9                 〃      最終章
2008.02.24 Sun. 
内容までは、教えてくれなかったけど・・・。
って・・・リュファイさんの話をしてる場合じゃなかった!!
 
「よかったー。リュファイさんに逢えて・・・。」
 
私は、ホッとした吐息を吐くと、立ち上がりリュファイさんにお願いした。
 
「どうしても、アリシエさんに、逢いたいんです。
取り次いで、もらえないでしょうか?」
 
そして、深々と頭を下げる私に、「えっ?」と驚きの声を上げたリュファイさん。
その声が、本気で驚いているみたいだったから、私も変に思って顔を、そーっと上げてリュファイさんを見る。
私を見ているリュファイさんの瞳。
やっぱり、すっごい驚いてる。
なんで??
訳がわからず、私は体を起すと、そのまま、首を横に傾けた。
なんか・・・状況がすれ違ってる?
と気付いても、私は、ただただ戸惑うだけ。
でも、リュファイさんは流石(サスガ)!!
これ以上、こじれちゃう前に、手を打ってきた。
 
「歩きながらで結構ですから、状況を少しお話いただけますか?」
 
リュファイさんの言葉に私は、頷く。
それを見た彼は、ソファーに置かれていた私の荷物を取ると、エレベーターホールへ向かって歩き出した。
 
 
 
アリシエさんの部屋は、最上階の35階。
そして、私たちは今、エレベーターを降りた所。
部屋へと続く、長い長い道を今から歩こうとしてる。
そして、私は、今・・・言葉を失っていた。
リュファイさんから、色々聞いたの。
今のアリシエさんの状況を・・・。
私の訪問に応答がなかったのは、寝込んでしまっているから。
2日前・・・。
私がアリシエさんの元を訪れなかった日、アリシエさんは私を心配して、一晩中、街をさまよってた。
そして、昨日は、昼間に大事な会合があるからと、リュファイさんが呼び戻し、戻ってはきたけど、それが終わるとまた出て行き、戻ってきたのは、今朝9時頃だったって。
たぶん、今朝も会社の前にいたんだと思う。
でも、私が出社しないから、諦めて戻ってきたんだよね。
そして、ホテルに戻って来たカレは、高熱でダウンしてしまった。
電話に出なかったのは、体調のせいで、避けてるのではないので、心配いらない。とリュファイさんは言ってくれた。
だけど、私の心は、何かしこりがあるみたいで、スカっと晴れなくて。
なんだろう?って思ってたんだけど、今気付いた。
このひっかかりは、アリシエさんの体の事。
実は、リュファイさんの話によると、40度を超えるほどの高熱なのに、医者の受診を拒否して、市販の風邪薬を飲んでるみたいなの。
 
「今日1日様子を見て、回復されないようなら、明日医者を呼ぶとお伝えしてるんですが・・・。」
 
とリュファイさんは言ってたけど、アリシエさんって、明後日には帰っちゃうんだよ。
そんな悠長な事、言ってて大丈夫なの?
向こうに帰ったらすぐに、大きな手術の執刀をしなきゃいけない。ってアリシエさん言ってた。
その手術を、雪さんが何度か執刀しているから、そのデーターを見る為に、日本に来たと言っていたのに・・・。
こんな体で帰って、手術なんてできるの?
やっぱり、今すぐ医者に診てもらった方がいいに決まってる!!
そう思った私は、「あの・・・。」と少し前を歩いているリュファイさんを呼んだ。
私の声に、気付いたリュファイさんは、
 
「どうかなさいましたか?」
 
と心配そうな顔で、私の方に振り返った。
よし!言うぞ!!
って思った時、突然、私の携帯が鳴った。
バイブにしてるから、「ブブブブブー。」と響く音を奏でる携帯。
もう、こんな時に!!
と思いながら、「すみません。」と1言断って私は携帯をポケットから引っ張り出す。
発信主は・・・。
 
「ありささん?」
 
私はそう言いながら、歩いていた足を止めると、少し入りくんだ場所へと移動した。
そして、通話ボタンを押した私は、自分の口に手を当てて、声をこもらせ、小さな声でも、ちゃんとありささんに届くようにした上で声を出した。
 
「ありささん・・・一体、どうしたんですか?」
 
ありささんっていうのは、簡単にいうと、製薬会社の社長をしている人で、桜や雪さんの知り合い。
で、私も桜つながりで、仲良くさせてもらってるの。
それにしても、珍しいなー。
って思いながら話を聞いていると・・・。
どうも、仕事の依頼みたい。
 
「今日、桜さんの家で、すみれちゃんが作ったアレンジメント見たのよ!
それで、来月に我が社が主催するパーティーがあるんだけど、それに作ってくれないかなって思ってね。」
 
