鮮やかな色をした二匹の豹が、この色のない森をひたすら北へ向かって颯爽(サッソウ)する。
夢で体験した通り、豹のスピードは一言で言うと・・・すごすぎる。
高速道路を100キロで走っている車の窓から、顔をのぞかせた感じ。
もしくは、私の嫌いなジェットコースターが直線をものすごいスピードで疾走している時に感じる感覚。
だけど、それより何より、私はある事に必死だった。
それは・・・ヒビキさんに振り落とされないようにする事!
デコボコ道じゃなくて直線のへいたんな道を走っているはずなのに、蒼輝の背中に乗っていた時のような余裕は私にはない。
あの時よりも、強い風圧に目を開けれないし、必死でつかまっているから、もちろんしゃべる事だってできない。
私はただ、ヒビキさんの首に回している両腕に力を入れる。
だけど、私の腕は限界にきていた。
指先がしびれてきて、力を入れているのかどうかも、わからなくなるくらいにマヒしていた。
もう、ダメかも・・・。
私が心の中で、そうつぶやいたと同時に私の両指が完全に感覚を失い、ヒビキさんの首から数ミリ離れた。
私の上半身が、風圧で後ろに飛ばされる。
「うわ〜!」
驚いて声を出し目を開ける。
目を開けた私に映ったのは、ヒビキさんの首からさらに指が離れる瞬間だった。
ダメ、落ちちゃう!
強くそう思った時、ヒビキさんのスピードがガクンと落ちた。
急にスピードが落ちたので、今度は私の体は前につんのめる。
ヒビキさんの頭を越えて私の頭が前に出る。
地面に叩きつけられる!
と思ってとっさに目をつむる。
そして、もうじき襲ってくる衝撃に備え体に力を入れる。
だけど・・・・。
いくら待っても衝撃は来ない。
私は恐る恐る目を開ける。
広がる景色は、目をつぶった直後のままだった。
なんで?
と不思議に思った時、私の前のめりに浮いた体が、ゆっくりと後ろにひっぱられ、ゆっくりとヒビキさんの背中の上に戻る。
何にひっぱられたのかと、後ろを振り返る。
「これはっ!」
私を救ってくれたのは、意外な物だった。
それは、ヒビキさんのしっぽ!
前のめりになって落ちそうになった私の腰に、ヒビキさんがとっさに自分のしっぽを巻きつかせてくれたおかげで、私は落ちずにすんだ。
ヒビキさんの背中の上で、座りながら「ホッ。」とする私。
そんな私の側に、トーワくんが心配気に近づいてくる。
「翠ちゃ〜ん!大丈夫?」
その声に私は「うん。」と答えながら、ある事に気付く。
それは、ヒビキさんもトーワくんも完全に立ち止まってしまっているって事!
後ろから2人組みの男たちが追ってきていて、急がなきゃいけないこんな時に、私に辛抱がないばっかりに二人の足を止めてしまった!
私は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ごめんなさい・・・止まらせてしまって。」
そして頭を下げる私。
その姿に、優しいトーワくんは「ブンブン。」と首を大きく振る。
「翠ちゃんのせいじゃないよ!」
と言うと、右前足でヒビキさんをおもいっきり指す。
「ヒビキが悪い!乱暴な走り方するから!!」
さらに、口をふくらませて「もうっ!」と怒っているトーワくん。
その姿に、私は慌てて弁解する。
「違うのよ!トーワくん!
ヒビキさんのせいじゃないのよ。
ただ、私に辛抱がなくて・・・ホントにごめんなさい。」
さらに頭を下げる私。
悲しそうに「翠ちゃ〜ん。」と言うトーワくんの声が、下げている頭の上から聞こえてきた。
「ヒビキも何とかいいなよ!
翠ちゃんがこんなに頭下げてるのにさっ!」
ヒビキさんに対してさらに、プンプンするトーワくんに、私は下げていた頭を勢いよくあげてトーワくんに、
「トーワくん、いいんだって!ねっ。」
と言う。
ヒビキさんが怒るのも無理はない。
ヒビキさんは本当に、安全な道を進んでくれていたんだから。
それなのに、私が足ひっぱっちゃって、怒るのも無理ないよ。
さらに自己嫌悪の私。
「怒ってないよ。」
その言葉に私は驚く。
だって、ヒビキさんが怒ってるって私は、心の中で思ったんだよ!
なのに、なんでその答えをヒビキさんが言うの?
不思議でならない私を置いて、ヒビキさんは続ける。
「やっぱさー、蒼輝と翠ちゃんは特別なんだな〜って思ってさ。」
ヒビキさんのその言葉に、さっきの疑問はかき消され、今度はそっちの言葉が気になる。
「どーいう事ですか?」
聞き返す私にヒビキさんは、顔を私の方に向ける。
「蒼輝が翠ちゃんを降ろした『緑豹国』の入り口の光までは、まだ半分くらいあるんだ。
蒼輝の背中の上では、アイツと話せるくらい余裕があったし、つかんでいる手も平気だったんだよね?」
「だけど、あれは、夢の中での話だし。
それに、蒼輝のスピードが遅かったからかもしれないし・・・。」
その答えにヒビキさんは、
「夢ねぇ・・・。」
とつぶやく。
その言い方が何となく気になったけど、ヒビキさんがすぐに言葉を続けたので、その時の私は彼に聞き返すほど気にはしてなかった。
「あの時のアイツは、ハンターから逃れる為に、必死だったからね。
俺以上にスピードを出してたよ!」
って事は・・・どういう事?
