最終更新日:2008/6/6



 8   番外編 冬真(トウマ)の夜 前編
更新日時:
2007/10/09 
ドライヤーで乾かし、半乾き状態の髪を、手ぐしで整えながら、私はこの3階フロアーの一番奥にある部屋へと向かった。
私が一番ホッとする場所であり、一番好きな場所。
それは、その部屋が・・・って事より、そこには“彼”がいるから。
だから、そこの場所を、私は好きなんだと思う。
私は、ドアノブに手をかけると、あまり音を立てないように、ユックリと扉を開けた。
今は、もう明け方の5時を回ってる。
入院患者が急に体調が悪くなり診ていた関係で、めっきり帰宅が遅くなった。
冬真(トウマ)さんは、きっと私を抱くつもりだろうけど、たぶん今は眠ってるはず。
いつも、そうなの。
私がベッドに入り込むと、眠ってようが、どんな時間だろうが、必ず起きてくれる。
そして、すっごく色っぽい瞳と声で、
 
「おかえり。」
 
って言ってくれて、甘いキスをくれる。
そのあとは、有無を言わさずに、体が交じり合って溶け合うという展開になっていくんだけどね。
私と冬真(トウマ)さんの間に、『時刻が遅い』とか『睡眠時間が減る』とかっていうのは、関係ナシ。
セックスするのに、全然関係ないんだー。
『愛し合いたければ決行!!』って感じでね・・・。
それが、私にとっても、冬真(トウマ)さんにとっても、心地よくて嬉しい事だから。
でも、明日は冬真(トウマ)さん、結構すごい手術をする予定なのよ。
病院に9時には行かないと行けないから、あまり眠れないじゃない。
だから、私がお風呂に入っていた20分くらいの時間でも、貴重だから。
彼のいつものパターンなら、必ず眠っているはずだから。
私がベッドに入る数秒前のギリギリまで、熟睡しててほしかったの。
もし、私がベッドに入って起きなくても、それはそれで、仕方ないかな?って思えたし。
普段なら目を覚まさない事はありえないんだけど、あれだけ、お酒をガブ飲みしてたからなー。
もしかしたら、熟睡を通り越して、爆睡しちゃって、起きないかもね。
そう思った私は、いつもよりも細心の注意を払って、そぉーっと寝室の扉を閉めた。
この部屋は、寝室と言っても、とんでもなく広くて。
一般に家族が住むマンションの4LDKくらいの広さは・・・ある。
だから、畳(ジョウ)であらわすのもおかしいけど、あえていうなら3桁はいくくらいの広さじゃないかな?
しかも、ここには、簡単なクローゼットと、メチャクチャ広いベッド。
あとは、滅多にみない、スクリーン状態のテレビと、高級ソファーくらい。
そんなものしかないのよね。
ホント・・・無駄に広い寝室なの。
 
「こんなにいらないよ。」
 
って言ったんだけど、
 
「お前とセックスできるのは、この屋敷では、ここしかないんだよ。
だから、どんな体位もこなせるくらいのスペースは、ないと困るだろ?」
 
と・・・すっごい真面目な顔で言われてね。
何も返せなかったよ。
まっ、暮らして実際、「これだけあって助かった」って・・・思うけどね。
『えっ?マジ?』って?
マジもマジ。大マジよ!!
冬真(トウマ)さんって・・・暴れるからね。
ベッドのセックスはそんなに・・・ないかもよ。
主に、フロアーとか、窓づたいに立ってするとか・・・まー、色々ね。
ここにあるソファーも、今あるのって・・・何代目だっけ??
結婚して9年かそれくらいだけど、すでに20回くらいは買い換えてるよ。
何で?って・・・汚れるから。
私がね、そういうの、すっごい気にするたちで。
だから、「ソファーはイヤだ!」って言うんだけど、冬真(トウマ)さんは、「また、買ってやるから。」とお構いなし。
彼からすると、ソファーの方がいいみたい。
窮屈な空間で交じり合うのがたまらない・・・らしいよ。
だって、お風呂でするのも好きだもん。
家族が入るお風呂とは別に、この寝室の奥には、2人用のユニットバスがある。
そこは、ほとんど、プレイ用って感じだなー。
ねっ?すごい設計でしょ。
ホント、彼は、すごいよ。
普通、寝室は、『体をどれだけ休めるか』を基準に作るのに、彼の場合は、『手間なく、より要領よく、セックスが充実できるか』が基準だからね。
とんでもないエロ大魔王だよ!!
とまー、散々悪口を言われてる、その冬真(トウマ)さんなんだけど・・・。
どうしてるのかな?と気にはなるけど、私が今いる、この位置からは、残念ながら柱が邪魔してベッドは見れないの。
冬真(トウマ)さんが眠っているかもわかんない。
ベッドの側のスタンドの灯(アカリ)はついてるけど、それは眠っていても冬真(トウマ)さんはつけてるからね。
ということで、私はさらに、そぉーっと抜き足、差し足で歩いて、ベッドに近付いていったの。
もう少しでベッドが見えるって領域まで足が入り込んだ時、私の鼻に『ある香り』が飛び込んできた。
 
「これ・・・タバコ?」
 
ボソっと言った私は、あまりの驚きに足を止めた。
この香りは・・・そうだよ。
いつも冬真(トウマ)さんが、吸っているあの苦いタバコの香りだ。
って事はさ、今冬真(トウマ)さんがタバコを吸っているって事だよね・・・。
そう考えたら・・・。
 
「えっ!!起きてるの??」
 
またもや、驚きの声をあげちゃった。
私は事実を確かめようと、ゆっくりと止めていた足を動かして、彼の姿を見ようとした。
だけど、私が最初に感じたのは、彼の姿でもなかった。
それは・・・こんな『声』だった。
 
「『ニシナミ サトリ』っていう女性の事を、今すぐ調べてくれ。
21歳で、天(タカシ)の通ってる高校の、保健医をしてる。
そうだな・・・詳しい情報はゆっくりでもいい。
ただ、早急に調べてほしいのが・・・『父親』の事だ!
いろんな線から調べろ!
徹底的にだ。
いくら金がかかっても、かまわない。
右京・・・頼んだぞ。」
 
彼はそういうと、タバコを1回吸い、煙を吐きながら、「それとな・・・。」と付け足す。
 
「今麗美(レミ)が担当してる患者の、華湯葉 由水(ハナユバ ユミナ)いるだろ?
ああ、さっき発作の起こした。
彼女の身内って、確か1人娘だけだったよな?
連絡ってついたのか?」
 
彼の質問に対して、電話の右京さんは答える。
 
「そっか。わかった・・・。
右京、悪いが、彼女の家族の事も調べてくれ。
ああ、なるべく早くだ。頼んだぞ。」
 
冬真(トウマ)さんのその声の後は、「ピッ。」という機械音が聞こえた。
そして、タメ息交じりに、冬真(トウマ)さんのこんな声。
 
「携帯が壊れていた・・・なんて。
そんな事、あるわけないよな・・・。」
 
と情けない笑いをして、タバコを口に運ぶ。
今持っていた携帯も、近くの台に乱暴に置かれた。
彼は、顔を天井に向け、さらにそのまま後ろへと反り返る。
真後ろにある窓から見える、少し明るくなった夜空。
ここから見える月を、逆の視界から見た彼は、その月に向かってこう言った。
 
「冗談じゃねぇーぞ・・・陸(リク)・・・。」
 
力のない声だった。
こんな不安に満ち溢れた彼の情けない声を聞いたのは・・・初めてだったかもしれない。
私は、たまらず、両手を口に当てて、驚きの声を漏らさないようにした。
口にたまっていた唾液を、ゴクンと飲み込む。
一体・・・今のは何?
そんな気持ちと言葉が、私の頭をグルグルと回りだす。
さっきの話の中で、冬真(トウマ)さんは『右京』と言っていた。
という事は、電話の相手は右京さんに間違いはないよね。
右京さんには、あと数時間後には病院で会うじゃない。
なのに、こんな非常識な時間にも関わらず、わざわざ電話したりして・・・。
それくらい、急を要する内容だというの?
心がざわつきだした。
最初に言っていた、誰だっけ・・・。
そうそう。『ニシナミサトリ』って、天(タカシ)の学校の先生なんでしょ?
そんな人を、冬真(トウマ)さんが調べるって・・・どういう事?
それも、父親を??
それだけでも理解不能だけど、さらには、私の患者の華湯葉 由水(ハナユバ ユミナ)さんも調べろ?
どういう事なの?
彼女は確か、昔から代々続く老舗(シニセ)の着物店の娘さんだったはず。
でも確か、若くして離婚されて、今は娘さんと2人きりだと聞いた。
その娘さんを、別れたご主人の戸籍から完全に抜きたいのに、どうしても承諾してもらえず、未だにご主人の姓らしいのね。
それは、どうやればいいの?と相談された事がある。
ほら・・・私、彼女の主治医だから。
えっ?小児外科じゃなかったっけ?って思った??
実は、今は、一般外科も受け持ってる。
冬真(トウマ)さんは、それには大反対でね。
 
