村の明かりが、完全に消えて、村が月明かりのみに照らされている光景を見ていると、俺はいつも思う。
今日も無事に1日が終わった。と・・・。
そして、思うんだ。
こうして無事に1日が過ごせるのは、あと何回なんだろうって・・・。
そんな事を考えている自分に気付いて思わず、
「俺って、女々しいな。」
とため息混じりに独り言を言ってしまう。
さっ、最後にあの本に文字が現れてないか確認して、俺も寝るかな。
俺は、緑豹国が見渡せる窓の側から、本が置かれている場所へ向かおうと歩きかけた。
その時、閉まっていた扉が開いた。
こんな時間に一体誰?
もしかして・・・。
「ランか?」
少し開いた扉に向かって呼びかける。
「ちが〜う・・・僕。」
と言って扉が完全に開き、その主が姿を現す。
その姿を見て、拍子抜けの俺。
「トーワか・・・。」
と口にして、コイツの格好を上から下まで見た俺は、思わず言ってしまう。
「お前、こんな時間にどうしたんだ?」
だって、目の前に立っているトーワは、もちろんパジャマ姿だし、明らかに「さっきまで寝てましたっ!」って顔をしてる。
コイツの部屋は、この司令塔室から、かなり遠いはず。
もしかして・・・寝ぼけているのか?
22歳にもなって?
本人に「寝ぼけてるのか?」と聞くに聞けない俺に、トーワは目をこすりながら、
「う〜んと、僕ね、翠ちゃんが心配になったのぉー。
それでね、お部屋に行こうと思って、起きてきたのぉ〜。」
と言ってる。
って事は・・・。
「俺が翠ちゃんと・・・思ってないよな?」
少し不安になりながら聞く俺に、
「う〜んと・・・」
と考え込むトーワ。
いやいや、考えるなよ!
俺じゃねぇーだろ!
と心の中で突っ込みを入れる。
そんな俺を、指をさしながらジッと見て考えていたトーワが急に、
「ヒビキくん・・・です。」
と言ってさしていた指を下に降ろした。
よしよし。
少しずつ意識がハッキリしてきたか。
なら、もう少しちゃんとした会話ができそうかな?
「こんな時間に、翠ちゃんがココにいるわけないだろ。
どうして、ここに来たんだ?
間違ったのか?」
両手で目をこすっているトーワに、ユックリと話す。
すると、急にトーワは、目に涙を浮かべた。
「あのね・・・僕、翠ちゃんのお部屋どこなのか、知らないのぉ〜。
いっぱいいっぱいウロウロしたらね・・・
迷っちゃったんだぁー。」
「はぁ?」
迷ったって・・・。
この城に、何年住んでるんだ!
頼むから、こんな夜中に、気が抜けるような事を言うなよ!
思いっきり間抜けな顔の俺。
そんな俺に、トーワは泣きながら抱きついてくる。
「それでね、それでねぇー。
廊下は真っ暗だし、僕怖くて怖くて。
そしたら、ココのお部屋から、明かりが漏れてたから、ココに来たのぉ〜。
ヒビキ・・・起きててくれてありがとう!」
と言って俺を抱きしめる。
「ハァー。」と深いため息をつく俺。
「まっ、いきさつはわかった。
とにかく、部屋には帰れるだろ?
さっさと戻って寝ろ!」
呆れて何も言いたくない心境の俺。
だけど、ここにはランもいなくて俺一人。
トーワの相手を俺が、いやおうなしにしないといけないこの状況。
俺は半ば嫌々トーワの相手をする。
そんな俺にトーワは、ブンブンと首を振る。
「部屋には戻らないよ。
だって、まだ翠ちゃんのお部屋に行ってないんだもぉ〜ん。
ねぇ〜、ヒビキ、翠ちゃんのお部屋知ってるでしょ?
教えてよぉ〜。」
すがる目で俺を見るトーワ。
そういえば、コイツに教えたら、用事がなくても翠ちゃんの部屋に、押しかけるのは、目に見えてたから、コイツにだけは教えてなかったんだぁー。
教えてなくて・・・正解だったな。
「ホッ。」とする俺。
そんな目で見ても、教えてやんねぇー。
と心の中で、トーワに舌を出す俺。
「トーワ!
