3    STAGE 2   セレブの事情 前編
2006.12.23 Sat. 
チャイムが鳴る。
やっと、学校から開放されるこの瞬間。
いつも、いつも、幸せな瞬間。
 
「ねぇー、里奈(リナ)!
今日、みんなで、カラオケ行こうって言ってるんだけど、里奈も行くよね?」
 
「あー・・・。」
 
と気のない返事。
行きたい。すっごく行きたいけど・・・。
 
「ん?どうしたの?」
 
と聞かれたその時。
 
「村木さんは、ダメよね?
私たちとは、住む世界が違うんだから。」
 
嫌味を言ったその女に、クラスのみんなも、「そうよねぇー。」と陰口を叩く。
その姿が、陰険でムカつく。
 
「あのねぇー。言いたい事があるなら、ハッキリ言えば?」
 
とついつい、強気になってしまった私。
 
「じゃー、言うわよ!
あんたみたいな凡人が、お高く止まってんじゃないわよ!
どうせ、蓮(レン)さまの力じゃない。
お迎えの車に、高そうな服を着て、一体何様?」
 
「そんな事、あんたに言われたくないわよ!!」
 
と怒鳴ってた私。
ホント、腹が立つ。
私だって、好き好んでこんな生活してんじゃないわよ!
ストレスがたまってたまって・・・爆発しそうなんだから!
と煮えたぎっていた私なんだけど、向こうもかなりご立腹みたいで。
 
「なんなのよ!その言い方!!」
 
と今度は手を上げてきたの。
だけど、その手を強くて大きな手が、つかんで私の元へは届かなかった。
 
「俺の大事な所有物を傷物にするのは、やめてくれないかな?」
 
その言葉に、手を上げていた彼女は、勢いよく手を彼の場所から脱出させる。
 
「申し訳ございません。」
 
と謝る彼女に、彼は何も言わないまま私を見る。
 
「終わったら、さっさと来ねぇーから、こんな事になるんだ。
ほらっ、帰るぞ!」
 
そう言って、彼は強引に私の腕をつかむと、カバンをひったくり、そそくさと教室を出て行った。
彼の所有の車に、私を押し込んだ彼は、「さっさとだせ。」と運転手に向かってそういうと、足を組んで、外をみる。
見るからに・・・機嫌が悪い。
 
「蓮・・・怒ってる?」
 
と恐々聞いてみる私に、「笑ってるように見えるか?」と冷たく言われた。
見えないから聞いてるのよ・・・って言いたいけど、もういいよ。
だって、このテンションは・・・相当怒ってるから。
だから、かたらないに越した事はない。
しばらく、車内はシーンとしてた。
だけど、少しして、車は急に止まる。
 
「なんで?」
 
と聞いた私に、「ちょっと、待ってろ。」と言った蓮は、車から出て行く。
だけど、すぐに戻ってきて、車はまた走り出す。
でも、私は蓮の姿を見て、固まってしまった。
だって、彼の手に持っている物凄い袋の数は・・・何?
 
「蓮、それ・・・何?」
 
と恐々聞いた私に蓮は、シラーとこう言った。
 
「お前の服。」
 
って。「はぁ?」と言った私に、蓮はさらに別の紙袋を後ろの座席からつかんで目の前に持ってきた。
 
「こっちにはバックとか財布が入ってる。
こっちには、アクセサリーが入ってるから。
いいか。制服以外の服は、俺が買い与えた物以外着るな。
学校でも持ち歩くものは、俺が買い与えた物以外身につけるな。
前に買った物は形が古いから、全て捨てろ。
足りないものがあったら言え。
自分で買ったりするなよ・・・いいな。」
 
頭が・・・ついていかない。
一体何なの?
 
「ちょっと、待って!蓮何言ってるの?」
 
彼の腕をつかんでそう言った私に、「あっ、そうだ。」と口にした蓮は私を見て、さらにこんな事を言い出した。
 
「お前、最近C組の田口と仲がいいみたいだけど、アイツとは付き合うな。
仲良くするのは、A組の連中にしておけ。いいな。」
 
「待ってよ!何それ!どうして、A組はよくて、C組はダメなの?
A組は成績がいいから?
C組は普通だからダメなの?」
 
「わかってるなら、聞くな。
それより、今日から、着付けも学んでもらう。
あっ、その前に、お前に似合う着物を買いに行かないとな。
神谷(カミヤ)!聞いてただろ?
いつもの呉服屋に行け。」
 
突然そう言われた運転手は驚くどころか、普通に「はい。」とだけ答えると、進路を変える。
だけど、私はこの運転手みたいに、頭がやわらかいわけでも、物分りがいいわけでもない。
一体、なんなのよ!!
って、言葉が頭の中を支配した。
だって、そうでしょ?
どんどん勝手に話は進めるは、さっきの友達の話にしても、ちゃんとした説明も会話もないまま、言いたい事だけ言って終わらせちゃうし。
蓮と付き合って、3ケ月が過ぎたけど、蓮(レン)はいつだってこうなの。
なんでもかんでも、自分の考えをおしつけてきて、自分のしたいようにする。
それが、蓮(レン)のやり方。
彼は、日本でも有名な華道家である百合丘(ユリガオカ)家の跡取り息子で、百合丘 蓮(ユリガオカ レン)。
そして、私はごくごく普通の家庭で育った村木 里奈(ムラキ リナ)。
彼と出逢ったのは、偶然だった。
学校の帰り道に、川で溺れている子犬を彼が助けているのに遭遇した。
大雨で水かさがましたせいで、子犬は溺れてしまって。
彼は全身ずぶぬれで、子犬を助けてた。
彼の家で子犬を飼うことができないというから、私が引き取ったの。
それから、彼と犬の話をするようになり、彼と親しくなって少したって、彼と付き合う事になった。
彼の優しさと暖かさに惚れたんだけど、フタを開けたら全然。
全く・・・別人だった。
まるで私は彼の彼女っていうより、彼の物!
着る服も持つ物も、全て彼のいいなり。
平日は、彼に勝手にやらされている習い事をやって、土日は休みだけど、彼専用の車が今運転している神谷(カミヤ)さんごと、私の家の前に置かれる。
そして、友達と出かける時も、家族でのご飯も、さらには、ちょっとコンビニにおつかいも、その車を使わないといけないの。
誰とどこにいったか。
何をしていたか。
全て、神谷(カミヤ)さんから蓮(レン)に報告されてしまう。
つまり、監視されてるって事。
どうせ、監視されるなら、蓮が一緒にいてよ!って思うけど、
 
「土日は逢えないと言ってるだろ。」
 
と冷たく言われるだけ。
蓮が、一体何を考えて私と付き合っているのか。
どうして、これほどまでに、私を束縛するのか・・・。
さっぱりなの。
だけど、きっと愛があると信じてたんだけど。
さすがに、友達までもしきられると、堪忍袋の尾も切れちゃうよ。
って、事で私はとうとう爆発しちゃった。
 
「もう!いい加減にしてよ!
なんで、私ばっかりが、蓮のいいなりにならなきゃいけないの?
友達ぐらい、私の好きなようにさせてよ。
私は、蓮の何なの?」
 
私はこんなに熱くなってるのに。
なのに蓮は、とっても落ち着いた態度と、落ち着いた口調で答えるの。
 
「お前は俺の彼女だろ。」
 
って。だけど、私は首をふる。
 
「違う。蓮はそうは思ってないよ。
私を物だと思ってる。
言いなりになるオモチャだと・・・そう思ってるよ。」
 
そう言ってる側から涙が出てきそうになる。
だけど、涙は流さない。
だって、蓮が・・・。
私を見ている蓮の瞳が、冷たくて寂しそうで・・・心がない色してるから。
泣くなんて、悔しいもん。
私の事なんて、何とも思ってないような目をしている人の前で、私だけ感情的になって泣くなんて、そんなの悔しいじゃない。
 
「物やオモチャに、俺がこんなに金を使うと思うか?
なんでもかんでも、買え与えると思うか?
友達もお前の私生活も、俺が入り込むのは、お前は俺の女だからだ。」
 
それでも、首を振る私に蓮は、自分の手を私の頬に触れさせた。
そして、とても冷たい声でこう言ったの。
 
「お前こそ、全然わかってないだろ?
俺とつきあうって事が、どういう事か。
お前と俺じゃ、住んでる世界が違うんだ。
それだけじゃない。
背負ってる物だって、俺たちでは違いすぎる。」
 
