1    1章 VISITOR  〜訪問者〜 
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H18年1月9日(月)
気付けば、私はそこに立っていた。
なぜ、そこにいるのか?
どうして瞳(メ)をつぶって、そこに立ち尽くしているのか?
私には全くわからない。
瞳(メ)を開けようとしても、開ける事ができない。
視覚が使えない今の私にとって、この閉ざされた闇の中を知るには、視覚以外の全ての感覚を頼りにするしかなかった。
だけど、視覚なしで、本当にわかるのだろうか?
何よりなぜ、私はここにいて、そして目を開けて見ることができないのだろうか?
さまざまな思いと、不安と恐怖が入り混じり、私の頭はパニック寸前だった。
いや、頭だけじゃなく、私の胸もはりさけそうな程、苦しくなっていた。
いろんな事を考えれば考えるほど、言いようの無い熱い物が込み上げてきて、私の胸を締め付けた。
すると、自然と私の頬に、閉ざされた瞳(メ)から、流れてくる一筋の熱い水滴。
精神的に追い込まれた私は、とうとう立っている足にさえ、力が入らなくなり、「ペタン。」と、その場にしゃがみこんでしまった。
 
「もう・・・やだ。」
 
意識してなかった。
気付けば、そう口にしていた。
頭で考えるよりも、先に自然と出た言葉。
今の私の本音・・・私の叫びだった。
その言葉が皮切りとなり、私の気持ちはブレーキが利かなくなった。
その証拠に、閉ざされた瞳から、さっきとは比べ物にならないくらいの涙が流れ出し、それは私の頬を濡らしていった。
気持ちが高ぶっているせいか、「ヒクヒク。」とシャックリさえも出てくる。
それでも、私の涙は止まらない。
気持ちを口にすれば落ち着く。と聞いた事があるけど、それは嘘だと知る。
極限まで追い込まれた人間が、気持ちを口にして期待するのは、周囲の反応。
だけど、人の気配も感じない、この場所で、返ってくるものなど、何一つなかった。
あるのは・・・さらなる孤独だけ。
真っ暗な世界にたった一人なんだと、思い知らされただけだった。
 
一体、どうしたらいいの?
 
私は心の底から強くそう思い、自分自身に問いただす。
その時だった。
 
落ち着いて。
 
と返ってくるはずもないのに、声が聞こえた。
初めて聞く声に、私の頬を伝っていた涙が動きを止める。
シャックリも止まる。
そして、何より私を取り巻き、どんどんと大きくなっていた『恐怖』の渦が、動きを止める。
私は、さっきの声を、もう一度聞こうと、全神経を耳に集中させる。
だけど、さっきの声どころか、全く何も聞こえない。
でも、確かにさっき声が聞こえた。
 
・・・。
 
私は、考え込んでしまう。
そして、自分自身に問いかける。
 
本当に・・・聞こえた??
 
何かが、ひっかかる。
私は、もう一度、さっきの事を思い出すことにした。
さっきの声がするまで、あんなに取り乱していた私とは、まるで別人のように、今の私は落ち着いていた。
どうして、こうも冷静でいられるのかは、わからない。
ただ、さっきの声の主が、私をここから救ってくれる救世主かも!
そんな、期待があったのかもしれない。
その時の私は、わらにもすがる思いで、声がしたあの時の事を、必死になって思い返した。
 
私は、あの時、心の底から『いったい、どうしたらいいの?』と自分自身に、問いただしたのだ。 
その時に、あの声がした。
いや・・・。
声がしたというよりは、『感じた』と言った方が、シックリくる。
そう、『感じた』のだ。
という事は・・・。
私は、しばらく考える。
そして、一つの答えが、脳裏に浮かぶ。
 
「心?」
 
声に出した私の言葉は、当たり前だが何の答えも出ないまま、無残に消えていった。
だけど、私は「そうだ。」と確信する。
だって、あの声がした瞬間から、不安だらけだった私の心は、一瞬にして平常心を取り戻したんだもの。
心と心の会話だったからこそ、私の心を支配していた不安が、消えたんだと思う。
きっと、誰かが、私を見ていてくれて、私の心に話しかけてくれたんだと、私は信じたかった。
だって、そう思うことで私は独りじゃない。って思えて頑張れるから。
だから、私はそう思うことにした。
すっかり、さっきの声で落ち着いた私は、今の状態の自分がどう進むべきかを考えた。
そして、一つの答えが出た。
それは、前に進むという事。
このままいるよりは、今のこの状況に立ち向かって前に進む。
頑張って進んでも、元の世界に戻れる保証は無い。
だけど、今のこの状況に負けて、ただここで座り込んでいる弱い自分では居たくなかった。
わずかな可能性でも、光のある方へ近付こうと、前に向かって進む強い自分でありたかった。
そう決めた私は、まず胸いっぱいに酸素を吸い込み、体全体で息を吐いた。
それは、まるで、体のありとあらゆる所にある、二酸化炭素を吐き捨てるくらいの大きくて、深い深呼吸だった。
その深呼吸は、さっきまで私の頭や心を支配していた、不安や恐怖と言った邪魔な物を、全て外に追い出してくれた。
そして、またさっきと同じくらいに、胸いっぱいに酸素を吸い込む。
こうして、私の体は、新たな空気が入り、再生された。
新たな気持ちになった私は、体中の感覚をとぎすませ、わずかな気配や、情報をも逃さぬよう周りに集中した。
私がこの地へ来てから、もうかなりの時間が経っているはず。
だけど、開けようとしても、相変わらず瞳(メ)は、開かなかった。
これは、もう覚悟していたことなんで、さっきみたいに取り乱す事はなかった。
それより、私は「見えなくても感じる事ができる。」という事を思い出した。
早速、周りにわずかな光があるかどうか、かすかな明るさが感じられるかどうかを、試してみた。
だけど、いくら瞳(メ)に神経を集中させ、つぶっている瞳(メ)の先にある光を感じようと注意を払っても、全く光を感じる事が出来なかった。
光を感じるどころか、真っ暗な底知れぬ闇の中にいるのだと、思い知らされた。
 
