車が通り過ぎる音。
友達としゃべりながら、自転車に乗って下校する同じ学校の生徒たち。
その姿に混じって目にするのが、主婦の姿。
この時間になると、近くでよくするスーパーの特売。
どこもタイムサービスといえば、会社帰りの主婦を狙った夕方が定番だが、この近所にあるスーパーは3:30に特売を行う。
すでにその時間を10分オーバーしている今は、手に持ちきれないくらいの袋をぶらさげて、家路を急いでいる女性の姿がチラホラ見えた。
私は、テーブルに右ひじを付き、手のひらの甲に顎を乗せて、その光景をボーっと見ていた。
「はいっ!おまたせ!」
その声と共に、テーブルに「ドン。」とトレイを置くのは、私の幼馴染で親友の渚(ナギサ)だった。
彼女は、私の向かいの席に腰をおろすと、トレイにのせられている物を、私の分と彼女の分とに取り分ける。
「これが、翠の分ね。」
私に差し出すと、彼女は「いただきま〜す!」と手を合わせ、大きな口をしてかぶりつく。
私たちは、自宅から徒歩20分くらいの所にある高校に通う一年生。
私たちはお互い家が近い為、自転車での登校は禁止されている。
だから徒歩で通ってるの。
今年の春から通いだしたので、やっと生活にも慣れた頃。
明日から訪れる夏休みが待ち遠しくてならない。
私と渚が、いつも待ち合わせする場所のすぐそばに、このファーストフードのお店がある。
だから、いつも学校帰りはここに寄って、くだらない話をして夕食時には解散。
それが私たちの定番。
でも、今日はいつもと違う。
明日から始まる夏休みを、1日でも多く楽しむ為に私たちは、終業式の後、近くの図書館に向かい夏休みの宿題をしていた。
私と渚は性格も正反対だけど、得意な科目も好き嫌いが見事に正反対!
だから、お互い苦手な科目をやっていた。
わからない所は、聞けるし絶対一人じゃ最後まで残っちゃうでしょ?
なかなかこれが、ナイスなアイディアなのよ!
おかげで、嫌いな科目の課題はお互いクリアー。
万々歳なんだー。
だけど、今の私は今朝見た夢のせいで、今一つ元気がでない。
目の前でパクついている渚にかんかされて、私も目の前に置かれた物に目をやる。
「あれっ?」
私のまぬけな声に、渚は勝ちほこったような笑いをする。
だって、私にと差し出されているトレイの上には、私が頼んだアップルティーともう一つ意外な物があったから。
「なんで、私に?」
私はさらに彼女に聞き返す。
このお店は、変わったパンやお菓子があるお店で、それをチョイスして飲み物とオーダーして店内で食べることができるね。
渚はお菓子作りが趣味なくらいのお菓子マニア。
その彼女がこの店の商品で惚れ込んでいるのが、ブルーベリースコーン。
私も数回しか食べた事がないんだけど、ホントにおいしいのよ。
外はサク、中はシットリ。
さらに、所々に散りばめられているブルーベリーの果肉が、噛むごとにチョコチョコ出てくるのね。
それが、また微妙にすっぱかったりしてさ。
ホントたまんないのよ!
だけど、気に入ってるのは渚だけじゃない。
このお店でもナンバーワンの人気なんだな〜。
だから、あっ!という間に売り切れてしまう代物。
毎日通いつめても、10回に1回食べれたらいいくらいなんだ。
で、私がビックリしたのは、それを渚が食べてないのね。
だから、てっきり今日は売り切れだと思ってたから、それがあるはずのない私のお皿に乗ってるじゃない!
そりゃ、驚くよね。
「渚・・・間違っちゃった?」
言いにくそうに言う私に彼女は頭を「ガク。」と落とす。
そして、大きなため息。
「あのねぇ〜、翠じゃあるまいし間違うわけないじゃない!」
そう言われて、「確かにな〜。」と納得。
彼女は、私と違って、しっかりしているし才女だし性格だってサバサバしてる。
そんな彼女が、私じゃあるまいし間違うわけないよねー。
けど、じゃあ何で?
首をかしげる私。
「翠、最近元気なかったでしょ。
明日から楽しい夏休みなんだからさ、元気出してもらおうと思って。
私って、優しいよね〜。」
笑顔の彼女はさらに「褒めて褒めて〜。」と私に催促。
彼女のかわいい笑顔としぐさに、私は自然と笑顔になる。
それと同時に彼女の優しさが心にしみた。
「ありがと。」
その言葉は素直に出た。
すると、彼女は私に向かって身を乗り出してくる。
「じゃあさー。教えてよ!
翠を悩ませてる物をさ。」
私は一瞬戸惑う。
こんな人間離れした夢の話をしていいものなんだろうかと。
だけど、私を心配のまなざしで見ている渚の姿を見ると、話さなきゃ。って思うよりも話したい!
