レンガで出来た壁。
外との温度差があるせいか、レンガの壁には、露(ツユ)が付着していた。
それはやがて、水滴となり、重力で地表へと落下する。
何度も何度も繰り返されているのか、その水滴が落ちる場所には、水のクッションがひかれ、水滴が落ちるたびに、ポチャンと音を奏(カナ)でていた。
上を見てみる・・・。
ここは、地下なのか、信じられないくらい天井が高い。
遥か上空に、小さな窓が見える。
そこが、ちょうど地表の地面となるのか、そこからは、空も景色も見えなかった。
ただ、その窓が与えてくれるのは、弱々しい光だけ。
そんなところから入る光なんて、遥か下に続くこの床まで、到底届かない。
だから、ここは、本当に・・・暗い。
薄暗く、色を認識する事も出来ないくらいの暗さ。
水滴が音を奏でる・・・。
暗い闇の中・・・。
その中で漂う空気も、体を刺すくらいの冷たさなんだろうと・・・予測がついた。
その時だった。
さっきまで、聞こえていた水滴の音とは違う音が聞こえたのは。
「ガシャン、ガシャン・・・ギシギシ・・・。
はぁ・・・はぁ・・・。
ゲホゲホ・・・。」
壁に備え付けられている鎖を、思いっきり何度も何度も、引っ張ったような音。
荒く乱れた呼吸。
そして、苦しそうに咳き込む声。
まるで、体の中にある何かを、吐き出してるような・・・そんな咳き込み方だった。
私は、暗闇の中、目を凝らして見てみた。
「あっ・・・。」
思わず声が出た。
さっきまで、誰も居ないと思っていたその場所に、人影が見えた。
さらに、じっとみると・・・。
その人は、壁からつながっている鎖に両腕をクロスにされてつながれ、腕を後ろに回されている。
両足はひっつけた状態で、鎖でしばられ、その先端には、重そうなおもりが2個もつけられていた。
足を動かそうとしてるけど、相当重いのか、数ミリ右に動かすのが、やっとみたいだった。
顔は下を向き、彼の髪がバサっと前に垂れているので、顔を見ることはできなかった。
色が失われているこの空間で、この人が誰なのか・・・。
私には、わからなかった。
「誰?誰なの?」
私はそう言って、一歩その人に近づく為に踏み込んだ時だった・・・。
「・・・い・・・翠っ!!」
その声に、私は呼び寄せられ、勢いよく目を開けた。
目の前に広がった景色に、私はゴクンと唾を飲み込みながら、ユックリと体を起こした。
そんな私の肩を抱きしめてくれる渚。
「大丈夫?すっごい、汗かいてるよ。」
そう言いながら渚は、側にあったタオルを私に差し出してくれた。
私は、それを受け取りながら、
「ごめん・・・また、寝ちゃった・・・。」
と苦笑い。
「それは、いいけど・・・。」
と渚は言いながら、私から目を離し、後方に向けた。
そして、テーブルに座って、書物を見ているある人物に言葉を投げた。
「真音(マナト)・・・これって、やっぱり、“向こう”が原因?」
渚の言葉に私は、顔を拭きながら、真音(マナト)さんに目をやった。
2人に注目された真音(マナト)さんは、書物をパラパラとめくると、パタンと音を立ててしめると、体ごとこちらに向いた。
「たぶんね・・・。」
真音(マナト)さんは、それだけしか言わなかった。
いつもは、もっと色々詳しく言ってくれるのに、今は・・・いや。
今回だけは、多くを語らない。
それが、無性に恐くて、気になって・・・私はたまらないの。
だけど、勇気がもてなくて今まで言い出せなかった。
実は、さっきの夢は、これが初めてじゃないの。
1ケ月前くらいから、突然見始めて・・・。
それから、毎日同じ夢を見るようになった。
でも、ここ1週間くらいは、この夢を1日に4,5回は見るようになった。
そう、1日に4、5回・・・。
つまり、知らない間に私は寝てるの。
そして、この夢を見る。
別に、眠いわけじゃないのに、いつの間にか寝てて・・・これを見せられちゃう。
それについて、渚は、
「夢のせいで、ゆっくり眠れないから疲れてて、それで居眠りしちゃうんだよ。
でも、その居眠りでも夢見ちゃってるわけだから、意味ないけどね・・・。」
というけど、私は、なんか納得できなくて。
その行動も・・・実は気になってた。
だから、それも含めて聞いてみることにしたの。
「ねぇー・・・真音(マナト)さん・・・。」
タオルを口に当てながら、真音(マナト)さんを見つめて、しどろもどろになりながら真音(マナト)さんに声をかけた私。
それに対して、「ん?」と答えた真音(マナト)さんだけど、目を見たらわかった。
「何が聞きたいの?」って・・・そう言っている目だったから。
だから、私は、物怖じせず、自分の想っていることを彼にぶつけてみた。
「いつの間にか眠ってて、この夢を見る。
それが、私が向こうへ戻る7月24日に近づくに連れて、頻度が増してきてる気がして・・・。
これは、渚がいうように私が疲れているから居眠りしちゃうって・・・そうは、思えなくて・・・。
真音(マナト)さんは、どう思いますか?」
それに対して、真音(マナト)さんは、少し考えると、「あのさ・・・。」と口にしたかと思ったら、私の側まで来ると、私と渚の間に座った。
「これは、あくまで俺の推測・・・。
だけど、それは、あまりにも恐ろしい推測だから。
だから、今まで、翠ちゃんには言わないでおこうと思って言わなかったし、俺自身も思い過ごしであってほしいという願いがあったから、口にしなかったんだけど・・・。」
あまりに、真剣な真音(マナト)さんの顔と言葉に、私は恐くて何も言えなかった。
こんな時、ホントに渚は頼りになる。
私の代わりに、真音(マナト)さんに言ってくれた。
「何?何なの!ハッキリ、言ってよ!!」
渚の突っ込みに、「まー、待てって。」と笑った真音(マナト)さんは、渚から私に目線を移動させると、私を優しい瞳で見た。
「どう?翠ちゃん・・・聞く度胸ある?」
改まってそう言われたら、かなり恐いかも・・・。
でも、そうも言ってられない。
だって、実は、私が向こうに行く7月24日って、あと数時間後なんだもん。
そう。今は、23日の深夜11時になった所。
そして、今朝、書物に文字が表れた。
『同じ時間(トキ)、再び道は、開かれる』と・・・。
だから、ビビッてなんて、いられないの。
あと、1時間もしたら、私は向こうの世界にいかなきゃならないんだから。
私は、グッと体に力を入れて、自分自身に気合を入れる。
そして、口からタオルを離すと、真音(マナト)さんの方に体を動かした。
「お願い・・・します・・・。」
気合いを入れたにも関わらず、びびってる私は、声がうわずった上に、途切れ途切れになっちゃってるし・・・。
おいおい、大丈夫か?って感じだけど、真音(マナト)さんは、「よし。」と兄貴みたいな笑顔になると、私の髪を優しくなでた。
そして、すぐに手を離すと、浮かしていた腰を床につけ、あぐらをかいた。
さっきまで、とても優しい顔だったのに今は・・・とても、真剣な顔つきに変わっていた。
「まず、翠ちゃんが気にしてる、どうして居眠りをしちゃうかってやつは・・・。
たぶん、その夢に出てきてる人が、翠ちゃんに見せてるんだと思うよ。」
「へっ?」
もちろん、私と渚とのオマヌケな声が重なった。
私たちコンビが、こんな声を出すのに、もういい加減慣れた真音(マナト)さんは、平気な顔で、続きを始めちゃう。
「ここからは、俺の推測だけどね・・・。
たぶん、その夢に出てきている人は、ラウオに捕まっている人だと思う。
その人が、翠ちゃんに、メッセージを送ってるんじゃないかな?
翠ちゃんが、向こうへ行くのが近付くに連れて、たくさん見てしまうのは、彼が願っているから。
“俺が、こうなっている事を、知っていてくれ。”
その人からのメッセージじゃないかと・・・俺は思うんだ。」
って事はよ・・・。
「つまり・・・。」
と言った私の後を、渚がつなぐ。
「夢に出てきた人は、ラウオに捕まっている人なんでしょ?
なら、蒼さまだよね。」
確かに、今ラウオに捕まっているのは、蒼さま。
そう言われたら、髪が長いのも、背格好も似ていた気がする。
でも、だったら、おかしくない?
