私は大学病院の消化器内科という臨床現場に勤務する肝臓病医ですが、他の多くの肝臓専門医とはいささか異なる臨床経験をもっています。それは、私の主な専門領域が肝臓病のなかでも“劇症肝炎”であるということです。“劇症肝炎”といってもおわかりにならない方もおられると思いますが、この病気は一般的には進行の緩慢な肝臓病のなかにあって異例に進行の速い病気なのです。いちばん進行の速い“超急性”とよばれる劇症肝炎となると、3日くらいで全部の肝臓が壊れてしまいます。
なぜ一般の急性肝炎は治りやすいのに、ほんの一部の急性肝炎がこのような恐ろしい劇症肝炎なるのかについては学会でもいろいろ議論があるのですが、その決着を待っていたのでは現在その病気にかかっている患者さんは死んでしまいます。そこで許される範囲内で、なぜ劇症肝炎が起こるのか、その機序と治療方法を自分なりに考案して、ともかく患者さんを助けなくてはなりません。私はこの20余年、すこしでも救命率を上げようと試行錯誤を繰り返してきました。そして所属の病院の多くのスタッフの協力もあって治療法がしだいに改善されて、最近の私たちの病院での劇症肝炎の救命率は70%を超えていますし、昏睡が出る前に治療を開始した場合はほとんど100%救命しています。一般の大学病院や基幹大病院での救命率は30%以下、欧米の場合は、肝移植でも60%程度ですから、この数字は驚異的であり、なかなか信じてもらえません。
最近我が国でも予後不良の「亜急性」劇症肝炎の治療の第一選択を肝移植とする意見が強まっていますが、欧米と異なり我が国は大半が生体肝移植ですからドナー(臓器提供者)になる方の精神的、肉体的負担は大変なものです。安易に行うべき治療ではないと私は考えるのです。
慢性肝炎の場合は、たとえ病気を治せなくてもすぐにはそのことの結果はないのですが、劇症肝炎の場合は短時間のうちに患者さんの生死となって答えがでてしまいます。たとえ治療方針は正しくとも生存させなければ意味はありません。せっかく肝臓はよくなったのに、合併症で失ってしまった症例など、いま思い出してもずいぶんつらい思いをしました。でも、肝臓病だけが治っても最終的に助けられなければやはり死亡です。劇症肝炎では生死しか答えがないのです。そのような厳しい状況では治療もぎりぎりの選択をしながら進めることになります。すこしでも打つ手を間違えると直接患者の死に直結します。ちょうど囲碁や将棋の鍔ぜりあいのような接戦で一手でも打ち間違えることができないようなものです。このような、緊迫した場面で医療をしていると日本人の特徴である“あいまいさ”が許されなくなりますし、本当に効く治療や効く薬が自然にみえてきます。
私たちが70%を超える劇症肝炎の救命率を達成できたのは、若い医師たちやその他のスタッフとともにたどった試行錯誤で積み上げたノウハウの賜物ですが、そのうちで最大の理由は安全で強力な肝補助をつくり上げたということと、急性に進行する肝細胞破壊を止めることができたことによります。ちょうど猛スピードで走っている新幹線“のぞみ”号が急停車できるようになったものです。
肝臓は再生のよい臓器ですから肝細胞破壊さえ止めてしまえば、自然に再生して回復します。これに比べるといかに活動性が強く、急速に肝硬変に移行する慢性肝炎も進行は年の単位ですから劇症肝炎の新幹線並の進行の速さに比較すればローカル線以下のスピードです。理論的にはこれを止めることはそれほど難しくないはずです。実際に現在私たちは“のぞみ”を止める技術をローカル線を止めるのに応用しています。確かな手応えが感じられるので、多くの慢性肝炎の進行を食い止められるようになると思います。
与芝 真 : 肝臓病の生活ガイド, 医歯薬出版, 東京, 1998 より改変
今後、この本の内容を紹介していきたいと考えています。
与芝の略歴はコラム1を御参照下さい。
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