におきまりの幼児向けの絵本を読んでやっていたとき、一つのページに目がとまった。男の子と女の子がエプロンをしてイスに腰掛け、食事をしているおなじみの場面である。食卓には、パンや果物、そしてコップに入ったミルクがあった。「これだ!」という声が聞こえたようだった。その日から私は、ことさらにこの食事場面に力を入れて読み聞かせた。「イエス様、おいしい食べ物をありがとうございます。アーメン!いただきまーす。パンを食べましょ。モグモグモグ、あー、おいしい。次はヨーグルトよ、ツルン、おいしいなあ。今度はミルクを飲みたいわ。私もう大きくなったからおっぱいはいらないの。コップでミルクを飲みたいの。お姉さんになったんですものね。コップを持ってゴクゴク、あー、おいしい!私、ミルクが大好きよ。もうおっぱいはいらないわ。」
 
 それから一週間くらい、毎日、一日のうちに何回もこのセリフを読み聞かせた。そして、もうこの場面が子供の頭に刻み込まれただろうと思ったある日、私は絵本と同じ場面を実際に設定した。お祈りをして、本と同じように食事を進めていき、いよいよ切り札を出した。「○ちゃん、もう大きくなったから、コップでミルクを飲みましょうか。もう、お姉さんだものね。ゴックン、あー、おいしい。おっぱいよりずっとおいしいネ。」赤ん坊は私の言葉について、コップでミルクを飲み、そしてそれがオッパイとの決別の式典となった。あれ以来、子供は大好きだった母乳を、ただの一度も欲しがらなかった。
 
 相当な戦いを覚悟していた私にとって、この幕切れは驚きだった。確かに、神様が私の心の願いに応えて、助けて下さったのだ。この経験を通して、私は、赤ん坊に対してでも、その知性に働きかけて納得させることの重要性と、そのようにする時に赤ん坊も赤ん坊なりの自尊心をもって協力してくれるということを教えられた。また、たった一才の赤子であっても、最早、親の付属物ではないということ、既に、物事を理解し(「私は大きくなったからコップでミルクを飲む」)、意志することのできる存在(「もうおっぱいはいらない、さようなら」)であるということを、親子の最初の危機状況の体験を通して、はっきりと学ばせられたのだった。
 
            (「はこぶね」97号より Y姉記 )
 
 
update:
2008/06/05

 [19]   「主そこにいます」
 旧約聖書においてエホバと結びつけられた名前が八つあるといわれています。
モーセはシンの荒野でアマレクと戦ったとき、祭壇を築きその名を「主はわが旗」と呼びました。またギデオンはオフラのテレビンの木の下で主の召命を受けたとき「主は平安」と名付けています。このように信仰の先輩達はそれぞれが深い霊の感動を覚えた出来事に対して最も相応しい名前で主に呼びかけております。
 
 この夏の旅行で何人かの信仰の証に接することが出来ました。信仰の戦いを最後まで立派に戦い抜かれた姉妹のことや、現役で今も元気に活躍しておられる先生のこと等、身近なところでの主の霊の働きにふれ、強い印象を受けました。
 
 エゼキエルは捕囚の地にあってイスラエルの背教の歴史がもたらした結末に遭遇しておりました。「罪ある人間が生み出すものの実像を目の当たりにし」その絶望的な状況のなかにおりましたが、そこにあって彼は主との契約関係の回復の約束を仰ぎ望みました。彼は幻のなかで「新しいイスラエルの希望となり、終末の喜びとなる聖都」を見たのです。その名は「主そこにいます」(エホバ・シャマ)シャマは「満ちあふれていつもおられる方」という意味があるそうです。これは聖なる神が民の間に住んでおられるという約束を示す名前で、新約の「インマヌエル」(神われらとともにいます)と同じことを表わしています。異郷の地にあって、新しい神殿の礼拝、新しい神の民の創造というみ業の最終的な完成を示すこの幻を与えられたとき、エゼキエルはどんな感動でもって「エホバ・シャマ」の名を口にしたことでしょう。
 
 主は、今日ご自身の満ち溢れた臨在を約束しておられます。主の衣はその長い信仰の戦いの歴史において、その時々に最も相応しいご臨在が与えられ、感謝の叫び声を上げてみ名を賛美してきました。私たちはどんな名前で主を賛美するでしょうか。「エホバ・シャマ」。主はいつもそばにおられます。主の来臨を前にして私たちもこの信仰の証に加わりたいものです。
 
            (「はこぶね」第101号より、岡 岑生記)
update:
2008/06/05

 [20]   『父の教え』
 父は洋服の仕立て屋をしておりまして、31歳頃にSDAのクリスチャンになり、8年前に77歳で亡くなりましたが、職人気質であり、とても繊細で厳格な人間でした。3人の子供の教育に対しては、幼い頃より、お茶碗やお箸の持ち方、靴の脱ぎ方揃え方、言葉の使い方等々日常生活において、それはそれは事細かにうるさく厳しく躾を致しておりました。怒鳴られたり、引っ叩かれたりは日常茶飯事で近所でも評判になるほどの怖い父親でした。
 
 私が20歳を過ぎ、親元から離れると今度は手紙による教育が始まりました。最初の5年間の手紙は処分してしまったのですが、それ以降の手紙はA4サイズのファイルに3冊分ありまして約20年分になります。細かい文字で便箋にびっしり書かれているその内容は、人間として成長出来ていない私を憂えてのもので、ほとんどが忠告、叱責、譴責であります。本日のお話を考えるに当たり、昨夕数年ぶりに読み返してみました。今、私も親になっており、これらの手紙を書いた時の父親の心情がよく分かる気が致しました。その当時この手紙を受け取った私は、この親の思いが疎ましく思えるような気持ちだったのですが、父は私に何事にも揺るがない強い信仰を持って日々罪との戦いに勝利して天国を目指す人間になって欲しいと願って一生懸命であったのだと今は分かるのです。
 この手紙の一文を紹介させていただきます。私が26歳の時のものです。
 
   「あなたは今一つの成長過程にあるのです。人間は死ぬまで成長し続けるのであり、それも人生の旅路の目的で、例えば年令で表現するならば、10代には10代の学びがあり、50代には50代の学びがあり、50代の学びは10代や20代では出来ないのです。その事をも表わしているのが『天路歴程』です。
 10代で経験したのと同じような経験を20代でも30代でも50代でも経験しますが、50代になっての経験は10代の経験では学べなかった学びをするのであり、しかもそれは50代でなければ悟る事の出来ない学びです。自己の罪を痛切に、絶望する程に思い知ると言う事は進歩であり成長であり、救いに近づいている事なのです。『わたしの最も弱い時にわたしは強くされる』『わたしの最も弱いところに主の愛が現される』等の聖句から深く考えて下さい。自己の醜さ、弱さ、罪の深さを知る事は益であり、必要なのです。」
 
 この父のもとに生まれて天地創造の神様への信仰を教えてもらえた事、これは父からの最高のプレゼントであり、この父を与えて下さった神様に賛美と感謝を捧げたいと思います。
             (「はこぶね」 177号より、小林真知子記)
update:
2008/06/05



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