だって、蒼さまが、捕まっている事は、私も含めてみんな知ってる事じゃない?
今更、あの夢の人が蒼さまだって、推測されても、私何も驚かないよ。
だけど、真音(マナト)さんは、私にあの夢で見た事が、現実に起っている事だと言いたくなかったわけで・・・。
ということは・・・。
急に、何かが胸をキューっと押しつぶした。
今、考えている事が嘘で合ってほしいと、私は願った。
その思いは、右手に拳を作って、その手で胸を抑えて下を向いている私の姿で、真音(マナト)さんには伝わったみたい。
「大丈夫?」
と優しい声をかけてくれた。
だけど、私は、私の顔をのぞきこんできた真音(マナト)さんに、その質問に対しての答えじゃなくて、別の答えをすごい剣幕で聞いてた。
「あれは、誰なの?まさか、蒼輝??」
そう口にした途端、目頭が熱くなるのを感じた。
蒼輝が私を思って、そして私に自分が今置かれている光景を見せようとした?
ラウオに捕まってしまったの?
心臓の鼓動が、どんどん速くなる。
右手に作られている拳が、少し小刻みに震え出す。
その手を、渚が両手で握ってくれる。
「翠、しっかりしてよ!」
渚は私に渇(カツ)を入れると、真音(マナト)さんに聞いてくれる。
「どうなの?その夢の囚われている人は、蒼輝くんなの?」
だけど、真音(マナト)さんは、「そこまではわからない。」と力なく首を振った。
「わかんないって・・・・。
それじゃあ、何ならわかるのよ!
真音(マナト)がわかる所まで、言ってよ!!」
怒り出す渚に、
「ホント、お前って、翠ちゃんの事になると、おっかないよな・・・。」
と苦笑いの真音(マナト)さんだけど、「そうだな・・・。」と口にすると、彼の考えを教えてくれたの。
「翠ちゃんが察した通り、あの夢の囚われている人は、蒼さまではないはずだ。
彼が囚われている事は、誰もが知っているからね。
そして、あの夢は、さっきも言ったように、囚われている人からの翠ちゃんへのメッセージ。
つまり、あの人が囚われている事を、向こうの人は誰も知らないんじゃないかな?」
「知らないって・・・どういう事?」
渚の言葉に真音(マナト)さんは、「さぁ?それは、わかんないけどね。」と笑って答えると、続けた。
「あの囚われている人は、一体誰かわからない。
翠ちゃんが今まであったことがない人かもしれなし・・・。」
そこまでいった真音(マナト)さんは、急に次の言葉を言うのを慌ててやめた。
だけど、・・・ううん。だから、余計に後に続く言葉がわかったの。
私に気を使って、渚もわかっていただろうけど、何も言わない。
でも、そんな弱い自分じゃいけないと思ったの。
これから、ラウオを倒しに行くんだよ。
こんな事で、心がふらついているようじゃ、また蒼輝たちに迷惑をかけるもん。
その囚われていた人が、私に夢を見せてくれたって事は、私を必要としてるって事でしょ?
だったら、ちゃんと現実を受け入れなきゃ。
例え囚われの人が、蒼輝でも・・・。
そう思ったら、自然と笑ってた。
「もしかしたら、向こうの仲間の誰かかもしれないし、蒼輝かもしれないって事だよね・・・。」
私はそう言った後、真音(マナト)さんを見る。
「さっき、わからないと言ったけど・・・。
本当は真音(マナト)さんは、検討がついてるんじゃないんですか?
真音(マナト)さんの考えを聞かせて下さい。
誰だと・・・思いますか?」
それに対して、真音(マナト)さんは教えてくれないかと思った。
私の心を乱すからと・・・言わないかもって。
でも、私の覚悟も、そして、私が感じたように、こんな事で動揺してちゃいけないとわかっているから・・・。
真音(マナト)さんは、答えてくれたの。
「俺も、翠ちゃんが思っている人だと思うよ。」
って。それに対して、私は「やっぱり・・・。」と思えた。
だけど、渚は、かなりテンションアップで、真音(マナト)さんにつっかかる。
「なんで、そんな事言うのよ!
だったら、根拠を教えてよ!!
蒼輝くんだ!っていう根拠を!!」
ホント・・・自分でも意外だった。
だって、その答えを、真音(マナト)さんじゃなくて、私が渚に答えてたから。
自然と、知らないうちに口が開いてた。
「ラウオに捕まれば、みんなには情報が流れるから、わかるでしょ。
誰かわからないのは、こっちにいる私だけ。
そして、もし、囚われたのが、トーワくんやヒビキさんだったとしたら、わざわざ私に知らせなくてもいいじゃない。
向こうへいけば、わかるんだから。
だけど、こっちにいる私に、早く知らせたかった。
自分はラウオに捕まっていると・・・。
向こうに私が着くよりも、早くに知らせたい。
そう思う人は、向こうには一人しかいないもん。
蒼輝が、私に教えてくれたんだと思う。
私が来ても、自分はいない。
でも、ガッカリするな。俺は生きてるからって。
そう・・・言ってくれたんだと思う。」
自然と涙は出なかった。
蒼輝がたとえ囚われていても・・・。
向こうへ行って、すぐには逢えないにしても・・・。
それでも、無事に何とか生きてくれているなら、それで充分。
絶対に、私がラウオの元から、彼を助けてみせる。
今は、ショックよりも、悲しいよりも、そんな思いが私の心を満たしてた。
「だけど・・・。」
黙って私の話を、聞いていた真音(マナト)さんだったんだけど・・・。
急にそんな言葉を、重い雰囲気で口にした。
驚いた私は思わず言っちゃった。
「だけど・・・なんですか?」
って。すると、真音(マナト)さんは、「う・・・ん。」と首を傾けながら眉間にしわを寄せる。
「なんか・・・ひっかかるんだよな。」
「ひっかかるって・・・何が?」
すぐに渚は、そう切り替えしてきた。
それに対して、真音(マナト)さんはまた、「う・・・ん。」と今度は反対に首を傾けると、腕を組んで・・・考え込む。
「だぁー!!もう!!気になる!!
なんなのよぉー!!」
いきなりそう叫んだかと思ったら、渚は、真音(マナト)さんの真後ろに移動すると、彼の背中を両手でバシバシ叩いた。
「なっ、なんだよ!!っていうか・・・痛いって!!」
容赦なく叩く渚の両手をつかんだ真音(マナト)さんは、「なんだよ。」と呆れた口調で言う。
「イライラするのよ!真音(マナト)が、曖昧な態度取るから!!」
といった渚は、叩けないものだから、顔を思いっきり、イーとして、真音(マナト)さんにイライラをぶつけた。
その顔に、真音(マナト)さんは、噴出し笑いをしてた。
「悪い悪い。曖昧か・・・。
確かに曖昧だな。俺にもハッキリわかんないからね。」
と半分笑いながら言った真音(マナト)さんは、笑いを徐々に薄れさせながら、私に話しかけてきた。
「俺も、翠ちゃんがいうように、あれは、蒼輝くんだと思う。
っていうか、その方が、理屈的にはあってる気がする。
現に、ラウオは、蒼輝くんを狙ってくるはずだから。
彼が囚われている事に、何も不自然はない。
だけど・・・だから、余計に気になるんだ。」
「気になるって?」
「蒼輝くんがラウオに捕まる事は、翠ちゃんも心のどこかで、覚悟はしていたはずだ。
現に今、自分でその事を口にできるくらい、気持ちはシッカリしていたんだからね。
そして、きっと、蒼輝くんも覚悟はしていたはずだ。
自分が、必要以上に狙われて、最悪捕まってしまい、翠ちゃんとの再会を阻止されるかもって。
そして、何より、蒼輝くんはわかっていたはずだよ。
翠ちゃんが、心のどこかでそういう不安を抱えたまま、戻ってしまう事・・・。だよね?」
確かに。私は蒼輝に帰りたくないと泣いたとき、蒼輝は言った。
『俺がラウオにやられそうで、恐いか?』
と・・・。
真音(マナト)さんの言う通り、蒼輝も私も、捕まる事を覚悟してたし、お互いが覚悟し合っている事も理解してた。
でも、それが・・・何?
