下校の音楽がスピーカーから流れる。
私は、パソコンの電源をオフにする。
そして、カーテンを閉めて・・・。
「はぁー。」
と重いため息を吐いた。
なんで、こんなにへこんでいるか?って・・・。
実は『あれ』から、全く梅澤くんからの連絡が途絶えた。
ここへ来る女生徒の情報からすると、学校にも来てないらしく、もう2週間は経つ。
倒れたって言っていた人に、何かあったのかな?とか、梅澤くんに何かあったのかな?とか・・・。
気になって仕方ない私は、何度も彼に連絡したの。
でも、いっつも留守電。
メッセージを入れるほどでもないから、何も入れずに切ってるんだけど。
でも、着信履歴に残るから、気付いたら連絡くれてもいいじゃない?
それすらもないって事は、それどころじゃないって事?
それとも、私が嫌いになった??
私は、力なくイスに座る。
そして、両ひじを机に付けると、両手で頭を抱える。
「逢いたいよ。何で、連絡くれないの?」
せめて、声だけでも聞かせてほしいのに・・・。
なんでよ・・・。
その時だった。
こんな時間、いつも開かない扉が開いた。
私は、ささやかな期待をして顔を勢いよく上げたんだけど、そこに立っていた人は、私の求めていた人じゃなかった。
どっちかといえば・・・逢いたくない人だった。
「諸星さん・・・どうしたの?こんな時間に。」
そう。そこに立っていたのは、生徒会長の諸星春菜さん。
そして、梅澤くんの噂の人。
梅澤くんは関係ないと言っていたけど、やっぱりちょっと逢うのは嫌。
でも、あからさまに邪険はできないから、頑張ったのに、彼女はなぜか私に挑戦的な目をしてきた。
「梅澤くん来てないですよね?」
ドキっ!とする私。
何?今の自信満々の口調は。
まるで、彼がここに来ていた事を知っているような言い方・・・。
私の心に、不安が波のように襲ってきた。
何も言わない私に、彼女は一歩部屋に入ってくると扉を閉めた。
そして、私の方に向く。
「もう、彼は二度とここへは来ませんから。」
「それ・・・どういう意味?」
隠さなきゃいけないのに、そんな事も忘れて、私は彼女の言葉の本当の意味を聞いていた。
「彼が、この2週間ここへ来なかったのは、たまたまだと思ってるんですか?」
「何が・・・いいたいの?」
そういいながら、私は席をたつと、彼女の元へと歩いてた。
私と彼女との距離が、すごく近くなった時、彼女は鋭い眼差しで私を見た。
「私、彼と付き合うことになったんです。
だから、先生をからかいに、ここへはもう来ませんから。」
そんな嘘に、騙されるわけないじゃない。
私は、たまらず、首を振った。
「悪いけど、あなたの言う言葉を信じるほど、私はバカじゃないのよ。
嘘は、もううんざり。
私は、彼の言葉しか信じないわ。」
これじゃあ、梅澤くんとの密会を認めてるようなものよね。
でも、それでもいい。
だって、悔しいんだもん!
彼と私との大事な時間を、どうしてこの子に仕切られて、この子の言葉で終わらされなくちゃいけないの?
「悪いけど、出て行ってちょうだい。」
私は、そう言って彼女を出口の方に向けると、強引に押して外に出そうとした。
だけど、「なら、彼の声を聞かせましょうか?」って言われて・・・。
私の足は、ピタと止まった。
立ち止まる私の手を振り払うと、彼女は私の方に向き直る。
そして、ポケットから携帯電話を取り出すと、どこかに連絡をした。
まさか・・・彼の携帯?
でも、大丈夫。
たとえそうでも、彼はでないよ。
だって、私がいくら鳴らしても出てくれなかったんだから。
なのに・・・。
「あっ、天(タカシ)くん?私、春菜。
今ね、先生と話してるの。
何を?って、決まってるじゃない。
あなたがここへもう、来ないって話。
でもね、信じてくれないのよ。
だから、天(タカシ)くんから言ってくれない?
私たちの関係も・・・。
いいよね?ちゃんと、説明してくれる?」
私は、たまらず、その場でしゃがみこんだ。
「な・・・んで・・・。」
そんな声が知らずに出た。
私があれだけ鳴らしても出てくれなかったのに・・・。
なのに、彼女の電話にはすんなり出た。
そんな現実見ちゃったら、彼女の言っている言葉を信じちゃうでしょ。
もう・・・嫌・・・。
私の心は完全に壊れてた。
もう、この場から逃げ去りたいくらい。
だけど、彼女は容赦なく襲ってくる。
座り込んでいる私の側にくると、しゃがんだ。
「先生どうしたの?座り込んじゃって。
天(タカシ)くんから、直接言ってもらうから、ちゃんと聞いてよ。
私も彼の言葉聞きたいから、スピーカーにしてるから、そのままでも話せるけど。
携帯持てる?」
人を馬鹿にしたような、その言い方が悔しかった。
腹が立った私は、震える手で、彼女から携帯をひったくった。
ドキドキ脈打つ胸を抑えながら、私は声を出した。
「梅澤・・・くん?」
すると、ざわつく向こうから、「先生?」という声が。
それを聞いた瞬間、私の瞳から涙が溢れ出した。
それと同時に、たまらず彼に思いをぶつけてしまった。
「なんで、そんな呼び方・・・。
いつもは・・・そう言わないじゃない・・・・。
なんで・・・。」
生徒の前で、こんなこと言っていいわけないってわかってる。
でも、もう耐え切れなかったの。
梅澤くんに、もう来ないといわれるよりも。
諸星春菜とつきあってると言われるよりも・・・何よりも言われたくなかった言葉だったから。
『先生』・・・。
彼はただの一度も私を今まで、そう呼ばなかった。
いつも、『さとり』って。
彼にそう呼ばれるたびに、私は一人の女性として彼に見られているんだと嬉しかったのよ。
なのに今は、先生って呼ぶんだね。
まるで、一線を引かれたみたいに・・・。
電話口で泣きじゃくる私に、「なー、先生・・・。」とちょっと困った声を出す彼。
彼がこの先何を言うのか、恐くなった私は、電話を耳から離した。
でも、それは、無駄だと知る。
だって、スピーカーになってるんだもんね。
離しても聞こえてしまう。
聞きたくなかった・・・彼の言葉が。
「もともと先生とは、何も関係ないだろ?
