神社質問箱

神社やお祭りに関する基本的なご質問に宮司がお答えします。
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氏神さまと他の神社のお神札を一緒にお祀りしてもよいのですか。氏神さまと他の神社との違いを教えて下さい。
 全国にある神社について、皇室の御祖神(みおやがみ)をお祀りする伊勢の神宮を別格の御存在として、氏神さまの神社と、その他の神社との2つに分けることができます。
 氏神さまとは、自らが居住する地域の守り神としてお祀りされている神社であり、この神社の鎮座する周辺の一定地域に居住する方々を氏子と称します。
 元来は、文字通り氏姓を同じくする氏族の間で、自らの氏族の祖先(祖神)や、氏族に縁深き神を氏神さまと称して祀ったことに由来し、この血縁的集団を氏子と呼んでいました。現在のような地縁的な関係を指しての呼称には、産土神(うぶすながみ)と産子(うぶこ)と言う呼び方がありますが、次第に混同して用いられるようになりました。
 これに対して、地縁や血縁的な関係以外で、個人の特別な信仰などにより崇敬(すうけい)される神社を崇敬神社と言います。神社によっては氏子を一切持たない神社もあるため、神社の維持のため、崇敬会といった組織が設けられています。
 よく、年末のお神札配りの際に、「……神社(崇敬神社)のお神札を受けているので、氏神さまのお神札を受けることができない。」という方がいますが、まず伊勢神宮のお神札である神宮大麻と、氏神さまのお神札を第一とし、次に他の神社に初詣や参拝した際に受けたお神札を祀るのが本義です。伊勢神宮は日本全国の守り神ですし、氏神さまは自らが居住する地域をお守り頂いている唯一の神さまだからです。 
 家庭用の神棚に三社造り(正面の扉が3つある神棚)のものがあるのもこのためであり、真ん中に伊勢神宮のお神札である神宮大麻、次に向かって右に氏神さまのお神札、最後に崇敬神社のお神札を向かって左にお祀りします(一社造りの場合は、一番手前に神宮大麻、次に氏神さまのお神札、最後に崇敬神社の順です)。神道の神々の場合、それぞれの神さまが対立するようなことはありませんので、ご安心下さい。
 
更新日時:
2001.11.09 Fri.
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お宮参り(初宮詣)の時期や意味などについて教えて下さい。
 子供の誕生に際しては、命名やお七夜、お食初めや初節句など、成長の無事を願う様々な行事が行われます。こうした中でも、初宮参りは初めて氏神さまを参詣することで、新生児が公的な場に外出する最初の機会ということもあり、華やかに行われる行事となっております。
 お宮参りの時期について、地域によって差異はありますが、一般的に誕生後1ヶ月目前後に行われることが多いようです。この時期は、母子共に産屋明けの期日であるとも言われています。しかし、誕生100日目のお食初めのときに行うところもあり、必ずしも一様ではありません。
 お宮参りの意味については、1つは氏神さまにお参りすることにより、誕生した子供を氏子として承認してもらうこと。2つ目には、未だ生命が不安定な状態にある新生児が、氏神さまのお力を頂くことにより力強い生命力を得て、無事に生育することを願うこと。また、3つ目には子供が産土神(うぶすながみ・氏神さま)のご分霊を賜わり、この世に生を享けたとする日本古来からの信仰に基づき、これに感謝をするという意味があると言われています。
 この他、地域によっては魔除けと称して子供の額に紅の印を付けたり、産の神であると言われている厠神(かわやのかみ・便所の神)をお参りするなど様々な風習が見られます。
更新日時:
2001.11.09 Fri.
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七五三参りの起源や意味について教えて下さい。
11月15日前後の吉日に、晴れ着で着飾った子供が神社を参詣することを七五三参りや祝いと称し、今まで無事に過ごしてきたことを氏神さまに感謝し、今後も健やかに成長するよう祈願致します。
 この行事は、3歳の男児・女児の場合は髪置きと言い、頭髪を伸ばし始めることを、5歳の男子の場合は袴着と言い、初めて袴を着用することを、また7歳の女子の場合には、帯解と言い幼児用の紐を解き、大人と同じ帯を用いることを表し、子供の成長を社会に認知するために行われてきた通過儀礼を起源にしています。
 七五三の行事は、江戸時代中頃から商業の発達による影響もあり、都市部において華やかな風習として行われるようになりました。七・五・三のそれぞれの歳の数は、縁起の良い陽数であることに結びついたものであり、また、11月15日の日取りについては、天和元年(1681)のこの日に、徳川幕府五代将軍徳川綱吉の子息徳松の髪置き祝いが行われたことを前例にするとも伝えられ、暦学上でも吉日とされています。
 神社への参詣は江戸時代にも行われましたが、明治以降はさらに盛んになりました。これは子供が七歳のお祝いで氏神さまを参詣したとき、神社から氏子札が渡され、正式に氏子の仲間入りができるようになったことからです。よく「7歳までは神の子」と言われますが、この時から一人前として扱われるようになったのです。
 地方によっては、七五三の年齢のお祝いの子供が神祭りで重要な役割を果たしたり、正月や例大祭に氏神さまを参詣したりなど風習も様々ですが、親が子供の健やかなる成長を願う気持ちには変わりがないようです。
更新日時:
2001.11.09 Fri.
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家屋を新築する際に地鎮祭が行われますが、どのような意味を持ったお祭りですか。
 地鎮祭(じちんさい)とは、建物の新築や土木工事の起工などに際して、その土地の神々を祀り、工事の無事進行・完了と土地・建造物が末永く堅固であることを祈願するために行われる祭りです。
 一般には「じまつり」などとも呼ばれ、国土の守護神である大地主神(おおとこぬしのかみ)と、その土地の神である産土神(うぶかながみ)、またその土地の精霊である「此の地にうしわきます大神等」をお祀りします。
 お祭りの基本的な流れは、神社でのお祭りと同様ですが、特に地鎮祭を特徴づけることとして3つの行事が行われます。
 1つは祓(はら)いの行事であり、四方祓いと称して、祭場四方の敷地を大麻(おおぬさ)で祓ったり、半紙と麻を切って作った切麻(きりぬさ)を撒き、祓い清めます。2つ目は起工の行事である刈初穿初(かりぞめうがちぞめ)の儀と称して、施主・施工者が鎌・鍬・鋤などにより、斎砂を用いて草を払い、地面を穿つ所作を行い、神様に工事の開始を奉告致します。3つ目はお供えの行事である鎮物(しずめもの)埋納の儀と称して、神霊を和め鎮めるために鎮物の品を捧げて、工事の無事安全を祈念します。
 土地の神々に敬意をはらい、その土地の使用を求めて、工事安全と生活の平安を祈願する祭りの意味は、まさに日本人の生活習慣における伝統や信仰に結びついたものと言うことができます。
更新日時:
2001.11.09 Fri.
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喪に服すこと(服忌)と、神事との関わりについて教えて下さい。
 親族の方が亡くなられたとき、身内の者は喪に服しますが、これについて定めたものが服忌(ぶっき)の制度で、「服」は喪に従い、死者への哀悼の気持ちを表すこと、「忌」とは死の穢れを忌むことを言います。
 戦前までは、江戸時代に武家の間で定められた服忌令が公的な制度として用いられておりました。これによると父母の場合、忌の期間が50日、服の期間が13カ月と最長で、親族の範囲により期間が短縮されています。
 戦後、この制度は廃止され、官公庁においては職員の服務規程の中で、配偶者は10日間、父母は7日間など忌引きの期間を定めていますが、基本的には地域の慣例に従っているのが現状です。
 さて、神道における氏子の方々の服忌について、一般的には50日(49日)までが忌の期間で、一年祭(一周忌)までが服の期間と考えられています。このため、忌の期間である50日を過ぎれば、神社への参拝や家庭での神棚のお祭りも再開して差し支えありません。
 忌の期間中は神社の鳥居をくぐることを遠慮するとも言いますが、やむ得ない事情がある場合には、お祓いを受ければよいかと思います。
更新日時:
2001.11.09 Fri.
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