「子育てだって、それなりにしてるんだ。
それ以上、体を酷使するな。」
 
って、それはそれは、猛反対で!
でも、私は、誰の為でもない、冬真(トウマ)さんの為に、一般外科もしようと思ったの。
丁度、歩風(アユカ)が生まれた頃だったから、今から5年くらい前になるけど。
冬真(トウマ)さんの心臓外科医としての腕が、日本だけでなく世界でも認められてね。
事の発端は、冬真(トウマ)さんの昔からの患者であった、沙織さんの手術を成功させた事。
心臓が専門ではないにしても、再起不能と言われた雪先生の腕を治したアリシエさんが、首を横に振った患者を救ったって事で、世界でもそれはそれは注目されてさ。
そのせいか、日本だけでなく世界からも、冬真(トウマ)さんの腕を求めてくる患者が急上昇しちゃって。
すると、もちろんの事ながら、冬真(トウマ)さんは心臓の方だけで、手がいっぱいになっちゃってさ。
一般外科まで、診る事ができなくなった。
誰かを雇うと言い出したら、絶対に冬真(トウマ)さんは、
 
「余計な金は使うな。俺がやる。」
 
っていうのは目に見えてるじゃない?
かといって、身内で外科に所属してる人間がカバーをするにしても、海(カイ)先生も、聖(アキラ)くんも、春(シュン)さんも、霙(ヨウ)くんも、すでに限界を超えた患者の数だからさ・・・。
だから私は、冬真(トウマ)さんが無理をしない為に、かって出たの。
 
「お前が一般外科で担当する患者は、20人までだ。
それ以上の数は、どんな理由であろうと、絶対に許可しないからな。」
 
これが、冬真(トウマ)さんとの約束だった。
そんなこんなで、私は限定20人って事で、一般外科の患者も診るようになった。ってわけ。
で、数少ない患者の一人が、さっきも出た華湯葉 由水(ハナユバ ユミナ)さん。
確か、元々幼い頃から、喘息があったみたいなんだけど、女で一つで娘さんを育ててきた無理がたたったのか、こじらせてしまって、今は装置がないと、生活も難しくなってる。
それをつけたままの生活は何かと不自由なため、落ち着き取れるようになれば、一時退院。
また、必要となれば、入院って感じの生活を繰り返してる。
丁度、私が一般外科を始めてからの患者さんだったから、もう入院退院を繰り返して5年以上かも。
私が今日、帰りが遅くなったのも、この患者さんが急変したからだったの。
体調が落ち着けば、気管支の手術を行う予定だったんだけど、今日また発作を起こしてしまって、呼吸困難に陥ってしまった。
何とか危険な状態は回避できたけど、正直難しい状態なんだよね。
その彼女の事を、さっき冬真(トウマ)さんは右京さんに依頼してたよね?
なんで?今まで、患者の事なんて調べた事なかったでしょ?
まして、こんな所で、そういう電話・・・今までした事なかったじゃない。
冬真(トウマ)さんは、決して、この寝室では仕事の話をしない。
話をするのは、主にリビングとかでする。
うっかり、私がベッドでしちゃうと、
 
「神聖な場所で、仕事の話はするな。おしおき!」
 
と意地悪に抱かれちゃう。
それくらい、冬真(トウマ)さんは、ここでの2人の時間をとても大切にする人なんだよ。
なのに・・・・なぜ?
右京さんや看護士から、急用でかかってくる電話は今までだってあるよ。
それは、仕方ないと受け入れて、エッチの途中でもシッカリ出てる。
人の命に関わる事だから、当たり前!
だけど、今のは、明らかに、冬真(トウマ)さんが右京さんにかけてるよね?
どうして、ここで?それも、この時間に?
それもなんか・・・陸(リク)が関係してる?
だって、さっき、陸(リク)に愚痴ってたもん。
ホント・・・わけがわからない。
だけどね、1つ気付いた事があった。
この寝室で、右京さんに連絡していた理由が・・・。
私は、自分を指さす。
 
「私に・・・知られたくなかったから?
だから、お風呂場から一番遠い、寝室で話し込んでたって・・・事?」
 
うん。そうだよ。
それしか、考えられない!!
私だけじゃないのかもしれない。
誰にも、聞かれたくなかったのかも!
でももし、そうだとしたら?
私は、その場から動けなくなった。
だって、どうやって声かけたらいいの?
冬真(トウマ)さんは、今私にきっと逢いたくないよ。
そして、私も・・・困る。
どういうリアクションして声かけたらいいか、迷っちゃうよ。
笑顔でごまかそうにも・・・ひきつりそう。
だいたいあの勘がいい冬真(トウマ)さんを、騙せるわけないでしょ。
何も聞いてません!って顔・・・この私が出来ると思う?
威張っていう事じゃないのはわかってるけど、威張りたくもなるよ。
出来るわけないじゃんかぁー!!
半泣きの私。
困った私は、一旦この寝室から脱出しようかと思ったの。
その方がいい気がして。
だから、そぉーっとその場からあとずさりで、出ようとしたのにさー。
ホント・・・間の悪い私。
 
「へっ・・・・くしょん!!」
 
心臓が・・・止まったよ!
ホント、自分がイヤになった。
なんでぇー!どうして、こんな時にくしゃみでるかな〜。
それも、バカデッカイくしゃみがさぁー。
自分で自分を責める私。
だけど、ヘコんでる場合じゃなかった。
もちろん、私の存在に『彼』も気付いちゃって!!
 
「麗美(レミ)?」
 
そり返っていた顔を起こし、こちらを見ている彼。
柱に隠れているのに、どうしてわかるかって?
だって、声が明らかにこっちに向かって、発せられてるから。
そして、目線も・・・・。
熱いビームを感じます。
もう・・・逃げれない、ごまかせない、覚悟を決めろ!!
って事で・・・ハイ。諦めました。
私は、自分なりにごまかす事を決め、大きく深呼吸をすると、その柱から姿を見せた。
 
「変なくしゃみに、驚いちゃった?」
 
そう言って笑った私の笑顔。
ちゃんと笑えてる自信ないや。
だから、口を開いてごまかすしかない。
そう思った私は、立ち尽くしたまま、ベッドに居る彼に向かって話す。
 
「あっ・・・私もね・・・驚いちゃった!
だって、ほら・・・いつも、冬真(トウマ)さん寝てるでしょ。
なのに、部屋中、タバコの香りがね・・・・漂ってたから。
起きてるなんて・・・め・・・めずらしいよね。」
 
いつもより、声を張り上げてるせいか、声がデカイ。
電話の事を隠そうとしてるから、声がワンオクターブ高い。
そして何より・・・しどろもどろ過ぎだよね・・・。
私は、耐え切れなくて彼から目をそらす。
そして、ひとり言・・・。
 
「ごまかしきれてないって・・・。」
 
もう、泣きたいよ!
一番居やすい場所が、こんなにも居辛い場所になってるなんて、シャレになってないよ!
一体、なんなのよぉー!!
そう思ったらさ、目頭が熱くなってきた。
 
「もう、ヤダ・・・。」
 
私は下を向いて、そう口にしちゃった。
でも、口にしただけ。
声には出してないから。
きっと、冬真(トウマ)さんの位置からは、遠くて私の口の動きまでは見えてないはず。
私のひとり言も聞こえてないはずだもん。
っていうか、聞こえてなかった。
だって、冬真(トウマ)さんは、私の言葉を全く知らないんだなー。って思わせる言葉を言ったから。
 
「麗美(レミ)。」
 
私を呼ぶと、布団を半分めくる。
そして、ベッドの白いシーツを、右手でトントンと軽く叩いた。
 
「来いよ。暖めてやるから。」
 
その言葉に私は、「うん。」と笑顔で答えながら、彼の元に走ってた。
この笑顔は、本当の笑顔だよ。
だって、心からホッとしたから。
だから、本当の笑顔。
冬真(トウマ)さんに、電話を聞いていた事がバレなかった事が、本当に安心したから。
偶然に聞いちゃったんだけど・・・。
私が聞く電話じゃなかったと思うから。
早く・・・忘れよう。
私は、そう自分に言い聞かせた。
彼の元についた私は、そのまま彼に向かって両手を伸ばした。
私の腕を取り、私を軽々と抱き上げた彼は、私をベッドにもぐりこませた。
そして、すぐに顎の辺りまで、スッポリ掛け布団をかける。
 
「暖めてくれるって、これで?」
 
てっきり速攻、ゴングだと思っていた私は、ちょっと不満。
少し口をとがらせながら、お布団を引っ張って、「これなの?」とアピールしまくる。
その姿に、彼は笑いながらタバコを吸ってた。
いつもは、ほら、さっきも言ったように寝てるから、タバコなんて吸ってないけど、ここじゃなくて、病院でのあの部屋でする時とかは、冬真(トウマ)さんがタバコを吸って待っててくれる時とかあってね。
でも、そういう時は、すぐにタバコを消してくれるんだよ。
火をつけた所の、サラの状態のタバコでも、すぐに灰皿行きにしてくれる。
私との熱いキスを選んでくれる。
なのに、今は・・・タバコを選ぶんだね。
それって、右京さんに頼んだ件が気になってるから?
だから、私を抱きたくないって・・・事?
胸が、キリと痛んだ。
冬真(トウマ)さんが何かに苦しんでいるなら、それを救いたいと思ったの。
私はいつもいつも冬真(トウマ)さんに、助けられてばっかりだから。
だから、彼の痛みも、ホンのかけらかもしれないけど、請け負えるならほしいと思った。
その思いは、私を強くしてくれたの。
攻める事なんて、今まで私やった事ないし、ハッキリ言って、何していいかわかんないのよ。
男の人が気持ちよくなるというか、やりたくなるようにしむけるというか・・・。
そういうツボを押す戦法なんて、知らないよ。
でも、私は自分の気持ちを、不器用なりに彼に伝えたの。
布団から出て、少し離れた位置で、タバコを吸っている彼にしがみついた。
私の振動で、彼の口からタバコが横にズレた。
 
