「なー、ちょっと、待てって!!」
俺は、大声で叫んでしまう。
ここは、静かが暗黙の了解になっているような場所。
しかも、医者であるオレが、こんな大声出していいわけないってわかっているのに・・・ダメだ。
我慢できない!!
っていうか・・・できるかっ!!
ここが、病院の廊下だって事が、完全にぶっとぶくらい、俺のイライラは大きくなってたんだ。
そりゃ、怒りたくもなるって!
だって、このセリフ、一体、さっきから、何度言ってると思ってんだ!!
ただ、言ってるだけでも面倒なのに、さらには、この速さ!
平気な顔して、スタスタとオレの前を競歩のようなスピードで歩いていく春(シュン)ちゃんに向かって言う俺は、尋常ではない。
置いていかれないように、必死で追いかけて、聞いてもらおうと、必死で呼びかけて。
そりゃ、大声にもなるさ!
声だって、荒げるって!
そして・・・ゼー、ハァー、ゼー、ハァー・・・。
なんで、オレこんなに息切れしてんだ?
俺は今、こんな事してる場合じゃねぇーんだって!
さとりとの対処方法も、考えなきゃならない。
真実をどうやって知るか、手段も考えなきゃいけない。
でも、一番気になっているのは、さっき、春(シュン)ちゃんが途中で止めた言葉だ。
オヤジが、さとりと陸(リク)パパとの関係を知る為に、何かを企んでるって・・・。
話の途中だったのに、勝手に切り上げて、スタスタ歩かれたら、気になって気になって!!
でも、ただ、方法を知りたいだけ・・・ってわけではないんだ・・・実は。
俺は、方法って事よりも、『オヤジの考え』が知りたかった気がする。
オヤジの全てが知りたい!って・・・。
だって、俺、今、すっげぇー、悔しいから。
何が?って・・・。
決まってるだろ?
春(シュン)ちゃんに、負けた事だよ。
俺は、ホントにオヤジの事が好きなんだ。
そして、尊敬だってしてる。
なのに、結局、俺は、オヤジの何もわかっていなかったって、思い知らされた。
18年間、俺は、オヤジの息子として生きてきたのにさ。
それも、オヤジの全てを知っていたのが、母さんならまだ、諦めもつく。
だけど、よりによって、春(シュン)ちゃんだよ。
確かに、オヤジと一緒にいた時間は、俺はもちろん、母さんよりも長いのは知ってる。
陸(リク)パパよりも、長いって事も・・・。
でも、いとことはいえ、“家族”じゃないんだから、オレからしたら他人だ!
そんなヤツが、オヤジの事、理解してて、俺はちっともで・・・。
さらに、オヤジが今からしようとしてる事も、春(シュン)ちゃんにはお見通しで・・・。
それだけでも、ムカついてるっていうのに、今のオレは、無視されて・・・。
今度は、オレが、春(シュン)ちゃんの手のひらの上で転がされてる感じがして・・・。
あぁー!!もう、さっきの事といい、この状況といい、ホンキでムカついてきた!!
完全にキレた俺は、さらに、息切れしながら、叫ぶ。
「あー、もぉー!!いい加減、待てって!!」
足を止めて、さらに、右足をダンダン踏みつけるオレの音に、スタスタと歩いていた春(シュン)ちゃんも足を止めて、振り返った。
あっ!振り返った!!
と思った俺は、少し意表をつかれた。
だって、春(シュン)ちゃんの事だから、無視して行っちゃうかと思ってたから。
でも・・・俺が甘かったよ・・・。
ここで、春(シュン)ちゃんが、優しく答えをくれるなんて、一瞬でも思った俺がバカだった。
なんでか。・・・って?
だって、春(シュン)ちゃんは、振り返ったものの、顔色一つ変えずに、俺にこう言ったんだから。
「お前、うるさいよ!もっと静かに、ついて来いっ!」
って・・・。
そして、くるっ!と方向転換すると、また、さっきと同じスピードで歩き出した。
「ハァー・・・自己中男めっ!」
俺は、体全体で重い重いタメ息をつきながら、力なく口にした。
だけど、そうした所でその言葉は、むなしく地面に落下して、蒸発していった。
春(シュン)ちゃんに届く事なく、無残に・・・。
俺は、諦めモードで、重い足を一歩一歩春(シュン)ちゃんの後ろ姿にめがけて、進ませた。
気乗りしない俺の姿と違って、春(シュン)ちゃんは、とても軽やか!
スタスタと足取りはもちろん軽いが、さらに軽いと感じるのが、彼の気持ちかも?
だって、さっきまで、真っ直ぐ見ていた顔が、今度は左右にキョロキョロ動かして、目を輝かしてる。
まるで、今から始まる楽しい出来事の“キッカケ”を探すように・・・。
ここからでも見える、春(シュン)ちゃんの横顔は、いつになくキラキラと輝いているように見えた。
「さっきと、顔つきが違う・・・。
何を、企んでんだ?
あくどい顔だ・・・。」
嫌な予感がした。
だけど、全く、予測もつかない俺は、この直感を、すぐに消してしまったんだ。
もっと、自分の直感を信じるべきだった。
春(シュン)ちゃんが、何をしようとしているのか・・・もっと、考えればよかったけど・・・。
いや、考えた所でわかんねぇーよ。
この“イカれた”男の考えてた事なんて・・・。
きっと、この世で、“あの人”しか、わかってなかったはずだ。
そう・・・俺が、心から尊敬するオヤジしかね・・・。
「ホント、わけわかんねぇー。
いつまで、つきあえばいいんだよ!」
いい加減、春(シュン)ちゃんの意味不明な行動に付き合うのもウンザリしてきた俺は、この追っかけっこに終止符を打つことを決めた。
競歩から、俺はダッシュに切り替える。
ダーっと一気に走った俺と、春(シュン)ちゃんとの距離が、見る見るうちに縮まっていく。
手が届く射程距離内に、春(シュン)ちゃんを閉じ込めた俺は、そのまま左手を伸ばし春(シュン)ちゃんの腕に触れた。
春(シュン)ちゃんの右腕を、バシとつかんだ俺は、そのまま腕を自分の方にグイと引き寄せた。
強い力で引っ張られた春(シュン)ちゃんは、さすがに足を止める。
強制に止まらされた春(シュン)ちゃんは、とても不思議そうに俺を見てこう言った。
「ん?何?」
って・・・。ハァ?だよ。
その冷静ぶりはなんだ。って呆れたね。
だって、さっきから、俺が問いかけてたの、聞こえてただろ?
だったら、なぜ、自分は止められたか、普通わかるだろ?
まさか・・・俺がなぜ、叫んでたかも、意味わかってないとか?
歩くの速いから、SOSを出していたとか・・・思ってないよな?
そんな事が頭によぎって、すごく不安になる俺。
ドンドン、テンションがさがって、しょぼくれる俺に、春(シュン)ちゃんは、
「なんだよ。理由がないなら、止めるなよ!
今から、いい事が起るっていうのにさぁー。」
とルンルンでさ・・・。
「やっぱり、全然わかってない・・・。」
ボソっと言って俺は、さらに、ハァーとタメ息をつく。
だけど俺のヘコみようは、それではおさまらず、自然と春(シュン)ちゃんをつかんでいた手が、力なく離れた。
そして、俺はというと、たまらず、その場にしゃがんで頭を抱える。
「ホント・・・なんなんだよ・・・。」
俺は、目の前にある廊下に向かって嘆いた。
俺がどうして、こんなに困惑してるかというと・・・。
理由は、この場所にある。
ここは、どこか。って?
ここは、入院患者がたまる場所。
つまり、患者専用の談話室ってとこかな?
なぜ、今日勤務がない春(シュン)ちゃんがこんな所に来たのかも疑問だし、そもそも春(シュン)ちゃんが“この階”に来た事も不思議だ。
“患者を診る分野”としては、春(シュン)ちゃんは、脳外科が専門とし、俺たちが学んだアメリカのスクールでも、その腕は認められてる。
春(シュン)ちゃんには、前にも言ったけど、モデルの顔もあってさ。
でも、そのモデルでの仕事で海外に行く時でも、一緒にオペもこなしちゃうんだよ。
実際、俺がアメリカのスクールにいた時も、何度か病院にいたもん。
「また、来たの?」
という俺に、
「お前、喧嘩売ってんのか?
よしよし、そこまで、言うならお前、俺の第一助手にしてやる。」
と勝手に、俺をオペ室に連れ込んだり・・・。
ホント、迷惑な人だったよ。
「なんで、ついでに、オペまでしちゃうわけ?
撮影終わったなら、さっさと日本に帰れよ。」
って言うとさ、決まって春(シュン)ちゃんは言うんだよね。
それは・・・。
「どうせ日本を離れるなら、ついでにいっぱいやっちゃった方がお徳でしょ。
一石二鳥・・・いや、一石三鳥で。」
ってな。ホント呆れるだろ?
