トーワくんの背中に乗って、わずか5分後には、前方に緑豹国の入り口の南の森が見えてきた。
「ねぇ〜、ねぇ〜。
翠ちゅぁんは、崖を登るの恐いんだよねぇ〜?
じゃあさ、じゃあさ、エレベーターにするぅ〜?」
私の方を振り返って、ニコニコ顔でそういうトーワくん。
私を、やっと背中に乗せる事ができて、超ご機嫌がいいトーワくんだけど・・・私には、トーワくんの笑顔につられて笑う事などできないくらい気持ちは乱れていた。
「大丈夫!
崖を一気に登って!
蒼輝を振り落とさないように、注意してね。」
ニコリともしないで、真剣に答える私にトーワくんは、口をプクーっと膨らます。
「お城出て来る時もぉー、ヒビキに『そぉーきが危ないから急げっ!』って、すごぉーく恐ぁ〜い顔で言われたのぉー。
僕、一生懸命頑張って来たのにぃ〜。
今度は、翠ちゅぁんが、恐ぁ〜い顔をして、僕をしかるのぉ〜。
みんな恐ぁ〜い!!
僕、そんなに悪い子ぉ〜?
ひどいよ、ひどいよぉ〜!!」
と、さらに涙まで流してる。
し、しまった!!
彼には、もっとオブラートに包んで、さらにおだてながら話さなきゃいけなかったんだっ!!
トーワくんの性格を、スッカリ忘れていた私は、慌ててホロー。
「怒ってないよ!
ほらっ!トーワくんは、誰よりも早く走れるじゃない?
そのスピードに、怪我してる蒼輝が振り落とされちゃうかな?って思ったから、トーワくんに気をつけてね!ってお願いしとこう。と思っただけだよ!
トーワくんなら、器用だから蒼輝を振り落とさないで、早く崖を登れるでしょ?
やってくれる??」
気分は笑いたくないけど・・・仕方ない。
笑ってトーワくんに、お願い。
「僕が・・・器用?」
うれしそうに、そういうと、
「うんっ!わかったぁ〜!
僕にまっかせてぇ〜!!」
とご機嫌が戻ったトーワくん。
目の前にそびえる崖を一気に、登り始めた。
本当は、この急な崖を、このスピードで登るなんて、私には気絶する程、恐かった。
だけど、今はそんな事はたいした事ではなかった。
だって、蒼輝が・・・全く動かないの。
トーワくんに「とっとと走れよ!」って言ったきり、彼は何も言わなくなったし、ピクリとも動かなくなった。
それだけじゃない。
リュックを通してもちゃんと聞こえていた彼の鼓動や呼吸も、今は全く聞こえなくなっていた。
本当なら、振り返って彼の安否を確認したかった。
だけど、このスピードで、後ろを向いたら、私も蒼輝も振り落とされてしまう。
だから、今はとにかく、一分でも一秒でも早く城に着いて、彼の安否を確認したかった。
早く・・・早く着いて!!
「翠ちゃんっ!!」
その声に、私は下げていた頭をあげる。
目の前には、城の入り口で待っているヒビキさんとタカさんとランさんの姿があった。
あっという間にトーワくんは、彼らの前に到着する。
「トーワ、体勢をひくくしろ!」
ヒビキさんは、着くや否や、トーワくんにそういうと、私の背中の上に乗っている蒼輝を、抱き上げ下に降ろした。
「ど〜したのぉ?
そんなに、恐ぁ〜い顔しちゃってぇ〜。」
とヒビキさんにのん気に言ってるトーワくん。
一方、ヒビキさんは、
「蒼輝っ!聞こえるか!
蒼輝っ!」
と何度も声をかけながら、蒼輝の口元に耳を当て呼吸を確認したり、蒼輝の左手首を握り脈を取ったりしていた。
「どうじゃ?」
タカさんの言葉に、
「かなり脈は弱いですが、ちゃんと生きてます。
気を失っているだけです。」
タカさんにそう報告した後、ヒビキさんはホッと息をつきながら、「ビビらせんなよ・・・。」と愚痴っぽく言う。
そんな彼に、やっとトーワくんの背中から降りた私は、背負っていたリュックを、地面に置くと叫ぶ。
「ヒビキさん!