今、何時だと思ってるんだ?
こんな時間に、翠ちゃんの部屋に行ったら、彼女を起こしてしまうだろう。
今日は、ランが一緒に寝てるんだから、大丈夫だよ。
心配しなくていいから、お前も早く部屋に戻って寝ろ。なっ!」
そういいながら、抱きついているトーワを体から離すと、強引に部屋の外にトーワを出す。
追い出されたトーワは、しぶしぶうなずくと、
「じゃあ・・・明日、お部屋教えてね!」
と俺に念をおす。
「わかった、わかった。」と答える俺に、
「じゃ、おやすみ〜。
ヒビキも早く寝なきゃダメだよぉ〜。」
といいながら手を振って、自分の部屋へと歩いていった。
階段を下りて姿が見えなくなったのを確認して、俺はまた部屋に入った。
とんだ邪魔が入ったせいで、時間を無駄に使っちまった。
俺は、壁にかけてある時計に目を移す。
「すごい時間になってる・・・。」
焦る俺は、急いで棚に行くと、本を手に取る。
パラパラとめくり、文字が現れてないかをチェックする。
「まだ、何も書かれてないか・・・。」
それを確認して、本を閉じる。
「パタン。」という音が、静かな部屋に響く。
それを、棚に戻そうとした俺の耳に、新たな音が届く。
さっきトーワが降りていった階段から、誰かがこちらに向かって歩いてくる足音。
だんだんと大きくなり、扉の前で止まった。
扉を叩くわけでもなく、扉を開けるでもなく、何も行動を起こさない。
だけど、扉をへだてた向こうには、明らかに人の気配はする。
聞こえていた足音で、その人物の見当はついている。
そいつの足音を、もう何十年と聞いているんだ。
間違えるわけはない。
俺は、手に持っていた本を棚に直すと、窓の方へと歩いた。
月明かりに照らされた村を見て、扉の向こうにいる人物が入ってくるのを待ってみる。
だけど、その人が入ってくる気配はない。
仕方ない!
俺がきっかけを作ってやろう!
というわけで、俺は、扉に背を向けたまま、その人物に声をかける。
「入ってきたらどうだ!蒼輝!」
その言葉から数秒後、扉のノブが回る音がした。
そして、扉が開き一人の男が中に入ってきた。
彼は、俺を見たまま後ろ手で扉を閉めた。
俺は、ガラス越しに見える彼に向かって話しかける。
「2週間ぶりくらいに、ここに入った気分はどうだ?」
それに対しては答えずに、彼は扉に一番近いイスに腰を降ろし、顔を扉の方に向け、俺には背中を向けた。
その様子を見る限り、蒼輝がまだ誰とも逢いたくないんだという事はうかがえた。
本当は、この司令塔室にも、入りたくなかったんだろう。
だから、扉の前で躊躇したんだ。
そんなアイツが、自分の気持ちをおしてまで、ココへ来た理由は・・・一つしかないよな。
俺は、振り返り蒼輝の背中を見る。
「お前は、ここに戻ってきた訳じゃない。
本当はまだ、気持ちが吹っ切れてなくて、ココにも来たくなかった。
それでも来た訳は、翠ちゃんだろ?」
だけど、それに対して何も答えないまま蒼輝は、右足を座っているイスに乗せ右膝を立てた。
そして、膝に右腕を置くと、そこに顎を乗せた。
相変わらず、だんまりか・・・。
いつもと変わらず口を開かない蒼輝に、これまたいつもと同じように、一方的に俺が話かける。
「翠ちゃんなら、お前が選んだ部屋に居る。
寝てるだろうけど、お前が逢いに来たって知ったら喜ぶだろう。
行ってみたらどうだ!」
