俺は、天(タカシ)さまのお部屋を出ると、白い扉に向かった。
その扉を開けると、目の前にはじゅうたんで覆われた階段が現れ、俺はその階段をおりて、2階へと降り立った。
今、俺が通ってきた階段はいえば、裏道というべきかな?
この屋敷の3階と4階は、この屋敷の当主である冬真(トウマ)さま。
つまり、俺がお仕えしている天(タカシ)さまの、父上なんだけど。
その方の、“自宅”となってる。
3階に上がると、ロックがかかった門があり、そこのロックの解除は、身内の指紋となっている為、俺たち使用人やセキュリティーは入れないエリアになっている。
ただ、一つ方法があってね。
さっき、俺が使った白い扉。
あれを使えば、身内でなくても、3階と4階に入る事が出来る。
この階段を登ると、まず3階へ辿り着き、中とをつなぐ、白い扉がある。
それを、開ければ、3階へ入る事ができる。
そして、さらに、もう1階登ると、4階へとなり、さっき俺が使った白い扉があるってわけ。
ただ、この白い扉は、屋敷の内側からは、簡単に開けれるけど、こっちから。
つまり、外側となるこちら側からは、白い扉を開ける事はできない。
3階と4階の内側にあるロック解除ボタンを押さないと、あの白い扉を開ける事はできないんだ。
だから、通常は、あの白い扉の前まで行き、天(タカシ)さまの携帯を鳴らすと、解除してくれて、4階または3階へ入る事ができるんだけど、さっきみたいに、明らかに俺があとを追ってくる事がわかっている時は、上着をはさんでくれたみたいに、あーして扉を開けておいてくださる。
天(タカシ)さまのこの行為に対して、冬真(トウマ)さまは、
「ロックの意味がねぇーだろ。」
と、猛反対みたいなんだけど、
「だいたい、屋敷自体に入り込むのだって難しいんだ。
とんでもないヤツが、この階に侵入するわけないんだから、いーだろ。
イチイチ、解除するために、部屋から出るの、面倒くせぇーんだもん。」
と言ってたっけ。
確かに。3階と4階に関しては、『使用人は絶対に入らない』と掟にある手前、誰もこないし。
ここで、見かけるといえば、それぞれのセキュリティーくらいかな?
3階には、たまに冬真(トウマ)さまの秘書兼セキュリティーの右京が入り込んでるくらいで。
俺みたいに、冬真(トウマ)さまの子供に仕えている者は、子供部屋がある4階を主とし、3階には用はないから、ほとんど立ち入る事はないんだ。
あの白い扉を通れば、真っ直ぐに天(タカシ)さまのもとへ向かう。
それが、俺の仕事だからね。
なんていって・・・思い出した!
俺の重大な仕事を!!
って事で、俺はポケットから携帯を抜き取ると、ある人物へと発信した。
数回のコールのあと、電話口で懐かしい声がした。
「Hello?」
その声に、自然と俺の顔はニヤけてた。
「久しぶりだな、雄(ユウ)。」
俺はそう言いながら、階段を降りていた足を止めると、背中を壁にもたれさせ、耳に神経を集中させた。
相手の些細な態度も逃さないように・・・。
久しぶりの友人の元気な様子を感じる為に・・・。
「その声は・・・煉(レン)か?」
驚きの声でそう言った相手に、「あたり。」と言いながら俺は、クスと笑った。
俺が唯一、自然体で話せる友だ。
「元気そうだな。
っていうか、今そっちは、夜中だろ?
こんな時間にどうした?」
さすがは、頭がキレるだけの事はある。
そういう些細な事にも、気付くあたりが、さすがだと思う。
「雄(ユウ)に頼みがあってな。
諸星猛(モロボシ タケル)氏と連絡が取りたい。
彼の居場所を教えてほしい。
警察の中の特別部隊である『特殊組織警部隊(トクシュソシキケイブタイ)』の隊長を務める雄(ユウ)になら、朝飯前だろ?
個人的な事を頼んで、悪いと思ってる。
けど、人の人生がかかってるんだ。
力を貸してくれないか?」
俺は必死で頼んだ。
俺が今、電話をしている相手は、如月雄(キサラギ ユウ)と言って、職業は刑事。
だけど、普通の刑事とは違うんだ。
警視庁が、特別に作った組織っていうのがあって。
腕も脳も全てがトップクラスの連中ばかりを集めた組織で、その名前がさっきも出てた、『特殊組織警部隊(トクシュソシキケイブタイ)』なんだ。
その部隊の連中をまとめているのが、隊長である雄(ユウ)。
今は、追っている事件の為、アメリカのロサンゼルスに居る。
俺と雄(ユウ)の関係?
それは、俺が、高校を卒業後、アメリカのロサンゼルスに留学した事がキッカケだった。
俺は、昔から海外の文学や経営学を学びたいと思っていた。
だから、大学はそういうのが学べる場所へ、行こうと決めていたんだ。
親は、反対した。
だけど、俺は自分の金で、自分の生きたい道を選んだ。
でも、実際、大学の金を払うにも、あてはなく、途方にくれてさ。
そんな時、向こうのおっかないやつらにからまれたんだけど、幼い頃に少し空手を習っていたから、やっつけちゃってね。
それを、たまたま通りがかった雄(ユウ)が見て、俺に声をかけてきた。
その組織で、バイトしないかって。
事実、金には困っていたし、事情を話したら、雄も、「なら、バイトしろよ、なっ!」と言ってくれて。
それで、俺は大学を卒業するまでの4年間、雄が隊長を務めるその部隊で、お世話になったんだ。
雄とは、ちょうど20歳年が離れてる。
けど、兄貴みたいに接してくれてさ。
親も頼れない俺にとって、雄は俺の支えだった。
雄の奥さんは、梅澤茜さんといって、なんと警視庁の警視総監なんだ。
女性で、初めてらしいけど、彼女はなりたくなかったらしい。
雄と離れてしまうから。
だけど、彼女が警察のトップにいてくれたら、雄も仕事がしやすいというので、雄の推(オ)しもあって渋々受けたとか。
だから、雄はロサンゼルスにいるけど、定期的に日本にも帰ってきてる。
今はどっちかな?と思ったけど、向こうにいてくれてよかったよ。
だって、もし日本だったら、この時間に電話は・・・キツイだろ。
大激怒だったな・・・。
って、話がそれたけど。
それで、その雄の奥さんなんだけど、梅澤でピントきたと思うけど、彼女は冬真(トウマ)さまの父上である雪成(ユキナリ)さまの妹さんなんだ。
つまり、その茜さんからみたら、天(タカシ)さまは、『甥の子』って事。
全く赤の他人ってわけでもないから、俺も雄に頼んだわけなんだけど・・・。
でも、こういう個人的な事を頼むと、雄のやつ、説教始めるからなー。
やってはくれるけど、うるせぇーんだよ。
だけど、それは、耐えよう。
天(タカシ)さまの為だ。
俺はそう思いながら、今から始まるであろう雄の説教に覚悟を決めた。
だけど・・・。
「OK!わかった。調べてやる。
けど、俺、今から仕事に入るから、連絡できないんだ。
メールでいいよな?」
意外な答えだった。
こんなにすんなり回答するなんて・・・。
「あ・・・ああ・・・。」
と驚きのあまり、力なく答えた俺の態度に雄は、
「なんて、間の抜けた声を出すんだ。」
と大笑い。
「だって・・・。」
と口にした俺に、「説教がねぇーな・・・って?」と言ってるし。
「うん。」
素直に言った俺に、「それはさ。」というと、笑いをやめる。
「何となくわかったから。
お前の熱心さがね。」
「熱心さ?」
「そう。お前が、諸星猛(モロボシ タケル)を探しているのは、何かネタをにぎられ困ってる。
だから、それを、交渉で、もみ消したい。
どうせ、そんな事だろ?」
「すげぇー。」
と感心してる俺に、雄は「フッ。」と笑うと続ける。
「俺に頼めば100%成功するのは、目に見えてる。
なんて言っても、刑事だからな。
刑事のいう事は、聞くだろ?