褒めてくれたのは、嬉しい。
でも、パーティーに置く花なんて、恐れ多いよ。
という事で、私は、悪いと思いつつ、お断りをする。
 
「せっかくだけど、私には荷が重過ぎます。
本当に、ごめんなさい・・・。」
 
と謝っているのに、「ねぇー。」とありささんはいうと・・・。
 
「今、どこにいるの?」
 
って・・・思わず、携帯を落としそうになったよ。
人の話、聞いてる??って言いたかったけど・・・さすがに、3つも年上のありささんには言えない。
かといって、本当の事も・・・言えない。
だから、「ちょっと・・・。」と言って濁す。
でも、運悪く、向こうからホテルの人が来て、私とすれ違いざまに、
 
「ごゆっくり、おくつろぎ下さいませ。」
 
と頭を下げられた。
そして、その声は、もちろん、ありささんの耳にも届いちゃって・・・。
 
「ホテルにいるの?
・ ・・あっ!!もしかして、アリシエさんが宿泊してるホテルとか?」
 
「なっ!!なんで知ってるんですか!!」
 
と思わず声を上げちゃう私。
私の悲鳴に、リュファイさんがパッと、こっちを見たから、私は我に返った。
ヤバっ!!慌てて、空いている方の手で、口を隠す。
焦っている私を、電話の向こうで感じたありささんは、「図星ね。」と笑いながらいうと、「あっ!いい事、思いついた!!」いうと、こんな提案をしてきた。
 
「私、すみれちゃんの力になってあげるよ!
だから、その代わり、アレンジメントして!ねっ!!」
 
って嬉しそうに言ってるけど・・・。
 
「強引・・・。」
 
とつぶやきながらも、私は、「あっ!」と口にする。
今、ありささん、力になってくれるって言ったよね?
ありささんは、製薬会社の社長。
という事は、市販の薬よりも、効力が高いものが手に入るよね!
そう思った私は、ありささんに頼んだの。
 
「ありささん!強い解熱剤をくれませんか?」
 
それに対してありささんは、私に何があったのか聞いてきた。
私は、状況を話したの。
黙って聞いていた彼女は、私が話し終るとすぐに、
 
「わかった。ホテルの場所教えて。
よく効く“ヤツ”を送るから。」
 
と言ってくれた。
その時の、ありささんの意味ありげな笑いに私は全然気付かずに、電話を切った。
そして、20分後、ホテルの部屋に訪れた“ヤツ”に、私もリュファイさんも驚いたの。
 
 
 
眠っていても、聞こえていた自分の荒い呼吸が、やがて聞こえなくなった。
寒くて縮こまってガタガタと震えていたのに、いつの間にか寒さが治まっていた。
小さくコンパクトに折られていた俺の体も、気付けば今は、手も足もしっかり伸ばせてる。
俺は仰向けに寝るのがあまり好きじゃないのに、なぜか、今は仰向けで眠っているのか?
背中と布団がこする面が、痛くなってきた。
長い間、接している証拠だ。
でも、体を動かそうにも、体に上手く力が入らない。
足が、動かないんだ。
右手を少し動かしてみる。
指先は動く。
でも、腕があまりあがらない。
これは・・・夢か??
俺は、そんな事を思いながら、ユックリと重いまぶたを開けた。
ぼやけていた視界だったのが、徐々に焦点が合って来る。
薄明かりでも、焦点さえ合えば、ここがどこかはわかった。
ホテルの俺の部屋だ。
確か俺、高熱でうなされてて・・・。
そう思った時、頭にズキーンと鋭い激痛が走った。
 
「いっ・・・・。」
 
とうなりながら、眉間にシワを寄せる俺の額の上に、冷たいタオルが置かれた。
置いた後、ギュッと俺の額を抑えて、濡れタオルを俺の額に密着させたあと、その人物は手を離した。
俺は、タオルが落ちる事も気にせず、顔をユックリと横に向けた。
俺は、てっきり、リュファイがやってくれているのだと思ってた。
でも、そこにいたのは、予想外の人物だった。
 
「お前・・・。」
 
目の前に居る人物にそう言った俺に対して、その男は、安心したスマイルをした。
 
「どうやら、回復したようで、よかったよ。
お前、肺炎になりかけだったんだからな。
医者でありながら、風邪を甘く見るなんて、風邪を引くことよりも、恥ずかしい事だぞ!」
 
と言ったそいつは、使った注射器などをバックに直した。
俺はそんなこいつの行動を見ながら、疑問でさ・・・。
だから、聞いたんだ。
 
「どうして、海(カイ)がここにいるんだ?」
 
海(カイ)は、秋と雪の腹違いの兄弟で、今は、秋が院長を務める病院の外科医として働いてる。
雪たち3人兄弟は、ホント仲がいいんだ。
兄弟っていうより、ツレって感じの乗りだけどな。
だから、俺とすみれちゃんの事もきっと、雪から聞いているはずだ。
そして、ここに来る事も、反対されたはずなのに・・・。
だけど、海(カイ)は、
 