「はぁー。」
 
私は、一つため息をつく。
だけど、このため息は、さっきまでの弱い自分が吐いた物じゃない。
このため息で残念だった思いを捨てるんだ。
気持ちを入れ替えて、次にトライする為に、私はため息をついたのだから。
私は自分にそう言い聞かせる。
そして、今度は鼻に、全神経を集中させた。
実は、さっきからずっと気になっていた2つの匂い。
その2つの匂いを、私は必死でかぎわけた。
1つは、『どこか懐かしく、ホッとする匂い』。
どこかで、かいだ事がある気がする。
この心がなごむ感じ・・・。
なんだっけ?
う〜んと・・・。
 
私は自分の頭の中にある『におい』に関するデーターをフル回転させて、今鼻で感じている、この匂いの正体を突き止めようと必死になる。
いろいろあてはまていくうちに、1つの物が一致した。
 
そうだっ!緑のにおいだ!!
 
そうピンときた私は、神経を集中させた状態で、その場をグルっと一回転してみた。
四方八方から、この匂いを感じる事が出来たことから、ここは木々に囲まれた所なのだと推測できた。
 
そして、もう1つの気になるの匂い。
これは、周りからではなくて、後方の一箇所からしていた。
さっきのホッとする匂いとは正反対で、何かが燃えているような嫌な匂い。
 
「一体・・・これは何??」
 
あまりに耐え難い匂いに、思わずそう口にしてしまう私。
風に乗って、ドンドン私の元へ運ばれてくるこの匂いは、嗅げば嗅ぐほど私を悲しくさせた。
胸を締め付けられるような、苦しささえも感じる。
私の気持ちがまた少し沈む。
 
いけない。惑わされちゃ。
 
また自分を奮い立たせる。
そして、今度は最後残っている耳に集中する。
 
「あれ?」
 
思わず首をかしげてしまう。
どうも不思議でならない私は、もう一度仕切りなおして、耳に集中し、わずかな『音』でも、聞き逃さないよう必死で聞き耳をたてる。
だけど、答えはさっきと同じ。
全く何も音を感じる事ができなかった。
私が予測した通り、ここが木々に囲まれた場所であるなら、木々が風に踊らされる音や、小鳥のさえずりが聞こえてもおかしくないはず。
なのに、不思議なくらい、音が聞こえない。
決して、風がないわけではない。
だって、さっきから何度も私の頬を、冷たくて優しい風たちが、通り過ぎているのだから。
それに、さっきの嫌な匂いだって、彼らが私の元へ運んできてくれたんだもの。
これだけの風があって、緑があるなら大きく育った葉たちが、気持ちよさそうに揺れてもおかしくない。
だとすると、考えられるのは、ここは『音の無い世界』って事?
私は、座り込んだまま、こうして色んな情報を自分で、手に入れていった。
そして、最後に座り込んでいる地面に手を伸ばす。
砂を握る事が出来た。
草の上にしゃがみこんでいるわけではない所を考えると、深い森ではなく、少し茂った森・・・。といった所かな?
 
これで、私の持っている感覚は全て使い果たした。
わずかな事だけど、今自分が居る所が、断面的にわかってきた。
もしかしたら、今度は開くかもしれない!
私は、再度、瞳(メ)に力を入れる。
 
「あっ!」
 
思わず声が出てしまう。
開きそうだ!
私は、目の前に広がる景色に期待を膨らませながら、ゆっくりと瞳(メ)を開けた。
 
「えっ!・・・。」
 
第一声はそれ。
そして、そのあとは・・・言葉がでない。
なぜなら、私の目の前に広がっていたのは、瞳(メ)を閉じていた時と、なんら変わらない闇の世界。
真っ暗で何も見えない。
ただ、さっきと変わった事は、必死で頑張っていた私の心がまた不安にかられた事。
さっきは瞳(め)をつぶっていたから、暗闇はあたりまえ。
だけど、今は瞳(メ)を開けているにもかかわらず、この暗闇。
私の気持ちがまたみだれるのは当然だった。
でも、私はそんな自分の気持ちに、必死でブレーキをかける。
そして、再び気持ちが乱れる前に、次の行動へと移す。
それは、『光』をみつける糸口を探す事!
あては、あった。
それは、普段の生活でも体験する事。
電気とかを消して真っ暗にしても、その暗闇に慣れれば、次第に目が慣れてきて物が見えてくるという現象。
それを思い出したのだ。
もしかしたら、この暗闇にも効果があるかもしれない!
 
わずかな可能性を胸に私は、しばらくの間、じっと瞳(め)をこらして一点をみつめてみた。
だけど、いくらみつめてみても何も見えてはこない。
「やっぱ、ダメか・・・。」
ため息交じりに出た言葉。
そういいながら、私はフッとある事を思い出していた。
 
それは、私の幼い頃の話。
大好きだった田舎のおばあちゃんの家にあった井戸。
珍しいのと、興味があったのとで、おばあちゃんの家に行くと、何度も足を運んだ井戸。
「危ないからのぞいちゃいけない!」と何度も言われていたのに、私は言う事を聞かずに側にあった石を踏み台にして、よく井戸をのぞきこんでいた。
そして、覗き込みながら、いつも思っていた。
 
この中に入れば、一筋の光も感じないんだろうな。
どんな世界なんだろう?
行ってみたいなー。
 
って。
幼げながら、真剣に考えていた事をを思い出す。
もしかしたら、今私が体験しているこの暗闇が、井戸の中の闇に似ているのかもしれない。
いいかえれば、私は長年の夢が叶ったのだ。
なのに、今の私ときたら・・・。
 
「プッ。」
 
思わず噴出してしまう。
だって、喜ぶどころか、そんな気持ちになっていた事もスッカリ忘れて、私はこの世界から抜け出す事ばかり考えて、必死で頭を巡らしてる。
幼い頃にあこがれたのは、きっと自分が光が満ちた世界に生きていたから。
贅沢でおろかな希望(ノゾミ)。
私は改めて、自分の今の生活が、贅沢で幸せな事なんだと実感する。
その時だった。
 