でも、お前はあえて、そうしないで、自分で話をつけようとしてる。
それで、わかったんだ。
お前が自分でやり遂げたいって事は、お前が自分の力で守りたいって事だろ?
それだけ、熱心に思っている事に、俺が力を貸さないわけないだろ?
なんだって、してやるさ。
お前は俺にとって、掛替(カケガ)えのない友だからな。」
雄はそういうと、急に落ち着きがない声になる。
「悪いな。もう時間だ。
また、何か困った事あったら、連絡してこいよ!
あと、来月にはそっちに戻るから。
飲みにいこうぜ。メールすっからさ。」
雄は一方的にそういうと、電話を切った。
「ホント、忙しい人だ・・・。」
笑いながらいった俺は、電話を切る。
「これで、とりあえずは、やる事なしだな。」
俺はそう言いながら、携帯を二つにパキと折って手のひらで、ポーンポーンと叩いて音をたてた。
そして、止めていた足を、動かすと軽快な足取りで階段を降りた。
まだ、話がついた訳じゃないのに、この喜びようはなんだ?って言いたいだろ?
確かにまだ、話はついてない。
けど、俺には、自信があるから。
春菜嬢にとっては、脅せるネタでも、父親にとっては、あんな何の価値にもないようなネタにかまってる暇はない。
そんな事で、この梅澤グループを敵に回すなら、すぐにでもやめさすだろ。
だから、父親の居場所さえわかれば、こっちのものだ。
正直、そんな大物が、俺みたいな単なるセキュリティーに、すんなり逢ってくれるのか?って事だけど、そこは雄の事だ。
ちゃんと、段取りは組んでくれるはずだ。
言わなくても、あいつなら、ちゃんと・・・。
なんて、思っていたら・・・。
「You Get Mall!」
その声に、俺は携帯を開けて、メールを見る。
「やっぱり、雄だな。
パーフェクト。」
俺はそう言いながら、雄にお礼のメールを打つ。
雄は、諸星猛氏にアポイントを取ってくれた。
『本日午前10時。彼のオフィスに行け。
健闘を祈る。雄。』
コレが、雄からのメールだった。
「サンキュ。雄。」
俺は、顔をあげると、側にある大きな窓に目をやる。
そして、そこから見える、少し明るくなってきた空に向かってそう囁いたんだ。
海を渡って雄に届きますように・・・。
そんな想いを乗せて・・・。
これで、問題は解決。
ホッとした俺は、また携帯を閉じるとポケットに入れる。
入れながら、一段一段ユックリと、足を動かして階段を降りててさ、フッと気付いたんだ。
それは、今明け方の3時って事。
もう一度外を見る。
少しは明るくなっては来てるけど、文字なんてまだ、全然見えないって。
なのに、ここは普通に携帯が見れた。
そして、何より、こうして階段を平気で降りれている。
それに気付いたら、たまらず、文句を言ってしまった。
「この明るさは、一体何なんだ!!」
そう。この尋常ではないほど、明るい屋敷。
こんなとんでもない時間だと言うのに、この屋敷の玄関ホールは、信じられないくらいの照明だった。
まさに、この屋敷だけ、真昼間状態。
「ホント・・・省エネしてほしいよ・・・。」
と愚痴っぽく言った俺。
この贅沢に、正直呆れてたし、テンションも低くなりそうだった。
だけど、それよりも今は、天(タカシ)さまと、あの先生との事がうまくいった事が、何よりも嬉しくて・・・。
今の俺は、すごく心がウキウキしてたんだ。
まるで、自分の恋が成就した時みたいな喜び。
それくらい俺は嬉しくて・・・。
だからかな?
その嬉しさは、顔だけじゃなくて、知らないうちに行動にも出てたようで・・・。
「こんな時間に、軽快なステップで、階段を降りるなんて。
何か、いい事でもあったのか?。」
突然のその声に、俺は動かしていた足をピタと止めて、階段で立ち止まり、前方を見た。
その人の顔を見た途端、俺の緩んでいた顔は、いっきに緊張へと変わった。
「今おかえりですか?遅くまで、お疲れさまです。」
ピシッと、姿勢を正して、深々と頭を下げた俺の態度に、その人はいつもの優しい口調でこう言った。
「“お疲れさま”はお互いさまだろ?
こんな時間まで、大変だな。
天(タカシ)のやつ、どんなわがままを言って、こんな時間まで、お前を引き止めてたんだ?」
「わがままだなんて・・・そんな事・・・。」
慌てて訂正する俺のしぐさを、彼は優しい笑いをしながら見ていたけど、ユックリと俺の前に歩んできた。
そして、らせん階段の手すりに左腕をからめると、そこに顎を乗せて、俺を見た。
「それで?いい事って何?」
「あ・・・いや・・・。」
と言った俺に対して、彼は「やっぱ、いい事あったのか。」と笑いながらいうと、まるで俺の心を見透かすような瞳を送ってきた。
「どうせ、この時間から戻っても、たいして眠れないだろ?
なら、久しぶりにどうだ?
俺の相手しろよ。」
そういったかと思うと、彼は俺の方に向かって、右手でグイと酒を飲むポーズをした。
「私はかまいませんが、冬真(トウマ)さまは、明日確か大手術を執刀されるのでは?
今から、睡眠取られた方がよいのではないですか?」
そう。今、俺と話しているのは、天(タカシ)さまのお父さまであり、このとんでもないお屋敷の主である梅澤冬真(トウマ)さま。
今、日本でも・・・いや、世界でも有名となった梅澤総合病院の院長だ。
38歳という若さで、心臓外科医の名医とも言われてる、それはそれはすごい人なんだ。
俺の中では、雲の上の人同然のこの人に、酒なんて勧められたら、断るわけないんだけど、冬真(トウマ)さまの事を考えると、手放しでは喜べなかった。
恐れ多いとは思ったけど、冬真(トウマ)さまに俺は、事もあろうに、意見を述べてしまった。
だけど、それで、機嫌を損ねて怒ったりしないのが、冬真(トウマ)さまのいいところなんだ。
自分は、とても地位が高い人物なのに、それを全然たてにしないというか、言わないあたりが、人間的に俺は大好きだった。
案の定、冬真(トウマ)さまは、俺に怒ったりはしなかった。
反対に、おかしそうに笑いだした。
「冬真(トウマ)・・・さま?」
と聞いた俺に、
「お前、俺の性格、忘れちまったのか?」
と笑いながらいった冬真(トウマ)さまは、さらに涙目で俺をみつめると、続きを言った。
「俺の体力の源は、睡眠でも食欲でもない。」
そして、俺の側まで階段を登って進んでくると、俺の肩をポンと軽く叩いた。
「なんだった?言ってみろ。」
そう言われて、俺・・・思い出したよ。
冬真(トウマ)のとんでもない性格というか・・・体質を。
すっごいかっこいい冬真(トウマ)さまの笑顔に、俺もつられて笑顔になってた。
「それは、奥さまを抱く事です。」
つまり、ぶっちゃけていうと、セックスするって事。
この方は、ホントに・・・エロイんだよ。
結婚されて、10年になる今でも、新婚なみにラブラブなお2人で。
冬真(トウマ)さまは、ホントビックリするくらいの、奥さま命なんだ。
恥じらいもなく堂々と、エッチな言葉を連呼する。
俺は、元々冬真(トウマ)さまの運転手兼ボディーガードをしていて、その当時冬真(トウマ)さまの秘書をしていたのが、右京だった。
その頃から、車の中でも平気で、ポンポン色んな言葉を言ったりしてて。
「場所をわきまえてください。」
とよく、右京に怒られていたっけ。
「別に隠す事じゃねぇーだろ?