黙ってしまう私の変わりに、口を開いたのはこの人。
「じゃあさ、じゃあさ。ヒビキが乱暴だった!って事なんじゃないの?」
自信満々に言うトーワくんの言葉に、
「俺より乱暴なお前が言うな!」
と厳しいつっこみを入れたヒビキさんは、また私を見る。
「そもそも動物の背中に乗るなんて、翠ちゃんの世界では、珍しい事だろう?
腕の力の入れ方とかも全然わからないだろうし、こうなって当たり前なんだよね。」
「でもさ、でもさ、蒼輝の時は、へっちゃらだったんだよね〜。
じゃ、おかしいじゃん!
やっぱり、ヒビキが乱暴者なんだよ〜。
ごまかそうとしても、僕はだまされないぞぉ〜!!」
なんて言って、ヒビキさんの真ん前まで歩み寄り、ヒビキさんの顔を「じー。」と見ているトーワくん。
だけど、そんな彼に一瞬も目を合わさずに、完全に無視して、ヒビキさんは私だけを見て話を続ける。
「俺と蒼輝では体つきが全然違う。
俺の方が体はデカイし、筋肉の付き方も蒼輝は強化された体だから、均等のとれた体つきをしてるしね。
蒼輝の体が、翠ちゃんの体系に合ってるんだよ。
だから、さっき以上のスピードでも、そんなに腕の力を入れなくても平気だったんだと思うよ。
それに、あと波長も合うんだろうな!
だから、あの状況で二人で話す事が出来た。
蒼輝もかなり驚いたんじゃないかな?」
ヒビキさんの言葉に、あの時の事を思い出す。
夢で、蒼輝の背中に乗った時、私が彼に「ねぇー。」と最初に話しかけ、応答がなかったので、もう一回声をかけた。
あの時、私はただたんに、無視されただけなのかと思っていたけど、違ったんだ。
ヒビキさんの話を聞いて、私は納得する。
だって、ヒビキさんの言う通り、蒼輝もさっきのヒビキさんと同じようなスピード・・・いや、それ以上出していたんだとしたら、私は絶対に話しかけられない!
無理に決まってる。
なのに、私たちはあのあと普通に話をして、森の中を走っていたんだ。
私の中で新たな疑問が増えた。
なぜ、蒼輝だけ特別なのか?
私の中で、彼の存在が徐々に大きくなっていく瞬間だった。
それから、ヒビキさんはかなりスピードを落として走ってくれた。
後ろから近づいてくる2人組みの存在が、気になったけど、ヒビキさんの、
「ここまでくれば、少々スピードを落としても、大丈夫だろう。」
という言葉に甘えて、少しスピードを落としてもらった。
とは、いっても60キロくらいで走っている車なみ。
目は何とか開けられるが、風をもろに受ける為、しゃべる気にはなれず、黙って景色を見ていた。
やがて、ホンのわずかな大きさだった『緑豹国』への入り口の光がドンドン大きくなり、あっ!という間に私たちを包んだ。
その光の先は、夢に見た通り、変わらない森の景色に色がほどこされていた。
私はその森を見て思った。
ここで、私は蒼輝に降ろされ会話をしたのだと・・・。
そう!「した。」と感じてしまう。
実際は、夢のはずで、私は体験はしていない。
なのに、どうしてかわからないけど、思い出のように懐かしく感じてしまった。
ヒビキさんやトーワくんは足を止める事なく、そのままのスピードで、この鮮やかな森を駆け抜ける。
5分くらい走った時、少しヒビキさんのスピードが落ちる。
そして、少し私の方に顔を向けた。
何か言いたそうなヒビキさんの表情に私は、ヒビキさんの顔に自分の顔を限界まで近づける。
ヒビキの声が聞こえるくらいまで、私の顔が近づいた時ヒビキさんは口を開く。
「この森を越えると、今度は村を越えないといけない。
このスピードだと、通りすがりの人に翠ちゃんが俺の背中に乗っている事がバレてしまう。
今は翠ちゃんの存在を村の人にはバラしたくないんだ。
さっきのより、もうちょい早いスピードなら、すれ違う村の人には、俺たちが通ったとはわかるが、上に乗っている翠ちゃんの姿までは見れない。
だから、しんどいとは思うけど、5分だけ耐えてくれないかな?」
ヒビキさんの言ってる事は全くわからない。
村?人?
今からヒビキさんたち豹が暮らす住み家へ連れて行ってくれるんじゃなかったの?
村を通り過ぎないと、その住み家に行けないのかな?
さっぱり理解できないけど、とにかく耐えなきゃなんないのよね!
私は、さっき迷惑をかけた分も頑張らなきゃ!と自分を奮い立たせる。
「はい!5分頑張ります!」
私はそういって、ヒビキさんの首に回している腕に力を入れる。
ヒビキさんは、「ありがと。」と私にお礼を言うと、
「トーワ!タイムリミットは5分だ。
スピードだせよ!」
と声をかける。
それに対してトーワくんは、
「だ〜れに向かって言ってるのさ!
僕は一番スピードが出るんだぞ!
ヒビキなんかに負けないんだから!」
とヒビキさんに挑戦的!
どうやら、さっき止まった時に、今度は自分の背中に乗ってもらえると思っていたトーワくんは、また自分の背中に私を乗せたヒビキさんが許せないみたいで・・・ご機嫌ななめみたい。
そんなトーワくんに、ヒビキさんは「はぁー。」とまた一つため息をつく。
「お前さ〜・・・言っててはずかしくないの?」
もちろんトーワくんは、「全然!」と言って胸をはる。
その姿に、さらに情けないヤツだと言わんばかりな目でトーワくんを見るヒビキさん。
「速く走れるのは、お前の唯一の取り得なんだから、速く走れて当たり前なんだよ!