そんな事・・・わかってる。
言われなくたってわかってるよ。
だったら、なんで?
どうして、付き合おうなんて言ったのよ!
そんな想いが、溢れてきた。
 
「だから、俺は・・・。」
 
「もういい!!」
 
何かを言いかけた蓮の言葉を、私の大きな声がさえぎった。
だって、これ以上、聞きたくなかったから。
私たちがどれだけつりあわないかなんて、もうこれ以上言わないで。
大好きな蓮の口から、そんな言葉・・・もう聞きたくないよ。
叫んだ私は、そのまま、寂しい瞳で蓮をにらんだ。
 
「わかってた。
蓮がつきあおうって、言ったのは、好きだからじゃないよね?
からかっただけなんでしょ?
凡人の女をからかってやろうって・・・。
まさか、私が本気にするなんて、思ってもみなかった?
こうやって、私の嫌がることをすれば、私から逃げ出すと思ったんでしょ。」
 
「お前、何言ってんだよ。」
 
ポーカーフェイスの彼の眉が少し動く。
そして、さっきまで涼しい態度をしていた彼の体も動く。
彼の右手が私の腕をつかんだ。
 
「ちょっと、待て、里奈(リナ)。
お前、誤解してる。」
 
って言われるけど・・・頭の中はグチャグチャだった。
冷静に蓮(レン)の言葉も聞けなければ、彼が何かを必死で私に訴えようとしてるとか・・・。
そんな事、わかるはずもなかった。
 
「離して!」
 
私はそう叫ぶと、つかまれた腕を大きくふって、蓮(レン)の手を振りほどいた。
 
「蓮(レン)の望みどおり、逃げてあげる。
これで、暇つぶしになる新しい女を探せるわね。
今度は、間違えないようにしなきゃ。
蓮(レン)と住んでる世界も一緒で、蓮(レン)と背負っている物が同じな・・・。
そういう女性を選ばなきゃ・・・。」
 
最後は、うまく声にならなかった。
我慢していた涙があふれてきて、目の前がゆがんだ。
胸が張り裂けそうに痛くて、たまらなかった。
この場にいることも、蓮(レン)の顔を見ることも、もう私にはできなかった。
だから、私は、丁度、タイミングよく信号で止まったすきに、扉を開けた。
もちろん、出ようとした私の腕を、蓮がつかんだ。
 
「里奈(リナ)、待て。
俺の話も聞けって!
俺は、お前が・・・。」
 
「もう、いいって言ってるでしょ!!」
 
私はそう叫びながら、持っていたカバンで蓮(レン)の胸をぶん殴った。
「うっ。」と言って胸を抑えた蓮(レン)は、痛さのあまり私の腕をつかんでいた手を離した。
私はそのすきに、車から飛び降りた。
そして、蓮(レン)に背中を向けたまま言ったの。
 
「さようなら。」
 
って。私はそれだけいうと、もうダッシュで走った。
 
「行くな、里奈(リナ)っ!」
 
蓮のそんな声が聞こえた気がした。
だけど、私は、振り返らなかった。
だって・・・期待してたんだもん。
蓮が追いかけてきてくれて、抱きしめてくれるのを。
そんなことあるはずないと頭ではわかってたけど、でも・・・期待してた。
でもね、神さまは、私のささやかな夢も・・・叶えてくれなかったの・・・。
 
 
 
家に帰った私をなぐさめてくれたのは、蓮(レン)が救った犬の『華(ハナ)』。
あまりに華(ハナ)がお散歩をねだるものだから、私は渋々華(ハナ)を連れて、いつものコースをお散歩してた。
 
「華(ハナ)が散歩をねだるなんて、珍しいー。」
 
と言いながら、前をうれしそうに走る華(ハナ)を見て、笑っちゃう私。
この蓮(レン)が助けた犬ってね、オスなんだけど、でも名前は『華(ハナ)』。
ちょっと、女の子っぽいでしょ?
だけど、蓮(レン)がどうしても、『華(ハナ)』がいいってきかなくて。
なぜ、蓮(レン)が『華(ハナ)』にこだわったかというとね・・・。
蓮(レン)の名前と関係してくるんだけど、蓮(レン)の名前である『レン』っていうのは、花の『蓮華(レンゲ)』から取ったんだって。
だから、蓮(レン)の後ろについてる華(ゲ)をとって、ハナ。
2人そろったら、蓮華(レンゲ)ってね。
それを思い出した私は、たまらず苦笑いをしちゃう。
その時だった。
さっきまで、ご機嫌だった華が急に、鳴き出した。
 
「どうかした?華!」
 
私は、走って華の方に行くと、そこには、何とも不思議な石があった。
私は、しゃがんでそれを手に取る。
夕暮れの光に照らされたそれは、とても強くて綺麗な光を放ってた。
透き通るように青く光る石。
まるで、宝石みたいだった。
 
「不思議な石。
綺麗だから持って帰ろうっか。」
 
さっきまで、蓮の事で、心が痛かったのに、この石を見た途端、心が和むような感じになった。
だからかな?
私は、その石を持って帰ってきてしまったの。
不思議な事が起るとも知らずに・・・。
 
 
 
 
 
いつもの時間に目を覚ました。
だけど、目を開けてビックリ。
 
「ここ・・・どこ?」
 
天井に見覚えはない。
起き上がって周りを見た。
さらに・・・見覚えがない。
とんでもなく広い部屋に、高級そうなベッド。
私は、ベッドから降りる。
机に置かれている物や、棚に置かれているCDを見る。
家具は知らないものばかり。
でも、机の上に置いてある飾りや、ここにあるCDって、私の物だ。
そして、さらに私はクローゼットを開けた。
そこには、高価な衣装はもちろん、ブランドバックや靴やアクセサリーが所狭しと、収納されていた。
だけど、どれも、見覚えがある。
 
「これ・・・蓮(レン)が買ってくれた物??」
 
半信半疑の私は、そんな事を言いながら首をかしげ、誰もいないのに疑問系になってるし・・・。
ホント・・・不思議だよね。
蓮(レン)に買い与えてもらった物もあわせて、ここにあるものは、全て私のもの。
でも、この部屋には見覚えがない。
一体ここは・・・どこなの?
その時、頑丈なドアが開き、一人のメイドが入ってきた。
 
「里奈さま、おはようございます。
お食事の準備が出来ております。
お支度が整いましたら、レストランへお越しくださいませ。」
 
そう言って、深々と頭を下げたメイド。
立ち去ろうとした彼女の腕を、私はつかんだ。
 
「待って!ここは、どこなの?
私は・・・誰?」
 
「何を・・・おっしゃっているのですか?」
 
不思議そうにメイドはいったけど、「お願い。教えて。」と私があまりに必死でいうものだから、メイドは戸惑いながらこう言った。
 
「こちらは、百合丘(ユリガオカ)邸でございます。
そして、里奈さまは、この由緒正しき華道家百合丘の唯一の後継者となられるお嬢さまでいらっしゃいます。」
 
「へっ?!」
 
開いた口が塞がらなかった。
待ってよ!百合丘邸?後継者?
それって、全部、蓮(レン)の事でしょ?
それが、なんで私になってるの?
じゃあ、蓮(レン)は?
蓮(レン)はどうなってるの?
 
「ねぇー、蓮(レン)は?蓮(レン)はどこ?」
 
「れ・・・ん?」
 
そう言って眉間にしわを寄せて首をひねるメイドに、私はさらに迫る。
 
「蓮(レン)よ、れーん!私と同じ年の男の子。
ここにいるんでしょ!
お願い。教えて!蓮(レン)を出してよぉー!!」
 
大声で叫び取り乱す私。
 
「落ち着いて下さい。里奈さま。」
 
とメイドはあせるけど、冗談じゃない!
蓮を早く出してよ。
蓮は、どこなの??
そんな思いと焦りが私をいっぱいにした。
必死で、メイドにすがる私の耳に、やがて、こんな声が聞こえてきた。
 
「朝からそんなに大声で、はしたない。
これじゃあ、婚約者の方にも、逃げられるぞ。」
 
そう言って姿を現した人物を見て、私は思わずうわ言のように言ってた。
 
「神谷(カミヤ)・・・さん?」
 
って。そう、ここに現れたのは、蓮(レン)の執事の神谷(カミヤ)さんだった。
まさか、彼が現れるなんて。
だって、彼は蓮(レン)の執事なわけで・・・。
あっ、でも、今は百合丘(ユリガオカ)家の者って私だから、ここにいてもおかしくないの?
えっ!ちょっと、待ってよ!
って事はよ・・・。
もしかして、神谷(カミヤ)さんは、私の執事って事?
 