好きな女を抱く事は、当たり前の事だし、みんなやってる事だろ?
っていうか、それより、さっさと麗美(レミ)と連絡とれよ!
今すぐヤリてーんだよ。
会合するホテルに、麗美(レミ)を連れて来い!
出席する前に、ヤル!
ヤらなきゃ俺、出ねぇーからな!」
などなど・・・。
こんなムチャな事は、日常茶飯事(ニチジョウサハンジ)だった。
とまー、こんな感じで、とにかく、とんでもないお人なのだ。
まるで、性欲が服着て歩いてるみたいな冬真(トウマ)さまと違って、天(タカシ)さまは、いえば、奥手だろ?
そういう方と、数ヶ月一緒にいると、それに慣れてしまってさ。
すっかり、冬真(トウマ)さまのキャラを忘れていたよ。
でも・・・待てよ?
俺に『酒の相手をしろ。』って事はつまり・・・。
ピンと来た俺は、俺の横をすり抜けて行こうとしていた冬真(トウマ)さまに話かけた。
「奥さまも、まだお戻りではないのですか?」
俺の言葉に、「ああ。」と答えた冬真(トウマ)さまは、自分の腕時計に目をやる。
「まだあと、1時間は戻って来ねぇーだろ。
俺が、眠らねぇーように、相手してくれよ。」
「もちろん。よろこんで。」
と笑って答えた俺だったけど、「なら、3階にいこうぜ!」と俺の前をうれしそうに歩いている冬真(トウマ)さまを見て、焦った俺。
「冬真(トウマ)さま、待って下さい!!」
すでに、数段上を歩いている冬真(トウマ)さまのもとに、階段をかけあがって近付いた俺に、「ん?どうした?」と不思議そうな声をかけた冬真(トウマ)さま。
だけど、俺は冬真(トウマ)さまと違って、落ち着いてはいられなかった。
メチャクチャ焦った声で、冬真(トウマ)さまに襲い掛かった俺。
「エレベーターを使って下さい。
冬真(トウマ)さまが階段だなんて!!」
だけど、「お前乗らないだろ?だから、いいんだよ。」と言って笑うと、
「ほら、とっとといくぞ。」
と言って冬真(トウマ)さまは、また俺の前を歩いていく。
「乗らないって・・・知ってたんですか?」
冬真(トウマ)さまの背中に向かってそうつぶやいた俺に、冬真(トウマ)さまは何も言わずに、ただ振り返って笑っただけだった。
俺は・・・エレベーターには乗らない。
それは、この屋敷だけではなくて、どこへ行っても。
例え、28階とか、とんでもなく高い階に用があっても、俺は階段を登るんだ。
どうしてかって?
それは、閉じ込められると困るだろ?
俺は、冬真(トウマ)さまの側にいるときは、冬真(トウマ)さま。
そして、今は天(タカシ)さまだけど。
そういう方に仕えている者だから。
その者が、側にいられなくなるって、ありえないことだろ?
だから、閉じ込められて、その場に向かえなくなりそうなエレベーターには、乗らないんだ。
というより、恐くて乗れない。
俺は、それくらい、この仕事に、誇りを持ってるんだ。
だけど、そんな事、気付いてないと思ってた。
でも、冬真(トウマ)さまは、ちゃんと見ていてくれたんだ。
いつも、エレベーターに乗って、3階に上がるのに、今日は俺に合わせて階段を使ってくれるなんて。
俺の胸は、熱くなった。
「冬真(トウマ)さま・・・。」
と言った俺に、
「ほら、とっとと来いよ!
久しぶりに階段なんて登ったら、息が切れる・・・。
バツとして、お前が水割り作れよ。」
この悪態も、相変わらずだ。
「はい。わかりました。」
俺は、すごく懐かしかった。
天(タカシ)さまの側にいる事に、不満はない。
毎日が楽しくて、やりがいがあるのも確かだ。
だけど、冬真(トウマ)さまと居て、思い出したんだ。
今の俺になかった事。
天(タカシ)さまの側では味わえない事。
それは、安らぎだった。
ホッとするこの安らぎは、冬真(トウマ)さまの側でだけで感じていたものだったと、改めて実感した。
そして、それが、こんなにも、温かくて居心地がいいものだと、スッカリ・・・忘れていた。
「酒はそこの棚から、好きなのを出せ。」
自宅に入るや否や、冬真(トウマ)さまはそういうと、キッチンを通り越して、広いリビングに向かうと、そこにある黒い高そうなソファーに倒れこむように寝転がった。
仰向けになると、片腕を額に乗せて、目をつぶる。
その仕草を見ているだけで、相当疲れているんだと感じれた。
俺は、言われるがまま、お酒が入っている棚を開けると、冬真(トウマ)さまがよく飲まれているお酒をチョイスし、それをトレイに乗せた。
グラスもあと、ウオーターに氷。
あと細か物も適当にチョイスして、冬真(トウマ)さまの元へと急いだ。
「濃いめがよかったですよね?」
作り出しながらそう言った俺に、「あ・・・。」と変な答え。
ああ。と言えないくらい、疲れてるのか?
大丈夫かよ。と俺の心は言っていた。
「眠られた方がいいのでは?」
そう言いながら、グラスをテーブルに置くと、冬真(トウマ)さまに向かってスライドさせた。
その音で、冬真(トウマ)さまは、腕を額から離すと、つぶっていた目を開けて、目の前のグラスを見た。
「相変わらず、お前は、よくできた男だな。」
そう言って、笑いながら起き上がると、冬真(トウマ)さまは、「う〜ん。」と言いながら両手を組んで背筋を伸ばす。
そして、首をグルングルンと回しながら、疲れを振り落とした。
「今の・・・どういう意味ですか?」
意味がわからなかった。
俺のどこがよく出来た男なわけ?
何も俺、褒められるようなこと、してねぇーけど・・・。
眉間にしわを寄せていった俺の姿を見ながら、冬真(トウマ)さまは、俺の作った水割りを1口飲んだ。
「それの事だよ。」
「へっ?」
といいながら、俺は冬真(トウマ)さまが指さした先を目で追った。
それは、さっき俺が持ってきたトレイだった。
「これが・・・何か?」
と今度は首をかしげた俺の姿を、冬真(トウマ)さまは、笑いながら見てた。
「お前が、この階に入った事なんて、数えるほどしかないだろ?
まして、俺がどんなグラスで酒を飲むか。
どこに氷があって、どこに氷を入れる容器があるとか・・・。
お前に、わかるわけがない。
だけど、お前は俺に何も聞かなかった。
自分で目で見てわかる範囲で、お前は用意してここにきた。
どうして、俺に聞かなかった?