「そんなの決まってるだろ?」
 
と明るい声で言うと、バックをバチンと音を立てて閉じ、俺を真っ直ぐに見た。
 
「困ってる患者を、ほっとけなかった。
ただ、それだけだ。」
 
海(カイ)はそう言ったあと、俺の額から落ちたタオルを拾うと、また、俺の額に乗せた。
 
「なんてな。そういえば、かっこいいけど、実は、違うんだよ。」
 
「えっ?」
 
と驚く俺に、海(カイ)は、少し顔を赤くしながら言った。
 
「俺が、惚れてる女からの頼みだったから、断れなくてね。
悪いが、お前は、俺の高感度を上げる為に利用されたの!」
 
って言われてもな、怒る気にもならないよ。
それは、海(カイ)がどんな事を言おうとも、最初に言った理由。
つまり、困ってる患者をほっておけなかった。っていうのが、海(カイ)の本心だとわかってるから。
だから、俺は怒る気が起こらなかった。
でも、もう1つ、あるんだ。
俺が、海(カイ)の言葉に、アハハと笑えたのは。
それは、今の俺にはわかるから。
好きになった女が、自分を見てくれない空虚感をね。
何とかして、こっちを見てほしい。
愛してほしいって、そう願う男の気持ち、今の俺にはイヤって程わかるから。
だから、海(カイ)が言っている話も、俺には、すごくわかったんだ。
 
「海(カイ)・・・ホントに、ありがとな。」
 
俺がそう言って、海(カイ)に笑いかけた時、
 
「すみれ様、わたくしもお手伝いいたしましょうか?」
 
というリュファイの声が、隣の部屋から聞こえて来た。
今、リュファイのやつ、『すみれ様』って言わなかったか?
す・・・み・・・れ・・・??
まさかっ!来てるのか??
そう思った瞬間、俺は必死で、体を起そうとしたんだ。
力を入れて。
でも、体が動かない。
びくとも動かないんだ。
 
「くっそ・・・なんで!!」
 
悔しい顔でそう嘆く俺に、海(カイ)は、「無理もないだろ。」と呆れた声で言ってきた。
 
「お前、何十時間、40度を超える高熱に耐えてたと思ってんだよ。
後遺症で、体の神経が麻痺して、しばらく力も入らないはずだ。
それに、頭だって、負担がかかってたんだ。
しばらく、脳を使わない方がいいぞ。
でないと、さっきみたいに、激痛が走るからな。
明日には、今よりは動けるようになると思うから、今日は安静にしてちゃんと寝てだな・・・って・・・おいっ!
言ってる側から、動こうとするなよ!
おい、アリシエ!!」
 
温厚な海(カイ)が、声を荒げて俺を呼ぶ。
だけど、俺はやめなかった。
俺の左腕には点滴がくっついているけど、俺はそのまま、左腕を必死で動かした。
もちろん、動かない。
でも、それでも俺は、体のどこかでもいいから、動け!と願って、必死で体を動かそうとした。
そしたら、右足がホンの少し動いた。
これに賭けるしかない。と思った俺は、全神経を右足に集中させた。
今度は、かなり大きく右足が動き、ベッドからズルっと落ちた。
その勢いで、俺は体ごとベッドから落ちた。
もちろん、左腕の点滴は針ごと抜けた。
 
「お前、何、やってんだよ!!」
 
俺の腕にふれて、俺をベッドに戻そうとする海(カイ)に、俺は、少し動いている右足で、海(カイ)の足を蹴って抗議する。
もちろん、俺が蹴る力なんて、緩いものだった。
それでも、俺は、抗議したんだ。
来るな!俺を止めるなって!!
 
「アリシエ・・・お前・・・。」
 
俺の必死さがわかった海(カイ)が、ひるんだ。
その時、俺は、必死で叫んだんだ。
 
「いるんだろ。・・・すみれちゃん!」
 
って。でも、叫んでたつもりでいたのは、俺だけ。
高熱のせいか、どれだけ叫んでも、声はかすれ、言葉を吐いてるんじゃなくて、息を吐いてるに等しいくらい、俺の声は弱々しかった。
こんなんじゃ、到底、隣の部屋にいる彼女に聞こえるわけがない。
 
「声が・・・出ない・・・なんで・・・。」
 
俺は心から悔しがった。
今すぐ走り出して彼女の元に行きたいのに、体は動かない。
彼女を呼んで、こっちに来てもらおうにも、声が出ない。
だけど、そんな事で、俺は諦めない!
やっと見つけたんだ。
リュファイ以外はみんな敵である、あのローゼン家で、俺のオアシスとなってくれる女性を・・・。
だから、俺は・・・絶対に、諦めない。
そんな俺の強い思いが、俺の右足に宿った気がした。
さっきよりも、少し大きく動くようになった右足を使って俺は、必死でじゅうたんを這ったんだ。
ズルズルと、動く右足だけを動かして・・・。
俺が目指す扉まで、まだかなりの距離があった。
だけど、急に、俺の目の前に、足が現れたんだ。
残念ながら、扉は開いていない。
この足は、俺と同じ空間にいる人物の物だと断言できた。
だから、俺は、そいつの顔を見る前に言ったんだ。
 