「うそぉー!!」
 
と一人で盛り上がってる私に、
 
「まだ、寝ぼけてるのか。」
 
と笑いながら私の髪を軽くなでた神谷(カミヤ)さんは、開けっ放しのクローゼットの側に行くと、私の制服をチョイスした。
 
「ほらっ、さっさと着替えないと遅刻だぞ。」
 
振り返った神谷(カミヤ)さん。
だけど、私はそれどころじゃなかった。
神谷(カミヤ)さんが触れた髪を右手でさわる。
蓮(レン)とは、違う感触の手と温度。
蓮(レン)以外の男の人と、こんなに親しくなるのは、生まれて初めてだった。
もちろん、神谷(カミヤ)さんとも、接触は多かったけど、こういう接触はなかった。
送り迎えでも、必要以上は話さなかった。
ボーっとしていつまでも髪をさわっている私に、神谷(カミヤ)さんはちょっと不思議な顔をする。
 
「どうかしたのか?」
 
そういって近付いてきた神谷(カミヤ)さんをみて、私は慌ててブンブンと首を振ってごまかす。
触れられて、ポーっとなっちゃったなんて口が避けても言えないよ。
って事で、必死で平常心を装う私。
なので、話を変える事に・・・。
 
「あの・・・神谷(カミヤ)さん。神谷(カミヤ)さんは、私の執事なの?」
 
あとから気付いた。
この聞き方はまずいよね。
ストレート過ぎだって。
もちろん、この質問で、普通に答えられるわけもなく、
 
「何・・・言ってんだ?」
 
と正当な答えが返ってきた。
さらに、「コイツ、頭大丈夫か?」って感じの瞳付きでね。
その目には、さすがに合わせ辛い。
って事で、目をそらした私は、下を向く。
黙る私に、「よくわかんねぇーけど。」と口にした神谷(カミヤ)さんは、私の胸に向かって強引に制服を押し当ててきた。
予想外の事に、私は慌てて両手で制服を受け取り、下げていた顔も上げた。
驚きの瞳で神谷(カミヤ)さんを見ていた私に向かって、神谷(カミヤ)さんはニッコリ笑った。
 
「俺はあんたの執事だ。
で、ついでに言っておくと、これだけ失礼な言葉遣いができるのは、幼なじみだから。」
 
と言った神谷(カミヤ)さんは、そのあとまた、私の髪にふれた。
 
「ホラ、里奈(リナ)の大ボケにもつきあってやったんだから、お前もさっさと着替えろよ!」
 
神谷(カミヤ)さんはそういうと、私の髪から手を離す。
そして、私の側を通って、部屋から出て行こうとした。
今の・・・どういう事?
私の執事が、神谷(カミヤ)さんって事は、やっぱり、私は蓮の生活を奪っちゃったって事?
それじゃ、蓮は?
もしかして・・・消えちゃった?
胸がうずいた。
うそ・・・なんで?
なんで、蓮が消えちゃうの?
そんなの・・・イヤだよ。
知らないうちにまた、目頭が熱くなってた。
 
「待って、神谷(カミヤ)さん!!」
 
私はそう叫びながら、私に背を向けて歩いている神谷(カミヤ)さんの腕をつかんだ。
グイと後ろに引っ張られた彼は、驚きながらも止まってくれた。
 
「どうしたんだよ。」
 
と私に言ってくるけど、私はそれどころじゃない。
早く・・・。
とにかく早く聞きたかったから。
彼がちゃんと存在していると・・・知りたかったから。
 
「教えて!神谷さんならわかるでしょ?
蓮(レン)は、どこにいるの?ねぇー、どこにいるの?」
 
彼の腕をつかんで必死でそう言った私に、側にいたメイドも参加してくる。
 
「神谷(カミヤ)さま。
実は、里奈(リナ)さまが、先ほどからその『蓮(レン)』という方に合わせてほしいとばかりおっしゃるのですが。
『蓮(レン)』さまと言う方はどなたなのでしょうか?
旦那さまにお伺いしてきた方がよろしいですか?」
 
そういってる側から、ひとっ走りして聞いてこようかオーラを発しているメイド。
そんな彼女に、神谷(カミヤ)さんは、こんな態度をとった。
 
「イヤ。いいよ。
蓮(レン)というのは、里奈(リナ)さまの学校のお友達の事。
昨日、一緒に泊まる泊まらないと言っていて、結局帰ってしまったのを、里奈(リナ)さまは忘れてしまってたようですね。
里奈(リナ)さまには、私から話します。
だから、旦那さまにも報告しないで。
それから、キミも、もういいよ。
レストランには、僕が連れて行くから。」
 
神谷(カミヤ)さんの言葉に、「わかりました。」と一礼したメイドは、疑う事もなく早々に、部屋から出て行った。
メイドが出て行ったことを見届けた神谷(カミヤ)さんは、「ふぅー。」と息を吐く。
その安堵のため息が、私には納得いかなかった。
当たり前じゃない。
だって、さっきのは何?
蓮(レン)が私の友達?
一緒に泊まる予定?
わっけわかんない!
ってことで、私は神谷(カミヤ)さんの腕をつかんで襲う。
 
「何よ今の!
違うわよ。友達なんかじゃない。
そんな蓮(レン)じゃなくて・・・。」
 
必死でそう訴えた私の姿に、神谷(カミヤ)さんは軽く笑うと、「わかってるよ。」と言ってくれて。
もちろん、「えっ?」といいながら、私の体は止まった。
今の言葉って・・・と期待をした私に、神谷(カミヤ)さんは続けた。
 
「“アイツ”の事だろ?
わかってるよ。いつも里奈(リナ)について、アイツを見てるんだから。」
 
と言った神谷(カミヤ)さんは、側にあったソファーに腰をかける。
 
「だけどさー、里奈(リナ)。
お前どうしたんだ?
メイドに、アイツの存在をバラしたりして。
いつも言ってるだろ?
屋敷の連中には、絶対にアイツの存在をバラすなって。
今、旦那さまに聞かれると厄介だからな。
そういって、守って来た俺と里奈(リナ)との秘密だったのに。
っていうより、今日のお前へんだぞ?
アイツの事、おおっぴらにするし、落ち着きがないし。
それに何より、俺の事『さん』付けだろ?
いつもは、「神谷(カミヤ)。」って呼び捨てのくせに。
なんか、なれないから背中がかゆくて、しかたないよ。」
 
と言って、身震いをしてみせた神谷(カミヤ)さん。
そう言われたら、普段も私は、神谷(カミヤ)と呼び捨てしてる。
それには、理由があってね。
だけど、ここでの神谷(カミヤ)さんは、初対面なわけで、そんなんでいきなり呼び捨ては、さすがにできないと思った私は、頑張って「さん」付けしてたんだけど・・・。
しなくてよかったんだね。
って事で、少し気が楽になった私。
確かに、神谷(カミヤ)さんの事は、気が楽になったよ。
でも、もう一つ・・・・。
蓮(レン)の事が、あやふやのままだった。
って事で、私は、蓮(レン)の事を聞いたの。
 
「ねぇー、それより、教えてよ。
蓮(レン)は?今、蓮(レン)はどこにいるの?」
 
私は神谷(カミヤ)が、蓮(レン)の居場所を知ってると確信してた。
もうじき、蓮(レン)の居場所がわかる。
そう思っただけで、心臓がドキドキと、この上なく激しい音を立てた。
 
「どこって、自分の家にいるんじゃないのか?」
 
そう言って笑った神谷(カミヤ)に私は、すぐに言ったの。
 
「自分の家って言っても、ここにはいないんでしょ?
なら、どこよ!
蓮(レン)は、どこにいるの?
お願い、今すぐ逢わせて!!」
 
最後は叫んでた。
その場にしゃがんで、取り乱す私。
蓮(レン)の名前を口にすればするほど、蓮(レン)に逢いたくてたまらなくなった。
文句ばっかり言っていたのに、こんなにも蓮(レン)が好きだったなんて、自分でもビックリだよ。
私の中で、こんなにも、蓮(レン)の存在が大きくなっていたなんて・・・。
 
