警察という名の犯罪者
2000年広島での有識者を集めた会議での広経大の小川教授の「厭な人には厭な顔をしよう。福山市民憲章の変更、同和問題に終止符を打った上で表向きはそうではありませんでしたが実質的にはそうでした。この裏には個人の尊重以前に悪いことをした人には厳しく犯罪者は許さない厳しいものをという方向づけの土台でした。
厳しいものとは人権、命さえ踏みつけにして排除することでした。
私のことはは情報公開として福山で全国市町村会議が、宮崎で全国高校校長会議、高知で全国中学校校長会議に私のことを調べあげもちこんだのです。問題点を提起し私を悪の見本として、会議を重ね、アンケートを重ね様々な法の提案をしていったのです。
こどものしつけは3歳までが大事から子育て支援法、きれるこどもは食事が大切、私の家の喫煙から健康増進法、が。
全国で様々な分野の会議が開かれすべての団体の地固めをした上で福山の教師が家庭教育を重視した心豊かな教育基本法改正を国会に陳情しました。
 
2001年中学校の卒業式で生徒会長が涙で言いたかったことを.校長がかわっていうということで,先生方が涙で押しとどめたこと、その卒業式は,それまでどこにもなかったような攻撃と涙と悔しさに満ちたものでした。
それは私に向けられた私の犯罪でした。私の犯罪のために,中学校生徒全員が犯罪被害者となった。裁判員制度はこのことから犯罪被害者となった生徒全員、生徒会長のいいたかったことが,形を変えて低年齢でも裁判へという福山から発信したものでした。
2004年弁護士に「一市民を排除したことがあるかどうか」と聞いたことがあります。
ある弁護士は「あったかもしれないし、なかったかもしれない、他をあたってください」
ある弁護士は「難しい、会の規定でいえない」
ある弁護士は「妄想だ」・・・・・裁判員制度は難しくてややこしくて立派な制度かもしれませんが、一人残らず裁判を受けられるという基本にもどってもらいたいものです。
この裁判員制度の一回目の裁判が、これの関わった一人一人を裁く裁判であることをねがっています。
後日学校で校長,教頭、民生委員とお話させていただきましたが,
「忘れた」と校長はおっしゃいました。翌日、民生委員がいってきたことは「ノイローゼ病院へ」ということでした。
・・・高校の事件の解明をと、もよりの、警察が身内に行ってきたことは「ノイローゼ病院へ」
これは追跡してきた人たちの指示だったはずです。地位のある方の発言は重大なものです。私は無理やり・・クリニックへ連れて行かれ、病院は「ノイローゼ」と診断したのです。追跡した人達によって、ねじふせる力によるものだとおもっています。「通報の権限と理由を、嘘の診断をしたことが明らかになった時には責任をといます」といっておいた。明らかになった時には二度と立ち行かないだけの責任を・・・力が加わったとはいえ嘘の診断をする病院があってはいけないと思っています。
私は薬を捨てていた。それがわかると舌の下まで調べられました。その役目は娘でした。一度でも薬を飲まなければ直らないかもしれない。一日も早く直ってほしいという一心でした。
犯罪者は許さない。なぜ私の犯罪を公然として罪の償いをさせなかったのでしょう。なぜ中学校全員の生徒が知る所となったのでしょう。
母親の犯罪のためこどもまで同窓会から排除されなければいけなかったのでしょう。犯罪者のこどまは同じように排除しようというのです。私の犯罪は何なのでしょう。
 
警察のボランテア、防犯パトロールを提案した1連の人たち 、それを掲げた元広島県警本部長竹花氏、これは私の犯罪を防犯するためでした。1分の隙もない見張り、追跡、罠は通報によって犯罪者として監視される屈辱は1片の容赦のない無言の攻
撃でした。
2005年1/28・・・の事件の当事者の先生の赴任先まで伺った時、先生は後方をごらんになって「つけられましたか」と聞かれ、「すぐもどります」と長い時間戻ってこられず戻ってこられたときには身内に通報され引き渡されたのです
先生は追跡者の指示にしたがったのす。
先生というものは生徒のした小さな悪いことには時間をかけて厳しく追求しますが、自分のした大きな悪いことには知らぬふりをきめこんだのです。身内は先生方に迷惑をかけたと私をゆるしませんでした。
 
2005年1/31東京へでました。2/1朝日新聞社とテレビ朝日へ。両社で同じように追跡してきた数名と警備員に監視されていたので上司の方とお話させていただくと、私の行動は把握してすべてトランシーバーで報告を受けたが通報があったというわけではないと両社とも同じことを言った。
1筆かいていただいた。上司の方はしきりにこれを何に使うのかと聞いた。「何かの時何かの役に立つとおもいます。」といっておいた。警察としての権限の先々への私の犯罪を警戒する通報、市町村としての防犯パトロールとしての見張り、追跡。町民、中学生のグループから老人まで加担させたのです。
10/12コンビ二ですぐ後からきた若い男性が店員に耳打ちしました。昨日と同じ人でした。店員ははいったばかりの私のところへあわててやってきて「トイレにいってきます」といって棚影からみていたので「通報があったはずです。その権限と理由を」といっても「ない」の1てんばり。
10/19職場の3箇所の出入り口での1目でやくざとわかる人たちの挑発するように携帯をしてるのをみて:横浜,足立ナンバー:それまでは作業員が3,4名必ずまとわりつくように周りにはいました、朝の通勤、帰り5時頃公務員でもないだろうに。
いままでの監視とはちがう危険を感じ有楽町でおりないといけないのにふと目をあげると、蛇のようにニターと笑ってジーと見ている目のギロとした若い男性「どこへ逃げようとわかってる。」といってるようでした。気がつくと千川。初めて目にする駅名だった。知らない町に下りるのは危険だと思った、何かあっても行方不明でかたづけられる。何か起こるにしてもアパートの部屋の中でないといけない気がした。たどりつけるだろうか。
8時半荏原商店街で横浜、川崎、足立、袖ヶ浦10台近い車に拉致されそうになりました。私は漠然と殺されるという思いはありました。ナイフをもってそこに立っているのならいいでもそうじゃない。漠然とは行方不明のように失踪のように事件性のないように殺されることだとおもいました。
10/20コンビ二に12日の状況を書いておくよう用紙をおいていたのでとりにいくと、どうしても書かないという、書いていただくようまってると、コンビ二は警察に通報しました。2人の警察官は私の被害妄想だと肩をいからせきめつけた。
そのとき道を尋ねにやってきた厭な笑いをうかべた目のギロとした若い男性は昨夜電車で蛇のようにニターと笑っていた男性でした。
この男性は25日他のコンビニのガラス戸の外から何度も覗き込んでは中の私の様子を携帯で知らせているようでした。必ず私の周りには携帯を持った追跡者が一挙一動様子を知らせ指示をうけているようでした。
この男性は福山で射るような目で追跡してきた男性、・・建設会社の車でした。
あとからきた2名の警察官、その1人の兄が広島で警察署長をしてるといった。「竹花氏の掲げた警察のボランテア、防犯パトロールをご存知ですか、昨夜のやくざへの拉致の依頼は警察の上層部ですか。」というと福山出身の亀井静香氏の仲介で親しい石原知事により副知事に大抜擢された竹花氏はやめてるといった。
1年前後の就任でした。
広島教育委員長吉野氏に府中東の事件を解明してくださるようお願いした年転任されました。教育基本法改正を先頭で支援した方でしたが1年前後の就任でした。
校長に攻撃と涙とくやしさに満ちた卒業式の理由を尋ねた年、転任されました。
 
10/
 
怖くて外に出れない。なんていってる場合じゃなかった。
次勤め始めた病院、事務長への通報、警備、清掃、各部所そして副医院長、医師、ナース、病院中が私を危険に追い込むことに加担したのです。
12/20駅までの2箇所の駐車場には行きも帰りも必ず見張りの車、横浜、川崎、足立,朝6時過ぎ、夕6時頃・・・・・の車、携帯の明かりで顔が浮かび上がった。眼の細い顔の小さな男性、ホームには10月頃車を降りつけてきた・そのときナンバーをひかえていた・1人ともう1人が上りに、運転席にいたひとが下りに向かい合って、私をみながらにやにやしていた。2人は次の駅でいっしょにおりた。そこへ下りのホームにいた運転役の男性が迎えにくるのだろう。そして電車に沿って私が途中下車をしたときのため追跡してるのです。
のりかえの電車には作業員の男性が待ち構えるようにホームにいた。奥のほうへいったのに携帯がなりホームからおりた。
いつもの追跡と何かがちがう。駅に着くとどうしても職場へむかえなかった。暗くて何より人通りがないことは事件性のないようにという条件にあうからだった。数箇所に横浜、川崎・・・の車がそして、冷凍車の横浜ナンバーがいつもとまっていた。タクシーで向かった。
途中のガードに沿って道路が、歩いていくときはそのガード下を通り抜けるはずだった。そのとおり 抜けた道路にトラックが止まっていて、タクシー^もとまらなくてはいけなかった。車が止まる場所ではなかった。
帰りガード下の自転車置き場の管理人が2人並んで私がとおりすぎるのを目でおった。この日だけは精悍な中年の男性2人だった。いつもは現役過ぎた年配の方だったのに。しかも個人をみるということはない無関心の東京のはずなのに監視の目は連携してとぎれることはない。
この朝タクシーを使わなかったら、私がガード下に入ったところを前後トラックで封鎖されその中で危険なめにあっていたのではなかったのか。
 