それに、対して、オヤジはというと、もっと呆れるんだよな、これが。
「生まれた時から、院長の座を背負ってきただけあって、行動に無駄がない。
俺も、見習わなきゃ。」
って言ってさ、春(シュン)ちゃんをベタ褒めしちゃって。
ホント、オヤジもバカなんだから!と呆れる俺と、唯一わかりあえるのが、オヤジの弟の聖(アキラ)ちゃん。
聖(アキラ)ちゃんは、オヤジと春(シュン)ちゃんと、常に考え方が違うんだよ。
無理をしない。酷使しない。過信しない。
これが、聖(アキラ)ちゃんのモットーらしい。
実際、春(シュン)ちゃんのこの行動に対しての、聖(アキラ)ちゃんの答えは、こうだ。
「体は1つ。欲張りは、いずれ泣きを見る。」
ってね。
確かに、その通り!!と俺は、同感するんだよなー。
こんな感じで、人にも自分にも心地いい安全な道を歩く聖(アキラ)ちゃんと違って、春(シュン)ちゃんは、オヤジのように、イバラの道を進んで歩く。
ちょっとバランスを崩したら、周りにある避(ヨ)けたイバラが、自分にささるくらいの、危険な道をね・・・。
幼い頃は全然思わなかったんだけど、実際、自分が医者になって、向こうで医者として働いて、わかったんだ。
医者って仕事は、半端じゃないって。
知識や技術を学んで、はい終り!って、わけじゃないからね。
医者としての人生だけでも大変なのに、春(シュン)ちゃんは、モデルとしての人生を歩いてる。
そして、さらに・・・まだあんだよ。
医者としてなんだけど、脳外科だけじゃないんだなー。
春(シュン)ちゃんの担当は・・・。
実は、元々、春(シュン)ちゃんとオヤジは、研究関連が得意だったらしく、2人は病理学を専門としていた。
病理学には、人体病理学、実験病理学、比較病理学などと、大まかにはこの3つに分かれているんだけど、春(シュン)ちゃんもオヤジも全部をこなす。
その中で、昔は、春(シュン)ちゃんが人体病理学をこなし、実験と比較病理学はオヤジが担当していたらしいんだけど、今は、オヤジは心臓の方で手が一杯のため、春(シュン)ちゃんが、3つの病理も含め、研究室の全てを管理してる。
なぜ、そんなに、なんでもかんでも自分でしようとするの?と俺は、オヤジに聞いた事がある。
その時、オヤジ言ってたっけ。
「たぶん、春(シュン)は、つぐなってるんだよ。」
って。春(シュン)ちゃんは、事情から、院長の座をオヤジに譲った。
詳しい事情は、教えてもらってないけど・・・。
でも、たぶんさっきの春(シュン)ちゃんの話。
子供を死なせてしまったってやつ。
アレを聞いて思った。
もしかしたら、アレが、関係してるんじゃないか・・・って。
「春(シュン)は、自分にとって、院長にならない事が幸せだと思って退いた。
それに対して、後悔も未練も全くなったはずだ。
だけど、アイツの中で、1つ心残りがあった。
悪者になってでも、必死で春(シュン)を守ってきてくれた秋さんに対して、申し訳ない気持ちがあったはずだ。
それは、自分が父親になって、さらにわかった事だろうな。
だから、アイツは、助けになりたいと思ったんじゃないかな?
秋さんが、自分の夢を捨ててまで、必死で守り愛してきたこの病院の助けになればと。
だから、アイツは自分が出来ることを必死でやってる。
お前は、春(シュン)が不真面目だっていうけど、そうじゃない。
アイツは、全てを平等に見れる目を持ってる。
そして、その中で何が一番大切か。
何を今、最優先にすべきか。
それを、瞬時に判断して行う。
はたから見たら、チョコチョコして。って思うだろうけど、俺や右京からしたら、ありがたいよ。
春(シュン)の判断で、俺たちは近道を選べる時がある。
だから、お前も、アイツを見て、盗めるところは盗め。
それが、最高の医者になる一番の近道だ。」
そう、オヤジは前に俺に話した事があった。
俺は、その時、「ふん。」と鼻で笑って、マジメに聞いてなかったんだ。
だって、その時の俺は、春(シュン)ちゃんなんて眼中になかったから。
春(シュン)ちゃんなんかいらない。
オヤジから盗むもーん。ってホンキで思ってたから。
だけど、さっきの春(シュン)ちゃんの話・・・。
オヤジの事を、知り尽くしてる春(シュン)ちゃん。
つまり、オヤジの事を春(シュン)ちゃんがそれだけ知ってるって事は、その反対もありって事だろ?
オヤジも、誰よりも春(シュン)ちゃんを知ってるって・・・。
そのオヤジが、春(シュン)ちゃんを、褒めたんだ。
まんざら、嘘でもないのか?と俺は疑いを持ち始めてた。
実際・・・今、置かれている状況を見てみろよ!
脳外科と病理担当の医者が、この階になんて、絶対に用はないはずなんだ。
だって、ここは、気管支や臓器関係の分野の患者がほとんど。
なっ?オヤジならまだしも、春(シュン)ちゃんには全く関係ない場所なんだよ。
だけど、ここに春(シュン)ちゃんが来たって事は、何かあるんだよな。
何があるんだ??
俺は、そう必死で考えて・・・。
「あっ!」
一つ気付いた。
それは、この病棟は、女性患者が多いという事。
「まさか・・・女探しが目的か??」
ほら、よくいうだろ?
女を忘れる為には、女だって・・・。
俺に、さとりを諦めろ。って言いたいのか?
いや、待てよ・・・。
春(シュン)ちゃんは、そんなに出来た男か?
ただ単に・・・。
そう思った俺は、疑いの眼差しで、春(シュン)ちゃんを見る。
自分の女を、探す為・・・とか?
もしそうなら・・・ぜぇーったい、未来さんにいいつけてやる。
修羅場だ、修羅場だ!!
ざまーみろ!!
と小悪魔になる俺。
ちょっと・・・楽しみだったりする。
だって、春(シュン)ちゃん、おもしろくないくらい、奥さん一筋だから。
アレだけ、世間ではモデルの春来(ハルキ)として騒がれてるのに、浮いた話の一つもない。
今話題の女優とかでも、理想のタイプは?っていう質問で、
「モデルの春来(ハルキ)。」
という回答をよく耳にするっていうのに、当の本人の春来(ハルキ)は、
「好きなタイプも、理想のタイプも、ないですね。
“彼女”だから、愛せる。
ただ、それだけです。」
と、堂々とのろけたりしてた。
なぜ、アメリカにいて、そんなに詳しいか?って。
だって、アメリカでも、流れてるから。
ホントむかつくけど・・・春(シュン)ちゃんは、世界でも有名で、メディアにひっぱりだこ。
絶対、すっげぇー、金持ってるよ!と思うくらい、春(シュン)ちゃんは超売れっ子なんだ。
そんな、春(シュン)ちゃんの浮気を見れるなんて・・・。
なっ?ワクワクするだろ?
だけど、ワクワクしてたのは、俺だけじゃなかったんだよ。
なんと、春(シュン)ちゃんもワクワクしちゃってた・・・。
「あっ!めっけぇー!!」
春(シュン)ちゃんはそう言って、ニッコリ笑うと、いきなり携帯を取り出した。
どこに電話してんだ?
そもそも、何をみつけたんだ?
と不思議がる俺の耳に、春(シュン)ちゃんの言葉が入ってきた。
それは、春(シュン)ちゃんが、誰に発信したかがわかる言葉だった。
「あっ、右京?あのさ、今、東病棟9階にいるんだ。
白衣持ってきてくれない?
そうそう。白衣ねっ!
大至急、よろしくー!!」
「白衣??」
そう答えたのは右京さんじゃない。
オレな!
とはいえ、右京さんもきっとそう電話口で答えたんじゃないかな?
聞こえないけどさ・・・絶対そうだろ?
なんで、今ここで、春(シュン)ちゃんが、白衣を必要とするんだ?
それに何より、それを、どうして、右京さんに持って来さす?
だって、右京さんは、オヤジの秘書だろ?
ホント・・・わがままなやつだな。
また、俺は深く大きなため息をした。
「何、タメ息ついてんの?」
と笑いながら言った春(シュン)ちゃんは、携帯を閉じると、
「早く、右京、持って来ねぇーかな?」
と言いながら、鼻歌を歌ってる。
なぜ、白衣をそんなに必要としてるのか知らないけど・・・。
「その鼻歌、ウザイ!!」
といいながら、春(シュン)ちゃんのお尻にケリを入れるオレ。
「いってぇーな!足癖わりぃーのは、冬真(トウマ)譲りだな。」
と迷惑そうに言って、春(シュン)ちゃんはお尻をなでた。
その時、春(シュン)ちゃんが待ちに待った人が、到着した。
「お待たせ・・・しました。」
息を切らしながら発せられた言葉で、かなり急いで来たんだと、想像ついた。
その声に、もちろん、俺も春(シュン)ちゃんも振り返る。
その人物の手にしている物を見た春(シュン)ちゃんの顔は、満面の笑みになる。
「おー!仕事が早いねぇー、右京くん!」
おちゃらけながらそう言って春(シュン)ちゃんは右京さんに近付くと、彼が両手で丁寧に抱えている白衣を、右手で乱暴に取った。
その姿に、右京さんは、オタオタする。
「お願いですから、丁重に扱って下さい。」
それに対して春(シュン)ちゃんは、ポケットの中身が落ちるのを心配しての右京さんの言葉と思ったようで、
「なんだよ。中身、取って来なかったのかよ。」
と少し軽蔑するような口調で言った。
「いえ、そうではありません。
この白衣は、みなさまのと違って、素材が柔らかいものですので、荒く扱うと、縫い目がほつれてしまう場合があるので・・・って。
ちょ、ちょっと!!言ってる側から、止めてください!!」
春(シュン)ちゃんの行動に、血相を変えた右京さん。
春(シュン)ちゃんが、どんな行動をしていたかというと・・・。
中身取ってこなかったの?と聞いて、そういう事ではないと右京さんが否定したにも関わらず、春(シュン)ちゃんは、白衣の左右のポケットに、同時に両手をズボズボと乱暴につっこんだ。
つまり、ポケットに入ってる両手で左右に白衣が引っ張られてるわけで・・・そりゃ、右京さんが血相変えるのもわかるよ。
そんな事したら、縫い目がほつれるってーの!