「里奈(リナ)・・・ちょっとは、落ち着け。」
 
と言いながら神谷(カミヤ)は私の目の前にくると、しゃがんだ。
そして、私の頭をポンポンとなでる。
 
「ホント、今日のお前、おかしいぞ。
まるで、記憶がなくなったみたいに・・・。」
 
神谷(カミヤ)のその言葉に、私は顔を上げて彼を見た。
神谷(カミヤ)の言ってる事は、ある意味あっているのかもしれないと思った。
私は、百合丘(ユリガオカ)としての私の事は全く知らないから。
神谷(カミヤ)の言葉を否定しないで、ただ彼を見ている私に、神谷(カミヤ)も少し驚きながら、
 
「そう・・・なのか?」
 
と口にする。
だから、私はしかたなく、本当の事を言ったの。
もちろん、はなっから、信じてもらえるなんて思ってなかった。
でも、神谷(カミヤ)しかいないと思ったの。
私の力になってくれて、そして、蓮(レン)と逢わせてくれるのは、彼しかいないって。
もちろん、そんな信じられない告白を受けた神谷(カミヤ)は、案の定放心状態だった。
 
「なんだよ・・・それ。」
 
と口にして、頭を抱えたっきり、彼はしばらく動かなかった。
そりゃ、そうだよね。
この世界に生きてる神谷(カミヤ)にとって、私はお嬢さまなのに、実は、蓮(レン)がつかえるべき人だなんて・・・。
想像もつかないよね?
しばらく神谷(カミヤ)は黙ってた。
だけど、少ししたら、落ち着いたのかな?
大きく深呼吸をすると、私をやっとみてくれた。
 
「とにかく、今の蓮に逢って見るか。
アイツに、記憶がなければ、普通に過ごしているはずだし、それならそれで、問題はない。
だけど、アイツにもし、里奈と同じ記憶があるなら。
きっと、戸惑っているはずだ。
こんな屋敷に生まれ育っていたのに、いきなり一般人の家庭の息子となっているんだからな・・。
里奈よりも、アイツの方が心配だ。
すぐに、アイツの家に迎えに行こう。」
 
「待って!あいつの家って・・・蓮はどこにいるの?」
 
「さっき里奈が言っていた家だ。
つまり、里奈(リナ)の話を聞く限り、蓮(レン)は里奈の家の息子となってるみたいだな。
だって、アイツの今の名前は、“村木 蓮(ムラキ レン)”だからな。」
 
「う・・・そ・・・。」
 
そういって、口を抑えた私に、神谷(カミヤ)は優しく笑った。
 
「とにかく・・・急ごう。」
 
私は、神谷(カミヤ)に言われるがまま、とりあえず着替えた。
そして、支度をして、神谷(カミヤ)が運転する車で、自分の家へと向かった。
 
 
 
 
 
角を曲がれば私の家だ。
そして、角を曲がった私たちの目の前に映った光景は・・・ある意味予想通りの物だった。
 
「さっさと、いきなさい、蓮(レン)!
ほらっ!!」
 
と私のお母さんは、自転車を蓮(レン)に渡す。
 
「待てよ。こんなの乗れるわけねぇーだろ!
っていうか、車は?
神谷(カミヤ)はどこなんだよ!!」
 
差し出された自転車を倒して暴れる蓮(レン)に、お母さんも大声を上げる。
その声に、ご近所さんも、「何事?」と言いながらワラワラと出てきた。
 
「ちょっと・・・これ、まずくない?」
 
身を乗り出して、運転席の神谷(カミヤ)にそう言った私に、「確かに・・・。」と苦笑いをした神谷(カミヤ)は、そこで、車を停めた。
 
「私が行くと、彼はホッとするかもしれないけど、俺にとって彼は、里奈(リナ)のつきあっている男でしかない。
だから、俺も対処できないし、それが余計に、彼を困惑させるかもしれないから。
ここは、里奈(リナ)が行くのが妥当だと思う。
彼をここに連れてくるんだ。」
 
神谷(カミヤ)の言葉に、「うん。」と答えた私は、車から降りる。
そして、人だかりが出来そうになりつつある場所へと一気に走った。
 
「いい加減にしなさい、蓮(レン)!
一体、どうしたの?いつも、ちゃんと自転車で行ってるじゃない!」
 
とお母さんは蓮(レン)をしかるけど、
 
「はぁ?ふざけんな!
っていうか、お前誰だよ。
それに、ここはどこなんだ。
こんな小さいマッチ箱みたいな家・・・俺、知らねぇーぞ!!」
 
「マッチ箱で悪かったわね!!」
 
耳元でそんな声がして驚いたのか、「うわっ!」と飛び上がった蓮(レン)。
そんな蓮(レン)を、私は腕を組んだ状態で冷ややかな目で見てた。
 
「里奈(リナ)・・・なんで、お前がここに?」
 
という蓮(レン)に、
 
「詳しくは車で話すから。
とりあえず、ここを抜け出すよ!」
 
「えっ?」
 
呆然としている蓮(レン)の腕をつかんで、私は走り出そうとした。
その時、
 
「もしかして、あなた、百合丘(ユリガオカ)邸のお嬢さま?」
 
そんな声がした。
 
「ホントだわ!先日、テレビにも出てらしたでしょ?
品があって、お美しい。」
 
さっきまで、蓮(レン)の大暴れを見たさに来ていたご近所のおばさんたちは、今度は私を見る事に標的を替えてた。
 
「何がお美しいよ。
いっつも、見てんじゃんか!」
 
ボソっと文句を言った私に、「えっ?」と野次馬どもは聞き返す。
本当は、大声で言いたかったよ。
私が、ここの娘なんだって。
だけど、それは、絶対に言うなと、さっき神谷(カミヤ)に固く口止めされたから。
今は、何も言うなって・・・。
だから、仕方ない。
ここは、百合丘(ユリガオカ)嬢として、たちまわるしかない。
ということで、私は野次馬たちに、軽く一礼をした。
 
「朝早くからお騒がせして申し訳ございません。
こちらの村木蓮(レン)さんとは、クラスが一緒で今日は、学校の行事で一緒に登校するお約束をしていたもので。
私(ワタクシ)の迎えの車が遅れたもので、大変ご迷惑をおかけいたしました。」
 
そう言って頭を下げて、ニッコリスマイル。
そして、さらに、自分の母親をみる。
 
「それでは、蓮(レン)さんを、お借りいたします。」
 
私の言葉に、「あー・・・はい。」とビックリ顔でそう言ったお母さん。
なんか・・・複雑と言うか寂しかった。
自分の母親なのに、こんなに私を他人行儀な目でみるなんて・・・。
こんな目、今までされたことなかったから・・・。
胸がキリと痛んだ。
たまらず、つかんでいた蓮(レン)の腕を強く握った私。
 
「り・・・な?」
 
少し心配そうな声を上げた蓮(レン)の声で、私は我に返った。
ダメだ。こんな所で気を許してちゃ。
早く車の中にいくのよ!
って事で、私は蓮(レン)をひっぱって、車の中に乗り込んだ。
すぐに、神谷(カミヤ)は車を出してくれて、大通りを走る車。
 
「みごとな言葉遣いでした。」
 
運転しながらそういって褒めてくれた神谷(カミヤ)に、「うん・・・緊張したぁー。」と笑った私。
それをみて、蓮(レン)が黙っているわけがない。
いきなり、運転席を後ろから蹴り上げた。
 
「なっ!何するんですか!!」
 
と叫んだ神谷(カミヤ)に、蓮(レン)は、「馴れ馴れしく里奈(リナ)に話しかけるな。」と言うと今度は私を見た。
 
「なっ・・・何?」
 
戸惑う私に蓮(レン)は、「何じゃねぇーだろ!」と言うと、今度はすっごい情けない顔になって頭を抱えた。
いつもと違う蓮(レン)に思わず、
 
「蓮(レン)?」
 
と彼に聞きながら彼の髪に触れる私。
それを感じた蓮(レン)は、私の腕をつかむと、下を向いたままこう言った。
 
「一体、どうなってんだ?
なんで、お前が百合丘(ユリガオカ)の人間になってる?
なんで、俺はあの家の息子になってるんだ?
一夜にして一体何が・・・。」
 
「蓮(レン)・・・。」
 
私にはそれしか言えなかった。
だって、蓮(レン)があまりにも弱かったから。
いつも、強くて偉そうな蓮(レン)が、今はこんなにも小さく見える。
肩が小さく震えてる。
たった一人置いていかれた子供のように、心が寂しさで吹き荒れているのがわかる。
だって、つかんでいた私の手を、今は自分の頬にくっつけて、ぬくもりを必死で感じろうとしているから。
こんなに弱い蓮(レン)を初めて見た気がする。
 