聞いてほしいと心から思えた。
「けど・・・かなり、話長いよ。」
私の言葉に彼女は、予想外の言葉を即答する。
「なら、トイレ行ってくる!」
呆気に取られる私をよそに、
「急いで行って来るから、待っててね〜。」
と笑顔で彼女は去って行った。
「ごめ〜ん、お待たせお待たせ。」
まるで、近所にいるおばさんみたいな口調で戻ってくる彼女。
座るなりカバンからハンドタオルを取り出し、丁寧に自分の指に付いている水滴を拭う。
「でっ!何!」
明らかにさっきよりも私に向かって乗り出す彼女。
「近寄り過ぎ!」
思わずツッコんでしまった私に、彼女はテレながら元の位置に体を戻す。
「だって、気になってさ。
早く話してよ!」
そうせかす彼女に、私はずっと見続けていた夢の話を詳しく順を追って話し始めた。
間に、アップルティーを飲みながらも話続ける事、約30分。
全て話し終えた私は、フッと目線をお皿に移す。
「!!」
目を疑う。
話す前に渚がトイレに行った時、彼女を待ってる間に、二口くらいスコーンを食べた。
けど、それっきり手を付けてなかったはずなのに、そこにあるはずのスコーンはコツゼンと消えていた。
「げど〜、むしぎなゆめよねぇ〜。」
そう口にした彼女の言葉は、明らかにおかしかった。
私は迷わず彼女を見る。
彼女のお皿はとっくに空っぽのはずだったのに、彼女の口は思いっきり膨れているうえに、左右に鈍い動きをしている。
「な〜ぎさ〜。
あんた、口に何入れてんの?」
「ん?」
とあくまでしらおきる彼女。
まっ、いいんだけどね。
彼女が好きなスコーンをいつまでも置いていた私が悪かったんだし、確かに食は進まなくて持て余していたのも事実だし。
だけど、人が話しているすきにって・・・「話聞いてたのかよ!」と疑いのまなざしで彼女を見ながら、ストローをすう私。
その目に気付いたのか、彼女は急いでスコーンを飲み込み弁解を始める。
「ちゃんと、聞いてたよ!
ただ、話聞いてるうちに、何かお腹空いてきちゃってさ。」
「食べ物の話なんてしてないけど・・・。」
冷たくいう私に、
「ホント、ごめんなさい!」
と両手を合わせて拝む彼女。
おもしろくて彼女をいじめていたんだけど、彼女は真剣に謝っている風なので、ここまでにしとくか。
私は、演技していた冷たい目をいつもの瞳にチェンジする。
「それは、もういいからさ。
渚は、どう思った?その夢の話・・・。」
だけど、彼女は、
「う〜ん、わかんない。」
とアッサリ。
まっ、それが、正当な答えよね。
でも、渚なら何か解決の糸口みたいなのを見つけてくれるかな?と、期待してた。
それだけに、ショックを隠し切れない私は、話題を変えたりする機転がきかず、だんまりになる。
でも、すぐに私達の沈黙は彼女の言葉で破られた。
「だけど・・・。」
その言葉に私は下げていた頭をあげ、彼女を見上げた。
彼女は言葉を続ける。
「夢の内容の意味は、私にもサッパリわかんないよ。
だけどね、『何度も見る』ってのが、どうもひっかかるのよね〜。」
そういうと彼女は、汚れている手をナフキンで拭き、おもむろにカバンからスケジュール帳を出した。
「ねぇー、その夢さ、今日で何回見た?」
「そんなの数えてないよ!」
と即答の私。
「う〜ん、じゃあさー。」
と彼女ならではの機転の早さで質問を変えてくる。
「最初に見たのはいつか、覚えてる?」
「あっ!それなら、わかる!」
と自信満々の私。
だって、渚と出掛けた日だったから。
「渚と真音(マナト)さんの誕生日プレゼントを買いに行った日。
あの日の夜に見たのが最初だよ!」
私の答えに彼女はチョット驚く。
「それって・・・かなり前じゃない。
真音(マナト)の誕生日、いつだと思ってるのよ。」
彼女は、恐々スケジュール帳をめくる。
彼女は几帳面なので、その日にした事を簡単にメモする癖があった。
もちろん、プレゼントを買いに行った日の欄にも、チャント記録されていた。
彼女はそこを指さす。
「買いに行ったのはここよね。
でさ・・・今日は・・・。」
彼女がページを一回、二回とめくる。
「ここだよ!」
今日の日付を指でトントンと二回さす。
そして、呆れた声で、
「ざっと、3ケ月見てるよ。」
と添えてくれる。
「見ればわかるよ!」
と私も反論。
そんなうんざりした顔しなくたっていいじゃない!
夢を見続けてるのは、私なんだからさ。
と怒ってしまう。
そんなの数えても何もならないじゃない。と心のどこかで思っていたのかもしれない。
だけど、彼女の疑問はさらに深まる。
今度は、丁寧に数を数え始める。
「これで、30日で・・・。」
とぶつくさ聞こえる。
こうなりだしたら、私には止められない。
彼女が納得いくまで彼女の追及は終わらない。
私は彼女を止める事を諦め、残っていたアップルティーを外の景色を見ながら飲んでいた。
しばらくして、彼女は開いていたスケジュール帳をパタンと閉じた。
その閉じ方が何かを考えながら閉じたような、ユックリとしたパタンの音。
気になって、目線を彼女に移す。
やっぱり、様子が変な彼女。
一点を見つめながら何かを考えている。
「渚?」
声をかけてみるが、全く気付かない様子。
「お〜い!」
今度はオチャラケて言ってみる。
でも、効果はない。
「渚ってば!」
仕方なく大きな声で彼女に呼びかける。
その声によっぽどムカついたのか、
「あ〜、もう〜!うるさい!黙ってて!」
とすごい剣幕で怒鳴られてしまった。
彼女の行動が、サッパリ読めない私は、彼女につっかかる所か根負け。
仕方なく考え込む彼女を眺めることに。
「何だろう。何かがひっかかるのよ。
百日・・・百回・・・夢・・・夜・・・。
う〜んと・・・。」
まるで連想ゲームみたいに単語を並べる彼女。
一方で、完全に彼女をほったらかしにしていた私は、悠長に「暇だし、トイレにでも行くか。」と席を立つ。
その時だった。
「あ〜〜!!わかった!!」
大声で叫びながら勢いよく立ち上がる彼女。