「お前、危ないって!」
 
半分焦る彼だけど、私は無視して、次の行動に出る。
そのまま私の方を見てさらに、愚痴ろうとした彼の唇を強引に塞いだ。
自分から、彼の口に舌を突っ込んで彼の舌を探す。
温かいものを見つけた。
それを舌にからませる。
でもね・・・なんでかな。
急に力が、スゥーと抜けちゃってさ。
やがて、私の舌も彼から離れちゃって、とうとう唇も離れちゃった。
そのまま、私の顔は、ズルズルと彼の顎を通って下におり、彼の鎖骨辺りで止まった。
鎖骨にキスする形で、止まる私に、冬真(トウマ)さんは私の髪に左手をあててきた。
そして、いつもみたいに優しい手つきでなでる。
 
「なんで、やめる?」
 
「だって・・・。」
 
そう言って黙る私に、冬真(トウマ)さんは、「俺が答えてやるよ。」と言うと笑いながら口を開いた。
 
「冬真(トウマ)さんは、私がほしくないんでしょ?
そう思ったら、私だけがほしいのが、惨めに思えてきちゃったの。」
 
彼はそういうと、私の顔を覗いてきた。
私にニッと笑った彼は、「どう?正解?」と余裕の笑顔で言ってきた。
その余裕な笑いと、私そっくりな口調と言い回しで言われたものだからさ、もちろん、怒りはマックスよ!!
気付けば、すっごい剣幕で、冬真(トウマ)さんにつっかかってた。
 
「わかってるなら、どうして、抱いてくれないの?
どうして、いつもの熱くなるキスをしてくれないのよ!
そんなに気になるの?
私が抱けないほど、気になる事が・・・っ!!」
 
慌てて私は、口を抑えた。
し、しまったっ!!
怒りにまかせてつい・・・言っちゃたよぉー!!
ヤバイ、ヤバイよぉー!!
絶対にバレたよ。
私が聞いてた事、バレたってぇー!!
心臓が、急に物凄い勢いで走り出す。
どうしよぉー!!って、心までもが焦る。
完璧がけっぷちに立たされた!と思ったの。
思ったんだけど・・・。
 
「気になる事?何言ってんだよ。
わけわかんねぇーヤツだな。」
 
冬真(トウマ)さんはそういうと、手に持っていたタバコを灰皿にこすりつけた。
 
「こんなの、いつもの俺の意地悪だろ?
何を今更、そんなに熱くなってんだよ。」
 
そして、「ククク。」と笑ってるし。
何も言えずただ彼を凝視して止まっている私の方に、笑いで少し細くなった彼の瞳が向いた。
 
「まっ、そう、熱くなって怒るお前が、たまんねぇーんだけどな。」
 
そう言って、舌をペロと出して笑った彼。
彼の言葉や仕草を見る限り、どうやら・・・バレてない?
もし、私の態度で聞いていた事がバレたのなら、直球の冬真(トウマ)さんの事だもん。
絶対に、「どこまで聞いた?」とか言ってきて、聞かれたくない事だったら、「忘れろ。」とか、「それ以上は、聞くな。」とか言うはず。
でも、今の会話や彼の態度を見る限りは、気付かなかったみたい。
それならそれで、嬉しいかも!
助かったぁー。
って事で、私はまたもや、ホッとしたの。
ホッとしてさぁー。
・・・ん?
と思った。今の発言って・・・どういう事よ!!
今度はムカムカが襲ってきた。
そのムカムカは、物凄い速さで、フツフツと湧き上がるくらいエスカレートしていき、やがてそれは、噴火した。
 
「いつもの意地悪って何よ!!
今日は時間がないのにぃー。
こんな時に意地悪なんて、ひどいぃー!!」
 
そして、彼の胸をバシバシ叩く私に彼は、笑いながら、私を抱えたままゴロンと半回転した。
あっという間に、私は下。
彼が上の状態になった。
そして、彼は私の肩まである髪に手を差し伸べてきた。
その髪を、指先にからめる。
 
「どう・・・・したの?」
 
私のその言葉と同時くらいに、彼も言葉を発した。
 
「いつもは、完璧に乾かすお前が、こんなにまだ濡れてるなんてさ。
そりゃ、くしゃみも出るだろ。」
 
そう言って少し笑った彼は、私の髪に優しくチュッとキスをした。
 
「乾ききるまで待てないくらい、俺に抱かれたかったのか?」
 
そして、お決まりの意地悪な笑い。
でも、何でかな?
全然腹が立たない。
さっきまでは、少し腹が立ってたの。
いっつも意地悪なんだから!って。
でも今は、この仕草に、この言葉。
それにこの意地悪な行為までもが、愛おしくてたまらなかった。
意地悪さえも、気持ちいいと・・・思えた。
 
「そうだと言ったら?」
 
そういいつつ、彼の唇に自分からキスをする私。
私のその強引さが、どうやら彼のエロ大魔王のスイッチをオンにしたようで・・・。
だって、私を見つめる瞳が違ってるんだもん。
優しくて熱い瞳の中に、酔ってしまうほどのエロフェロモンを放出している・・・。
そんな妖しい瞳に変わってた・・・。
 
「期待に答えてやるかな。」
 
その言葉を言ったと同時に、彼の『世界』が始まった。
じっくり、私を彼の熱で溶かすかのような、心地のいい彼の愛撫。
まずは、私の唇に彼を感じた。
そのあとは、顎。首。鎖骨。胸。
それと、同時くらいに彼の右手が私の足を開けさせ、左手が私の中に入ってくる。
強引に2本の指が、入り口をこじあける。
少し苦しい声を上げ、顔をしかめた私だけど、
 
「すぐ、ラクになる。」
 
とキスをしながら言われちゃって。
もちろん、いつものことながら、入りきっちゃえば、中はブカブカで。
彼の2本の指は、スカスカ状態だった。
それでも、器用にこすりつけて動かす彼の指の動きに、ゆとりがあった空間は、私の愛液でアッという間に満たされ、少し窮屈になった。
下だけじゃなくて、彼の容赦なくツボを抑えてくる愛撫に、私の体は信じられないくらい熱くなってた。
胸の谷間に汗がにじむ。
彼が舌で転がす乳首が、硬くなって痛くなってくる。
体の奥底から、何かが押し寄せてくる。
それは、どんどん熱くなって、私を気持ちよくしてくれた。
私は、何度、彼の指と愛撫でイカされたんだろう。
込み上げてきたものが、頭の中で、パンと弾けるみたいな感覚になって、真っ白になる。
イケばイクほど、入っている彼の指が、押し出されて、奥まで入っていたのが、浅くなる。
しまってくるせいと、愛液で溢れている私の中で、やがて完全に居場所をなくした彼の指は、いつもなら、すぐに抜いちゃって、選手交代となる。
指の何倍もありそうな固くて太くて熱い彼の体が、力強く入ってくるんだけど・・・。
でも、なんか今日は・・・変?
甘く感じる声をあげながら、私は彼の顔を見ようと目を動かした。
彼は相変わらず、私の体中に舌を押し当て、キスを堪能してる。
だけど、なんか・・・表情がへん?
私は、たまらず、両手を彼の顔に向かって伸ばす。
そして、少し体を起こして、彼の顔と自分の顔とをくっつけた。
彼の瞳を見れば、なんとなく・・・わかった。
いつもと変わらないように強がってるけど、わかっちゃう。
だって、愛してる人だから。
私は、彼の唇に軽いキスをすると、何度も何度もチュッと軽いキスを繰り返しながら、彼に言葉を囁いた。
 
「無理・・・しなくていいから・・・。」
 
私の言葉に、あからさまに彼は「えっ?」って顔をした。
でも、私の気持ちをありがたいと思ったのかな。
今度は彼から私にキスをしてくると、そのまま私をまたベッドに倒し、自分は私の胸に顔をうずめた。
 
「調子こいて、酒飲んだせいかな。
たたねぇー・・・ごめん。」
 
そう言って彼は私に謝った。
でも、本当はそうじゃないってわかってるから。
確かに、冬真(トウマ)さんはアルコールの高いお酒を、がぶ飲みしてた。
けど、あんな程度で、エロ大魔王がやられるわけないでしょ?
ただ、抱く気が起きないのよね?
さっきの右京さんに頼んだ事が気になって。
そう言えばいいのに、言わない冬真(トウマ)さん。
やっぱり、私には知られたくない事だったんだとわかった。
知らないふりしてて、よかったと、心から思えたの。
私は、両手で、彼の髪を優しくなでた。
私はよく、冬真(トウマ)さんにこういう仕草してもらう。
でも、私が冬真(トウマ)さんにしたのって、数えるくらいしかないかも。
だから、余計に願っちゃった。
私がいつも冬真(トウマ)さんにもらってるように、こうしたら、彼に安らぎが訪れますようにって。
私にできる事って、こんな事くらいだもんね。
あっそれと・・・あとは、『コレ』だ。
ということで、私は『コレ』を決行する。
 
「ホント、夕崎(ユウキ)くんと久しぶりに飲んだからって、はしゃぎすぎよ。
あんなにアルコールの高いお酒を、がぶ飲みしちゃって。
でも、今日は許してあげる。
冬真(トウマ)さんの愛撫と指で、イカせてもらったし。」
 
