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![]() 主に、教会の機関紙「三育はこぶね」に掲載されたメッセージや証しなどをご紹介したいと思います。
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| [27] 八木重吉の詩集より | ||
イエスの名を呼ぶこと
イエスの像を心に描くこと
イエスについて人に述べること
出来るかぎり人をゆるし人にやさしくし
素直な瞳をもちつづけること
そういうことを趣味にしたい
結局いつもそこへ考えが落ちてゆくようにしたい
ものの尺度がそこへ落ちてゆくようにしたい
イエスに近づく為に最後の一銭を支払うことができるようになりたい
八木重吉
(「三育はこぶね」174号より)
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| [28] 幸いな男の一言 「感謝」 | ||
「人間の心は自分の道を計画する。主が一歩一歩をそなえてくださる。」箴言16:9
私が韓国から広島三育学院にやってきて思ったことは、この三育学院が本当に祝福されたところだということ。同時に皆さんも、特に、私はたっぷり祝福をもらったということでした。だから一言ですべてのことをまとめると「感謝」という言葉だけです。
私の人生を振り返ってみると、私が日本に来て今まで日本の生活をしたということは、本当に不思議なことができたなということを考えることができました。私は聖書を読むこと、勉強すること、本当に足りないですけど、神様のみ言葉を宣べ伝えたい気持で神学科に進学し、卒業して韓国の教会で奉仕することが夢でした。海外に行くことはまったく考えたこともないことでした。しかし、神様の導きにより、この日本で私を呼んでくださって、少ないですけど一年半ぐらい過ごさせてくれました。
日本との出会いの始まりは6年前、軍隊の時、本当に小さな日本語の本を通して日本語の本を学ぶことになって、それから日本語学院と日本語教会に通いました。そして私は今、日本ー広島三育学院に立つことができました。聖書の言葉どおりに、私たちの人生の一つ一つを自分が計画しながら生活しましたけれども、すべてのことは神様が一歩一歩備えてくださって導いてくださったというこを学ぶ貴重な時間になりました。小さなことを通して今まで導いてくださったこと、そして特にこれからも導いてくださる神様に「感謝」したいと思います。
昨年の丸一年を終え、2004年、お正月から日本で過ごすことができ、おいしいご飯も招待され食べました。少ない日々の中で残りは2004年の卒業式、私にとってはこれが最後の参加できること、別れの中で私も別かれなければならない時間がどんどん近づいてくるのを思うと悲しい気持ちになります。しかし、その中でも私はどきどきする気持ちがあります。それは、今は別れますけど、また、再会するときが来るし、それが楽しみなのですから!!! 一瞬だったような一年半ですけどさまざまなことがたくさんありました。すべてのことを感謝します。私の人生の良い勉強になりました。
これから私たちが望むのは、たった ひとつ。 それはイエス様の再臨のこと!!! その希望によって私たちは生きる力を得、勇気を出すことができます。また、それによって、私たちはどこに行っても、何をしていてもイエス様の兄弟、姉妹たちになってひとつの家族になれます。私たち!!人間のすべてを導いて祝福してくださる神様に感謝の告白を通して今日も頑張る一日になってほしいです。
「同じ空の下でー遠く離れていても同じ空の下で主を見上げるならまたいつか会えるね。どんな悲しみにも、どんな涙にも答えを下さるイエス様を見上げているから。それぞれの道は違うけれど、不安なことがたくさんだけど、祈って励ましあってイエス様についてゆこう。」 私の好きな曲!
(2004.1.23.韓国からの宣教師 幸いな男ー魏 守民/「三育はこぶね」174号より抜粋。)
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| [29] 闇の中の光ーパラオのSDA宣教師惨殺さるー | ||
去る12月28日、パラオで3人のSDA宣教師家族の葬儀が行われた。ルイマー・デパイヴア牧師(42)と妻マルガレーテさん(37)、11歳の長男ラリソン君は、クリスマスを迎える前日、突然家に押し入ったジャステイン・ヒロシに襲われ、相次いで殺害されたという。
家族葬儀の当日、殺された牧師の母親ルツは涙を流してひたすら許しを求める犯人の母を抱いて、彼女の息子のジャステインが覚せい剤の影響で犯行に及んだのであり、悲しいが許しの心をもっていることを告げ、一緒に神に祈るように話し、集まった400人もの参列者に深い感動を与えた。放送局の質問に答えて、ルツさんは「ジャステインのお母さんはひどく傷ついているでしょう。私たちは彼女のため、とくにジャステインのために祈っていることを知ってほしい」と語った。
葬儀に参列したパラオ共和国のトミー・レメンゲソウ大統領は「こんな忌まわしい事件はこれまでに起こったことがない。クリスチャンである被害者の母親の許しの言葉に全島民も癒しを覚えている」とコメント、さらに彼女の許しの言葉は「未だに事件の悲惨さにくれているときに国民すべてを平和へと導き、ともに生きてゆくことの大切さを教えてくれた」とパシフィック・デイリー・ニュースに語っている。
家族の中でこの悲劇を免れたたった一人の長女メリッサ(10)の痛ましい姿は、故郷のテキサス州キーン市(米)でもたれた葬儀でも多くの人々の涙を誘ったという。祖母は「メリッサは大きくなったらパラオに宣教師になって行きたい」ともらしていることを明らかにした。
(「三育はこぶね」174号 インターネット:アドベンチスト・ニュース・ネットワークより、曽根田健二牧師記)
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| [30] 私の好きな聖句 | ||
「わたしは山にむかって目をあげる。
わが助けは、どこから来るであろうか。
わが助けは、天と地を造られた主から来る。」(詩篇121:1,2)
僕はこの聖句が好きです。この聖句をテーマにした賛美歌301番がとても好きだからです。そしてその賛美歌は、父のことを思い出させてくれるのです。と言っても、僕が実家から出ているだけで父は今も元気です。
父はハンドバッグを作る職人で、僕は小さい頃から両親が家の中で働く姿を見てきました。父は仕事をしながらよく賛美歌をくちづさむのですが、この301番は父の歌で覚えてしまった讃美歌です。ある日父が言いました。「お父さんはこの賛美歌が大好きなんだ。心が休まるというか、神様にお任せすればいいんだという気持ちになるから、辛いこと苦しいことがあると自然とこの歌が出てくるんだ。」
父の飾らない歌声は父の信仰の姿そのものだと思います。家の中にいながら、〜♪やまべにむかいてわれ♪ と歌うその声は、実際に山々を目前にしているかのように響いてきます。目は手先を見、手は器用に動いていても、心の中は神様に謙虚に向かっているのでしょう。301番に触れる度に、僕はそんな父の姿を思い出し、父の声が頭の奥に響いてくるのです。
最近一人でいると、ふとその賛美歌をくちづさんでいる自分に気付くことがあります。少々照れくさいような、それでいて少しだけ父の信仰に近づけたようで嬉しいような、そんな気持ちになります。そして、不思議とへりくだった、安らかな気持ちになれるのです。
(「三育はこぶね」77号 渡部正道先生記)
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