注)このコラムの改訂版をコラム11で掲載しております。そちらをご覧ください。
B型慢性肝炎の治療薬として、ゼフィックス(R)(グラクソ・ウエルカム)が登場しましたが、世界的にただ漫然と長期投与されているだけです。その結果、6ヶ月を過ぎる頃からこの薬が効かない抵抗株が出現し、我国では薬を飲んでいても再び肝機能が悪化してしまう事態が起こっています。これは、B慢性肝炎治療の目標が理解されておらず、正しい使い方が判っていないからです。私達は劇症肝炎の治療経験を通し、B型肝炎という病気の全体像が理解でき、劇症肝炎も慢性肝炎も最も正しい治療に気がついたつもりです。以下の説明を読んで頂いて、多くの患者様が一日も早く正しい治療を受けに当院に来られる事を希望します。
[はじめに]
1986年からのB型肝炎ウイルス(HBV)の母子感染阻止の国家的事業の開始以来我国ではHBVキャリアの新発生はほとんど消滅し、それと共にB型慢性肝炎の患者数も確実に減少している。しかし、我国以外の東南アジア諸国やアフリカ諸国では依然として水平感染例が多く、これに対しては新生児全員をuniversal vaccinationの対象にすれば感染を撲滅できる事は判っているが、財政事情の問題で全ての国々で行われている訳ではない。更に我国でもそれらの諸国でも既感染者はワクチンでは救済される訳ではなく、B型慢性肝炎の確実な治療法の確立は未だに重要な課題である。我国や米国では現在C型肝炎の治療に莫大な研究費が投入されている一方、B型慢性肝炎の治療については我国では症例数の減少、米国ではB型は特殊な人種や階層の疾患とみなし、関心を失っているように見える。B型肝炎というアジアの病気の治療を我々日本人の手で完成させる事はアジアのリーダーとしての我国の責務であり、今後も多くの我国の研究者の叡智を集める必要がある。
[B型慢性肝炎の疾患構造と治療目標]
我国や東南アジア諸国では成人でHBVに感染しても急速に排除してしまい、HBVキャリア化する事はない。HBVキャリアの大半は4才くらい迄の乳幼児期の感染で成立するが、欧米ではHBVに感染する人の多くがHIV感染者やホモセクシュアル、麻薬常習者であり、これらはimmological compromised hostのためか成人で感染してキャリア化する。
この背景の差はHBVの排除の可能な治療難易度の差に関係している。即ち欧米の場合多少とも免疫力を獲得した成人で感染しているので、治療によるHBV排除の可能性があり、B型慢性肝炎治療の究極のゴールはHBV排除であるのに対し、東南アジアでは治療によりHBVを排除する事はほとんど不可能である事が明らかになっている。つまり、本来ウイルス感染症ではウイルスの排除が治療のゴールであるが、東南アジアのB型慢性肝炎ではこれが不可能であるという宿命的限界がある。更に幼少時から成人に至るまで宿主の免疫力を受けず、強い増殖力が保存されるためか、それを背景とする治療困難例や自然の劇症化例も多い。更に我国と米国で同じ治療をしても、我国の方がはるかに治癒率は低いと考えられる。
HBVは他のウイルスと異なる奇妙な、というか宿主に有利な性質がある。それは宿主のHBVに対する免疫圧力が高まると突然増殖が抑制され、増殖力が低下する点である。以前HBe抗原系のseroconversion(HBe抗原が陰性化し、HBe抗体陽性となる現象)と言われていた現象がそれである。もっとも、近年HBe抗原系のseroconversion後もcore領域の上流に位置するprecoreやcore promotorの遺伝子領域に変異が起こるとHBe抗原の陰性化後も変異HBVの増殖が持続し、肝病変が進行し得る事が明らかとなり、seroconversionは必ずしも目標にはならなくなったが、必要条件である事には変わりがない。
よって我国の慢性B型肝炎の治療の目標はHBVは排除し得なくても如何にして宿主の免疫圧力を誘導してHBVの増殖を永続的に抑制するかにある。
[宿主の免疫応答の誘導の原理]
筆者の専門は劇症肝炎の病態の解明と治療法の確立であるが、B型劇症肝炎については大幅に解明は進み、治療法もほぼ確立したと考えている。B型劇症肝炎には急性のHBV感染によるものとHBVキャリアの劇症化があるが、いずれの場合も劇症化の機序はHBVの急激かつ過剰な増殖にある。この点は数々の臨床症例によって証明し得るが紙面の関係で割愛する。HBV増殖が急激でなければ穏やかな肝障害に止まり、過剰でなければ急性肝炎に止まる。つまり急激なHBV増殖がHBV特異的細胞障害性Tリンパ球(CTL)を始めとする肝細胞障害機構を誘導し、肝障害を発現させることになる。
劇症肝炎の治療では如何に速やかにトランスアミナーゼを低下させ、進行する肝細胞破壊を終息させるかが治療の第一目標となる。この場合は抗ウイルス療法と免疫抑制療法の併用が有効である。これにより急激なトランスアミナーゼの低下が達成し得る。一方、B型慢性肝炎の治療のゴールは宿主の免疫応答の誘導によるHBV増殖の抑制である。この場合は抗ウイルス療法と共に免疫応答を誘発する必要がある。そのためには、一時的にHBV増殖を急激に促進してその刺激でCTLを誘導する必要があるという逆説が成立する。