蒼輝・・・左足に怪我をしてるの!」
「足?」
その言葉にヒビキさんは、蒼輝の体に目をやる。
だけど、怪我をしている左足は一瞬見ただけ。
彼の瞳は、別の所に進み・・・そこで止まる。
「何だ・・・これっ!」
そういったヒビキさんの目が鋭くなる。
何?何か・・・あるの?
ヒビキさんの目の先になる物。
考えた時、私の背筋がゾクっとし、同時に鼓動が速くなるのを感じた。
まさか・・・他に怪我を?
急いで、ヒビキさんの側まで移動する。
「えっ!」
それを見た瞬間、体の力が抜けて、私は情けない事に、その場で『ペタン』と尻もちをついてしまった。
力だけじゃない。
私の体から、血の気が失われていくようだった。
目は、その一点をみたまま、目をそらす事も出来ない。
ただそこを見つめるだけ。
何かを言おうとしても、声にならなくて、ただ口だけがパクパク動くだけだった。
そんな私の側に、ランさんが駆けつけてくれた。
「大丈夫ですか!」
私の側にひざまずき、私をシッカリと抱きしめてくれる。
彼女の体温が私の凍りついた体を溶かしてくれる。
徐々に、血液が流れ始めた私は、彼女の腕にしっかりとしがみつく。
だけど、錯乱する頭の中で、言葉が追いつかない!
何も言わない私を見て、
「何、何、なぁ〜に??
みんな、どうしたのぉ〜??」
とトーワくんも蒼輝をのぞく。
「うわぁ〜!!
何、これぇ〜〜!!」
絶叫と共に、彼も腰を抜かす。
トーワくんが、そうなるのも無理はない。
蒼輝の着ている服の、右半分は血液で染まっていた。
右腹部に、銃弾を受けた蒼輝は、その傷口から流れる血を止めるために、上着のボタンの下2コ分をはずし、分かれた上着の裾の右側を、傷口に埋め込んでいた。
それが、止血の役割を果たしていたのだ。
だけど、今もなお少しずつではあるが、埋め込んである服から、血が流れ出しているせいで、大量の血液を含んだ服の、あちらこちらから、「ポタポタ」と鮮血のしずくが、したたり落ちていた。
その信じがたい光景に、たたずむ私たちとは、違ってヒビキさんは、素早く自分の服を歯で噛み切ると、彼の傷口に押し込まれている服の先端を抜く。
圧迫されていた血液が、すごい勢いで押し出されるけど、それにひるむ事無く、ヒビキさんは手にしている切れ端で、傷口を力いっぱい縛った。
「弾は見えたか?」
タカさんの言葉に、
「はい。そんなに深く入り込んでいないので、傷口が塞がる時に、自然と出てくると思います。
ホント・・・運がよかった。」
ヒビキさんの答えにタカさんは、
「よし、すぐに部屋に運んで薬草を飲ませるのじゃ。
早くせねば、助かるものも助からんぞ!!」
と言って、今度は腰を抜かしているトーワくんに目を向ける。
「トーワ。運べるか?」
「・・・う・・・・ん。
僕・・・頑張るっ!」
トーワくんは、足に力を入れて立ち上がると、蒼輝の側まで近寄り、彼を乗せやすいように、体勢を低くして座る。
蒼輝を抱えて、トーワくんの背中に乗せようとするヒビキさんを、タカさんがサポートする。
「じゃが・・・一体いつ、こんな怪我をしたんじゃろう?
水晶で見る限りは、気付かなかったがな。」
タカさんの言葉に、
「お空で、二人をキャッチした時に、当たっちゃったのかなぁ〜?
ごめんなさぁ〜い・・・僕のせいだぁ〜。」
と涙声のトーワくんに、
「いやっ!それは、違うな。」
とヒビキさんは、キッパリと否定する。
みんなが見守る中、蒼輝を乗せ終えたヒビキさんは、私の方に振り返る。
「さっき受けたにしては、傷が古い。
たぶん・・・足に銃弾を受けた時に、腹部もやられたんじゃないかな。」
みんなは言葉を失う。
だけど、一番驚いたのは・・・私っ!
そんな前から、この傷を負っていた?
彼は、こんな状態で、襲ってくるハンターをやっつけ、ジギルとあんなやり取りまでしてたって事?