かわしたのはキスだけ。
今時、キスくらいで、関係とは言わねぇーよな。
って事だから・・・春菜。
もういいだろ。先生をあんまりいじめんな。」
その言葉に、彼女は私の手から携帯を受け取ると、
「失礼ねっ!いじめたなんて。
天(タカシ)が、ここへ来るのが『面倒くさい』っていうから、私がわざわざ生徒会の会議終わってから来てあげたのよ。
それより、今病院でしょ?
迎えに来てよ。
先生とのケリをつけたお礼をして!
明日は休みだし。
今夜は一緒にいたいなー。」
彼がどう返事したかはわからなかった。
だって、彼女、携帯を受け取ったあと、スピーカーをやめちゃったから。
放心状態で、その場で座りつくしている私に彼女は、「じゃ、あとでね。」と言って携帯を切ると、ドアの方へと向かう。
「今度は、身分をわきまえた恋愛をした方がいいですよ、『先生』!
じゃーね。」
と言って、彼女は軽快な足取りで、部屋を出て行った。
私は、悲しいよりも・・・悔しかった。
梅澤くんにとって私は、からかういいオモチャだったんだ。
それもそうよね。
あんな立派な家に住む息子が、私なんかを好きになるわけがない。
一瞬でも夢を見て、浮かれていた私がバカだった。
私は、止めどなく流れる涙をそのままに、ふらつく足取りで立ち上がると、机にある携帯を手に取った。
そして、梅澤くんのメモリーを・・・消去した。
さらに、携帯電話の電源を切った。
それを握り締めながら、私はまた床にペタンと座り込んだ。
「こんなことしても・・・ここのあなたは消えないよ・・・。」
そういいながら、携帯を握り締めた手を、胸に押し当てた。
こんなに梅澤くんに心が、とらわれているっていうのに・・・。
どうしようもない。
こんな苦しみ・・・どうやって消したらいいの?
私は、自分ではどうしようもなくて、しばらくそこで涙を流してた。
「こんな時間になんで道が混んでんだよ!」
そう叫びながら、運転席に向かってケリを入れる俺。
「そんな事言っても仕方ないじゃないですか。
この先で事故があって、一通なんですから。
さっき、そのクランケを救ったのは、まぎれもなく天(タカシ)さまでしょ?
何を言ってるんだか・・・ハァー・・・。」
と言いながらタバコを吸う夕崎(ユウキ)。
窓を開けろといいたいが、今は事故のせいで黒煙がまだ周りに立ち込めてるからな。
だから、窓の換気はよしとする。
タバコだって吸いたくもなるだろうからな・・・。
だけどな!今のはなんだ!今のは!!
さらに怒りが増した俺は、もう一発運転席にケリをお見舞いする。
「いい加減にして下さい!
事故りたいんですか!」
とミラー越しに怒ってきた夕崎(ユウキ)に、
「おめぇーが、ため息なんかつくからだろがっ!」
と毒舌で返す俺。
だけど、すぐに、「ああー!!もう、いい!!」と叫びながら、両手で髪をワァーっとかき乱すと、俺は座席に寝転がった。
寝転ぶとわかる。
今日はいつもよりも月の位置が低い。
そしてあと、反対車線を通る車のヘッドライトが、流れ星みたいで綺麗な事とか・・・。
そんなたわいもない発見をしても、ちっとも嬉しくない。
今の俺の心は、痛くて痛くてたまらない。
そして、イライラとムカムカが込み上げてくる。
「あぁー!!もうっ!イライラすんなー!!」
と側にあるクッションを、運転席の後部座席の窓に向かって思いっきり投げた。
それが、反射して、なぜか・・・夕崎(ユウキ)の頭に命中。
「あっ・・・・わりぃー。」
とちょっと体を起こして言った俺に、
「本気で、死にたいようですね・・・。」
って・・・俺は事故死じゃなくて、お前に殺されると今・・・悟りました。
「ホント・・・悪い。」
ここは素直に謝っておいた方がいいと思った俺は、座席に座ると、夕崎(ユウキ)に向かって両手を合わせておがんだ。
その姿に、「仕方ないですね・・・。」と言った夕崎(ユウキ)は、こんな提案を出しやがって。
「許して差し上げる代わりに、1つ私の言う事を聞いて頂けますか?」
「はぁ?」
口を開けて、バカ面で聞いた俺に対して、夕崎(ユウキ)は、
「嫌ならいいんですよ。嫌なら。
運転の邪魔をして、危なかった事を、旦那さまにご報告するまでです。
きっと、旦那さまから雷が落ちる事でしょうね。
人の命を粗末にする事を、最も嫌う旦那さまですから・・・。」
そう言いながら、夕崎(ユウキ)は携帯をいじりだす。
そして、イヤホンマイクを耳につけると、マイクを服にくっつけた。
「おい・・・冗談だろ?」
っていうけど、
「冗談?私(ワタクシ)がいつ、天(タカシ)さまに冗談なんてこと、した事ありますか?
私(ワタクシ)の辞書に、そのような言葉はございませんが・・・。」
なんてすましていいながら、夕崎(ユウキ)は容赦なく携帯のボタンを押す。
俺は、慌てて身を乗り出すと、夕崎(ユウキ)の携帯を奪い取った。
俺が強く携帯を引っ張ったせいで、イヤホンマイクのコードも、俺の方へと引っ張られ・・・。
「いたっ!!・・・ムチャしないで下さいよ!!」
と叫び声を上げながら、耳を押さえる夕崎(ユウキ)。
「お前が、オヤジに連絡しようとしたからだろ!」
と、素直に謝れない俺は、またしても夕崎(ユウキ)のせいにしてしまう。
言ってすぐに、ヤバイと思った。
これ以上、夕崎(ユウキ)に、はむかうとロクな事がないのは、今の行動でわかった。
ここは、ムカつくけど・・・俺が折れるしかない。
もともとは、暴れた俺が悪いんだし。
ということで、ムカつきを抑えて、夕崎(ユウキ)に話しかけた。
「悪かった。それで?