その声に、周りの人達の目線は一気にこちらに注がれる。
間が悪いというか、私も違う目的にしろ立っていたものだから注目度は倍。
私は、慌てて渚の肩を押さえる。
「と、とりあえず座ろう。ねっ!」
だけど、何かに気付いてテンションが上がっている彼女は私の手を払いのける。
その勢いで私は、椅子に飛ばされ座ってしまう。
「わかったんだってば!聞いてよ!!」
とすごい剣幕。
だけど、またしても声が大きい彼女の発言は、周りの人の注目を浴びていた。
勘弁してよ。と思いながらも、キツイ言葉は彼女の性格では、逆効果と知っていたので、なだめる方向へ話を持っていく。
「わかった。
話は聞くけど、ちょっと待って。
私、トイレ行ってくるからさ、それまでに渚もちょっと落ち着いてて。ねっ!」
そういって、興奮してる彼女を落ち着かせる為に、私は一旦その場を離れようと席から立ち上がった。
仕方がないと、彼女は息をつき、腰を下ろす。
その時、座った彼女の目線が丁度、壁にかけてあった時計にぶつかる。
壁の時計は5:30を示していた。
「ガタッ!」
彼女がまた、勢いよく席を立つ。
「今度は何?」
やっと座ったのに、また立ち上がった彼女を見て私も壁に目をやる。
だけど、理由がわからない。
「何もないけど・・・。」
と言いながら、彼女に目線を移して私は言葉を失う。
彼女はさっさと身支度を始めていた。
「な、なに?」
呆気に取られる私に彼女は後片付けをする手を止める事なく答える。
「やばい!時間がないのよ。
とにかく、ここを出るよ。
翠もボーっとしてないで早く支度して!」
そんな事言われても納得できない私。
「時間がないって・・・。
あっ!真音(マナト)さんと何か約束があったの?」
「あのねぇー!」
持って行こうとして持ち上げていたトレイを、私の目の前に「ドン。」と音を立てて彼女は置く。
そして、驚く発言をした。
「夢で蒼輝くんが言ってたでしょ?
『翠がこちらに来たら。』って。
夢の世界・・・つまり500年先の未来に、もしかしたら行けるかもしれないんだよ!」
「え〜〜!!」
その叫びに、店の人全員・・・いや、近くを歩いていた通行人も何人かいたかもしれない。
皆が私に目を向けた瞬間だった。
その店を出た私たちは、いつもならその場で解散し、お互いの家路に向かって歩むのだけど、今日は違った。
彼女は私の腕をつかんだまま、勢いよく私の家とは逆方向に向かって歩いていく。
一言も話さず、ただ必死で歩いている彼女に私も話しかける事ができず、ただ黙って彼女に遅れをとらないよう必死に歩いた。
しばらくして、彼女は大きな屋敷の門をくぐっていく。
「渚・・・ここって!」
そういって足を止める私をほって、彼女はひたすら突き進んでいく。
「ち、ちょっと待ってよ!」
慌てて止まっていた足を走らせ彼女の元へと急ぐ。
長い庭をしばらく歩くと、やっと玄関が見えてきた。
彼女が玄関の扉を開けると、目の前に修行僧が偶然に通り過ぎる。
彼は、私たちの存在に気付き、道を「スッ。」と空け、
「お嬢様、おかえりなさいませ。」
と一礼を行儀よくすると通り過ぎていった。
それには、答えずに渚は乱暴に靴を脱ぎ捨てると、その修行僧が来た方向に向かってスタスタと歩いていった。
いつも彼女の部屋へ直行なのに、今日は違う方角だ。
こっちに何があるのだろう?
不思議に思う私を気にかける風もなく、相変わらず彼女は突き進んでいく。
私も靴を脱ぎ、隅の方に揃えて置き換えると、屋敷に上がった。
すでにかなり先を歩いている渚に、小走りになりながら追いつく。
ここは、渚の家だ。
さっきの状況でわかったかもしれないけど、渚は代々続いている由緒正しき寺の娘。
渚の父親は、各地の寺の住職からも慕われているようで、毎年各地の寺の息子が修行にこの寺に住み込みでやってくる。
そんな素晴らしい家だが、ここには跡取りがいない。
渚は下に中学生の妹がいて二人姉妹。
だから、男の子が生まれなかった時点で、渚の父親は、自分の昔からの友である人の息子と渚を結婚させる事を考えた。
その友人というのは、隣町の住職でそこには男の子が2人いた。
もちろん、その住職も2人の結婚には乗り気で、渚が10歳。彼が14歳の時本決まりになったらしい。
お互いに思いがなければ、それはつらい事だけど、渚とその彼もお互いに惹かれていて、1年くらい前から付き合っている。
その彼ってのが、実は今・・・。
「あっ!」
私は曲がり角から突然現れた影に思わず声をあげる。
私の声に気付き、その人は私に優しく笑い声をかける。
「やぁ、翠ちゃん!いらっしゃい。
明日から夏休みだからって、早速渚と密会かい?」
そう話す彼に、少し前を歩いていた渚は、さらにすごい早足で私たちの所まで戻ってくると、その声の主の頭を「ボカッ!」と殴った。
「いった〜。」
と声を上げるその人に向かって、渚はさらに彼の肩を「グイ。」とひっぱり、背の高い彼を自分の目線近くまでさげる。
誰かに聞かれたら困るけども、彼に怒りたい渚は、彼の耳元に向かって小声で怒鳴った。
「真音(マナト)!!
あんたまだ、おつとめ中でしょ!
馴れ馴れしく声をかけないっ!」
「あっ!」
とバツが悪そうに、真音(マナト)さんは苦笑い。
そして、1回軽く咳払いをすると、気持ちを入れ替えて、私たちの側から一歩下がって軽くおじきをする。
「ようこそ、いらっしゃいました。
どうぞ、ごゆっくり。」
下げていた頭を上げた真音(マナト)さんの顔は、さっきとはうって変わって、見習いの修行僧の顔になっていた。
挨拶をした真音(マナト)さんは、渚にも軽くおじぎをすると、その場を立ち去った。
私は、真音(マナト)さんの顔から笑顔が消えていた事がちょっと、気になった。
なぜって、彼がさっき言っていた渚の彼氏の真音(マナト)さんなんだもの。
だから、2人の仲がちょっと気になって、余計な事と思いながら、渚に聞いてみる。
「ねー、あんな言い方して真音(マナト)さん、怒っちゃったんじゃないの?