それを、自慢気に言うなっ!
見ているこっちが恥ずかしい・・・。」
その言葉に、
「恥ずかしいって、どーいう事だよ!!」
とトーワくん、初の怒り。
ち、ちょっと・・・大喧嘩が始まるんじゃないの?
ドキドキする私に、今後の展開を大きく左右するトーワくんの攻撃は・・・。
「あっかんべーだ!!」
と両目を「キュッ!」とつぶり、舌を思いっきり「ベー。」と出してる。
「アハハ。」
思わず笑っちゃう私。
そうだよねー、トーワくんならこんな攻撃よね。
これが蒼輝なら、「俺が速く走れるからって、ひがんでんじゃねぇーよ!」とか言いながら、一発蹴りとか入れちゃってさ。
ヒビキさんと大喧嘩になりそうだけど・・・。
そう思いながら、蒼輝とヒビキさんの喧嘩を想像して、また「クス。」と笑ってしまう私。
「蒼輝の性格、よくわかってんじゃん!」
ヒビキさんの言葉に私はまた驚かされる。
まただ!
さっきもそうだったけど、私が心で思っている事に対しての返事を、ヒビキさんは私にしてくる。
一体どうして?
聞こうとした私の目に今までとは違う明るさの光が差し込んできた。
生い茂る木々によって、光が遮断され本来の明るい緑を出す事ができなかった森の緑たちとは違って、目の前に広がる緑は、何もさえぎるものがなく、たっぷりと光を含んだ明るい緑色たちが私を迎えてくれる。
森を完全に抜けたのだ。
って事は、これが村?
私は目の前に広がるその『村』に呆気に取られる。
それは、村というには大きかった。
大きさ的には東京ドームが縦に2コくっつけたくらいの大きさ。
左右は、よくみれば奥までちゃんと確認できた。
だけど、奥行きはかなりあるので先の方までは見れない。
ただただ口を開ける私に、
「いくぞ!」
とヒビキさんの声が聞こえる。
私は、我に返りさらにヒビキさんにしがみつく。
それを確認したヒビキさんは、スピードを最大まで上げて村を突っ切って行く。
「あ〜!ヒビキ!フライングだよ〜!
待って、待って〜!!」
と後からトーワくんが追いかけてくる。
私は目をつぶりながら、必死で数を数えていた。
思ったより・・・5分は長かった。
すさまじい風に、息をするのもやっとの私。
目をつぶりながら、心の中で必死に5分をカウントしていた。
カウントが4分を過ぎた頃、ヒビキさんのスピードが徐々に落ちて行き、私が目を開けていられるくらいのスピード。
車での60キロくらいのスピードになった。
私は目を開ける。
「なっ!」
第一声はこれ。
だって、当然地を走っているのかと思っていたのに、今いるここは・・・崖の上。
もちろん階段なんて付いていない。
想像を絶するくらいの大きくて高い岩山。
そんなに急斜面ではないので、ヒビキさんの背中から落ちる事はなかったけど、あまりの高さに私の体は硬直した。
現時点では、ビルの10階くらいに位置する高さまで登っていた。
彼らは、平気な顔をして、その岩山の斜面に上手に足をかけ、スタスタと軽快な足取りで上へ登っていく。
ここでもそうとう恐いのに、ヒビキさんはまだまだ上へと進んでいく。
「まだ、上に登るんですか?」
弱々しい声で聞く私に、ヒビキさんは、少し私の方に顔を向ける。
「下を見てごらん。」
冗談じゃない!!
と思ったけど、私を見るヒビキさんの瞳がすごく優しかったので、降参。
しかたなく、私は恐々下にある景色に目をやった。
「うわぁ〜、すっごーい!!」
上から見渡せば、この『村』の状況が一目瞭然だった。
『村』と呼ばれたここは、まさに昔の日本。
田舎を思い出すような町並みだった。
マンションやビルといった物はもちろんないし、お店だってもちろんない。
あるのは、家と田畑だけ。
木材で造られた家は、決して大きくもなく、生活する上で必要な広さしかないような大きさ。
そんな家が、数多く立ち並んでいた。
田畑には、植物もあれば、生活に欠かせない穀物や野菜などが育てられていた。
所々の家には、馬や牛や鶏がいたが、そんなに数は多くない。
まさに、余計な物が一切存在しない場所。
人が生きていく上で、最小限度必要な物しかない。
贅沢にならないように、誰かが支配している・・・そんな事を感じさせるような『村』だった。
さっき、私が森を抜けて、この『村』に入って来た時、あの場所からは左右は見れたが、遥か前方の奥までは見れなかった。
でも、今ならわかる。
なぜなら、今私がいるここが、その一番奥だから。
つまり、私はわずか4分弱で、東京ドームを縦に2こ並べたくらいはあるような直線を、端から端まで走った事になる。
そして、実際端まで来てわかった事。
一番奥にあったのは、天にまで突き刺さるかのように、高くそびえた岩の塊。
さらにはそれは、横にも続いている為、それが、この村の壁となっていた。
これより先には進めないし、先を見る事もできない。
完全に行き止まりだった。
そして、その壁の前に、一つの大きな岩山がくっついていた。
それが、今ヒビキさんが登っている岩山。
この岩の上に一体何があるのだろう?
もしかしたら、この上に、豹の住み家があるのかも!
私は、どんな所に連れていかれるのか、ヒビキさんの背中でドキドキしていた。
登っても登っても見えなかった岩山のてっぺんが見えてきた。
ちょっと、「ホッ。」とする私。
結局この岩山・・・ビルでいうなら30階くらいはあるかも!