お前の命令って何?」
俺は持っていた携帯を助手席に置くと、体をまた座席に投げ出し、横になった。
その姿を、ミラー越しで見ていた夕崎(ユウキ)は、「クス。」と笑うと、信号で止まったついでに、俺の方に振り返った。
「聞きたい事があります。」
「聞きたい・・・事?」
そう言って、頭を少し上げて聞いた俺に、夕崎(ユウキ)は信号の関係もあったからかな?
少し早口で言った。
「夕方に、病院で先生と話されていましたよね?
あの言葉は、一体どういう事ですか?」
「どういう事って・・・夕崎(ユウキ)には関係ない。」
と言って、上げていた頭をまた、座席に倒した俺。
すると・・・。
「あっ、そうですか。
では、旦那さまに連絡を・・・。」
とあのヤロー、また、携帯電話を左手でつかみやがって!
「あー!!もう、わかったわかった。
全部話すから!
だから、今のは忘れてくれ。」
体を起こして、夕崎(ユウキ)の左手から携帯を奪い取ると、俺は自分の横にそれを置いた。
絶対に夕崎(ユウキ)の手に触れられない位置へ、移動させてやったんだ。
それを、横目で見ていた夕崎(ユウキ)は、またもや「クス。」と笑う。
その笑いが・・・ちょっと、ムカついた。
「なんだよ。」
とすねた口調で言った俺に、夕崎(ユウキ)は、「答えはいりません。」というと、手に持っていたタバコを空き缶に入れた。
「な・・・んだ?」
ってそりゃ言うだろ?
だって、あれだけ言え言え言っといてだな。
今度は言わなくていいだと?
ホント・・・わけわかんねぇー。
「なんなんだよ!」
とさらにムカついた俺は、またもや、夕崎(ユウキ)のヘッドレス向けて、爆弾を投げた。
もちろん、俺が投げたクッションは夕崎(ユウキ)のヘッドレスに命中し、夕崎(ユウキ)の体に振動を与えた。
「ホント・・・危ない人ですね。
その暴力的な好意は、やめていただきたい。」
と言ってるけど、そんだけ笑われたらな・・・。
やめてほしくないのか?って思うぞ!!
なんて、思いながら、俺は戻って来たクッションを天井に向けて、ポーンポーンと投げてた。
そんな俺の姿を、ミラー越しに見ていた夕崎(ユウキ)は、
「私(ワタクシ)から、当てましょうか?」
と言い出したかと思ったら、勝手にしゃべりだした。
「葛城のおじさまが倒れられた日が金曜日だったので、翌日はお休みという事で、あのあと、天(タカシ)さまは、葛城さまの病室に泊まられた。
そして、翌朝の朝に、ご自宅に戻られた時、お客様がいらしてた。
あの方は、『諸星財閥』の頭取のお嬢さまですよね?
旦那さまについていた時に、何度かパーティーでお目にかかった事があります。
ですが、彼女と天(タカシ)さまの関係はわからなくて、甲本さんにうかがいました。」
「それで?甲本は何て言ってた?」
そう言った俺に、夕崎(ユウキ)は素直に答えた。
「お二人は、元々名門校である『光星(コウセイ)学園』の初等部にいらしたそうですね。
本来なら、天(タカシ)さまも諸星春菜さまも、家柄から考えれば、『光星(コウセイ)学園』にそのまま中等部、高等部と行かれるのが普通です。
天(タカシ)さまは、陸(リク)さまの事があって、今の学校を選ばれたのは、ご主人さまより伺い知ってます。
納得もしてます。
ですが、諸星春菜さまは、なぜ、高等部から今の高校に編入されてきたのか・・・。
どうしても、納得がいかなかったのです。
ですが、それも、天(タカシ)さまの為と考えれば納得が行きます。」
俺は、何も言えなかった。
夕崎(ユウキ)にあいづちを打つ代わりに俺は、体を起こすと、座席に座る。
そして、ルームミラーの正面に座った。
夕崎(ユウキ)と簡単に目が合う位置に・・・移動したんだ。
早速、俺をチラっと見た夕崎(ユウキ)は、少し笑いを浮かべるとまた、目はフロントガラスへと向けるが、口はまた俺に向かって開いた。
「幼い頃、諸星春菜さまのお父さまが、天(タカシ)さまをいたく気に入られ、お二人を結婚させたいとおっしゃっていたとか。
春菜さまは、それから、ずっと天(タカシ)さまを思ってらしたのではないでしょうか?
だから、18歳になれば、今の高校へ戻ってくると知った彼女は、親の反対を押し切って今の高校へ通った。
そして、自分に誰も逆らえない地位を手に入れた。
自分が、天(タカシ)さまと仲良くすれば、誰も恐れ多くて天(タカシ)さまに手を出さないと思ったのでしょう。
まさか、保健室の先生に、天(タカシ)さまが奪われるとは思ってもいなかったでしょうが・・・。
それも・・・。」
そう言った夕崎(ユウキ)はなぜか・・・。
「ぷっ・・・くくく・・・。」
と笑い出す。
「おいっ!なんだよ!思い出し笑いしてんなよ!」
なんて言葉だけでおさまらないのが俺。
もちろん、右足が夕崎(ユウキ)のイスを揺らす。
これ以上揺らされたらたまらないと思った夕崎(ユウキ)は、必死で笑いを堪える。
「だって・・・。ここで、迫る天(タカシ)さまに、先生泣いてたじゃないですか・・・。
それも・・・真剣に・・・・。あれは、ホント・・・滑稽でした。
アハハハハー。」
と笑う夕崎(ユウキ)に俺も素直に、「確かにな。」と言った。
それを聞いた夕崎(ユウキ)は、側にあったペットボトルの水を少し口にすると、気分を入れ替えまた、穏やかな口調になる。
「彼女もまさか、あんなかわいくて幼さが残る先生に負けるとは思っても見なかったんでしょうね。
だから、強行手段に出た。」
夕崎(ユウキ)はそう言ったあと、また俺を見る。
その目を見たら・・・流石に降参したよ。
「お前は、なんでもお見通しなんだな。」
と言って笑った俺は、夕崎(ユウキ)が言おうとしている続きを言った。
「お前の言った通りだ。
あの日、俺を訪ねてきた春菜に俺は、ある物を見せられた。
「ある物?