大丈夫?」
心配そうにみつめる私に彼女は「平気、平気。」と笑顔。
「だけど・・・。」
と続ける私に、彼女は
「いいから、行くよ!」
と私の腕をまたつかんで、私の半歩先を歩く。
歩きながら彼女は答えてくれた。
さっき彼女がなぜ真音(マナト)さんにあんな態度をとったのか。
真音(マナト)は、今近所の大学に通う2回生。
それで、真音(マナト)さんは私たちより一足先に夏休みに入った。
夏休みの間だけ取りあえず、渚の家に住み込みで、修行をする事になったらしい。
それで、渚のお父さんからの条件は、おつとめ中は渚も含め、この寺に出入りする者に対しては、自分が修行僧だという事を忘れずに接する事。
それが出来なければ、ここでの修行はさせない。と言われたらしい。
「もし、ここで修行しないとなるとどうなるの?」
そう聞く私に彼女は少し寂しげに答える。
「ここから3時間くらい電車で揺られた所にあるお寺に行く事になるのよ。」
「3時間!!」
思わず声が大きくなる私。
それに渚も「信じられないでしょ!」と乗ってくる。
「そんなの行かれたら、夏休み中2ヶ月くらい逢えないじゃない。
だから、私はここで修行してほしいのよ。
だけど、真音(マナト)ったら翠に親しく話しかけちゃってさ。
お父さんが見てなかったからよかったけど。
ドキドキよ。」
彼女は胸を撫で下ろす。
その姿を見て私は「ホッ。」とする。
「何?」
私の様子に彼女は不思議そうにみる。
「相変わらず仲が良くてよかったなーって思って。
二人は私の理想だからね。」
そう笑う私に彼女もテレ笑いを浮かべていたが、すぐに我に変える。
「そんな事、言ってる場合じゃないのよ!
とにかく時間がないから急ぐよ!
こっち来て。」
彼女は私の腕をつかんだままで、今度は長い廊下を走り出した。
しばらく走ると今度は母屋から離れる為に、置かれている履物に履き替えて今度は裏庭に出た。
歩いてすぐに、渚は止まる。
そしてそこの重く閉ざされた扉を開ける。
そこは、渚の家の家宝が、たくさん保管されている蔵だった。
真っ暗な蔵の電気を付け、彼女は「中に入って!」と私をうながす。
ちょっと、ほこりっぽい蔵。
いったいここに何があるっていうの?
私がそう思った時だった。
奥の積み上げられた書物の山を必死でみていた彼女が、「あっ!これこれ。」と言って一冊の古い書物を手にして私の所へ戻ってくる。
その本は、少し変わっていた。
普通の本と違って、表紙は紙ではなく真っ白な布で出来ていた。
とはいっても、かなり古くからそこにあったのか、布の色はクリーム色に変色していた。
そして、その布には見た事もないような華の刺繍が施されていた。
薔薇や百合とも違う。
華やかでいて上品で。
それでいて力強さを感じるような不思議な華。
刺繍糸のカラーも、青と紫のたった二色の原色だけど、それが薄さや濃いさで、たくさんの種類のカラーとして変貌し、それが上品に描かれた華に、さらなる深みを与えていた。
その本を抱えて彼女は、明かりが最も照らす場所へ移動して、
「翠!こっちこっち。」
と私にてまねきをする。
歩み寄った私に、その本をペラペラとめくる。
「これ、見て!」
そういって、ある1ページを開け、私に見せる。
そこには、文章が記されていた。
「何・・・これ!」
意味がわからなくて、彼女を見上げてしまう私。
「この本は先週、ここで偶然にみつけたの。
これだけある本の中で、この本を見たなんて、それだけでも何か不思議な感じがしない?」
彼女はそういいながら、少し笑うと話を続ける。
「この本を見た時は、何気なく読んでたから、言葉までは覚えてなくてさ。
思い出すのに時間がかかったよ。」
そして、今度は、手にしていた本の開いているページに目を移す。
「ここに書いてる『百の夜(ヒャクノヨ)、光のもと、旅立ちの時、来たり。』なんだけど。」
彼女が読み上げてくれたその文面。
意味がサッパリわからない私は、さらに自分で見てみようと文章を凝視してみる。
何度も心の中で唱えてみる。
だけど、一向に意味がわからない。
だまりこくる私に渚が救いの手をさしのべる。
「私も最初はこの文章が何を意味しているか、わからなかったんだけど、翠の夢の話を聞いてわかったのよ!」
「夢??」
さらにキョトンとする私。
彼女は続ける。
「そっ!その夢の話もわけわかんなかったじゃない?