私は、登ってきた道中を、「チラ。」と振り返る。
当たり前だけど、信じられないくらいの距離と斜面。
これ・・・どうやって降りるの?
自分で登るのも絶対無理だけど、何より降りれない!
ジェットコースターも乗れない私が、ヒビキさんの背中に乗って、この斜面を降りれるわけがない!
想像しただけでも・・・血の気が失せる。
ドラム缶の中に入って、転がしてもらった方が、安全で早いかも!
と本気で考えてしまう。
まっ、だけど下の村は、たんなる通過点だろうから、関係ないか。と思ったりもするけど、最初にいったヒビキさんの言葉・・・。
「今は村の人にはバレたくない。」がどうしても気になる。
ヒビキさんたちは、村の人と交流があるのかな?
色んな考えを頭に巡らしていたけど、「フッ。」と目の前に広がる景色を見て、私の頭は一気に真っ白になった。
「なに・・・これっ!」
口を開けて見とれる私に、ヒビキさんは、
「すごいでしょ?」
と笑いながら言うと、走っていた足を歩きに変えて、一歩一歩その『ある物』に向かって近づいていった。
『ある物』とは・・・お城。
下で見た『村』の生活とはうって変わって、この世界にはホントに似合わない程、立派なお城。
そのお城までには、ちょっとした庭があり、そこには所狭しとバラやコスモスといった、心が和むような色とりどりの花たちが、育てられていた。
綺麗に手入れされた庭。
さらに、左右には綺麗なアーチ型に整えられた花が、お城の玄関まで続いていた。
その花のアーチを私たちは、くぐって行く。
近づくにつれて、そのお城は翡翠で出来ているのだとわかる。
上品で高貴な感じを漂わせる外壁。
見れば見る程、そのお城が本当に高価な物なんだと実感する。
いったい、ここに誰がいるのだろうか?
それに、豹である彼らがどうして、ここに来る必要があるの?
その時だった。
お城の入り口に、人影が見えた。
それは、豹ではない。
人間の影だ。
そして、ヒビキさんは、その人に向かって歩んで行く。
やがて、その人の前で足を止めると、
「翠ちゃん!着いたよ。」
と一声かけると、私を降ろす為に、その場で座り込み、私が降りやすいように、体勢を崩した。
私は、目の前にいる人が気になりつつも、ヒビキさんの首から手を離し、地を確認しながら慎重に下に降りた。
降りた私に、出迎えてくれた人は、ニッコリと笑い深々と頭を下げる。
「よく、いらっしゃいました。」
と言われても、何が何だかわからない私はただ、その人を「ボー」と見て突っ立ってるだけ。
そんな私に、体を起こして立ち上がったヒビキさんが、私の前に来る。
「いろんな疑問はあるとは思うけど、それは後で全部話すから。
とりあえず、今必要な事だけ伝えておくよ。」
ヒビキさんはそういうと、今度はさっき挨拶をした人の側へと移動する。
「彼女は、この城で使用人として働いているランだ。
それで、翠ちゃんには、この世界にいる間は、この城で生活してもらう。
翠ちゃんの世話は、全てランにまかせてあるから、何でも彼女に言ってくれ。
年も同じくらいだから、気が合うと思うよ。」
そういうと、今度はランさんに向かってヒビキさんは声をかける。
「1時間くらいしたら、俺は、いつもの所にいるから、彼女を連れてきてくれ。
その間、悪いが彼女に、だいたいの話はしといてくれないか?
すぐに、本題に入りたいから。
よろしくな。」
その言葉に、ランさんは頭をさげ、
「はい、かしこまりました。」
と丁寧に答える。
「じゃ、翠ちゃん後で。」
ヒビキさんは、私にそう言って笑いかけると、「トーワ!」と彼を呼ぶ。
トーワくんもヒビキさんの所に歩いて近寄る。
「ランちゃん、翠ちゃん!後でねぇ〜。」
トーワくんも笑顔でそういうと、二匹はお城の扉を肩で押して開けて、中に入っていった。
豹がお城に入る・・・。
人間が、豹に頭を下げる・・・。
あとで、説明するからと言われても・・・やっぱり気になるよぉ〜〜。
思わず、「はぁー。」とため息が出る。
そんな私を、ランさんは見ながら「クス。」と笑う。
その声に、私は彼女を見る。
「確かに、困惑されますよね。」
彼女の言葉に、
「はい。」
と即答プラス深く頭を下げてうなずく私。
その姿に、さらに笑う彼女。
「少しずつ知っていかれたらいいです。
時間はありますから。
まずは、お城の中に入りましょう!