S医師への手紙
2006年・・・・・・・・1/23、5時頃副院長からお話があったのは北病棟のコーナーで。追跡者の中には2通りありました。一つ目はつかまらないとわかってる現実の過激なゲームを楽しむように面白くてたまらないように関わる人、2つ目は今まで何度も危険な仕事をしてきたようなある種の緊張感を持ったこれから何が起こるか知ってる無表情の人達。パソコンを前にして通りかかった私を一斉に見ている6名の医師の表情が同じ2つ目のこれから何が起こるか知ってる無表情だったからです。その後,B1、玄関先にいた黒い背広の3,4名の男性はピタといなくなり、それまでその時間医師の姿をみることはなかったのに、その時お話をきいていた5名の医師がそれにかわったからです。
1/25荏原駅に通勤客の中に手ぶらの異質な2人がやってきた。一人はA中年男性でした。1人は1/31駅までの中ほどにいた男性でした。
1/31この日、遅出の私が仕事を終える頃まで5名の医師が、1人は開き個室の入り口でこれから何が起こるか知ってる無表情でたっていました。
ある方は廊下の角で私を先生に確認させました。ある方は病棟からおりるのを確認しました。私がB1におりると昨日と同じ医師が私がB1におりたのを確認し、ある医師が内視鏡から2号棟へ向かうのを確認し。
先生が玄関外から私が病院からでたことを次の追跡者に通報したのです。私に顔を背むけ何かをふりきるように入ってこられました。先生があの時間白衣のまま玄関外にいる意味がないのです。わずかの後悔はあったのでしょうか。玄関先から次のやくざへの通報が何を意味するかおわかりだったはずです。
殆ど人通りのない時間なのに両側の通用門の1メートルの辺りに携帯を耳にあて立ってるサングラスの男性、男性が2,3名づつ女性が1メートルの通用門に封鎖するようにいました。通り過ぎると門の前に横浜ナンバーの車若い男性が2人私が通り過ぎるとすぐ車を発進させたニヤニヤしていた。
この日
駅との中ほどに5,6名の男女が待ち受けてるようだった。いつも見張りの車2,3台が止まってる場所だった。車は1台もなかった。
大柄の皮ジャン、ジーンズの2人が携帯を耳にあてたまま私を確認すると1人はやってきた車でその場を去り、1人はその場を離れた。
その日私はいつも言われない用事をいわれ退出時間を15分遅れ、主任さんは休んだ人がいて1時間遅くなったと玄関先で偶然いっしょになった。
 
2/1先生はこの日北病棟で通りすがり「帰り気をつけるように」といわれなかったでしょうか。毎日条件さえ合えば決行できるだけの見張りと追跡、昨日は決行の日ではなかったのでしょうか。2/2私がB1におりると内視鏡から2号棟へ医師がむかいました。2号棟へはいるとその医師は途中で引き返しすれちがいました。意味がないのです。
2/3、昼間2Fで副院長とであいました。この朝私はコンビ二にS氏への手紙の原本をコピーー機に置き忘れていました。見張りが気になっていたからです。見張りがそれを副院長に届けることくらい簡単にするひとたちでした。私の様子からすべてしってることを悟られたとおもいます。・・・・・・・
どなたかがこの病院は上品な病院だといっていましたが、私はそうは思いません。1目でやくざとわかる人たち4,5台の車:横浜、川崎、この時期練馬がくわわりました。:を病院関係者の駐車場に止めさせ院内での監視を許し、命を助けるため医療に従事している医師たちまでもがその真逆の状況に追い込むことに加担している。
やくざと手を組んだように、くんでるんですけど信じられない状況に向かってるモラルのかけらもない最低の病院だとおもいます。
無言でされることがどれ程苦痛で痛みのあるものかおわかりでしょうか。私はいつどうなるかわかりません。命を助けるべき医師たちまでもが指示に従う権限と理由をお教えください。
それさえわからないままどうにかなってしまうのは無念でなりません。もう1つパソコンでだとおもいますが病院中にながれた中傷です。私は1/31行方不明になるはずだったそのつじつまあわせの私の中傷です。
1歩病院をでればうようよ見張りがいてぞろぞろ追跡者がいて、蟻1匹逃げられない状況なのになぜ病院関係者がばかなことに加担したのか。
毛穴から毒素を噴出しそうな3角の顔をした警備員、この先私に何が起こりか知っていて面白くてたまらないように笑いを押し殺している卑劣さはまむしでした。これがこの病院の象徴.T病院はすべてがまむしの洞窟でした。2006,2.4
 
Tストア,T電鉄,T屋,O・・・・追跡してきたひとたちと店員警備員が監視、しばらくしてがんがんとなるスリ、万引きの警戒の放送。各店長に「通報の権限と理由を」とお聞きしましたが各「ない」という返事。
「あなた方は狂気に加担してる、話し合いにおうじただけで共謀罪、加担したとなれば狂気そのもの、明らかになったときはあなた方企業としての責任を問います」といっておいた。
 
2/28よりJ病院へ勤める.T病院と同じパターンでした。病院中が狂気に染まるのは時間の問題でした。すぐに12Aの3人の医師による見張り、罠、通報、ある日やたらB1へ用事をいわれた。降りたときはいなかったのに戻るときには警備2,3人黒い背広2,3人が封鎖していた。タイムカードが3度持ち去られ4度目は他の人達のカードも移動していた。カモフラージュのため。
通路、玄関先、には必ず病棟から私が出たと通報を受け外の追跡者に通報する人がいた。取引先の業者、医師、外部のひと、やくざと同じように面白くてたまらないように笑いを押し殺していた。
そのなかの1人KMMのY氏への手紙
Y氏様・・・・・・・・・・・見張り、追跡、罠、通報する人には2通りありました。つかまらないとわかってる現実の過激なゲームを楽しむように関わる人たち、もう1つは今まで何度も危険な仕事をしてきたようなある種の緊張感を持ったこの先何が起こるか知ってる無表情な人たち。あなたは前者でした
。・・・・・・・・・・1分の隙もなく見張られすべての時間を奪われ、生きてる証の希望、喜び、安らぎ、すべてを奪われた苦しみをおわかりでしょうか。
そして1瞬先に何がおこるかわからないことと戦わなければいけない恐怖。次々と行く手を阻まれるくやしさ、生きながらに殺されたも同じ苦しみです。・・・・・・・・・すべての部所がかかわっています。
院長の指示でないとこうはできません。明らかになれば医師は免許剥奪、病院中が犯罪者となるはずなのに、とても長とはおもえない・・・・・・・・・・私は話会いに応じます。あなた方に指示した人物におつたえください。5/7
 
3人の医師の2人は5月以後、病棟には姿をみせませんでした。1人O医師は残りIグループとして見張り、通報と奔走しました。K、Oの言いなりのM医師。
三日月顔のひょろ長い医師、ペンギン頭の黒ぶちメガネの医師、通路から次の追跡者におもしろくてたまらないように携帯しているあごひげの医師、やくざの見張りの中に立っててもやくざと変わらないギロ目の医師。頭のいい上品な人達に上品にまむしといっておいた。
4月末12AのI医師はじめ病院がその方向へときめたこと、それに向かって7/10夕、7/11朝、通路で教授陣に私を確認させたことで病院中が狂気に染まったわけです。主にI医師はじめ12Aの医師が通路への通報、他の医師、部所への指示、外部との連絡など奔走しました。
病院中で私を泥棒として見張りつずけました。
すべての行動を把握され院内で先々に通報され犯罪者と見られる屈辱。なのに病院中の狂気への加担。弱い者を追い込むことにやくざと同じ目をして奔走してるモラルの塊であるはずの多くの医師、ナース、看助、技師、警備、すべてまむしでした。
T病院よりはるかに巨大なマムシの洞窟でした。いくら高度の医療を誇る病院でも、いくら最高の教育をうけた医師たちでもまむしではね。
鉄腕アトムの御茶ノ水博士が住んでる御茶ノ水にある病院がまむしの洞窟だったなんてがっかりした。
 