「しっかりしてよ蓮(レン)。
私だって、わけがわかんないんだから。
でも、よかったぁー。」
 
そう言って蓮(レン)に抱きついた私に、「よかったって・・・何が?」と蓮(レン)は小さな声でそういうと、ゆっくりと顔を上げ私を見た。
今日初めて蓮(レン)と、瞳が重なった。
今まで不安だった想いが、なぜか蓮(レン)の瞳を見たら、安心に変わっているのを私は感じてた。
 
「蓮(レン)がいてくれて。
私、蓮(レン)がいなくなっちゃったかと思ったの。
蓮(レン)にもう二度と逢えないと思ったら、何も考えられなくて。
こういう状況になってどうしよう。っていうよりも、蓮(レン)がいないことにパニックになっちゃった。」
 
そう言って蓮(レン)にさらに抱きついた私を蓮(レン)は、強い腕で抱きしめてくれた。
 
「何言ってんだよ。」
 
ボソと言った蓮(レン)の言葉。
 
「えっ?何?」
 
と言ってくっつけていた顔を上げて蓮(レン)を見た私の唇に、蓮(レン)は軽いキスをした。
 
「れ・・・ん?」
 
ビックリして驚く私に、蓮(レン)はいつもの強くて気品がある笑顔をした。
 
「別れるんじゃなかったのか?
確か昨日は、そんな事を言って、車を出て行ったはずだけど。」
 
っていって、すっごい意地悪な笑いをした蓮(レン)。
たまらず、私は蓮(レン)のお腹に拳を炸裂させた。
 
「もう!蓮(レン)の意地悪!」
 
だけど、何でかな?
また、涙が出てきちゃった。
いつもの蓮(レン)に戻った姿をみたら。
いつもの蓮(レン)に会えたら、ホッとしちゃったのかもしれない。
こんな信じられない状況になっても、蓮(レン)がいてくれたら。
いつもの、私を強引に牛耳っちゃう蓮(レン)がいてくれたら、どうにかなるかもって。
そう思えたから。
気が緩んじゃったら、どんどん涙は出てくるもので。
私は、さらに「ふぇーん。」と言いながら泣いちゃって。
そんな私に優しい言葉をかけてなぐさめてくれる。
って事はもちろんなくて、
 
「泣くなよ。ぶさいくが、さらにぶさいくになる。」
 
とまで言われて。
 
「バカ・・・。」
 
と泣きながら言い返すけど、でもわかってるから。
私の涙をぬぐおうと頬に触れた蓮(レン)の手が、少し震えていた事。
いたずらな瞳の奥に、私が泣いて少しオロオロしちゃってる光とか。
私の不安な気持ちをなんとかごまかしてやろうと、いつにもまして優しいキスをしてくれる事とか・・・。
今までもこういう蓮(レン)に逢っていたのかもしれない。
でも、今まで気付かなかった。
わがままな所や、力を見せ付ける所ばっかりが目立ってて。
それで、そこばっかりを不満に思っていた私は、蓮(レン)のこういう優しさを見落としていたんだと・・・改めて思ったの。
だって、蓮(レン)はもともと、こういう優しさを持つ人だったんだもんね。
私が彼にひかれたのも、華(ハナ)を助けてくれた、こういう優しさを持っていた人だったからなのに・・・。
なんでかな?
こんな大変な時なのに、私は幸せな気持ちになってた。
蓮(レン)の優しさに触れて、蓮(レン)を思う凍りついた気持ちが少し溶けた。
そんな感覚を感じてたの。
 
 
 
 
 
「つまり、こういう事か。
俺が今、里奈(リナ)の本当の家である村木家の息子になってて、里奈(リナ)が俺の本当の家である百合丘(ユリガオカ)家の跡取り娘。
って事は、お前は、里奈(リナ)の幼なじみって事か?」
 
今、私たちは、百合丘(ユリガオカ)邸の私の部屋に戻ってきてた。
こんな状態で学校なんて、行ってられないでしょ。
今、私たちの身に起こっている事を、とりあえず、ちゃんと把握しなきゃ。
って事で、神谷(カミヤ)も交えてお話中ってわけ。
蓮(レン)にいきなり、そういわれた神谷(カミヤ)だけど、
 
「あのさ・・・1つだけ言っていいか。」
 
と言った神谷(カミヤ)は、蓮(レン)にいきなり鋭い眼差しを向けた。
 
「悪いけど、俺、お前に偉そうにされる覚えないから。」
 
その言葉に、「はぁ?」とバカみたいな声を上げた蓮(レン)。
もちろん、「殴りてぇー。」と横を向いて言いながら、拳を握る神谷(カミヤ)。
まー、神谷(カミヤ)の思いもわかる。
今は、私につかえているわけで、神谷(カミヤ)にとっては、蓮(レン)って、いえば、全然知らない男なわけで。
そんなやつに、タメ口で話しかけられたり、そういえば・・・座席を蹴られてたっけ・・・。
これって、確かに、腹が立つよね。
でも、そんな事、蓮(レン)に言った所でどうしようもないと思うよ・・・。
って、思ったのは正解だったみたいで、
 
「そっちに覚えなくても、こっちにあるんだよ。
お前は、俺の幼なじみで俺の執事だ。
俺の命令は絶対だ。それは、変わらない。いいな。」
 
「んだとぉー!ふざけんなっ!!」
 
と立ち上がった神谷(カミヤ)に、「あっ、それから。」と蓮(レン)はすました顔で口を開くと、追い討ちをかけた。
 
「里奈(リナ)の事、呼び捨てにするな!
今まで、お前に取って、里奈(リナ)はそういう対象だったのかもしれないが、今日限りで止めてもらう。
里奈(リナ)は俺の女だ。
いいな。忘れるな。」
 
といって、コーヒーを普通に飲んでる蓮(レン)。
もちろん、こっちは、そんなテンションでいるわけがない。
 
「いい加減にしろよ。お前ぇー!!
何様だっ!!」
 
と叫んで殴りかかろうとする神谷(カミヤ)を、私は必死になって抑えた。
 
「お願い、神谷(カミヤ)!抑えて・・・ねっ。」
 
神谷(カミヤ)に抱きつく私。
蓮(レン)以外の人に、こんなにシッカリ抱きついた事ないよ。
と思いながら、私は赤面するどころか・・・必死だった。
必死で頼む私に、「わかり・・・ました。」と渋々言った神谷(カミヤ)は、自分の体から私を離すと、タメ息をつきながらソファーに座ってくれて。
それを見届けた私も、ホッと息を吐きながら、蓮(レン)の隣に座った。
 
「お前、いつから神谷(カミヤ)の事、呼び捨てになってんだ?
ずっと、神谷(カミヤ)さんだっただろ?
こっちの生活に慣れたって事か?」
 
って、もう!今、そんな事言ってる場合じゃないでしょ!って思うけど・・・。
何よ!その怒った目はっ!!
はいはい、わかりましたよ。
って事で、蓮(レン)の言う通り、答える事に。
 
「違うよ。元々、私は神谷(カミヤ)さんと2人の時は、こう呼んでたの。
土日になれば、彼が私の見張り役でずっと一緒だったでしょ。
それで、彼が言ってくれたのよ。
さんづけだと気を使うだろうから、呼び捨てでかまわないって。
蓮(レン)より、よく気が付くからね。神谷(カミヤ)は!!」
 
と最後はちょっとトゲをつけていったんだけど、「ふーん。」と軽く鼻で返事された。
ようは、あまり気になる話じゃなかったって事ね。
なんなのよぉー!!
とまー、文句は言いたいけど・・・もういい。
そんな事イチイチ言ってたら、蓮(レン)と一緒にいるなんて、体が持たないと知ったから。
だって、蓮(レン)は本当に・・・謎。
さっき、神谷(カミヤ)と喧嘩しちゃうくらい私を束縛したがってると思ったら、急に興味なさ気な態度を取ったり。
そういう蓮(レン)の謎な面が、今回分かればいいのにって。
蓮(レン)が私に対して想ってる本当の気持ちが、分かればいいのにって・・・。
そう願ったりした。
 