そう言って笑った私は、彼の頭部にキスをした。
 
「今度は冬真(トウマ)さんが、気持ちよくなる番よ。
こうして今日は、抱きしめててあげるから。
ゆっくり、眠って。」
 
そう。コレが私にできる唯一の事。
彼の嘘に付き合うこと。
それと、彼が求めるなら、私の体で安らぎを与えてあげること。
そんな事しかできないから。
だけど、彼は、そんな無力な私の申し出に、とても満足したような声をあげてくれた。
 
「麗美(レミ)に愛されて、俺は幸せだな。」
 
私の胸の中でそう言った彼の言葉。
正直、よく聞き取れなくて。
 
「ん?何?」
 
少し顔を彼の方に向けて聞いてみたんだけど、
 
「なんでもねぇーよ。今日はこのまま寝かせてくれ。」
 
と言った彼は、私の手に自分の指をからめてくると、強く握りそしてやがて、動かなくなった。
スースーという寝息を聞いていると、少しホッとした。
きっと、お酒のせいで、眠ってしまったんだと思う。
決して、自分の意志で眠ったわけじゃないって、ちゃんとわかってるよ。
本当は、右京さんに頼んだ件の返事が気がかりで、眠るどころじゃなかったはずだから。
私とのセックスもできないくらい、気がかりだったんだもん。
眠れるはずないじゃない。
でも、さすがに、寝不足の体に、あの酒の量は、睡魔が襲ってきたのよね。
だから、私はお酒に感謝した。
体にはあんな量、よくないけど、でも、こうして彼が眠れたんだから。
今は、感謝しようと思った。
彼の穏やかでかわいい寝顔を見ていると、私は自然と笑顔になってて。
気がつけば、私も・・・寝ちゃってた。
 
 
 
 
 
「いい加減にしろっ!!」
 
枕に顔をすりよせて、いい気持ちで眠っていた私は、その大きな叫び声にハッとした。
 
「さっきから、言ってるだろ!
どっちなんだ!ハッキリしろっ!」
 
また聞こえた叫び声。
 
「ぅーん・・・何?」
 
細い目を何とか一生懸命大きくこじ開けて、私は両目を開けた。
そして、まず側にいるはずの冬真(トウマ)さんに触れようと、右手を横に伸ばしたんだけど、触れるのは柔らかいお布団だった。
 
「あ・・・れ?」
 
そう言いながら、私は顔をそちらに向ける。
目で確認しても、やっぱり冬真(トウマ)さんはいなかった。
 
「どこ?」
 
今度は反対側に体を移動させて、フロアーに落ちているバスローブを左手を伸ばして取った。
体を起こして、ベッドに座った私は、あくびを連発しながら、バスローブを羽織った。
 
「冬真(トウマ)さん?」
 
ひとり言みたいにそう言った時だった。
 
「ふざけんなっ!!」
 
その声に、私はベッドの上で、ピョンと飛び跳ねてしまった。
だってぇー。
いきなりこのド迫力のある叫び声は、飛び跳ねちゃうって!
私は、両手を心臓にそっと当てた。
ほらほらほらっ!
心臓が、ドキドキドキーって物凄い速さで動いてるよ。
寝起きにこの驚きは、ホント体に悪いよ。
私は、呼吸を整えるため、大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
それにしてもさ。
さっきから、一体なんなの?
何度も何度も叫んで。
あれは、間違いなく冬真(トウマ)さんの叫び声だよね?
私は、ベッドの横にある台に目を移した。
そこにある時計を見て・・・。
 
「まだ、7時前。
誰か来てるわけもないし・・・。
って事は、電話?」
 
そう言いながら私は、時計の横に目をやる。
そこは、いつも冬真(トウマ)さんが携帯をおいて眠る場所。
でも、そこには携帯はなかった。
それだけじゃない。
タバコも灰皿も消えていた。
冬真(トウマ)さんが持って、ベッドを出て行ったって事よね。
そして、あの叫び声。
寝室の中でも、このベッドと端と端に位置するソファーがある場所で、もしかしたら話してるのかも!
そう思った私は、布団をめくると、ベッドから降りた。
そして、まず、目的地である場所の間にある柱へと行った。
その時、今度は、
 
「ガシャーン。」
 
とガラスが割れる音がした。
思わず、「ひゃっ!」と言っちゃった私は、そのまま足を止めた。
私に気付かない彼は、またもや暴走を始めた。
 
「だったら、さっさとDNA鑑定でも何でもしろよ!
俺がオペするまでに、白黒ハッキリさせろ。
いいな!それができなければ、お前はクビだっ!」
 
冬真(トウマ)さんは立ち上がりながらそう電話に向かって叫ぶと、携帯を乱暴に切った。
そして、その携帯を、壁に向かって思いっきり投げた。
もちろん、携帯はものすごい音を立てて、こなごなになってしまった。
 
「くっそぉー!!」
 
叫びながら、乱暴にソファーに腰掛けた冬真(トウマ)さんは、テーブルにあるお酒をつかみとる。
さっき割れたガラスの音は、グラスだったみたい。
あたりに、氷と液体とガラスが散らばってるから。
冬真(トウマ)さんはいつも、水割りを飲む。
だから、ミネラルウオーターを持ってきてるはずだけど、そのペットボトルも、遥か遠くで転がっていた。
どうやら、電話をしながら、相当暴れたみたい。
その光景を、柱の影から、そぉーっと見ていた私だったんだけど・・・。
ちょっと、待ってよ。
今、冬真(トウマ)さんは、お酒のビンを握ってるでしょ。
で、グラスもなければ、割る水もない。
と来たら?
えっー!!待って!それは、マズイよ!!
私は、柱から飛び出した。
彼が持っているビンの口と、彼の口がくっつく数センチ手前で、私は彼の手をバシとつかんだ。
急にビンが力ずくで止められたせいで、ビンの口からは液体が飛び出る。
そして、彼も、私の存在に驚いた。
 
「れ・・・み・・・。」
 
まさか、起きてると思わなかったみたいで、本気で驚いた顔をしてる彼。
だけど、私は、彼から両手で引っ張って、ビンを奪うと、テーブルに置いてあったキャップで、硬く閉めた。
そして、それをテーブルに戻した私は、立ったまま、彼を見下ろす。
 
「どういうつもり?」
 
だけど、私の言葉に彼は、何も言わなかった。
私から目をそらし、そして、今度はタバコに手を伸ばす。
タバコを加えると、それに火をともそうとする。
お酒がダメなら、今度はタバコ?
腹が立った私は、今度は加えている彼の口から、タバコをピュッとひったくった。
火をつける手前でタバコを失った彼は、さすがにお怒りに。
 
「返せよっ!」
 
って、にらまれて、叫ばれて。
それで、私が、「ごめんなさい。」って言うと思うの?
ふざけんじゃないわよ!
私はね、怒ってるのよ!!
だから、手に持っていたタバコを、そのまま私の後ろに向かって、ポイと捨ててやったの。
私の態度に、彼はさらにビックリしちゃって。
 
「なんの・・・マネ?」
 
さすがに、さっきよりは怒りはフェードアウトしたみたい。
『怒り』よりも、『??』が勝っちゃたのかな?
そんな怒りとも呆れとも違う、なんとも力の抜けた不思議な顔をされちゃうと、意気込んでたこっちのテンションも、シューとしぼんでいって、少し穏やかな気持ちになってきた。
心にゆとりができると、自然と顔にもゆとりができる。
そして、それは、声にも連鎖反応してくれて、知らないうちに、トゲトゲしさが、パキパキと折れて、ツルツルの状態で、彼のもとへと運んでくれた。
 
「今、何時がわかってる?」
 
私の声に彼は、何も言わず、壁につけてある時計に目をユックリと移動させた。
それを見届けながら、私は彼の目の前でしゃがむと、彼の右膝に手を伸ばした。
私に触れられて、彼の体が、ビクと敏感に動いたのがわかった。
そのまま、私は彼の膝にそっと自分右頬を置いた。
もう少し顔を上にあげれば、彼の顔を見れたかもしれない。
だけど、彼の顔を見たいわけじゃなかったから。
ただ彼の近くに、いたかったから。
そう思ったら、意識してなかったけど・・・このスタイルになっちゃった。
時計を見た彼は、何も答えなかった。
そして、顔をこちらに戻して私を見下ろしているのも、気配でわかってる。
でも・・・彼は一言も話さなかったし、体も動かさなかった。
いつもしてくれる、私の髪をなでるしぐさも、今はしてくれない。
どうしてか・・・。
それは、私の頬に触れている彼の体から感じ取れた。
だって、伝わってくるから。
彼の体の奥が、まだフツフツと熱く興奮しているのが・・・。
そりゃそうでしょ。
あれだけ、右京さん相手に大暴れして、感情的になってたんだよ。
もともと、ゴリラ的大暴れをしちゃう冬真(トウマ)さんだけに、あれだけのテンションになったら、ちょっとやそっとでは、鎮まらないでしょ。
今も湧き上がる気持ちを、きっと彼は、必死でおさえているんだと思うから。
だから、私は、彼の気持ちを紛らわす為に、自分から彼に話す事にしたの。
 