きっと、右京ならあれこれ、聞いて完璧に用意しただろうにな。」
それには、俺も納得だ。
右京は、何かにつけて、完璧主義なんだ。
冬真(トウマ)さまが普段やっている生活を、崩さないように、冬真(トウマ)さまの心が和むような行動をいつもしてる。
だから、きっと彼なら、冬真(トウマ)さまに色々聞いて、普段冬真(トウマ)さまが飲んでいるスタイルをそのまま再現しただろう。
もちろん、それは冬真(トウマ)さまにとっては嬉しい事で、リラックスできることなのかもしれない。
だけど、俺がそうしなかった理由は・・・あるんだ。
それは・・・。
俺は、その理由を言おうとしたんだ。
だけど、俺よりも先に冬真(トウマ)さまの口が開いた。
「わかってる。お前は、俺じゃない。
麗美(レミ)の心を尊重したんだろ?」
俺は黙った。
改めてそういわれると・・・俺って、間違ってるなって・・・気付いた。
俺は、奥様に雇われているわけではない。
冬真(トウマ)さまに雇われているわけで、冬真(トウマ)さまの心を潤さなければ意味ないよな。
というわけで、俺は早々に、冬真(トウマ)さまに頭を下げた。
「最優先すべきは、冬真(トウマ)さまでした。
申し訳ございませんでした。」
だけど、「俺は、そうは思わないぞ。」という声が。
「えっ?」と言って顔を上げた俺の目の前に、冬真(トウマ)さまはカラのグラスをかかげた。
「ほら、入れろよ。」
と笑顔で言われても・・・飲むの早くないか?
突っ込みたいが・・・俺は何も言えず、苦笑いをしながら冬真(トウマ)さまのグラスを受け取ると、せっせと作り出す。
そんな俺の姿を見ながら、冬真(トウマ)さまは、またソファーに倒れこむと、今度は顔をクッションに押し付け、片目で俺を見る。
「お前さ、俺がこんな、ややこしい家を作ったか訳、知ってるよな?」
「ええ。」
と答えた俺に、冬真(トウマ)さまは続けた。
「誰にも知られない、家族だけの空間がほしかった。
それは、俺自身もそうだけど、その思いは麗美(レミ)も同じだったはずだ。
下にもキッチンがあるのに、あそこは使わずに、ここに麗美(レミ)専用のキッチンがあるのは、アイツがここには、誰も踏み込めたくないという願いがあったから。
それを、お前は、何となくわかってたんだろ?
だから、ここで過ごしている俺を知ろうとしなかった。
家族だけに見せる俺の姿を、知る必要はないと判断した。
そして、何より、そうしなかったのは、麗美(レミ)の領域を無断で知る事はいけないことだと思ったんだろ?
本当は、グラスとかを持ってくる事も、抵抗があったんじゃないのか?」
「それは・・・。」
図星過ぎて何も言えない俺に、冬真(トウマ)さまは、優しく笑いながら起き上がると、俺の手からグラスを引ったくりまた、酒を一気に胃の中に流し込んだ。
「俺はお前のそういう所が、すげぇー好きだよ。
右京とは違うお前の完璧さ。
右京は、俺がすごくラクが出来て、助けてくれる俺の片腕だ。
だけど、夕崎(ユウキ)は、俺が安心できる人物なんだ。
張り詰めている糸を、解いて息がつける・・・お前も俺の大事な片腕。
やっぱ、天(タカシ)なんかに、お前を渡すんじゃなかったかな・・・。」
嬉しすぎて俺は、ただ笑うことしかできなかった。
俺も冬真(トウマ)さまの側にいると、安心できた。
冬真(トウマ)さまもそう思ってくれていたなんて、夢のようだった。
ありがとうございます。と言いたかったのに、言葉がうまく出ない。
でも、言わなきゃと、心が叫ぶ。
「あ・・・。」
やっと出たのが、そんな声だった。
その声に焦る俺に、冬真(トウマ)さまはまたカラのグラスを差し出してくる。
「お前も飲めよ。それから、敬語やめろよな。」
「えっ?」
と言った俺に、「昔を思い出して飲もうぜ。」とニッコリ顔で笑われた。
俺がまだ、冬真(トウマ)さまのお側にいた頃・・・。
毎晩飲むのにつき合わされた。
そこで、冬真(トウマ)さまに言われたのが、
「お前を相手に選んだのは、堅苦しく飲みたくなかったから。
右京や執事の甲本は、堅いからな。
俺は敬語で話すのも、話されるのも、肩が凝ってイヤなんだよ。
飲む時くらい、そういうコリから開放されたい・・・ってな。
だから、飲んでる時は、上下関係はナシ!
俺を飲み仲間として見ろ。」
ってね。
それから、俺は冬真(トウマ)さまと、数え切れないくらい酒を飲んだ。
その間、本当に俺は、友達感覚で冬真(トウマ)さまと話をしてた。
そう望まれたから最初は仕方ないと、恐々緊張しながらだったんだけど、いつの間にか、自然とやっていたんだ。
そうさせる冬真(トウマ)さまの存在が・・・すごいと思った。
「わかりました。それでは、お言葉に甘えて。」
と言った俺は、自分のグラスに酒を注ぐと、俺はストレートだから、そのまま冬真(トウマ)さんのグラスに傾けた。
ガラスが触れ合い、冷たい高い音がした。
「いただきます。」
俺はそう言って笑顔を、冬真(トウマ)さまに向けた。
「乾杯。」
冬真(トウマ)さまはそういうと、また一気に酒を飲みほした。
「相変わらず、乱れた飲み方してるよな・・・。」
半ば呆れた声を出して、そう言った俺に、「そうか?」と笑った冬真(トウマ)さまは、お決まりの行動に出た。
俺は、自分のグラスをテーブルに置くと、冬真(トウマ)さまのグラスを受け取りまた、せっせと作り出す。
そんな俺の様子を見ていた冬真(トウマ)さまは、「ちょっと休憩。」と言いながら、また体をソファーに倒して、クッションを枕にする。
「ここに置いときますよ。」
俺の言葉に、「ああ。」と言った冬真(トウマ)さまは、「なー。」と俺に話しかけてきて。
「ん?」と酒を飲みながら冬真(トウマ)さまを見た俺に、彼は言った。
「ガキの面倒は、さすがに疲れるか?」
って。それに対して俺は、「いいえ。」と笑って首を振った。
「毎日がすっげぇー楽しいよ。
冬真(トウマ)さんの側にいた時は、勉強する事がたくさんあって、自分がすごくちっぽけに見えたりしたんだ。
だけど、今はそうは思わない。
冬真(トウマ)さんの側で得た知識は、天(タカシ)さまの為に使うためだったのかって・・・。
最近ではそんな風に思うようになったりしてる。
確かに、冬真(トウマ)さんみたいに俺に安心や安らぎはくれないけど、でも、毎日違った日々をくれる。
学生の俺って、こうだったかな?とかさ・・・。
少年の心っていうのか?