「それで?こうなったキッカケはわかったのかよ。」
 
と蓮(レン)に言われて、私は首を振った。
その姿を見た蓮(レン)は、今度は神谷(カミヤ)を見る。
 
「お前は?何か分かった事は?」
 
と偉そうに言った蓮(レン)の言葉に、神谷(カミヤ)の眉がピクと動いたけど、もう諦めたのかもしれない。
 
「いえ・・・何も。」
 
と力なく答えた神谷(カミヤ)。
 
「何かのキッカケで、こうなったはずなんだよな・・・。
一体、何だ?
里奈(リナ)か?それとも、俺か?
それすらもわかんねぇーって・・・一体、どうすればいいんだよ。」
 
蓮(レン)はそういうと、勢いよくソファーから立ち上がった。
とっさに、どこかへ行っちゃうと思った私は、蓮(レン)の服をつかんで引っ張った。
歩き出そうとしていた蓮(レン)は、クイと私に引っ張られ、「うわっ!」と言いながら私の方を見る蓮(レン)。
 
「なんだよ。」
 
と少し迷惑そうな顔をした蓮(レン)に、私は言えなかった。
どこにもいかないで。側にいてって・・・。
何も言えずに黙って下を向いた私。
力なくつかんでいた手も離した私に、蓮(レン)はフッと声を出して軽く笑うと、私の髪にポンと右手を置いた。
そのしぐさに、私は驚いて伏せていた顔を上げて蓮(レン)を見る。
さっきみたいな迷惑そうな瞳じゃなくて、優しくて強い蓮(レン)の瞳がそこにはあった。
 
「心配するな。側にいるから。」
 
蓮(レン)はそういって、ポンポンと私の髪を軽く叩くと、窓際へと移動する。
そして、窓から見える庭の景色を、壁にもたれながら見ていた。
私は、蓮(レン)の側にいたくて、立ち上がっていこうとしたの。
だけど、少し腰を浮かせた私の手に、神谷(カミヤ)の手が触れた。
驚いて神谷(カミヤ)を見た私に、神谷(カミヤ)はただ首を振った。
 
「なんで?」
 
と言った私に、「ホント、不思議なんだけど・・・。」と言った神谷(カミヤ)は、苦笑いを浮かべながら、今度は蓮(レン)を見た。
 
「俺さ・・・アイツがあそこで、あーしてる姿を、何度も見た気がするんだ。」
 
「えっ?」
 
と驚いた私に、神谷(カミヤ)は続けた。
 
「おかしいよな?そんな姿、見ているはずがないのに・・・。
だけど、勝手に俺の頭がわかってるんだ。
アイツがあーして、腕を組み、外を見ている時は、何かを考えている時だって。
真剣に何かを考え込んでいる時だって・・・。
まるで、俺の細胞が、そう教えてくれてるみたいにわかるんだ。」
 
「そう・・・なんだ。」
 
とした答えられなかった。
だって、ちょっと恐かったから。
蓮(レン)が今、何を真剣に考えているんだろうって。
私と別れる事?
それとも、もっと別の事?
今まで見たことがないくらい真剣な眼差しの蓮(レン)を見ていて、私は本当に心から・・・恐かったの。
しばらく、真剣な眼差しだった蓮(レン)の顔が、急に緩み、こちらに顔が移動した。
答えが出たわけじゃなく、考えても答えはみつからないと諦めた蓮(レン)は、こちらに戻ってこようとしたのかもしれない。
だけど、こっちを向いた蓮(レン)の目に、ある物が止まった。
蓮(レン)はそれに近づくと、手にとって見る。
そのまま、窓際に戻り、太陽の光にそれを照らす。
反射した眩しい光が、私と神谷(カミヤ)を照らした。
 
「なっ、なんだ?」
 
と驚いた神谷(カミヤ)と、
 
「眩しいー!!」
 
と顔をしかめた私。
そして、私たちはその光がした方を一斉に見た。
そこには、美しい光を放つ石と、それを真剣に見ていた蓮(レン)の姿があった。
 
「蓮(レン)、何して・・・。」
 
と言った私の言葉にまるでかぶせるように、蓮(レン)は口を開いた。
 
「これ、里奈(リナ)のか?」
 
それには、「うん。」と答えた私は、「綺麗でしょ。」と添える。
 
「お前、これをどこで手に入れた?」
 
ってその声がちょっと・・・恐い。
 
「なんで、怒ってるのよ。」
 
とビクビクしながら言った私に、
 
「いいから、答えろ!
いつ、どこで手に入れた!!」
 
って、だからぁー!!
 
「もう、怒鳴らないでよっ!」
 
と怒る私に、「里奈(リナ)、いいから・・・。」と言いかけた神谷(カミヤ)は、急にハッとして私から視線をはずすと、別の人物を見た。
それは、もちろん、蓮(レン)。
蓮(レン)が、すっごい目で、神谷(カミヤ)を見てた。
 
「わかってるよ・・・。」
 
とタメ息混じりにいった神谷(カミヤ)は、「里奈(リナ)ちゃん。」と口にして仕切りなおすと、さっきの言葉を言った。
 
「アイツの質問に答えるんだ。
正直に・・・いいね。」
 
「う・・・ん。」
 
と頷いた私は、蓮(レン)を見る。
 
「それは、昨日、華(ハナ)がみつけたんだよ。」
 
「華(ハナ)が??」
 
そう言ってすっとんきょうな声を上げた蓮(レン)は、「なんでまた。」と言ってくるけど、
 
「理由なんてわかんないよ。
蓮(レン)と別れたあと、華(ハナ)の散歩をしてて、それで華(ハナ)がみつけたの。
すっごく綺麗だったから、私持って帰ってきちゃって。
もしかして、それが、原因なの?」
 
だけど、「さーな。」と首をかしげた蓮(レン)は、その石を持ったまま、私たちの元に戻ってきた。
 
「だけど、今までと違ったものっていうのは、これくらいなんだろ?」
 
「う・・・ん。」
 
と曖昧な返事をした私に、「キミは?」と言った神谷(カミヤ)に、「あ?」と言った蓮(レン)。
 
「里奈(リナ)ちゃんに、原因があると断定するのはどうかな?
キミが原因って事もありえる。
キミも何かかわった事とか、なかったのか?」
 
だけど蓮(レン)は、「ねぇーよ。」とサラッと答えると、
 
「手ぇー、出せ。」
 
と神谷(カミヤ)に言った。
とっさに神谷(カミヤ)は右手を出す。
その手を強引に広げた蓮(レン)は、彼の手の上に、さっきのブルーの石を置いた。
 
「早急に、この石について調べてくれ。
この石を知れば、この石に隠されている力もわかるかもしれない。」
 
「キミは、これが原因だと言い張るのか?
こんな石に、どんな力があるっていうんだ。」
 
だけど、蓮(レン)は、「さぁーな。」と首をかしげると、神谷(カミヤ)に苦笑いを浮かべた。
 
「だから、お前に調べろって言ってんだよ。
俺はこの石の異常なまでの輝きが、気になんだよ。
こんな宝石みたいな輝きを放つ石が、道端に落ちてるなんて・・・。
どう考えてもおかしいだろ?
とにかく、金はいくらかかってもいい。
これについての情報を、収集しろ。
些細な事でも見落とすな。早急にな。」
 
あまりに熱心にいう蓮(レン)に、神谷(カミヤ)も降参したのか、
 
「ああ。わかった。」
 
と答えてた。
その時、部屋の電話が鳴った。
戸惑う私に、「お前が出ろ。」と蓮(レン)が、神谷(カミヤ)に顎を使ってそう言った。
「ああ。」と答えた神谷(カミヤ)は、立ち上がると電話に出た。
 
「はい。それで?」
 
最初は穏やかな口調で話していた神谷(カミヤ)だったけど、
 
「ちょっと、待って下さい。
今、それは・・・」
 
と叫んで・・・受話器を置いた。
その空気がなんか・・・重い?
 