それって、先生との写真とか・・・そういう物ですか?」
ホントいい所を突くなー、お前。
と心では褒めるが、けったくそ悪いから、口では褒めてやんねぇー。
ということで・・・。
「ああ。」
と軽く答えた俺は、さっさと話を続けた。
「さとりと保健室で抱き合ってる写真と、あとはこの車でキスをしてた写真だ。
他にも、俺の家に入る写真とか、お前に自宅まで送ってもらった写真とか・・・。
俺との関係がバレたら、さとりは学校に居られなくなる。
そうさせたくなかったら、大人しく自分の恋人になれって。
そう春菜に言われた。
さとりとの接触も許さないと言われた。」
「車の中ですか・・・。
側に、怪しい車が来たようには思えなかったのですが・・・。」
「望遠を使ったんだろう。
俺だって、すれ違う車だったら、気付いてた。
一応、そういう五感は、向こうで鍛えられたからね。」
「向こうは、留学イコール金持ちと思いますからね。
命も狙われる事も多いでしょう。
護身術を身につけておくに越した事はないですものね。」
と笑った夕崎(ユウキ)。
だけど、その笑いはすぐに消えた。
また、真剣な表情で俺を見る。
「それで?」
いきなりそう言ってきた夕崎(ユウキ)に、もちろん俺は、「なんだ?」と聞き返す。
俺の質問返しに、「わかって下さいよ。」と情けない声を出したながら、夕崎(ユウキ)は仕切り直した。
「それで、春菜お嬢さまの言う通り、お二人は付き合う事にしたという事ですか?」
「まー、表向きはね。」
「そんな事して、何になるんですか!」
「何って決まってるだろ?
ネガを奪い取って、証拠隠滅だ。
そしたら、俺は・・・。」
「先生のもとへ、戻るとでも?」
「そうだ。決まってるだろ!」
と言った俺に、夕崎(ユウキ)は黙ったまま手を俺に向かって出した。
「ん?」
と聞いた俺に、「クッション貸してもらえますか?」と言ってきた。
「腰でも痛いのか?」
と言いながら、さんざん夕崎(ユウキ)に投げたクッションを俺は、出されてる夕崎(ユウキ)の左手にポンと置いた。
したら、アイツ、どうしたと思う?
いきなりそれを、強く握ると、信号が赤になった瞬間、俺の方に振り返り、容赦なくぶつけてきた。
顔面でまともにくらった俺はもちろん、「ブハッ!!」と、なんともまー、ぶっさいくな声を上げた。
夕崎(ユウキ)はというと、「ふん。」と言って、顔を前に向けると、平気な顔をして運転を再開し始めた。
動き出したわずかな車の振動で、俺の顔からクッションが落ちる。
そして、口が開放されて俺の第一声は、
「ゆぅーきぃー!!きさまぁー!!」
と呪いの声。
だけど、夕崎(ユウキ)は、
「おめぇーが悪いんだ!!」
となぜか・・・タメ口。
これを聞いて、普通なら、怒るよな!
雇い主じゃないにしても、俺は夕崎(ユウキ)のご主人さまの息子なんだから、そんな口の聞き方するなよ!って。
普通ならね・・・そう怒って言うよ。
けど、それは、無理。
絶対に、完璧に・・・無理!
だって、こうなった夕崎(ユウキ)は手が付けられないのだ。
実は俺、こっちに戻ってきてすぐに、夕崎(ユウキ)をメチャクチャ怒らした事があって。
なんだったかも覚えてないたわいもない事だったと思うんだけど、夕崎(ユウキ)からしたら許せなかったみたい。
『人として間違った事』をしてしまうと、夕崎(ユウキ)はキレて、怒り狂ってしまうんだ。
そうなったら、理性が飛ぶというか、こういう普段のコイツの話し方になってしまう。
と同時に、抑える事ができなくなる。
こうなってしまったら・・・夕崎(ユウキ)の説教を受けるしか手段はない。
けど、俺また、地雷踏んじゃったって事だよな?
どこで、踏んだ??