「邪魔だ・・・どけっ!海(カイ)!」
 
って、かすれた声でな。
だけど、海(カイ)は俺の声がまるで聞こえなかったかのように、その場に立ち尽くしていた。
腹が立った俺は、首を上に上げると、顔を見上げた。
てっきり、怒ってるのかと思ったんだ。
助けてやったのに、こんなムチャしてる俺をひどくにらみつけてるんじゃないかって。
だけど、俺を見る海(カイ)の目は、怒りよりも、温かくて、そしてちょっと・・・呆れてた。
 
「お前には、負けたよ。」
 
ため息交じりで、そう言った海(カイ)は、俺の顔を床にゴンとつけた。
 
「大人しくそこで、寝てな。
彼女・・・連れて来てやるからさ。」
 
と言ったあと、海(カイ)は俺の頭から手を離し、部屋から出て行った。
それから、すぐに、誰かが入ってきた。
暗くて、顔はわからない。
でも、シルエットでわかった。
俺が、待ち焦がれていた女性だったから。
俺は伏せていた顔をあげると、必死で声を出した。
 
「す・・・みれ・・・ちゃん。」
 
俺は、そう叫びながら、1歩前に進んだ。
そんな俺の元に、彼女はかけてきて、俺を抱きかかえるようにして、俺に抱きついてきた。
 
「これ以上・・・自分を傷付けないで・・・。
ちゃんと、寝てなきゃ・・・。」
 
俺を強く抱きしめて、俺の耳元でそう言った彼女の声は少し、泣き声になっていた気がした。
だけど、ごめんな。
今は、彼女を気遣う余裕はない。
俺自身の感情で、手がいっぱいだったから。
彼女の胸に押し当てられた俺のもう一つの耳から聞こえる、彼女の鼓動。
そして、彼女のぬくもり、彼女の声・・・。
それを、実感したら、俺は、自然と笑ってた。
 
「やっと・・・逢えた・・・・。」
 
心底、ホッとした俺は、そう言ったあと、意識を失った。
次に俺が目を覚ましたのは、日本に来て、6日目の早朝だった。
 
 
 
 
静かなこの部屋で、聞こえるのは、たった2つの音。
カチカチカチ・・・秒針の音。
そして、もう1つは、スースースー・・・アリシエさんの寝息の音。
今は、午前6時を少し過ぎた所。
私は、ベッドのきわの床に座り、アリシエさんの手を握っていた。
そして、もう一方の手では、メールを打っていた。
送信先は会社。
アリシエさんは、明日には帰国してしまう。
私たちに残された時間は、もう少ない。
だから、私は、離れたくなかった。
運よく、有休はまだまだあるし、メールさえ送っておけば、特に問題ない会社なんで。
私は、今日と明日は、会社を休むとメールしたの。
『送信しました』のメッセージを見届けてから、私は携帯を二つ折りにする。
パタンと音を立てて、小さくなった携帯を、私は床に置き、アリシエさんに目を向けて・・・。
 
「あっ・・・気がつきましたか?」
 
いつの間にか、目を覚ましていたアリシエさん。
意識がまだ、もうろうとしているのか、ボーっとした瞳で私を見てた。
私は膝立ちして、彼の顔に、自分の顔を近づける。
彼の瞳はというと、私の動きを追って、こっちを見ていた。
 
「気分・・・どうですか?」
 
そう言いながら、私は、彼の額に乗っているタオルに手を差し伸べる。
冷たかったタオルが、ぬるくなってる。
まだ、完全に熱は下がってないんだ。
と思いながら、タオルを水の中につけた。
彼は、私の質問に対して言葉で答えず、ただ何度か瞬きをし、そして、少しだけ笑った。
その笑顔に、ホッとした私は、「よかった。」と声を上げながら、深いタメ息をついた。
 
「・・・っと・・・たの・・・・か?」
 
突然、声を出したせいで、彼の声帯は正常に機能しなかった。
所々しか言葉にならなかったせいで、私は彼のいいたい事がわからず、悪いと思いながら「何?」と聞いた。
すると、彼は、一度咳をして、気管に入り込んでいた邪魔な空気を外に排除した上で、もう一度口を開いた。
 
「ずっと・・・いてくれたのか?」
 
それが、言いたかったんだ。
彼の言いたい事がわたっただけで、何か嬉しくて私は、自然と笑ってしまう。
 
「うん・・・側にいたかったから。」
 
私は素直にそう答えると、握っている彼の手を持ち上げて、私の頬にくっつけた。
彼の熱い体温を体で感じると、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 
「本当にごめんなさい・・・。
こんな目に合わせてしまって・・・。」
 
私は必死で謝った。
でも、彼は、左右に一度だけ首を振ると、またさっきと同じ優しい笑いをした。
アリシエさんが倒れたのも、雪さんたちと疎遠になってしまっているのも、全部私のせいなのに。
なのに、アリシエさんはそうやって、優しい目で私を見てくれるんだね。
あなたの目を見ていると、心が穏やかになるの。
自然に、心が開かれていく・・・今みたいに・・・。
私はそう感じながら、開かれた心の中を言葉にしてた・・・。
 