けど、この本と結びつけると、両方とも謎が解けちゃったのよ!」
彼女はチョット自身ありげに胸を張る。
そして、謎解きを始めた。
「翠が何度も同じ夢をみてたじゃない。
あれがね、数えたら今日の朝見た夢で99回なのよ。
つまり、今日の夜で100回目になる。
この本に載ってる『百の夜』にぴったりじゃない?」
確かにね・・・そう言われたらそうかもしれないけど・・・。
結びつけちゃっていいのかな?と思ってしまう私。
だけど、絶対にそうだ!と思い込んでいる彼女はまたしてもハイテンションで走り出す。
「私が思うに、この残りの文章なんだけど、『光のもと、旅立ちの時、来たり。』ってやつね。
夢の世界に・・・というか未来だけど、そこに行けるんじゃないかと思って。
蒼輝くんも『来たら。』って言ったんだから可能性はあると思うのよ。
で、連れて行ってくれるのが、『光』なんだろうけど・・・それが、問題なんだよね。」
と急に彼女の顔が曇る。
「問題って?」
聞き返す私に彼女は、
「その光が何であるか。
もしくは、どこにあるか・・・わかんないのよ。
さらに、タイムリミットは今夜。
零時だと思うのよね。
で、今が・・・。」
そういって彼女は自分の右腕につけている腕時計に目をやる。
「もう8時前だから・・・あと4時間もない。」
「無理かな〜。」
そうボソっという私に渚は「う〜ん。」と頭をかかえる。
しばらく2人して落ち込んでいたけど、急に渚が「よしっ!」と掛け声をかけた。
そして、開いていた本を閉じて大事そうにそれをかかえた。
「ここにいても時間が過ぎていくばっかりで勿体無いから、とりあえず私の部屋に行こっか!」
彼女の言葉に私も「そうだね。」と頷き立ち上がった。
彼女は、先に私から部屋をでるように言い、私が出ると彼女も明かりを消して蔵から出て扉を閉めた。
私たちは、その謎の本を持ったまま、彼女の部屋に向かって長い廊下を歩き出した。
長い廊下を歩いてた彼女は急に、
「ねぇー。」
と私に声をかける。
彼女の呼びかけに、「ん?」と軽い返事をして、顔だけを彼女に向ける。
だけど、私を見つめていた彼女の瞳が、何かを思いつめたような、ただならぬ雰囲気だったので、私は一瞬「ドキッ!」としてしまう。
「どうしたの?」
今度はさっきと比べ物にならないくらい、私は真剣に彼女をみつめる。
彼女はちょっと言いにくそうに口を開く。
「もし、光の場所がわかったら、翠はその・・・行くの?」
それは、意外な言葉だった。
夢の世界にいけるかもしれない!と教えてくれたのは渚だ。
今は光の場所もわからないし、だいたい夢と本との内容を強引に結びつけただけと言われたら言い返したりはできない。
だけど、1%にもみたないことだけど、私は渚を信じてる。
夢の世界・・・未来へいけるのだと。
私は、光の場所がわかれば、もちろん行くつもりだ。
渚も、私が行く事を応援してくれている物とばかり思っていたので、この言葉には本当に驚かされた。
とっさに何も返せない私は、ただ言葉を探して・・・黙り込んでしまう。
私の気持ちを察してか、すぐさま渚が、
「ごめんね。」
と謝る。
「私が言い出した事なんだけど、なんかちょっと不安になってきちゃって。
光が現れても、どこに行っちゃうかなんてハッキリわからないからさ。
なんか翠がこのまま戻らなかったらどうしよう。とか色々考えちゃって・・・。」
そういった彼女の目はすごく悲しい色をしていた。
大切な親友を、こんなに不安にさせてしまって。
私は、いったいどうしたいのだろう。
改めて私は、自分自身の心と向き合って考えてみた。
そして、出た私の本当の気持ちを言葉にしてみる。
「もし、その光が現れて私の見た夢に行けたとする。
でも、そうした事によって、私はもう二度とここへは戻って来れなかったり、最悪死を意味する事なんだとしても・・・私は行こうと思う。」
そう言い切って笑う私に対して、やはりまだわりきれないのか彼女の瞳は悲しい色をしていた。
「あの本にも書いていたように、『旅立ちの時』なんだと思うしさ。
それになにより、私自身があの夢が気になってしかたないのよ。
なのに、その気持ちに気付かない振りして、このまま臆病になって飛び込まない。っていう弱い自分でいたくないんだー。」
言い添えた私に、彼女は「そうだね。」とちょっと力なく答えた。
でも、すぐにいつもの元気な渚に戻って私をみつめる。
その瞳にはもう悲しみの色はなかった。
「現時点では、まだ肝心な『光』が何なのかわかんないんだもんね。
なんとしても突き止めなきゃ!」
そして、「オー!」と右腕を上げる彼女。
その姿に私は思わず笑ってしまう。
「ほらっ!翠も気合い入れるためにやりなさいよ!」
彼女は嫌がる私の右腕をつかんで真上にあげる。
目で「ほらっ!」と訴える彼女に根負けして私もしぶしぶ「オー。」と言った。
それから私たちはまずは出来る事から手を付ける事にした。
零時になって万一、私が未来へ行ける事になった時の為に、まずはアリバイから。
家に電話をして、渚の家にしばらく泊まると嘘をついた。
終業式だったのだから、成績表を見せに今日は帰ってきなさい。という母を何とか丸め込んで、しばらくの外泊を勝ち取った。
普段でも渚の家に泊まったり、反対に渚が私の家に泊まったりは、しょっちゅうだったので、それについては怪しまれる事はなかった。
その間に渚は、渚のお母さんが用意してくれていた2人分の夕食をキッチンへ取りにいき部屋に持ってきてくれた。
渚の家に入った時にすれ違った修行僧が、私が来ている事を渚のお母さんに言ってくれていたようで、ちゃんと私の分もご飯は用意されていた。
私たちは、さっさと腹ごしらえをして、そのあとは、必死になって『光』のありかを探した。
探すと言っても、あてはない。
ヒントとなるのは、あの本に書かれていた文章。
それしかなかった。
私たちはその文章を暗記してしまうくらい何度何度も読んだ。
それだけじゃない。
紙にその文章を書き出して、2人で一字一句、あーだ、こーだと言い合い解読していった。
だけど、『光』の場所がわかる所か、その糸口さえも見えなかった。
時間だけがドンドン過ぎていった。
渚のベッドの側にある目覚まし時計が11時を過ぎた頃、ある声が部屋中に響き渡った。
「あ〜・・・もう、わかんない!!」
彼女はそう言って握っていたペンを放り投げると、後ろにバタンと倒れこみ横になる。
「なぎさ〜、頑張ってよ〜。」
そういう私の声にも力はなかった。
私だって、渚みたいになりたい気分なんだもん。
これだけ頑張ってもわからないなんて・・・ホントどうしたらいいの?