7/3病院から駅までの5分の間に6,7名の女医、看助、ナース、技師、医師による見張り。
7/4病院から駅までの間に20人ほどの警視庁、皇室の警備に私の確認を便乗したのです。詳しく言えば病院の玄関先の2人の洗練された耳にイヤホンの大柄の男性2人、警視庁だとおもった。
メトロ線には警官はいなかった。どうするかみてると警官がやってきて私から目をはなさない。率いられるようにやってきたのがアジア系の男性2人私の前で挑発するように携帯してた。この時期アジア系の男性がかかわっていました。
駅のホームでおもしろそうに携帯してる大柄な男性、誰が見ても刑事だとわかる人、「警察やね」といっておいた。乗り換えの地下には必ず見張りがいる、この日は刑事のようだった。JRのホームにやってきたのは大柄な洗練された男性「警察やね」といっておいた。カメラでとった。荏原商店街でむこうからやってくる2人の警官、自転車で並んでいたのに私を確認すると目を合わせ縦に連なった。今日は警察の連携、やくざ、病院関係者の連携、取り囲むようにつけられている。
 
福山のある方への手紙・・・・・・・・・・・・・・・
S氏への手紙・・・・・・・・・警察のボランテア、防犯パトロールとしての通報は警察の権限、理由は攻撃と涙とくやしさに満ちた中学校の卒業式の理由と1致する訳ですね。私には時間がありません。1週間内にお返事いただけなければそうだと理解させていただきます。・・・・・・・・私の数度の手紙と電話でお身内の方が眠れないと心配されるのはわかりますが、私は永遠に目さまさないかもしれない状況においこまれています。他人ならどうなってもいいのでしょうか。・・・・・・・・5/7
 
この手紙にお返事はないものとわかっていました。この1週間後先々、そしてJ病院でガンガンなっていたもよりの警察からのスリ、万引きを警戒する放送はピタとなくなりました。S氏から1連の人へそして東京へ送り込まれた人たちとJ病院への指示,警察の通報は1本の糸だからです。
私はT病院がなぜ狂気に加担したのかわかりませんでした。
4/20電車の隣の経済新聞からT攻撃へ,Sパネル増刷への記事、私は4月はじめ・・・・・の競争でTが勝った。その力はなんだったのか,Sに聴けばわかるかもしれないと資料をおくっていた。でも競争で力が働いたものなら同じようにSにも力が働くかも知れないと思い、返送していただくようおねがいしていた。力は両社を支援したのではないのだろうか。7月、S企業4,5,6、月の売り上げ・・・・・億増、終わったと言われるSなのにこの時期躍進している。。時期的には1致する。
 
医師会とのかかわりは福山の1連の人たちの提案の1つに健康増進法があります。森氏,麻生氏に陳情しました。煙草の煙を病棟から構内へ、店内から店外へ、オフィスから喫煙所へ、確かに実現しました。でも1連の人たちによる依頼された人たちによって、反対に路上から構内へ、構内から病棟へとはびこらせたものはおぞましい卑劣な心でした。煙草の煙は自殺か他殺かとコピーがありますが、煙草の煙をつかわない人の心で殺すことでした。この法に意味はありません。
子育て支援法は3才までのしつけが大事ということからでしたが、りっぱに育った医師すべての部所,中、高、大生のグループ、店、町民、多くの人に弱いものを追い込む心、殺害する心をしつけたのです。その心をしつけられた多くの人はこれからどうなるのでしょう。この法に意味はありません。
食育はきれるこどもは食事が大事ということからでしたが、りっぱな食事をしたとされる1連の人、依頼された多くの人が狂気へとむかったのです。この法に意味はありません。
中高1貫校は最初は私の犯罪を連携してつたえることからでした。
この法に関しては鴻池大臣が大いに関わっています。教育基本法改正の席上、国会議員全員の満場の拍手喝采の賛同を得たと悦にいってた大臣の発言「・・・・・・・・・・・・・引き回し上、打ち首・・・・・・・・・・・・。」
厭な人は、犯罪者は抹殺してもいいとおもえるような、抹殺せよともおもえるようなこの発言に国会議員1同、賛同したなんて狂気じみています。
責任を問わなかった国民もまた狂気でした。状況はまさに狂気でおおいつくされようとしています。数年前、ある方に日本は狂気でおおいつくされるのでしょうか。と問うたことがありますが。このときすでに狂気でおおいつくされていたのです。
教育基本法はすべての団体を地固めした上で押しすすめられてきました。底辺にいる誰かが真実を通そうとしても大きな力に捻じ曲げられる、それでもだめならより大きな力に捻じ伏せられる。より大きな力がものをいう戦国時代のようでした
戦争でも同じ位な人数、武器で戦うのにただ1人のボンヤリしたおばさんに大人も大人、モラルのあるべき多くの人たち、地位のある多くの人たちがどれ程多くの人を巻き込んで狂気へと加担させていったか。この法に意味はありません。
警察のボランテア、防犯パトロール、行く先々に警察の権限の私の犯罪の警戒をする通報、なのにやくざへの私の殺害の依頼、毎日条件さえあえば決行できるだけの見張り、追跡。警察とやくざの蜜月。
このためには湯水のように使えるお金がないと無理です。警察のボランテアとしての警察の、防犯パトロールとしての市町村の公費、税金が使われているとしかおもえないのです。
私にとって殺されそうになってることは私にとって大変なことです。それと同じように大変なことは千の単位の人たちに、弱いものを追い込む心、殺害する心をもたせたことです。私はすべての時間を奪われ生きながらに殺されたも同じ、これはすでに殺人ではないのでしょうか。少なくても同じ罪です。
 
卑劣な大罪の犯罪者は警察でした。
殺そうとする方を悪、殺されそうになってる方を善とするなら悪と善を変換させ、それでなお大手を振って歩こうとしている警察、T病院,J病院,Tストア,T電鉄,O、1連の人たち。
NHKの「ご近所の・・・・」の初回は警察のボランテア、防犯パトロールをとりあげたものでした。この仲介には政治家が関わっているはずです。禁煙に関するアンケートの内容は1連の人たちからの提案ではなかったのでしょうか。
その回答を放送していたアナウンサーに、見張り、追跡に関わった千の単位の人達1人、1人の名前を出し、その人たちが何をしたか一つ残らず放送してもらいたいものです。その放送が終わる頃NHKの意味もなくなるわけです。
個人情報保護法に反するといわれるかもしれませんが、1連の人たちによって提案されその人達に、依頼された人、先々T,J・・・・によって先々に私の情報を流されやくざにまで情報を流され危険においこまれようとしてます。この法に意味はありません。
 
1本の糸は1連の人たち、1分の隙もなく見張られ,A,B中年男性他多くの人たちに指示し追跡され罠を仕掛けられ続けました。罠のスト^−リーは誰もいない状況にして監視すること、男性を私の回りに送りこむことでした。罠は私の行動だけ仕掛けられました。彼らが必要だったのは私の犯罪の証拠でした。
・・・高校の事件では両方がしかけられています。誰もいない職員室の前に現れたA,B中年男性、1連の人たちと先生方は相談しあっていたのです。家に私だけいるときこの中の1人の先生を勉強をみると何度も家におくりこんだのですそして長い間待っていました。
罠は起こるべきことを予想して仕掛けるのです。
数限りない罠、これらが明らかになった時には罠の1件、1件を予想したと同じ罪になるという法律をつくってもらいたいものです。罠はそれだけでは留まらない、自殺、殺人、殺人幇助、までおこりうるものとして無言の罠の罪の重さ、卑劣さを重視してもらいたいのです。それらはすべてすでにおこってしまっています。
無言ですれば、わからなければ自分が手を下さなければ何をしてもしておいてしてないといいとおせばいいのでしょうか。
 
・・・の事件の当事者の先生方、私の犯罪のため生徒全員が犯罪被害者となった中学校の校長、吉野元広島教育委員長、市町村としての福山市、松山市の話し合いとして,松山側の主な人物I氏,G氏,T住民、・・・すべて教育者でした。
I氏はA中年男性とともに罠のストーリーを私にしかけました。その事実を証明していただくよう何度も手紙をおだししましたが。奥様はご主人を説得してくださると思っていましたが、手紙をまとめて受け取り拒絶で送りかえしてきたのは奥様の名前でした。それを話してくだされば私は助かるのに命を拒絶したのです。電話にはでられませんでした。かけつづけましたがおなじでした。。
愛媛県警に「迷惑だ」と私は訴えられました。県警M氏は私がストーカー:もっと危険なものですが:などの被害にあってることとT 住民、I氏,G 氏は関係ない今後迷惑電話をかけないように通告されました。「警察としてのM様でしたらもみけさなければいけないお立場なのかどうかはわかりません。1人の人としてもう1度だけT住人、I氏G氏におききになっていただけませんか。」と乞うても無視でした。
警察は私が被害にあっていることをわかっていながらなぜ私を助けてくれないのでしょう。、知ってることを知らないといってるI氏、G氏、T住人の言い分を通している。そのてんびんは何で計られたのでしょう。
私は危険に追い込まれさえしなかったら手紙も電話も一度だってかける必要はなかったのです。2006年2月
2006年11月・・・愛媛県警M様
2月に訴えられた件ですが、この件は私が言ってることは事実なのに私が危険に追い込まれていることは予想できたのに福山の1連の人達の指示で嘘の訴えをしたのです。裁判に訴えるか、2月の訴えは嘘だったと警察に訴えを取り下げるかどちらかにしてください。どちらもしていただかない時は、こちらから訴える手続きをしてください。詳細はHPをご覧ください。とメールを出しました。どちらもしていただくことは無く直後HPを紹介する掲示板は中断されました。
 