翠さまのお部屋にご案内致します。
さっ!どうぞ。」
彼女はそういうと、玄関の扉を右手で開けると、すばやく中に入り扉を左手で押さえなおし、右手で「どうぞ。」と私を促す。
私も素直に、彼女が勧めるまま、城の中に入る。
私が入って彼女は扉を閉めた。
「翠さまのお荷物はこれだけですか?」
背中にしょっているリュックを、ランさんは指さす。
「うん。何持ってきたらいいか、わからなくて・・・。」
と答える私に、彼女も「確かに・・・。」とうなずく。
そして、右手を私の前に差し出し、
「お持ちします。」
と優しく微笑む。
悪いな〜。とは思ったけど、断ってもきっと何度も言われるだろうなー。と思ったので、私は素直に、リュックをおろすと、
「お願いします。」
とランさんに渡した。
彼女は、「お預かりします!」と言うと、私の荷物を大事そうに抱えた。
「では、まいりましょうか。」
ランさんは、そういうと私の半歩前を歩き出した。
そんな彼女に付いて、私も城の中へと歩いていった。
玄関から入ってすぐに、長い廊下が続いていた。
そこを、進むと上へつながる階段が現れた。
私たちは、その階段を2回あがり、お城の3階にいた。
そして、そこにも続く長い廊下を、ひたすら黙って歩く。
何を話していいのかわからない私は、ただランさんの後を付いて歩いた。
しばらく歩くと、いくつかの扉があって、その中で一番奥にある部屋の前で、ランさんは足を止める。
「ここが、翠さまのお部屋です。どうぞ。」
と言いながら、ノブに手をかけ重くて頑丈そうな扉をひいた。
彼女にうながされ、開けられた部屋に一歩踏み込んだ私は、思わずそこで立ち止まってしまう。
ランさんはというと、、扉を閉めると、今度は部屋の中にスタスタと入って行った。
リビングまで行くと彼女は、締め切っていた大きな窓を、順番に開けていく。
彼女は開ける手を止めずに、私に顔だけを向けて口を開く。
「靴のままでかまいませんので、どうぞお入り下さい。」
その言葉に私は返事に困る。
だって、すっごく綺麗なじゅうたんが部屋中に、はりまぐらしてあるのよ。
そこを、普段使っている汚れた靴で上がるのは、いくら「どうぞ。」と言われても気が引ける。
私は、どうしても1歩が踏み出せず、そこで立ち往生する。
その様子に、ランさんも気付いたのか私に助け舟を出してくれる。
「翠さまの足元にスリッパがありますので、よろしかったら、そちらをお使い下さい。」
彼女に言われるがまま、私の目線は足元に注がれる。
彼女の言った通り、そこには花柄のかわいらしいスリッパが一足たてかけてあった。
私は、「じゃ、使わせてもらいま〜す。」と言うと、それに履き替えた。
これで、心置きなく中に入れるぞ!
私は意気揚々と部屋の中へと進んだ。
リビングに辿り着くと、私の足はまたしても止まった。
だって・・・すごいんだもん!
何かと言うと、この部屋。
入り口から少しの廊下を歩いて出た先は、20畳はありそうな広いリビング。
広いだけじゃない。
そこに置かれている家具もすごい。
中央に置かれた洋風のデザインの、高そうなテーブルと座り心地がよさそうなクッションが使われたお洒落な形をした2脚のイス。
さらには、大きな窓側に置いてある、清潔感あふれるくらい真っ白な2人掛けのソファー。
リビングと対面にあるキッチンの側には、細かな模様が掘り込まれた食器棚があり、そこには使うにはもったいないような食器の数々が並べられていた。
それだけじゃない!
彼女が今開けている窓の側に備え付けられているカーテンも、華やかな色に染まった布に斬新なデザインがほどこされていた。
ここにある物全てが、貴重で高価な物だとう事は見れば、一目瞭然だった。
まさに、ここは外国映画に出てくるような高級ホテルそのもの。
私なんかが使っていいわけがない。
言葉を失い、ただ呆然とする私に、気分を変えさせる程のいい香りが届く。
入り口にいる時は、全く気付かなかったけど、この部屋全体にその香りは充満していた。
「ランさん、この匂いはなんですか?」
思わず聞く私に、彼女は心配気に私をみる。
「これは、ラベンダーのお香です。
あっ!もしかして、翠さま、苦手な香りでしたか?」
「ううん、違う、違う!」
と私は急いで否定。
その態度に、彼女は少しホッとする。
「ラベンダーは、この国では、ある所でしか採れない幻の物なんです。」
「ある・・・ところ??」
聞き返す私に、全ての窓を開けた彼女は私の元に歩み寄ってくる。
「このお城の後ろにそびえ建っている巨大な岩の壁があったと思いますが、その壁とこのお城の間に本当に小さいですが、裏庭があります。
ラベンダーは、そこでしか育たないのです。
ですから、ただ見て楽しむだけでは、もったいないので、色んな物に加工して保存して使っているのです。」
彼女はそういうと今度は、
「それでは、お部屋の説明をしますね。」
そういって、リビングを中心に左右にある扉の向こうの説明をし始めた。
まずは、左の扉を開けてみる。
そこは、寝室だった。
洋風なデザインのおしゃれなベッドが置いてあり、側には小さめだけど、かわいらしい洋服ダンスがあった。
その中で、私の目にとまったのは、ヒラヒラのレースのベッドカバーだった。
「すっごい、かわいい〜。」
思わず歩み寄って、カバーをくいいるように見る私。
私の喜びに彼女の顔は緩む。
「気に入っていただけてよかったです!
これ、私(ワタクシ)が作ったんです。」
「えっ!これ、ランさんが作ったの?」
カバーを握り締めて聞き返す私に、「はい。」とハッキリ答える彼女。
マジマジとカバーを見てみる・・・。
裁縫がからっきしダメな私には、一生かかっても、こんなの作れないよ。
ランさんって、すごい人なのかも。
私の方が、ランさんに敬語使わなきゃなんないんじゃないの?