そういうのを思い出させてくれて、なんかここが温かくなる時があるんだ。」
そういって、俺は自分の胸を軽く叩いた。
俺の言葉に、「そっか。」と笑顔で言った冬真(トウマ)さまだったけど、その笑顔はすぐに消え、彼は上半身だけ起こすと、俺のほうに手を伸ばしてきた。
「ん?」
と聞いた俺に、「グラス。」と答えた冬真(トウマ)さま。
「ああ。・・・はい。」
そして、彼の手に渡した。
今度は、一気には飲まずに半分くらい飲んで、グラスを口から離した冬真(トウマ)さまは、グラスを見つめたまま口を開いた。
「あと、半年くらいだよな・・・。
天(タカシ)が卒業するの。
アイツが卒業したら、お前どうする?」
いきなりそんな事言われたらもちろん、「えっ?」だよ。
ビックリ顔で冬真(トウマ)さまを見ていた俺の方に、冬真(トウマ)さまも顔を向けた。
そして、もう一度はっきりと言った。
「このまま天(タカシ)のセキュリティーとして、一緒にアメリカへ渡るか、それとも俺の元に戻ってくるか。
もしくは・・・。」
そう言って口を閉じた冬真(トウマ)さまは、少し苦しい顔をすると、俺から目を離し残っていた酒を口にする。
そして、グラスをテーブルに置くと、俺のほうに向かってスライドさせてきた。
それを、俺は受け取りながら、もちろん文句を言う。
「もしくは、何だよ。
気になるだろ?何?」
と口にしながら、言われる前にまた、水割りを作る俺。
新しい氷をグラスに2つ入れたとき、甲高い音がなった。
まるで、それにかき消されないようにだったのかはわからないけど、冬真(トウマ)さまは少し大きな声で言った。
「もしくは・・・波夜人(ハヤト)さんのもとか、夏杜(カズ)のもとへ行くか。」
その言葉に、俺の動きは止まった。
はさんでいた氷が、スコーンと落ちて、グラスではなく、テーブルに落ちた。
少し溶け出した氷だったから、たくさんの水滴で少し横滑りをしてた。
だけど、俺はそれを拾う事もできないくらい、驚いて冬真(トウマ)さまを見入ってた。
しばらく、お互いが見つめ合っていた気がする。
あまりに動かない俺に、冬真(トウマ)さまはおかしそうに笑い出した。
「そんなに驚く事ないだろ?」
そして、体を起こして座ると、落ちた氷を素手で取ると、トレイの上に置いた。
「なんで・・・。」
一点を見つめたまま、口にした俺に、「ん?」と聞いてきた冬真(トウマ)さま。
彼の言葉にまるで引き寄せられるかのように、俺は自然と彼の方に顔を向けていた。
「どうして、波夜人(ハヤト)さまや、夏杜(カズ)さまが出てくる・・・。」
俺は、必死でごまかそうとしたんだ。
だけど、冬真(トウマ)さまには通用しなかった。
「俺が気付かないとでも思ってたのか?
お前と、“彼女”との事。
そして、そこに秘めている、お前の野望をさ。」
そういって、俺の胸を指さした。
正直、参ったと思ったよ。
そこまで、お見通しとは・・・いさぎよく負けを認めるしかないと思った。
俺は、気が抜けた笑いをすると、作っていた酒を冬真(トウマ)さまに差し出して、すぐに自分も酒を口にした。
「いつからアイツとの事、気付いてた?」
開き直った俺は、冬真(トウマ)さまにそう聞いた。
だけど、やっぱり意地悪な冬真(トウマ)さまは、
「さぁ?それは、教えられねぇー。」
と笑ってごまかされた。
「いたずらっこめ。」
と軽くにらんだ俺に、冬真(トウマ)さまは、声を出して笑ってた。
そして、俺が入れた酒をまた口にしながら、「まだ時間はある。」と口にすると、笑いが消えた瞳で俺を見た。
「自分の将来だ。
どうするか、ユックリ考えろ。」
その言葉に俺は、素直に言ってた。
「ああ。ありがとう。」
って。そして、知らない間に俺は・・・笑ってたんだ。
けどさ・・・酒を飲んでちょっと落ち着いたらさ・・・。
すごい事に気付いた。
それは何かというと、天(タカシ)さまが、卒業後アメリカに戻ると言う事だよ!
って事は、あの2人どうなるんだ?
遠距離??って、そう簡単な距離でもねぇーしな・・・。
えぇー!!どうなんだよ!!
だんだん、あせってきた俺。
なんで、俺が焦っているのかはわかんねぇーけど、なんか・・・焦って来た。
急に落ち着きがなく、むやみやたらとグラスをチビチビと口に持ってくる俺の行動に、冬真(トウマ)さまも不審に思ったのか、
「なんだよ、落ち着きねぇーな。」
と言い出して。
「あ・・・いや・・・。」
とごまかした俺なんだけど、でもそれは全然ごまかせてなくて。
俺を観察していた冬真(トウマ)さまは、いきなり、「お前さー。」と言ったかと思ったら、こう切り出してきた。
「天(タカシ)に何かあったんじぇねぇーの?」
って。「えぇー!!」って・・・あからさまに驚いたらバレバレだってな。
俺の素直なリアクションに、冬真(トウマ)さまは、噴出し笑いをしてた。
「お前、ホント、わかりやすいよな。」
そう言ったあと、さらに、突っ込んで聞いてきた冬真(トウマ)さま。
「で?天(タカシ)に、何があったの?」
そう言って俺を見つめた冬真(トウマ)さまの目が、すっごく『知りたい!!』と訴えてて。
その異様な程の目の輝きをみて、俺ピンときたんだよな。
もしかして、俺の行く末を聞きたかったんじゃなくて、実は初めっからコレが狙いだったのかも!!って。
俺が、ご機嫌で階段を降りていたのを見て、勘のいい冬真(トウマ)さまの事だから、原因は天(タカシ)さまにあると思ったはず。
それで、聞きたくて、俺を酒に誘った。
冬真(トウマ)さまの狙いがわかった俺は、急に勝ち誇ったような笑いをし、冬真(トウマ)さまに鋭く指摘する。
「もしかして、初めから、コレが狙いか?
コレが聞きたかったから、酒に誘ったんだろ?」
そう言われたら、普通ならごまかしたりするんだろうけど、冬真(トウマ)さまの答えは、飾らずごまかさず・・・。
俺のグラスに入っている酒のように、ストレートでいて、純水だった。
「まーな・・・。
けど、お前と久しぶりに飲みたかったのも、お前のこれからが気になっていたのも事実だぞ。」
と言いつつも、照れてるのは丸わかり!
だって、言ってる側から、バフと音を立てて、顔面をクッションにめりこませてるんだから。
外見はメチャクチャカッコよくて、こんなリアクションするなんて、想像もつかないけど・・・。
本当の冬真(トウマ)さまはこんな感じ。
天(タカシ)さまが言うには、さらに、本性はすごいらしいけど・・・。
俺たちに見せるのは、この辺までかな?
飾らず素直で、そして、子供っぽい姿・・・。
そんな姿を見せてくれるせいかもしれない。
雇い主だという事も、忘れてしまうのは・・・。
「はいはい。」
と俺は笑いながら返事をして、冬真(トウマ)さまの言葉を適当にあしらうと、教えたんだ。
今日あった、俺にとっても嬉しい出来事を。
案の定、この人もハイテンションになる。
「天(タカシ)に好きな女が出来たぁ??
すっげぇー!明日は、大雪かもなー!!」
その反応が、本当におかしくて俺は、噴出し笑いをしてしまった。
だけど、冬真(トウマ)さまは、そんな事おかまいなしで、さらに聞いて来る。
「相手は、どんなやつ?
同じ高校のやつか?」
嬉しさのあまり、いつの間にか起き上がって、クッションを抱きかかえてる。
そして、俺を見る瞳は、キラキラと輝いてるんだもんなー。
ホント・・・少年みたいな人だ。
この純粋さが、天(タカシ)さまに似てると、思えた。
ありえない事だけど・・・似てると・・・思えたんだ。
「同じ高校は高校ですけど・・・・。」
と言葉を濁した俺に、「なんだよ、はっきり言えよ!」と少し怒り出す冬真(トウマ)さま。
とはいえ、ちょっと言いにくい・・・。
言葉に詰まる俺に、
「おーい!夕崎(ユウキ)くーん!!もしもぉーし!!」
とオチャラケ攻撃。
「それ・・・やめてくれませんか?
冬真(トウマ)さんのイメージが、この上なく崩れて行くんですけど・・・。」
眉間にしわを寄せて、半ば軽蔑な眼差しで冬真(トウマ)さまを、ジロっと見た俺に、
「イヤなら、とっとと言えよ!
