■思春期ごろから発病する
本来HBV(B型肝炎ウイルス)は排除のよいウイルスですが、幼少時における異物としての認識能力の低さにいわばつけこんで、このウイルスは排除を逃れて肝臓に居つづけることになります。感染してから当分の間は異物として認知されない状態が続きます(免疫学的寛容)。しかし、そのうち徐々に自己と他者の区別がつくようになってくると、ウイルスを異物として認識し、排除しようとする反応が起こってきます。これが肝炎です。早い場合は小学生のころから肝炎を起こしますが、多くは思春期ごろから起こしてきます。
感染当初はHBVの増殖力は強く、HBe抗原が高値で陽性で、血中には大量のウイルスが存在します。また、DNAポリメラーゼというウイルスの増殖マーカーも高値です。この状態で肝炎のまったく起こっていない人を無症候性HBVキャリアとか、たんにHBVキャリアとよんでいます。そして肝炎が起こってくると徐々にウイルスの増殖力は低下してきます。そして85%の人は、HBe抗原が陰性化してHBe抗体が陽性化し、血中からウイルスが消失したりDNAポリメラーゼも陰性化し、肝炎も鎮静化します。これが何年もかかる人もいれば、きわめて短期間に起こる人もいます。なかにはまったく自覚症状もなく知らないうちに、このようなよい状態になったというような幸運な人もいます。そして30歳代くらいまでの若いうちにこのような状態に至れば、だいたい一生この状態が持続します。つまりB型肝炎ではたとえウイルスが存在してもまったく増殖が止まってしまうという状態が起こり、それが永続的に続きます。ウイルス病では“治癒”とは原因ウイルスの排除された状態ですが、この場合はウイルスが排除されておらず、たんに増殖が停止しているだけの状態なので“臨床的治癒”とよばれています。この状態はちょうど孫悟空がお釈迦様と競争して負けて3つの大きな山を背負わされて押しつぶされ、動きがとれないようになっているのと同様で、宿主側が免疫応答によってHBVの増殖が抑制されている状態です。ですから、白血病や悪性リンパ腫に対する強力な化学療法のように副次的に免疫を抑える治療を不用意に行うと急にウイルスが増殖を始め、場合により劇症肝炎を起こすこともあります。
それでもHBe抗原が陰性化し、HBe抗体が陽性化すれば(これをHBe抗原系のセロコンバージョンとよびます)、大半の場合はB型慢性肝炎がよくなることから、一昔前はこのHBe抗原のセロコンバージョンがB型慢性肝炎の治療の目標になっていました。しかし最近は、HBe 抗原が消えても、とくに中高年者ではかならずしも肝炎がよくならないという事実が明らかになってきました。そのなかでも血液中のウイルス量の多い人は肝炎が進行的で最悪の場合、肝硬変まで進行する例が少数みられます。
この理由はHBVの変異で説明されます。HBVはDNAウイルスなので、RNAウイルスほど変異しませんが、それでも年余にわたって肝臓で増殖していると少しずつ変異してきます。そして徐々にHBe抗原をつくらない変異したHBVが残ってしまい、これが肝炎の原因となり肝炎が持続します。ただし、わが国では大半は軽い肝炎が持続するだけで肝硬変まで進行する例は少数とみられます。
■85%は自然治癒
いずれにせよ85%の人は自然に肝炎がよくなりますが、それは宿主の免疫圧力に屈してHBVの増殖が自然に終息するからです。
一方、不幸にして肝炎を起こしながらウイルスの増殖が止まらない人がいます。このような人は肝炎が長期化します。そして、そのような人のなかから肝硬変や肝癌が発症します。それは全体の10%くらいと考えられています。医療の対象となるのはこの人たちで、持続するHBVの増殖をいかに早く安全に止めてしまうかが医者の腕ということになります。残りの5%のHBキャリアは一生宿主がHBVを異物と認識しないため、一生無症候性のキャリアのままで肝炎を起こすことなく終わります。一般の人間の免疫能力は年齢とともに低下するので、このような人の場合、高年齢になるほど肝炎を発症する可能性は下がってきますが、治療も難しくなります。
与芝 真 : 肝臓病の生活ガイド, 医歯薬出版, 東京, 1998 より改変
与芝の略歴はコラム1を御参照下さい。
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