そんな事を考えてしまう私だった。
次に案内されたのは、リビングの右側にある扉の向こう。
そこは、浴室と洗面台とお手洗いがあった。
「部屋のご説明は以上です。」
彼女はそういうと、浴室前の脱衣カゴに置いてある布を手に取ると、それを私に差し出した。
「翠さまの事は、村の人はもちろん、この城に仕えている者でも知らない者が大勢います。
翠さまのお洋服は、この国では存在しない物ですので、不審に思われてしまいます。
どうか、これに着替えてもらえますか?」
私は、うなずきながら差し出された布を受け取ると、それを広げてみた。
それは、ライトイエローのワンピース。
見るからに、心がやわらぐような優しい色。
フリルがあるわけでもなければ、形も決して凝ってる物ではなかったけど、体にピタっと合いそうな形をしていた。
そのワンピースで、私が一番目を引いたのは、スカート部分に施されている花の刺繍だった。
それは、花びらの数が多いけど、花がそんなに大きくないせいか、1つ1つの花びらが半分くらい重なり合って咲いていた。
黄色の刺繍糸のみが使われていたが、濃いさや薄さを上手に使い分け、その花を丁寧に表現していた。
実際の花を見たわけではないけど、これを見ているだけで、この花の美しさが目に浮かぶようだった。
黙ったまま、その花の刺繍にくぎづけの私にランさんは、「クス。」と上品に笑う。
「その花・・・気に入りましたか?」
「うん!すっごいきれ〜。」
彼女を見て即答する私。
「その花は、『アンバークィーン』と言います。」
「アンバー・・・クィーン・・・?」
聞き返す私に彼女は、さらにニッコリ。
「バラの一種です。
普通一般に知られている赤いバラに比べると、大きさも小さい上に、色も黄色なので理屈でいうと、あまり目立たない影の花であるのが普通。
でも、この花は違います。
小さいけど、その存在感は赤いバラにも負けない程、堂々としてます。」
「そうなんだ〜。」
彼女の話を聞きながら、いつのまにか、またその刺繍に目が移っていた私は、あいづちを打ちながらも、その花をじっと眺めていた。
そのようすに、ランさんは意味深な言葉を発する。
「さすがですね。」
「ん?」
私は彼女を見る。
「・・・?なにが?」
意味がわからない私は、彼女に聞いてみる。
「翠さまのワンピースは、新たに作った物なんです。
ここでは、洋服といえば、一色の布に花の刺繍が施されているというのが主流です。同じ花の刺繍の人もいますが、だいたいはその花はその人をあらわす花。
とても意味のある物なのです。
そして、これを着る翠さまの花を決められたのは、唯一翠さまに逢われた方。
その方が、翠さまにはこの花がいいとおっしゃったのです。」
まさか、その人って・・・。
私は恐る恐るその人の名前を口にする。
「そ・・・うき?」
ランさんは、優しく笑ってうなずいた。
「この部屋も、蒼輝さまが選ばれたんですよ。
この城で、空いているお部屋の中で、リビングの窓から綺麗に村の景色が見えるのは、ココだけなんです。
他は、登って来た高い岩山がさえぎって、村が見えにくかったりするんですよ。
この景色は、翠さまの心をなごますだろうから、この部屋にしてやってほしい。と蒼輝さまが。
蒼輝さまも、翠さまがここに来られる事を、心から喜び、楽しみにしてらしたんですよ。」
そんな言葉を聞いて、私が喜ぶわけがない。
普通なら、「どうして、蒼輝は現れないの!」とかいって、ランさんに詰め寄るよね。
だって、迎えにも来なかったうえに、緑豹国に着いても、姿を現さない蒼輝。
本当は私だって、逢いたくて仕方ないのだ。
だけど・・・夢と同じでどうも、彼の事となると、素直になれない私。
ついつい、強がってしまう。
「はるばる来たんだから、それくらい気にかけてもらわなきゃっ!
ねぇ〜。」
とランさんに笑いかける私。
ランさんも、「フフ。」と笑いながら、
「確かに、そうですね。」
と答えてくれる。
きっと、彼女には私が強がっているのは、わかっていたのかもしれない。
だけど、彼女はそんな私に気付かないふりをしてくれる。
やがて、「あっ!!」と叫ぶと、何か重大な事を思い出したのか、急に深刻な顔になる。
「翠さまに、お伝えしておかないといけない事があったんです!」
深刻そうな彼女とは裏腹に、私は「な〜に?」と気楽に聞き返す。
「ここには、水路はありません。
ですので、翠さまの世界にある『水道』という物は、ここにはないんです。」
「そうなんだー。」
私は、普通に答える。
答えたものの後から、「ん?」となり、私の頭は動きを止める。
さっき、ランさんが言った言葉が頭の中でリフレインする。
『水道はない。』
『水道は・・・ない。』
・・・・。
「え〜〜〜!!!」
私が、大口を開けて、大声で叫んだ事は、いうまでもない。
水道がないって・・・どうやって生活するのよ!
こんな高い崖みたいな所にある城にいて水道がないって。
まさか、下にあった『村』の井戸から水を汲んでくるとか??
また、いろんな事が頭で回る。
「翠さま、落ち着いて下さい。」
彼女は私にそういって笑うと、この国の事を話し始めた。
「この国では、『水』は限られた分しか手に入らない貴重なものなのです。
なので、『水路』を作る余裕などないのです。」
そこまで聞いて疑問が生じる。
「ねぇー、でもさっき、登って来る時、『村』を見たけど、食物や植物が枯れずに育ってたじゃない!
水路がないと、育てるのは難しいんじゃないの?
わざわざ井戸から取ってきてるの?
でも、それじゃあ、あの広い土地・・・無理よね?」
私の言葉に彼女は、洗面台に置いてある、ある物の上に右手を「ポン。」と乗せる。
「これを、使ってるんです!」
それは、直径20センチくらいの水晶だった。
パッと見ただけでは、わかりにくいけど、注意深く見ると、玉の8分目の所まで何かが入っていた。
透明な液体って事は、彼女のさっきの発言から推測すると、これは・・・水?
でも、この玉にはどう見ても蛇口は付いてないし・・・。
持ち上げるにしても、かなり重そうだし・・・。
・・・割って出すの??