目で、訴えた私に真音(マナト)さんは、「つまりね・・・。」と口にすると、彼のひっかかる事を教えてくれた。
「わざわざ、夢を通して、翠ちゃんに教えるかな?って。」
「それって・・・どういうこと?」
「それこそ、向こうにいけば、蒼輝くんが捕まった事なんて、すぐにわかるわけだし。
それに、翠ちゃんが向こうへ向かう1ケ月も前から、蒼輝くんが捕まっている情報を流すなんてさ。
翠ちゃんが、心配するのはわかってるだろ?
そんな事を、蒼輝くんがするかな?
彼の性格なら、何が何でも、翠ちゃんに隠そうとするんじゃないかな?
自分が捕まっている事も。
自分がどういう状況にいるかって事も・・・。
そう・・・思わない?」
「そう言われたら・・・そうかも・・・。」
私はそう言いながら頷いていた。
蒼輝の性格を考えたら・・・そうだよね。
真音(マナト)さんが言っているのが、合っていると思う。
私を悲しませたり、私に心配をかけたりするのが、蒼輝は一番嫌がるもん。
そんな彼が、私にこんな夢を1ケ月も前から見せる?
確かに・・・変かも。
って事は・・・。
「一体、あれは・・・誰??」
それに対して真音(マナト)さんは、首を振った。
「わからないよ。
だけど、ただ言えることは、翠ちゃんが見た夢には、深い意味があるという事だ。」
「深い意味?」
「そう。」と頷いた真音(マナト)さんは、私を真剣に見た。
「思い出してくれ。
1年前に見た夢のことを・・・。
その夢で、翠ちゃんは、青鳥国(セイチョウコク)を訪れていた。
一緒にいたのは、蒼輝くんとトーワくんと、もう一人の男。
あれは、結局サンガだったけど、あの夢の事があったから、命の危険がわかっていたのに、蒼輝くんは『自分は死なずに、未来がある』と信じてバリアを張った。
きっと、あの時みたいに、今回の夢も翠ちゃんやみんなを導いてくれる重要なものだと思うんだ。
だから、翠ちゃん。
前の時と、同じ過ちを繰り返さないように・・・。
窮地に陥った時こそ、この夢を思い出すんだ。
きっと、勝利への道につながると思うから。
囚われている人は誰か。
そればっかりに、気を取られていると、重大な事を忘れてしまうかもしれない。
今は誰か!って事よりも、夢の内容を忘れない事。
夢の内容を、鮮明に覚えておくようにね。」
真音(マナト)さんは、そう言ったあと、ニッコリ微笑むと、私の髪を軽くポンポンと叩き、立ち上がった。
「どこいくの?」
と聞いた渚に、
「そろそろ時間だ。
支度するだろ?
樹木のある裏口にいるから。」
と答えた真音(マナト)さんは、さっさと部屋から出て行ってしまった。
「ホント・・・勝手なんだから。」
と渚は怒っていたけど、私は何となくわかった。
きっと真音(マナト)さんは、ここに・・・私の側に居辛かったんだと思う。
100%の答えを与えられない自分に。
私の不安をかき消すことが出来ない自分に。
苛立ちと情けなさを感じたんだと思う。
私のサポートをする為に、自分はここにいるのに、私の力になれなかった自分の無力さに情けなくなったんじゃないかな?
だって、さっき私の髪に触れた真音(マナト)さんの手から、伝わってきたから。
「ごめんね。」って思いが。
「ねぇー、渚。」
真音(マナト)さんが出て行ったドアを見つめて、まだプンプン怒っている渚を呼んだ私。
急に私に呼ばれて、渚は「何よ!」と勢いに任せて私にもツンケンに答えると、こっちを見た。
そんな渚の顔を、両手で優しくサンドした。
「な・・・なに?」
と驚く渚に私は、優しく微笑んだ。
「そんなに、怒らないで。
渚は、私と蒼輝との恋を実らせようと、いつも必死で頑張ってくれてるのは、わかってる。
でも、私の事ばっかりじゃなくて、真音(マナト)さんも支えてあげて。
私を導く為に、真音(マナト)さんも必死で頑張ってくれてるんだから。
渚のことだから、私よりも何倍も何十倍も真音(マナト)さんの頑張りもプレッシャーも、わかってると思うけど・・・。
だから、余計にあーやって、真音(マナト)さんのお尻を叩くような発言をしちゃうんだろうけど。
でも、時には抱きしめてあげてね。
私にしてくれてるみたいに・・・。
渚の温度は、本当に落ち着くから。」
私はそう言って渚から手を離すと、さらにこう言ったの。
「渚と真音(マナト)さんは、私の理想だよ。
私も蒼輝と、2人みたいにずっとずっと一緒に居たいって思うもん。
2人みたいに、『空気みたいな存在』っていうのになりたいしね。」
そう言って笑う私に、渚ったら、泣いちゃって。
「やだぁー、なんで泣くかなー。」
と言いながら、私はティッシュを数枚取ると、渚の顔に押し付けた。
「だってぇー、翠がガラにもない事いうから・・・。
まるで、死んじゃうみたいじゃない。」
って・・・それは、シャレになってないぞ!!
思わず、「はぁ?」と叫んだ私。
「不吉な事、言わないでよ。」
と言い返す私に、
「だって、これからラウオと戦うんでしょ?
最悪、死んじゃうかもしれないじゃん。」
「あのねぇー。親友に向かってそんな事いうかな?」
と呆れる私に、渚は泣いてたくせに今は笑って、いつもの渚に戻ってた。
「親友だから言えんじゃない!」
「そりゃ、そうだけど・・・。」
と少しふてくされてる私の頬に、今度は渚が触れてきた。
「いってらっしゃい。」
『無事に帰って来て。』とか、『死なないでよ。』とか・・・。
そんなゴチャゴチャした言葉は、私たちには不要。
この言葉だけで充分だよ。
渚の想いはわかるから。
『いってらっしゃい。』ってことは、『いってきます。』って事で。
いってきます。と言って出たなら、『ただいま。』がついになるもんね。
渚の一言は、私に戻って来いと・・・そう言っていた。
私は、頬に触れている渚の手に触れると、彼女に笑顔で答えた。
「いってきます。」
って・・・。
それから、私たちは身支度をして、樹木の場所へと向かった。
「真音(マナト)さん。今回はどこに辿り着くように願えばいいの?」
私の言葉に真音(マナト)さんは、「そうだな。」というと、こんな答えをした。
「どこでもいいよ。」
って。「えっ?」と言った私に、真音(マナト)さんは、少し意地悪な笑いをした。
「渚から聞いたけど、蒼輝くんと約束したんだって?
戻ったら、誰よりも先におかえりって言ってもらうんでしょ?」
渚ったら・・・余計な事を!!
って事で、渚をにらんだ私。
「テヘ。」と笑ってごまかす渚に、
「何がテヘよ!かわいくないよ!」
と喧嘩を売る私に、真音(マナト)さんは笑ってた。
「だからさ、蒼輝くんにそうしてもらえる場所にいけば?
きっと、翠ちゃんの思いは、彼に届いているはずだから。
彼があの囚われの人でなければ、間違いなくそこに彼もいるんじゃないかな?
お互いの心は、いつもつながってるんでしょ?」
「それって・・・。」
私はまた、渚をにらんだ。
渚は、パッと目をそらすし、真音(マナト)さんは楽しそうに笑ってる。
「もうっ!渚のおしゃべり!!」
と怒り出す私に、
「だって、翠がのろけるからぁー。」
と舌を出す渚。
ほっとに、おしゃべりなんだから!!