遠くで何かが爆発したような大きな音がした。
と同時に、地面に座り込んでいる私の体に、遠くの地よりわずかだが、振動が伝わって来た。
その爆発音は、音がない暗闇の世界を切り裂いた。
突然の爆発音に、私は首をすくめ、耳をふさぐ。
 
「今の・・・なに?」
 
あまりの突然の事で、何がなんだかサッパリわからない。
放心状態の私を残して、時は流れていった。
最初の爆発音から10分程時間がたっただろうか。
あれきり何も起こらない。
ピリピリしていた私の気持ちが少しフッっとゆるむ。
私は、耳をふさいでいた手を解き、ゆっくりと、その場で立ち上がる。
そして、恐る々音がした方角に顔を向ける。
 
「こっちの方角は確か・・・。」
 
辺りはもちろん、さっきと変わらず真っ暗な闇の世界で何も見えないけど、この方角には覚えがある。
さっき私が『何かが燃えているようなにおいがする。』と感じた方角だった。
さっきの爆発音からすると、拳銃といった音じゃない。
大量の爆薬を使ったような、ものすごく大きな音だった。
いったい、この方角で何が起こっているのだろうか。
 
それにしても、本当にビックリしたよ。
急にあんな大きな音がするんだもん!
あんな音聞いた事ないよ。
あの音、なんだったんだろう。
音・・・・??
 
「あー!!!」
 
すごい事に気付いて私は大声を上げてしまう。
あまりの大きさに私の声は響き渡る。
 
「なんで?」
 
誰もいないが、思わず聞いてしまう。
だって、さっきまで音という音は全く聞こえなかった。
なのに、どうして急に!!
さっきの音は大きかったから聞こえただけだったのだろうか?
 
いろんな考えが、私の頭の中をグルグルと回る。
そんな私の頭を冷やすかのように、頬に冷たい風が優しく触れていく。
そして、気付く。
 
「あれ??確か今・・・。」
 
今度は、全神経を耳に集中させる。
 
「ザワザワザワ。」
 
今度は、ハッキリと聞こえた。
木々の間を駆け抜ける風の音。
今まで全く聞こえなかった風の音。
 
「よかった。」
 
思わず、そう口に出しホッとする。
周りが見えなくても音があれば、こんなに安心するものなんだと身をもって実感した瞬間だった。
なんか力がわいてくるようだった。
それから、本当に不思議な事に、あれだけ見つめても見えなかった暗闇の世界に、だんだんと色がにじみだし、本来の色を取り戻した景色たちが私の前に姿を現した。
とはいっても、使われている色は、『薄暗い緑』に『グレー』といった見ているだけで寂しくて悲しくなるような色たち。
その色たちが作り出すこの世界には、全く『生(セイ)』を感じる事ができなかった。
空を見上げる。
もちろん青空でなくグレーな空。
まるで、空が泣いているかのようだった。
それを見て私は思う。
ここは、『色のない世界』じゃないかと。
そう呼ぶのに、ふさわしい世界だった。
ホッとしたのも、つかの間。
また、大きな爆発音がこの世界を包み込む。
私を囲んでいた木々たちが、急に騒がしくざわめきだす。
爆発の振動は、さっきと同じように、まるで波が押し寄せてくるかのように、少しずつ私の元へとやってくる。
大地から届いた振動は、さっきとは比べ物にならないくらいの大きな衝撃だった。
つかまる物がない私は、バランスを崩し、その場でフラフラとよろけた。
よろけながらも、私の目は一点を見つめたまま動かない。
この爆発も、さっきと同じ方角からだった。
その地からは、ものすごい量の黒煙が立ち昇っていた。
一度目の爆発音の3倍はありそうな、壮大な音をたてたさっきの爆発は、ただならぬ雰囲気をかもしだしていた。
 
いったい、あそこで何が起こっているのだろうか。
 
どうしても気になった。
この世界が、こういう色しか持てないのには、あの爆発が関係しているのかもしれない。
私は、葛藤する。
知りたい!と思う一方で、危険な香りが漂うその方角へは行くな!と私を止めるもう一人の自分。
だけど・・・。
悩んだ結果、私は爆発音がした方向へと足を進めた。
 
歩き出してしばらくして、前方から人の気配を感じた。
気配だけじゃない!
私は足を止めて前方から聞こえるわずかな音に耳をすました。
かすかに聞こえていた足音が、あきらかに大きくなるのを感じた。
誰かがこちらに近づいてきている。
 
私の心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
「どうしよう。」
その言葉だけが頭の中でグルグルまわる。
今の状況では、相手が敵か味方かわからない。
そんな人と、はちあわせだなんて考えただけでもゾッとしてしまう。
悩んでいる間にも、相手との距離はドンドン縮まっていく。
なすすべもないまま私は、ただそこで立ち尽くす。
現れる人は、味方である事。
ただ、それだけを祈った。
やがて、私のいるこの場所から30メートル程先の所にある大きな葉っぱが音を立てて横に揺れた。
そこから現れたのは、30歳くらいの男。
まるで筋肉のかたまりみたいに、鍛え抜かれた体に身長も2メートル弱はありそうな大柄な男。
155センチの私なんて、簡単に持ち上げられてしまうくらいの男だった。
その男は、赤と白のストライプのバンダナを頭に巻き、紺色の上下の服で身をまとっていた。
靴は、ふくらはぎまである深緑色をしたブーツを履いていた。
それより何より、私が今一番気になっているもの。
それは、黒い手袋をしている彼の右手に握られているあるもの。
私の目は、それにくぎ付けだった。
だけど、驚いているのは私だけではない。
どうしてかはわからないが、私の姿を見たその大柄の男もかなり驚いているのか目を見開き一瞬言葉を失っているようだった。
だけど、すぐに私を『敵』と判断したのだろう。
私に向けて、下げていた右手を水平にあげる。
彼の右手に握られている銃口が私をねらう。
 