たまらず、首をかしげた俺に、夕崎(ユウキ)は容赦なく襲ってくる。
「俺が何で怒ってるか、ホントにわかんねぇーのか?」
「ああ・・・ごめん。」
素直に謝った俺。
だって、ホントにわかんねぇー。
俺は、さとりとまた平穏に幸せに、愛し合える時間を過ごすために、春菜と今はうまくやっていくしかないと思ったんだ。
それが、どうして間違ってるのか。
なんで、夕崎(ユウキ)の怒りを買ったのか・・・俺には、本当にわからなかったんだ。
思わず、夕崎(ユウキ)から目を離した俺に、夕崎(ユウキ)はというと、
「これだから、女を知らねぇーガキは困んだよ。」
と言って深いため息を付く。
その態度に、少しムッと来た俺は、
「好きでもない女を抱いて、女を知る事が、そんなに大事な事なのかよ!」
思わずくってかかってしまった。
だけど、夕崎(ユウキ)は、「そんな事言ってんじゃねぇーよ。」と否定すると、タバコを加えて火を灯した。
一回、煙を長く吐いて、少し呼吸を整えた。
「俺が言ってる『女を知る』っていうのは、『女心を知る』って事だ。
それは、いくら女を抱いても、いくら人を好きになっても得るものじゃねぇー。」
「じゃあ・・・どうやって得るんだよ。」
「それは、ここを使うんだ。」
と言って夕崎(ユウキ)が指したのは・・・。
「あ・・・たま?」
そう。自分の頭を指さしてた。
少し甲高い声を上げた俺に、夕崎(ユウキ)は、「フッ。」と笑うと、さらに続けた。
「それと、心な。」
「心?」
「そう。常に相手の気持ちを考えるんだ。
自分ならこうされたらどうだろう。
コイツの性格なら、こうされたら、どう思うだろう。
そうやって、相手の事を常に考えてやる。
それが、思いやりってものだし、それが、『愛』だ。」
「思い・・・やり。」
「そう。けど、お前は違うだろ?」
「俺・・・・。」
そう言って黙った俺に、夕崎(ユウキ)は、「仕方ねぇーな。」と笑うと、「ハッキリ言ってやろうか?」というと、少し優しい口調になった。
でも、言葉は乱暴だけどな・・・。
「お前は、春菜嬢がゆすってきたネタを何とかする事ばかり考えて、肝心の先生の心を考えなかった。
あんな電話を受けて、先生が何とも思わないとでも思っていたのか?
先生は何も知らないんだ。
二人の事が、春菜嬢にゆすられている事も、春菜嬢がお前を好きだって事も。
何も知らないまま、あの電話はないだろ?
きっと、彼女、今頃、心も体もボロボロなんじゃねぇーか?」
「わかってる!」
俺はそう叫ぶと、俺の中でうずまいているイライラを、夕崎(ユウキ)に向かって爆発させてしまった。
「俺だってわかってる。
アイツが泣いてたのだって、わかってたし、どれだけアイツが傷ついたかも嫌ってくらいわかってんだよ!
アイツを抱きしめてやりたい。
これには訳があるんだ。
俺が好きなのは、さとりだけだからって、言ってやりたいよ。
けど、それができねぇーから、俺だって苦しんでんだよ。」
俺は、息つぐのも忘れるくらい、すごい剣幕(ケンマク)で、夕崎(ユウキ)に思いをぶちまけた。
まけすぎて、言ったあとは、ゼーハーと肩で息をしていた俺。
そんな俺の姿を、ミラー越しで見ながらも、夕崎(ユウキ)は何も言わずに、黙ってタバコを吸うだけ。
まだ、俺の中に眠っている言葉がある事を、まるで知っているかのようなしぐさだった。
それが、余計に俺の心を開放してくれたのかもしれない。
俺は、息を整えながら、今度は少し穏やかな気持ちになりながら、
「なー・・・、夕崎(ユウキ)。」
とミラーに映る夕崎(ユウキ)に話しかけた。
そんな俺の声に、「ん?」と優しい声を出した夕崎(ユウキ)は、正面に向けていた視線をミラーの中にある俺の瞳に重ねてくれた。
俺の瞳と夕崎(ユウキ)の瞳が重なった時、俺は夕崎(ユウキ)に言ったんだ。
「俺・・・どうしたらいいんだ?」
って。それに対して夕崎(ユウキ)は、笑ってバカにするでも、適当に回答をするでもなかった。
まさに、真面目な夕崎(ユウキ)らしい回答が返ってきた。
「お前は?お前は、どうしようと思ってんだ?」
「それは・・・。」
と言って言葉を濁した俺。
だって、俺の回答は、絶対に間違っているのは、わかってる。
それは、自分でも納得がいってないというか、どうしていいかわからないから。
そんなグチャグチャな頭と気持ちで考えた答えなんて、正しい選択と言えるわけないだろ?
だから、夕崎(ユウキ)に導いてもらおうと思ったのに・・・。
夕崎(ユウキ)から目をそらして、下を向いた俺。
そんな俺に、夕崎(ユウキ)は、何も言わないまま、急に車を左に寄せると、ハザードをつけて、停車した。
サイドブレーキの音で、車を完全に停止させた事がわかった俺は、下げていた頭をあげて夕崎(ユウキ)を見た。
上げた俺の目の前には、さっきまであった夕崎(ユウキ)の背中はなく、俺をみつめながら、タバコをふかしてる夕崎(ユウキ)の顔があった。
「なんで・・・停めたんだ?」
キョトンとしながら聞いた俺の質問には答えずに、夕崎(ユウキ)は、俺にこう言ってきた。
「お前、さっき言ったよな?
『言えなくて苦しい』って。
それは、どういう意味だ?
春菜嬢に、先生には話すな。と言われているのか?
それとも、先生に話せない理由が他にあるのか?」
夕崎(ユウキ)の鋭い指摘にまたもや、黙る俺。
そんな俺に、夕崎(ユウキ)は、攻める手を緩めない。
「隠さず、全部話せよ。
あの電話から、一体どうなった?
それから、春菜嬢にどんな条件を出されたんだ?
