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私のベスト10
映画 スター

2004/03/21    第1位 嵐を呼ぶ男 石原裕次郎

57年 日活 監督 井上梅次
 美弥子(北原三枝)はバンドのドラマー、チャーリー・桜田(笈田敏夫)と結ばれた仲だったが桜田は別のバンドに移籍してしまう。NO1を失った美弥子は銀座の流しギターで評判の暴れん坊である国分正一(石原裕次郎)を桜田への競争心も手つだって一流のドラマーとして育て上げようと契約する。正一が初出演する日、ジャズ評論家で情報屋の黒幕左京徹(金子信雄)が現れ、美弥子との仲をとりもつことを条件に、君を売り出してやろうと正一に持ち出した。正一の人気は次第に上ってきた。もちろん左京の運動もあったが、彼の猛練習、それに美弥子の厳格な指導でメキメキと力をつけたのだった。桜田と正一が人気を賭けてドラム合戦をするその前夜、左京の策謀で桜田の取巻きの与太者と喧嘩して右手を傷つけられる。繃帯をまいた痛々しい手で登場した正一は満足にステックを握ることができず苦戦する。彼は、遂にマイクをにぎると荒々しい一曲を唄い満場の拍手を浴び、桜田のドラムはまるで正一の歌の伴奏と化した。
♪俺らはドラマー やくざなドラマー 俺らがおこれば嵐を呼ぶぜ 喧嘩代りにドラムを叩きゃ 恋のうさもふっとぶぜ♪
♪この野郎、かゝって来い! 最初はジャブだ…… ホラ右パンチ…… おっと左アッパー…… 畜生、やりやがったな、倍にして返すぜ フックだ、ボディだ、ボディだ、チンだ えゝい面倒だい この辺でノックアウトだい ♪歌う映画スター石原裕次郎を誕生させた大ヒット作。
 34年神戸生まれ、3歳の時小樽に移り、小学2年で神奈川県逗子に移る。55年兄、慎太郎が小説「太陽の季節」で芥川賞を受賞し、これを契機に慶応大学在籍中に水の江瀧子に認められて映画界に入り、「太陽の季節」でデビュー、主演第1作「狂った果実」、57年に封切られた「嵐を呼ぶ男」が他社を圧倒する大ヒットとなりスーパースターの地位を決定的にした。「陽のあたる坂道」などの文芸路線、「夜霧のブルース」などのムード・アクション路線を経て石原プロを立上げ「黒部の太陽」を製作するなど幅広く活躍する。
 映画と同時進行するように歌の世界でも「嵐を呼ぶ男」「俺は待ってるぜ」「錆びたナイフ」「銀座の恋の物語」「赤いハンカチ」と次々と大ヒットを飛ばし、芸能界で常にトップスターとして君臨した。映画界の衰退によりテレビで「太陽にほえろ」「西部警察」などをヒットさせ、鉄の結束を誇る『石原軍団』を不動のものとした。 度重なる病気のため、87年 7月 17日午後 4時 26分、病魔と闘い続けた戦後の日本映画界が生んだ最大のスーパースターは52歳の早すぎる生涯を閉じた。 裕次郎が死んだ日に仲間たちと銀座のクラブに集まって裕次郎のヒット曲を代わる代わる深夜まで歌って追悼した。
2004/02/04    第2位 昭和残侠伝 高倉健
65年 東映 監督 佐伯清
 敗戦直後、浅草の露店商街。新誠会は神津組の縄張りを狙っていた。復員した寺島清次(高倉健)は神津組の跡目を継ぎ、新しいマーケットの建設に力を注ぐ。新誠会は妨害を繰り返し、ついにマーケットに放火する。清次は雪の降る夜に単独で新誠会に殴り込もうとするが、客人の風間重吉(池部良)が「清次さん、ご一緒します」と傘を差しかけ、ともに新誠会に殴り込む。
♪義理と人情を 秤にかけりゃ・・・背なで泣いている 唐獅子牡丹♪
の挿入歌が流れて、高倉健と池部良の道行きシーンは泣かせる。
 55年東映に入社、「電光空手打ち」でデビュー、57年に東映東京の初のシネマスコープ作品「第13号桟橋」に主演して期待されていたが、時代劇全盛時代の東映では作品に恵まれなかった。63 年 鶴田浩二の「人生劇場 飛車角」で宮川役を好演。この時のキャラクターが後に生き、64年、中村錦之助と競演した日本侠客伝で任侠映画の主役の座を射止めシリーズ化して12作を作る。65年にスタートした網走番外地はシリーズ18作、65年、昭和残侠伝はシリーズ9作が作られ任侠映画のエースとして活躍する。その後、東映を退社したあと 77年八甲田山、77年幸福の黄色いハンカチ、78年冬の華(大好きな映画)、83年南極物語、99年鉄道員(ぽっぽや)、01年ホタルと話題作に出演して日本映画界に不動の地位を確立する。でも、ヤクザ映画がなかったら今の健さんは居なかったな。
 