焦った右京さんは強引に春(シュン)ちゃんの手から、白衣をひったくろうとするけど、春(シュン)ちゃんも必死。
取られてなるものかと、大股で3歩後ろに下がる。
右京さんの右手が、宙を舞う。
「残念でしたぁー。」
とベーと舌を出す春(シュン)ちゃんに、
「勘弁してくださいよ・・・。」
と情けない声を出す右京さん。
上げていた右手を力なく下げた右京さんの行動で、白衣は取り上げられる危険性が消えた事を悟った春(シュン)ちゃんは、出していた舌を戻すと、右手をポケットから引っこ抜き、右手で白衣をギュッと持った。
右手でシッカリと持たれた白衣から、今度は左手を抜いた春(シュン)ちゃん。
「中身、ちゃんと、抜いてんじゃん!」
と声を上げ、さらに、左手の親指で、グーとサインを右京さんに送るが、俺も右京さんも春(シュン)ちゃんのテンションにはついていけず、いたって冷め冷め。
「右京さんが、さっきから、言ってんじゃん!」
と冷ややかな目でいう俺。そして、右京さんはというと・・・。
「新調しないと・・・。」
と悲しい声を上げた。
さらに、ちょっと・・・びびってる?
いつになく、落ち着きがない右京さん。
普段の右京さんって、すっごい頼りがいが、あるんだよ。
落ち着いてて、仕事が早くて、優しくて。
だけど、今の右京さんって、いつもの右京さんじゃない。
それにさ、実は、さっきから気になってたんだよ。
何が?って・・・会話だよ!
春(シュン)ちゃんと右京さんの2人の会話さ、おかしくねぇ?
自分の白衣なら、春(シュン)ちゃんは中に何が入ってるかわかるはずだし、第一、この白衣を春(シュン)ちゃんが手にしてから、右京さんの態度が落ち着きないだろ?
なんか、『頭が上がらない』って感じで・・・。
それに、そもそも、今春(シュン)ちゃんが持ってる白衣って、普通と違うって言ってたよな?
柔らかい素材って・・・そんなの初めて聞いたぞ。
そんなの使ってるって、まるで“特別扱い”だよな。
って・・・ん?
俺は、一瞬止まった。
そして、ユックリと、頭を動かす。
右京さんにとって、頭が上がらないほど尊敬してる人物って、この世で1人しかいねぇーよな。
それは、もちろん、オヤジ。
そして、特別な白衣・・・。
そんな事を順番に問いかけ、答えを求めていた時だった。
自分勝手な春(シュン)ちゃんは、待ってはくれなかった。
「んじゃ、一丁、演技してくっかな?」
春(シュン)ちゃんのその声に、「ん?」と言いながら俺は、考え込んで下を向けていた頭を上げて、春(シュン)ちゃんを見たんだ。
見て・・・こう言ってしまった。
「えっ?なんで、オヤジ??」
ちゃんとわかってるよ。
ここにオヤジはいないって。
ここにいるのは、春(シュン)ちゃんだって。
だけど・・・。
俺は、目の前にいる春(シュン)ちゃんに近付いて、じーっと見た。
でも、見れば見るほど・・・似てる。
「こんなに・・・似てたっけ?」
確かに、双子に間違えられるくらい、似てはいるオヤジと春(シュン)ちゃんなんだけど・・・。
でも、俺、息子だよ!
今まで、間違った事ないのに。
あっ・・・ガキの時は置いといてな。
だけど、今の春(シュン)ちゃんは・・・わかんねぇー。
ぽーっと見とれてしまうオレに、春(シュン)ちゃんは、
「ちょっと、意識するだけで、簡単に似てしまうんだよ。」
と話し方まで、『オアシス冬真(トウマ)』になってた。
「髪の分け方も一緒にして、あと、目じりを少し下げるように、顔つきにも気をつけて・・・。
あー、あと、物の言い方も、穏やかに優しくね。
それから、最後に声。
声は、のどの奥をこんな風に少し絞めると・・・。」
と言った春(シュン)ちゃんは、オレをオヤジと同じ目つきで見つめるとこう言った。
「天(タカシ)、どうだ?似てるだろ?」
「!!」
何も言えないって。
似てるも何も・・・そのものだったよ。
顔だけじゃなくて、声帯ももともと二人は似てたんだ。
知らなかった。
いとこなのに・・・すげぇー。
そして、さすがの右京さんも、春(シュン)ちゃんの見事な変身ぶりに、
「これは・・・すごいですね・・・。」
と呆気に取られてた。
けど!!感心してる場合じゃないんだ!!
だから・・・なんだ??って話だよ!!
確かに、1つわかった事はある。
右京さんが持ってきたのは、やっぱり、オヤジの白衣だったって事。
だって、春(シュン)ちゃんが、その白衣を着てわかった。
胸に付いてる名札が、オヤジの名前になってたから。
髪型に声に、さらに、オヤジの名札付きの白衣を着られたら、絶対に見分けられない。
俺も・・・自信ないよ。
けどさ、わかるのは、これだけだよ。
白衣の謎はわかったけど、どうして、春(シュン)ちゃんがこんな姿になったのか、さっぱり。
一体、何の為??
見当もつかない俺は、春(シュン)ちゃんに首までかしげる。
「オヤジに化けて、何すんの?
ドッキリで誰かをだますの?」
俺の素朴な疑問に対して、春(シュン)ちゃんは、
「ドッキリね・・・お前、うまい事いうね。」
と言いながら、クククとおかしそうに笑った春(シュン)ちゃんは、口元に添えていた手を下げると俺を見た。
笑い方。しぐさ。俺を見る瞳・・・。
これは、本来のオヤジの姿とは程遠いけど、“外面”のオヤジには、ソックリだった。
患者や看護師が見る“オアシス冬真(トウマ)”、そのものだった。
「けど、こっちからは、しかけない。」
「しかけない?」
と聞き返した俺に、春(シュン)ちゃんはこう言った。
「向こうからくるさ。」
そう笑顔で言った春(シュン)ちゃんは、俺から今度は、右京さんへと視線を変える。
そして、じっと、春(シュン)ちゃんをにらんでいる右京さんに、春(シュン)ちゃんは、
「なんだよ。何か言いたそうだな。
そんなに白衣が心配か?」
と少し小バカにした笑いをした。
それに対して右京さんは、「そうではありません。」と即答すると、春(シュン)ちゃんに念を押した。
「いくら、冬真(トウマ)さまが信用されてる春(シュン)さまとはいえ、このような事をすることは、私は反対です。
冬真(トウマ)さまも、どう思われるか・・・。」
そして、春(シュン)ちゃんから目をそらした右京さん。
だけど、春(シュン)ちゃんは、「かまわねぇーよ。」と言った。
その言葉に、また、右京さんの目が春(シュン)ちゃんに戻る。
その目は、「なぜ?」と言ってるように見えた。
右京さんのその目に対して、春(シュン)ちゃんも素直に答える。
「確かに、今から俺がする行動は、“普通の人間”なら、怒るだろうな。
だけど、冬真(トウマ)は、怒らないって俺は信じてるから。」
春(シュン)ちゃんは、そういうと、一歩歩き出そうとした。
その春(シュン)ちゃんの足を止めるかのように、右京さんが声を発す。
「なぜ!」
突然の言葉に、「ん?」と聞いた春(シュン)ちゃんに、右京さんの言葉は春(シュン)ちゃんを直撃する。
「いくら、冬真(トウマ)さまとわかり合っているからといって、これから春(シュン)さまがしようとしてる事は、人としての領域を遥かに超えてます。
ハッキリ言って、冬真(トウマ)さまに受け入れられるか、五分と五分・・・・。
いえ、可能性は低いと言っても過言ではないと思います。
それは、春(シュン)さまもわかってらっしゃるはずです。
“冬真(トウマ)さまならわかってくれる”と言い切らず、“信じてる”とおっしゃられた事がその証拠です。
危険とわかっているのに・・・。
なのに、どうして、このような事をされるのですか?」
その言葉に、春(シュン)ちゃんは、フッと軽い声を出して笑うと、「そんなの決まってるだろ?」と言ったかと思ったら、体ごと右京さんの方を見た。
その目は・・・春(シュン)ちゃんの瞳だった。
とても真剣な、さっき、俺に何度も見せた強い光を放つ瞳。
春(シュン)ちゃんの強さを、感じさせる瞳だった。
「冬真(トウマ)の負担を、少しでも軽くしてやりたいから。」
「えっ?」
その驚きは、右京さんだけの声じゃなかった。
もちろん、俺の声も入ってた。
それ、どういう意味だよ。
と俺が聞こうとした時、春(シュン)ちゃんが、そのまま、答えをくれたんだ。
俺ではなく、右京さんに向かってだけどな・・・。
「アイツは、一人だけが悪者になればいいと思ってる。
自分だけが、責められたらいい。
自分だけが、頭を下げればいいって・・・。
アイツは、そうやって、何でもかんでも自分が背負って、そして、真実を突き止めようとする。
だけど、そうじゃないだろ?」
春(シュン)ちゃんは、そういうと、急に俺を見た。
急に見られてドキとする俺に、春(シュン)ちゃんは言葉を続けた。
「俺は、冬真(トウマ)に教えられた。
幸せは、2人で作るもの。
家族は、その幸せを分かち合う物だってな。
だけど、冬真(トウマ)は、自分の事になると、それができない。
何でもかんでも、自分が背負う。
自分だけが、悪者になる。
それじゃ、本当の家族にはなれないだろ?