けど、まー、おかげで、辿り着く先は・・・うん、決めた。
私が緑豹国の中で一番大好きな場所でそして・・・一番ホッとする場所。
きっと、それを知っているのは、緑豹国の中で・・・。
いや、この世の中で、ただ一人。
蒼輝にしかわからない場所。
私は、賭けてみることにした。
あの囚われの人が蒼輝でない可能性に・・・賭けてみる事にしたの。
私は、そこに蒼輝が来てくれる事を、心から祈った。
辿り着く場所を念じながら、樹木へと近付く。
すでに金色の色に光っている樹木。
この光に近付くとなぜか、懐かしいという思いと、体にとてつもない力が湧き上がって来るような、感覚に陥った。
「じゃ・・・いってくるね。」
振り向いてそう言った私に、2人は息ピッタリに手を振りながら同時にこう言った。
「気をつけて、いってらっしゃい。」
って。私は、そんな2人を見て、自然と最高の笑顔をしてこう言った。
「いってきます。」
その言葉を最後に、私は光の中に飛び込んだ。
とんでもない事になっている、500年先の未来の世界に・・・。
蒼輝たちがいる緑豹国の地へと・・・飛び込んだ。
私はユックリとつぶっている瞳を開けた。
瞳を開けた私の目に最初に飛び込んできた景色は・・・。
「うん・・・やっぱり、これを見ると心がなごむなー。」
緊張していた顔が自然と緩む。
少し夕暮れにさしかかった緑豹国の街並みは、とても暖かかった。
夕食の支度の為なのか、煙があがっていたり、作物を作っていた人たちが後片付けをしてたり・・・。
走り回って遊んでいた子供たちは、母親の声で、友達に手を振り、今度は母親の手を握る。
いえば、そんなへんてつもない、ただただゴク普通の光景だけど・・・。
ううん。だから、余計に嬉しくて・・・。
あんな夢を見たり、1年前いえば中途半端にここを後にしたから、すごく気になっていたの。
向こうに戻った私に、この世界での事を知るすべはなかったから。
ただただ、祈るしかなかったから。
だから、何もかわらず、平和に過ごしていて、平和な緑豹国が健在していて、本当に本当に嬉しかったの。
ホッとした私は、フゥーと長い息を吐いた。
吐いて、心配だった緑豹国の事も解決したら・・・。
今度は、私に取っての大きな問題が、心の中から、ニョキと顔を出し、それはどんどん大きく膨れていった。
それに比例して、さっきまでしっかり見えていた緑豹国の街並みが、ぼやけていった。
やがて緑豹国が見えなくなった頃、私は唇を噛み締めて、必死で声を押し殺した。
だけど、胸は熱くなり、どうしようもない悲しみが、すごい勢いで湧き上がってきた。
たまらず、私は目の前のガラスに向かって手を伸ばした。
右手でガラスに触れる。
そして、左手は唇に押し当てて、漏れそうになっている声を抑えた。
なんで、ガラスに触れたか・・・。
それは、ただ蒼輝を感じたかったから。
いえば、触れるのは何でも良かったの。
今すぐに、蒼輝を感じたかったから。
この蒼輝の部屋で、蒼輝が今までに触れたことがあるだろう物を触れる事が、間接的でも蒼輝を感じられるかな?って・・・。
そんな事を思ったの。
ここは、蒼輝の部屋。
私が緑豹国の中で、一番好きなのはここ。
なぜかというと、緑豹国が一望できて、見渡せるから。
この場所が好きな事は、蒼輝しか知らない。
だから、蒼輝なら、きっとここにきてくれると思ったのに・・・。
信じてた。
きっときてくれるって。
だけど、彼は・・・いない。
それが、どういう事を意味しているか・・・。
本当は気付いてるけど、考えたくなかった。
認識しなきゃって思うけど・・・認めたくなかった。
私は、触れていたガラスから手を離すと、両手を顔に当てて、顔をふせた。
涙が止めどなく溢れた。
「蒼輝・・・お願い。
今すぐ抱きしめてよ・・・。」
そんな事、叶わないってわかってる。
蒼輝は、私が夢に見た囚われの人だったんだもん。
ここにはいない。
あの寒々とした牢獄の中で、監禁されているんだから。
でも、私は諦めきれなかった。
蒼輝が、あんな目にあってるなんて、絶対に信じたくなかった。
蒼輝を強く強く求める私は、たまらずもう一度口にした。
「抱きしめてよぉ・・・。」
次の瞬間、私の体に温度と強さを感じた。
後ろから抱きしめられ、私の腰に両手がからむ。
胸と私の背中が接触している場所から、自分じゃない温度を感じた。
そして、最後は・・・。
私の頭にゴンと触れた、その人の頭。
左耳に近い位置にある、その人の口からは、少しだけ乱れた呼吸が聞こえた。
顔を見なくてもわかる。
声を聞かなくてもわかる。
私は勢いよく手から顔を上げると、そのまま力任せに顔を横にむける。
そして、彼の顔を確認しないまま、唇を重ねた。
唇から伝わる彼の温度。
彼の肌触り。彼の熱。
いないと思ったのに・・・いた彼。
どうして?とか、なんで?とか。
そんな事を聞くよりも今はとにかく、彼を感じたかったの。
夢じゃないんだと。
本当に彼がここにいるんだと。
ただ、それだけを感じたかった。
乱れたキスをして、彼をほしがる私。
しばらくして、彼は強引に私を自分の唇から離した。
「翠、お前、どうした?
そんなに、俺が恋しかったのか?」
そう言って笑ってたけど、落ち着いて見ると、私が相変わらず涙を流しているものだから、ちょっと驚く。
「何?お前、なんで泣いてんの?」
と言いながら、優しく手でぬぐってくれる彼。
私は、その手をつかんでそのまま、私の頬に押し当てる。
目をつぶって、彼の存在を確かめる。
「本当に・・・蒼輝だよね。
夢じゃないよね?」
たまらず、そう言ってしまった。
だって、そうでしょ?
いないはずの蒼輝が、ここにいて、私を抱きしめてくれた。
キスをしたら消えちゃう夢かと思ったら、消えなくて、会話も出来た。
こうやって、触れたら消えちゃうのかと思ったら、それもなくて・・・。
という事は、本物なの?
瞳を開けて蒼輝をみつめる。
その目がまた、揺らめいた。
さっきまで、驚きの瞳だった蒼輝の目が、私の大好きな優しい瞳に変わった。
私がつかんでいない方の手で私の頭部に触れると、私を自分の胸に向かってユックリと倒した。
彼の胸にくっついた右頬辺りから、蒼輝の鼓動が聞こえた。
トクントクンと、同じ速さで打っていた。
さっきまで、私の頬に触れていた手は、お互いが指を絡ませて握り合い、その手は自然と下に向かってブランとさげられたけど、お互い離す気はなく、シッカリと握りあっていた。
「翠・・・。」
蒼輝はそう言ったあと、私の頬にたくさんのキスをしながら、つぶやくようにこう言った。
「おかえり翠。お前に逢いたかったよ・・・。」
その言葉は、私の想いをマックスにした。
私は、蒼輝と絡み合っていた手を離すと、蒼輝の肩に両腕をからませて、抱きつくように蒼輝にくっつき、キスをした。
まさか、いきなり飛びついてくるとは思っていなかった蒼輝は、もちろん、
「なんだよ、いきなりって・・・うわっ!!」
そして、「ドサ。」と重い音がした。
下はやわらかいとはいえ、不意をつかれて、倒されたらやっぱり痛いよね。
しかも、私がのっかてる状態だし・・・。
さすがの蒼輝も、
「いってぇー。」
と言いながら顔をしかめている・・・みたいだったけど、私は無視。
「翠、お前さっきから、おかしいぞ。
って・・・っ!!」
蒼輝の言葉はもう聞こえなかった。
だって、ふさいじゃったから。
言葉が出る場所を。
もう・・・止まらなかった。
蒼輝を感じたくて感じたくて、たまらなくて。
ただのキスじゃ治まらない。
だけど、蒼輝がしてくれるような深いキスも、心がぶわぁーって熱くなって気持ちよくなるキスも私にはできなくて。
ただ、ガムシャラに蒼輝と、唇をくっつけるしか方法がなくて。
だけど、それでもやめない私に、蒼輝はいつになく優しい態度をしめしてくれた。
私の顔を自分から少し遠のける。
「今ここにいる俺が本物だと、もっと教えてあげよっか?」
そう言いながら、蒼輝は舌を出して、ペロっと自分の唇を舐めると、いたずらっこみたいな笑いをした。
それは、ちょっと・・・トーワくんに似てる気がした。
でも、そう言われて・・・我に返った。
私、とんでもないことしてなかった??って・・・。
いくら、蒼輝の安否が確認できて安心したからってさ。
冷静に考えて、今までの行動を思い出すと・・・。
サーと血の気が失せるようだった。
だって、私、蒼輝を襲ってたよね。
な・・・なんて事を!!