「そんな事は・・・。」
信じられなくて、ヒビキさんの言葉を否定しようとした私は、蒼輝のある行動が頭をよぎる。
そういえば、蒼輝は私を抱きしめた時も、逃げようと立ち上がった時も・・・どんな時も思い返せば、私を彼の左側に居させた。
普通、左足を怪我してるんだから、抱きしめたりって・・・しにくいよね?
一つがひっかかると、ドンドン不審な点がでてきた。
サンガも言っていた。
「その傷で、ジギルに本気で勝てると思っているのか。」って。
それに、ジギルも。
「その体に、もう1発鉛の弾を入れる・・・。」って。
足の傷を負った状態でも、余裕でハンターを倒した蒼輝に、サンガがそういうのも、何かおかしい。
ジギルだってそう。
足の傷は、弾が体内に入ったわけじゃなかったから、『もう1発』っていうのは・・・おかしいよね。
今、思い返せば・・・気付く。
誰もが、彼の腹部の怪我を知っていたんだ。
知らなかったのは・・・私だけ。
じゃあ、彼が倒れた時に出来ていた、あの『血の海』は、足からじゃなくて、腹部からの血だったって事?
バラバラだったパーツが、1つになった時、私は全く気付かなかった自分の不甲斐なさに、ホトホト呆れ返ってしまう。
なんで、気付かなかったんだろう!
そんな気持ちを胸に、私はトーワくんの背中にうつぶせに乗せられた蒼輝に目を移す。
トーワくんの背中の上で、全く動かない蒼輝を見ると、さらに不安がつのる。
「そう・・・き。」
思わず彼のもとへ行こうと歩き出す私の腕を、誰かが強くつかむ。
「ヒビキさん?」
驚く私に、ヒビキさんは私を通り越して、トーワくんを見る。
「トーワ、行ってくれ!
それから、ランも!
蒼輝のケアーを頼む。」
その指示に、蒼輝を乗せたトーワくんとランさんは、城の中へ入っていった。
「ヒビキさん・・・私も彼の側に。」
「いや・・・。」
私の申し出にヒビキさんは即首を振る。
「気持ちはわかるけど・・・今は、我慢してくれ。」
ヒビキさんは、そういうと握っている私の手を離した。
「翠ちゃんには、森であった事を、全て話してもらわないといけない。
蒼輝も、翠ちゃんが側にいる事を望むかもしれないが、俺たちには時間がない・・・かもしれない。」
「時間が・・・ない?」
聞き返す私に、ヒビキさんは「かも・・・だよ。」と言って、ちょっと笑う。
「前にも言ったけど、翠ちゃんがもとの世界に戻る時が、こっちにはわからないんだ。
だから、いつ戻ってもいいように、心の準備はしておかないと!
今、翠ちゃんが戻ってしまったら・・・俺たちは先に進めない。
俺たちが、前に進むためにも、力を貸してほしい。」
ヒビキさんの言ってる事は何も間違ってない!
確かにそうだ。
最初、私はこの世界に、『何度も見る夢の理由』と『豹の蒼輝に逢ってみたい』っていう、軽い気持ちで来た。
だけど、実際来て、チナリさんが亡くなっていたり、蒼輝が豹の姿を失っていたりと、状況は変わっていた。
そして、今・・・まだ、ハッキリとはわからないけど、未知の世界に向かって、私たちは歩き出した・・・そんな気がしてならない。
そして、そのキッカケは、私がこの世界に来た事だと思う。
だから、私はその責任として、私のすべき事を、しっかり果たさないと!
ヒビキさんの言葉で、私が危険をおかしてまで、森に行った動機を、思い出す。
そうだ、虹のかけらや、虹の雫(シズク)の事も言わないといけない。
だけど、その前に1つだけ・・・ヒビキさんに確認したい!
私は、ヒビキさんに聞く。
「ホントに、ホントに蒼輝は、死なない?」
私の言葉に、ヒビキさんはシッカリと頷く。
「大丈夫!
1時間もすれば、目を覚ます。
だから、安心して。」
ヒビキさんの言葉で、私の不安は完全ではないけど、少しは消えた。
よしっ!今は私のすべき事をしよう!