私は狂った世界に迷いこんだようでした。ボタンをおせば次々と狂気に変える器械があるかのように善良なはずの町民が,命を守るはずの警察が,命を助けるはずの医師が、命の大切さを教える教育者が次々と狂気に変貌していく姿を眼のあたりにしました。
人の心がなぜこんなにもおそろしいものなのか信じられませんでした。平和というベールのしたで育っていたものがベールを突き破って姿をあらわしたものは恐ろしい心、おぞましさ、卑劣さ、でした。
人権の教育なんて何1つ実をむすんではいなかったのです。私は気が変なものとして納められようとしましたが、狂っていたのは私の回りすべてでした。警察、教育者、医師、すべての団体の頂点の人たち、力のある守るべき人たちが狂わしているのです。
私は愛国心なんて考えたこともありませんが、現状がそれににむかっているものなら、力のある者、組織が都合の合わない者の人権はもちろん、生きることさえ排除しようとしている。力のあるもの、組織がすき放題にできる危険で恐ろしいものだということです。
 
この件に関して次々と狂気と化した多くの人たちに聞きたいのです。あなた方のお母様、奥様、娘さんが、女性の方には自分が私と同じことがされていたらどうするかと、決して許さないでしょう。他人ならつかまらないとわかっている現実の過激なゲームを楽しむようにおもしろいだけでしょうか。
2006年8/3
 
こどもは同窓会から排除され,・・・家は地域から排除され、地域は法の地固めの会議、陳情,、法の提案、制定などで国もマスコミもある程度、自由自在にできる力をつけたのです。
教育基本法改正は矛盾と汚点だらけです。教育基本法改正はおそろしい土台の上で危険な方向にむかっています。
美しい日本なんて総裁選でいってますがこの醜さの一人一人の責任を明らかにするべきです。9/2
 
 
 

COLUMN INDEX

S62・・・駅家保育所に子供を向かえに行くと園庭で遊んでるのは私達親子だけでした。
父兄があわてて駆け込んできて、職員室から4,5人の保母さんが出てきて、ひとしきり私を診ながら話しおえると廊下に腕を組んでならびました。帰りそこに差し掛かるとM先生だけが残り、他の人は職員室にもどりました。
そしてそこにおいてたスーパーの袋をあごでさし、この中には何が入ってるのかたずねられ、道路に出ると、教室に場所を変え腕を組んでにらみつずけていました。
翌日、車上狙いがあったと黒板にかいていました。
S62・・・三段峡に着き、車から降りるとバッグを忘れた事に気ずき、交番にいくといなくて、通りかかった人がお金を貸してくれるというので行くと、横の戸口から誰かがやってきました。戻るとその人の目は疑わしいものにかわっていました。
渓谷の方へ行くと、A中年男性が後ろからぐんぐんやってきてて、がっしりした体格の鋭い目つき、人のいない遊歩道はこわくてやりすごしひきかえしました。
停留所まで戻ると、2,3人の若い男女が待ち構えるようにいました。
乗り換えのときも、三次の食事のときも、バスでもがら空きなのに横にやってきて様子をみられているようで厭な気がしました。
どこへいっても紺の軽が、島根で夜中に病院へ行くことがあった時、他に車はいないのに後方からやってくるのは紺の軽でした。
そして先々へ耳打ちしていく。
井上小児科・・・いくたび紺の軽がソシテ電話が。
岡山の後楽園・・・盛山の上からジーとみてるC若い男性
倉敷・・・食事にいくとがらあきなのに、横のテーブルにつくA中年男性とC 若い男性先々に耳打ちして行き、店主は奥にはいってでてこないことばかり。
 
S64・・・長男が入院した時、いつも5時の面会時間に間にあうように保育所に迎えにいってた。何日めかにK 先生に「昨日は何時に病院へいきましたか」ときかれた。黒板に車上ねらいがあったとかいていた。病院では「昨日は何時に来ましたか。今日かtら来た時間をかいてください」といわれた。
とすぐ出原、中山、篠原が見舞いにきた。
まるで時間を書いておくよう病院へ依頼するためのように。
数ヵ月後、新聞に保育所のお迎えの車をねらった車上ねらいがつかまったとでていた。
 
福山美術館・・・私の進む方向に次々学芸員に耳打ちしていく若い男性、ロビーのソフアにすわるとサッとやってくるA中年男性、外からのぞいてるC若い男性。
福山城・・・松山の映画館でC若い男性を。目のギロとした背の低い男性。
先々でどちらかまたは一緒のところをみた。
 
教習所・・・S63、私は自動車学校と間違えて私1人で閉校する学校へ通っていた。坂の上でA中年男性がみていた。教本は家でするようにいわれていたのに中で教本をするように教官にいわれた。
事務所にはいっていくA中年男性をみた。教官に2階につれていかれた。
そして、事務所の留守番を頼まれた。30分程帰ってこなかった。帰ると車庫のバスの奥の方へはいってるようバスの外から事務所との兼ね合いを見ながらいわれた。
翌日、4,5人の男女がはいってきた。昨日の何かの交換条件のように、彼らは私の行動をみていた。
路上練習・・・新しくできた老人施設の台所にポイと置かれ教官は車でいなくなった。
出口を探し玄関までいったが誰もいなかった。外からヒョイとのぞく若い男性がいた。
この台所にNさんが勤めるといっていた。
Nさん・・・この日のどのくらい前だったか「話に来てください」と電話があり、行くとすぐとなりから電話があり、となりにいくといって引き出しの一番下に大きさといえば財布くらいなものを私をみながらいれた。
長い間戻ってこなかった。裏からヒョイとのぞく若い男性がいた。
その日もだったか、この家の横の道を伺うようにたってるA中年男性を数度みた。
K さん・・・同じ頃,上記と同じ、長い間戻ってこなかった。冷蔵庫の上から財布が半分おちそうになっていた。裏から若い男性がヒョイとのぞいた。
 
府中の奥・・・車の練習に行った。喫茶店に入るとA中年男性がはいってきた。
レジにいこうとすると男性はレジを呼び「おねがいします」といってもレジの人は長い間背をむけたままでした。
洋装店・・・勤めるため、はじめていくと若い男性が入ってきて女店員に耳打ちした。ある朝、出勤途中、振り返るとA中年男性と2人が後方からやってきていた。
階段を上がろうとすると横の自転車にバッグがあった。階段を上がろうとすると、ビルのオーナーOさんが上からのぞいていた。やたらバッグを放り出すように置く人の多いところだと思った。
松山の山の上のそうめん流し・・・他の車はいないのに後方から紺の軽、いくらでも追い越せるのに若い人の運転なのにおいこさない。駐車場に着くと、A中年男性がトランクからポリタンクをだしていた。
 
S63,8/15
フェリーの甲板に座ってると若い女性が2人話かけてきた、後方からA中年男性がジーとみていた。
8/16・・・墓参りにいくと、赤い自動車でA中年男性と若い女性2人が墓の少し向こうでとまった。3人は車からおりることはなかった。
三越のフルーツパーラーでA中年男性がやってきて後方にすわった。男性はレジを呼びレジはいなくなった。何度も呼ぶとやっとでてきた、それをA中年男性がよび店員は背をむけていた。
大街道で私の前後を、私が後ろになると振り返りまっていた。
ジャックと豆の木・・・A中年男性と女性が離れた席に着いた。やはりレジをよんで長い間背をむけていた。
鷹ノ子温泉・・・振り返ると、A中年男性と中年女性がやってきていたそしてぱっと横道にそれた。
 
H7年・・・松山の重信クリニック    母の入院
裏の駐車場に入ると、3人裏口横にたっていた。車から降りると3人はきえたようにいなくなっていた。
裏口横にさしかかると,白のショルダーバッグが紐がきれいに真っ直ぐおちていた。塀の外の盛山の上にA中年男性がたっていた。
はいったすぐの病室にいる看護婦さんに「バッグがおちていました」というと、壁の影にいる誰かに問うような顔をしてチッという顔をしてでてくることもなく何もいわなかった。ロビーにいくとA中年男性がやってきた。
3階の個室のもう一方に重病人がはいったときいた。患者の横に3人すわってるのがドアを開けてるので見えた、冬で重病人だというのに。その前を通って湯沸しに行くと中年女性がでてきて私を見てた先々で起こることと同じように、私をみてるばあいじゃないだろうに。ある日、ドアをあけるとまるで聞き耳を立ててるかのように、私のドアの前B中年男性がいました。パジャマを着てるが病人のにおいがしないというかとても元気でした。
愛大病院・・・母の入院
A中年男性が隣りのベッドにやってきて親子を連れ出した。待合室でたびたびみかけた。一階の4角の回り廊下を歩いてると向こうからみてるA中年男性と2人をみた。
 