俺の言葉に、黙っていた蒼輝が「プッ。」と笑った。そして、
「なんだよそれ。
トーワには、さっき行くな!って追い返してたくせに・・・。
アイツ、ブツブツお経みたいにお前の悪口言って部屋に戻ってたぜ。」
と言うと、顔を俺の方に向けて、少し照れ笑いをした。
2週間ぶりに、蒼輝の声を聞いた俺は、あまりのうれしさに、自分でも知らないうちに笑顔になっていた。
ココに戻る気持ちにはならなくても、人と関わってみよう!という気持ちに、少しでもなってきていた蒼輝の気持ちの変化が、俺は本当にうれしかった。
胸に熱い物が込み上げてきて、思わず涙が出そうになる。
だけど、それだけは流すまいと俺は必死で耐えた。
そっちに必死で、蒼輝に話しかける事も忘れていた俺に、蒼輝から言葉を投げてきた。
「アイツ・・・どうしてる?」
そういった蒼輝の目は、ひどく後悔しているようにみえた。
翠ちゃんも、蒼輝の家での事を話さないから、何があったかは知らないけど、いい再会ではなかったのは察しがついた。
そして、蒼輝の様子からすると、悪くしたのは蒼輝が原因か・・・。
本来の蒼輝になら、チョット冗談を言ってからかってやりたい所だけど、心が不安定の蒼輝にそんな事を言って、また悪化すると困るし、正直に答える事にした。
「翠ちゃんなら、ちゃんと夕食も食べて、元気だったよ。
今日は、ココに来て初日って事もあるから、ランが彼女の部屋で一緒に寝る。と言い出してさ。
だから、心配する事はないと思うけど。」
それに対して、あからさまに「ホッ。」とする蒼輝。
何があったのか、聞きたい気持ちを俺はグッと堪えた。
「なぁー、ヒビキ!」
蒼輝は、俺にそう呼びかけると、立てていた足を降ろし、イスに行儀よく座ると、今度は体ごと俺の方に向いた。
「なんだよ!改まって。」
ココにいた時でも、王とは思えないくらい行儀が悪かった蒼輝だけに、チョットただならぬ雰囲気が漂っていた。
俺は、側にあったイスを、蒼輝の正面に位置するように、移動させると腰を降ろし、真っ直ぐに蒼輝を見た。
「で・・・何?」
再度、聞く俺。
すると、蒼輝は俺から目線をそらすと、俺に頭を下げた。
「翠が戻れる方法を、1日でも早く、見つけ出してくれないか?
頼む。」
思いもよらない蒼輝の行動に、言葉を失う俺。
生まれて今まで、頭なんて下げた事がない蒼輝が・・・俺に頭を下げた?
その事実に、俺は戸惑う。
「ち、ちょっと待てよ!」
取り乱しながらも、俺は蒼輝を止める。
俺の言葉に、下げていた頭を上げる蒼輝。
「いきなり言われても意味わかんねーだろ?
わかるように説明しろよ!」
自分自身に落ち着けと言い聞かせながら、俺は蒼輝にも落ち着けという意味も込めて話す。
だけど、俺とは違って、当の本人はかなり落ち着いた様子で、淡々と答える。
「お前も察してると思うけど、緑豹国のバリアーが解けて、攻撃を受けてしまうまで、もう時間がないだろう。
俺たちは、ココに生きている人間だ。
攻撃を受けて滅んでも、それは運命だからいい。
だけど、翠は違うだろ?
アイツには、チャント生きるべき場所がある。
だから、攻撃を受けてしまう前に、翠をそこに、返してやりたいんだ。」
確かに・・・。
蒼輝の言い分もわかる。
関係のない翠ちゃんが、俺たちの巻きぞえにあう事はない。
「それで、俺に、翠ちゃんが戻れる方法を見つけろ。って?