って事で、我に返った私は、蒼輝の上に乗っかっている事にもアタフタしちゃって。
「上に乗ってる・・・ひやぁー!!」
と言いながら、蒼輝の体から横に移動する。
とっちらかってしまって、周りをよく見ていなかった私は、勢いよく横に飛び移って。
それを見た蒼輝は、慌てて上半身を起こす。
「待て、翠っ!危ないっ!」
蒼輝のその声が耳に届く前に、私は体が不安定になって、条件反射で叫んでた。
「うわぁー!!」
って。ベッドにのっかっている事なんて見落としてて、私はベッドから横っ飛びで落っこちた。
・・・はずだったんだけど・・・。
覚悟した痛みは・・・なかった。
「あ・・・れ??」
目をキューって、つぶっていた私は、片目だけ開けてそう言って。
すると、私の真後ろから呆れたような声が聞こえた。
「あれ?じゃ、ねぇーよ。」
って。「えっ?」と言いながら声がした方に顔を向けると、真後ろには蒼輝の顔があった。
「なんでぇー?どうして、蒼輝がそっちにいるの?
さっきまで、こっちにいたのに・・・??」
なんていいながら、目の前を指差した私。
そう。確かに蒼輝はさっきまで、目の前にあるベッドに座っていたのに。
なぜか今は、床にしりもちをついて座ってる。
そして、私はというと、そんな蒼輝を下敷きにしてて、さらに後ろから彼に抱きしめられていた。
何が起こったかサッパリ理解していない私は、「ねぇー、なんで?」といいながら、さらに首をかしげた。
私の鈍感と言うか、ノンキというか・・・。
ボーっとしている姿に蒼輝は、怒りよりも呆れ顔になる。
「ホント翠って、天然だな・・・。
ある意味、トーワよりもひでぇーよ。」
そこまで言われた私はちょっと・・・おもしろくない。
だって、トーワくんよりもひどいってなんか・・・ねぇ?
トーワくんには悪いけど、彼より下ってちょっとやばいでしょ。
って事で反論!!
「ねぇー、ちゃんと説明してよ。
なんで、そっちにいた蒼輝が、今はこっちにいるの?」
必死で聞く私に蒼輝は、「あー!!もう、めんどくせぇー。」といつもの面倒くさがりの短気な蒼輝になっちゃって。
お決まりの髪を、バーってかき乱す癖をすると、顔をしかめながら早口でパッパと答えた。
「翠がおっこちそうになったから、俺がお前よりも先に下に落ちでお前のクッションになったんだよ。
痛くなかっただろ?」
そりゃ、痛くはなかったけど。
でも、それって、“普通”しないでしょ?
だって、普通は、落ちないように、腕とかひっぱって助けるでしょ?
なのに、蒼輝は自分が先に落ちたわけで・・・。
その行為が私に嬉しさじゃなくて、不安を与えたの。
私は、自分の胸を抱きしめてくれている蒼輝の腕に手を回す。
そして、彼の腕をギューっと握り締めた。
黙ったままただ、腕を握る私に蒼輝は、伏せていた私の顔をのぞきこんでくる。
「翠??」
心配そうな声を出した蒼輝の方に私は、顔を向けた。
「やっぱり、蒼輝の考え方は・・・恐いよ。」
「えっ?」
突然言った、私のわけがわからない言葉に、蒼輝は聞き返してくるのがやっと。
だけど、私はおかまいなしに、彼に続きを言う。
「どうして、自分を犠牲にして私を助けようとするの?
自分が怪我しないで・・・。
自分が痛い思いをしないで、それで相手を助ける方法をどうして考えようとしないの?
どうして、いつもいつも自分を犠牲にするのよ・・・。」
って、言ってる側からまた泣いちゃった私。
だって、想いを口にしたら、“あの夢”を思い出しちゃったから。
牢獄に捕まっている人の事を・・・。
あれは、蒼輝じゃなかった。
だけど、予知夢って事もあるよね?
近い未来に蒼輝がそうなるって、私に教えてくれた夢だったとしたら?
あーなるのは、蒼輝がこういう考え方だから?
そう思ったら、恐くて涙が出たの。
私は蒼輝の腕を強引に解くと、振り返り、そのまま蒼輝のお腹辺りにダイブした。
蒼輝の体にしがみつく私に、蒼輝は軽いタメ息をつきながら私を抱きしめ、私をなだめるように頭をなでてくれる。
「翠の気持ちはうれしいよ。
俺の体の事も、俺の命の事も、気にかけてくれて。
俺という存在を大事だと思ってくれて。
だけど、翠。
俺の事を愛してくれてると同じくらい、俺の事も信じてほしい。」
蒼輝はそう言ったあと、顔を私の耳辺りに近づけた。
そして、オデコを私のこめかみ辺りに、ゴツンとぶつけた。
「俺はな・・・翠。
自分が犠牲になって誰かが救えるなら、いくらだって自分を投げ出していいと今まで思ってた。
現に、チナリを助けたのも、王でなくなってもいいと思ったし、最悪純粋な人間になっちまって、緑豹国にいられなくなってもいいと思ってた。
それでも、死にそうなチナリが生き返るなら、俺はかまわないと思ったんだ。
だけど、今の俺は、そうは思わない。」
蒼輝の言葉が気になった私は、顔を離すと蒼輝を見つめた。
すごく近い蒼輝の顔。
お互いの瞳が交じり合う。
いつになく真っ直ぐに私を見つめる蒼輝の瞳に、私の胸は高鳴ってた。
「今の俺は、自分の命が危険になるような事はしない。
命を捨ててまで・・・・。
命を危険にさらしてまで、救うものは俺にはないから。」
そう言った蒼輝は、優しく笑うと、私の頬に触れてきた。
「誰かの為だけじゃなくて、例え翠のためでも俺が、命をかけたら、翠が悲しむだろ?
俺が死んで、翠を救っても翠は喜ばない・・・だろ?
だから、俺はそういうのは、もうやめたんだ。
お前を救うなら、俺も自分の命を守る。
翠が今言ったように、俺も思うよ。
2人共に危険が及ばないように・・・救えるように、俺も考える。
翠を愛して、お前の涙をたくさん見て来て、俺はそう学んだ。
だから・・・。」
と言った蒼輝は急に、意地悪な笑いをすると、こう言った。
「さっき、一緒に落ちたんだよ。」
って。それって、意味がサッパリわかんないんだけど??
「はぁ?」
とバカ面をした私。
だって、今の話の流れだったら、やっぱり、一緒に落ちたのっておかしいでしょ?
思いっきり首を横に傾ける私に、蒼輝はいつになく大笑い。
笑いながら、私の頭に触れると、頭を真っ直ぐの位置に戻した。
「こんなベッドから落ちたくらいで、死んだりしないさ。
でも、腕とか引っ張ったら、翠が痛いだろ?
それに、急に引っ張られたら驚くだろうし。
落ちる!!って思って驚いてびびってるお前に、さらに恐い思いさせてどうすんだよ。
だから、俺が落ちたんだよ。
これくらいの痛みで、翠に恐怖を与えないで済むなら、お安い事だ・・・なんてな。」
と言って笑った蒼輝が、何かすごく愛おしく思えた。
あの一瞬で、そこまで考えられたのか、ちょっと怪しいけど。
でも、蒼輝の言葉を信じようと思ったの。
今の言葉じゃなくて、その前の言葉ね。
自分の命を投げてまで、私を救わないってやつ。
蒼輝の考えが本当に変わったのかは、正直不安だけど、でも、そう思ってくれただけでも、すごくホッとしたの。
あの夢が、現実にならないかもって・・・そう思えた。
ホッとしたら、自然と笑顔になっていた私。
ここへ来て初めて笑った私の笑顔に、蒼輝も声を出して軽く笑った。
「やっと、笑ったな・・・。」
安堵のため息と共に出た蒼輝の言葉。
「えっ?」
と私は声を出すけど、蒼輝は何も言わないまま、私から離れると、ベッドに腰かけた。
床に座っている私を見下ろす形になった蒼輝は、前かがみになりながら私を見る。
「翠は、ここにきて、すごく脅えた目で俺を見てた。
それと、あとは、泣くか・・・。
予想外だったといえばそうだけど、それよりも気になる。」
「気になるって・・・?」
すると、蒼輝は笑顔を消すと、真剣に私を見た。
「お前、向こうで何かあったのか?」
ドキとした私は、何も言えずに蒼輝を見てた。
その目はかなり動揺してたのかな?
「図星か・・・。」
とひとり言と言っていいくらいの小さな声でつぶやいた蒼輝は、そのまま私を見つめる。
「それで、何があった?」
って聞かれて、あの夢の話が出来ると思う?