「『検査』まで、3時間ないんだから・・・。
こんなキツイアルコールの、原液を飲んじゃったら、アウトに決まってるじゃない。」
 
今言った『検査』っていうのは、『医師の検査』の事。
昔、雪先生が、左手に大怪我してる状態で、オペをした事があってね。
長時間のオペをした事で、左手が手遅れになり、再起不能になってしまった。
雪先生がしなければ、桜さんのお母さん。
つまり、冬真(トウマ)さんのおばあちゃんにあたる人だけど、その人の命はなかったと聞く。
もしそうなってれば、雪先生と桜さんの愛は、間違いなく終わっていたよね?
そしたら、冬真(トウマ)さんもこの世に誕生していなくて、今私が生きてる、こんなにも素敵で幸せな人生も存在してなかった。
だから、あの時、身を投げ出してまで選択した雪先生に、私は心から感謝してるの。
だけど、雪先生のその行為を、雪先生のお父さまが許さなかった。
自分はアトを継がなかったにしても、梅澤総合病院を愛している気持ちは、誰よりも大きかったみたいで。
『自分の体を犠牲にしてまで、人の命を救うのは、納得がいかない。』という考えと、『自分の体が万全でない状態で、患者の体にメスをいれるなど、もってのほか。』という意見があって。
その結果、お父さまが梅澤総合病院で、オペをする医師に義務付けた、ある行為があって。
それが、この検査なの!
『オペをする医師は、必ず、血液検査を受けなければならない。』ってね。
例えば、毎日オペするとなれば、毎日検査をするの。
昨日したから、今日はいい・・・ってわけにはいかない!
血液検査といっても、最新のメカを使っているので、血液はホンのちょこっと。
スポイトで、1滴分くらいの血液の量でOKなの。
それで、アルコール度とか、貧血がないかとか、まーいろいろ。
オペの執刀に問題はないかを、検査するの。
それで、OKが出ないと、オペ室には入れない掟がある。
だから、この時間で、お酒を飲んでる事自体、いえば危険。
アルコールが検出されたら、アウトなんだから。
そんな事、医師になって19年になる彼が・・・。
いや、院長である冬真(トウマ)さんが、知らないはずないのに。
それに、頭のいい冬真(トウマ)さんの事だから、逆算して、何時間前からアルコールは口にしちゃいけないとかって、きっと、わかってたよね?
その証拠に、今まで、こんな時間に飲んだことなかったもん。
でも、それを忘れちゃうくらい。
いや・・・忘れたくなるくらいが正解かな?
それくらい、さっきの右京さんの電話は、彼を狂わした。って事?
正直、そっちが気になった。
一体、何を調べてるの?って。
だけど、今はそれよりも、目の前にいる冬真(トウマ)さんだ!
彼を何とかしなきゃ!
ちゃんと、自分があと数時間後に、オペをする人間であるんだと、自覚させなきゃ!
このままじゃ、オペ所じゃないよ!
そう思った私は、自分の心にある気持ちを一時停止させた。
私は、側にある彼の手をとって、優しく握った。
 
「今日のオペって、冬真(トウマ)さんの得意のバイパス手術でしょ?
冬真(トウマ)さんしか、できないんだから。
その冬真(トウマ)さんが、オペ室に入れなくなったら、患者さんが悲しむよ。」
 
そして、私は顔を上げた。
下を向いていた彼の目と、思いっきりあった。
私は目を離さなかった。
ただ、彼をみつめる。
そして、彼も。
まだ、少し揺らめいた瞳で私を見てた。
その目が訴えてたの。
『こんなグラついた俺が、オペなんてできるわけない。
助けてくれ、麗美(レミ)!』って。
そんな声が、聞こえた気がしたから。
私は、彼に『大丈夫よ!』って想いを込めた笑いをすると、そのまま両手を伸ばして、彼の両頬にピタとくっつけた。
私の両手にサンドされながら、彼は私から目を離さなかった。
 
「こらっ、院長でしょ!しっかりしなさい!!」
 
まるで、子供たちに言うみたいな口調で言った私。
そして、そのあとは、「クス。」と笑った。
もっと甘く優しい言葉を、かけてあげたらいいのに!って?
本当は、甘い言葉をかけたかったよ。
でも、それじゃない気がしたから。
彼が今私に求めてるのは、甘えさせてくれる私じゃなくて、弱い自分を叱ってくれる私なんじゃないかな?って・・・。
そんな気がしたの。
その証拠に、私の言葉と笑いをもらった彼に、変化が現れた。
曇り顔だった彼の顔が、彼の「プッ」という噴出し笑いで、晴れていった。
何かに追われているみたいに、揺れていたさっきの弱い彼の瞳も、徐々にいつもの強くて頼れる瞳に代わっていった。
 
「子供たちの気持ちが、わかったかも・・・。」
 
そういって、さらに、「ククク。」と笑う彼の笑い方に・・・ムカッ!!
つい、条件反射で、私はサンドしていた手で、彼の頬をつかむと、両方同時にムギューとひっぱった。
 
「いてぇー!!」
 
と叫ぶ彼に、「その笑いと今の言葉、どういう意味よ!!」と口をとがらせていった私。
その声は、さっきまでの穏やかな声ではなくて、いつもの喧嘩口調に近い声・・・になっちゃってた。
まだ、彼の頬を引っ張ってる私の手を彼は、「いい加減離せって。」と笑いながらいうと、私の手を離し、少し体を前かがみに倒すと、私の頭に自分の頭をコツンとくっつけてきた。
彼の声が、さっきよりも、断然近い位置で聞こえて、まるで恋人同士の時みたいに、ドキドキしちゃったりした。
 
「『冬真(トウマ)』としての俺の目から映るお前って、弱く見えるけど、すっげぇー強情だったり。
シッカリしてそうに見えるけど、実は激弱(ゲキヨワ)で、どうしようもないくらいのあかんたれだったり。
俺が守ってやらなきゃ!って、いつもお前見ながらそう思ってた。
だから、なんだけど。
いつも、どこかで疑問だったんだよな。」
 
「何?疑問って。」
 
彼と接触していた顔を少し動かして、彼から離れる。
そして、すぐにそう聞いた私。
目でも、『何?』と訴える私に、彼は優しく笑うと、いつもの癖を私にしてくれた。
髪を優しくなでる彼のしぐさは、やっぱり、心がホッとやすらいだ。
 
「こんなお前のいう事を、どうして、子供たちはちゃんと聞くんだろうって。
俺よりも、お前の方が、威厳あるだろ?」
 
「でも、それは、私の方が子供たちと接してる時間が多いからだよ。
あの子たちにとって、父親は、“最強で最大の敵”よ!」
 
「“最強で最大の敵”??
わかるようで・・・わかんねぇーな。
なんだよ、それ。」
 
そして、豪快に笑う彼。
 
「ほらっ、天(タカシ)を見てみなよ!
まさに、そうでしょ?」
 
「天(タカシ)が?」
 
「そうよ。」と言って笑った私は、そのまま彼の体の方にギューっとくっついた。
私の顔が、彼のお腹におしつけられた。
両手で彼の腰にしがみついた。
彼のぬくもりを感じ、安心した私は目をつぶりながら、口を開いた。
 
「天(タカシ)にとって、冬真(トウマ)さんはこの世で『絶対』の存在なの。
絶対、自分にとって必要な人!
絶対、味方になってくれる人!
絶対、自分を見捨てない人!
絶対、自分を導いてくれる人!
絶対、自分を愛してくれる人!
そして、絶対、誰にも劣らない人!ってね。
天(タカシ)にとって、冬真(トウマ)さんより抜きに出る人なんていないのよ。
あなたが、天(タカシ)にとって、この世で最強の人!」
 
「俺が・・・。」
 
少し戸惑ったような声を上げた彼に私は、「そう。」とうなずきながら、また彼に一歩踏み込んでしがみついた。
 
「でも、だからこそ、天(タカシ)にとって、目標はあなたなのよ。
医者としても、男としても、あの子は、あなたに勝ちたいのよ。
あなたを最強だと認めているから、あの子にとって、あなたは『最大の敵』ってわけ。
どう?わかった?」
 
伏せていた顔を上げて、彼を見上げた私に、
 
「ん・・・まっ、なんとなく。」
 
とごまかした回答をした彼だけど、顔を見ればわかった。
だって、嬉しそうだったから。
天(タカシ)に認められて、そして、天(タカシ)に目標にされて。
実の親子でも、こうはならないよね?
天(タカシ)が、どうしてこんなに、冬真(トウマ)さんを慕って頼っているのかは、私も正直不思議な時もあるんだけど、天(タカシ)のこの思いは、私と冬真(トウマ)さんをこんなにも幸せな気持ちにしてくれた。
 
「麗美(レミ)が言ったように、『最強で最大の敵』っていうのが、父親なら、母親は?」
 
そう言われたら・・・なんだろう?
 
