 八幡神社は、八幡宮や八幡社と呼ぶ社も多く、更に地名等を冠した呼称の社も見られます。全国に本社(境内社を除く)は約9千社あり、その分布もほぼ全国的に見ることができます。
さて、八幡神社の起源ですが、現在の大分県宇佐市に鎮座する宇佐神宮(宇佐八幡宮)を根本社とします。御祭神である八幡神は、第29代欽明天皇の御代(540〜571)、豊前国宇佐郡の御許山に初めて現れ、大神比義(おおがみひぎ)によって祀られるようになりました(「八幡宇佐宮御託宣集」・『神道大系』神社編47 宇佐)。これが宇佐神宮の創祀とされています。
奈良時代、八幡神は東大寺の大仏建立を助けるため上洛し、東大寺の守護神として鎮座(現・手向山神社)し、次第に仏教との習合を深めていったため、仏法守護の神として僧尼からも崇められ、「八幡大菩薩」の号が奉られました。
平安時代には平安京の守護神として勧請され、都の裏鬼門(南西)の方角にあたる京都・男山に祀られたのが、現在の石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)です。鎮護国家の神として朝廷の篤い崇敬を受けました。この神社の社前で八幡太郎として名高い源義家は元服の式を挙げ、その後、八幡神を氏族の氏神、また武門の神として仰ぎました。
こうした縁もあり、源頼朝は鎌倉幕府を開くと鶴岡八幡宮を創建し、幕府の守り神としました。また、八幡神は厄除け・安産の神としても民衆から信仰を集めておりましたので、中世以降、宇佐から石清水、鶴岡八幡宮への分祀過程の由縁地や、これらの神社の各地の神領、また、源氏の武将による祈請などで各地に広く祀られるようになりました。
現在、関東6県には約千百社の八幡神社があります。その中でも代表的な神社(神社本庁別表神社)としては、東京では江東区の富岡八幡宮、杉並区の大宮八幡宮、同区の井草八幡宮、神奈川県では鶴岡八幡宮の他、平塚市の平塚八幡宮の5社があります。ちなみに横浜市内には37社の八幡神社がありますが、旭区内では当社1社だけです。八幡神には、古くから都市や町など地域の守り神としての御神徳があり、当社が旭区の守り神として旭鎮守と申しているのもこうした理由によるものです。
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