私も心身共に疲れてしまい、テーブルに向かって、うつ伏せになってグテーとなる。
しばらくお互い一言もしゃべらないまま時が過ぎた。
「おいおい!2人共ダレてるね〜、どうしたの?」
その声に私は体を起こして入り口の扉をみた。
渚は・・・天井を見上げたまま寝転がったまま。
そこには、さっきの姿とはうってかわって、Tシャツにジーパン姿の真音(マナト)さんが立っていた。
突然の真音(マナト)さんの出現に驚いて言葉が出ない私。
口をポカーンと開けて彼を見てしまう。
渚は・・・今度はゴロンと寝返りを打って真音(マナト)さんに背中を向けるしまつ。
その姿に、さすがの真音(マナト)さんも納得がいかない様子で、
「なんだよ〜。」
と言いながら渚の横に腰を降ろし彼女のお尻を軽くポンポンと叩く。
それでも、渚は真音(マナト)さんと口を聞かず、ひたすら『光』のありかを考えている。
「どうしたの、コイツ!」
不思議そうな顔で真音(マナト)さんは私に聞いてくる。
「実は・・・。」
そう言いかけた私の言葉をさっきまで黙っていた渚がかき消す。
「もう〜!真音(マナト)!出ていってよ!
今、それ所じゃないんだから!」
渚は勢いよく起き上がって真音(マナト)さんに怒鳴る。
渚のその態度に、私は真音(マナト)さんが反対に怒り出すんじゃないかとハラハラしてしまう。
でも、真音(マナト)さんは別に怒る風も、気を悪くした風もなく、知らん顔でテーブルに目をやる。
「あれ?これ。」
そう言って真音(マナト)さんは、テーブルに置いてあった例の本を手に取る。
それを見た渚の怒りは爆発する。
「ちょっと!それに触んないでよっ!」
その本を奪い取ろうと真音(マナト)さんに襲いかかるが、真音(マナト)さんは身長180センチくらいの長身に対して、渚は私と同じ155センチくらい。
座っていても届くはずがない。
渚は素早く立ち上がり真音(マナト)さんから本を取り返そうとするが、もちろん真音(マナト)さんも負けじと立ち上がる。
さらに、真音(マナト)さんは意地悪して本を持っている右手を垂直に上げてしまった。
こうなってしまっては渚に勝ち目はない。
トンでもテーブルに乗っても届くはずがない。
「もう〜、真音(マナト)。返してよ!
それに、何で来るのよ。今真音(マナト)の相手してる暇ないんだから。」
と付けたし、渚は諦めてその場に座り込む。
「なんでって、いつも逢いに来てる時間だろ?」
恥ずかし気もなくそう答えた真音(マナト)さん。
聞いてるこっちが恥ずかしくなる。
もちろん渚だってビックリ。
「あのね〜、翠の前でそんな事言わなくていいから。
っていうか、翠が来てるんだから、気を使って今日は来ないでよね。」
ちょっと照れくさそうにいう渚が、女の子らしくてかわいく見えた。
だけど、それも一瞬で終わり。
渚は大事な本をいつまでも返さない真音(マナト)さんにまた牙をむく。
「そんな事はいいから、真音(マナト)!
本返してよ!」
そういいながら、立っている真音(マナト)さんの足を軽く叩こうとした渚が手を振りあげるのと、真音(マナト)さんの言葉が重なる。
「これさ、蔵にあった本だろう?
なんで、それがここにあんの?」
その言葉に振りあげていた渚の右手は、真音(マナト)さんの足に届くまでに力尽きてパタと床に落ちる。
そして、私と渚はお互い顔を見合わせる。
「な、なんで?」
渚の言葉の続きを私が言う。
「どうして、真音(マナト)さんがこれを知ってるんですか?」
私の言葉に、真音(マナト)さんは上げていた腕を下ろすと、今度は私と渚の間に腰を降ろした。
真音(マナト)さんは、持っていた本をテーブルに戻しながら口を開く。
「俺らが小さい頃、かくれんぼをよくしてね。
俺の隠れる定番は、渚ん家のあの蔵だった。」
「それって、不法侵入じゃないの!」
渚は、素早くそう突っ込むと自分の肩と真音(マナト)さんの肩をポーンとぶつける。
その衝撃で真音(マナト)さんは、横に少し飛ばされるが、「ハハハ。」と笑いながら「時効だよ。」さらに笑顔。
「だってさ、ここの蔵には変わった本がすごいあってさ。
それを読んでいると、隠れてる間の暇つぶしになるんだよ。」
そういった真音(マナト)さんの顔は、昔友達とヤンチャをしていた子供の顔に変身していた。そんな真音(マナト)さんがチョットかわいく思えてしまう。
のん気にそんな事を思っていたのは私だけ。
渚はすごい剣幕で真音(マナト)さんにくってかかる。
「でっ!この本はいつから、あの蔵にあったの?」
鼻息を荒くして真音(マナト)さんにくってかかる渚に、心の広い真音(マナト)さんもさすがに疑問に思う。
「おいっ!さっきからなんなんだよ!」
そう言われつつも、
「ねっ!いつよ、いつ?」
と、めげず真音(マナト)さんをせかす渚。
渚の勢いにつられて真音(マナト)さんも、自分が聞いた質問なんてスッカリ忘れて、
「いつだっけ・・・。」
と天井を仰いで考え込む。
「あんまり、ハッキリしないけど、小学生の頃に隠れた時には既にあったかな?」
そういいながら、最初に発見した時の事を思い出したのか、「うん!そうそう、小学生の時だった。」と今度は確信に変わる。
その答えに、元気がないのはもちろん私たち。
「そんな前からあったの・・・。」
ため息混じりにそういう渚。
もちろん渚だけじゃない。
私だってため息つきたい気分だった。
この本が、本当に私の夢と関係しているのだとしたら、夢を見始めた百日前から本が出現したのかも?と思っていたから。
違うという事は、この本は夢とは関係がないのだろうか?