お前もしかして、それを言いにわざわざ来たのか?」
俺の問いに、蒼輝は面倒くさそうに、
「そんな事はどうでもいいんだよ!」
と言うと、
「見つけてくれるのか、くれないのか、どっちなんだよ!」
と叫ぶと、立ち上がり俺の目の前まで来ると、座っている俺の胸ぐらをつかんだ。
翠ちゃんを、何としても安全な場所へ、戻したいと真剣に思っている蒼輝の気持ちが、俺を見る瞳から、ヒシヒシと感じた。
その瞳には、嘘はつけなかった。
俺は、ユックリと首を横に振り、正直に答える。
その答えに、蒼輝は力のない声で、
「なんで・・・。」
とつぶやくと、俺をつかんでいた手を離し、俺の足元に、ペタンと座り込んだ。
それを見て、俺はさっき元に戻した本を取りに席を立つ。
そして、本を手に取ると、力なく座り込む蒼輝の目の前に、俺も腰を降ろし、何も言わずに、その本を開いて見せた。
開かれた真っ白いページに目をやる蒼輝。
「翠ちゃんは、この本に書かれる文字通りに、ココへきた。
つまり、翠ちゃんとこの本は一心同体なんだ。
だから、この本に『翠ちゃんが帰る』という文字が出ない限り、彼女は絶対に元の世界には戻れない。
そして、おそらく、その文字が出るのを、俺たちが操作する事はできない。」
「なんで、そう言えるんだ?」
蒼輝は、本を見ていた目を俺に向けて、そう問う。
俺は、白紙のページを指でトントンと指した。
「お前が、こんなに強く彼女を返したい!って思っているのに、文字が現れないだろ?
つまり、人の思いや願いじゃ、文字を出させる事が出来ないって事だ。」
「じゃあ・・・どうすればいいだ?」
蒼輝の質問に、俺は「さあな。」と答えた。
「俺にだってわからないよ。
ただ、彼女がココへ来たのには、何か訳があるはずなんだ。
そして、彼女がその役割を果たさなければ、彼女は戻れない。
もしくは・・・夏休みが終わる頃に戻れるか・・・だと俺は思ってる。」
俺の説明に、蒼輝は顔をしかめる。
コイツが、おかしな顔をしたのは、たぶんアレの事だろうな。
と俺が思ったと同時に、蒼輝は口にする。
「なつ・・・やすみ?
何それ?」
やっぱりな。
ココではない言葉だもんな。
「翠ちゃんの世界にある長い休みらしい。
それが、40日近くあるらしいけど、こっちの1日は翠ちゃんの世界では5日だから、ここには最高で8日間しか居れないって事になる。
8日間・・・翠ちゃんを守らないといけないな。」
俺の答えを、蒼輝は黙って聞いていた。
何もお互い、話さないまま、少し時間が流れた。
やがて、蒼輝の言葉が俺たちの沈黙を破る。
「・・・間、・・・む。」
「ん?」
前と後ろが聞き取れなくて、蒼輝に聞き返す。
「翠がここにいる間、アイツの事を頼む。」
蒼輝はハッキリとそういうと、立ち上がり扉に向かって歩いた。
俺は、蒼輝の残して行った言葉が、どうしても納得いかなくて、我慢できずにアイツに思いをぶつけてしまった。
「また、逃げるのか!」
その言葉に、蒼輝は立ち止まる。
背中を向けたまま、振り返らない蒼輝に俺は続ける。
「今、城から出てるのも、結局はチナリの死と、豹の姿を失った無力な自分から、逃げてるだけだろ?
そして、今度は翠ちゃんからも逃げるのか?」
蒼輝は何も答えない。
反論もなければ、無視して部屋を出て行くわけでもなく、ただ立ち止まっていた。
この辺で止めておいた方がいいと、頭ではわかっているんだけど、高まった気持ちは、そうは簡単に鎮まらない!
俺は、もう止める事が出来ずに、次から次へと蒼輝に思いをぶつけた。
「翠ちゃんは、お前の苦しみを、軽くしてくれたんじゃないのか?
お前も、自分にとって、彼女が必要で、大切な人だって、少しは感じたんだろ?
こんな人気がなくなった時間に来たのは、まだ気持ちが不安定で、人とは関わりたくなくて・・・本当は俺ともまだ話したくはなかったはずだ。
なのに、お前はここに来た。
そうまでして、彼女を守りたいなら、お前自身で守れよ!