ちゃんと、話聞かねぇーと、いいアドバイスもできねぇーだろ?」
そして、俺の頭をガシガシとなでた夕崎(ユウキ)。
その時、一瞬思った。
兄貴がいたら、こんな感じなのかな?って。
俺には、上はいないからさ。
夕崎(ユウキ)は、俺の身の回りの世話係って役柄だけど、俺の心の支えでもある。
まだ、数ヶ月しか一緒にいないけど、四六時中一緒にいるとさ、期間なんて関係なくなるんだよ。
俺は、夕崎(ユウキ)が必要だし、夕崎(ユウキ)がいなくなれば、きっと・・・毎日が楽しくないだろうなって、最近そう思うんだ。
助かるって思うことも、多々あったし。
でも、今ほど、そう思った事はなかったかもしれない。
俺を正しい方へ導こうとしてくれている目の前の、この男に、俺は道を聞こうと・・・。
心から思えた。
だから、あの電話のあとの事を、夕崎(ユウキ)に話すことにしたんだ。
「さとりと話したあと、電話はすぐに春菜に代わった。
俺は、すぐに保健室に出るようにだけ言って、すぐに電話を切ったんだ。
春菜は何かを言ってたけど、聞くのも嫌でさ。
だけど、電話を切って冷静に考えたらさ、嫌な予感がして、急に不安になったんだ。」
「嫌な予感?」
夕崎(ユウキ)の言葉に俺はうなずいた。
「春菜がすんなり、俺のいう事を聞いて、保健室を出るかな?って。
まだ、さとりに何か言ってアイツを、傷つけてんじゃないかって。
そう思った俺は、さとりの方にすぐに電話したんだ。
もう、アイツを傷つけるのはやめようって思って。
全部アイツに話して、これからの事を、二人で考えようと思ったんだ。
だけど、いくら携帯ならしても、アイツ電源切っててつながらなくて。
さっきも、病院出る前にかけたけど、出ないんだよ。」
「まだ、電源が切れてるって事か?」
「いや・・・コールはするんだけど、出ないんだ。」
「ということは・・・気付いていないか、意志で拒否してるかだな・・・。」
夕崎(ユウキ)の言った後の意見は・・・耳を塞いだ。
さとりが、気付かない方に俺は、かけたかったんだ。
アイツが、俺を拒否してるなんて・・・思いたくもなかったから。
「先生との事はわかった。
で?春菜嬢との事はどうするんだ?
先生に全てを話したとしても、彼女との契約はどうするつもりだ?」
俺は、力なく首を振りながら、「わかんねぇーんだよ。」と口にすると、下を向いたまま続けた。
「俺、どうしていいか、正直わかんねぇーんだよ。
春菜は、俺がつきあえば、絶対にさとりには、傷つけるような事は言わないし、しないと言ったんだ。
俺はそれを条件に、アイツと付き合うと言ったのに・・・。
アイツは、それを守んねぇーで、さとりを傷つけるし・・・。
かといって、アイツとつきあわないといえば、さとりとの事を公表されちまう。
さとりは、学校にはいられなくなるだろうし、俺も停学ですめばいいけど、最悪退学になったら・・・。
勝手だといわれるかもしれないけど、俺・・・退学にはなりたくないんだ。
俺は、どうしても、あの学校を卒業しなきゃ。
絶対に、やめさせられるわけにはいかないんだ・・・絶対に・・・・。」
いいながら、俺は唇を噛んでた。
だって、何が何でも俺はあの学校を卒業したいんだ。
陸(リク)パパが出来なかった唯一の事を、息子である俺がやらなきゃ。
葛城のじーちゃんにも、俺の卒業証書をみせてやりたいから。
俺は、そのために、陸(リク)パパがなりたかった心臓外科医への道を中断してまで、日本に戻ってきたんだ。
それが、できなきゃ、俺は何の為に、日本に戻ってきたんだ?
さとりに逢う為?
それも、ある気がしてた。
陸(リク)パパが導いてくれたのかな?って。
運命の出逢いを作ってくれたのかな?って。
だとしても、俺は、さとりだけを得て満足はしたくないんだ。
どうしても、あの高校を卒業したい。
したいんだよ!!
そう強く思っていたら、俺はいつの間にか、目じりが熱くなってた。
視野がぼやけてきて、目の前の夕崎(ユウキ)の姿が揺らめいた。
そんな俺の顔に、肌触りのいいものが触れた。
「ゆう・・・き?」
それを右手で受け取りおさえながら、夕崎(ユウキ)に聞いた俺。
すると、夕崎(ユウキ)は、
「男が簡単に泣くんじゃねぇー。
涙は、ご主人さまの前でだけ見せろ!」
と冷たく言ったあと、俺に背を向けると、前を向いて運転席に深々と座りなおした。
夕崎(ユウキ)に渡されたハンカチで、俺は涙をぬぐいながら、自分も、前乗りだった体を座席の背もたれにつけた。
「ホント・・・俺、カッコ悪ぃー。」
ため息をつきながら、俺は頭をヘッドレスの上に乗せると、そのまま顔を天井に向ける。
そして、目をつぶった上に、ハンカチを乗せた。
目をつぶっているから、暗いけど、ハンカチを乗せたから余計真っ暗。
でも、これでいいんだ。
暗い方がよくわかる。
俺の少し速い鼓動とか、俺が鼻水をすすってる音とか・・・。
あと、夕崎(ユウキ)がこっちを見ていなくても、俺を気にしてくれていると気配でわかったり・・・。
それに、今、夕崎(ユウキ)は、俺の事を考えてくれているんだって、何よりもわかってた。
それは、さっきから、聞こえてる「カン、カン。」って音。
これで、俺には、見なくてもわかってた。
夕崎(ユウキ)が、何をしているか・・・。
普段夕崎(ユウキ)は、タバコを吸う時、ライターを使う。
でも、考え事をしている時は、タバコを口に加えて、この音をずっと鳴らしてる。
それが、止まり、何かが火に焦がされるような、「ジリジリジリ。」って音と、こげくさい匂いがしたら、それは、夕崎(ユウキ)の考えがまとまった合図なんだ。
夕崎(ユウキ)は、考えが浮かぶまで、ずっと、そのスタイルで、音を奏でてる。
何の音かって?
それは、ZIPPO。
夕崎(ユウキ)と出逢った時から、すでに夕崎(ユウキ)にはその癖があった。
俺、聞いた事があって。
「なー、夕崎(ユウキ)!お前のそれって、癖なのか?」
「えっ?あっ・・・これですか?
ええ。この音を聞いていると、落ち着くもので・・・。
耳にさわりますよね・・・申し訳ございません。」
「いや。別に謝らなくていいけど。
それより、それ・・・ZIPPOっていうんだっけ?