義母の入院・・・2001年
松山の4方の家からの夜中まで監視、帰り団地には7台のワゴン車がとまっていた。電車で前方に座った女性が、携帯を用意し駅に止まるたび振り返り動き出すと前をむくというくりかえしだった。
福山行きのバス乗り場の前で私がぎりぎりまで切符を買わないでいると右往左往してる女性、ぎりぎりで買うと女性も買いにはしった。
女性は一番後ろに一緒にいた男性とすわった。男性はしきりに携帯をもってトイレにはいった。
駅に着くとA中年男性がまちかまえるようにたっていた。
団地の7台のワゴン車には連携してつけてくる人達、A中年男性がのって乗り物にそってつけてきたのです。
義母の入院先にいくと、A中年男性が前のベットのいすにすわっていました。
 
ユニクロ・・・試着室からでるとA中年男性がたっていました。カーテンの下からみてたのです。
田頭歯科・・・追跡は激しかった。電話がかかりドアをがちゃがちゃかけられたり、受付のカーテンの向こうへはいりこんで監視。
ドリーム・・・私の車はゆきすぎUターンして戻って駐車場に入ると同じように入ってくるモスグリーンの車。細い男性は入り口を、背の高い男性はレジ、客に耳打ちしてレジ1人をのして奥へつれていった。
背の低い男性は後方からみていた。
生協ハモンズ・・・花をかってレジに持っていこうとすると掲示板の影からA中年男性と若い男性がとびだしてきてオットットとたちどまった。
 
2つの事件
 
2つの事件・・・1999年・・・ささきを売ってる店
最初行ったときはおじいさんがでてきました。次行くと「いないときには裏の男性に言ってください」と張り紙がしていました。行くと電話がかかって、いるようなのにでてこないので裏を見ると男性が突っ立ていました。そこにズーといたようにみえました。次立ち寄ると「いないときは,お金をおいてもってかえってください」と変わっていました。
その後、何度よってもいないので、いないときはそのまま帰ってました。
数回め、めずらしくおじいさんがでてきてお札をペラペラと数え、私の視線を捕らえてはお札に持っていくという動作をくりかえし、「ここだよここだよ」というように、手元の箱にいれたのです。間口のいくつかのバケツにはいったささきとお札は不釣り合いでした。絡みつくようなめをしていました。
次行くと、「お金がなくなった」とにらまれました。ここに行くたび後方に止まった車は紺の軽でした。
後に、この家の方が小学校の屋上から飛び降り自殺しています。これは状況です。私は犯人が誰かしりたいのではないのです。本当の意味での犯人は手を変え品を変え、罠をしかけるよう指示した人物だとおもっています。この人物こそ教育基本法へ向かって様々な法の提案をしていった中心人物です。
 
教育基本法改正に向かった高校の事件
府中東校・・・時期的には上記の事件以来、、懇談形式がかわった。私だけ遅れてするようになった      
。一度目・・・H先生時間に言ったのに誰もいなかった。10分程して来た。
2度目・・・K, H F先生、父兄3名、生徒3名,計9名あつまるはずだった。高校の坂を上りきった頃、A中年男性と数名の乗った白の軽がスッと歩いてる私を追い越していった。職員室がわからなくてちがう渡り廊下だと気づいて振り返ると、A中年男性がオットと立ち止まり引き返す形で階段を上がっていった。上がりながら下の私を伺っていた。
職員室には誰もいなかった。前の教室に3人生徒がこちらの方をみて座っていた。中の展示物を見てるとB中年男性がやって来た。男子生徒の携帯としかおもえなかった。
職員室をのぞくと誰もいなかった。廊下の展示物をみてるとA中年男性が角を曲がろうとしてオットと立ち止まりクルと反対の方へいった。10分程してK 先生が誰もいない職員室から出てきて廊下の私を呼びにきた。不思議でどこにいらしたのか聞くと「教務室」だという。なぜ廊下にいる私がわかったのだろう。
4人掛けのソフアを置いた職員室の隅に本棚で区切った狭いコーナーに通された。すると誰もいなかった職員室で湧いたように、先生方、父兄の声がきこえてきた。子供が来るとK先生はこどもを呼び出した。わたし1人10分程いた。
今度は相談室だとK先生が呼びに来た。指定された時間を30分経ていた。
私たち数名がいってあとからT君のお母さんともう1人がやってきて一斉にそろった。後から来た人は先にきた人に目配せするようなほかの人はみんな知ってるのに私だけ知らないことがあるような変な雰囲気だった。
話合いは、何のためわざわざ呼び出されたのだろうと思われるほど、指定された時間を30分遅れた2/1に感じられる程心ここにない簡単なものでした。
こどもがカバンをとり4人掛けソフアのある部屋に戻ると、テレビをつけっぱなしにしたまま飛び出した生徒がいたそうだ。カバンの2万円がなくなっていた。
先生が夜やって来て「今まで職員室で者がなくなったことがない。そこにいたのは生徒と私だけだ。生徒にはきけない」といわれた。   2人だけなら生徒が犯人です。
 
何年来私の一挙一動、監視、追跡、罠とおとりがあったはずです。
監視・・・教務室にはK H F先生T,,,M父兄
職員室前の3人の生徒、A B 中年男性他数名が起こるべきことを予想して息をひそめていたのではないでしょうか。
おとり・・・誰もいない職員室にはおとりが、それは4人掛けのソフアのあるコーナーに移動したのではないでしょうか。それを後から来た人は確認し先にきた人に目配せで知らせたのだはないでしょうか。
罠・・・S63年保育所での車上ねらいI 氏との関わり、4方の家からの監視W, T K K子の人たちの指示でA,B 中年男性他多くの人達が先々に現れることができたのです。罠のストーリーはこの人たちによって考えられ、しかも法の提案もこの人達によってでした。
 
T先生・・・私1人だけ職員室でした。職員室には誰もいなかった。誰もいない職員室にジリジリ近ずく車は誰もいない海でジリジリ近ずくジョウズを思い出させました。
H 先生・・・先生はこどもの勉強をみると何度も家に来ました。私1人の時ばかり、そして長い間、子供を待ってると家にいました。4方の家から私のことはすべて把握されてA B 中年男性他多くの人が指示されたように、家に私1人だとしっていて先生に指示したのです。子供が家にいない状況にするには友達に指示し家から連れ出すよう指示したのです。友達、バイト先の人達は操られた駒のようにゲームをたのしむように指示に従いました。
お宅へいく途中ズーと紺の軽がつけてきてお宅に着くと4,5軒後方に止まり前の家にはいっていった。お宅へ伺うとすぐ電話がかかってきた。おじいさんは2階にいるというのにおりてこなかった。
 
ウエスギ・生地や・・・
行くと客もレジもいるのに私がレジに行く頃にはフロア中一人もいなくなるこたが続いた。ある日レジや店員、客に耳打ちしておくへつれていくのをみた。
いくらよんでも誰も出てこなくて、品物をカウンターに置いて振り返った途端、踊り場からA中年男性が駆け上がってきて、男性の目の高さと私の手元が同じ高さになった時、オットと立ち止まり後から続いてきた2人を踊り場に推し戻した。
店員を探そうと5,6歩行くとレジの横野壁の向こうに2人の女店員がたっていた。「レジをおねがいします」というと向こうのだれかに問うような顔をしましたがチッという顔で「すみません」の一言もなくレジにもどりました。
 
中国銀行・・・2万円振り込んでいるとA中年男性がおぼえこむようにあて先をのぞきこんだ。
 
大分県・・・2001年10/14午後8時
何台もで連携してつけてきた。
結婚式に出席、式が始まってすぐ気分が悪くなってロビーにでると式服をきたB 中年男性と2人の男性がいた。式が終わると背広を着た若い男性が6,7人地べたにすわっていた。九州道で2度細い道にはいったが2度とも後から来た車は同じようにはいってきた。2,3時間後下関に着くとすぐ来た車は福山・・・・。式場で地べたにすわっていた6,7名は後ろを来ていた。入った時は5つのレジに店員が、客もそれなりにいたが耳打ちされて次々と一番奥のレジと耳打ちして言った2人をのこして誰もいなくなった。
そこへ行こうとすると、向こうから呼ばれているようで私がレジにつく前にいなくなった。
松山・・・勤労会館  2002年
何台もで連携してつけてきた。駐車場の管理人に通報、管理人は一番奥の私の所までやってきて車のナンバーを確認した。裏の出口からフジにいく10メートルの間に5,6名が2,3メートルごとに携帯を持ちまるで一歩一歩を連絡してるように思える程だった。
C 若い男性が式服を着てエレベーターまでつけてきた。
 