なんで自分で守ろうとしないんだっ!」
一気にそう言った俺は、さすがに息切れ。
まだまだ言いたい事はあったけど・・・一旦止めて、ちょっと休憩。
休んでいる俺に、蒼輝も自分の心を言葉にする。
「豹の姿があるお前には、俺の気持ちはわかんねーよ!」
「そんな事ない!」
俺は即反論する。
「豹になった俺と、今のお前とを比べても、強さはたいして変わんねぇーよ。
元々、戦闘向きに出来てるお前の体は、豹の時みたいに『無敵』とまではいかないにしても、力やタフさでは、俺なんかより上だと思うし、何よりお前には生まれ持った格闘のセンスがある。
お前は自分が思っているよりも、色んな意味で強い人間だよ。
翠ちゃんを守れるのは、お前しかいないと俺は思うけどね・・・。」
それに対して蒼輝は答えずに、右手をあげると、
「翠の事は、ちゃんと頼んだからな。
トーワにもよろしく言っといて。
じゃ、邪魔したな。」
とだけ言うと、部屋から出て行った。
「・・・こんな感じ。」
昨日の事を、全て語ってくれたヒビキさんは、最後にそういうと、少し冷めたティーを口に運んだ。
私は、ヒビキさんの話を聞いて、何も言えなかった。
蒼輝が、わざわざヒビキさんに私を元の世界に戻す為に、頼みに来てくれていた事を知って本当にうれしかったのと、自分の気持ちで手がいっぱいで、彼がそんなに私の事を気にかけてくれている事に、全く気付かなかった小さい自分が情けなかった。
黙る私達とは違って、ランさんはヒビキさんの話が終わるとすぐに、ヒビキさんにくってかかる。
「どうして、蒼輝さまに『逃げてる。』とか言ったのですか!
蒼輝さまだって、苦しんでおられるんです。
そんなひどい言い方しなくても!」
とヒビキさんをすごい剣幕で叱る。
それに対して、悪ぶるヒビキさん。
「もう、言ってしまったものは、仕方ないだろ!」
思いっきり開き直ってるし・・・。
ヒビキさんのその態度は、さらにランさんを怒らした。
まだ、ブツブツ言いながらヒビキさんを責めるランさんに、私はある事を思い出して、ヒビキさんを援護射撃する。
「でも・・・蒼輝は、ヒビキさんにそう言ってもらえて、傷つく所かうれしかったと思いますよ!」
その言葉に、二人で言い合っていたヒビキさんとランさんは、同時に私をみる。
二人の目が、「それって、どういう意味?」と聞いている。
「チナリさんが亡くなってから、ヒビキさんやトーワくんやランさんが、本音をぶつけてくれなくなったし、自分もぶつけれなくなった。って・・・昨日、蒼輝が言ってたの。
みんなが、何も言わないのは、気を遣っている事だとはわかっているけど、やっぱり言ってほしいんだと思います。
だから、ヒビキさんが心で思っている事を、隠さずにぶつけてくれたのは、蒼輝はうれしかったと思う。
傷ついたり、腹が立ったのなら、その場から去ったり、反撃したりしたはずでしょ。
それをしないで、素直に聞いていたのは、『誰かにそう言ってほしかった』んじゃないかな?って・・・私はそう思ったけど。」
私は、そういいながら、何気なく壁に掛けてある時計に目をやる。
それは、9時と表していた。
9時か・・・。
と思って目を時計から離した私は、一瞬動きが止まる。
・・・。
!!
もう一回時計に目をやる。
何度見ても・・・9時だ。
「わぁ〜!!ヤバイ!遅刻だぁ〜!!」
私は、そう叫ぶと勢いよく立ち上がる。
とりあえず、飲みかけのティーを立ったまま、すごい勢いで飲み干すと、部屋から持ってきていたリュックを背中に背負う。
私の行動に、ランさんは目を真ん丸にしてビックリして見ている。
「どう・・・した・・・んですか?」
あまりの驚きで、言葉が途切れ途切れになるランさん。
「ごめんなさい。
私、タカさんと9時に約束してたの!」
「約束?長老とですか?