「私、あなたが好きです。
出会った時間なんて、関係ないくらい・・・あなたが好き。」
 
そう言ったら、なんかホッとしちゃった。
恥ずかしいとかいう感情じゃなくて、ホッ・・・ね。
それは、『肩の荷がおりたような感覚』に、似ていた気がする。
やっと、彼に言えた。
それだけで、嬉しかった。
でも、嬉しがっていたのは私だけ。
だって、アリシエさんは、
 
「参ったな・・・。」
 
と口にすると、少し悔しそうに顔をしぶる。
なんでそんな顔するの?と不思議に思っていると、カレは体に力を入れて、ユックリと体を起した。
私は、慌てて少し浮いた彼の背中に手をやる。
 
「起きて・・・平気なんですか?」
 
さっきまで右足しか力が入らなかったのに、大丈夫なの?と心配するけど、
 
「これくらいなら・・・。」
 
と口にしながら、彼は壁に背中をもたれさせながら、何とかベッドに座った。
でも、たったこれだけの行動で、かなり息は上がってるし、額からは汗もかいてる。
だいぶ、無理してるんだ・・・。と感じた私は、たまらず、カレにそっと抱きついた。
私には何もできない。
でも、カレの助けになりたい。
カレを守りたい。
その思いが私の体に溢れて、気付けば彼を抱きしめてた。
そんな私の頭に、彼は自分の頬をくっつけてきた。
そのくっつけ方も、すり寄せるような感じで、彼の接し方から、私を愛おしく思ってくれているんだと感じれた。
それともう1つ・・・もどかしさ。
私を抱きしめたいのに、抱きしめられないもどかしさが感じれたの。
きっと、腕があがらないんだ・・・。
そう感じた私は、自分からもっとカレに近付いて、彼を力いっぱい抱きしめた。
 
「今は、私がアリシエさんを抱きしめるから・・・。」
 
そう囁いた私にカレは、一瞬黙ったんだけど、すぐに、
 
「ありがとう。」
 
と言った。
私は、その言葉が恐れ多くて、ただ首を振った。
 
「先に言われちゃったけど・・・。」
 
急にそう言われて、「えっ?」と驚きながらカレを見上げた私。
カレのダークブルーの瞳に、私が映っているのが確認できた頃、カレの目が笑顔のせいで、少し細くなる。
 
「俺もキミと同じ気持ちだよ。
キミを愛してる。」
 
「アリシエさん・・・。」
 
「後からの告白で、チョットかっこ悪いけどね。」
 
と言って、笑うあたりが・・・かわいかった。
そんな素敵なカレを見ていたら、もう、私の心は止まらなかった。
一度開いちゃった心はもう・・・閉じないから。
だから、私は、恥ずかしげもなく、アリシエさんにお願いした。
 
「アリシエさんの愛がほしいです。」
 
その意味・・・アリシエさんならわかるよね?
あなたの体が、こんな時にいう事じゃないってわかってる。
でも・・・私たちには時間がない。
明日には、あなたは帰ってしまう。
今、あなたと交じり合わなければ、もう2度と交われないと思うから・・・。
そんな事を考えていた私の目は、かなり思いつめたような瞳だったんだろうと思う。
私の目を見た時、アリシエさんは、一瞬ビビッてたから。
本気なんだ!って実感したような顔してたから・・・。
願う気持ちで彼を見つめる私に、アリシエさんも覚悟を決めてくれた。
 
「わかった。」
 
と言ってくれたけど、その言葉のすぐあとに、カレはこう言った。
 
「でも、先に言っておくけど・・・。
俺は・・・あまり気が進まない。」
 
「えっ?」
 
声が・・・うわずった。
だって、今の言葉・・・。
“進まない”って事は・・・“したくない”って事でしょ?
私と、そういう関係には、なりたくないって・・・事?
カレとつないでいた手の力が、スーッと抜けて、手が離れそうになる。
でも、離れる直前で、カレがギュッと強く握ってくれた。
その強さで私は、遠ざかっていた自分の意識を呼び戻しカレを見た。
弱々しい目でカレを見る私に、なぜかカレは優しく笑っていた。
なんで、笑うの?私はこんなにショックを受けているのに・・・。
と思ったその時、カレの笑いの意味が明らかになった。
 
「受身は、性に合わないんだ。
正直、すみれちゃんを喜ばせる自信はないな・・・。」
 
って・・・それって・・・。
 
「私とするのが嫌だから、気が進まないんじゃないの?」
 
思わず単刀直入にしかも、敬語もぶっ飛ばして聞いた私。
その迫力に、アリシエさんは・・・笑ってた。
 
「愛してる人間としたくないなんて、思う男はいないよ。」
 
そう言ったあと、アリシエさんは、私の耳元に唇を持ってくると、今まで出した事がない甘い声と、うっとりするような囁きで、こう言った。
 
「俺を・・・抱いて。」
 
私はこの時、たくさんの初めてを体験した。
男の人に、言われたら、こんなにゾクゾクする事とか・・・。
言葉1つで、抱きたい衝動にかられるくらい、興奮しちゃう事とか・・・。
そんな未知の感情を、私はこの時、初めて知ったの。
アリシエさんは、このままの体勢でかまわないと言ったんだけど、アリシエさんの体の事を考えたら、座位より横にした方が言いと思った私は、カレをまたベッドに仰向けに寝かせた。
カレのシャツをはぎ、私は熱を持っている彼の胸に愛撫をする。
そして、今度はカレの唇にと思った時、彼は顔をプイと横に向けた。
 