そう、気持ちを切り替えて、私は地面に置いていたリュックへと歩み寄る。
そして、しっかりと閉めていたふたを開けた。
中身をみるヒビキさんとタカさん。
「この五角形が、虹のかけらか?」
タカさんの言葉に、うなずく私。
「これは、たぶん月の光にあてないと、輝かない。
輝いた時だけ、虹のかけらに変わるの。
だから、加工は夜・・・もしくは、満月の夜。
その辺はわからないの。」
私の言葉に、タカさんは、
「よしっ!これは、ワシにまかせろ!
どう加工するかは、ワシが調べて解明してみせる!
それから、玉の原石は、加工屋に持っていっておくからのう!」
そういって、タカさんは、開いているリュックのふたを素早く閉めると、「よっこらしょ!」と掛け声をかけて、背中に背負うと、一旦城に入り、玉のエレベーターで村へと向かった。
それを、ボーっと見ていた私の背中を、優しく「ポン!」と叩くヒビキさん。
「よく、虹のかけらまで採ってこれたね!
すごい、すごい!」
笑顔の彼に、私は「みんなのおかげです。」と笑顔で答える。
これは、私一人では、できなかった。
みんなが支えてくれたから。
そういえば、夢に出てきてくれたあの人も、私を助けてくれたよね?
あの人は・・・誰だったのだろう?
思い出したら、余計、気になってきた。
「ねぇー、ヒビキさん!」
呼びかける私に、「何?」と笑顔で問う彼。
「聞きたいことがあるんだけど。」
そういう私に、
「とりあえず、中に入って・・・着替えよう!」
「着替え・・・ですか?」
あまりに唐突なヒビキさんの言葉に、戸惑う私。
それに対して、ヒビキさんは優しく笑う。
「だって・・・ほらっ!」
といって、両手の掌(テノヒラ)を私に見せるヒビキさん。
見た彼の手は、爪の先まで、真っ赤になっていた。
「俺も蒼輝の血液で、グチャグチャだけど・・・。」
そこまでいうと、ヒビキさんは、その手で私の髪に触れる。
「髪だって、血で固まってバリバリだよ!」
「えっ!嘘っ!」
そして、髪に触れる。
ホントだっ!
そっか・・・蒼輝と接近しちゃったしなぁ〜。
と、あの時の事を思い出して、ちょっと顔を赤くしてニヤけてしまう私。
それを見ていたヒビキさんは、
「人間、死を覚悟したら、あんなに積極的になるんだなあ〜。」
としみじみ言ってる。
その言葉で、気付いた!
「もしかして・・・全部、玉で見てた?」
恐る恐る聞く私に、
「何が?」
と返事をするヒビキさん。
そうだよね。
見てない・・・よね。
ちょっと、ほっとする私に、
「あの状況で、よくあんな事ができるよな〜。」
「あんな・・・事って?」
何かイヤな予感がするんですけど・・・。
それは、見事に的中!
「涙を唇で拭うなんてさっ!」
と言って、私を覗き込み、
「ねぇ〜?」
と言って・・・城に向かってスタスタ歩いて行った。
「もうぉ〜!!
しっかり、見てたんじゃないっ!!」
と叫ぶ私に、ヒビキさんは「アハハ。」と大笑い。
「大丈夫!
声は聞こえてないから!
蒼輝の愛の告白が聞けなかったのが、残念!
今度、声まで聞こえるように、能力を高めておくよっ!」
と笑ってる。
「なんか・・・わかった気がした。」
私は、ボソっと言う。
「ん?何が?」
と振り返るヒビキさんに、私は側に近寄って叫ぶ。
「蒼輝がヒビキさんを嫌いな理由!」
さらに、大笑いのヒビキさん!
「じゃあ、俺が蒼輝を嫌いな理由を教えてあげよっか?」
それには、ちょっと・・・興味ある。
彼の嫌いな所なんて、あるの?
興味津々の私に、ヒビキさんは真面目な顔をしてこういう。
「蒼輝のやらしい所だな!」
と言って・・・笑ってる。
真剣に聞いたのに・・・。
ホント、ヒビキさんって、真面目なのかふざけてるのか、よくわかんない!
足を止めて、ため息を着く私に、
「早く来ないと、置いていくよぉ〜!」
と叫んでいるヒビキさん。
「はぁ〜い・・・。」
と嫌々返事をして、ヒビキさんの後を歩く私。
早く、話をして・・・さっさと蒼輝に逢いに行こうっと!!
私は、自分に必死でそう言い聞かせていた。
☆☆☆16章 END☆☆☆
|