今日は僕の趣味のうち一番長く続いている「手品」について少し書きます。
何故手品に魅せられてしまったかというと、昔、石田天海さんというプロマジシャンの素晴らしい演技をテレビで観たからなんです。明治22年生まれの天海さんは34年間(大正13年〜昭和33年)アメリカに滞在し、手品師として大活躍されたあと、69才で日本に帰国されました。(亡くなられたのは昭和47年、83才でした。)
僕がテレビで天海さんの演技を観たのは帰国されて数年後のことだと思います。まだ中学生だったのですが、ふとテレビをつけたら偶然にも手品の番組でした。
そこで天海さんの演技を観たことが僕の大きな財産になりました。
何よりも印象深かったのはタバコの演技でした。
タバコが出ては消え、出ては消えしながら、どんどん増えて行く。
そして、突然マッチ箱が指先に現れる。
口にタバコをくわえ、右手にマッチ棒を1本とり、左手でマッチ箱を肩越しに前に投げると、口にくわえたタバコの前でパッとマッチに火がつく。
それから火の着いたタバコの演技に入る。
今度は、火の着いたタバコが瞬間的にシルクに変わる。思わず、ぞっとする。
ふっと吐いた煙の中から火の着いたタバコが次から次と出てくる。
あれっ、あれっ、と気持ちよく惑わされているうちに、右手から葉巻が、そして最後には、なんと大きな白いマドロス・パイプが煙と共に口先に現れる。・・・・・ああ、起こってはいけないようなことが目の前で起きてしまった・・・・初めは、ぼんやり観ていたのですが、いつの間にか、これはただならぬものを観ているのだと言うことを子供ながらにも悟り、全身汗びっしょり。終わった後はしばらく動けませんでした。この感動を側にいた父と母に悟られるのが気恥ずかしく何喰わぬ顔をしていたことを思い出します。
テクニックを駆使した本格的なスライハンド・マジックを観たのは天海さんの芸が初めてでした。本当にラッキーだったと思っています。
ですから、手品をやるとき、特にタバコの手品をやるときはどうしても天海さんのあの演技を思い浮かべてしまいます。現存するビデオは極めて少ないそうですが、天海さんの写真を見ては、確かこういう風にタバコを出した。ボールならこういう風に扱うだろう。コインはこういう雰囲気でやるだろうと一人想像するのが至福の時です。
また、このホームページの「回文・怪文・快文」のコラム「第三の空間」でちょっと書いた僕の手品の先輩が、天海さんから直接指導を受けられた方だったのです。本当に不思議なご縁を感じます。その方が指の上にコインを転がすのを観ていると、そのあまりの美しさに時の経つのを忘れるほどなのです。本格的な芸だけが持ち得る力なのでしょう。
「奇術50年」という天海さんの自伝とも言うべき本が朝日新聞社から昭和36年に出ています。今はもう絶版となっているのですが、学生時代にこの本を偶然に神田の古本屋で見つけました。探して得た本ではなく、たまたま手に取った本がその本だったのです。天海さんとは見えない糸で結ばれているような気がします。
大正13年、松旭斎天勝一座の一員としてアメリカ巡業に加わっていた当時36才の天海さんは、向こうの奇術の素晴らしさに圧倒され、アメリカに留まることを決意する。そして日本に一緒に帰れという一座と衝突し、インディアナ州エアカハルトの駅頭に喧嘩別れ同然で置き去りにされ、奥様のおきぬさんと共にそのままアメリカに居残り、英語も喋れず、ツテもない、全くゼロの状態から「グレート天海」と呼ばれる世界のトップクラスのマジシャンに這い上がって行く、その人生は感動的です。僕は今でも気持ちが落ち込んだとき、この「奇術50年」を取り出しては勇気を分けてもらっています。
手品は中学生の時以来、趣味としてポツポツとやってきましたが、僕の脳裏にはいつもあの天海さんの演技と、それに勝るとも劣らない、素晴らしい笑顔が焼き付いています。
70才を過ぎたら手品の研究にもう少し時間を割こうと準備はしていますが、今はまだ他にやることが多過ぎて、時々、このHPの「手品の世界」を撮るくらいですが。
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