それとも、私が見る夢は昔から決まっていて、今日という日が来るまで、ずっとあの蔵で待っていたのだろうか?
2つの考えが脳裏をかすめる。
だけど、どっちにしても、『光』を意味する物は存在しない。
私たちはまた行き詰まり、だんまりになってしまう。
さっきからテンションが上がったり下がったりする私たちが、さらに気になったのか真音(マナト)さんはまたテーブルに戻した本を手に取ると、今度は乱暴にパラパラとページをめくりだした。
「な〜、それより、お前たち、これをわざわざ蔵から持ち出して何してたんだよ!
これ、本といっても・・・。」
真音(マナト)さんの言葉が明らかに変な所で止まる。
お互い下を向いて考え込んでいた私も渚も驚いて、真音(マナト)さんに目をやる。
彼は、私たちにみつめられている事にも気づかないくらいに、その開かれたページを見て驚いていた。
彼の異常な態度に、渚も私も変に思う。
「真音(マナト)、どうかした?」
そう渚が声を掛けるが、それでも真音(マナト)さんは全く気付いていない様子。
「ちょっと、真音(マナト)!」
今度は、真音(マナト)さんの肩に手を掛けて揺らしながら、渚は呼びかける。
すると、やっと言葉を失っていた彼が、搾り出すように言葉を発した。
「・・・も・・・じ・・・書いてたんだ。」
って。
その言葉に、渚は「はあ?」と呆れ顔。
「1ページにしか書いてないけど、これ一応本なんだから当たり前じゃない!
バカな事言わないでしょ!
期待して損しちゃった。」
と渚はまたしても真音(マナト)さんに冷たく当たる。
昔からこの本を知っている真音(マナト)さんが、あれだけ表情を変えたんだもん!
こんな事を考えた。
昔の文面とどこかが変わってて、それが『光』を表す言葉だったとする。
だけど、昔の文面を知らない私たちは、それに気付かなかった。
それで、昔を知っていた真音(マナト)さんは、それに気付き、それがきっかけで『光』のありかがわかるかも!って一瞬期待してしまった。
完全に振り出しに戻り、私たちはお互い口にこそは出さないが諦めていた。
「なー、いい加減なんなのか教えてくれよ!」
すっかり正気に戻った真音(マナト)さんは、手に取っていた本を元に戻しながらいう。
私は、どうしたものかと渚を見るが渚は下を向いたまま動かない。
もうすでに11時半を過ぎてしまった。
私は彼女に「行きたい。」といい、彼女も私の言葉で「行かせてやりたい。」と心から思ってくれていたはず。
だからこそ、必死で考えてくれていたんだと思う。
だけど、もうどうしようもない所まできてしまった。
残念がる私よりも、もっとショックを受けているのは目の前に居る渚だろう。
悔しくて、きっと自分を責めているのだと思う。
それくらい、彼女は責任感が強くて優しい人なんだ。
それが、痛いくらいわかるから、私は真音(マナト)さんに私たちがしていた事をいうべきか悩んでしまう。
できなかった事を口にして、渚はさらに傷つくんじゃないだろうか?
私が躊躇しているのが、渚の態度と関係があると真音(マナト)さんは何も言わなくても悟っていた。
さらに、渚の様子のおかしさに、恋人である彼が気付かない訳がない。
真音(マナト)さんは、困っている私に優しく笑うと、隣で下を向いている渚の頭を優しくポンポンと軽く叩いた。
ただ、それだけ。
優しい言葉なんて一言もかけてない。
なのに、それは追い詰められた渚の心を癒した。
まさに魔法の手だった。
渚は、私たちがしようとしていた事を簡潔にポツリポツリ話始めた。
私は心のどこかで、真音(マナト)さんは私たちのしようとしている事をバカにしたり、呆れたりするんじゃないかと思っていた。
だけど、真音(マナト)さんは話の途中、一度もバカにしたり笑ったりしなかった。
ただ、黙って話を真剣に聞いてくれていた。
渚が全てを話し終えた後、真音(マナト)さんは軽くうなずいた。
「でさー、ようはその光の場所がわかればいい!って事なんだよな!」
簡単に言う真音(マナト)さんに渚が黙っているわけがない。
「簡単に言わないでよ!!
それがわかんないから、こっちは悩んでるんでしょうが!
もう20分もないよ・・・。」
最初は真音(マナト)さんを怒鳴っていた渚だったけど、最後はため息混じりに言う。
そんな渚の顔を真音(マナト)さんは覗き込む。
「な、なによ!」
驚く渚に真音(マナト)さんは、ニッコリの笑顔をしてなんとブイサイン。
私も渚も呆気に取られたものの、すぐに我に返り声を合わせて言う。
「うそっ!わかったの?」
真音(マナト)さんは、さらに満面の笑顔を浮かべて私たちを見る。
そして、その視線はすぐに自分の腕時計に移される。
すでに、11:45を示していた。
「もう、こんな時間か。」
真音(マナト)さんは、そうつぶやくと私に向かって言う。
「ここからその光まで走れば5分で着く。
急げばまだ間に合うから、急いで荷造りして、蔵につながる裏口で待っててくれ。
俺も、玄関から翠ちゃんの靴を取ってから、そこに向かうから。
じゃ、あとで。」
そして、渚に、
「お前も急げよ!」
真音(マナト)さんはそういうと、立ち上がり部屋を出て行こうとする。
そんな彼の右腕を渚は慌ててつかみとる。
前に進もうとしていた真音(マナト)さんの体は、渚の方へと引き寄せられ、彼も驚く。
「・・・なんだよ。」
驚きながら問う真音(マナト)さんに、渚の言葉が勢いよく襲いかかる。
「なんだよじゃないよ!今のどういう事よ!