今回の事は、冬真(トウマ)だけが、背負うものじゃない。
お前と、麗美(レミ)ちゃんと冬真(トウマ)の3人で背負うものだ。
そうしなきゃ、お前たちは本当の家族にはなれない気がする。」
「本当の・・・家族。」
「そうだ。」と言った春(シュン)ちゃんは、俺に近付いてくると、俺の頭を軽くなでた。
「だから、俺がその扉を開けてやる。
その先は、冬真(トウマ)に託す。
3人で進むのか、それとも、お前と麗美(レミ)ちゃんを背中に隠して、自分だけが飛び込んでいくか・・・。
だけどな、天(タカシ)・・・。」
そこで、一旦口を閉じた春(シュン)ちゃんは、俺にとても優しい笑いを送った。
「俺が、お前に見せたいのは、冬真(トウマ)の選択じゃないんだ。」
「えっ?」
「お前に、『本物の愛』ってのを、見せてやる。
それを見る事で、お前がこれから、彼女にどう接したらいいか。
彼女をどう、愛せばいいかが、わかるはずだ。
お前ら親子が、息ができないくらい苦しくなってる空間に、俺が、風を入れてやるよ。
俺の笑顔みたいに、とぉーっても、爽やかな風をな。」
そして、ニッコリ笑った春(シュン)ちゃんの笑顔は、本当に・・・爽やか・・・だった気がする。
春(シュン)ちゃんの謎めいた言葉と、春(シュン)ちゃんの意外な笑顔に、やられた俺は、呆然と春(シュン)ちゃんを見ていた。
「あっ、忘れる所だった。」
春(シュン)ちゃんは、爽やかな笑顔から一点、マヌケな顔に変わると、白衣を少し捲り上げて、お尻のポケットに入れていたある物を取り出す。
半分に折っていたそれを、パンパンと豪快に振りながら広げると、それをさらに両手で、グイグイと左右にひっぱる。
大きくなったそれを、俺の方に近付きながら、完全に形を整えた春(シュン)ちゃんは、俺の目の前で足を止めると、それを俺の頭の上にかぶせた。
コレは、いつも、春(シュン)ちゃんがかぶっている帽子だ。
ほら、さっきも言ったみたいに、春(シュン)ちゃんは、売れっ子のモデルだから。
外を歩く時は、色付きレンズのメガネと、つばの長い帽子は必需品なんだ。
けどさ、なぜ、その帽子を今、俺にかぶせるんだ??
だけど、春(シュン)ちゃんの不思議な行動は、それだけじゃなかった。
帽子を深くかぶった俺を見て、「んー・・・。」と首をかしげた春(シュン)ちゃん。
明らかに、不満!!って感じのリアクション。
そう読んだ俺は正解だったようで、春(シュン)ちゃんは、今度は白衣を開いて、自分が着ている上着のポケットを探る。
そして、今度はそれを、俺にさしだした。
「これ、つけてみ?」
「へっ?」
といいつつも、さらに、強引に手に持たされたら、はむかえず、俺は言われるがまま、春(シュン)ちゃんに渡されたメガネをつけた。
コレは、さっき言った、色付きメガネじゃなくて、度が入ってない普通のレンズ・・・というか、ガラスのレンズで出来たメガネ。
俗に言う、伊達メガネってやつだな。
春(シュン)ちゃんは、白衣を着てる時は、このメガネを付けて診察してる。
正体がバレないように!っていうのと、あと、オヤジとの判別みたいだよ。
髪型も目つきも、話した方も、声も、それなりに違うから、そんなに間違う事もないだろうけど、遠くからだとパッと見、わかんないからね。
それで、メガネというもので、判別してるみたい。
っていうかさ、俺今までメガネなんてかけたことないからさ。
だって、サングラスとかはあるけど、メガネって・・・そうそうないよな?
ちょっと、自分の顔が想像できない俺は、戸惑ってしまう。
おかしくないか?変な顔じゃないか?
オタクに見えたらどうしよう・・・。
とか、色々くだらない事を考えたりしちゃった俺だったけど、俺のメガネ姿を見た春(シュン)ちゃんは、「よしっ!」と満面の笑顔。
「俺、そんなに似合ってる?」
と少し気持ちを躍らせながら言った俺なのに、春(シュン)ちゃんは、
「顔がごまかせて、ナイスだ!」
とキッパリ言われた。
顔がごまかせるって・・・。
それって、メチャクチャ、最低じゃないか?
俺は、言葉に言い表せないくらいのショックを受けた。
「春(シュン)ちゃん・・・嫌い・・・。」
下を向いてボソと愚痴った俺。
だけど、春(シュン)ちゃんは、聞いちゃいなくて、
「あっ!来た来た!!」
と声を躍らせる。
その声に、俺は、伏せていた顔を、重い気持ちで上げた。
と、同時に、こんな声が聞こえたんだ。
「あー!!梅澤くんだー!!」
「えっ?」
俺は戸惑った。
だって、今、聞こえたよな?
『梅澤くん。』って・・・。
ここでは、看護師からも患者からも、俺は、『天(タカシ)先生』と呼ばれてる。
『梅澤くん』なんて、呼ぶやついねぇーもん。
っていうか・・・この世で、その呼び方、1人しか居ない気がするんだけど・・・。
「ま・・・さ・・・か・・・。」
俺は、恐る恐る、顔を声がした方に向けた。
俺たちがいる場所から、少し奥にいけば、ガラスばりになっている場所があって、そこから、外に出られるんだ。
ここは、9階なんだけど、外に出たら、中央にデッカイ噴水があって、周りにはベンチとか、大きな木とかがあって、まるで、公園みたいになってる。
敷地もかなりデカイ。
それは、正方形や長方形といった言葉で表すなら、そうだな・・・。
円に近いかもしれない。
その円状の筒が、この病院の最上階である13階にまで続いていて、9階から13階まで吹き抜けになっている。
広場で遊べるのは9階のみで、あとの階は、下をのぞいたり、天を仰いだりしてベンチに座ってくつろげる程度のスペースしかないけど、外の空気を吸えるからと、患者には大人気の場所らしい。
さっきも、言ったように、ここの空間は、外とつながっている。
かといって、ずーっと開けっ放しだったら、雨が降った時に困るわけで・・・。
だから、ドームみたいに、天井は開閉式になってる。
天気がいい昼間は、青空が見える。
雨が降っている時は、天井に、青空の映像が流れ、鳥のさえずりや、木々の揺れる音とかが聞こえて、まるで外にいる感覚が味わえる。
そして、夜になれば、天井に無数の輝く星が現れる。
ハッキリ言って・・・すごい設備だろ?
正直、どれだけ金かかってるんだ?って思うけど・・・。
しかも、これが1つじゃないんだよ。
ここは、東病棟なんだけど、南病棟にも、同じのがある。
ただ、南病棟は、4階から8階までが行き来できて、8階から上はないんだ。
つまり、東と南で、存在する階が違うんだ。
梅澤病院は、入院病棟が4階から始まってる。
だから、スタートが4階からなんだ。
4階から13階までをつなげてしまうと、広場に出たい人が最上階なら、行くのが大変だろ?
ちょうど、真ん中で区切れば、何かと便利だろう。と、考えたのと、4階から13階までの長い空間を作ってしまうと、事故につながる事もあるかもしれないと意見も出たらしく、こういう形になったとか。
でもって、あと、もう1つとんでもない場所があってね。
“この病院らしい”というべき病棟・・・かな?