じゃねぇーと、もっと、俺のイメージ崩すぞ!!」
なんて言ってるし・・・。
それで、脅迫のつもりかよ!
全然脅迫の内容じゃねぇーって!!
と言いたいが・・・もういいや。
だって、冬真(トウマ)さまのグラスはいつの間にか、カラになってんだもん!
この強い酒を、水で割ってるにしても、5杯はさすがに飲み過ぎだろ。
それも、この短時間で・・・。
酒が回りだしたな・・・。
と感じた俺は、あまりかたらないに越した事はないと判断。
別に、天(タカシ)さまの親だし、この親子はオープンだから、言っても問題はないだろう。
って事で、俺は、天(タカシ)さまの恋の相手の話を、する事にしたんだ。
「へっ?」
これが、冬真(トウマ)さまの第一声。
その反応は、正直、意外だったかな?
だって、冬真(トウマ)さまなら、
「へー、やるなー。」
と言って褒めるか、
「そっか。」
と普通に受け入れるかの、どっちかだと思っていたから。
この驚きは・・・ホント意外だった。
もしかして、冬真(トウマ)さまも、普通の親だったのか?
不安に感じた俺は、少しテンション低めで聞いてみた。
「冬真(トウマ)さんもやっぱ・・・教師はマズイって思う派?」
ヤベーな。「反対だー!!」とか言って、今天(タカシ)さまの部屋に、乗り込まれたらどうするよ・・・。
心の中の俺は、かなり焦ってたんだ。
あんなことや、こんなことを色々考えて、変な汗までかきだしていたというのに・・・。
どんな思いで俺は、冬真(トウマ)さまの答えを待っていたと思ってんだよ!
人の気も知らないで、全く!!
あの人は・・・とんでもない答えをしてきやがって!!
「ブッ・・・アハハハハ!!」
噴出して、大笑い・・・。
さらには、ソファーに仰向けに寝転がってというか、倒れこんで、腹を抱えて大笑い初めやがって。
「おい!なんで、そんなにウケてんだよ!」
ダチに突っ込む感覚で、思わず突っ込んでしまった俺。
呆れて物が言えないというか・・・ホント、わけわかんないんだけど。
あぜんとした顔で、冬真(トウマ)さまを見ている俺に、彼は相変わらず笑いながら、一言こう言った。
「血って、すげぇーなー。」
って。「へっ?」とつぶやいた俺に、冬真(トウマ)さまは、「つまり。」というと俺を見て、続きを言った。
「蛙の子は、蛙。って事だよ!」
かえるのこは・・・かえる??
冬真(トウマ)さまに言われた事を、俺はもう一度頭の中で唱えてみた。
つまり、それってさ・・・。
俺の頭の中で出た答えを、俺はもちろん、すぐさま冬真(トウマ)さまに言う。
「それって、冬真(トウマ)さんも昔、女教師と関係があったって事?」
だけど、「バカ!俺は、麗美(レミ)一筋だよ!」と即突っ込まれさらには、握り締めていたクッションを投げられた。
ぶつかる手前でよけられたクッションは、無残にも少し後方にある壁に叩きつけられて、フロアーへと撃沈した。
「さすが、ボディーガードだけはあるな。
瞬発力はなかなか!」
と褒められるが、それどころじゃねぇー!ってーの!!
「話をすりかえるなよ!
冬真(トウマ)さんじゃないなら、一体、どういう意味だよ。
蛙の子は蛙って・・・。」
と怒(イカ)りながら口にした俺だけど、口にして気付いた俺。
「あっ・・・。」と自然と口にしてた。
俺の顔色で、俺がわかった事を理解した冬真(トウマ)さんは、優しく微笑む。
「陸(リク)が、麗美(レミ)の前に愛した女性が、アイツが通ってた高校の女教師だったんだよ。
結婚を考えるくらい、メチャクチャ、ハマってたな・・・。」
そう言ったあと、冬真(トウマ)さまは、「ほら、作れよ。」とカラのグラスを俺の目の前にズイと置いて催促すると、俺が作る間のつなぎとして、俺のグラスを奪うと、グビグビとまるで水を飲むように一気に飲みほした。
ストレートだぞ!と言いかけた俺だったけど、それを飲んだ張本人は、イヤって程、理解させられたようで・・・。
グラスをテーブルに、カツンと置いたと同時に、ぼやいてたよ。
「原液は、さすがに喉(ノド)が焼けそうだな。」
って、顔をしかめながらな。
それを聞いた俺は、
「当たり前だ。」
と言いながら、チョット呆れた笑いをした。
だって、これ、どれだけアルコール度がキツイ酒だと思ってんだよ。
ストレートで、一気飲みはありえねぇーって!!
と突っ込みたかったけど、それは、グッと我慢した。
だって、そもそも、俺が、冬真(トウマ)さまのグラスをカラのままにしていたのが、悪いわけで・・・。
反省しつつ、俺は休めていた手を動かして、冬真(トウマ)さまのグラスを液体で埋めた。
さっきの冬真(トウマ)さまの言葉でもわかったように、天(タカシ)さまは冬真(トウマ)さまの実の子供ではない。
天(タカシ)さまの本当の父親は、すでに亡くなっている方で、名前は葛城陸(リク)さん。
俺は、葛城陸(リク)さんの事は、あまり知らない。
右京のほうがよく知っていると思う。
アイツは勉強家だから。
俺は、あまり、その辺の事情は知りたいとも思わないから、ホントに知らないんだ。
だから、葛城陸(リク)さんが、女教師に惚れた事があるなんて、初耳だった。
でも、それで、驚いている場合じゃなかった。
だって・・・。
「女教師っていうよりも、保健医!
つまり、天(タカシ)と全く一緒なんだよ。」
って言われてさ。
思わず、「マジかよ・・・。」と口にして、思ったよ。
蛙の子は、蛙だな・・・・って。
「天(タカシ)は、その事知ってるの?
葛城陸(リク)さんが、昔保健医と付き合ってたって。」
だけど、冬真(トウマ)さんは、「いや。」とすぐに否定した。
「アイツに、話す必要はないと思って話していない。
保健医と付き合っていた事は、陸(リク)にとっても苦い過去だったし、麗美(レミ)にとっても嬉しい話じゃないしな。
幸い、彼女と付き合っていた事を知っているのは、俺と麗美(レミ)以外いないし、彼女の顔も、1回だけ陸(リク)に写メを見せてもらったくらいでさ。
顔なんて覚えてねぇーよ。
名前も・・・なんだったけかな?」
といって、アホ面をして首をかしげたものだから、
「ホント、いい加減だよなー。」
と呆れた俺。
「細かい事をイチイチ覚えれるほど、俺の頭はゆとりねぇーんだよ。」
と言いながら、
「ま、そういう事でさ。
天(タカシ)にも、誰にも、言う必要ないと俺が判断したんだ。
これからも、言うつもりはない。」
ハッキリそう言った冬真(トウマ)さまに、
「そっか・・・。」
と答えた俺。
確かに、別に言わなくてもいいと思う。
天(タカシ)さまは、冬真(トウマ)さまを心から慕っているわけだし、反対に、陸(リク)さまと同じ行動を起こしていると知れば、傷つくかもしれない。
やっぱり、自分は冬真(トウマ)さまとは血のつながらない親子なんだと、目の当たりにして傷つくかもしれないから・・・。
俺も、言わない方がいいと思った。
「それで?その女性は、何て名前なんだ。」
と突然言われて、驚いた俺はすぐには答えられず、「えっと・・・。」と詰まってしまった。
その時、実にタイミングよく、別の声が、入り口の方から聞こえて来た。
「あれ?夕崎(ユウキ)くんじゃない。
珍しいわね。っていうか・・・どうしたの?こんな時間に。」
そう言って俺たちの元に来たのは、冬真(トウマ)さまが待ちに待っていた人だった。
「冬真(トウマ)さんに捕まってしまって。
麗美(レミ)さまが戻るまで、相手しろと言われて、飲んでました。」
と答えた俺に、
「お前、ストレート過ぎ。」
と大笑いした冬真(トウマ)さまは、俺が満たしたグラスをまた、切れる事無く一気にカラにしていく。
まるで、この1杯が初めてかのように思える、冬真(トウマ)さまの飲みっぷりに、呆れた顔をする俺。
でも、冬真(トウマ)さまのこの姿を見たら、ホント騙されるだろと俺は思ったんだけど、さすがは麗美(レミ)さま。
冬真(トウマ)さまの飲みっぷりを、俺と共に見ていて、冬真(トウマ)さんがグラスをテーブルに置くとほぼ同時くらいに、口を開いた。
「一体、何杯飲んだの?