「神谷(カミヤ)?」
 
と聞いた私に、神谷(カミヤ)はゆっくりと振り向くと、私を見た。
 
「本日、奥さまのお知り合いの方々がお見えになるパーティーがあり、そこに飾るお花を旦那さまが生ける予定だったのですが、急なお仕事で戻れなくなったと。
それで、代わりに、里奈(リナ)さんに生けてもらうようにと、旦那さまからご連絡があったようで。
和室にお花などご用意しているので、来ていただきたいとの事でした。
里奈(リナ)さん・・・花は生けたことは?」
 
って、そんなの無理に決まってるじゃない!
 
「無理に決まってるでしょ!できるわけないよ!!」
 
と首をブンブン振る私に、
 
「だけど、言葉遣いも基礎がなってたし、今紅茶を飲む時のお手並みも、しっかりしてたから、作法はできるかと思ったけど。」
 
って言われたらもちろん、言い返しちゃう。
 
「作法と生け花は全然違うでしょ。
花なんて生けた事ないよ。」
 
と言ったあと、もちろん、側にいる彼にすがる私。
 
「れーん!どうしよう。私無理だよぉー!!」
 
蓮(レン)に抱きついて泣く私に、
 
「わかった、俺が生けてやる。」
 
と力強い言葉。
だけど、「問題はまだあるんだよ。」と重い神谷(カミヤ)の言葉。
 
「何?」
 
とビクつきながら聞いた私に、神谷(カミヤ)はもう一つの課題を言った。
 
「一緒に食事をするように言っていた。
ドレスも時期に部屋に届けさせるから、それを着て5時にパーティー会場へ降りてくるようにと・・・。」
 
「そんなぁー。」
 
と情けない声をあげる私の頭を、蓮(レン)はまたポンポンと軽く叩いた。
 
「それは心配ない。
里奈(リナ)には、ある程度のマナーは学ばせてある。
オフクロの友達程度がする食事の枠は、決まってる。
難しい食材は出てこないだろう。
充分、里奈(リナ)でも、できるから、心配はない。」
 
と言ってくれるけど、「だけど・・・。」と神谷(カミヤ)はまだ何かを言いたそう。
 
「何だ?ハッキリ言えよ。」
 
少し声を荒げていった蓮(レン)に、「なら言うけど。」と神谷(カミヤ)は言うと、彼が引っかかっている事を言った。
 
「きっと、華の生け方について、客に聞かれるはずだ。
それに、里奈(リナ)ちゃんは、答えられるのか?
無理だろ?そういう事を考えたら、今日の食事会も花を生けるのもやめておいた方がいいと思う。
体調が悪いとか言って、やめよう。」
 
と言ってくれるけど、「いや。」と蓮(レン)は首をふる。
 
「いずれは、里奈(リナ)はこういう世界に入るんだ。
この3ケ月、俺の言いつけを守ってひたすら頑張ったお前の力を発揮する時がきたんだ。
大丈夫。何も心配しなくていい。
お前の側には俺がいる。
俺がちゃんと、お前を守ってやるから。」
 
蓮(レン)はそういうと、私を自分の胸に寄せた。
さっきまで、恐くて少し震えていた私の手が、蓮(レン)の鼓動を感じた途端、止まった。
蓮(レン)がいてくれたら、何だってやれる・・・。
そんな錯覚を起こしてしまうくらい、私は蓮(レン)の腕の中で安心してた。
 
「どうなっても知らないからな。」
 
と呆れた口調でそう言った神谷(カミヤ)に、
 
「お前にも多少は協力してもらう。
力をかせよ。」
 
と偉そうな蓮(レン)。
 
「生意気なガキだな。」
 
と神谷(カミヤ)は言いつつ顔は・・・嬉しそう。
今からみんなを騙す大きな舞台が始まる。
私はこんなにビクついているというのに、この2人ときたら、ビクつく所か楽しんでるんだもん。
ホント・・・末恐ろしい2人だわって思う。
でも、今は、この2人がいてくれて良かったって思う。
私には力強い蓮(レン)がいる。
そして、蓮(レン)には、力強い神谷(カミヤ)がいる。
このトライアングルが、とても嬉しく思えたの。
 
「失礼致します。」
 
そんな声がして扉が開いた。
その声と同時に、蓮(レン)は私から手を離し、入ってきたメイドには、私と蓮(レン)の関係はバレなかった。
 
「お嬢さま。ドレスの衣装合わせをしたいのですが。
よろしいですか?」
 
「あー・・・うん。」
 
と答えた私は蓮(レン)を見た。
 
「ああ。行ってこい。」
 
小声でそう言って私の肩をポンと叩いた蓮(レン)。
 
「俺たちはここにいるから、ユックリ見ておいで。」
 
神谷(カミヤ)のその言葉に、「うん。」と頷いた私は、その部屋を出た。
出て、数歩廊下を歩いていたんだけど、携帯を持っていないことに気付いた。
蓮(レン)が側にいないぶん、もし何かあれば、蓮(レン)に電話をしたいから。
だから、携帯は肌身離さす持っていたい。
 
「ごめんなさい。忘れ物しちゃった。
ちょっと、待ってて。」
 
私はメイドにそういうと、今来た道を戻った。
そして、重い扉をホンの少し開けた時だった。
 
「ところで神谷(カミヤ)。
お前、里奈(リナ)に、ここでの生活の事、どこまで話たんだ?」
 
蓮(レン)の・・・声?
私はそう思いながら、中をそっとのぞいた。
見るからにさっきと、雰囲気が違ってる部屋の空気。
蓮(レン)はソファーにどっかり腰をかけて、両腕を組み、足も組んでる。
そして、神谷(カミヤ)はというと、さっきまでの穏やかさはなくなって、蓮(レン)と同じくらい、顔に笑顔がなかった。
 
「その事なんだけど、ちょっと、気になってな・・・。」
 
そう言った神谷(カミヤ)に、「何が?」と蓮(レン)は聞いた。
 
「こんなすごい事が起ってる原因は、元の生活での、アンタと里奈(リナ)ちゃんにあるんじゃないかと、ピンときた。
だから、彼女に聞いた。
元の生活での、お前と彼女の関係を。
どういう生活をしていたのか・・・。
それを聞いておかしいと思った。」
 
それについて、蓮(レン)は何も答えなかった。
ただ、黙って、神谷(カミヤ)を見てた。
 
「お前・・・彼女に、何も話してないだろ?」
 
そういわれた蓮(レン)は、組んでいた足を解くと、そのまま体を横に回転させて、ソファーに足を乗せた。
そして、今度は背中を倒して、ソファーに横になった。
顔は天井に向けて、目をつぶる。
そんな彼を見ながら、神谷(カミヤ)は続けた。
 
「お前、なんで、婚約者がいる事を言わないんだ。」
 
こん・・・やくしゃ??
一瞬、その言葉の意味って、何だっけ?って思っちゃうくらい、私はとっさに理解ができなかった。
だって、私は蓮(レン)とつきあってるんだよ。
だけど、蓮(レン)には婚約者がいるの?
頭が・・・うまく回らなかった。
立っている足がガクガクする。
それを必死で抑えて、私は壁に手を付きながら、頑張って立ってた。
 
「今の彼女には、婚約者がいる。
彼女の18歳の誕生日に、正式に婚約を行い、彼女が高校卒業後、結婚する。
つまり、それはそっくりそのまま、キミの人生だ。
彼女から聞いたんだ。
彼女の誕生日は、俺たちが知っている6月6日じゃない。
10月3日だと・・・。
だけど、ここでの彼女の誕生日は、6月6日になってる。
もともと、6月6日は、キミの誕生日なんだろ?
なぜ、それだけが、入れ替わらなかったのか。
それが不思議でならない。」
 
それを聞いた蓮(レン)は、顔を天井から神谷(カミヤ)の方に移動させた。
 
「もしかしたら、その6月6日がタイムリミットかもしれないな。」
 
そう言った蓮(レン)に、「えっ?」と聞いた神谷(カミヤ)。
キョトンとしている彼に、蓮(レン)は言った。
 
「こうなった狙いはわからない。
だけど、元に戻るには、何かが起こらないと戻らないのかもしれないな。
そして、そのキッカケは、たぶん6月6日の俺の誕生日。
その日までに、何も見つけられなければ、俺たちは一生このままだろうな。」
 
「待てよ!って事は、もし、何も得られなかったら。
そしたら、里奈(リナ)ちゃんは、わけもわからないまま、金持ちの男と結婚させられて、この屋敷での生活を強いられるって事か?
そんなの無理に決まってるだろ。」
 