蒼輝が牢獄に入れられててって・・・言えるわけないじゃない。
というか、いえなかった。
口にしたら、現実になりそうで、恐かったの。
私は、ごまかす事にした。
「やだなぁー、なんでもないよ。」
明るく笑って蒼輝に必死で隠すけど、私を見ている蒼輝の瞳はちっとも・・・笑ってくれなかった。
「何があった?」
1度目の時と何も変わらない瞳に口調。
まるで、私の答えなんてなかったみたいにいう蒼輝に、私はズキンと胸がいたんだ。
蒼輝には、お見通しなんだ。
私が無理に笑ってる事・・・。
私の心に、自分ひとりじゃかかえきれないくらいの不安がある事・・・。
だけどね、蒼輝・・・。
言えないの・・・どうしても・・・言えない。
私は、たまらず蒼輝から目をそらした。
そして、かたくなに首を振った。
「翠・・・。」
だけど、私は首を振るのをやめなかった。
言葉で、嘘がつけない。
演技でも、うまくつけない・・・。
なら、もう、こばむしか方法はないじゃない。
情けないけど。
蒼輝に余計心配かけちゃうってわかってるけど・・・。
ごめんね、蒼輝。
こんなに弱くて情けない私で、ホントにごめん。
私は心の中で蒼輝に必死で謝りながら、ただ首を振り続けた。
やがて、その首振りは、暖かい腕の中で終わりを告げた。
「そう・・・き?」
顔に押し付けられてた物からは、暖かなぬくもりと安心する鼓動が伝わってきた。
私を強く、そして、優しく抱きしめる蒼輝は、少しかすれ気味な声でただ一言こう言ったの。
「もういい・・・わかった。」
って。彼のその態度と声で、私もわかったよ。
蒼輝がどうわかったのか・・・。
蒼輝、言ってたよね?
私の心が、何でかわかるって。
きっと、今もわかってるんだよね?
私が前の時みたいに、何かの夢を見てて、それで蒼輝の安否をこんなにも心配してた。
逢うなり異常なほどに取り乱した私。
そして、その夢を聞こうとしても、かたくなに嫌がる私。
それが、何を意味するか。
蒼輝・・・わかっちゃんだよね?
自分に対して、よくない夢を見たんだって・・・。
「蒼輝・・・私・・・。」
言わなきゃって、思った。
言えば、蒼輝も捕まらないように注意してくれるかもしれないって。
だから、言おうと思ったの。
伏せていた顔を上げて、蒼輝を見た。
「私ね・・・。」
そう口にした私の口元に、暖かくて柔らかいものが触れた。
すごく安心する、蒼輝の体の一部だった。
でもね、そのキスはいつものキスと違ったの。
長くお互いの唇が触れ合っていたけど、ただそれだけ。
絡む事も、お互いが力を入れ合って押し付けあうのでも違う。
ただ・・・本当にただ、唇が重なっていただけだった。
でも、それだけでも、すごく私の心を暖かくしてくれたの。
お互いの唇が重なっている事が、ドキドキから、うれしさに変わり。
やがて、安心に変わった頃、蒼輝からユックリと唇を離した。
そして、そのまま私の左頬に移動すると、キスをしながら耳辺りに唇を進ませると、そこで止まった。
軽いキスを繰り返す蒼輝の仕草がちょっと・・・こそばかった。
「犬になめられてるみたい。」
と顔をしかめながら口にした私に、
「犬って・・・。」
と変な声を上げた蒼輝。
自分が犬にたとえられた事がおもしろくなかったみたいだけど、なぜかキスの嵐は止まらなかった。
それが、ちょっと気になった。
だって、こんなの・・・蒼輝らしくないじゃない?
私も蒼輝に対して態度が変だったけど、蒼輝も何か変じゃない?
さっきまで、気付かなかったけど、落ち着いて考えたら、たくさん変な事があったような・・・。
生きる考え方も変わってるし、何より私にすごく触れたがるよね?
抱きしめたり、キスしたりが、すごく多い気がする。
それは、単に好きだからとか、逢いたかったからって言うのじゃない気がする。
だって、今の蒼輝って何か、甘えてる感じがするから。
そう思ったら、つい、聞いちゃった。
「ねぇー、蒼輝も・・・何かあった?」
って。でも、確信はなかったの。
私は蒼輝みたいに、蒼輝の心がわかる・・・って情けないけど自信ないから。
だけど、これは・・・当たったみたい。
だって、蒼輝のキスが止まったから。
私をみつめたまま止まっている彼に、私はちょっと、不安になった。
「あー、当たった!!」って喜びよりも、「えー、何?何なの??」っていう思い・・・いや。
恐怖の方が大きかった。
少しビビっちゃった私は、
「何が・・・あったの?」
て聞いた声が、信じられないくらい震えてたし、声もつまるし・・・。
かっこわるー!!って自分でも情けなく思っちゃったけど、これが私なんだよね。
もちろん、不安で渦巻いてる私の心は蒼輝はお見通しで。
こんな私に言うわけないよね。
やっぱり、蒼輝は私の気持ちを最優先してくれた。
また、いつもの優しい笑いを私にする。
「翠が心配するような事は何もないよ。
見ての通り、俺は元気だろ?
緑豹国もこうやって、無事にある。
何も心配する事なんてないよ。」
そしてまた、私を抱きしめてくれる。
「そう・・・だね。」
私は蒼輝の嘘を、どこかで気付いていたと思う。
でも、知らないうちに・・・。
勝手に、目を閉じてた。
見ないように、気付かないように・・・。
蒼輝の言う言葉だけを信じたいと言う思いが、私にそうさせたのかもしれない。
真実をみる目を・・・奪ったの・・・。
「それにしても、俺、驚いたなー。」
いきなりそう言った蒼輝に私は、「ん?」と言いながら顔を上げると蒼輝を見上げる。
私を見ている蒼輝の目が・・・とても意地悪。
よからぬ事を言い出すのは目に見えてた。
「何よ・・・。」
といつになく強気で喧嘩ごしで言った私に、「ククク。」という笑いで返してきた蒼輝。
「もう!」
怒りながら彼のお腹にパンチをプレゼントすると、さらに声を上げて笑った蒼輝だけど、なんとか口を開いてくれて・・・。
「いきなり積極的に俺に、迫ってくるかと思ったら、電池が切れたみたいに、急に信じられないくらい消極的になるしさ。
翠の浮き沈みの激しさには、ホント・・・笑える。」
って言うのよ。
それ、ひどすぎない??
だって、そうなったのは、私のせいじゃないもん!
あれは、夢のせいだよ!!
って事で、つい言い返しちゃって。
「それは、私のせいじゃない!」
それに対して蒼輝は、「じゃ、誰のせいだよ。」と即切り替えしてきた。
「誰ってそれは、夢で・・・。」
と言いかけた私は、ハッとした。
これって・・・。
ある事に気付いた私は、蒼輝を疑いの眼差しで見た。
真実を確かめようと思ったけど、口にしなくてもわかったよ。
だって、蒼輝ったら、なんと!!
「チェッ!」と言いながら舌打ちしてるんだよ。
「何よ、その『チェッ!』てぇー!!」
絶叫する私に、蒼輝は両耳を塞ぎながら目をつぶり、うるさいっていうのを顔全体でアピールした。
そして、そのままの姿で口を開く。
「俺に乗せられて、言うかと思ったのに。
失敗したぁー。」
って。なっ!なんなのよぉー!!
さっきまでの、あの優しさはどこへいったの?
全て演技??嘘??