「・・・お前、誰だ!」
 
低くて重い彼の声が放たれる。
もちろん、答えられる訳がない!
だって、私は今ショットガンで狙われているんだもの。
言葉が出ないのは当たり前。
目線すら銃口から動かす事もできず、ただただその場で立ち尽くすだけだった。
 
「おいっ!答えろ!」
 
今度は、彼の声に苛立ちが見え隠れする。
声だけじゃない。
まるで、答えなければ撃つぞ!といわんばかりに、彼は一歩私に近付き、さらに私に狙いをさだめる。
困惑する私の元に、また新たな音が聞こえてくる。
男が来た方角から、また人の足音。
勢いよく走ってくるその足音はどんどん近付いてくる。
 
「アニキ〜!待って下さいよー。」
 
息を切らせながら、そう叫び現れた男は、最初の大柄な男とは正反対で、痩せ型の男でナヨナヨしていて見るからに弱そうだった。
だけど、身にまとっている物で人目で最初の男の仲間だと認識する事ができた。
もちろん手には、ショットガンを握っている・・・。
 
敵が二人に増えちゃったよ・・・。
さらに追い込まれた私。
絶体絶命のこの状況で途方にくれる私をよそに、アニキに追いついた痩せ男は、さぞ嬉しそう。
私の存在なんて全く気にせず、ニコニコ顔でアニキに話しかける。
 
「もう、アニキったら、サッサと行っちゃうんだから。
迷子になったらオイラ死んじゃうじゃないっすか!」
 
まだ怒りがおさまらない痩せ男は、ニコニコ顔がだんだん愚痴り顔に変身していく。
そんな止まらない彼の言葉の銃弾をアニキは全てかわしていく。
いつまでも続く彼の攻撃に、今度はアニキが反撃する。
 
「そんな事はどうでもいい!
お前はコイツを見て何とも思わないのか?」
 
アニキが指差す先を、痩せ男の目が追う。
そして、私へと辿り着く彼の視線。
 
「コイツが何か?」
 
キョトンとする痩せ男の頭に、アニキのショットガンが「ボカ。」っと炸裂する。
 
「いって〜!!」
 
すごい音がしたんだもの。
あれは、かなり痛いだろう。
案の定、そうとうの衝撃があったみたい。痩せ男は、頭を両手でかかえながら、その場でしゃがみこむ。
「いてててて。」と言いながら目をつぶって下を向く彼の目からは、じんわりと涙がにじんでいた。
 
「でもさー、アニキ。」
 
その言葉と同時に、痩せ男がしゃがんだ状態で目を開け、私を見る。
 
「聞かなくてもコイツ、『Green Land(グリーンランド)』の人間って一目瞭然じゃないっすか!」
 
グリーンランド???
初めて聞く言葉に私は恐れよりも彼らの会話に聞き耳をたてる。
もしかしたら、この色をもたない世界についての事がわかるかもしれないから。
私は、今自分が置かれている状況をスッカリ忘れて彼らの会話に入り込んだ。
「・・・。」
 
痩せ男の言葉に、アニキは言葉を失う。
というか・・・あきれて言葉がでない。といった感じだろうか。
 
「こんなヤツいなかっただろう。」
 
ため息混じりにいうアニキなんて、おかまいなしで、痩せ男は「絶対にそうだよ!」と自身ありげに胸を張る。
それでも、「信じられない。」と首を振るアニキに痩せ男は、口をとがらせて私をさして断言する。
 
「だって、コイツ『色』持ってるじゃないっすか!
この世界で『色』が持てるのは、俺たちのいる『Wonder Land(ワンダーランド)』か『Green Land』の人間しかありえないんすよ。
俺らの世界では、こんなヤツ見たことないんすから、絶対『Green Land』の人間ですって!」
 
そして、「えっへん!」と胸をはる。
痩せ男の言葉で、私の中で1つの答えがでる。
それは、『色』の事。
実は、私もさっきから気になっていたのだ。
私自身を見ても、履いてる靴や服や手。
全てにおいて、しっかりとした色が付いている。
例えば、今履いているジーパンの鮮やかな青や、カーデガンの薄いピンクとか、この世界には存在しない色なのにしっかり付いている。
そして、私の目の前にいるこの二人にも、バンダナの赤といった、ありえない色がちゃんとついている。
もしかしたら、この世界には、色の持つ世界と、色を持たない世界の2つが存在する?
答えが出たようだけど・・・やっぱり、また迷宮入りしてしまった。
さっぱりわからないこの世界。
頭を悩ます私と同じように、目の前に居るアニキも何かを考え込んでいる。
さっき、自信満々に言いのけた痩せ男の言葉でさえも、アニキはまだ納得できず、
私を上から下までジックリと見て観察する。
その様子に一番納得いかないのは、熱弁した痩せ男。
 
「オイラの話、聞いてくれました?」
 
とアニキにくってかかる。
腕にしがみつく痩せ男の頭を、アニキは軽く「トーン。」と後方へ押しやる。
アニキにとっては、軽いしぐさでも、細身の痩せ男にとっては、強力な一撃。
「わ〜。」といいながら少し後方にあとずさり。
そんな痩せ男に対して、眉一つ動かさないアニキ。
私をみつめる目は冷静沈着そのもの。
目の前にいる私が何者か。
ただ、それだけを考えている目。
アニキの目からはそれがヒシヒシと感じれた。
 
「お前、本当にGreen Landの人間なのか?」
 
アニキの問いかけに悩む私。
『Green Land』なんて聞いた事もない。
だけど、今この状況で、果たして「違う。」と言っていいものなのだろうか。
彼らの話からするに、『Green Land』の人間も彼らの敵であるには、かわりはなさそうだ。
だけど、全く未知の世界の人間であると知られるよりは、安全なのかもしれない。
そう考えると私は、答えを悩む。
私が悩んでいる間に、またしても彼が復活してきた。
 