「どうか・・・した?」
 
なんで、いい所で横に向く??と思いながら聞くと・・・。
 
「キスは・・・止めといた方がいい。」
 
だって。もちろん、「なんで?」と言い返したら、彼は横に向けていた顔をこちらに戻しながら口にする。
 
「風邪、うつったら大変だろ?」
 
なーんだ、そんな事か。
そういう事なら・・・。
私は、こっちに向いたカレの唇を素早く奪った。
唇を離した瞬間、「おいっ!」と突っ込まれたけど、私は笑いながら答えた。
 
「うつったら、私も海さんに診てもらうから。」
 
そう言ってニッコリ笑うと、また、カレの唇を奪った。
さっきよりも、少し長いキスをした私だったんだけど、カレが急に顔を動かしたせいで、唇が離れてしまった。
また、拒否された!!と思ったんだけど、どうやら、そうではないみたいで・・・。
だって、私を見るカレの瞳が、嫌がっているようには見えなかったから。
 
「アリ・・・シエ・・さん?」
 
ちょっと戸惑いがちでカレの名を呼んだ私に彼は微笑むと、自分から私の唇に触れてきた。
そして、次の瞬間、舌が・・・入り込んできた。
驚いて彼の瞳に目をあわす私に、彼もただ私に目を合わせてて。
でも、やがて私は、目をつぶり、カレのキスに酔いしれた。
熱く濡れた舌を感じ、カレの甘い吐息を感じ・・・・。
だけど、このキス・・・。
主導権はアリシエさんが握ってる。
絡み方も、キスする角度も、全てカレがリードしてる。
それを感じた時、私、気付いたんだ。
アリシエさんは、全部わかってるって。
今日の私の行動、はたから見たら、すごく積極的な女の子みたいでしょ。
でも、普段の私は、こんなんじゃない。
まして、私が攻める方だなんて・・・ありえないよ。
私が、無理してる。って、気付いてるんだ。
慣れない事をしてまで、私がアリシエさんと1つになりたがっている事、彼にはちゃんとわかってるんだ。
だから、こんな体なのに、私の思いに答えようとしてくれてる。
支えようとしてくれてる。
その思いが嬉しかった。
それが、感じられたから、私は恥ずかしげもなく、カレの上にまたがり、緊張しながらも、事を行えたのかもしれない。
私は、カレの愛とカレの体に溺れながら、何度も何度も絶頂を迎えた・・・。
 
 
 
 
少し薄暗くなった路地を歩いていた。
まだ、5時過ぎだけど、クリスマス時期になると、日が落ちるのは早い。
今、私は、矢上くんのマンションに向かってる。
アリシエさんと愛し合って、そして、話し合って決めた事がある。
彼は、どうしても、明日には帰国しないといけない。
でも、向こうでの用事が終わったら、すぐにこっちに戻ってきて、私が向こうに行く為の準備を一緒にする事になった。
『必要とし離れたくない』と、お互いが思っているのなら、答えは1つ。
アリシエさんと結婚して、私が向こうに行く事。
もちろん、問題は山積み。
でも、アリシエさんがいてくれるなら、私はどんな事だって、頑張れるって信じてるの。
だけど、矢上くんとの事は、私の問題。
私が、ちゃんと1人で決着つけなきゃいけない事だから。
あの角を曲がって、少し行けば、地下鉄の入り口。
そう思って、私は角を曲がったんだけど、曲がった途端、急に腕を引っ張られた。
 
「えっ?何?」
 
と口にしかけたけど、すぐに何かが私の口に覆いかぶさり、私の声は途中で消えた。
口を覆っている物から、皮の匂いがした。
私は、その人たちに強引に連れ去られ、気付けば、人気のない路地裏に居た。
 
離してやれ。
 
リーダーみたいな人の声で、私の口を抑えていた人の力が抜けた。
この人たち、黒の帽子をかぶってたり、黒い大きめのサングラスをして、顔を隠してるから、気付かなかったけど・・・異国人?
だって、今・・・聞いた事もない言葉を口にしてた。
英語・・・でもない気がする。
サッパリ、わからなかったもん。
でも、もっとわからないのは異国人に狙われている私よね。
逃げ出したいんだけど、私の周りには、黒ずくめの男たちが数人いて、逃げ出せそうにもない。
恐怖から、私は立っていられなくて、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。
そんな私の前に、リーダーみたいな人は近付いてくると、私の前にしゃがんだ。
私はユックリと顔を上げる。
一体・・・何なの?
挙動不審な瞳で彼を見続ける私に、彼はとても冷たい口調で言った。
 