私の入院・・・2003年・・・共済病院・・・通院の度連携してつけてきた。途中で降りた時のため車が電車に沿って数台つけてきた。横尾駅の電柱の横にA中年男性がたっていた。
診察室を出るとドアにぶつかりそうにB 中年男性がたっていた。診察結果を聞かれていたようでゾッとした。
入院3階からのぞかれているようだった。気づくとブラインドがおろされるようになった。私の方もブラインドをテーブル側だけ残しておろした。3階も端のガラス戸一枚分だけはあけてそこから見下ろしてるA中年男性がいた。少しして3階のブラインドが全部あけられて2階のブラインドがおろされるようになった。
夜中2時向かいの廊下に電気がついてて立ってこちらを見てる女性の姿が浮かび上がった。するとパッと電気がきえた。朝6時その場所にいってみるとブラインドの下10センチあいてたのを看護婦がおろしにきた。朝なのに。ストレッチャーがおいてあってその10センチの隙間から夜中監視してたようだった。
退院してから「この監視は病院もかかわっていたはずです。外部の人を入れたこと医師、ナースも監視にかかわっていました。この通報の権限と理由を」とおききしましたが「ない」
トポス サントーク  ウエスギ ・・・通報の権限と理由をと店長にお会いしておききしましたが「ない」
 
府中警察・・・免許書き換え・・・2001年・・・講習室に入ると、中ほどのいすにバッグがおいてあったので一番前の奥のいすに座った。それを見届けるようにドアの入り口から若い男性がはいってきて警官に耳打ちした。2人は私の横のいすにバッグをおき私に背をむけて黒板の方をむいた。講習が終わると2人はサッとでていった。新免許証ももらわないで。
玄関を出るとWの車が駐車してて中からみていた。
 
ハローズ・・・次々監視の依頼によってドドッとやってきて店員追跡者によって監視、棚影、後方から監視。親に促されて幼児まで笑いを押し殺して手元をみにやってきました。
戸手店ではある日,主任が女店員を押し飛ばしかごの中を確認しました。チッツという顔をしてにらまれました。出口をカートで封鎖されました。帰り本屋によるとつけてきた赤い車から降りてきた人が店員に耳打ちして1つしかないで入り口を封鎖しました。ハローズ駅家店に寄ると戸手店にいた主任がプンプンと監視しました。出口をカートで封鎖しました。
バイトしてたこどもは自分からやめるというようにこれでもかというほどひどい仕打ちをしました。
2000年の暮れ・・・ここの店員Nともう1人、2人が松山発のバスに最後に乗り、1月2日そごうでつけてきて、帰り福山行きのバスに私の後ろの席にすわりました。
 
天満屋・・・バイトするこどもにハローズと同じようにあの手この手で自分からやめさすようにひどい仕打ちをしました。ある日向かえに行くとA中年男性が紺のワゴン車で横付けしてました。ロビーにいたこともあります。
 
 
 
追跡
2005年1/31・・・福山駅で車の中から私の様子を窺っている若い男女、私が見返すとズルッと体を沈め顔を見えなくした。知ってる人だと思った。
私にピタとつけてきた女性は」寝台車の時間を表示板で確認すると携帯で連絡した。「どこに連絡してるのですか」と聞くと、東京行きのホームをおり、福塩線のホームに上がり4,5名とともに電車にのった。私が乗ってきた電車が折り返しもどるものでした。
笠岡駅で乗り込んだ男性は車掌と私のベットの前ではなしていた。がらあきなのに壁を隔てた隣のベットにやってきました。私は一分の隙もなくみはられていました。
2/1・・・朝日新聞社、テレビ朝日、点々と携帯で報告してる3,4人。私を窺ってはトランシーバーで報告してる警備員、上司の方にお会いして「通報があったはずです。その権限と理由を」といっても「あなたの様子はトランシーバーで一分始終報告を受けたことは事実です。でも通報を受けた訳ではありませんと両社とも同じことを言った。一筆かいていただいた。
上司の方はこれを何に使うのかしきりの気にしていた。「何かのとき何かの役に立つとおもいます」といっておいた。
テレビ朝日・・・上記と同じ、上司の方は同じように答えた。一筆かいていただいた。
先々で監視「通報の権限と理由を」といっても「ない」
 
3月から勤めましたが、通勤途中、いつも作業員がまとわりつくように周りにいました。電車で今連絡のとれないというこどもの同級生とそっくりな作業員の男性をみました。
ただそっくりだったのかはわかりませんが、定職を持たない人は東京へ送られて追跡者の一人になってるとしても不思議はありません。
10/14・・・旗の台のコンビ二に入るとサッと若い男性がやってきてボトルをもってレジに走り店員はあわてふためいてやってきて「トイレにいってきます」そして棚影からみていた。
10/15・・・コンビ二にいくと昨日の若い男性がサッとやってきて赤い携帯をしてた、横へいくと携帯を閉じた。昨日の店員に通報があったはずです。「権限と理由を」ときいても「ない」状況をかいておくように用紙をわたしておいた。
以前サッとやって来た中年男性と若い女性がユニフオームに着替えたなの両側から監視してたので、そのことを言うとここには30才以上の店員はいない。といった。それなら福山から追跡してきた人だと思った。私は福山で追跡してきた人が先々のユニフオームに着替え監視されていた。
 
10/19・・・5時過ぎ職場を出ると出入り
口2箇所で携帯をかけながらまとわりつくようにやってきた2人の作業員。毎朝、駅までの途中の駐車場には3人くらいの作業員がいた。私が通り過ぎると車を発信させた。帰りはいつも作業員がまとわりつくようにいた。公務員でもあるまいし5時すぎに。
電車で通勤してるのが不思議でした。
ワゴン車とか車で移動するものだと思ってたからです。
10/20・・・いままでとはちがうやくざ風の赤いT シャツの一人が挑発するように携帯をしていた。もう1人は一方の出口からもう一方の出口までついてきて戻った。
足立331・・・     足立337・・・
職場に戻って6時半までいた。車はまだいた。裏口にも車を止め見張りがいた。出入り口3箇所見張られていました。
どうしようと思ってるうち有楽町でおりないといけないのに乗り過ごしたのに気づき顔を上げると、斜め前に立ってるギロとした目の若い男性が蛇のようにニターと笑ってジーとみていた。「逃げようとしてもわかってる」そういってるようだった。
電車をおりると千川、初めて目にする駅名だった。知らない町に下りるのは危険だと思った。何かあっても行方不明でかたずけられる。何が起こるにしてもアパートの部屋の中でないと、部屋までたどりつけるだろうか。
旗の台に8時半・・・荏原商店街の5分程の間に横浜3台、川崎2台、相模2台、ナンバーを見ようとすると、袖ヶ浦ナンバーの黒に近いグリーンのマイクロバスのように大きい車がキキーと目の前で曲がった。
車は行き過ぎたのに後方からやってきたり脇に止め顔を凝視しながら降りてきたり。偶然やって来たタクシーに飛び乗った。
後方からピタッとつけて来るのは横浜ナンバーだった。ナンバーを見ようとするとライトをあげているのでまぶしくてわかりませんでした。
漠然と殺されるかもしれないという思いはありました。ナイフをもってそこにたってるのならいい、でもそうじゃない。漠然ととは行方不明のように、失踪のように事件性のないように殺されることだと思いました。
10/22・・・コンビ二にその日の状況を書いておくように頼んでいたのでとりにいくと、書かないというので書いていただくまで待ってると待ってると、コンビ二は警察に通報した。2人の警官がやって来た。
警官は方をいからせ私の被害妄想だと決め付けた。後から来た2人の警官の1方の兄が広島で警察署長をしてるといった。
「福山のある地域からの提案で警察のボランテア、防犯パトロールを掲げた元広島警察本部長竹花氏が福山出身の亀井静香氏の仲介で親しい石原都知事により副知事に大抜擢されました。20日のやくざへの拉致の依頼は警察の上層部ですか」いうと、竹花氏は辞めてるといった。1年くらいの就任だった。
コンビ二前でこうして話してると、道を聞きに来た目のギロとした気味の悪い笑いを浮かべた若い男性。20日乗り過ごした電車でニターと笑ってた人でした。25日、買い物してる店のガラス戸の外から何度ものぞきこんでは携帯してました。
10/24・・・
10/25・・・長原商店街を向こうから乗組員員らしいスキンヘッドの大きな外人がやってきた。私の後方から来る人と確認したというようにコンタクトをとった。この男性は2006年5月頃、品川から乗り前に座りいやな笑いを含みながらズーと携帯を耳に当て私の服装を確かめるように体中をみまわした。私より出口側でおりたのにホームの一番奥までいくことが何度かあった。意味がない。
駅で昼前なのに女子学生がサッとやってきて横に座り、茶髪のやくざ風が背広を着て革靴はいて経済新聞をもってやってきた。
新聞を4つ折りにしたまま行司のように持っているけど読んでいない。
大豆みたいに小柄で立ってる姿は狸そのもの、そのときばかりは「それ朝の風景,朝の風景、しっぽがでてる」といってやりたいくらいでした。
学生も狸だったようです。離れていたのに電車では背中合わせになり両方の出口が見れる状況にしコンタクトをとっていました。
大崎での乗降はいつもまばらなのに私の回りはラッシュのようでした。私はラッシュの一塊から抜け出てホームに戻りました。
戻る電車に乗ると、前に座った男性の靴をみて驚きました。
どの区間か私の横に座った男性で靴が黄緑でそこの厚みのない室内のスポーツシュウズのような履きふるした靴でしたが珍しかったのでおぼえていたのです。
防犯ベルを買いに行った。「誰かが何を買ったか聞きにきても、防犯ベルを買ったなんて言わないで電池とか買ったとか言っておいて」と頼んでおいたがそんな心配はいらなかった。2個目、3個目と買いに行ったときにはすでに店主は追跡の側にいたから。
もし神様がすこしでも味方してくれるのなら証拠に血痕を残しておかないとと思いナイフを買った。それはすぐ取り上げられて反対の役目をするだろうから刃先の短いのにした。
警察にナンバーから危険な人物かどうかわかるのではないですかと電話した。
警察は「・・・・・道路だから車は通る、手を引っ張られそうになったら電話をしてください。」といった。手を引っ張られそうになってどの手で電話をするのですか。
職場をやめてしばらくして荏原商店街をあるいてると、前方から暴力団員風のポケットに手をつっこんだ男性がやってきてました。連携して追跡してくる人はわかりました。そのたび睨み付けてると近づいてきた男性の顔をみて驚きました。前の職場のオペ室の男性で最近辞めた人だったからです。この男性は辞める一ヶ月ほど前からやたら私の前に現れました。品川で電車に乗ると横にいたり荏原駅で乗ろうとすると目の前にいたり、車両をかえたことがありました。私をつけてる人が一つ前の駅にいる人に携帯し私が乗ろうとしてる車両と場所を教える事くらい簡単にする人たちなのです。人手と携帯と車、最新機器おもうままでした。
私のことは私以上に計算しつくしていました。
その後電車で同じ場所に乗り込んできたり朝、旗の台駅で毎日のように現れ始め、来た電車に乗らないで私と同じ電車にのったので「ばかじゃないの」といっておいた。私の前に現れるよう指示されてるうちに暴力団の仲間入りしたのではないかとおもいました。
福山から送られた多くの人、見張り、追跡に関わった多くの人の中にはやくざの仲間入りをした人も多くいるはずです。
 