5,6杯は飲んでんじゃない?」
それには、驚きの俺。
「どうして、わかるんですか?」
ビックリの俺に対して、麗美(レミ)さまが答える前に、酔っ払いのこの人が口を開く。
「そりゃ、愛があるからね。」
そして、また、ゲラゲラと笑い出す。
「何がそんなにおもしろいんだ?」
と呆れた声を出した俺に、「これよ。」と麗美(レミ)さまは言うと、キッチンに向かい、グラスに冷えた水を注ぎ、それを持ってくると、
「ほら、飲んで!」
と冬真(トウマ)さまに強引にもたせた。
冬真(トウマ)さまは、素直に麗美(レミ)さまから受け取ったグラスを口に当てると、一気に水を飲んだ。
そんな彼から目を離した麗美(レミ)さまは、俺を見る。
「冬真(トウマ)さんが笑い上戸になったら、酔ってる証拠よ。
3杯程度じゃ、こんなにならないもの。
お酒が進むくらい、よっぽど、嬉しい事があったのね。」
さすがだと思った。
冬真(トウマ)さまの言う通り、愛だなって・・・思ったんだ。
「両方あたりです。
嬉しい事があったせいか、大量にしかも、ハイスピードで飲んじゃって。」
そして、俺は、立ち上がった。
俺の姿に、麗美(レミ)さまは慌てる。
「こんな時間だけど、よかったら、ユックリして行ってよ。
っていうか、泊まって行ったら?
部屋だって山ほどあるんだし。
どうせ、運転できないでしょ?」
と言ってくれるけど、俺は首を振った。
「お2人の邪魔は、したくないですから。」
そう言って上着を着た俺は、冬真(トウマ)さまに挨拶をする。
「それでは、僕はこれで。
また、相手に困ったら、声かけて下さい。」
そんな俺の一方的な言葉に、麗美(レミ)さまは、オロオロ。
「ねぇー、待ってよ。
っていうか、冬真(トウマ)さんも、止めてよ!」
と麗美(レミ)さまは、冬真(トウマ)さまに言ってくれるけど、
「じゃ、また、俺の相手してくれよ!」
と冬真(トウマ)さまは、俺に手を振って見送ってくれる。
そんな冬真(トウマ)さまの胸に、パンチをする麗美(レミ)さま。
「もう!止めて、って言ってるのに、見送ってどうするのよ!
この、酔っ払い!!」
だけど、冬真(トウマ)さまは、ただ笑ってるだけ。
この人はちゃんと、わかってるんだ。
俺がここに泊めてもらっても、休めない事を。
いくら、飲み仲間と言っても、やっぱり雇い主なんだからね。
それを、ちゃんと冬真(トウマ)さまはわかってるから。
だから、俺を止めない。
一言言えば麗美(レミ)さまも理解してくれて、自分が叩かれる事もないのに、俺の為に何も言わない。
そういう冬真(トウマ)さまの優しさが、本当に心地よかった。
「また、泊りがけで飲みに来させてもらいますので。」
俺の言葉に、
「そう?気をつけて帰ってよ。」
と言った麗美(レミ)さまに、「麗美(レミ)、俺の上着取って。」と冬真(トウマ)さまはこき使う。
「そんなの、後でいいでしょ。」
とブツブツ言いながら、ソファーの裏に落ちていた冬真(トウマ)さまの上着を腕を伸ばして取った麗美(レミ)さまは、「ほら。」と冬真(トウマ)さまの顔面に向かって投げた。
「ホント、お前って、強暴だな。
ベッドでは、あれだけ泣いてすがるのに。」
って、出たぞぉー。
エロ発言!
「余計な事、言わなくていいいから!
この、エロ医者!!」
そう叫んだ麗美(レミ)さまは、冬真(トウマ)さまを思いっきりソファーに仰向けに押し倒すと、リビングを出て行こうとした。
「どこ行くんだよ。」
と笑いながら言った冬真(トウマ)さまに、
「お風呂、はって来るの!」
とこっちを見ないまま叫んで、麗美(レミ)さまは部屋を出て行った。
「怒らしてよかったんですか?」
笑いながら言った俺に、
「いいのいいの。アイツがいると、お前受け取りにくいだろ?」
って言われて。
「えっ?」
と聞いた俺の目の前に、冬真(トウマ)さまは、1枚の紙切れを差し出した。
「何のマネ?」
少しムッとした俺に、冬真(トウマ)さまは、「怒るなよ。」と笑うと、体を少し起こして俺の手に握らせると、また横になる。
「お前を金で買ったわけじゃない。
その金は、タクシー代だ。
車は置いて帰れ!
往復にしたら、足りねぇーだろうから、あとは、自分の稼ぎから出せよ。」
そして、最後に、「お疲れ!」と言って笑った冬真(トウマ)さま。
そのお疲れは、きっと天(タカシ)さまの側にいる俺に対して、言ってくれた感謝の言葉だと思った。
俺にタクシー代を支払ったのも、日ごろの感謝の気持ちか?
これは、素直に受け取ろうと、思った。
「わかりました。では、これはありがたく頂きます。
でも、往復の料金、これで充分です。
1万を超えるなんて、ありえませんよ。」
すると、冬真(トウマ)さまは、少しいやらしい笑いをした。
その笑いが気になった俺は、「何か?」と催促。
それに、対しての、冬真(トウマ)さまの言葉・・・。
「“アイツ”、日本に戻ってきてるんだろ?
これから逢い行って来たらどうだ?」
さすが、冬真(トウマ)さま。
情報は早いな・・・。
ホント、この人にはかなわない。と思った。
だから、俺は正直に答える事にしたんだ。
俺は、冬真(トウマ)さまに首を振る。
「“彼女”は仕事で戻ってきてるわけですので、自分と逢う時間などないですよ。
それに第一、今何時だと思っておられるのですか?
このような時間に訪問など、滅相もございません。
せっかく気をつかっていただきましたが、申し訳ございません。」
と言った俺に、
「時間ねぇー・・・そんなの気にするかな?
俺はさ、『愛』ほど、常識が通用しないものはないと思うけどね。」
そういって笑った冬真(トウマ)さまの目は、もっと何かを言いたげだった。
でも、俺はそれ以上は聞かなかった。
今は、浸っていたかったから。
冬真(トウマ)さまとお酒を飲み、幸せな気持ち。
そして、天(タカシ)さまの恋が上手くいった、うれしくて幸せな気持ち。
この2つの気持ちに、満たされていたかったから。
自分の実らない恋の話など・・・。
胸が苦しくなる気持ちなど、今は綺麗さっぱり忘れたかったんだ。
だから、俺はこれ以上はふれない事にした。
そう決めた俺は、冬真(トウマ)さまに一礼すると、受け取ったお金を、上着のうちポケットにしまった。
「それにしても、お前なんだよ。」
いきなりそう言われて、「はい?」と言いながら冬真(トウマ)さまを見た俺。
俺を見ていた冬真(トウマ)さまの顔は、ホントに、おもしろくねぇー!!って顔全体で言ってるくらいの、すごい顔だった。
「いつものキャラに戻ってんじゃねぇーか。
ダチキャラは、どうした?