それは、西病棟。
そして、別名、『大富豪の館』と患者や看護師は、呼んでいる。
西病棟は、著名人や訳ありの人たち。
つまり、簡単にいうと、特別な人しか入り込めない場所なんだ。
だから、そこには、俺たち、一族の医師の部屋がある。
院長室も、西病棟にあるから。
ついでに言っておくと、勤務医や看護師は、西病棟と南病棟の間にある、西―1病棟と呼ばれる棟と、南病棟と東病棟の間にある東―1病棟と呼ばれる棟に、それぞれ安息の居場所がある。
これだけ聞いて、気付いたと思うけど・・・。
この病院、半端じゃないくらい広いだろ。
梅澤総合病院って、もろに個人病院ぽいのに、とんでもなくデカイ。
じいちゃんがバリバリの頃はこんなに、デカくなかったらしいけど、オヤジが院長になってから、ドンドン増築して、とてつもない広さにまでなってしまった。
横もデカイが、上もデカイ。
病院内はもちろんの事ながら、エスカレーターもあるし、エレベーターもかなりの数がある。
なのに、まだ、増築してんだよなー。
建物の中心病棟である南病棟をもっと広げて、オペ室をあと、10室くらい増やしたいらしいが・・・。
いい加減にしろよ!と言いたい。
誰が、診るんだ!
どっから、そんな金が出てるんだ!
と怒りたいけど・・・俺の意見なんて、鼻であしらわれるのはわかりきってるから、俺は何も言わないけどね。
とはいえ、だいたい、病院の増築に関しては、オヤジの意見はあまりないみたいだけど・・・。
意見を出すのは、聖(アキラ)ちゃんで、決定するのは、春(シュン)ちゃん。
行動を起すのは、右京さんで、オヤジはというと・・・。
ただ、うなずいてるだけ??
「冬真(トウマ)さんは、そういう所では、動かないのよ。
無駄な体力は使わない。っていうのが、彼のモットーだから。
誰かに頼れる事は、頼るんじゃないかな?」
って、母さんは言ってたけど、俺からしたら、「しっかりしろよ!院長だろ?」って思うけどね・・・。
けど、さっき話した、今俺の目の前にある憩いの場所は、オヤジの案なんだって。
しかも、設計も構造も何もかも、オヤジが手がけたらしい。
今、気付いたけど、この距離でも、あの空間から漂ってくるこの心地いい香り。
これ・・・アロマだ。
さっき、カルムでかいだものと、よく似てる。
心が安らいで、暖かい気持ちになる香り。
そう言われたら、あの空間で耳にする自然の音も、天井の色彩も、全て優しいものになってる。
アレは、癒しの効果をすごく考えてるんじゃないか?って・・・。
今更だけど、気付いた。
そして、それは、すべて、オヤジのプロデュースなんだと気付いた。
気付いたんだけど・・・。
今は、その事に、感動してる場合じゃないんだって!!
俺を呼んだ声で、反応した俺の目に映った人物。
それは・・・もう、誰かわかってるよな。
そう・・・“アイツ”だったんだ。
俺を見つけて、満面の笑顔で俺に向かって走ってくるさとりから、俺は目をそらし、真横に居る春(シュン)ちゃんを見上げた。
もちろん、その目は、呆れた目な。
怒りたかったよ!
逢っちまったじゃねぇーかよ!!って責めたかったよ。
でも、もう、そういう元気はない。
それよりも、「おい、どーすんだよ。」っていう心の焦りの方がデカくて、俺はそんな目で春(シュン)ちゃんを見てた。
俺の視線に気付いた春(シュン)ちゃんは、「まーまー。」と言ってオヤジみたいな頼れる笑顔になると、俺の肩をポンと叩く。
「春(シュン)お父さんにまかせなさい!」
少し顔を下げて、俺の耳元でそう囁いた春(シュン)ちゃん。
「何、やらかすんだよ・・・。」
と心配そうに見つめる俺。
その時、さとりは、俺の元に到着した。
「すごーい!!なんで、梅澤くんがここにいるの?
病院にくるなんて、言ってなかったよね?」
俺を見るさとりの瞳は、キラキラしてた。
そりゃ、そうだよな。
数時間前まで愛し合ってた恋人に、意外な場所で逢えたんだ。
嬉しいよな。
俺だって、本当なら・・・いや。
今の状況でもうれしいよ。
さとりを抱きしめて、逢いたかったと囁きたい。
キスしたいって・・・。
そう思うけど、でも、やっぱり、心からそういう気になるかといえば・・・ならないよな。
やっぱり、姉弟かも?という可能性が俺の心をとめる。
俺をみて、はしゃぐさとりに、100%の愛で答えてやれない自分が情けないのと、さとりに申し訳ない気持ちで、俺は耐え切れず、たまらずさとりから目をそらした。
もちろん、俺のそういう態度に敏感になるさとりは、スーっと顔から笑顔を消した。
「やだ・・・どうしたの?
なんで、目・・・そらすの?」
さとりの声が、少し震えてる気がした。
俺は、昨日さとりと姉弟かもしれないと知った時、取り乱して、アイツに変な態度をとってしまった。
あれから、さとりは、あえて何も触れては来なかったけど、俺の様子がおかしかった事。
自分の父親に関する事が、俺との恋に障害をもたらすかもしれない事。
あいつなりに、感じていただろう。
だけど、あいつは、それには触れない素振りで俺の前では、今みたいに元気で俺に愛を振りまいてくれてた。
だけど、今、こうして、俺が現れ、さらに隣にオヤジ・・・って、実は春(シュン)ちゃんなんだけど、はたから見たらオヤジだよな?
そいつと2人で、いたらさ、何しに来たか、検討つくよな?
きっと、さとりは、こう思ったんだろう。
俺と別れるように、オヤジが言いに来たって。
さとりは、俺とはつりあわないと思っていたからな・・・。
俺と春(シュン)ちゃんとの登場を、こんな誤った理解をしたのは、さとりだけじゃなかった。
もう1人・・・・いたんだ。
「さとり・・・そちらの方は?」
さとりの背後から、女性の声がした。
その声に、さとりは、体を横にずらす。
すると、さとりの後ろから、車椅子に乗った女性が姿を現した。
髪を横くくりにして、背もそこそこある。
細くて、顔色もあまり優れない。
年は、母さんとあまりかわらないくらいに見えた。
雰囲気は、さとりにどことなく似ていた。
もしかして??
と思った俺は、すぐに、彼女の耳に注目した。
さとりの言った通り、右耳に紫色の石が入ったピアスをしていた。
それは、さっき、俺が陸(リク)パパの遺品から失敬して、つけていたものの片割れだと、この距離からでもわかった。
やっぱり、さとりのおふくろさんが、今も尚、想っている昔の恋人は、陸(リク)パパに間違いないと俺は確信した。
「あー・・・ほら、さっき話したでしょ?
私の学校に、転校してきた梅澤くん。」
さとりは、愛想笑いをしながら、おふくろさんに俺の事をそう言った。
本当は、恋人だと言いたかったんだと思う。
だけど、俺のこの態度が・・・さとりに、そう言わせなかったんだと気付いた。
さらに、俺の胸が苦しくなる。
どうすればいいんだ。
どんな言葉を、さとりにかければいいんだ。
それだけじゃない。
さとりのおふくろさんにも、何て言えばいいんだ。
聞きたい。
さとりの父親は誰なんだと・・・・聞きたい。
でも、それは、今は言うなとオヤジに言われてるし・・・。
本当に聞きたい事を口に出せないのに、何を話せというんだ。
俺の頭は、大パニックだった。
何一つ、いい案が浮かばない。
その上、さとりを不安にさせたくなかったのに、変な誤解を招いて、辛い想いをさせてる。
そう実感した時、俺は、思った。
オヤジが言った通り、俺は無力だって・・・。
この事に関して、俺には荷が重過ぎるとオヤジは言った。
俺には、対処ができないと・・・。
その本当の意味が・・・今、分かった気がした。
ここは、情けないが、春(シュン)ちゃんに頼るしかないと思った。
これ以上、俺が黙る事も、ここで何か俺が言ったとしても、事態を悪化させるだけだと、感じたんだ。
俺は、隣に居る春(シュン)ちゃんを見て、少し頭をさげた。
「この場は、春(シュン)ちゃんに任せるから・・・。
春(シュン)ちゃんがやろうとしてる事・・・やって。」
ボソと言った俺に、春(シュン)ちゃんは、「おう。」と答えると、
「じゃ、俺の演技についてこい。」
と言ったかと思ったら、俺の側から離れ、さとりと、おふくろさんのもとへと進んでいった。
「あなたが、さとりさんですね。」
春(シュン)ちゃんの言葉に、母親を見ていたさとりは、「えっ?」と言いながら、春(シュン)ちゃんの方に顔を向けた。
優しく微笑んで自分を見ている春(シュン)ちゃんに、さとりは、「は・・・い・・・。」と少しビクつきながら返事をした。
そのオドオドぶりに、春(シュン)ちゃんは、「大丈夫ですよ。」と軽く笑いながら優しい声で答えた。
その声は、オアシス冬真(トウマ)の声だった・・・。
「先に言っておきます。
あなたと、天(タカシ)の事を反対なんてしてませんよ。
むしろ、祝福してますから、安心してください。」
その瞬間、「えっ?」と驚くさとりの声。
そして、もう一つ。
「へっ?」
とマヌケな声。
えっ?誰の声か。って・・・そんなのわかるだろ?