「ねー。」
 
アニキの元へと戻りながら痩せ男は問いかける。
 
「アニキは、どうしてそんなにコイツにこだわるんすか?」
 
「さーな。」
 
アニキは苦笑いをして、少し首をかしげる。
 
「さーな。って・・・。」
 
予想外の回答に、痩せ男は少し呆れる。
 
「ただ・・・。」
 
続くアニキの言葉に痩せ男も私も耳を傾けた。
 
「コイツからは、『Green Land』特有の能力の香りがするんだ。」
 
能力??
また、変な言葉を耳にしてしまった。
なんなの能力って・・・。
戸惑うのもつかの間。
さらに、会話は未知の話へとエスカレートしていった。
 
「別に不思議じゃないでしょ。
現に、この間、しとめそこねたヤツだって女だった訳だし。」
 
「ヤツと同じ匂いがするからおかしんだ。」
 
首をかしげる痩せ男。
 
「ヤツと同じ力の人間は、もう絶対にいないはずなんだ。
いや、居たら俺たちの計画は成り立たなくなってしまう。
だろう?」
 
その言葉に「ハッ。」とする痩せ男。
 
「そっすよねー。じゃあ、コイツも始末しとかないと。」
 
下げていた銃口が私をねらう。
私は、向けられて改めて今の状況を思い出し息をのむ。
やっぱり、私は殺されちゃうの?
脳裏にそうよぎった時、意外にも私の命を救ってくれたのは、アニキだった。
痩せ男がかまえている銃に、左手をそえ、彼の腕を下に下げた。
 
「アニキ、やらないんすか?」
 
確認する痩せ男に、
 
「とりあえず、殺さずに捕まえるぞ。」
 
そう告げると、アニキは私に一歩一歩近付いてきた。
アニキが一歩一歩近付いてくる。
我に返った私は、このままでは捕まって殺されてしまう。と考え怖くなって、思わず一歩下がってしまった。
それを、痩せ男は見逃さなかった。
すばやく、下げていた銃口をまた私に向ける。
今度は、アニキからの守る言葉はなく、
 
「今度下がったら、走れないように足を撃つからな。」
 
と恐ろしい一言。
それに、追いうちをかけるように、痩せ男が、
 
「足に狙いをさだめたからね。
はずさないよ〜。」
 
とつけたす。
本当にもうダメだ・・・。
絶望とこの上ない恐怖で、私は立っている足にも力が入らなくなり、思わず倒れこむようにその場に「ペタン。」と座り込んだ。
逃げる気力を失った私は、覚悟を決めた。
だけど、一歩一歩近付いてくるアニキを見ているのは、死のカウントダウンみたいで、耐え難い光景だった。
いたたまれなくなり私はついに、下を向いてしまう。
私の目に映るのは、地面だけ。
アニキが近付いてくる足音を聞きながら、じっと地面をみすえる私。
アニキとの距離が10メートルを切った時だった。
地面しか見えなかったはずの私の視界に、この世界には似つかわしい色が飛び込んできた。
鮮やかな緑色。
よくみると、それは動物の足だった。
 
「!!」
 
私は、驚いて勢いよく顔を上げた。
さっきまで、アニキと私の間には、さえぎるものなど何一つなかった。
なのに、今は一匹の動物が、私に背を向けアニキの方に向かって立っている。
私は、その動物を恐々見る。
それは、鋭い牙と爪を持っていた。
どんなやつにも負けない程のスピードが出せるのも納得ができる鍛え抜かれたシャープな体。
その動物にしては珍しい変わったボディーの色。
目が覚めるような鮮やかな緑に、それを強調するかのように、その中には黒い斑点が彩られていた。
実物を見たのは、初めてだったけど、誰にでもわかる動物。
それは・・・。
 
「なんで、豹がここにいるの!!」
 
思わず叫んでしまう。
私の頭の中は大パニック。
ショットガンを持った男の次は豹!
信じられない光景に、ついていけないのも無理はない。
ただ一つわかるのは、どっちにしても私は殺されてしまうということ。
彼らに監禁されて、いずれは殺される運命を選ぶか、この恐ろしい豹に食べられるか・・・。
どっちにしても、恐ろしい。
わけがわからなくなり、私の思考回路は動きを止める。
だけど、さらに、次の瞬間もっと理解できない事が私を襲う。
 
「立てる?」
 
「!!」
 
私は耳を疑う。
ち、ちょっと待ってよ!
今の・・・何?
確かに声がしたよね。
だけど、それって目の前からで・・・。
 
私の目は、目の前にいる緑の豹にくぎ付けになる。
 
えっ?
なんなの〜!!
 
錯乱する私の頭。
豹がしゃべった!
なんで?
しかも、なぜアニキ達に向かって立ってるの?
彼らの仲間じゃないの?
私の・・・見方?
混乱する私に、彼は魔法の一言を口にする。
 
「落ち着いて。」
 
そうよね!こういう時こそ、落ち着かなきゃっ!
私は、自分にそう言い聞かせる。
 
「ん?」
 
またしても、変なことに気付く。
聞き覚えのある言葉。
その言葉は、確か・・・。
 
「あなた・・・だったの?」
 
恐る恐る彼に問いかける。
そう、この言葉は私にとって魔法の言葉。
最初、ここにほおり出され、パニックになっていた私を落ち着かせてくれた言葉。
今の私がどんな言葉よりも、心を許す言葉だと彼は知っていた。
となると、心に呼びかけてくれたのは彼なんだろうか?
だけど、何も答えない彼を見ながら、あの時の事を思い出しているうちに別人だと気付く。
なぜなら、私の心に話しかけてくれた声には、優しさや温かさの他にも、心を和ませてくれる偉大さがあった。
でも、目の前に居る彼の声には、優しさと誰にも負けない!という強さ。
それしか感じる事ができなかったから。
彼でないことは、明白だった。
だからこそ、不思議でならない。
本当に彼じゃないとすると、心に話しかけられた言葉を第三者である彼がどうして知っているのか。
それとも、知っていたのではなく、これはただの偶然?
どっちなのかは、わからない。
だけど、私はこの状況で同じ言葉を口にした事が、単なる偶然で片付けるにしては、シックリこなかった。
彼が、この言葉を言うことによって、私が期待する事。
それは、一つしかない。
 