 
10/27・・・長原商店街の八百屋の横に車を止め背の高いやくざ風の男性、やり過ごすとピタと立ち止まる、仕方なく通り過ぎ5メートル先で立ち止まりオロオロしてコンビ二に入った。少しして出てくるとオロオロして反対の店に入った。川崎33・・・
この2人は12./17・・・上りと下りに分かれて私を見ては厭な笑いをしてた人たち。
 
 
11月よりT 病院へ勤める・・・11/17・・・駅前に2人の男性がたっていた。振り返るとそこへ中年男性がきた。1人は反対の方からというように半円を描き、もう1人はこちらからというように半円を描いた。私の方を見ながら。反対の方へ行った男性が20分ほどして戻ってきた。こちらの方から自転車で男性がやってきた。4人になった彼らがどうするか一時間程みていた。
床屋さんの前を通るとガラス戸にピタと顔をつけギローとみていた。目だけが私に沿って右から左へ水平に動いた。
11/19・・・江原駅で降りると,足立300・・がスッ通り5分程の間に後方から前方からと3度やってきた。頭に稲妻のそりこみがあった。助手席には若い男性。
この男性は12/30・・・新幹線乗り場でまちかまえるようにエスカレーターで下りる私をみあげてる2人がいた。2人は私が3号車乗り場に立つと、頭に稲妻のそりこみの男性が2号車に若い男性が4号車乗り場に分かれて立ち私を取り囲んだ。
11/25・・・17日4人の中の1人と紺のジャンパーの男性が離れて立ち、知らないもの同士のようでした。30分程して一方が引き上げろの合図をして2人そろってその場を離れた。
12/3・・・上記の紺のジャンパーの男性が駅前にいた。どうするかみてると一時間程でその場を離れたのでつけていくと見失った。駅に戻り振り返るとその男性は後方にもどってきていて、挑発するように笑っていた。
12/8・・・大井町の職場を出ると玄関前に髪を針千本に立てた男性がいた。2日前と10日程前、旗の台駅で見張ってると思い横に行くと携帯を辞めた男性だった。
12/13・・・職場前の病院関係者の駐車場には、横浜559・・・川崎500・・・足立501・・・練馬・・・この車はバックミラーで私を確認し携帯する。
12/14・・・病院関係者の駐車場10台程のスペースに4,5台のすべて練馬ナンバー,  練馬332・・・ナンバーを控えてると男性が降りてきた。黒のスーツに赤いチーフ。この時期、練馬ナンバーが加わった。
キリスト協会横、コンビ二99の横の駅までの駐車場に横浜、川崎,足立ナンバーの4,5台の車、前の上下の部屋にはシャツ4,5枚を窓際に掛け、下10センチはいたを置き目だけ出し手見張ってる。先々4方の家からの監視と同じ。
1/21・・・帰り誰がつけてるのかわからなかった。斜め前方で携帯してる男性、携帯をしてるのはこの男性一人だった。旗の台駅で下り少しいってふりかえるとこの男性は苦笑してたじろいだが通り過ぎていった。私がエスカレーターで降りててふと見上げると男性はホームにいた。
私が急いでホームに戻ると男性はベンチに座って携帯にカードを入れていた。電車が来ても乗る風ではなかった。突然携帯がなり男性はあわててドアの閉まる直前電車に飛び乗った。この男性は電車から降りる人を待っていた。電車を降りようとした人が私が横にいるのを見て電車に乗るよう男性に携帯したのでは。電車に乗ってた人は私の前に立ち男性に私を確認させ電車をおりここで合流することになってたのでは。この時期、私の顔を知らない次の追跡者に私の確認をさせるため、電車で私の座ってる前に立ち周辺にいる次の追跡者に確認させていた。
工事中のホームは幅一メートル位だった。
お腹をドンと打たれたウッと声が出てうずくまるほどだった。くッソーとおもってふりかえると女性が腕をくの字に曲げこしに手を当て通り過ぎた。確かに思いっきり反動をつけていた。
無言の攻撃が形に表れ始める前兆のような気がした。
 