「あなた自身に、非はない。
だが、アリシエさまの側に居られる事は、困るのです。
申し訳ないが、側にいられない体に、させてもらいます。」
 
「えっ?」
 
今度は、流暢な日本語。
だから、ちゃんと理解できた。
理解できたけど・・・意味がわからない。
だって、今の・・・どういう事?
襲われている事と、アリシエさんが関係あるの?
私を側に居られない体にするって・・・どういうこと?
疑問が多すぎて、私の頭は整理がつかなかった。
でも、彼らは待ってはくれない。
リーダーのその言葉が号令だったかのように、私を囲んでいた男たちが、徐々に私に近付いてくる。
5、6人はいるその数に、私は圧倒されて、立つこともできなかった。
もう・・・ダメだ!!
そう思って、下を向いて目をつぶった時・・・。
 
「ぐはっ!!」
 
「ゲホゲホゲホ・・・。」
 
そんな変な声が、遠くから聞こえた。
何??
そう思って私は、目を開け、顔を上げた。
私の目の前には、さっきのリーダーがいるけど、私に背を向けてる。
彼が見てる先は、前方にいる敵。
私も、その人が気になって、リーダーの隙間から見る・・・。
 
「えっ!!ゆき・・・さん?」
 
そう。そこに居たのは、桜の旦那さんの雪さん。
雪さんは、幼い頃に、海外に医者になる為に留学していた関係で、腕が立つらしいと、桜から聞いてはいたけど・・・。
私は、彼の周りに起こっている状況に目をやった。
数人いた黒ずくめの男たちは、壁にもたれて座り込んだり、寝そべったりして、うめき声を上げていて・・・。
それを見たら思わず、
 
「す・・・ご・・・い・・・。」
 
と口をポカーンと開けながら、思わず見とれてしまった。
でも、雪さんとリーダーとの間では、ピリピリとした空気が流れていた。
雪さんは、こちらにユックリと近付きながら、右手に持っていた鉄パイプを床に向かって乱暴に投げた。
 
「カランカラン・・・。」
 
と騒々しい音が、路地に響いた。
素手の彼になら、勝てると思ったのか、私の側にいた男たちも、彼に向かって、数歩歩きかけた。
でも、リーダーが腕を横に上げ、進む事を止めた。
 
怪我するだけだ。手を出すな。
 
リーダーは、雪さんを見たまま、そう仲間に言うと、彼に向かって歩んだ。
 
あなたは、アリシエ様側の人間ですか?
それとも、我々と同じ使命を受けた者ですか?
 
雪さんに向かって放たれた言葉は、仲間に向かって話していた、聞いた事もない言葉だった。
なのに、雪さんは、「ククク。」といやらしい笑いをすると、とんでもない行動に出た。
それは・・・。
 
どちらも違うな。
 
って・・・。相手と同じ聞いた事もない言葉で返したの。
さすがに、それには驚いたようで、黒ずくめの男もひるんだ。
その彼に向かって、雪さんは言葉を続けた。
 
俺は、ある女性からの使命で、動いてる。
ただ、それだけだ。
 
と言い切り、そのあと、鋭い眼差しをリーダーに向かって送った。
丁度、その時、お互いが最短の距離で向かい合い、お互いが足を止めていた。
雪さんのこんな冷酷非道な瞳・・・初めて見た。
助けに来てくれたはずなのに、恐怖を感じた。
 
「すみれちゃん、こっちにおいで。」
 
突然聞こえた、雪さんの声。
その声は、いつもの優しい声だった。
だったけど・・・動けない。
雪さんが、恐いからじゃないの。
だって・・・。
私は、周りの男たちを見る。
つかまれていないにしても、一歩進めば、捕まえられるのは目に見えてる。
行けるわけ無いよ・・・。と心でつぶやきながら、私はとりあえず、震える足に力を入れて、その場に立ち上がった。
フラフラと横揺れする体を、必死で支えた。
やっぱり、私が立つと、外に出すまいと、男たちが一歩近付いてきた。
でも、その動きを止めたのは、意外な人だった。
 
手を出すな。開放してやれ!
 
リーダーの突然の言葉に、「えっ?いいんですか?」と仲間が口々に言うものの、「かまわない。」と言ったリーダーは、仲間に真実を言った。
 
彼女に手を出したら、俺がやられる。
 
えっ?
 
その言葉に、仲間は一斉に驚きの顔になった。
私は言葉がわからないから、彼らの動きが止まった事に、疑問を持った。
何?どういう事?って・・・。
だから、リーダーと雪さんとの間を、顔を動かして見たのよ。
それで・・・わかった。
彼らが手を出せない理由。
リーダーが留まらせたわけが・・・。
いつのまにか、雪さんの右拳が、リーダーの急所にピタリと添えられててね、私に何かをすれば、すさまじい圧力をかけそうな・・・そんな感じになってたの。
それにしても、いつの間に、間合いに入ったんだろう?
すごすぎる・・・。
そんな事を思いながら、私は、男たちが少し離れた隙に、全速力で走って、彼の元まで行った。
 