2004/01/04    第3位 ギターを持った渡り鳥 小林旭
59年 日活 監督 斉藤武市
 やくざの一味を追跡中その一人を射殺しため免職になった元刑事・滝伸次(小林旭)が過去を捨て、ギターを背にあてない旅を続け流れついたところは鄙びた港町。地元のヤクザの親分・秋津(金子信雄)を倒し、かって射殺したヤクザの兄貴分殺し屋ジョージ(宍戸錠)と対決。伸次に思いを寄せる秋津の娘・由紀(浅丘ルリ子)を振り切って「思い出すってのは忘れているからだろう。俺は忘れたこともない。だから思い出すこともないのさ」と死んだ恋人を想い去って行く。
 荒唐無稽な無国籍映画と酷評されたが、マイトガイ・アキラがこの映画の大ヒットにより裕次郎に次ぐ日活の看板スターとなり、その後、渡り鳥、流れ者、旋風児シリーズ等のヒット作を連発し日活黄金時代の一翼を担う。アクション映画は吹き替えなしという運動神経抜群の持ち主で日本アクション映画の先駆者の一人。エンディンクに流れる主題歌
♪♪赤い夕陽よ 燃えおちて 海を流れて どこへゆく
ギターかかえて あてもなく 夜にまぎれて 消えてゆく 
俺と似てるよ・・・ 赤い夕陽♪♪
や「さすらい」等の名曲も忘れられないが、挿入歌の「ダンチョネ節」、「ズンドコ節」、「ツーレロ節」、「ノーチヨサン節」等のアキラの新民謡のフレーズは今でも記憶に残っている。
2003/12/17    第4位 白い巨塔 田宮二郎
66年 大映 監督 山本薩夫
 国立浪速大学付属病院第一外科の助教授財前五郎(田宮二郎)は、食道噴門癌の手術を得意とし、ジャーナリズムでも脚光を浴びている。退官を迎える東教授の後任の教授選を義父の財政的援助を得、あらゆる手段をもって勝ち抜き教授となる。財前は親友の里見助教授(田村高廣)が担当していた患者を引き受けて手術を行い、一見成功したかに思えた直後、患者の容態が急変して患者は死亡。財前は誤診の疑いで訴えられる。 山崎豊子原作のベストセラーを山本薩夫が監督した田宮二郎の出世作。
 田宮二郎を始めて観たのは『悪名』のモートルの貞。勝新太郎のきっぷの良さと田宮二郎のモダンなやくざっぷりがガチリとかみ合って実つに気持ちのいい映画だった。2作目の『続・悪名』であっさりとモートルの貞を死なせてしまったが、大映は3作目『新・悪名』で貞の弟・清次役で河内弁に断片的な英語をはさんで話すイキなやくざで田宮二郎を復活させて、14作のシリーズとして成功させた。京都生まれで関西のアクセントを持った田宮二郎がいてこその悪名シリーズだった。
 昭和31年20歳の時ミスター日本コンテストで優勝して芸能界に入り、柴田吾郎の本名でデビュー、若尾文子主演「薔薇の木にバラの花咲く」で田宮二郎と改名「悪名」、「黒の試走車」、「宿無し犬」の主演を努めるが「不信のとき」のポスターの序列問題で大映を退社。76年の「不毛地帯」を最後にテレビへ転身「高原へいらっしゃい」、「白い巨塔」、「白い影」のドラマをヒットさせる。78年43歳で「白い巨塔」の最終回の放映の日に猟銃自殺。
2003/12/09    第5位 男はつらいよ 渥美清
69年 松竹 監督 山田洋次
 「わたくし、生れも育ちも東京は葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎人呼んでフーテンの寅と発します。」と昭和44年8月27日に記念すべき第1作が上映され、昭和57年に公開されたシリーズ第30作『花も嵐も寅次郎』で、世界一の長編映画の記録としてギネスブックの認定を受けた。平成7年公開の『寅次郎紅の花』までシリーズ第48作を数える国民的映画。