「わかってる!!」
 
そう言った蓮(レン)の声は、とても大きくて強かった。
こんなに荒れた声を上げた蓮(レン)を見たのは、初めてだった気がする。
叫んだ蓮(レン)は、体を起こすと、神谷(カミヤ)の前に座った。
 
「アイツに、こんな過酷な生活、させたくねぇーんだ。
だから俺は、絶対に何が何でも、この1ケ月の間に暴いてみせる。
元に戻れる方法を・・・。
そして、その間、里奈(リナ)を守り通してみせる。
アイツに、俺の人生を味わわせたくないんだ。
アイツの涙は見たくない。」
 
そして、蓮(レン)は、神谷(カミヤ)を真っ直ぐな瞳で見た。
 
「だから、神谷(カミヤ)。
里奈(リナ)には、絶対に婚約者の事はいうな。
あと、他の事もだ。」
 
「他の事?」
 
と言った神谷(カミヤ)に、「とぼけんなよ。」と苦笑いをした蓮(レン)は、前かがみになると、神谷(カミヤ)の着ているスーツの内ポケットに手を突っ込み、ある物を拝借した。
箱から、1本、白い物体を抜き取ると、それを加える。
それを見た、神谷(カミヤ)は、当たり前のように、ポケットからライターを取ると、蓮(レン)の加えている物に、炎を近づけた。
ジリジリと焼ける音と、焦げ臭い匂いがした。
 
「未成年がタバコだなんて、驚かねぇーのか?」
 
と笑いながらいった蓮(レン)に、「そうだな。」とこれまた笑って答えた神谷(カミヤ)は、テーブルに置いてあったタバコから、1本抜くと、自分も吸った。
 
「でも、これも、すんなり受け入れられた。
きっと、いつもお前が俺のここから、さっきみたいに抜き取ってたんだろ?
そして、俺は、当たり前のように、お前に火を灯してた。違うか?」
 
それに答えるかわりに、蓮(レン)はただ、笑ってタバコをふかしてた。
 
「さっきの事だけど・・・・。」
 
と蓮(レン)は口にして、遠くを見ながらタバコの煙を吐いた。
 
「くれぐれも、里奈(リナ)には言わないでくれよ。」
 
だけど、神谷(カミヤ)は納得しなかった。
 
「どうして?いえばいいじゃないか。
里奈(リナ)ちゃんを、本気で愛してる。
彼女との未来を考えてる。
だから、彼女を、縛り付けてるんだって。
自分のパートナーとして、この百合丘(ユリガオカ)の人に認めてもらうために、彼女にありとあらゆる能力を教え込もうとしてたんだろ?
婚約させられる誕生日までに・・・、あと、1ケ月以内に、彼女を旦那さまが認める女性に仕上げないとって、焦ってたって。
頑張ってくれないと、自分は決められた女性と婚約させられるって。
正直に、彼女にそういえばよかったんだ。
父親の部下が、いつ、里奈(リナ)ちゃんを調べるか、わからない。
その時に、彼女がつきあっている人間関係。
彼女が身につけているもの。
彼女の私生活。
そう言ったものを、旦那さまに報告されたら、別れさせられるかもしれない。
だから、彼女の全てを支配したんだって。
ちゃんといえば、彼女はわかってくれたんじゃないのか?」
 
だけど、蓮(レン)は、「そんな事、言えるわないだろ。」と弱々しい声でそう言った。
 
「なんでだ?」
 
神谷(カミヤ)の言葉に、蓮(レン)は伏せていた顔をあげると、神谷(カミヤ)に寂しそうな顔で言ったの。
 
「俺たちまだ、18だぞ。高校生なんだ。
まだまだ、先の人生長い。
それなのに、里奈(リナ)に俺と同じ人生を歩んでくれって言えるわけねぇーだろ?
こんな苦労の二文字しかないような窮屈の塊みたいな世界に、アイツを引き込むことなんて俺にはできなかった。
アイツには、いつも笑顔でいてほしかったんだ。」
 
「おまえ・・・。」
 
蓮(レン)と同じくらい寂しい声を上げた神谷(カミヤ)に、蓮(レン)は少し笑顔を向けると、今度は昔を懐かしむような笑顔になった。
 
「最初に逢った時、ずぶぬれの俺をみて、アイツ言ったんだ。
『バカじゃないの?犬より濡れてどうすんの?』って。
百合丘(ユリガオカ)の、時期家元に向かってだぞ。
俺の周りには、そんな言葉を投げてくれるのは、幼なじみのお前しかいなかった。
間違った事をしても、理不尽な事をしても、誰も逆らわなかった。
俺はそういう“特別視”されるのが、何よりも嫌だったんだ。
だけど、里奈(リナ)は違った。
俺を指さして、大笑いした里奈(リナ)の顔、今でも鮮明に覚えてる。
アイツの笑顔を、ずっと見ていたいって。
この笑顔を、俺は守れる男になろうって。
だけど、結局、俺は里奈(リナ)にいう勇気がなかっただけなのかもな。
本当の事を言って、アイツが、俺の前から消えることが恐かっただけなのかもしれない。
現に俺は、里奈(リナ)を守りたいといいながら、オヤジに認めてもらう為に、アイツの個性を塗り替えようとしたんだ。
アイツの生活も、アイツの感情も否定して。
アイツが、俺に愛想つかしたのも当たり前だよな・・・。
俺は、結局、里奈(リナ)を守れなかった・・・。」
 
そう言って、情けない笑いをした蓮(レン)に、
 
「なら、今度は守ってやれよ。」
 
神谷(カミヤ)のその言葉に、「えっ?」と彼をみて聞き返した蓮(レン)に、神谷(カミヤ)はすごく暖かい笑顔を向けた。
 
「今度は、彼女がお前と同じ苦しみを味わうんだろ?
だったら、お前しか、救えないよな?
どんな時に、どんな苦しみが襲うか、お前になら予測がつくだろ?
自分で言ってたじゃないか。
彼女にはいうな。彼女は俺が守るって。
なら、やって見せろよ。
1ケ月の間、彼女が悲しい思いしないように、お前が守り抜け。」
 
「神谷(カミヤ)・・・。」
 
「彼女は、お前にまかせるよ。
俺は、こいつの秘密を暴いてみせる。」
 
そう言って、神谷(カミヤ)は手に握っていた石を、強く握った。
それを見た蓮(レン)も、「ああ。」といいながら、少し笑顔になる。
 
「期待してる。」
 
と言った蓮(レン)に、
 
「俺も、里奈(リナ)をお前が守ってくれるって、信じてるからな。」
 
と言ってきて。
友情が芽生えたのかと思ったけど、ホント信じられないくらい些細な事が許せないのが、蓮(レン)なのよね。
いい雰囲気だった空間が、またピリピリと張り詰めちゃって。
 
「俺・・・何か、やばい事言ったか?」
 
と言いつつ、笑っている神谷(カミヤ)。
この笑い、気付いてるでしょ!って突っ込んじゃうくらい、神谷(カミヤ)の笑いは変だったの。
そして、それは、どうやら、蓮(レン)もわかったみたいで。
 
「おまえぇ〜、わざと言っただろ。」
 
と呪いの声を上げた蓮(レン)だけど、「ん?」ととぼけた神谷(カミヤ)。
そのなんともオマヌケな顔に、蓮(レン)はキレた。
 
「里奈(リナ)って呼ぶなって、言ってんだろが!!」
 
と叫んで、胸ぐらをつかんだ。
それから、とっくみあいの喧嘩が始まり私は、中に入る気力も失せて、扉をそーっと閉めた。
 
「ホント、くだらない・・・。」
 
とつぶやきながら、私はクスと笑っちゃう。
蓮(レン)と神谷(カミヤ)の話は、驚く内容が多かった。
蓮(レン)の結婚とか、色々。
でも、聞けてよかったかなーって、思ってるの。
だって、蓮(レン)が、私を束縛していた理由がわかったから。
蓮(レン)が抱えていた事を知ってね、私思ったの。
蓮(レン)の生活を見てみたいって。
外から見たら、贅沢で幸せいっぱいの生活に見れるセレブの生活。
でも、中はとても大変って事?
蓮(レン)が、必死で私に言うなと言っているお家事情を、知りたいと思ったの。
それが、結果的に蓮(レン)を知ることであり、それが、この不思議な状態から出られる糸口のような気がしたから。
私は、携帯を諦め、待たせてあるメイドさんの元へと向かって行った。
 
 

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