でも、今日は一人で村を探検するって言ってましたよね?」
あっ!!し、しまったっ!!
あせっていたから・・・うっかり本当の事を言ってしまった。
あ〜・・・どうしよう。
約束の時間を、既にオーバーして、あせっている私に、さらにランさんをごまかす為の言葉を見つけろ!って・・・そんなの無理!
頭回んないよ。
完全に、頭が大パニックの私。
そんな私を、ランさんは、
「何か隠してませんか?」
とすっごい疑いの目で見てる。
もう・・・ダメ。
と完全に諦めた時、ヒビキさんがパンの入ったカゴを、ランさんの前にポンと突き出した。
「長老に翠ちゃんの案内を、頼んだのは俺。
蒼輝はあんなんだし、俺も、ランも仕事で忙しいだろ?
それより、コレ持たせてあげたら?
お昼にでも食べれるだろ!」
ヒビキさんの言葉に、「あっ!・・・そうですね。」とランさんは答えると、カゴを受け取り、それを持ってキッチンへと向かった。
私はというと、急がないといけないのに、ヒビキさんのさっきの言葉で、動けなくなってしまっていた。
ヒビキさんが、タカさんに案内を頼んだって・・・一体どういう事??
さっぱり意味がわからない私は、ただボーっとしていた。
そんな私に、ヒビキさんはランさんに聞こえないように、小声で言う。
「話は、長老から聞いてる。
一人で原石を取りに行くって。
俺はもちろん反対したよ。
だけど、長老が翠ちゃんの言う通りにしろ。と言うから・・・不本意だけど見送る。
でも、これだけは約束してくれ。
ハンターはもちろんだけど、その中でも前に逢ったジギルとトロイには気を付けて!
もし、みつかったり危なくなったら、必ず心を集中させて、俺に語りかけて。
今ぐらいの距離だったら、簡単に翠ちゃんの心の声は聞こえるんだけど、離れると翠ちゃんの声はわかりずらいんだ。
昨日、蒼輝の家にいた翠ちゃんの心の声ですら、全く聞こえなかったぐらいだから。
それと、もう1つ。
常に心にゆとりを持つ事を、心がけていてくれ。
俺の声も、翠ちゃんとの距離があけばあく程、翠ちゃんには聞き取りにくくなってしまう。
心が何かで、いっぱいいっぱいになってしまうと、俺の声を見逃してしまうから。
いいね。」
ヒビキさんは、まるで私に、言い聞かせるようにそう言う。
彼のその言葉で、昨日の事を思い出した。
そういえば、蒼輝の部屋から飛び出した私を、ヒビキさんは心配して、ずっと心に語りかけてくれていたと言っていた。
だけど、私は全く気付かずに、タカさんの前で泣いてから、声が聞こえるようになったんだった。
つまり、蒼輝の事で、気持ちに余裕がなくなっていたから、声が聞こえなかった。
それで、タカさんの前で泣いた事で、気持ちが少しラクになった私は、心にゆとりが出来たから、ヒビキさんの声が聞こえるようになった。
昨日の事と、照らし合わせて見ると、ヒビキさんの言ってる事が、よく理解できた。
「うん・・・わかった。」
と深くうなずくと、
「いってくるね。」
とヒビキさんに向かって言う。
すると、ちょうどパンを包み終えたランさんが、キッチンから急いでこちらにくる。
「はい、これ!
じゃ、翠さん、気をつけて。
長老と、楽しんで来て下さいね。」
と言って笑ってる。
私は、パンを受け取ると、左肩の紐をとって、背負っていたリュックを正面に、クルっと持ってくる。
そして、今受け取ったパンをリュックに入れると、またリュックを後ろに戻した。
「じゃ、ランさん、いってくるね。」
私は、ランさんに笑顔でそういうと、部屋を猛ダッシュで出て行った。
☆☆☆END☆☆☆
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