おもんねぇー!!」
なんだよ。いまごろ気付いたのかよ。
と思いながら、俺は、タバコを加えて笑っている冬真(トウマ)さまに、言ったんだ。
「ダチキャラは、グラスを置いた瞬間に終了いたしました。」
って。そして、彼のタバコに火をつけた。
「それは、残念だな。」
と笑った冬真(トウマ)さまに、「それでは、おやすみなさいませ。」と挨拶した俺は、荷物を手に取ると、冬真(トウマ)さまに背を向け、リビングを出かけた。
その時、「おい、夕崎(ユウキ)!!」という冬真(トウマ)さんの声に俺は足をとめ、振り返った。
「何か?」
と素で聞いた俺に、「お前、忘れ物。」と言って、冬真(トウマ)さまは俺の目の前にくると、一枚の紙をヒラヒラと差し出した。
「あっ!!大事なもの。」
と言って、それを冬真(トウマ)さまの手からぶんどろうとした俺だったけど、俺の手はスカと宙を舞った。
「何するんですか!」
と反抗した俺に、「これ、誰のだよ。」と言いながら冬真(トウマ)さまは、用紙をチェックする。
「天(タカシ)さまの、お相手の方のデーターです。」
と言った俺に、
「それって、例の先生?
でも、これ、携帯の機種変更の契約書だろ?
なんで、こんなもんがあるんだ?」
と聞かれてしまって。
仕方なく俺は事情を説明した。
彼女の携帯が使えなくなってしまったから、天(タカシ)さまのお金で、携帯を買ってあげた事。
そして、その契約を俺がまかされ、明日の朝イチで、携帯の契約を完了させるつもりだという事を・・・。
「なるほどねぇー。お前も大変だな。」
と言ってくれながら、冬真(トウマ)さまはその用紙をジッと見た。
「いい加減、返してくださいませんか?」
こめかみに怒りマークを宿しながら、そう言った俺の言葉を、冬真(トウマ)さまは完全に無視しやがって。
「聞いていらっしゃいますか!!」
と怒り口調で言った俺は、それでも無視されたもので、強引に冬真(トウマ)さまから、用紙を奪おうとした。
何をそんなに真剣な顔で見入ってるのか、意味がわかんねぇー。
とっとと、返せよ!
俺の気持ちは、そんな気持ちだった。
だけど、用紙を返してもらおうと、差し出した俺の手を、冬真(トウマ)さまは、払いのけた。
一体、なんなんだ!と思った俺は、冬真(トウマ)さまを見ると・・・。
思わず言ってしまった。
「どうか・・・なさいましたか?」
って。だって、その用紙を見ている冬真(トウマ)さまの顔が、いつになく真剣・・・いや、深刻な表情だったから。
だけど、俺の言葉も耳に入らないくらい、冬真(トウマ)さまは、何かに囚われていた。
「冬真(トウマ)さま。」
少し声を大きくしていった俺の声で、我に返った冬真(トウマ)さまは、「あっ・・・。」と声を発すと、いつもの表情に戻った。
「悪い悪い。
ちょっと、変わった名前だったから、見入ってしまった。」
そう言って、俺に用紙を返してきた。
「変わった、名前ですか?」
と聞いた俺に、冬真(トウマ)さまは、「ああ。」というと、彼女の名前の所を指差した。
「こんな“漢字”初めてみたよ。
何か意味があるのかな?って・・・そう思ってさ。」
「漢字?」
そして、俺は冬真(トウマ)さまの指を追った。
「こんな字だったんですね。」
「何?お前も初めて見たのか?」
「ええ。ひらがなだと思っていました。」
「そう・・・。」と言った冬真(トウマ)さまは、
「じゃあ、天(タカシ)も知らないのか?
彼女がこの字、書くこと。」
と聞いてきたから、「ええ・・・たぶん。」と答えた俺。
だって、先生の名前が、漢字だったなんて、初めて知った。
ひらがなだと思ってたから。
たぶん、天(タカシ)さまもひらがなと思ってると思うけど・・・。
「でも、この漢字がどうかしましたか?」
と聞いた俺に、
「いや、別に・・・。」
と言ったあと、話題は変わる。
「それにしても、この先生、やけに若いな。
天(タカシ)と3つしか変わらないのか。」
「えっ?」
そう言われたら、さとり先生は、若く見えたな。
冬真(トウマ)さまに言われるまで、年齢なんて気にしなかったけど。
確かに。用紙を見て、生年月日を確認すると、天(タカシ)さまと3歳違いだった。
とはいえ、さとり先生はちょっと子供っぽさがある方だから、3歳差には見えないけどね。
さとり先生が、天(タカシ)さまに意地悪されて泣かされた時の事を思い出して、たまらず、ププと笑ってしまった俺。
「ん?どうした?」
と言った冬真(トウマ)さまに、「あ、いえ。」と俺は慌てて首を振った。
「そっか。」と軽く聞き流した冬真(トウマ)さまは、「なー、夕崎(ユウキ)!」と俺に声をかけてきた。
「その先生の家族構成はどうなってる?
親は、今も健在なのか?」
なぜ、そんなの事を突然聞いてきたのかは謎だったけど、主(アルジ)の質問には、自分の知っている範囲で答えるべきだと、右京に教えられていた俺は、疑問に思いながらも答えた。
「幼い頃に離婚されているようで、今はお母様と一緒に住まわれているようです。
ただ、現在は、入院されているとか。」
俺の言葉に、「入院?」と甲高い声を上げた冬真(トウマ)さまが、気になって俺は聞いてみた。
「何か気になることでも?」
それに対して何も、冬真(トウマ)さまは答えなかったから、俺は提案してみたんだ。
「もし、必要であるなら、さとり先生の事、調べましょうか?」
だけど、「いや・・・いいよ。」と笑った冬真(トウマ)さま。
「天(タカシ)が好きになった女性の事だけに、少し興味があっただけだ。
コソコソかぎまわったら、天(タカシ)に怒られるからな。
今、俺が聞いたことは忘れてくれ。」
冬真(トウマ)さまは、そういうと、夜景が見える大きな窓へと進み、そこにある椅子に腰をかけ、外を眺めてた。
「それでは、失礼致します。」
俺は礼をして、その部屋を出た。
冬真(トウマ)さまが、あーいう態度を取ると、何かを考えているとき。
何を言っても聞いてもらえないときなんだ。
でも、一体急にどうしたんだ?
俺は、手に持っている用紙を見た。
「この漢字がそんなに気になるかな?
それに、あの真剣な表情で聞いてきた感じ・・・。
ただの、興味本位とは思えなかったけどな・・・。」
そうつぶやきながら、俺は自然と首を傾げていた。
その時、急に俺の携帯が鳴った。
俺は、手に持っていた用紙をカバンに入れると、胸ポケットから携帯を抜き取った。
こんな明け方になんだ?
どうせ、ワンギリだろ!と思いながら、イヤイヤ携帯を見た俺。
だけど、俺は、液晶を見て、一瞬息ができなくなった。
だって、かかるはずもない人物からの、着信だったから・・・。
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