光の場所がわかったって、本当なの?」
「うん。」
とアッサリ答える真音(マナト)さん。
そんな言葉で納得するはずもなく渚の攻撃は止まらない。
「どうやってわかったのよ!
あの本には何もヒントは載ってなかったのよ!
なのに何で?
間違いでした。じゃすまないのよ!
わかってる?」
頭っから疑いにかかっている渚に、真音(マナト)さんもちょっとショックだったのか、「はあー。」と肩を落としながら小さなため息。
そのあとは、
「この時間のない時に・・・。」
とぶつくさと愚痴を言い出す。
だけど、『光』の実態を話さない限り私も渚も動かない。と悟った彼は早口で話し出した。
「蔵の裏に、木の生い茂っている森みたいな所があるだろう。
あれの中心に飛びぬけて大きな木がある。
それは、『時空を結ぶ木』と言われ、先祖代々受け継がれ大切に守られている木だと以前お前の親父さんから聞いた事がある。
十中八九それだろう。」
「そんな話、娘の私ですら聞いた事ないわよ!」
反論する渚に、真音(マナト)さんは即答する。
「俺は、この寺の後継者だ。
親父さんが俺に言うのは当たり前だろ!
次にあの木を守るのは俺なんだから。」
そうハッキリ言った真音(マナト)さんの言葉に渚は言葉を失う。
何も言わないけど、真音(マナト)さんの腕を握っていた渚の手が離れた事が、真音(マナト)さんの言葉を信じたという証拠だった。
真音(マナト)さんは、優しく渚の左腕にポンと触れ、「じゃ、急げよ!」と口にすると部屋から出て行った。
彼の言葉に、本当に光が存在するのだと知った私は少し放心状態になってしまう。
そんな私の肩を「ドン。」と渚が押す。
「早く、荷造りするわよ!」
彼女の言葉に私はうなずいた。
それから、わずか3分弱で私たちは急いで準備をして渚の部屋を飛び出した。
荷造りと言っても、何を持っていっていいかわからない私たちは、とりあえず私の持っている肩からさげるカバンよりは、両手が動く方がいいだろう。という事で、渚の持っている黒いリュックを借りて、必要最小限の物を詰め込んで背中にしょった。
やがて蔵につながる裏口が前方に見えてきた時、そこに立っている真音(マナト)さんの姿も見えた。
「例の時空の木のあたりが、やたらと明るいんだ。
とにかく急ごう!」
そういって、渚に持っていた懐中電灯を1つ渡すと、真音(マナト)さんは私たちよりも先にもう1つの懐中電灯で足元を照らしながら、一足先に進んでいった。
私たちも彼の後に、大急ぎでついていく。
しばらくして、前方を歩いていた真音(マナト)さんが足を止め立ち止まる。
私たちが真音(マナト)さんの側まで行った時、彼が口を開く。
「これだ!」
そういって、彼が指差した先には、彼の言った通り本当に大きな木があって、その木は眩しいくらいに金色に光っていた。
真音(マナト)さんは、その金色の光に向かって自分の腕を照らす。
「あと、3分で零時になる。
翠ちゃん!この木の幹に両腕をあわせてみて。」
私は真音(マナト)さんに言われるがまま、両腕を幹にあわせようと一歩前に踏み込んだ。
その時、渚の
「翠!」
と呼ぶ声が、次の一歩を踏み出そうとしていた私の足を止める。
私は踏み出すかわりに、渚の方に振り返った。
その瞬間、私は彼女に抱きつかれる。
「渚?」
突然の事で驚く私に、渚は一言。
「絶対に、無事に帰ってきてね。」
と口にする。
私は何も言えなかったが、しっかりとうなずいた。
それを見ていた真音(マナト)さんが、
「渚っ!時間がないんだよ!
早く離れる!」
と私から渚を「ベリ。」っとはがす。
時間がなかったのも確かだけど、もしかしたら渚に抱きつかれた私にちょっと嫉妬したのかもしれない。
そう考えると何かおかしくて、勝手に顔がニヤけてしまう私。
そんな私に渚が、「忘れる所だった!」と例の本を差し出す。
「これは、翠が持って行ったら?」
差し出された本を、受け取ろうとした私の手よりも先に真音(マナト)さんが、その本を取り上げる。
「真音(マナト)?」
不思議そうに真音(マナト)さんをみつめる渚に、
「これは、渚が持っていた方がいい。
この本が、異世界にいく翠ちゃんとを結ぶ唯一の物になるんだから。」
真音(マナト)さんのその言葉に、渚は深く頷くと、差し出されたその本を大事に両手で抱きしめた。
その時だった。
目の前の樹木が、この上ない程に金色に強く輝いた。
私も渚も、その光の強さに動く事も忘れて、ただその光にみとれていた。
そんな私の体を動かしてくれたのは、真音(マナト)さんの言葉だった。
「翠ちゃん、早く手を合わせるんだ!」
真音(マナト)さんの声に体が操られるように、勝手に両手が金色に光る幹にピタっと合わさった。
すると、触れていた手が徐々に、その強い光を放つ樹木の中に吸い込まれていく。
そして、私はアッという間に、金色に光る幹の中に飲み込まれていった。
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