俺だよ、俺!!
だって、そうだろ?
祝福しちゃー、まずいだろが!!
何を言ってんだ!
たまらず、俺は春(シュン)ちゃんの元にかけよって、春(シュン)ちゃんの腕をつかむ。
「ちょ、春(シュン)ちゃん何言って!!」
と小声で突っ込んだその時、おふくろさんの言葉が、俺の声をかき消した。
「あの・・・院長先生ですよね?
麗美(レミ)先生の旦那さまの・・・。」
その問いかけに、春(シュン)ちゃんは、「ええ。」と答え、俺の頭に右手を乗せると、グイとそれを下に沈め、耳元で囁く。
「春(シュン)ちゃん、言うな!!」
そして、ニヤと笑うと、俺から手を離し、おふくろさんの目の前まで行くと、同じ目線になる為に、しゃがむ。
「華湯葉(ハナユバ)さんの事は、いつも妻の麗美(レミ)から聞いてます。
小児科医である彼女を、信頼して下さって、感謝してます。
彼女もあなたのおかげで、医師として自信がついたと思います。」
そう言って、軽く頭を下げた春(シュン)ちゃん。
「そんな・・・。こちらこそ、いつもよくしていただいて、感謝してるんです。」
と言いながら、「頭を上げてください。」と慌てて、春(シュン)ちゃんの頭をあげようとする、おふくろさん。
確かに、この大病院の院長に頭を下げられたら、オタオタもするよな。
その気持ちわからなくはないが・・・すみません。
その男は、偽者なんで・・・と俺は、心の中でおふくろさんに謝った。
「所で、華湯葉(ハナユバ)さん。」
春(シュン)ちゃんは、そういうと、自分が変装した目的である本題に早速入った。
「天(タカシ)に、聞いたんですが・・・。」
春(シュン)ちゃんはそういうと、いきなり、左手をポケットから取り出し、それをおふくろさんの目の前で開いた。
春(シュン)ちゃんの手のひらにあった物を見て、俺は思わず絶叫した。
「なんで、それ、持ってんの!!」
俺の声に、さとりも、「えっ?」と言いながら、母親と春(シュン)ちゃんの元に近付き、春(シュン)ちゃんの手の中にある物を見た。
「!!」
さとりも、絶句する。
でも、一番驚いてるのは、他でもないおふくろさんだった。
「なんで!!どうして、あなたが?」
あまりの驚きに、右手を口に当てる。
その手が、小刻みに震えていた。
そんな彼女の左手に、春(シュン)ちゃんは触れると、彼女の手にそれを握らせた。
「あなたがつけているものの片割れです。
お望みであるなら、差し上げますよ。」
春(シュン)ちゃんは優しい口調でそういうと、おふくろさんから手を離した。
春(シュン)ちゃんが渡したのは、さっきまで俺がつけていた、紫の石のついたピアス。
つまり、陸(リク)パパの遺品だ。
それを、勝手に、院長室から持ち出して、さらに、勝手にあげて・・・。
何を考えてんだ!!
と俺は、春(シュン)ちゃんにくってかかりそうになる。
でも、俺以上にくってかかりたいのは、もちろん、“彼女”だった。
「どうして・・・なぜ、あなたがこれを??」
自分の手の中に戻って来た物を涙を浮かべた瞳で、いとおしそうに見つめるおふくろさん。
その姿を見ながら、春(シュン)ちゃんは、こんな事を言った。
「それを、差し上げる代わりに、1つ私に付き合ってもらいたい事があります。」
春(シュン)ちゃんの申し出に、「えっ?」と口にしながら、おふくろさんは伏せていた顔を上げた。
目の前には、自分を真剣な瞳で見る春(シュン)ちゃん。
その顔つきに、さとりのおふくろさんも負けたのか、「なんでしょうか?」と話にのってくれた。
それを聞いた春(シュン)ちゃんは、軽く息を吐くと、こんな提案をした。
「天(タカシ)に聞く限り、娘のさとりさんは、あなたが今も尚、昔の恋を引きずっている事に、心を痛めています。
そして、あなた自身も、21年経った今も、開放されず心が止まったまま。
この辺で、終止符を打ちたいと思いませんか?」
春(シュン)ちゃんの言葉に驚きすぎて何も言えないおふくろさんに、春(シュン)ちゃんはさらにこう言った。
「21年前にあなたの恋人だった男の名前は、葛城陸(カツラギ リク)。
そうですよね?」
もちろん、さとりのおふくろさんからの返答はなかった。
でも、目が・・・。
思いっきり驚いている瞳をしていたから、それを見てわかったよ。
やっぱり、そうなんだって。
俺も春(シュン)ちゃんも、さとりのおふくろさんの反応で確信した。
そして、さとりとおふくろさんは、なぜ、その名前を知っているのか、不思議でならないようで、おふくろさんは、途切れ途切れに春(シュン)ちゃんにこう言ってきた。
「どうして・・・どうして、彼の事を知っているの?
彼との事は、誰にも言ってなかったのに・・・。
それに、コレ。
このピアスを、どうしてあなたが?
陸(リク)とは、どういう関係なの?」
手の中にあるピアスを強く握りしめるおふくろさん。
その姿に、春(シュン)ちゃんは、ちゃんと気付いた。
おふくろさんの精神状態が、どうなりつつあるか。
すかさず、春(シュン)ちゃんは、左手をおふくろさんの力が入っている手にそっとかぶせると、トントントンとユックリと叩いた。
優しくふれているような音は、高ぶったおふくろさんの心をなだめているようにも感じた。
「落ち着いて下さい。」
春(シュン)ちゃんはそういいながら、数回手を打ちながら、何もいわず、おふくろさんを落ち着かせる事に集中した。
でも、
「教えて下さい。」
と懇願するさとりのおふくろさんに、根負けした春(シュン)ちゃんは、「わかりました。」と答えると、その手を動かしたまま、口を開いた。
「陸(リク)とは、無二の親友なんです。
ちょうど、あなたが、陸(リク)と付き合っていた頃、僕はアメリカに留学してました。
聞いたことありませんか?
ニューヨークにいる友がいると・・・。」
その言葉に、「そう言われたら・・・。」と言いながら、少し考えるおふくろさん。
「名前までは覚えてませんが、同じ夢を持つ友が居ると、言っていたような・・・。」
その回答に、春(シュン)ちゃんは、それは自分だというように、笑顔で答えた。
「あの・・・。」
少し言いにくそうにそう言ったのは、おふくろさんではなくて、今まで黙っていたさとり。
ここで、さとりが口を開くと思っていなかった俺は、思いっきり驚いた。
何を言い出すんだ??って。
でも、春(シュン)ちゃんは、ここで、言われるだろうと思っていたんだろうな。
まっ、さとりとは思わなかっただろうけどね。
だって、よくよく考えたら、こういう展開を春(シュン)ちゃんは狙っていたはずだから。
きっと、ここまで、話したら、こういう展開になると・・・。
春(シュン)ちゃんは、最初からわかっていたんだ・・・。
「その・・・葛城 陸(カツラギ リク)さんに逢わせて下さい。」
「えっ?」
と驚いたのは俺。
そして、おふくろさんは・・・・。
「どうして、さとりが?」
と不思議がる。
でも、その答えは、春(シュン)ちゃんが答えた。
「彼女もハッキリさせたいんですよね?
自分が、西波氏の子供か、葛城氏の子供か・・・。」
そのあとで、「ねっ?」と同意を求めた春(シュン)ちゃんに、さとりは黙ってうなずいた。
その姿に、おふくろさんは、暗い顔をして、下を向いた。
その表情が、何を物語っているのか・・・。
ハッキリ言ってわからなかった。
陸(リク)パパの子供だとハッキリさせたくないのか?
それとも、西波の子供でないというのが嘘で、本当は西波の子供で、陸(リク)パパの子供ではないのか?
今の、おふくろさんの表情からは、両方が感じられて・・・わからなかった。
「わかりました。」
春(シュン)ちゃんのその答えに、さとりもおふくろさんも春(シュン)ちゃんを見るが、一番焦った顔で見たのは俺だろう。
だって、今、春(シュン)ちゃん「わかりました。」って言わなかったか?
何が、わかったんだ?
だって、さとりは、陸(リク)パパに逢いたいと言ったんだぞ。
けど、陸(リク)パパは、もうこの世にいないんだ。
逢わせられるわけないだろ!!
焦った俺は、黙っていられなくて、春(シュン)ちゃんに迫る。
「おい!何考えてんだよ!!」
春(シュン)ちゃんの腕をつかむ俺。
その時、今度はとんでもない声が背後から聞こえたんだ。
「あれ?天(タカシ)じゃない。
こんな所で何してるの?」
その声を聞いた瞬間、俺の顔からサーっと血の気が失せるのを感じた。
そして、春(シュン)ちゃんに向かっていた言葉も、もう出せなくなった。
この状況で、まさか、あの人が登場って・・・。
ドラマじゃあるまいし・・・ありえねぇーだろ!!
頼む、どうか・・・夢だと言ってくれ!!