 東京柴又の団子屋「とらや」の主人夫婦の甥であるテキ屋の寅次郎(渥美清)が妹・さくら(倍賞千恵子)をはじめ、おいちゃん(森川信・松村達雄・下条正巳)、おばちゃん(三崎千恵子)、隣の工場のたこ社長(太宰久雄)、さくらの夫となる住み込み職工の博(前田吟)、御前様(笠智衆)、寺男(佐藤蛾次郎)など柴又の心優しい人々と「寅さん」との人情味あふれるふれあい。「寅さん」が行く先々で知り合う人々や毎回、その年の旬の女優が選ばれるマドンナたちとの叶わぬ恋愛話がこのシリーズの人気を支えた。寅次郎が夢(東映の悪役だった吉田義男が良い)から醒めて山本直純の名曲にのせて物語が始まると、お正月だなという記憶がある。全48作のうち劇場で観たのは半分くらいで、あとはテレビたが全作は観ていないと思うがどれを観ていないか覚えていない。記憶に残るマドンナは浅丘ルリ子、光本幸子、吉永小百合。リリー(浅丘ルリ子)とは結婚させて欲しかったな。
 渥美清は50年、埼玉の大宮日活館の演劇 "阿部定一代記" の通行人役で俳優デビュー。51年、赤羽のストリップ劇場「公楽」(記憶にない)を経て舞台や劇場などを転々とした後、浅草六区の名門ストリップ劇場「百万弗劇場」、「川崎セントラル」「浅草ロック座」を経て、53年に「浅草フランス座」の専属となる。この当時「浅草フランス座」には南利明、東八郎、佐山俊二、八波むと志、長門勇、谷幹一、関敬六など将来の喜劇人がスターを夢見ていた。テレビに転身して『若い季節』『夢であいましょう』『泣いてたまるか』など数多くの大人気TV番組のレギュラーとして活躍し、63年、野村芳太郎監督の『拝啓天皇陛下様』に主演、不動の地位を勝ち取った。68年に主演したTVドラマ『男はつらいよ』が人気番組となり、翌年には映画化して大ヒットシリーズとなる。平成8年8月4日、肺ガン(転移性肺癌)で死去、死後に国民栄誉賞が送られた。
2003/11/28    第6位 仁義なき戦い 菅原文太
73年 東映 監督 深作欣二
 日本暴力団抗争史上、最も多くの血を流したといわれる“広島ヤクザ戦争”。その渦中にいた美能組々長・美能幸三の獄中での手記をもとに、作家・飯干晃一が未踏のやくざ世界を鋭くえぐったノンフィクションを映画化。昭和48年の登場以来、深作欣二監督が全5部作+新シリーズ3作で人間性を剥き出しにしたバイオレンスの美学を描いた。
 菅原文太を初め松方弘樹、梅宮辰夫、北大路欣也、小林旭、千葉真一らのスターや金子信雄、山城新吾、田中邦衛、宍戸錠、志賀勝、川谷拓三などの個性的な脇役たちの野良犬の如き血気盛んな演技が観る者の心を捉え、映画を見終わった観客が肩を怒らせて劇中の人物になりきって歩いていた。菅原文太はそれまでの『まむしの兄弟』、『トラック野郎』などのコミカルな路線から、鶴田浩二や高倉健が演じる任侠映画のヒーローとは異なるやくざ像を作り上げて一躍トップスターに躍り出た記念すべき作品。
2003/11/20    第7位 夢千代日記 吉永小百合
85年 東映 監督 浦山桐朗
 胎内被爆により原爆性白血病に罹りあと3年の命と宣告された永井左千子(夢千代)は、母の残した山陰の小さな温泉町の置屋を女手ひとつで切り盛りしている。餘部鉄橋の近くの鄙びた湯村温泉に集まる過去を背負った人々を暖かく見守る夢千代が芸者たちと踊る『貝殻節』の悲しいメロディが心を打つ。
 余命幾許も無いと知った夢千代(吉永小百合)は、乗り合わせた列車内で目撃した飛び降り自殺が縁で過去を背負い人目を避けて暮す旅芸人一座の役者・宗方(北大路欣也)に出会った。夢千代は人生の最終点で出会った宗方と最後の命の炎を燃やす。
 続・新と3シリーズ続いたNHKの人気テレビドラマの最終話を『キューポラのある町』で少女・吉永小百合を生きいきと描いた浦山桐朗監督が、原爆体験のトラウマに苦しみ迫り来る死の時を迎え、生きていたいと無念さを顕にする夢千代の姿を彼女の短命の元凶である原爆(ピカ)の恐ろしさとともに成熟した女の悲しみと無念さを描き吉永小百合を最も美しく撮った名作。
 同年代のサユリストとしては吉永小百合がいちばん美しく輝いていた30歳台の作品「天国の駅」、「おはん」と続くこの映画で終止符を打ち吉永小百合への思いを封印して以降の映画は観ないようにしている。最近はデレビのコマーシャルで拝見するだけだが吉永小百合は60歳を目前としてもまだ美しいな。
2003/11/11    第8位 人生劇場・飛車角 鶴田浩二