「何だと思う?」
 
首を傾げて笑う私に、冬真(トウマ)さんは、「そうだな。」というと、「んー。」と考え出して・・・。
いきなり何を言うのかと思ったら、とんでもない事を言い出した。
 
「『良心的で、最大の味方』ってのは、どうだ?」
 
「えっ?」
 
と聞いた私に、彼は穏やかに笑った。
 
「母親は、子供の心を潤す存在なんだよ。
そして、どんな時も、子供を裏切らない。
だから、どんなに冷酷な言葉をかけられても、どんなに叱られても、子供は心から母親を嫌う事なんて出来ないんだよ。」
 
「でも、それは父親も一緒でしょ。」
 
「違うな。」
 
「なんで?」
 
「母親の中で子供は、10ケ月もの間いるんだ。
いえば、その間は、運命共同体だ。
そんな人物を、心から嫌うなんて事、出来るわけないだろ?」
 
「そうかな。」
 
「そうなんだって。だから、ちょっと、麗美(レミ)がうらやましいかな。」
 
「ん?」
 
「翔空(ショウア)、歩風(アユカ)、広陽(コウヒ)、流月(リュウキ)もそうだけど。
でも、中でも特に天(タカシ)。
アイツには、いつも不安があった。」
 
「不安?」
 
「そう。いつか、言われるんじゃないかって。
『お前なんか父親じゃない。』ってさ。
嫌われて、俺が捨てられる日がくるんじゃないかって。」
 
「そんな事・・・。」
 
「いや。言われてもおかしくないよ。
実際、陸(リク)を救えなかったのは俺なんだ。」
 
そう言ったあと、彼は少し悲しい顔をした。
 
「今回・・・もしかしたら、言われるかもな・・・。
『どうして俺は、あんたの子じゃないんだ』って。
責められるかもしれない・・・。」
 
何を言ってるの?どういう事?
そう聞きたかった。
でも、聞けないよ。
彼のこんなにも元気のない顔と、悲痛な顔を見たら・・・。
言葉なんてかけられなかった。
何も言えず、私はただ、体を起こすと、彼に抱きついた。
彼の肩にしがみついて、彼の首辺りに顔をくっつける。
そんな私の腰に彼は手を回してきて、私を抱きかかえてくれる。
そして、反対の手で、いつもみたいに私の髪をポンポンと軽く叩いた。
 
「それが、ずっと恐怖だった。
俺、アイツに、ちゃんと答えられるかな?って。
でも、今わかった。」
 
彼は私の耳元でそうささやくと、私を自分の体から離し、私の顔をのぞきこんできた。
お互いの瞳が重なる。
私はきっと悲しい瞳をしていただろう。
でも、彼は、さっきとは違う、とても優しくて強い瞳をしてた。
その瞳に笑いかけられると、不安だった私の心も暖かくなるようだった。
 
「俺にはお前がいるから。
良心的で最強の味方であるお前がさ。
さっきみたいに、俺をちゃんと叱ってくれる妻であり母親であるお前がいてくれたら、俺は強くなれる。
どんな現実にだって、向かっていける気がしてきた。」
 
そう言って彼は微笑むと私に、とても優しいキスをしてきた。
 
「天(タカシ)の母親が、お前でよかったよ。」
 
その言葉は、私を泣かせた。
彼が何を抱え、何に苦しんでいるのかは、わからない。
でも、彼がこんなに苦しむ事なら、きっと私ならもっともっと苦しむだろう。
だから、彼は何も言わないんだよね。
たった一人で、立ち向かおうとしてる。
私を守ろうとしてくれてる。
いや・・・私だけじゃない。
きっと、天(タカシ)も?
そう思ったら、彼に対して、感謝の気持ちでいっぱいになった。
私は泣きながら彼に言ってた。
 
「あなたに愛されて、私も天(タカシ)も幸せよ。」
 
私の言葉に彼は、最高の笑顔をする。
そして、それが合図かのように、お互いが顔を近づけ、熱い口づけをした。
お互いが舌を探しあい、お互いがからめあう。
体の奥から、熱くねっされたゾクゾク感が込み上げてきて、私の気持ちを熱くさせた。
お互いが止まらない。
部屋中に、お互いの唾液が混ざり合う音や、舌が絡み合う音。
唾液で潤った唇が、こすれあう濡れた音が、充満した。
そして、長時間続け合っている証拠でもある、荒く乱れた吐息が、その無数の音たちに混ざり合って、最高の音楽を作ってた。
こんなキスをやってると、いつもの事ながら、イキ過ぎちゃって、意識がモウロウとするのは、私の方で。
やっぱり、そうなっちゃった私は、しがみついていた体から力が抜けて、彼の胸に向かって倒れた。
私から唇を離した彼は、私を優しく抱き止めてくれた。
そして、伏せている私の顔に触れると、前髪を優しくかきあげながら、顔を見て、少し笑いながら、軽いキスを唇に繰り返した。
 
「お前、顔真っ赤だぞ。」
 
そう言って笑ってるけどさ・・・。
真っ赤にもなるよ。
酸素不足と、あとは、体がほてってるせい。
それと・・・。
 
「アルコールのせいよ!」
 
と言って少し怒っちゃった私。
だって、冬真(トウマ)さんの口の中、さっきのお酒の味が物凄いのよ。
私は、恥ずかしい事に、お酒は全く飲めない。
すぐ真っ赤になっちゃって、意識がなくなる。
そんな人間が、アルコール度の高いお酒を口にした直後の人と、ディープキスをしてごらんよ。
もろに、もらっちゃうに決まってるじゃない!
っていうかさ、わかってて、わざとしたでしょ?
だって、私を見ながら、すっごいおかしそうに笑ってるんだもん。
私は、グッタリしながらも、彼の胸にユックリと手を向けると、ポンとパンチした。
全然力が入らないから、触れた程度なんだけどね。
気分は右ストレート炸裂!って感じだけど・・・。
 
「ホント、意地悪なんだから。」
 
そう言いながら、私もまた彼にキスをした。
唇は正直、酔ってて勘弁して!って感じだから、体にね。
顎や首にキスをした。
彼はというと、ただ笑ってた。
こうやって、全然違う話をして、彼の気持ちをごまかそうとしてはみたけど、話が終わると、やっぱり考えちゃうよね?
彼の笑いが消えた頃、彼はまた何も言わなくなり、ただ私の髪をなでて私を抱きしめてた。
その指先から、彼の不安がまた伝わってくる感じがして、私はまたたまらず、彼に話題を振った。
 
「ねぇー、さっき、夕崎(ユウキ)くんと何話してたの?」
 
彼の悩みの種が、その話題だと知らない私は、そう言っちゃったんだよね。
紛らわすつもりが・・・思い出させちゃってたなんて・・・。
何も知らない私は、黙ってる彼を見つめて、さらに迫る。
 
「すっごく、楽しい話だったんでしょ?
お酒が進んじゃうくらい。」
 
ニコニコ顔でそういう私に、だんだんと彼の顔が緩やかになってきた。
 
「ああ。すごくいい話を聞いたんだ。」
 
そして、彼は、私の顔を自分の胸におしつけるようにして、私を包み込むようにして抱きしめた。
 
「天(タカシ)にさ、どうやら、好きな女ができたみたいなんだよ。」
 
その言葉に私は顔を、勢いよくあげた。
 
「ホント?」
 
私の素直な反応に、「くいつくねぇー。」といいながら、彼は笑ってるけど・・・。
私はちょっと、笑い事じゃなくて、急に険しい顔になる。
その顔に彼は、「ん?」というと、
 
「なんだ?どうした?」
 
と聞いてきて。
 
「ん・・・・。」
 
と黙る私に、「あー、あれか?」と言った彼は、私のおでこをツーンと軽くついた。
 
「女に天(タカシ)が取られそうで、おもしろくないとか?
母親によくある心境だよな。」
 
って笑いながらいうのよ!
それを、聞いたら、腹が立って、今度は私が彼にツーン返ししてやった。
 
「失礼しちゃうわね!そんなんじゃないわよ!
確かに、子供に彼氏や彼女っていうのは、想像つかないし、抵抗あるかもしれないけど。
でも、妬いたりはしないわよ!
私には、冬真(トウマ)さんがいるもん!」
 
プンプン怒る私に、「そんな怒る事でもないだろ。」と彼は笑いながらいうと、私の頬に優しく触れてきた。
 
「なら、なんだよ。
あの不安そうな顔は、何だ?」
 
急に笑いをやめて言われると・・・いいにくいというか、心配してる事が大きなお世話というか・・・。
色々考えちゃって、言えない私に、
 
「5秒以内に言わねぇーと、1ケ月、お前に触れねぇーぞ。」
 
「はぁ?」
 
いきなり言われて、耳を疑っているすきに、
 
「イチ、ニイ、サン・・・。」
 
とカウントは始まって。
 
「ちょ、ちょっと、待ってぇー!!」
 
私は叫びながら、慌てて彼の口を両手で抑えた。
勘弁してよ!
こんな事で、1ケ月も冬真(トウマ)さんに触れてもらえないなんて、冗談にもなってないって!
言います、言いますとも!!
必死で目でそう訴えた私に、彼は笑うと、首を振って私の手から逃げた。
 
「ほら、さっさと言え。なんだよ。」
 
催促された私は、しぶしぶ口にする。
呆れられる事を覚悟して・・・。
 
「大丈夫なのかな?って・・・心配になったの。」
 
「心配?何が?」
 
「それは、その・・・。」
 
最後は、ゴニョゴニョとごまかした私に、彼はというと、冷酷な態度をとる。
 
「イチ、ニー・・・。」
 
「ちょっ・・・なんで?なんで、カウント取るのよ!!」
 
彼の体に飛びついて、くってかかる私に彼は、「ククク。」と笑う。
 
「ハッキリ言わねぇー、お前が悪い。」
 
そう言ってまた、私にキスをする。
それも、舌をからめて・・・。
私は慌てて彼から離れた。
そして、変な顔をした。
 
「すげぇー顔。」
 
笑い事じゃないって。
やっと、あのお酒の味が舌から消えかかったというのに、また復活してきたでしょ。
もう!このお酒、味がすごいんだから!!
舌を「ベー。」と出して、必死で浄化させようとしている私の姿を見て、彼はノンキに大笑いしてるし。
 