怒り大爆発の私は、絶叫する。
「何考えてるのよ、バカー!!」
って。そして、蒼輝の胸を両手でパンチするけど、蒼輝は・・・笑ってた。
すごく嬉しそうに。
その顔が何か、変に思えたの。
なんで、そんなに笑ってるの??って。
そして、私は素直に聞いちゃったんだよね。
「なんで、そんなに嬉しそうに笑ってるのよ。
私は怒ってるのよ!」
だけど、蒼輝は、「だってさ。」と言いながらさらに、嬉しそうに笑った。
「俺は、こういう翠が好きだから。」
「えっ?」
キョトンとする私の顔に蒼輝はふれると、私のオデコと自分のオデコをくっつけた。
斜め上から声が聞こえ、上から息がかかった。
「涙を堪えて強がる翠も、弱くて俺にすがってくる翠も、必死に頑張る翠も・・・。
全部好きだけど、一番好きなのは、今みたいな飾らない翠かな。
俺に思ってることをストレートに言ってくれて、ズケズケ言う翠がさ。
そういう人と逢ったのは、翠が初めてだったから。
こういうのって、すっげぇー嬉しい行為なんだと、翠が俺にわからせてくれた事だから。
だから、翠には、飾らないお前で俺に接してほしい。
ダメなものはダメ。
してほしい事は、してくれなきゃイヤ。
ってハッキリ俺に、自分を見せてくれる翠が俺は大好きだから。
そういうお前を見ているのが、一番幸せかな。」
そういわれて、思い出したよ。
蒼輝に初めて逢った時。
いや・・・再会した時と言った方がいいかな。
その時、蒼輝言ったもんね。
ありのままのお前でいてくれ。って。
私、そういう自分を忘れていた気がする。
そうだね。そういう私を蒼輝は好きになったんだ。
そう思ったら、今の自分は間違っていると気付いた。
蒼輝に全てを話そう。
そして、一緒に悩もうって。
そう思ったから。
だから、私は胸につかえている夢の話をしようと思ったの。
「あのね、蒼輝・・・。」
私がそう口に、しかけた時だった。
「蒼輝、入るぞ!!」
ノックと共にそんな声がした。
そして、蒼輝が答える前に、扉は乱暴に開けられた。
「すぐ開けるなら、聞くなよ。」
ホントそうだよ。
と私も同意して、ウンウンと頷いちゃったけど、その人は、軽く聞き流して、自分の思いを語る。
「もう、下に“あいつら”来てるよ。
じーさんが、蒼輝と翠も来いって、呼んでるぞ。」
そう言うと、今度は私を見た。
「翠、おかえり。
1年ぶりだな。元気してたか?」
そして、蒼輝の腕の中にいる私の頭を、ポンポンと叩いたサンガ。
サンガは、何も変わらない。
優しくて、少し乱暴者で・・・おにいちゃんみたいだった。
「ただいま。」
笑顔で答えた私に、サンガは、急に私の頬に触れた。
指で、“アト”をなぞる。
「どうかした?」
驚く私に、急にサンガの目は曇っていく。
「蒼輝に聞いたのか?」
って。「えっ?」と驚きの声を上げた私に、「えっ?って・・・。」と反対に焦りだしたサンガ。
そして、さらに詳しく聞いてきた。
「だって、翠、これ涙のあとだろ?
泣いてたって事は、“あの事”で泣いてたんじゃないのか?」
「何・・・あの事って・・・。」
そう言ってサンガに聞いたけど、サンガは私から目を離すと、蒼輝を見た。
「蒼輝、お前・・・。」
と口にしたサンガに、
「それよりも、司令塔室に急がなきゃなんねぇーんだろ?
今は、そっちが先決だ。」
そう言って、サンガの肩をポンと叩いた蒼輝は私を見る。
「司令塔室に行くか。」
でも、さっきの気になるよね。
私は離れそうになっている蒼輝の腕を、必死になってつかんだ。
「待って蒼輝。今の何?」
だけど、蒼輝は笑ってごまかす。
「たいした事じゃない。
また、あとでいうから。」
私の目を見て言わなかった、蒼輝の態度がやけに気になった。
だけど、蒼輝に従って、
「じゃ、いこっか。」
と私をうながしたサンガを見たら、今はもう触れないほうがいいのかも・・・と思ったの。
だから、私は、素直に蒼輝のいう事を聞いた。
3人で司令塔室へと向かう。
「ねぇー、サンガ。
そう言えば、“あいつら”って誰?」
「ん?」
と言ったサンガは放置で、蒼輝が答えた。
「決まってるだろ?青の王だよ。」
青の王って・・・つまり・・・。
私は、目を輝かせて言ったの。
「藍瑠(アイル)さんと雅さんが来てるの?」
って。それに対して、蒼輝はただ笑ってた。
で、サンガはというと・・・。
「すっごい嬉しそうだな。」
と少しおもしろくないみたい。
でも、喜ぶものは当たり前じゃない。
ホントにうれしかったんだもん!!
2人にこんなに早く逢えるなんて。
私は、ウキウキしながら、司令塔室への道を歩いた。
「翠さん!!」
扉を開けるなり私にそう声をかけてくれたのは、藍瑠(アイル)さん。
「うわぁー、久しぶりぃー!!」
なんていいながら、藍瑠(アイル)さんの元へかけていき、両手を合わせて、
「キャー!!」
と盛り上がる私たち。
でも、冷静に考えて・・・ちょっと焦った。
だって相手はお姫さまだよ!
こんな再会恐れ多いよね・・・。
飛び跳ねていたテンションも、衰えていく。
私のテンションの低下に、周りにいた人みんなはもちろん、おかしく思う。
「翠さん、どうしたんですか?」
と聞かれたけど、私はそっちじゃなくて、別のヤツにこう言った。
「もう、蒼輝!笑わないでよ!!」
さらに、彼をにらむ。
だって、蒼輝ったら、アハハって笑ってるからさ・・・。
私が怒った今でも笑ってるんだもん。
呆れた目で見ていた私に、蒼輝は必死で笑いを堪えながら言った。
「急に消極的になるなって、言ってんだろ?
ホント、翠って・・・おもしろい。」
そして、笑う笑う・・・。
もう、呆れて突っ込む事もできなかったよ。
諦めた瞳で見ていた私に、雅さんが近付いてきた。
「お帰りなさい。」
その言葉は、本当にうれしくて。
私は蒼輝に怒りが爆発してたのに、すーっと消えてた。
「ただいま。」
と雅さんに笑顔で答えた私。
すると、今度はあの人が登場。
「すいちゅぁーん!!おかえりぃー!!」
背後で聞こえたその声。
ヤバイ・・・抱きつかれる!!
思わず首をすくめたその時、私を抱きしめたのは、私が安心する腕だった。
振り向かなくてもわかる。
彼の髪から香る甘い華の香りと、彼の力強い腕は、もう私の体にインプットされてるから。
誰だか、ちゃんとわかるの。
私の腰に伸びている腕に、ソッと触れた。
「どうして、蒼輝が?」
と聞いた私に、蒼輝は、「当たり前だろ?」と答えると、少し笑いながらいった。
「翠に触れていいのは俺だけ。」
そう言った蒼輝に、この人が突っ込む。
「お前だけじゃねぇーよ。
俺もいいんだよ。」
もう、また余計な事を言って。
ゴングが鳴っちゃうじゃない・・・って、思ったら案の定ゴングは鳴り響いた。
「バカか?お前もダメに決まってるだろ。」
「はぁ?俺は翠に大事に思われている人間だからいいんだよ。」
「わけわかんねぇー。お前がいいなら、トーワもいいことになるだろ?
話をややこしくするな。
恋人同士以外、触れないのが常識だろ?」
「俺に常識は、通用しねぇーんだよ。」
「あー、なるほどな。
お前、非常識だもんなー。」
「なんだと!!」
「なんだよ!!」
そして、2人はにらめっこして、ガルルルルーと牙を向き合ってる感じ?
もう、何とかしてよ!!
こういう2人を止められるのは、彼しかいない。
と思ってあたりをみたんだけど・・・。
あれ?おかしいな・・・。
いつもここにいるはずの彼の姿が・・・見当たらなかった。
「相変わらずバカな2人じゃ。」
タカさんのタメ息交じりの声を聞いた2人は、バツが悪そうな顔をしつつも、戦いの炎を徐々に鎮めていった。
「さて、本題に入るか。」
そう言って、座ったタカさんだったけど、私は彼の事が気になって。
私は、蒼輝の腕をつかんだ。
「どうした、翠?」
と聞いてきた蒼輝に聞いたの。
「ねぇー、ヒビキさんは?ヒビキさんはどこ?」
その時、扉がノックされた。
「ランか?」
という蒼輝の言葉に、「はい。」という返事が。
「入ってかまわない。」
それを聞いたランさんは、扉をあけると中に入ってきた。
てっきり、ヒビキさんも一緒かと思った。
だけど、そこにはヒビキさんの姿はなかった。
でも、変わりに見た事もない人が、ランさんの側にいたの。
「だ・・・だれ?」
戸惑う私におかまいなしに、ランさんは私の目の前に来ると、ニッコリ笑った。
「おかえりなさい。翠さん。」
って。だけど、そんなノンキな事言ってられないよ。
だって!!