1/24・・・荏原駅,朝、1月はじめ何度か旗の台駅でサッとやってきてた若い男性がやってくる。携帯のボタンを押し大井町に着く前にボタンを押す.「大井町に向かう」途中の駅名,「大井町に着く」が入力されていて、私が途中下車した時のため車が電車に沿ってつけてきてるはづ。この男性は4,5日私が時間をかえてもホームの奥から出てきて私の横にくる。
この携帯は人が変わってもまわされているようだった。
すぐ横でカメラの焦点を合わしてると前の乗客は何が起こるかと目を見開いてたのにシャッターの代わりのメロデーが電車の中で鳴り響くと、前の乗客はあわてて顔をふせた。みなかったことにしょうと。
切符か定期か確かめようとついていくと「つけてんだろ、気持ち悪い」といわれた。「つけてるのはあなたでしょう」警察へ行きましょう。といいたかったが時間がなかった。
1/24・・・荏原駅、朝このところ同じ若い男性がやってくる。今日はいない。私を凝視してるのはA中年男性、私がこの男性のことを調べだしてから姿を現さなかったのに、もう一人背の高い通勤客の中に異質の手ぶらの男性は1/31病院から少し離れた場所で男性2人立っていた1人だった。
1/28・・・回り4,5箇所に部屋を借り見張られている、一歩家を出るとつけられる。
旗の台駅前の見張り、裏に回って路地で30分程いた。駅の大井町線を見上げると左右を窺ってる男性。東急線の上りに降りようとすると、下りのホームに電車が来ても乗らないで左右を窺ってる若い男性が携帯を耳元からはなさない。
階段の中程で電車が来るのを待ってると、降りてくる2,3人の男性が、私を確認すると携帯した。高島屋に入ると店員の監視、しばらくするとスリ、万引きを警戒するガンガンとした放送。
「通報があったはずです「権限と理由を」と責任者に聞いても「ない」
「追跡してくるのは犯罪歴のヅラーと並んだようなやくざ、通報は警察、向かってるのは危険な方向、あなた方は狂気に加担してる、加担してるということは狂気そのものです。明らかになった時はあなた方企業としての責任を問います。」といっておいた。
監視をしてないというのでしたら一筆書いていただけますか。それはあなた方がしてないという証明ですが、監視が明らかになった時はあなた方が嘘を言った証明でもあります。」といっておいた。かいていただくことはできなかった。
誰もいないホームに手ぶらの男性が3人サッとやって来て電車には点々と同じ間隔をあけて座った。一人は中程の人に合図を送るように降りた。浅草で降りると一人は面白くてたまらないといった笑いを押し殺して携帯をしながら通り過ぎた。
改札には待ち構えるように男性が携帯してる。靴店では黒の皮ジーンズにベルトからポケットをつなぐ鎖、店員を装ってるけど店員ではない。私ガレジに行こうとすると裏に入りエプロンをした店員がかわりにあらわれた。
駅でホームに下りると携帯してる女性、横に立つと何番乗り場かしきりに探し何番かを携帯すると改札へ上がっていった。
途中私は間違えて駅を降りた、その場所で次の電車を待ってると、一緒に降りた男女が同じように次の電車に乗り、私の様子を見ながら携帯した。
荏原中延駅で降りると、やくざ風の男性がいた。どうするか見てると、しばらくしてその場を離れた。人を待ってるわけではなかった。
用事を済ませ駅の戻り振り返ると、角に体半分だけ出して私を見てる男性、どうするか見てると少し歩き回りかえっていった。何の用事でもない。
瀬底内科の4つ角の4,5人いた。私がそこに差し掛かると白のセーターの男性の元に、赤のジャケットの男性がやって来て左にバイクの若い男女は右へ。私が左へ10メートルほど行って立ち止まると,赤のジャケットの男性が通り過ぎた。そしてバイクの女性が歩いて通り過ぎバイクの男性が通り過ぎ前方で合流した。
坂を上がると手ぶらの男性が暗い方に向かって地図を広げてる男性、最近やたら地図を持った人が現れる。そして電車では本を持った男性が私の前に立ち次ぎの追跡者に確認させる方法をとってる。私が手ぶらの人に「サラリーマンならカバンを持ってるよね、ばればれ」と言ってから。
銭湯から黒の革ジャン、黒の皮パンツの3人の男性が出てきた。今日一日電車に沿って追跡して来てここで最後の確認をすることを言い渡されてる。
 
2/16・・・外に出れない。でも働かないといけない.要町病院の面接を受けることにした。駅から一分、駅から近いことが一番。
追跡者は一つめ2つ目の職場をやめざるを得なくした。私の行く手を阻むことくらいなんとも思っていない。タクシーで目黒まで行くことにした。路地を通ってもらい何度も振り返りつけられていないことを確かめた。
無関心、人はみんな無関心の個人をみるということはない。これが普通の風景、携帯してる人もまばら。
面接を終え、ドアを開けると待ち構えるように男性が立って私を見て薄笑いをしていた。キチンとした背広姿の背の高い男性だった。でも私には10/20千川まで乗り過ごし顔を上げたとき、蛇のようにニターと笑った男性と同じ「どこへ行こうとわかってる」といってるようでした。
コンビ二に入るとすぐ外で煙草を吸ってる男性があらわれた。その男性がどうするか見てると、後ろからきてたのに前の路地に入り携帯しながら私を窺ってる。私がホームにおりるともう一人と降りてきて私を取り囲んだ。
五反田駅の角で私を確認して携帯男性、どうするか後方に立つと、チロと後ろの私を振り返り見ると言う繰り返し。30分程そうしていた。私が場所を変えると男性は振り返り私がいないことに気づくと陸橋にあがっていった。
私は一時間ほどして用事を済ませそこに差し掛かると、同じ場所にさっきの男性が立っていた。私が後方に立つと同じようにチロチロ私を見ては前を向くと言う繰り返し。陸橋に上がり男性がどうするか見てると、振り返り私がいないことにきづき、陸橋に向かってきた。影に隠れてみてるとエスカレーターをあがり、おりてきた。2階の婦人服売り場にいると、中学生くらいの男性がウロウロしてる、赤いトレーナーのこの子は陸橋や駅に何度もあらわれた。
荏原のスーパーで黒いコートの奇妙な男性,私にまとわりつくように食品を手にとっては戻す繰り返し、もう一人若い男性これだなと思いパンコーナーによけると、2人は吸い寄せられるように右と左からやって来てパンを手にとってる。連携しつけられてる。携帯の発着をぬすまれてる。
 
2/28・・・J病院へ勤める
太ったメガネの医師、太ったひげの医師。小柄な医師少なくても3人の医師。警備、私服にネームの部所、看助、技師、清掃、全ての部所の見張り、院内での追跡。通路、玄関先での病棟から連絡を受け,外部の追跡者への通報。
病院中が狂気に染まるのは時間の問題だった。
4/7・・・4号館2検体をとりに行くよういわれた。4と1号館の間に12Aの医師がいた。病棟にもどると、その検体をO医師へとかいてあった。さっきの医師だった。
4号館の前まで行くんだったら自分がとりにいけよといってやりたかった。
そしてその検体を4号館に持っていくようO医師にいわれた。太った医師がエレベーターのみえるカウンターにいて私の後をやってきた。
4/10・・・太ったメガネの医師がB1の検査は終わってるのかたずねた。終わってると答えた。B1に忘れ物があるから取り行くよういわれた。いつもの罠のような気がした。降りた時はいなかったのに戻ろうとすると、2,3人の警備員、3人の黒い背広の男性が封鎖していた。帰りいつもエスカレーター横には見張りがいる、今日は荏原で見張ってると思いにらみつけたことのある大柄なだんせいだった。
4/27・・・朝、大崎、電車で体は私のほうへ向け、顔を直角に横にむけてる不自然な男性、この男性は昨日長原駅の左の突き当たりで体を私の方へ向け顔を直角に横に向けていた男性だった。カメラで撮ると次の駅でおりた。
帰り通路で、緑の腕章の男性振り返り振り返り、私を確認すると面白くてたまらないように携帯した。
5/1・・・通路に内視鏡の女性、この女性一人だった。これだなと思った。そこへ緑の腕章の男性がやってきてた。この男性は取引業者の男性、。
5/29・・・O医師とB1ですれ違った。私を見てパッと顔を背け走って通り過ぎた。T病院でS医師が玄関外から私に顔をそむけ何かをふりきるように入ってきた時と同じだった。
グループ長の医師がめづらしく病棟にいた,平然としていた。T 病院の副医院長と同じだった.私を殺すことにきめたのに。
6/1・・・太ったメガネの医師がエレベーターのドアが開く真正面に立っていた。そして私に腑抜けのように「おはようございます」と言った。太ったメガネの医師と太ったひげの医師は5月から姿を見せない。この一ヶ月で私のケリがつくはづだった。その間他の病院で私の前に姿を現さないようグループ長の医師に言い渡されていたのではないか。
一ヶ月前までは私をごみのようにギラギラした目で見て、次々と見張り、罠、通報を繰り返していたのに別人のようだった。7階で降りた。私がいなくなるまで12階にはこないだろう。その日が近いということ。
7/4・・・退出前、グループ長の医師がやって来た、様子を見られているような気がした。医師2名、女医,看助、技師、ナース6名の駅までの見張り。
7/5・・・退出前、グループ長の医師がやって来た。完全に様子を見られていた。警察の連携した追跡。昨日と今日は特別だった。グループ長の医師の力が入るはずだ。他の医師、部所への指示病院中を巻きこんだのだから率先してやらないとね。
7/27・・・退職、・・・毎日一日中、玄関先の見張り、一階の出入り口の2台の黒のベンツ、裏には足立ナンバーの車が見張っていた。
裏から出ると、すぐ3人の見張り、いつもの見張りの車の止まってる場所で車から降りてみてる男性、私を確認し通り過ぎ振り返ると、場所を変え見ていたので間違いないと戻ってナンバーをひかえた。練馬534・・・  練馬535・・・  2人はナンバーを消して誤れ、・・・先生をお迎えに来てるだけだといった。そしたらその・・・先生に見張りを頼まれた取引業者の薬品関係の人たちだと思った。2台でお迎えに来て右半身と左半身を分けておのせするつもりだろうか。医師のおっしゃることなら何だってきくだろう。薬剤師に挨拶をしていた黒の背広の男性に連携して追跡されたことがあった。通路に2,3人、玄関先に4,5人電車では連携して。
自分が見張っておいて「誤れ』善と悪を変換させそれでなお大手を振って歩いてるJ病院。
警察,医師、教育者、やくざ、市町村は、同じ目をして同じことをしてる。
見張りは一日中玄関先に数名.一階の出入り口に黒のベンツが2台。裏口に足立ナンバーの車がここに勤めてる間中見張っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
警察という名の犯罪者
日付:
2006/08/23
日付:
2006/08/23
日付:
2007/05/30
日付:
2006/08/23
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Last updated: 2007/7/11