「あなた・・・あの声の主の仲間?
 私を助けてくれるの?」
 
もちろん彼からの答えはない。
見たもの全てを凍らせてしまうような冷酷で鋭いまなざしで、ただ前方をみすえているだけ。
でも、ホンの一瞬だけ、彼の口元が緩む。私には、笑ったかのように見えた。
私を救ってくれる救世主の緑の豹。
彼は、敵であるアニキと痩せ男をみつめたまま私に話しかける。
 
「今から言う事をよく聞いてくれ。」
 
私は深くうなずいた。
 
「後ろを振り向くと、ちょうど、この辺りから生い茂る森が続いている。
そのかなり先に、ホンのわずかな光があるんだけど・・・見える?」
 
私は、彼の言った『光』を確認する為に、後ろを振り返る。
確かに彼の言った通り、生い茂る深い森があって、その遥か先には、1ミリにもみたないような穴から、異様なまでの強い光が惜しげもなく漏れていた。
 
「光・・・見えたよ。」
 
まだ豹と会話する事になれない私は、躊躇しながら彼に返答。
そんな私がおかしかったのか、それとも豹である自分を信じてくれた私の態度がうれしかったのか、それはわからない。
だけど、また彼の口元が緩む。
でも、それはほんの一瞬の事。
すぐに彼の顔つきが、険しくなる。
何かを決断したような顔つき。
私の気持ちも引き締まる。
 
「じゃ、あの光まで、全速力で走って。
絶対に後ろは振り返らずに前だけ見て走って。
自分が助かることだけを考えて必死に走るんだ。いいね。」
 
まるで言い聞かせるような彼の言葉。
私一人で逃げるの?
じゃ、目の前に居る彼はどうなる?
 
「あなたは・・・どうするの?」
 
彼の身を心配して聞く私に、彼は平然として答える。
 
「コイツらをくいとめるよ。」
 
って。
 
「無理よ!相手は二人いるしショットガンだって持ってるし・・・。」
 
言葉がつまる。
あの二人相手に、彼が無傷でいられるわけがない。
でも、だからといって、私と二人で逃げるにしても、銃弾が打ち込まれたら、そこで二人とも死んでしまうのは目に見えている。
ヤツラの狙いは私。
私がおとなしく捕まれば、私を助けようとしてくれているこの豹を危険な目に合わせなくてすむ。
私は、どうすればいいか悩み黙り込んでしまう。
さっきまで正面をみすえていた彼の瞳が私に注がれる。
 
「何、考えてんだよ!」
 
「何って!」
 
そう反発しながら、私も彼に視線を注ぐ。
そして、お互いの目が重なった瞬間・・・私は言葉を失う。
なぜなら、彼の瞳に見とれてしまったから。
彼の瞳は透き通るように綺麗なブルーをしていた。
あまりの美しさに見とれ続ける私。
それを少し呆れ顔で見ている彼。
 
「俺の心配はすんな。
俺の体は銃弾は効かないんだよ!」
 
そういうと、彼はアニキ達に目線をうつす。
そして、私の目の前で、自分のしっぽを大きく左右に振る。
ボーっとしていた私の意識が我に返る。
 
「この状況で、俺にみとれんな!」
 
その傲慢な言い方にチョットむかつく私。
なによ!人がせっかく心配してるのにさっ!
ぶつくさいう私を彼は完全に無視。
 
「俺が声掛けたら走れよ!」
 
彼の言葉に私の独り言はピタっと止まる。
彼が声を掛けたら私は走らなくてはならない。
と同時に彼との会話はもちろん、逢う事もこれっきりかもしれない。
そう思った時、私は彼にどうしても聞きたい事があった。
彼が私に声をかけようと口を開きかけたその数秒前に、私は慌てて彼に言葉をかける。
 
「ち、ちょっと待って!」
 
まだ、何かあるのか?と彼はため息を付き、肩を落とす。
その姿にひるむことなく、私は彼にどうしても聞きたかった事を問う。
 
「ホントに、ホントに銃弾は効かないんだよね?」
 
真剣に問う私。
そんな私の問いかけにも、やっぱり彼は顔を向けて・・・私をみつめては答えてくれなかった。
だけど、背を向けたままの言葉だったけど、彼のくれた言葉は私に走り出す一歩を踏み出させてくれた。
彼が、なんて答えたかって?
彼はこう言ったの。
 
「俺は、無敵だ!」
 
って。
もちろん偉そうにね。
私を助けてくれようとしている緑の豹を置いて逃げる事を決めた私は、震える足に力を入れて、その場に立ち上がった。
私の異変に気付いたアニキが、緑の豹の存在に気付く。
 
「蒼輝(ソウキ)だ!やはりあの女には血が流れていたのか!
あたってもいい!撃て!あの女を生かすな!」
 
アニキの声が響き渡る。
その恐ろしい言葉に私の足は余計に震える。
そんな私に向かって、目の前の彼は振り返り、
 
「行けっ!」
 
と叫ぶと、自分は二人の敵に向かって物凄い勢いで駆け出していった。
彼らが銃の引き金を引く前に、2人に体当たりする彼。
二人が撃った1発目の弾は、空に向かって放たれた。
その光景をただ見ていた私。
だけど、すぐに彼の言葉を思い出す。
「絶対に後ろは振り返らずに前だけ見て走れ。」
 
よしっ!
私は自分自身に気合いを入れると、彼らに背を向け後ろに広がる深い森に向かって走りだした。
 
どれくらい走っただろう。
ヘトヘトになりながらも、それでも私は必死に光に向かって走っていた。
だけど、いくら走っても走っても、目指す光は一向に大きくならない。
 
「・・・こんなの・・・無理。」
 
息を切らしながら弱音を吐く私。
彼の言いつけ通り、前だけを見てひたすら走っている私は、彼らがどうなったかわからない。
ただ、一つだけわかるのは、私があの場を去ってからも、かなりの数の銃声が聞こえていた事。
彼が本当に無敵であれば生きているだろうが、もし嘘だとすると、彼はもう・・・。
そう頭によぎった瞬間、私はさっきまで耳に入ってきていた銃声が途絶えた事に気付く。
思わず、走っていた足を止める。
その場で、立ち尽くし耳をすます。
やっぱり聞こえない。
 