目の前の得たいの知れない物体に、またしても頭を悩ます私。
水晶を、隅々まで見るけど、わかるはずもなく私は降参。
ランさんに目をやる。
「説明しますね!」
彼女は優しくそう言うと、洗面台の棚の上にあった、うがい用のコップを左手にとる。
そして、さっきの水晶のド真ん中。
つまり、左右を真半分に線を引く。
そして、上下を真半分に線を引く。
それが、交わった丁度ド真ん中の所。
そこを、彼女は指差す。
「ここ、見て下さい。」
彼女の言われるがまま、私は彼女の指先をじっと見た。
確かに、水晶のド真ん中に、薄い小さなひっかき傷みたいなのがあった。
「ここに、指先をあてます。」
彼女はそういうと、さっきの薄い小さなひっかき傷みたいな所に、右手の人差し指をあてる。
「そして、心から思うのです。
『開け』って。」
彼女はそう口にし、指を水晶から離す。
「なっ!」
目がテンになる。
だって、さっきの傷があった辺りに、ほんのわずかだけど、直径1ミリ程の小さな穴が開いてるんだよ。
信じられないのは、それだけじゃない!
確かに穴は開いてるのよ!
なのに、中の液体は一滴もこぼれでない。
私は、不思議でたまらなくて、ただその水晶をくいいるように見ていた。
そんな私を置き去りにして、彼女は次のステージへ進む。
今度は、さっき空いた1ミリ程の穴の前に、左手に持っていたコップをそえる。
そして、右手の掌を水晶のてっぴんに「ペタン」と置いて、こう言う。
「心から『出ろ。』と思って下さい。」
その声と共に水がコップに注がれる音がBGMで流れる。
たった1ミリの穴から出ているとは思えない程、勢いよく出ている水は、あっという間にコップにたまる。
「『止まれ』と心で思うと・・・このように、止まりますから。」
淡々と説明する彼女を、口を開けてポカ〜ンと見ているのは私。
まるで、マジックを見ているかのようだった。
だって、あの硬い水晶が、彼女が『出ろ』と言った瞬間から、右手で押さえられて形が簡単に変形していったんだよ。
たぶん、水晶を押す力の強弱が、出る水の強弱に比例しているんだと思うんだけど・・・あの硬い水晶が、どうしてあんなに簡単に押せるの?
それに・・・。
私は、もう一回水晶をじっと見る。
中で波打っている水は、さっきと同じ8分目を指している。
「どうして、減らないの?」
いくらコップ1杯の水しか出してないとはいえ、全く減らないのは変でしょ?
「これくらいでは、減りません。」
彼女は、一言そういうと、今度は浴槽に続く扉を開けた。
大人2人が余裕で入れるくらいの大きな浴槽が、姿を現した。
彼女の行動が読めない私は、ただ彼女をみる。
「この浴槽でいうなら、100回くらいは満タンに出来るくらいの水が、この水晶の中には入っています。
なので、ちょっと使っただけでは、見た目では減りません!
この水晶で、1ミリ程になれば、あと浴槽に1〜2回注げる程しか残ってないと思って頂けたらいいと思います。」
あっけらかんと答える彼女に私は・・・。
「100回って・・・。」
それ以上、言葉はでなかった。
しかし、こんな夢のような話、誰が信じられると思う?
いったい、これはなんなの?
完全に疑いのまなざしで、その水晶を見ている私。
そんな私に、彼女はこの水晶のカラクリを説明してくれる。
「この水晶は、緑豹国では、『玉(ギョク)』と呼ばれております。
玉は、この世界が『Wonder Land』と『緑豹国』の2つの国に分かれた時に、緑豹国の初代王であった蒼(アオイ)様が、創案された物と言われております。
念じる事によって、『開く』『出る』『止まる』『閉じる』ができるのは、創案者である蒼(アオイ)様が、強い『念動力』の持ち主であったからと言われております。
蒼(アオイ)様の力が『玉』に受け継がれたのでしょう。
そして、この『玉』は先ほども言ったように、たくさん入りますし、鮮度はそのままで、保存できますので、緑豹国にとって貴重な水を保存するには、最適な物なのです。
他にも、色んな物を玉に入れる事ができます。
ただ、この『玉』にはある『制約』があって、誰にでも使えるわけではないのです。」
「せいやく??」
あまり聞いた事がない言葉に、私の頭はクエッスチョンマークが飛び交う。
「『玉』が完成した時、蒼(アオイ)様は『二つの制約』を神様とされたそうです。
その一つが、『緑豹国の人間以外の物が使う事は出来ない。』というものです。
なぜ、そのような制約がなされたか、翠さまは想像がつきますか?」
もちろん、わかるはずもない。
この夢物語みたいな話に付いていくのがやっとで、考える暇なんてない!
私は、「ブンブン。」と首を振る。
その様子に彼女は、
「では、想像して下さい。
この『玉』いっぱいに、火薬を詰め込んで、『燃えろ。』と念じれば、どうなるでしょう?」
私は、目の前にある玉に目をやり、想像してみる。
これに、火薬が詰まってると言う事は、あのお風呂が100コあって、それに火薬が入っているんだよね。
それが燃えたら・・・。
「!!」
彼女の言おうとしている事を、やっと理解した私は、玉から目を離し彼女をみる。
彼女はうなずき、
「そうです。
緑豹国なんて、一瞬で火の海になって滅んでしまいます。
悪用される事を、蒼(アオイ)様は、恐れられたのです。」
「なるほどね〜。」
と納得し、その蒼(アオイ)様は、なかなかの策士なんだと、感心して頷く私。
だけど、「フッ。」と我に返って、重大な事に気付く。
「ち、ちょっと!ランさん!
だったら、私には、この『玉』使えないよ!!