私は、ランさんを・・・いや、ランさんの腕に抱えられている物体を、思いっきり指さした。
「誰・・・この子!!」
そう。ランさんが抱えていたのは・・・子供。
正確には、赤ちゃん・・・よりは、少しデカイけど。
1年前には、こんな子いなかった。
だから、すごく不思議なの。
だって、この子、1年で出来たような大きさじゃないんだもん。
3歳はいってそうな、体格だから・・・。
だから、謎だったの。
誰の子供なの??って・・・。
戸惑う私に、ランさんは、笑顔のまま、その子供にこう言った。
「翠さんに、お名前教えてあげて。」
そう言ってあやすランさんに、その子は私を見つめるとこう言った。
「響厘(コウリ)。」
って。
「こう・・・り??」
そう口ずさみながら、私は蒼輝を見る。
そんな私の肩を抱きながら、蒼輝は、優しく私を見つめた。
「“響(ヒビ)く”に“厘(リン)”と書いて、コウリって言うんだ。
ヒビキが名付けた。」
そう言った蒼輝は、響厘(コウリ)くんの頭をなでると、とても穏やかな笑いをした。
響くに厘って・・・・。
つまり、それって・・・。
「この子・・・ヒビキさんとランさんの子供って事?」
私の言葉に、「ああ。」と答えた蒼輝は、響厘(コウリ)くんの頭に触れていた手を、そのまま下にぐいと下ろした。
その勢いで、響厘(コウリ)くんの頭に巻いていた黒いスカーフが下に落ちた。
「もう!乱暴なんだから、蒼輝は!!」
と怒りながら、私は下に落ちたスカーフを拾うと払う。
「ごめんね、響厘(コウリ)くん。」
そう言って顔を上げて、響厘(コウリ)くんを見た私は、
「っ!!」
言葉に詰まった。
そして、驚きの顔をしちゃった。
固まっている私の手から、スカーフを取った蒼輝は、また響厘(コウリ)くんの髪にそれを丁寧に巻いた。
「どういう・・・事?」
いいようがないくらいの不安が、私に押し寄せてきてた。
だって、目の前にいた響厘(コウリ)くんの髪の色・・・。
それは、ヒビキさんと同じ紫紺色だったの。
そしてたぶん、この子はヒビキさんが持っていた念じる力を持っているに、違いない。
それが、どういう事か・・・。
私は信じたくなくて、蒼輝の腕をつかんで彼に迫った。
「蒼輝、ヒビキさんはどこ?
いるんでしょ。ちゃんといるよね?
逢わせて。今すぐ逢わせてよ!!」
ちゃんと、ヒビキさんはいるって信じてるのに・・・。
響厘(コウリ)くんは、ヒビキさんのただの子供。
決して、生まれ変わりじゃない!って信じてるのに・・・。
なのに、どうしてだろう・・・。
なんで、こんなにも心がすごい勢いで凍っていくの?
蒼輝は何も言ってないのに。
たまらなく、心が・・・吹き荒れてた。
「お願い・・・逢わせて・・・。」
すがる気持ちでそう言った私は、その言葉を言ったあと、体の力が抜けた。
座り込みそうになった私の体を、支えた蒼輝は、
「ヒビキはあっこにいるよ。」
と言って、私を抱きかかえたまま、緑豹国が見渡せるパノラマ状になっている窓ガラスへと向かった。
そして、私を支えていない方の手を、スッと上げると、街に存在するある場所をさした。
「ヒビキはあそこにいる。」
「えっ?」
私は期待しながら、蒼輝の指の先を目で追った。
実家にいるとか・・・。
あと、何かの用事で街に出向いてるとか・・・。
そんな事を必死で思い描いてた。
芽生えてた不安は、心の奥底に封印し、そんな嘘の気持ちで自分の心をいっぱいにしていたのに・・・。
蒼輝の指さす場所を見た私は・・・動けなくなった。
口も開かなければ、瞬きをする事も忘れてしまった。
頭が・・・いや。
全機能が停止した・・・。
だって、蒼輝が指さした先は・・・とんでもない場所だったから。
長い時間が、過ぎていたのかもしれない。
心配したサンガが、私の側に来て声をかけてきた。
「おい、翠・・・。大丈夫か?」
だけど、その声にも答えられず、私の目も頭も動かなかった。
私の様子に、サンガは蒼輝を責める。
「お前、何考えてんだよ。
こんな言い方ってあるか?
もっと、翠の気持ちを考えて、ソフトに言ってやれよ!」
蒼輝の耳元でサンガは怒るけど、蒼輝は落ち着いた口調でサンガに答えた。
「こんな事に、ソフトな言い方ってあるのか?
どんな言い方しても、翠がショックを受けるのは一緒だ。」
蒼輝のそんな言葉は私には、届いていなかった。
「・・・よね・・・。」
やっとの思いで口にした思いは、半分声になっていなかった。
「えっ?」
と聞いてきたサンガだったけど、蒼輝には何となくわかったみたいで、彼は答えをくれた。
「嘘でも、冗談でもねぇーよ。
ヒビキは、あそこに・・・。
チナリの横に眠ってる。」
ハッキリそう言った蒼輝に、私はすごい剣幕で言い返してた。
「嘘よ。そんな嘘、私が信じると思う?
騙されないわよ。
絶対に信じない。」
そう言って首を振る私の両腕を力強くつかんだ蒼輝は、少し前かがみになると私を見つめた。
その目を見ればわかるよ。
蒼輝の言ってる事は、嘘じゃないって・・・。
わかってるけど・・・聞くのが恐かった。
蒼輝の口から、ヒビキさんがどうなったのか、聞くのが。
それを聞いたら、信じなきゃいけなくなるから。
私は聞きたくないと、体で拒否した。
首を振り続ける。
「翠、ちゃんと聞くんだ。」
だけど、私は、「いや・・・離して。」と蒼輝がつかんでいる手を取ろうと必死になるけど、蒼輝の力は強くて取れなかった。
早くここから逃げ出さなきゃ。
蒼輝が言葉を口にする前に。
必死で蒼輝の手を取ろうとしていた私に、蒼輝は待ってはくれなかった。
「翠、ヒビキはな・・・。」
「聞きたくない。聞きたくないー!!」
と叫んだ私にかき消されないように、蒼輝は私に大声で叫んだ。
「ヒビキは、1ケ月前に死んだんだ。」
言葉は出なかった。
蒼輝の手を取ろうと、もがいていた私の手の動きも止まった。
何も考えられなかった。
だけど、不思議と蒼輝の言葉が頭の中で残ったの。
私は、一点を見たままの状態で無意識に口にしてた。
「しん・・・だ?」
それに対して蒼輝は、「ああ。」と答えると、さらにこう言った。
「トロイの銃撃を何十発も受けた。
即死だったよ。」
それを聞いた時、私の目にその光景が浮かんだ。
あの体に・・・ヒビキさんの大きくて頼れる紫紺色の豹の体に、弾が引っ切り無しにめり込んで行く。
ヒビキさんの体から、鮮血の真っ赤な血が噴き出す。
その場に倒れこんだ彼の、わずかに動いていた神経も、さらに撃ち込まれたトロイの弾のシャワーで動きが止まる。
その光景は、鮮明に脳裏にうかんできた。
見ていないのに。知らないのに。
まるで、その現場にいたみたいに、私は感じた。
それは、同時に、ヒビキさんは死んだのだと・・・体感させられた。
胸が締め付けられて、苦しくなる。
息がうまくできない。
血が、スーッと引いていくのがわかった。
体の力が抜けて、指先がしびれてきた。
体を支えている事もできなくて、私は足からガクとその場に崩れた。
「翠!!」
遠くでサンガの声が、聞こえた気がした。
床に座り込みそうになった私を支えてくれた蒼輝だったけど、私はもう立つこともできなくて、そのまま蒼輝の足を伝いながら、ズルズルとしゃがみこみ、床にぺたんと座り込んだ。
何を見ているか。
私は今座り込んでいるのか、立っているのか・・・。
何一つ理解できないでいた。
ただ、私の頭に駆け巡っていた言葉、たった一つのカタカナだった。
「ヒビキサンガ・・・シンダ・・・。」
今まで生きていたなかで、私が一番理解できない言葉だった。
END 1章
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