「なんで、聞こえないの?」
 
不安になって、後ろを振り返る。
木々たちが風に揺られてザワザワと音を立てる。
だけど、その風に乗って私の探す音は、私の耳には届かない。
彼が、やられた?
私の脳裏にその言葉が見え隠れする。
どうしよう・・・。私のせいだ。
思わず、引き返そうと一歩踏み出した私の耳にさっきとは違う音が届く。
まるで、葉に何かがこすれているような音。
それと、何かがものすごい勢いでこちらに向かってきている足音。
このスピードと、人間とは違う軽快な足音。
私は、期待を胸に向かってくる者の姿をみつめる。
だけど、高速のその人は、現れたかと思うと、あっ!という間に私に近づいた。
 
「翠(スイ)!走れっ!」
 
その叫びが私の耳に届き、脳に伝わり体に動け。と指令が行くまでに彼は私の元に辿り着く。
それくらい、彼のスピードは速かった。
彼は、勢いを緩めることなく、猛スピードのまま私の横を通り過ぎていった。
と思ったその瞬間、私は宙に舞った。
そして、着地した先は動いている彼の背中の上だった。
彼が私とすれ違う瞬間に、私の背中あたりの服を牙にひっかけ、私を宙に上げ、そのまま背中でキャッチして、走っていたのだ。
私を背中に乗せた彼は、一旦はスピードを緩める。
 
「俺の首に両腕をからませて、しっかりつかまってろ。」
 
そう指示をする。
いままで動物の背中になんて乗った事のない私は、彼に言われるがままに、彼の背中にうつぶせ状態で、両腕を彼の首にからませ、振り落とされないように、しっかりとつかまった。
それを体で感じた彼は、落としていたスピードを徐々に上げていき、森の中を力強く走り出した。
猛スピードで走っているから、風を切る音がうるさいけど、丁度位置的に彼の顔と私の顔が接近しているから、お互いの声は聞こえる位置だった。
なので、私は彼に話しかける。
 
「ねぇー。」
 
聞こえているはずだけど、もちろん無視。
 
「ねぇーってば!」
 
さらに大きな声で言うが、やっぱり無視。
腹が立って彼の首に回している左手を離して彼の頭を叩く。
すると、予想より遥かにすさまじい風圧に私の体は、後ろにとばされそうになる。
 
「うわっ!」
 
叫びながら、慌てて左腕を彼の首に戻す。
危うく落ちそうになった私は、かなりあせり、彼の首に回している手にも力が入る。
もちろん、私が落ちそうになった事に気付いていた彼は、私の行動に「フッ。」と声を出して笑う。
 
「何、やってんだよ!」
 
その言葉にまたしてもムカ!
なんで、優しく「大丈夫か?」とか言えないのよ!
コイツ、絶対性格悪いぞ!
そう愚痴りながらも私は、本当はわかっていた。
彼がすごく優しい人だって。
さっき、私がバランスを崩して落ちそうになった時、彼は減速してくれたんだ。
だから、私は落ちずにすんだ。
そして、私が彼にしがみついたのを確認した上で、またスピードをあげた。
私はチャントそれを体で感じていた。
本当は素直に「ありがとう。」って言いたかった。
だけど、彼の言葉に・・・くぅ〜、素直になれない私。
はぁー。と思わずため息。
自己嫌悪に陥ってる私に、彼の言葉が届く。
 
「で、なんだよ!」
 
そう言われて、重大な事を思い出す!
 
「なんだよじゃないよ!
アイツらはどうなったの?」
 
「強い衝撃を与えて気絶させてきた。
 当分目は覚まさないだろうけど、あの体格のいい方は、わかんないからな。
念の為、急いだ方がいい。」
 
その言葉に、自然と「よかった。」と本音がでる。
私の命を狙った敵とはいえ、命を奪ったらいけないじゃない。
だから、気絶程度でホントよかったよ。
さらに、ホッと一息。
その瞬間、走っている彼のスピードが急激に上がった。
それだけじゃない。
さっきまで走っていた直線をわざとはずれて、大きな岩が並ぶ険しい道へと進路を変える。
私の体が、上下に何度も大きく動く。
どんな衝撃かというと、速さといい、まさにジェットコースターに乗ってる感じ。
ジェットコースターが大嫌いな私は、半泣きになる。
 
「ち、ちょっとまって!!」
 
必死でそういった私の声は涙声。
私が本気で恐がっていると悟った彼は、すぐにまた直線の道に進路を戻し、上げていたスピードも落とす。
気持ちが落ち着いた私は怒り爆発!
 
「いったい、なんなのよ!」
 
怒鳴る私に、またしても彼は平然という。
 
「俺の心配をしなかったから罰。」
 
「はあ?」
 
呆れて物が言えない。
だからって、私を怖がらせるなんて!
ホント、とんだ救世主だわ!
そう思う反面、動物なのに人間らしさがある彼がチョットおかしく思えた。
そういえば、さっきから私は彼の偉そうな言葉にムカついてたんだった!
よっし!今が仕返しのチャンス!
私は、彼の視線が私の顔をとらえる事ができる位置まで自分の体を前に乗り出した。
その行動に彼は驚き、顔をこっちに向ける。
彼の青い瞳に私が映る。
私は彼の瞳に映った私に向かって言う。
 
「無敵なんじゃなかったの?」
 
って。
そう言って笑う私に、彼も「プッ。」と噴出し笑い。
 
「確かに俺は無敵。」
 
「でっしょ!」
 
お互いのその言葉に、さらに二人して声を揃えて大笑い。
私たちが通り過ぎた後には、私たちの笑い声が残っていた。
彼の背中に乗って、10分くらいが経過した頃、あれだけ必死に頑張って走ったのに一向に大きくならなかった1ミリ程の光が、みるみるうちに大きくなってきた。
そして、あれよあれよという間に、森全体が光に包まれた。
すると、走っていた彼の足も止まり、その場でしゃがむ。
 