近年経口剤の核酸アナログであるラミブジン(ゼフィックス)がB型肝炎治療に導入された。また米国で本年9月からFDAによりアデフォビル(ヘプセラ)の使用が認可された。このような経口剤の連日投与はHBV増殖を抑制する。現在これらの薬剤は欧米でも我国でも漫然と連日投与されているが、投与を中止すればウイルスは再増殖し、一時的な効果しか示さないし、ラミブジンの場合は半年以上投与するとYMDDモチーフに変異を持つ耐性株が出現するようになる事が判っている。これは投与を継続するとウイルスが増殖するという場面がない事により、CTLの反応を誘導しないための当然の結果であり、宿主の免疫応答を誘導するには薬剤を中止してHBVを急激に増殖させ、HBV特異CTLを誘導する必要がある。但し、急激かつ過激なHBVの増殖は実例が示すように劇症化の危険をはらむので如何に安全に行うかがポイントとなる。
[具体的治療法]
虎の門病院の熊田が、B型慢性肝炎に対して副腎皮質ステロイド(CS)中断療法を行ってそのリバウンド後にインターフェロン(IFN)を投与すれば、IFN単独投与より有意にHBe抗原系のセロコンバージョン率を高めると報告した。我国で一時期この治療が繁用された事があるが、米国の治験でその効果が否定された事や時に劇症化する事が知られ現在ではほとんど行われていない。この際のリバウンド現象の説明としてCS剤により宿主の免疫応答が一時的に抑制され、中断後に回復するためとの説明もあるが、我々の検討ではこの現象はCS剤によるHBVの急激な増殖促進による(HBVの遺伝子にはCSにより増殖が促進する遺伝子領域がある)事が明らかになっている。これ迄の説明で当然起こるべくして起こる現象である。
この性質を利用し、筆者はまずラミブジンを3ヶ月間投与して、HBVの増殖を高度に抑制した後、CS剤(プレドニソロン)を1日40mg 7日間、30mg 14日間、20mg 7日間の投与を試みた。全例でHBVは急激に増殖し、投与前GPT>100U/l以上であればほとんど全員リバウンドを起こした。CS剤により急激にかつ高度にHBVが増殖した結果である。このリバウンドの後にインターフェロンとラミブジンを連日1ヶ月間投与した結果、1クールで約50%、4クールまでで70%程度のHBe抗原のセロコンバージョンの誘導が可能であった。現在はB型肝炎でのIFNの投与が6ヶ月間まで可能になったのでこの率はより上昇している。
問題はウイルスが増え過ぎるとビリルビン3.0mg/dl以上に上昇するいわゆる重症化例が3例出現した事だが、全員IFN+3TC+ステロイドパルス療法・サイクロスポリンなどを使用して劇症化は回避でき、そのうち1例は急速にセロコンバージョンさせる事ができた。
ただし、CS剤はHBVの増殖力を増強して、その投与後抗ウイルス剤に対してウイルスが抵抗性を獲得する症例が存在し、極めて難治となる事がある。この事態を避けるために最近はCS剤の使用はできるだけ控えるようにしている。安全のためにはまず3TCを中断してHBVの増殖を観察することで、中断するだけでも増殖力の強いウイルスであれば自力でリバウンドを起こす。但し、増殖が緩やかな例ではリバウンドにはならない。このような症例ではやはりCS中断を行う必要があり、ここがB型慢性肝炎治療のジレンマとなっている。
リバウンド後にIFNと3TCを一定期間併用投与してもHBe抗原価の低下とHBe抗体価の上昇が足踏みし始めたらそこで一旦治療を中断して再治療に踏み切った方が良い。この場合ウイルス量が低下しているので、治療を中止すればリバウンドする例が多い。しなければCS剤で誘発する。
更に一般の開業医でも実行可能な方法として、1ヶ月間服薬、1カ月休薬を繰り返してHBVの増殖の抑制と再増殖を繰り返し、その刺激で徐々に安全にHBVの増殖を抑制していくアイデアも考えられ、現在治験中である。
B型慢性肝炎では抗ウイルス剤は治療の主役ではく、宿主の免疫応答が主役である事を念頭において治療することが重要である。
略歴 与芝真彰の略歴はコラム1を御参照下さい。
井上和明 昭和34年12月05日 東京都生まれ
昭和61年 3月 昭和大学医学部卒業
平成 2年 3月 昭和大学大学院医学研究科修了
平成 2年 2月 昭和大学助手
平成 6年 7月 昭和大学藤が丘病院消化器内科助手
平成 8年 2月 昭和大学藤が丘病院救命センター講師
平成 8年 9月 (財)東京都臨床医学総合研究所
平成11年 4月 昭和大学藤が丘病院消化器内科講師
平成13年 4月 昭和大学藤が丘病院消化器内科助教授
主な学会
日本内科学会認定医/指導医
日本消化器病学会専門医/関東地方会評議員
日本肝臓学会指導医/東部会評議員
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