俺は、春(シュン)ちゃんの腕をつかんでいた手を力なく離し、目をつぶる。
最悪だー!!と心で叫ぶ。
だけど、今、この状況を把握していないあの人は、無防備に俺たちの輪に入ってきた。
「あら、華湯葉さんに、娘さんも、御一緒じゃない。
一体、どうしたの?」
そして、俺の側に辿り着いた彼女は、俺の横にいる人物を見上げた。
「・・・・。」
姿を見て、目があった瞬間、何も言わなかった。
そりゃ、そうだろ。
どんなに取り繕っていても、“彼女”にわからないわけがないんだ。
絶対に・・・。
そして、春(シュン)ちゃんにだって、わかっていたはずだ。
騙せるわけがないって。
でも、無謀にも春(シュン)ちゃんは、演技を続行したんだ。
「昨日話した、天(タカシ)の恋人っていうのが、華湯葉(ハナユバ)さんの娘さんだったんだ。
それで、今、偶然、こうして逢ったから、挨拶をね・・・。」
そこまで言った春(シュン)ちゃんは、母さんの側に近付いた。
そして、母さんの腕を軽くつかんだ。
「麗美(レミ)からも、挨拶してくれないか?」
それに対して、母さんは、何も答えなかった。
ただ、春(シュン)ちゃんをジッとみつめるだけ。
これだけ見られたら、普通は目をそらすだろ?
バレる!!もしくは、バレた!!って。
でも、春(シュン)ちゃんは、余裕の笑みまで見せる。
その笑いはもちろん、オヤジそっくりにね・・・。
「どうした?」
とさらに、聞いてるし・・・。
どうしたも、こうしたもないだろ!!
バレてんだって!!と俺は、一人突っ込みをしつつ、表には出せないが、焦っていた。
だって、そうだろ?
ここで、母さんがもし、「春(シュン)さん、何してんの?。」と言ってしまったら、全てが台無しになるんだ。
だけど、状況を全く知らない母さんが、この状況に乗ってくるなんて、ありえない。
もう・・・終わりだ!!
俺は、たまらず頭を抱えた。
その時、ずっと黙っていた母さんの口が動いたんだ。
「ううん。なんでもない。」
母さんのいつものリアクション。
それには、「へっ?」と驚かずには居られなかった。
もちろん、側に居た右京さんも、驚いていた。
だけど、驚きはこれだけじゃなかったんだ。
母さんは、春(シュン)ちゃんが触れている手に自分から触れると、それを自分の体から離した。
「でも、ホント世間って、狭いのね。
まさか、天(タカシ)の相手が、華湯葉(ハナユバ)さんの娘さんだったなんて・・・。」
母さんはそう言って、春(シュン)ちゃんに笑いかけると、
「でも、よく、冬真(トウマ)さん、そんな事、わかったわね。
あっ、昨日、必死で調べてたのって、それ?」
と言い出す。
待てよ!今、母さん、冬真(トウマ)さんって言わなかった?
春(シュン)ちゃんの事、冬真(トウマ)さんって・・・。
えっ?母さん、春(シュン)ちゃんってわかってないの??
嘘だろー!!
自分の夫だろ?見抜いてくれよぉー!!
まっ、これだけ、そっくりなら、仕方ないんだろうけど、でも・・・。
正直、ショックだった。
母さんなら、絶対に見抜けると思ったから。
そして、思った。
きっと、ショックを受けるのは俺だけじゃない。
オヤジもこの事を知ったら、想像を絶するほどのショックを受けるだろうなって・・・思ったんだ。
「麗美(レミ)、驚くのはまだ早いよ。
実は、華湯葉(ハナユバ)さんとは、すごい共通点があってね。」
春(シュン)ちゃんはそういうと、今度はおふくろさんを見た。
「麗美(レミ)も知っているだろ?
陸(リク)が高校時代に、付き合っていた保健医。
それが、彼女なんだよ。」
「えっ?」
母さんは、驚きの目で、おふくろさんを見た。
そりゃ、驚くだろ。
こんな爆弾発言・・・春(シュン)ちゃん、なんで、こんなにさらっと言っちゃうの?
もっと、人の心をわかれよ!と俺は、拳をにぎってしまう。
戸惑っている母さんをよそに、春(シュン)ちゃんは話を進めた。
「さっき、娘のさとりちゃんに頼まれたんだ。
陸(リク)に逢わせてほしいってね。」
その言葉に、母さんの顔が勢いよく、春(シュン)ちゃんを見る。
その目はもちろん、「何、言ってるの?」って目だったけど、春(シュン)ちゃんは優しく笑いながら口を開く。
「陸(リク)の前で、ハッキリさせたいんだそうだ。
彼女が陸(リク)の子供か、そうでないのか。」
「えっ?」
という、か細い母さんの声が聞こえたのと、あとは、「バサバサ。」というファイルが落ちる音。
母さんの手に持っていたファイルが、母さんの手から、落下した。
こんな衝撃な事・・・。
母さんに知らせたくなかった。
俺が陸(リク)パパの子供であるのは、間違いない。
だったら、もし、さとりが陸(リク)パパの子供なら、俺とさとりは正真正銘、腹違いの姉弟だ。
それも、母さんにとってはショックだろう。
でも、もっと、ショックなのは、自分が見ていた患者が、愛していた陸(リク)パパの昔の恋人で、その人も子供を産んでいたなんて・・・。
そんなショックな事って、ないだろ?
オヤジだって、きっと、この事は母さんには言ってなかったはずだし、たぶん、一生言うつもりはなかったはずだから。
それを、オヤジの許可なく、勝手に言って。
しかも、オヤジの姿で・・・。
今の母さんは、春(シュン)ちゃんをオヤジと思ってる。
こんなデリカシーもないいい方されて、オヤジが、そんな冷たい心の持ち主だったという事も、突きつけられたんだ。
母さんは、この春(シュン)ちゃんの軽率な態度で、たくさん傷つけられたんだ。
こんな事、許すんじゃなかった。
母さんを悲しませるなんて・・・。
俺、サイテーだ・・・。
こんな事、今すぐ、やめさせよう!
俺が、そう決めた時、もう、すでに、動いている人物がいた。
その人も、俺と同じく、オヤジをこよなく愛す人。
オヤジの価値を下げられて、黙っていられなくなったんだろう。
春(シュン)ちゃんの腕をつかみ、強くにらむ。
「もう、おやめください。」
右京さんは、そういうと、さらに、春(シュン)ちゃんの腕を強く握る。
「冬真(トウマ)さまと麗美(レミ)さまとの信頼関係を揺るがす事など、わたくしは許した覚えはございません。」
春(シュン)ちゃんの耳元で、そう強く言った右京さん。
でも、春(シュン)ちゃんは、まーったく反省する気もなく、詫びるどころか・・・笑ってた。
しかも、
「まー、そう、慌てるなって!」
と、あっけらかんとしてるし。
この深刻な状況で、これだけノホホーンとしていられる春(シュン)ちゃんに、俺はある意味敗北を感じたよ。
すご過ぎる!!って・・・。
だけど、俺と違って、右京さんは簡単には、引き下がらなかった。
それだけ、オヤジに忠誠心が強いって事なんだろうな。
オヤジの人格を傷つけられたようで、我慢できなかったんだろう。
右京さんの反発は、なかなか収まらなかった。
「いい加減にして下さい!
もう、やめてください。」
強く言い切る右京さんに、「ハァー。」と深くて大きなタメ息をついた春(シュン)ちゃん。
そのタメ息に、さらに、怒りを感じた右京さんは、
「春(シュン)さま!!」
とすごい剣幕で叫びそうになって・・・。
瞬時に察知した春(シュン)ちゃんが、
「おっと!!」
と言いながら、右京さんの口に手を当てたから、右京さんの春(シュン)ちゃんコールは耳には届かなかったんだけど・・・。
どうやら、右京さんの怒りは、簡単にはおさまらないと判明。
春(シュン)ちゃんは、「やれやれ。」と言いつつ、降参。
とはいえ、この茶番をやめるのではない!
右京さんを放置して続ける、強行突破を諦めただけ。
「お前の悪い所、教えといてやる。」
春(シュン)ちゃんは、いきなり、右京さんにそういうと、右京さんの胸を右手の人差し指で軽くツーンと押した。
「えっ?」
と驚く右京さんに、春(シュン)ちゃんはニッコリ笑う。
「お前は、冬真(トウマ)に対して、絶対の信頼を持ってる。
それは、外から見たら、御立派だし、完璧な忠誠心だと思うよ。
だけどな、そんなもん、俺からしたら、薄っぺらい感情。
もっと、いえば、“独りよがりの想い”としか思えねぇー。」
「そんな事はありません!
わたくしは、ホンキで冬真(トウマ)さまを尊敬しております。
信頼しております。
冬真(トウマ)さまの為なら、・・・。」
「じゃ、聞くけど、冬真(トウマ)の為って、何?」
「えっ?」
「冬真(トウマ)の為かどうかって、誰が決めんの?