63年 東映 監督 沢島忠
 飛車角(鶴田浩二)、おとよ(佐久間良子)、小金一家の宮川(高倉 健)の三角関係に吉良常(月形龍之介)が飛車角に向って「おまえさんを男とみこんでいうのだが、おとよさんのことをきっぱりあきらめるって訳にはいかねえもんかい。デキてしまったことはしかたがねえ」と言う名台詞は忘れられない。宮川は死をもって飛車角へ詫びるため自殺行為と思える出入りに出かけ、その死を受けて飛車角も義理の為に死へと突入していく。村田英雄のヒット曲と相まって大ヒットした東映の任侠映画の原点になる作品。
 海軍飛行科予備生徒として横須賀第2海兵団に入団し、特攻隊として帰らぬ人になった大勢の戦友を間近に見て終戦を迎えた思いがその後の人生に影響を与えた。戦後、高田浩吉の弟子から映画デビューを飾り、松竹、東宝で歌う青春スターとして活躍するが東映に入社後、低迷期が続いたがこの映画と博徒シリーズ、明治侠客伝で演じた時代に取り残されたヤクザを好演して任侠スターの座を確立する。その後NHKドラマ、「男たちの旅路」シリーズで人間鶴田浩二の礎となっている戦争体験と、亡くなった多くの友の無念さを晴らす思いで熱演した、戦中派のガードマン役が話題となり大ヒットした。
大学を卒業した年に肺浸潤に侵され、薬の副作用で左耳が難聴になる。「街のサンドイッチマン」、「赤と黒のブルース」、「傷だらけの人生」などのヒット曲を歌う時、左手を左耳に添えて歌う独特のポーズは音を正確にとらえるために考えたものだ。87年、肺ガンのため62歳で死去。 6歳の頃、製菓会社の招待券で観た初めての映画が美空ひばりと競演した『あの丘越えて』だった。
2003/11/04    第9位 大学の若大将 加山雄三
61年 東宝 監督 杉江敏男
 京南大学水泳部の田沼雄一(加山雄三)は明朗快活・スポーツ万能で若大将と呼ばれる好青年。青大将と呼ばれている石山製菓のドラ息子・石山新次郎(田中邦衛)は美人OL・澄子さん(星由里子)に首ったけだが、彼女は雄一を愛している。雄一の縁談話で二人の中はこじれるが、誤解が解けた雄一は、大学の対抗戦が始まっているプールに駆けつけ優勝する。 全18作が作られた若大将シリーズの記念すべき第一作。
 若大将、青大将、澄子さんとの笑える三角関係。銀座の老舗すきやき屋・田能久の親父(有島一郎)、おばあちゃん(飯田蝶子)、妹(中真千子)との掛け合い漫才。シンガーソングライターの草分けの加山雄三が「君といつまでも」、「お嫁においでよ」、「夜空の星」、一番好きな「旅人よ」などの軽快なヒット曲にのせてあらゆるスポーツに挑戦して大活躍するプログラム・ピクチャー全盛期のヒットシリーズ。全18作観ていると思っていたが、81年の「帰ってきた若大将」は記憶に無いので見落としているかも。66歳になっても加山雄三は今でも若大将だ。
2003/10/30    第10位 霧笛が俺を呼んでいる 赤木圭一郎
60年 日活 監督 山崎徳次郎
 船のエンジンの故障で陸に上がることになった航海士が旧友を訪ねてみると 彼は2週間前に港で溺死していた。イギリス映画「第三の男」を下敷きに、舞台をむせぶような霧につつまれた港町に限定することで ミステリアスな物語の展開がいっそう際立っている赤木圭一郎の代表作。
 日活アクションの全盛期にデビューしたトニーこと赤木圭一郎は、裕次郎、小林旭に次ぐ第三のスターとして期待されながら、「激流に生きる男」の撮影中、21歳の若さでゴーカートの事故で死亡した。その疾風のような人生から日本のジェームス・ディーンとも呼ばれた赤木だが、わずか2年半の俳優生活の間に15本の主演を含む26本の出演作を残している。
 カラオケの映像は当時のモノクロの映画が使われていて、永遠に若いトニー、藤達也と結婚して銀幕から去った芦川いづみ、まだ幼い吉永小百合に逢いたくて何度もリクエストして歌っている。
♪♪♪
霧の波止場に帰って来たが
待っていたのは悲しいうわさ。
波がさらった港の夢を
むせび泣くよな岬のはずれ
霧笛が俺を呼んでいる。
♪♪♪

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