「もう大丈夫。
ここには、ヤツらは入って来れないから。」
 
そういいながら、私が背中から降りやすいように、体勢を崩してくれた。
私は彼の背中から、ユックリと地面に降りる。
そして、周りを見渡す。
辺りは、さっきと変わらず、木々に囲まれている深い森。
だけど、唯一さっきと違うのは・・・。
 
「色がある!」
 
思わず声に出す私に、彼は「うん。」と優しくあいづちを打ってくれる。
色の世界に戻れた私は、心からホッとして自分でも知らず知らずのうちにニコニコ顔になっていた。
そんな私を彼は見ていたがやがて、
 
「ちょっと、いいか。」
 
重い口を開く。
また、彼の顔つきが険しくなる。
彼が今から言おうとしている事が重大であると感じさせる表情。
私は、浮き足立つ気持ちを必死で鎮め、彼の正面に腰をおろした。
 
「翠(スイ)にどうしても言っておかないといけない事がある。
とにかく時間がないんだ。
しっかりと聞いてくれ。」
 
「うん。」
 
いつになく素直に答える私。
だって、彼の綺麗な瞳が物語ってるから。
本当に時間がないのだと。
私は、彼の言葉に集中した。
 
「まず、ここは翠が生きている時代から、500年先の未来だ。
さっきの色のない世界が滅んだ日本の姿。
今入ってきた光は、俺の住んでいる国『緑豹国(リョクホウコク)』への入り口だ。
つまり今いるここは、『緑豹国』というわけ。
ここまで、わかった?」
 
ただうなずくだけ。
だって、いきなり未来だの、滅んだ日本だの言われても理解できるわけがない。
でも、私は必死で理解しようと頑張った。
だから頷くのがやっと。
その様子を理解してか、彼も特に深く追求してくる風もなく、話を続けた。
 
「で、さっきアイツらが言っていた『Green Land』ってのは『緑豹国』の事。
アイツらは、Green Landって呼んでる。
それから、ここにアイツらが入れないのは、豹の血が混じっている者しか入れないようになってるから人間であるアイツらは、ここには入れない。」
 
さらに頷く私だが、頷きながら・・・止まる。
それって、変じゃない?
彼に聞こうと、口を開けた瞬間、言うはずだった言葉は彼の口から出てくる。
 
「どうして、私は入れるの?って言いたいだろ?」
 
うんうん。と頷く私。
彼は「さあ?」と首をかしげる。
 
「それは、今は俺たちにもわからないんだ。
ただ、それはこれからわかる気がする。
翠がこちらに来たらね。」
 
そういって笑う彼の意味ありげな笑み。
言葉の意味も・・・さっぱりわからない。
今度は私が首をかしげる。
そんな私を置き去りに彼は続ける。
 
「今のこの日本には、『色のない世界』とアイツらのいる『Wonder Land』と『Green Land』の3つ世界がある。
今日の事で、翠の顔も向こうにバレちまった。
アイツらともし逢う事があったら、とにかく逃げろ。
いいな。」
 
「うん。・・・わかった。」
 
そう口にするのがやっとだった。
かなり困惑している私を彼は心配気にみつめる。
 
「大丈夫?」
 
そう言われるとなんかチョットくすぐったい。
私は、思わず笑ってしまう。
 
「何だよ!」
 
チョット、ムッとする彼。
 
「だって、優しい言葉、似合わないよ。」
 
どうも、彼と話していると素直になれない。
でも、その言葉に怒る所か、
 
「確かに・・・俺らしくなかったな。」
 
と彼も認めてテレ笑い。
また和やかな時間が流れる。
 
「もう、いいの?話・・・。」
 
「うん。大事な事は言ったから。」
 
彼はそういって、その場で手足を伸ばし、リラックスする。
そんな彼を見ていて私も聞きたかった事を口にする。
 
「ねぇー、聞きたい事があるんだけど。」
 
「何?」
 
動きを止めることなく、彼はストレッチをしながら答える。
 
「アイツらが言ってたけど、あなた・・・ソウキって言うの?」
 
「うん。」と普通に彼は答え、
 
「あおいかがやき。って書く。」
 
といいながら、右手の爪で、地面に『蒼輝(ソウキ)』と書いてくれた。
その時だった。
穏やかな顔をしていた彼の顔つきが、また鋭くなりリラックスしていた体も起こす。
 
「どうしたの?」
 
驚く私に、彼はとても寂しげな瞳で私を見た。
 
「タイムリミットだな。」
 
彼のその言葉に私は、もう一つ彼に聞きたかった事を口にする。
 
「もう一つ教えて!どうして私の名前を知ってるの?」
 
その問いかけに彼は優しく笑う。
 
「翠、また逢おうな!」
 
「ちょっと、待って!
ねぇー、教えてよ!蒼輝!」
 
私は彼の元に駆け寄ろうとして一歩踏み込む。
その時だった。
目の前にいる彼の姿が、だんだんと薄れていった。
彼の姿を失うまいと、私は必死で目を見開く。
だけど、どんどん彼は私から遠ざかっていく。
そして、とうとう完全に彼は見えなくなり、私の目の前は真っ白になった。
 
「うわっ!!」
 
真っ白の世界に驚いて、私は勢いよく体を起こす。
私の目に飛び込んできたのは、見覚えのある景色。
毎日見ているテレビに、毎週のように買いまくって置き場を失ったCDの山。
昨日、寝る間際まで読んでいたマンガも散乱してる。
壁には、大好きなアーティストのポスターも貼ってある。
そう、ここは私の部屋。
つまり、さっきまで居た世界は・・・。
 
「ハアー。」
 
私は体の底から深いため息をする。
すると、体からみるみるうちに、力が抜けていくようだった。
私の重い気持ちとは裏腹に、「パタ。」と軽い音をたてて、私はベットに倒れこむ。
目の前に映るのは、部屋の天井だけ。
私は、自分の中にある重い気持ちと向き合う。
そして、またいつものように思う・・・。
 
あの夢見たのって、今日で何回目だっけ???
 
 
 



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