何が基準?」
「それは・・・。」
「冬真(トウマ)が言う事や、冬真(トウマ)が有利になる事をしたからって、それが、100%冬真(トウマ)の為って言えんの?」
何もいえず黙る右京さんに、春(シュン)ちゃんは、右京さんの肩をポンと叩く。
「お前は、冬真(トウマ)の言動や行動に、敏感に反応し、それに忠実に従ってるだけだ。
その方が、自分も動きやすいし、相手の気持ちもわかりやすい。
形として、自分の思いも表れるからな。
相手に、受け入れてもらえたか、そうでないか、一目瞭然だ。
でも、そろそろ、見えない部分に従おうと、思わないか?」
「見えない・・・部分?」
「ああ。例えば・・・。」
春(シュン)ちゃんはそういうと、今度は、右京さんの胸をトントンと叩いた。
「む・・ね?」
戸惑った口調でそう言った右京さんに、春(シュン)ちゃんは口元を緩ませた。
「冬真(トウマ)が抱いてる、“強い想い”を信じて従う・・・とか。」
「想い・・・ですか?」
「そう。」と答えた春(シュン)ちゃんは、「今なら・・・アレかな?」というと、さとりのおふくろさんの方に向かって歩き出した、母さんに目を向けた。
「冬真(トウマ)が向ける、麗美(レミ)ちゃんへの愛の重さとかね・・・。」
母さんを見ながらそう言った春(シュン)ちゃんは、右京さんに目を向け、次にそのまま、俺を見た。
「右京もそうだけど、天(タカシ)!
お前も、冬真(トウマ)と麗美(レミ)ちゃんの愛、信じてねぇーだろ?」
「それは・・・。」
俺は、言葉を詰まらせた。
だって、そもそも、疑ったのは、母さんが、春(シュン)ちゃんと見破らなかったから。
それが、悪いんだ!!
でも、そうは、言えなくて・・・俺は、黙ったまま春(シュン)ちゃんを見た。
だけど、俺の考えてる事なんて、春(シュン)ちゃんにはお見通しで・・・。
やっぱり、春(シュン)ちゃんは、俺が何も言わなくても、答えをくれた。
「麗美(レミ)ちゃんが、俺に気付かなかったと、ホンキで思ってんのか?」
「えっ?」
と俺は驚き、
「ですが、春(シュン)さまの事を、冬真(トウマ)さまとお呼びに・・・。」
と右京さんも答える。
すると、春(シュン)ちゃんは、「お前らバカだろ?」と言って、少し呆れた顔をする。
「それが、心を見てないって言ってんだよ。」
「それ・・・どういう意味??」
たまらず、即そう聞いてしまった俺に、春(シュン)ちゃんはまた、母さんの姿を見ながら口を開いた。
「俺が、冬真(トウマ)のフリをしている事。
そして、昨日から、様子のおかしかった冬真(トウマ)。
麗美(レミ)ちゃんは、その事実がわかると思って、とっさに、俺の演技に乗ってきたんだ。
自分にとって、フリな事であるとわかっていながら・・・。
あいつらの愛が、どれだけすごいか・・・。
その目で見てみるといいよ。」
なんて言われて、納得できるか!!
気になって仕方ないだろ!!
俺は、待つなんて、できないんだよ!!
って事で、俺は、春(シュン)ちゃんの腕をつかんで、聞こうとしたんだ。
でも、俺が、手を伸ばした瞬間、母さんが、おふくろさんに向かって口を開いたんだ。
「華湯葉(ハナユバ)さん。
さとりさんが、陸(リク)の・・・葛城 陸(カツラギ リク)さんの娘さんだって・・・。
本当・・・ですか?」
そう言った声は、すごく落ち着いていた。
もっと、取り乱すかと思った。
俺が、葛城家に養子にもらわれそうになった時に、取り乱した時みたいに、乱れるかと思ったけど・・・。
母さんは、俺も右京さんも、あぜんとするくらい・・・落ち着いていたんだ。
その母さんの落ち着きように、さとりも、さとりのおふくろさんも、思いもしなかっただろうな。
まさか、母さんが陸(リク)パパの恋人だったなんてさ。
そして、母さんの言葉に対して、さとりのおふくろさんはというと・・・。
「・・・。」
だんまりを続けてた。
母さんが話しても何も言わず。
話し終えて待っていても、何も答えなかった。
そこで、母さんは、おふくろさんに別の選択を与えたんだ。
「華湯葉(ハナユバ)さん。
じゃあ、その・・・葛城 陸(カツラギ リク)さんに逢えば、真実を話してくださいますか?」
その母さんの言葉に、もちろん、
「母さん、何言ってんだよ!!」
と俺は、条件反射ですぐに取り乱した声で叫んでた。
だって、そうだろ?
陸(リク)パパがいないのに、逢えばなんて言葉いうの、おかしいだろ?
逢わせられないんだから、逢えば・・・なんていう選択肢を使う方がおかしい。
一体、何考えてんだ!!と思うけど、母さんは、止まらない。
「どうですか?華湯葉(ハナユバ)さん。」
とさらに、答えを迫る。
ダメだ。母さんも、壊れてしまった。
俺は、そう感じて、母さんの腕をつかみ後ろに引っ張った。
母さんの体が、数歩後退し、さらに、強引に俺の方に向く形になった。
母さんと目があった瞬間、俺はすぐに言ったんだ。
「出来もしない事、言うなよ。」
だけど、母さんは俺を無視し、そのまま、俺を通り越して、春(シュン)ちゃんを見た。
そして、春(シュン)ちゃんに母さんは、こう問いたんだ・・・。
「ねぇー、冬真(トウマ)さん。」
その呼びかけに、「ん?」とオヤジ口調で聞いた春(シュン)ちゃんは、母さんに次の言葉を言わせた。
「あなたは、どう考えてるの?」
それに対して、春(シュン)ちゃんは・・・。
「麗美(レミ)は?キミはどうしたい?」
と反対に母さんに聞き返した。
その言葉に、母さんは、「私は・・・。」と言葉を止め、少し考えたあと、春(シュン)ちゃんを真っ直ぐ見つめて答えを言った。
「真実が知りたいわ。
みんなの未来の為に・・・。」
些細な言葉だったかもしれない。
でも、その言葉は、母さんの覚悟の賜物だった気がする。
どんな結果が出ようと、受け入れる覚悟。
自分もオヤジと一緒に戦う覚悟を持った、決心の表れだと俺は感じた。
母さんのその言葉に、
「なるほど・・・。」
と嬉しそうに答えた春(シュン)ちゃんに、今度は母さんが質問する。
「ねぇー・・・できる?」
少し弱々しく聞こえた母さんの声。
もちろん、春(シュン)ちゃんにもチョット聞き取れなかったのか、「ん?」と聞き返す声が。
それに対して、母さんは軽いタメ息を付くと、春(シュン)ちゃんの腕をつかんで、今度はハッキリ言ったんだ。
「さとりさんたちを、陸(リク)に逢わせる事って・・・できる?」
って。母さんが最初言うのに戸惑ったのも、二度目言う前にタメ息をついたのも、不可能だとわかっているからだ。
陸(リク)パパに逢わせる事なんて出来ないってわかってるのに、言ってしまう事。
その複雑な心境が、母さんを苦しめてるように思えた。
「そんなの無理に決まってるだろ!」
俺は、春(シュン)ちゃんの答えを聞く前にそう言った。
でも、その言葉とかぶせて、春(シュン)ちゃんはこう言った。
「大丈夫。俺にまかせろ。」
って。「はぁ?」と言いながら、俺は春(シュン)ちゃんを見ると、「おい!!」と突っ込むけど、母さんは、
「ありがとう。」
と笑顔で春(シュン)ちゃんにお礼を言ってるし、春(シュン)ちゃんは春(シュン)ちゃんで、母さんに相変わらずのオアシススマイルしてるし・・・。
なんなんだよ!一体!!
と頭大パニックの俺。
でも、その俺は放置されたまま、話はドンドン進んでいった・・・。
「ねっ、私、何かすることある?」
春(シュン)ちゃんに聞いた母さんに、春(シュン)ちゃんは、「そうだな・・・。」と少し考えると、母さんから離れ、さとりたちの元へと近付く。
「華湯葉(ハナユバ)さん、さとりさん。
明日、陸(リク)と逢えるようにします。
それでいいですか?」
その言葉に、もちろん、2人は同時に深くうなずいた。
それを見た、春(シュン)ちゃんは、今度は母さんを見た。
「麗美(レミ)は、華湯葉(ハナユバ)さんの外出許可を手配してくれ。
それだけでいい。
彼女たちは、明日、俺が連れていくから。」
だけど、母さんは、「いえ。」と首を振ると、
「私も行きます。」
と答えた。
「何、言ってんだよ!!」
とこれは、俺がとっさに出た言葉。
陸(リク)パパに逢うなんて夢みたいな事は、この際、おいておくとして。
明日、何が起るかわかっているのか?
さとりが、誰の子供かハッキリするんだぞ。
母さんにとって、悪い話かもしれないのに・・・。
でも、母さんは、俺の言葉に耳を傾けず、春(シュン)ちゃんに次なる言葉を言った。
「いい・・・わよね?」
それに対して春(シュン)ちゃんは、
「ああ。もちろん。
一緒にいこう。」
と笑顔で答えやがった・・・。
|