お前、普段、ライターだろ?それは、何か意味があるのか?」
「これは、最愛の人に頂いた物です。
私の何よりも大事な宝物です。」
って・・・夕崎(ユウキ)が言ってた。
俺は、夕崎(ユウキ)に彼女がいるとか、そんなの全然知らない。
聞かないし、夕崎(ユウキ)も言わないし。
けど、このZIPPOを夕崎(ユウキ)にプレゼントした人が、夕崎(ユウキ)の愛する人だと思ってるんだけどな。
だって、このZIPPOを夕崎(ユウキ)が持ってなかった日はないからね。
いつも肌身離さず持ってるから。
愛する人からだと思うよな?
俺は、夕崎(ユウキ)のその音を聞きながら、思ったんだ。
夕崎(ユウキ)に愛されている人は、きっと泣かないんだろうなって。
そして、こうも思った。
さとりの相手が俺でなくて、夕崎(ユウキ)なら。
そしたら、さとりは、泣かずにすんだだろう。
俺を好きになってしまったばっかりに、さとりは今悲しみにくれてる。
そして、思うんだ。
俺は・・・なんで、夕崎(ユウキ)みたいな大人でないんだろうって・・・。
「今、お前、くだらない事考えてないか?」
いつの間にか、同じ間隔で聞こえていた音はなくなっていた。
代わりに、ジリジリと焼ける音と、夕崎(ユウキ)の口から吐き出された煙の音。
俺は、顔からハンカチを取ると顔を起こした。
正面を向いた俺の瞳に、またミラーごしに夕崎(ユウキ)の瞳が重なった。
何か言いたそうな夕崎(ユウキ)の目。
何もかもを見透かしているような、そんな目。
だから、俺はとぼけるのをやめたんだ。
とぼけたところで、結果は同じだ。
夕崎(ユウキ)はなんだって、わかってる。
特に、俺の幼稚な考えなんて、夕崎(ユウキ)にかかればすぐにばれてしまう。
だから、俺はみずから、口にした。
「くだらなくないよ。
俺はなんで、夕崎(ユウキ)みたいに大人じゃないんだろうって思ってた。
18なのに、どうして、こんなにガキなんだって。
愛する女を泣かせてしまう俺って、なんて、くだらない男なんだろうって。
夕崎(ユウキ)みたいになれたら、いいのになーって、そう思ってた。」
だけど、夕崎(ユウキ)は、「やっぱり、くだらない事だ。」と軽くため息をつきながら、ZIPPOを背広の内ポケットに、大事そうにしまった。
そして、また、俺のほうに振り返った。
「お前は、俺にはなれない。」
「そんな事わかってるよ。」
「お前は、わかってない。」
夕崎(ユウキ)は少し声を大きくしてそう言った。
そう言ったあと、まだ、残っているタバコを、空き缶に捨てると、また、正面に向く。
そして、天井の窓を開けて夜空を見えるようにする。
夕方雨が降っていたのに、今は、信じられないくらい晴れていて、星も少しだけ見えていた。
少し冷たい風も入ってくる。
だけど、とても気持ちよくて俺も、顔を空に向けて目をつぶった。
夕崎(ユウキ)も、空に向けて目をつぶる。
「お前はさ、18なのにってよくいうけど、『まだ18』なんだぞ。
医師免許を持って、人の命を救ってるけど、普通じゃありえない事だ。
それが、出来てるお前は、メチャメチャすごい男だ。
俺なんかが、太刀打ちできるもんじゃねぇー。
恋愛にしても、世間一般な事にしても、まだまだなのは、当たり前。
一つずつつまずいて、自分の選択する道を選んでいけばいいんだ。
俺ならこう選択する。俺なら、これは選ばない。
人はそうやって、自分色の人格を作っていくんだ。
お前のその年は、まだ、自分の色を摘んでいる段階だ。
人格なんてまだ、出来ねぇーよ。
だから、焦ることねぇーんだ。
壁にぶつかって、その都度、自分なりの選択を探せばいい。
誰になろうとか思わなくていいんだ。
お前が思うように選んで、お前が思う自分を作っていけ。」
「けど・・・。」
「なんだ。」
「そうしたら、俺はまた愛する人を泣かせてしまう。
俺は夕崎(ユウキ)みたいになりたいんだよ。」
「それって、俺が泣かしてないって言ってるみたいだな。」
そう言って笑った夕崎(ユウキ)の笑顔がなんか、ちょっとバツが悪そうに見えた俺は思わず言ってしまった。
「ってことは・・・泣かしてるのか?」
って。かなり失礼だよな。
けど、気になったんだから仕方ねぇーよな。
それに、心の中では思ってたから。
あの、夕崎(ユウキ)が泣かしてるなんて、嘘だ!!って。
だから、聞いても失礼でないだろうと思ったのに・・・。
夕崎(ユウキ)は、「そうだな。」と言いながら笑うと、俺の方に振り返り、とても優しく笑うと、
「よく、泣かしてるよ。」
って言われた。もちろん、
「うそだぁー!!」
と絶叫した俺。
俺のリアクションに夕崎(ユウキ)にしては珍しく、「アハハハ。」と大笑いしてた。
腹を抱えながら笑っていた夕崎(ユウキ)だったけど、しばらくして、「けど・・・。」と口にすると、笑いをやめて、俺の方を振り返った夕崎(ユウキ)。
また、真剣な瞳になっていた夕崎(ユウキ)に、ドキっとした俺は、「何だよ。」としか言い返せなかった。
「俺からしたら、お前になりたいよ。」
「俺?」
こんなダサイ俺か?ってつけたそうとしたけど、そこまではね。
なりたいといわれているのに、そんなに否定するのもどうかと思った俺は、そこは踏みとどまった。
「なんで、俺?俺のどこがいいの?」
素直に聞いた俺に、「全てだな。」といった夕崎(ユウキ)は、またいつもの優しい笑いをした。
「誰も文句が言えないその医者の腕も、家柄も、今の地位も・・・全てかな。
俺にそれがあれば、アイツを・・・。」
そこまでいって、夕崎(ユウキ)は急に口を閉じてしまった。