私、緑豹国の人間じゃないもの!」
思わず声を荒げていう私に対して、彼女は慌てる風もなく笑顔で、
「大丈夫ですよ!」
と答えてる。
「そんな事言ったって・・・。」
とブツブツ言う私に、彼女はこう言う。
「論より証拠ですよ!
実際に、やってみましょう!」
さらにニッコリ笑顔のおまけ付き。
そのスマイルに「いや。」とは言えない私。
ランさんは、躊躇している私の右手を容赦なくつかみ、『玉』に近づける。
私の指先が、さっき水が出た1ミリほどの穴に覆いかぶさるように置かれた。
「さっ!」
彼女は私をうながす。
だけど、なかなか勇気がでない。
これが出来なかったら、私は緑豹国にはいられなくなるかもしれない。
ここまできて、蒼輝にもあえず、何も解決しないまま元の世界に戻されてしまうのだろうか?
いろんな事を考えると、どうしても一歩が踏み出せない私。
縮こまる私に、ランさんは、優しく微笑みかけてくれる。
「大丈夫です!」
その優しい言葉と優しい笑顔が、私の心を少し軽くしてくれた。
よしっ!
私の心は決まった。
『玉』に押し当てている人差し指に、神経を集中させ、目もそこ一点をみつめる。
余計な事は一切考えずに、今はただ目の前にある玉の穴を塞ぐ事だけ。
それだけで、頭をいっぱいにした。
そして、心から願い思いを口にする。
「穴よ、閉じて。」
そう言ったものの、私はすぐに指を離す事ができなかった。
押さえている人差し指の感覚で、1ミリの穴が塞がったかどうかは、慣れない私にはわからなかった。
しばらくの間指が離せない私は、そのままただ突っ立っていた。
それに対して、ランさんはせかす事もなく、黙って一緒に私の気持ちが落ち着くまで付き合ってくれていた。
「じゃ・・・離すね。」
意を決してそう言う私に、ランさんは「はい。」とシッカリと頷きながら返事をする。
「えいっ!」
私は、かけ声と共に一気に指を『玉』から離した。
すぐさま、2人の目は『玉』にくぎつけ。
そして、今度は勢いよくお互いをみつめあう。
「やった〜!!」
声が重なり合った瞬間、私はあまりの喜びに彼女に抱きつく。
彼女は、「すご〜い。」と笑いながらいっている。
私だって、信じられないよ!
こんなマジックみたいな事ができるなんて!!
もちろん、緑豹国限定のマジックだけど・・・。
でも、これで、もう少しここに居る事ができる。
それが、本当にうれしい事だった。
「それでは、これで何とか水の出し方は大丈夫だと思いますので、着替えたり手を洗ったりして下さい。
私は、キッチンでお茶の用意をしてますので、支度ができたらリビングにいらして下さい。」
彼女の言葉を聞きながら、私は抱きついていた体を彼女から離す。
私は、リビングに続く扉に手をかけ、ここを出て行こうとしている彼女のうしろ姿をみて、ある事を思い出す。
「あっ!ランさん!
ちょっと、待って!!」
慌てて彼女を呼び止める私に、ランさんは振り返る。
「お願いがあるんだけど。」
「おね・・・がい?」
私の突然の申し出に、彼女は首をかしげて聞き返してくる。
「これから、ランさんとは長い付き合いになると思うのね。
だから、この丁寧語やめよ!
すごく気を使っちゃうから。
同じ年くらいなんだから、タメ口にしようよ。
翠って呼んでくれていいから。」
「ですが・・・。」
と彼女は即座に切り返してくる。
「翠さまは、異世界から来られた特別な方ですので、丁重にお仕えるするようヒビキさまに念をおされておりますので、それは・・・。」
と言葉を濁す。
まっ!こう言われる事はわかっていた。
私だって、バカじゃ〜ない。
豹であるヒビキさんに対して、あんな態度を取るって事は、ヒビキさん達は、ランさん。
いや、この緑豹国の人たちにとって、偉大な人なんだって、なんとなくわかってる。
そんな人から命じられた事を、私なんかが「タメ口にして。」と言った所で、「はい、そうですか。」ってならない事だって十分理解している。
してるんだけど・・・私だってこんなの、肩こってしかたないよ!
なんとか、ならないかな〜。
必死で考える私に、一つの名案が浮かぶ。
「じゃあさ、こうしよう!
丁寧語はやめて、敬語くらいにする!ってのは?。
だから、『さま』もやめて、『翠さん』って呼んで。
ねっ!お願い!これにして!」
そういって両手を合わせて目をつぶり、彼女に向かって「お願いっ!」と拝んでみる。
でも、反応がない彼女に、今度は頭を下げて拝む。
私の姿に、困り果てた彼女は、「はぁー。」とため息をつく。
やっぱ、ダメか・・・。
と諦めかけた時だった。
「翠さまには、参りました。
確かに、翠さまとは長い付き合いになりますものね。
実は、正直にいいますと、わたくしも苦手なんですよ。
丁寧語って。」
彼女のその言葉に私は、目を開けて顔を上げる。
目の前には、笑っている彼女がいた。
「では、私はこれで。
早く着替えて来て下さいね・・・翠さん!」
そういうと彼女は、ドアノブに手をかけ扉を開ける。
彼女が出て行く姿を「ボー。」と見ていた私は、閉まっていく扉のわずかな隙間から慌てて彼女に向かって叫ぶ。
「ランさん!ありがとう。」
って。
彼女は、閉まりかけの扉の隙間から、右手を出し、私に一瞬手を振ったが、すぐに扉は「パタン。」と音を立てて完全に閉まった。
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