背後霊烈伝

深谷ゼミの伝説となっている、不思議な先輩達のプロフィールをお楽しみください。
あなたもいつか、伝説になるかも...。
背後霊烈伝1 1号と2号
 なんだか、私の最大の趣味は「人間を拾うこと」らしい。こうして拾い集められた人間さんたちが結構「人間交差点」の読者だったり、登場人物だったりするのだろうが、そのなかでも、不思議な登場の仕方をして、あちらからピタッと付いてくるようになった学生の呼称として「背後霊」がある。その後ご縁が深まり、歳を喰うと、背後霊は私と相互に深く影響し合う弟や妹になる可能性もあるが、今のところ背後霊から昇格の事例はない。
 
 「背後霊」と呼ばれる学生達は通常不思議な登場の仕方をし、不思議な関わりになる。
 
 1号は立正短大時代の女子学生だが、いつも天使の絵ばかり書いているおかしな娘だった。彼女はゼミのメンバーに馴染めなくて、欠席したあと、私が研究室に戻ると「ニタッ」と笑ってドアの前にいつも立っていた。「センセ、今日もアタシ、いけなかった」怒る気も失せて課題を出してなんとか、卒業させた。
 
 2号は短大で「援助技術総論(明学でいうところの方法総論)」を教えていた時の学生である。ある日授業が終わった後、全然面識もない彼女はピエーッと泣きながら、研究室に飛び込んできた。
 
 「あなた誰?そしてどうしたの?」「先生、私お嫁にいけないんです!」 「なんで?」「先生今日総論で、自閉症の話したでしょう。うちの弟、自閉症なんです。だから私が将来面倒見なくちゃいけないので、お嫁に行けないんです。」
 確かにその時少し自閉症のことを話したが、どうも不思議な角度で彼女のココロの琴線に触れてしまったらしい。
 
「ところであなたのお母さんはいくつ?」「四十五です。」 「あなたはいくつ?」「二十歳」「お母さんがギリギリまでケアするとしても、七十歳として、その時あなたは幾つ?」「四十五歳」「その時まで独身なの?結婚してるよね。」
 
「あっそうか」だって。そして泣いてたのににたーっと笑った。それから毎日のように研究室にそこはかとなくやって来るようになった。本当に変な奴だった。
 この二人は埼玉でケアワーカーしている。今も多分しているだろう。
 
更新日時:
2004/08/25
背後霊烈伝2 夏の日に迷い込んで来たM太郎君のこと
 
普通であれば、ここで三号の話になるのが定石であろうが、登場の仕方のおかしさでは立正時代の「M太郎君」のことが思い出されるので書いておこう。
 M太郎君は「背後霊」ではない。でも、背後霊複数制が敷かれていたら、間違いなく当確の学生である。彼はゼミ生であったことが一度もない。それは他の「背後霊」の学生がゼミ生であり、長い学生は四年間も担当したことと対照的である。
 
 ある暑い夏の日であった。夏休み前の試験期間中であったと記憶している。一人で研究室で仕事をしていると、ノックする者がある。
 
 出てみると見知らぬ男の子であった。「あなた誰?」「暑いんです、先生。」「えっ?」「暑いんです。先生。少し涼ませてくれませんか。僕は死にそうです。」
確かに熊谷の夏は暑く、ヒートアイランド現象で39度にもなる。42度という経験もある。
 
「暑いのはよく分かるけど、図書館に行けばよくない?」「あと1時間で英語の試験なんです。図書館まで十分かかかったら、残り時間が少なくなるではありませんか。それにあそこに行くまでに僕は死んでしまいます。涼しくて近い勉強場所が必要なんです。」
 
 立正大学の熊谷校舎のキャンバスは確かに広い。39度という気温では図書館に行くまでに死んでしまうという彼の発言には一定の合理性はある。しかし、知らない男子学生だし。
 
 「あんた、誰なの?」「あ、ごめんなさい。僕はM太郎といいます。先生の総論の授業を取っています。」道理で相手は知っていても私は知らないわけだ。あまりに変な奴だから、呆れたのを通り越して面白くなってしまった。私にはあまりに呆れた学生がいると面白くなってしまう癖がある。
 
 「変な奴だね。本当に変な奴だ。自分が変だってこと、分かってる?」「どこが変なんですか?僕は普通です。」ほらほら、変な奴に限って絶対こういう風にいう。変な奴で「僕は変わってますよ。」といった学生は一人もいない。
 
 「じゃ、いいから、黙って私の前で英語の勉強して、時間になったら黙って出て行って。」「よろしくお願いします。」ところが彼、座ったら勉強はそっちのけでしゃべるの、しゃべるの。自分は誰でどんな人間で、何を感じて大学にいるなど。何でも三浪していて、相当年を食っているのだった。
 
 「うるさいね。黙って勉強してっていったでしょう」「ごめんなさい」それでも止まらない。
 
 時間になったら帰っていったが、次には女子学生の友人を二人も連れてやってきた。「また、来ちゃいました。」だって。
暑い日になると、M太郎君のことを今でも時々思い出す。おかしな人間も居たものだなあと。
 