それが、気になった俺は、
「なー、アイツってなんだよ。夕崎(ユウキ)!!」
っていいながら、身を乗り出して、夕崎(ユウキ)の腕をつかんでた。
思ったんだ。
夕崎(ユウキ)がもし、その愛する人の事で悩んでて、俺のこの力が役に立つなら、力になりたいって。
俺はいままで、夕崎(ユウキ)のために、何1つしてやった事がない。
役にだって立った事がないんだ。
だから、夕崎(ユウキ)の力になれるなら、なりたいと思ったのに。
だけど、夕崎(ユウキ)は、「今のは、忘れてくれ。」というと、自分の腕から俺の手を強引に離した。
「待てよ、夕崎(ユウキ)!!」
とくってかかるけど、
「今は、俺の事じゃなくて、自分の事を最優先に考えろよ!」
と言われ、「うっ・・・。」と言葉を詰まらす俺。
その態度に、夕崎(ユウキ)は「フッ。」と声を漏らして笑うと、俺の髪をポンポンと軽く叩いた。
「悪いけど、俺の方は、お前の所よりはうまくいってるよ。
だから、先に、破局寸前のお前の所を修復しねぇーとな。」
その余裕の笑みが・・・チョットむかついてきた。
「破局寸前は余計だ!!」
といいながら、俺の頭の上にある夕崎(ユウキ)の腕を、右手で払いのけた俺に、夕崎(ユウキ)は声を出して笑ってた。
その笑い声でまた、ムカムカが募ってきた俺は、
「それで?」
と大声で怒鳴った。
俺の声には驚かなかったけど、言葉に驚いたのか、「ん?」と夕崎(ユウキ)は首をかしげて聞いてくる。
だから、俺は、右手で、夕崎(ユウキ)の胸元を指さした。
「それをしまったって事は、いい案が浮かんだんだろ?教えてくれよ。
さとりとの、あの幸せな時間を取り戻す為に、俺はどうしたらいい?
春菜に、どんな態度を取ればいいんだ?」
真剣に聞いたのに、夕崎(ユウキ)と来たら、ニヤっと笑うと・・・。
「そんなの決まってるだろ!
春菜嬢と交わした契約を、破棄にすればいい。」
それにはもちろん、「はぁ?」と言った俺。
初めは突然の夕崎(ユウキ)の言葉に、頭がポーっとしてたけど、しばらくしたら、正気に戻ったって!
したら、もちろん、こう切り返えした俺。
「そんなことしたら、学校にばらされるだろ!!」
熱くなっている俺と違って、夕崎(ユウキ)は相変わらず落ち着いた口調で、「まー、聞けって。」というとまた、タバコを加えた。
「だけど、彼女は約束を守らなかったんだろ?
だったら、その時点で、契約破棄だ。
彼女の方から契約を破ったんだからな。
こっちだけ、それに従う義理はない。」
「そうだけど・・・。」
「何をそんなに、ビビってる?
お前は・・・誰だよ!」
そう言ったあと、「フッー!」と煙を遠くに飛ばす。
横から見える夕崎(ユウキ)の横顔が、とても楽しそうに笑っている気がした。
「誰だよって・・・誰だよ?」
眉間にしわを寄せて、聞き返す。
だって、そうだろ?
誰だよ!って、天(タカシ)だよ!!って、気分はいいたいよ。
っていうか・・・思いっきり、心では言ってた。
ハッキリ、キッパリ、ビックボイスでな。
けど・・・さすがの俺でも、声には出せない。
恥ずかしいし、まず、この答えは間違っていると思うだろ?
普通はさ・・・。
なのに、夕崎(ユウキ)が答えた言葉とは・・・。
「梅澤天(タカシ)だろ?」
「ガクー・・・。」
と首が下に思いっきりたれた音。
って、そんなわけない。
たれながら、俺が口にした声。
そういいながら、さらに力なく俺は横にコテンと倒れ、そのまま座席に寝転がって、夕崎(ユウキ)の腰辺りを見てた。
ルームミラーで、俺の状況を見ていた夕崎(ユウキ)は、視界から俺が消えて、俺の姿が予想ついたのかな?
また、軽く声を出して笑うと、持っていたタバコを空き缶に入れ、口を開いた。
「お前は、日本でも、海外でも有名な病院の院長の息子なんだ。
それに、お前自身も、その若さで、外科医としての確かな腕を持ってる。
自分が稼いだ金だって、すでに、その辺のサラリーマンよりは、あるだろう。
力も金も、お前に、かなうやつはいないんじゃないか?
大事な人を守る為に、その力を使わない手はないだろ。
今使わないで、いつ使うんだよ。」
「夕崎(ユウキ)・・・。」
「それから、俺をもっと頼れよ。
これでも、そんなしょうもない脅しをもみ消すくらいの力はあるよ。
任せろ!」
夕崎(ユウキ)はそう言ったあと、天井を閉じ、シートベルトを、つける。
「だから、お前は、すぐに先生と話し合えよ。
誤解を解くのは、少しでも早いほうがいい。
携帯がつながらないなら、家に押しかければいい。
先生はいま、一人暮らしらしいから。
俺が、何の為に、先生を自宅まで送ったと思ってんだよ。」
「けど、今もう2時だぞ。
いくらなんでも、寝てるだろ。」
「寝れるわけないだろ?
そんな簡単なもんじゃないよ。
『恋愛』っていうのは。
お前もそうだったろ?
あの電話以来、ずっとイライラして、心ここにあらず。って感じだったもんな。
恋愛とは、そういうものだ。
ちょっとは、大人になったんじゃないか?
仕(ツカ)えるものとしては、すっげぇーうれしいな。」
なんていいながら、ウキウキの夕崎(ユウキ)。
「うれしいのはいいけど・・・その、急にキレるの・・・やめてくれないか。
すっげぇー、おっかないから。」
と言った俺に、夕崎(ユウキ)は一言。
「それは、無理だな。」
と即答された俺。
マジで・・・この変身振りは恐いんだよ・・・。
とこれは、心で囁いた俺だったんだ。
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