「笑い事じゃない!!」
 
と怒り出す私に彼は、「ハイハイ。」と笑いながら返事をすると、私をソファーの横に移動させ、自分は立ち上がり、部屋の奥にあるボックスを開けた。
そして、そこからウォーターを取ってくると、フタを開けて私に差し出した。
 
「コレでも飲んで、さっさと消せよ。」
 
「ありがと。」
 
素直に感謝して受け取った私は、それをグビグビと口にした。
すごく冷えてるせいか、舌が麻痺したのか、スーッと味は消えた。
 
「で?なんだよ、心配事って。」
 
私の顔を見て、苦さがとんだとわかった彼は、すぐさま私にそう聞いてきた。
私は、「うん・・・。」と言いながら、ペットボトルをテーブルに置くと、側に座っている彼の元に、体をゆだねた。
彼も当たり前のように、私を抱きしめてくれた。
 
「天(タカシ)って、『経験』ないでしょ?
だから、大丈夫なのかな?って。」
 
「えっ?」
 
と言った彼は、あからさまに手をビクつかせた。
私は、顔を上げて彼を見上げた。
私の顔を見て、彼がすぐにこう言ってきた。
 
「お前、なんで、そんな事知ってんだ?
天(タカシ)が言う・・・って事ないよな?なんで?」
 
ってさ、すっごい驚いた顔で言われたら、こっちが驚くよ!
そんなに驚く事?
疑問に思っちゃうけど、今は彼の質問に正直に答えておく方がいいと思った。
ほら、またカウント取られそうでしょ。
だから、素直に答えたの。
 
「七葉(ナナハ)ちゃんが、言ってたから。」
 
私の答えに、彼の顔は崩れ、そして、聞いた事もないようなすっとんきょうな声を上げた。
 
「七葉(ナナハ)?なんで、また。」
 
それに対して、私は、「さぁ?」と首をかしげると、「たぶん・・・。」と口にして、予想を言ったの。
 
「春(シュン)さんや、聖(アキラ)くんに聞いたんじゃないの?
そういう話、男同士なら、天(タカシ)もしたでしょ?
冬真(トウマ)さんも、そういう話、天(タカシ)から聞いてたんじゃないの?」
 
どうやら、それは図星だったようで、
 
「確かに、俺や春(シュン)や聖(アキラ)には言ってたみたいだけど・・・。」
 
「ほらね?それを、七葉(ナナハ)ちゃんが聞いたのよ。」
 
私は、「うんうん。」とうなずくくらい納得してるのに、冬真(トウマ)さんは、その事実がどうしても許せなかったみたいで。
急に、情けない声を上げた。
 
「七葉(ナナハ)のヤツ。
ホント、どうしようもないくらいのジャジャ馬だな。
あんな女、俺はいらねぇーな。」
 
と怒り出してさ。
別にそんなに怒る事ないじゃない!って思うけど、平気でエッチな話をする七葉(ナナハ)ちゃんが許せないのかな?
でも、彼女、産婦人科医だから、そういう事には別に抵抗ないのかもよ。
反対に、興味があるのかもね。
と思った私は、「別にいいじゃない。」と笑いながら言うと、彼に言った。
 
「身内の中で、言ってる事なんだし。
それに、いらないなんて・・・。
彼女、スタイルいいし、腕はいいし、性格明るいし。
医師としても女としても、人気あるんだから。
そんな事言ったら、『カレ』に怒られちゃうわよ。」
 
というけど、「俺は、いまだにわかんねぇーんだよ。」とさらに怒り出しちゃって。
どうやら、彼の怒りは、燃え尽きないとおさまらないみたいで。
諦めた私は、「何が?」と言って、彼の怒りを受ける覚悟をした。
 
「『アイツ』が、七葉(ナナハ)を選んだ理由だよ。
『アイツ』なら、七葉(ナナハ)なんか選ばなくても、もっといい女わんさかいただろ。
よりによって、とんだハズレくじ引きやがって。
ホント、『アイツ』は、バカなんだよ!!」
 
プンプン怒りながら、彼は目で何かを探してる。
それを見て、ピント来た。
まさか、イライラしたせいで、またお酒が恋しくなった?
冗談じゃない!
今ここで、飲まれたら、完璧アウトだよ。
そこで、私が取った作戦は・・・。
 
「ほら、これでも飲んで頭冷やして!!」
 
そう、さっき、彼が持ってきてくれた冷えたウォーター。
それを、彼に渡したの。
受け取るや否や、早々にそれを口にした彼。
冷えた水を体内に注ぎ込んだせいで、少し落ち着いたのか、ペットボトルを床に置くと、「はぁー。」と息を大きく吐いて、少し落ち着いた。
そんな彼の顔に触れた私は、クスと笑う。
 
「なんだよ。」
 
私の笑いに彼はちょっとおもしろくなかったのか、ふてくされた顔でそう言った。
 
「ホントは嬉しかったんでしょ?」
 
「えっ?」
 
驚き顔で見る彼に、抱きつきながら私は彼の耳元で囁いた。
 
「『カレ』が、義理の弟になってくれて。
顔に書いてあるよ。嬉しいって。」
 
「バカ、そんなわけねぇーだろ!」
 
と冬真(トウマ)さんは照れた笑いをしてごまかすけど、私知ってるんだから。
七葉(ナナハ)ちゃんと『カレ』との結婚が決まった時、誰よりも喜んだのは、冬真(トウマ)さんだって。
だから、わかってる。
さっきの言葉は、心にもない事だって。
別に、彼に言わなくてもよかったんだけど・・・。
ちょっと、いつもの仕返しをしたくなっちゃった私は、彼にダメだししちゃった。
 
「クビになんて、するつもりないくせに。
あんな悪態ついちゃうなんて。
冬真(トウマ)さんは、右京さんに甘えてるのよ!」
 
そして、私は、側にあった彼の耳を、カプとかんだ。
 
「いてっ!」
 
と顔をしかめる彼に私は、軽いキスをしてクスクスと笑う。
 
「甘えちゃ悪いかよ!」
 
おっと、逆ギレ??
それは、予想外かも!!
てっきり、強がると思ったんだけどなー。
でも、右京さんの事になると、やたらと正直になるのは、冬真(トウマ)さんの性格かもね。
それくらい、右京さんの事を大切に思ってると同時に、自分に必要と思ってるんだよね。
だから、心も許してるんだよね。
そう思ったら、ちょっと右京さんに嫉妬しちゃった。
私は、また、彼の耳たぶにパクついた。
 
「さっきから、なんだよ!
腹減ったなら、飯喰って来い!」
 
そんなキレ方ある?
おっかしくて、笑っちゃう。
でも、なんか・・・。
 
「かわいい。」
 
そう言った私は、また彼にキスの嵐を注ぐ。
 
「なんだよ、お前。」
 
と笑いながらも、冬真(トウマ)さんも私にキスをしてくれて。
お互い、笑いながら、軽いキスを何度も何度も繰り返した。
唇に触れ合ったり、お互いがお互いの顔に好きなようにキスをして、楽しみあったり。
5人の子供がいる夫婦に到底、見えないくらいのラブラブぶり炸裂のこの空間だけど・・・。
人にはさすがに見せられないけど、でも、私たちはすごく楽しくて。
心も体も潤った。
 
「右京さんだけじゃなくて、たまには、私にも甘えてよ。」
 
そう囁いた私に彼は、「いつも甘えてるだろ。」と笑う。
「ん?」と聞いた私に、彼は私の耳に口を当てると、こう言った。
 
「ベッドでな。」
 
そして、さっきの仕返しで、カプと噛まれた。
でも、思いっきり歯をたてられてさ。
 
「痛いなぁー。」
 
と怒る私に、「ざまーみろ。」と笑った彼は、いつもの力の抜けた冬真(トウマ)になってた。
彼の元気な顔を見ると、ホッとした。
これなら、オペも大丈夫。
いつもの、強い梅澤冬真(トウマ)に戻ってる!
って、安心したんだけど・・・。
 
「あっ!!」
 
ある重大な事に気付いた私は、ハッとして彼を見た。
「ん?」とマヌケな顔で聞いて来るけど、そんな殴りたくなるようなマヌケな顔をしてる場合?
ホント、ノンキというか、楽天的というか・・・。
バカでしょ!と怒りが込み上げてきた。
私は、彼の体から飛び降りると、彼を強引にソファーから立ち上がらせた。
 
「なんだよ、急に。」
 
かなり迷惑そうな顔をしてる彼に私は、頭ごなしに怒り出す。
 
「今もう、8時なんだよ。
こんなお酒の香りがプンプンしてたら、検査なんてパスできるわけないでしょ。
気持ちが復活しても、お酒を何とかしなきゃ。」
 
そういわれた彼は、自分の体をクンクンと匂い出して・・・。
 
「そんなに匂う?」
 
って、バカな事やってる時じゃないでしょ!
相手もしてらんない!!
という事で、私は、彼を置いて、クローゼットに猛ダッシュすると、乱暴に開けて、新しいバスローブを出して彼に強引に持たせた。
 