 M太郎君は実は、結構明学の側に住んでいる。こんなこと書いたらきっと、近々に現れるに違いない。
 
更新日時:
2004/08/25
背後霊烈伝3 3号、その強烈なトーク
 
 私は学生を抱えこまない。かかわりが出来ても、どんどん「里子」に出してしまう。それを自分のポリシーにしているところがある。そんなことで成長が阻まれてしまうのは嫌だと思うし、第一一人の教員に教えられることなどたかが知れている。ましてや実習担当の教員など、広く浅い知識をどう実践場面と結びつけるか、ということが役割であって、その後は専門の教員に譲るべき、と思っている。
 
 さて、そういう中で3号は1年から四年まで、私のゼミ生であった例外中の例外の学生である。とはいっても、私がかわいがっていたか、というと本人には気の毒だがそうではない。 私にはいろいろなパターンのかかわり方が学生とある。積極的に「かわいがる」かかわりの学生、「かわいがらない」というかかわりの学生である。
 
 結構天才肌なところがあったり、思索的なところがあったりすると、積極的にかわいがる。しかし、そういうことがなくても、「カマッテー」という強烈なサインを出す奴は、「クルナー」と言語化して蹴飛ばして面白がりながら、本人が迫り来るに任せる。このかわいがり方を「かわいがらないと言う形においてかわいがる」方法と呼んでいる。
 
 だって、そういう奴を積極的にかわいがったら、ウザッタクて参ってしまう。Iくんは典型的にそういう方法を取っていた学生だった。
 
 Iくんは非常によくしゃべる。昔Wくんという学生と二人して立正の実習室を訪れ、二人して同時に違うことを話していたので「バイリンガル・テレビ」というあだ名がついていたことがある。
 
 四年間実習室に毎日現れた。来ない日があると弟1号の井上君と「今日はどうしたんじゃろか?」と言って心配した。現れ方も鮮烈である。「どろどろどろっと現れました、Iちゃんでーす。」といつも名乗るのである。そしてひとしきり壊れたんじゃないかと思うくらい自分のことをしゃべった後、授業に出かけていく。
(結構Iくんは強烈なキャラクターだが、それなりにファッションにこだわったり、ど派手なスポーツカーに乗ったりしていて、もてた。)
 
  Iくんはある事件で万事窮した時、井上君に徹底的に世話になって、下宿に泊めて貰ってアンカまで入れてもらってケアして貰ったので、すっかりなついてしまった。それ以後、ちょっと厄介払いして、井上君の弟になって貰っている。
 
 私の左耳が壊れたとき、福祉現場に介護職として勤めたIくんは夜勤明けにわざわざお見舞いに来てくれた。有難かったが、片耳しかなくなって本当に困った。
何せ、普通の人の三倍はしゃべる彼のトークを聞くためには、普通の人の話す六倍くらいの量を残された右の耳で聴き取らねばならなくなったからである。
 
アタマの芯がジンジンした。
 
更新日時:
2004/08/25
背後霊烈伝4 4号、伝説となった「家出事件」
 
 背後霊4号との出会いは、確か立正大学のオリエンテーションキャンプだったと思う。ゼミ対抗のゲームをさせられて、それが確か、ゼミ生の着物などを出来るだけつないで長くして、一番長いゼミが勝ち、というようなゲームだったように記憶している。
 
 何だか奇妙にノリのよい男子学生が二人居て、自分達はたしかパンツイッチョの姿まで脱いでしまった。その一人が4号のS君だった。「ノリがいいのでコンパ要員」と決めていたように思う。
その後、一年生の一回目のゼミ飲みの時に、何故か一人が「生きているのが辛い」と語りだしたら、みんなで語りはじめてしまったことがあった。一番中心になって語っていた一人がSくんで、ノリがいいだけじゃないんだ、と感じた。
 
と、そんなある日。夜中に電話がかかってきた。12時を回っていたような。
 
こんな夜中に、と思って出るとS君。どうしたの?
 
今、両親とけんかして家を出ました。暗い海岸に向かって座っています。
 
えっ?私に何して欲しいの?私も相当気が動転する。
 
母親が心配しているので電話してやって欲しいんです。大丈夫だからって。
 
 Sくんは見かけによらず相当の箱入り息子で、藤沢の家から熊谷まで通学させられていた。両親が下宿に反対していたらしく、その件で争いになったらしい。Sくんは生まれて初めて親に逆らったのだそうで、そのショックが強いようだった。
 
次の日、相当早朝、お母様に電話した。
 
その後しばらく、友人の家を転々としたのち、Sくんは目出度く下宿生活を手に入れた。大切な親離れの時期の一幕だったのだろう。
 
それからフラフラ、私の周囲を歩き回るようになり、「背後霊」と化してしまった。他の背後霊は本当に死んだら独立しそうだけれど、コイツだけは、本当に死んだら正真正銘のになりそうな気がする。影を漂わせて頼りなそうに立っていたりして。お願いだから、生きてて。私しゃ、嫌だからね。
 
更新日時:
2004/08/25

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Last updated: 2004/8/25