「ほら、お風呂に入ってきて。
サウナー機能にして、めいいっぱい汗を出してきてよ。
30分くらいサウナーに入ったら、お酒も抜けるでしょ!」
 
そう言いながら、寝室の扉を開けて、彼を強引に寝室から追い出した私だけど、彼はちょっと不満げ。
 
「30分もサウナー入ったら、死ぬだろ。
それより、もっといい方法あるぞ。」
 
「はぁ?」
 
マヌケな顔の私に、彼はすっごくうれしそうにこう答えた。
 
「愛し合おうぜ。そしたら、汗なんてサウナー1時間ぶんくらいは出るだろ。
なっ?いい案だと思わねぇー?」
 
うれしそうに言わないでよ。
それは・・・私だって思ったよ。
愛し合えばいいって。
ううん。愛し合いたいって思ったに決まってるじゃない。
あんなとろけちゃうようなキスで、満足できると思う?
あんなキスしちゃったら、余計に火がついちゃったに決まってるじゃない。
今すぐにでも、襲いたかったくらいなんだから。
私がどれだけ必死で抑えてたか、わかってないでしょ?
ついでに、なんで、抑えてたかも、その様子じゃわかってないよね?
ろくに寝てない彼に、さらにこれから抱いてなんて、言える訳ないでしょ。
オペがひかえてるのに、体力消耗させるわけにはいかないんだから。
だから、こっちは必死で抑えてるっていうのに。
人の気も知らないで!!このバカ!!
そんな想いを宿した目で私は彼を見て、ボンと背中をおして、寝室から追い出した。
 
「体力を消耗させるわけにはいかないの!
いいから、とっとと、行ってきなさい!!」
 
私の言葉に、「はいはい。」と笑った彼は、意外と簡単に浴室へと歩き出した。
もっと、嫌がるとか、それでも抱いてくれるとか・・・。
私は、どこかで期待してたのかもしれない。
 
「私が、バカだよ。」
 
自分の方が、彼の愛に甘えているんだという現実をつきつけられて、私は自分を叱る。
そんな私は、歩き出していた彼の突然の、「麗美(レミ)。」って声で我に返った。
 
「何?」
 
彼の背中に向かってそう言った私に彼は、背中を向けたまま言った。
 
「サンキュ。」
 
って。それだけを言って、彼はまた歩き出した。
彼はわかってたんだ。
私の思いも・・・。
それに、彼も私を抱きたかったんだって・・・そう思えた。
彼の性格は、私が言った通りだもん。
でも、強引に私に迫ってこなかったのは、私の想いを優先にしたかったから。
我慢してまで、私が彼にお願いした道を、自分が答えてやらなきゃって。
彼は、そう思ったんだよね。
それが、すごく嬉しかった。
 
「ホント・・・カッコよすぎだよ。」
 
私はそう言いながら、笑っちゃった。
 
 
 
「ピー。」
 
キッチンにそんな音が、響き渡った。
私は、たたんでいた洗濯物を、中断させて、キッチンへと向かう。
出来上がったコーヒーを、濃くなり過ぎないように、別の場所へと移動させ、保温にした。
その時、来客者のベルがなった。
普通の来客者は、執事の甲本さんが全て引き受けてくれる。
でも、私たち家族に直接、用事がある来客者は、3階で足止めをくらってしまい、このベルをならす。
だいたい、子供たちに用事がある人物なら、子供たちの携帯をならし、個人個人で解除を申し出る。
でも、こうやって、3階の私たちの階に解除を申し出るのは、『カレ』しかいない。
ということで、私は液晶もみずに、そのまま玄関へと向かった。
そして、扉を開けて外に出ると、門へと向かった。
そこには、案の定、予想した人物が立っていた。
 
「朝早くから、ご苦労様。」
 
そう言って笑う私に、「おはようございます。」と頭を下げた右京さんは、手に持っていた物を私に差し出した。
 
「ん?」
 
と聞いた私に彼は、申し訳なさそうに口を開いた。
 
「冬真(トウマ)さまの新しい携帯です。
データーも全て、この中に入れなおしています。
冬真(トウマ)さまに、よろしくお伝え下さい。」
 
そして、また頭を下げるカレ。
さすがに、この携帯には・・・参った。
私は受け取りながら、感心する。
 
「よく、わかったわね。
彼が携帯を破壊した事。」
 
それには、「ええ。」と答えた彼は、顔を上げると私を見る。
 
「冬真(トウマ)さまの、あのお怒りは尋常ではないですから。
麗美(レミ)さまにも、大変ご迷惑をおかけしたのでは?
私の力不足のために、申し訳ございません。」
 
また、彼は頭をさげようとしたものだから、私は慌てて彼の腕にふれ、彼の頭を下げさせないようにした。
 
「彼、あなたに甘えてるのよ。
あなたが有能すぎるから、ついつい頼ってしまう。」
 
「そんな事は・・・。」
 
と首を振る彼に、「そうなのよ。」と笑う私。
 
「でもね、右京さんは、ちょっと肩に力が入りすぎてると思うなー。」
 
そして、私はニッコリ笑うと、ちょっと世間話をした。
 
「私ね。陸(リク)が亡くなった時、この世に神さまなんていないって、そう思ったの。」
 
「どうして、ですか?」
 
いきなり話し出した私の話で、「へっ?」て顔をするどころか、乗ってきてくれた右京さん。
これじゃあ、冬真(トウマ)さんが甘えちゃうのもわかるよ。
確かに、右京さんの隣は、居心地いいもん!
改めてそう思っちゃった。
そう思ったら、私の会話も余計スムーズに進んだ。
 
「愛する人を奪うなんてひどいでしょ。
生まれてくる天(タカシ)も、陸(リク)の身代わりじゃない。
全く別物なんだし。
陸(リク)はもう、この世にいない。なんて、ひどいの!って。
血も涙もない。神様なんてこの世にいないんだ!ってそう思った。
でもね、冬真(トウマ)さんと出逢って、そうじゃないってわかった。」
 
「そうじゃないって?」
 
「神さまは、頑張った人にだけ、ご褒美をくれるの。
どんな現実からも、逃げずに必死で頑張った人にだけ、ご褒美をくれる。
陸(リク)を失って、天(タカシ)を抱えて、必死で生きた私と、親友を失っても必死で生きた冬真(トウマ)さんに、神さまがご褒美をくれた。
それが、たまたま、お互いが愛し合うというご褒美だったんだけどね。」
 
そう言った私は、右京さんを見た。
 
「だから、今回も、きっと神さまからご褒美か来るわよ。」
 
「えっ?」
 
「冬真(トウマ)さんは、現実から逃げずに、向き合う覚悟が出来たみたい。
それに、右京さんも、寝る時間をさいてまで、こんなに頑張ってくれたんだもん。
きっと、神さまがいい報告をくれるわ。
だから、そんなに、深刻にならないで。
自分を、責めないでね。」
 
私の言葉は、どれくらい、彼の心を癒せたのかな?
冬真(トウマ)さんをあれだけ不安にさせた原因を、唯一知る人物である右京さんに、私が出来る事といえば、これくらいだった。
頑張ってとエールを送るくらいしか・・・・できない。
無力すぎる自分がちょっと、情けないけど。
でも、今言ったことは、本当にそう思うから。
右京さんも、その現実から逃げたいだろうけど、逃げずに冬真(トウマ)さんの側にいてあげてほしい。
右京さんだけが、冬真(トウマ)さんの力になれる事だって、あるんだもん。
今だってそうだし、これからも、たくさんでてくるはずだから・・・。
そんな想いを私は、カレに伝えたかった。
でも上手く言葉にならなくて・・・。
 
「なんか、想いを言葉にするのって、難しいよね。
言いたい事は、こういう事じゃないんだけど・・・。」
 
そういいながら、情けない笑いをした私に、カレは優しい言葉をくれた。
 
「わかってます。」
 
って。「えっ?」とカレを見た私に、カレはとても優しい笑いをした。
 
「奥様のおっしゃりたい事はわかります。
私は、どこにもいきません。
冬真(トウマ)さまに、クビだと言われても、来るなと言われても、私は冬真(トウマ)さまの側を離れません。
私が今この世にいるのは、冬真(トウマ)さまが居たからです。
七葉(ナナハ)と結婚し、子供を持てた事も、冬真(トウマ)さまの側でたくさんの知識を得られた事も、全て『あの時』冬真(トウマ)さまに命を救ってもらったから。
このご恩は、一生かかっても、お返しできないくらいです。
私は、思ってますから。
自分が生きる場所は、冬真(トウマ)さまの側だと・・・。
それ以外は、ありえません。」
 
そう言って笑ったカレに私は、素直にこう言ってた。
 
「ありがとう。」
 
って。「いえ。」と言った彼は、私に最高の笑顔をくれた。
 
「今、冬真(トウマ)さん、サウナーに入ってるのよ。
アルコール飛ばす為にね。
もうじき、出てくるだろうから、一緒に朝食どう?
食べてないんでしょ?」
 
早朝から働かせてしまったせめてもの罪滅ぼしだというつもりで、誘ってはみたけど、案のじょう、お断りされた。
 
「まだ、冬真(トウマ)さまに頼まれた資料を、そろいきれていないので。
病院に来られるまでに、揃えられるものは、そろえておきたいですから。
申し訳ありません。」
 
彼はそう言ってまた、頭を深々とさげた。
 
「そう。じゃ、また今度ね。」
 
私ももう、カレを引き止めなかった。
あまり引き止めてカレに何度も、頭を下げさせるわけにもいかないし。
今は、冬真(トウマ)さんとも、逢い辛いのかもしれないしね。
アッサリ引いた私に、カレもホッとしたみたい。
 
「ありがとうございます。」
 
というと、ここを後にしていった。
 


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