「ここを出たらすぐに、俺の車がある。
先に行っててくれ。」
 
雪さんはリーダーから目を離さずそういうと、私に向かって、彼の愛車のフェラーリの鍵を投げた。
こっちを見ずによくベストポイントに投げれたものだ。と感心しつつも、彼の言う通り、私は鍵を握ると、この路地から先に出た。
 
 
私から遅れる事、10分後くらいに、彼は車に戻って来た。
そして、車を走らせて、すぐに、雪さんは突然私にこう言った。
 
「現実を、受け入れる覚悟ある?」
 
一瞬、戸惑った。
それどういう意味?何なの?って。
でも、雪さんは私に問いかけたあと、何も言わなかったの。
ちゃんと考えて決めてほしい。
そう言われているようで、私は、雪さんの言葉の重大さを改めて知った気がした。
さっきの人たちが現れた以上、今、私に降りかかっている事から、逃げてられないと思った。
恐かったけど、私は、現実を知る覚悟を決めた。
 
「教えて・・・下さい・・・。」
 
途切れ途切れになりながらそう言った私に、雪さんは、「よし。」と言うと、
 
「まずは・・・。」
 
と早速話を始めかけたんだけど、話の腰を折るように、雪さんの携帯が鳴った。
 
「秋かな?」
 
雪さんはそう言いながら、片手で器用に携帯にイヤホンマイクをつけると、それを耳に装着し、会話を始めた。
 
「秋?今運転中だから、手短に頼む。
・・・ああ、彼女も無事だ。
彼女を襲ってたやつらは、スりンツ家の者だった。
それより、お前の考えてた通りだったぞ。例の手続き頼む。」
 
雪さんはそう言った後、
 
「あっ!それから、悪いけど、桜には、ありったけの人数つけてくれ。
金は、全額俺が支払うから。
くれぐれも頼んだぞ。」
 
と添えると、耳からイヤホンマイクを抜き取った。
今の会話・・・何?
スリンツ家?桜に人をつける?
 
「あの・・・。」
 
訳がわからなくて、恐々口を開いた私に雪さんは、
 
「あー、話すんだったよね。」
 
と切り出すと、順を追って説明してくれた。
 
 
まず、私を襲ったあの人たちは、スリンツ家が雇った人たちで、スリンツ家とはアリシエさんの家である、ローゼン家の力をほしがっている人たちなんだそう。
ローゼン家は、代々、いろんな分野で『貢献』してきた由緒正しき家柄。
『貢献』とは、財力で国を助けたり、医師として育成に力を貸したり・・・。
とにかく、何かに対して力を注いできた家柄なんだって。
そして、アリシエさんは、そのローゼン家では・・・居場所がないらしい。
アリシエさんは、本妻の子供じゃないから、幼い頃からローゼン家に引き取られたものの、ローゼン家の人間とは認められず、常に彼は蚊帳の外だった。
そして、もう1つ彼が、ローゼン家の人たちに受け入れてもらえなかったのは、考え方の違いから。
彼は、自分の力を誰かに伝授するのではなく、自分自身の力で救いたいと思った。
だから、医師になっても、講師ではなく、医者としての腕を確立していった。
病院からも患者からも認められる一方で、ローゼン家からはどんどん非難されていったんだそう。
そして、そのローゼン家が下した最後の決断が、政略結婚だった。
ローゼン家の考え方に背くアリシエさんは、有害だと考えた一族は、ローゼン家の繁栄をもたらす家と、結婚をさせる事で、アリシエさんの価値を図ろうとした。
その相手が、スリンツ家。
そして、スリンツ家にとっても、この結婚は願ったりの事で、何がなんでも、成り立たせたかった。
だから、私の存在を知って、私をアリシエさんから遠ざけようとした。
でも、さっき、雪さんが、黒ずくめのリーダーから聞いた情報によると、送り込まれたのは、彼らだけではないらしい。
ローゼン家からも、何人か送り込まれているみたい。
 
「ローゼン家は、スリンツ家ほど甘くない。
命が狙われている。と思ってて丁度いいかもな。」
 
と雪さんは恐ろしい事を、平然として言った。
さっき、秋さんに頼んでいた『人』っていうのは、SPの事。
雪さんは、警察関係にも顔がきくので、セキュリティーではなく、SPを動員する事にしたらしい。
それだけ、危険だという事なんだと思う。
だけど・・・私、思ったの。
逃げてちゃいけない。
守られてばかりじゃいけないって。
これじゃ、何の解決にもなってないから・・・。
だから、私、聞いたの。
 
「ローゼン家の人たちを、説得する方法は、ないんですか?」
 
って。私とアリシエさんの事を、わかってもらえたら解決するんじゃないかと思ったの。
でも、雪さんは、
 
「そんな方法ないよ。」
 
と、アッサリ答えた。
そして、タバコを口にしながら、淡々とした口調で話し始めた。
 
「さっきも言ったように、アイツはローゼン家の中では、無力なんだ。
あの家で、アイツの言葉に耳を傾ける人間なんて、リュファイしかいない。
そんな無力なアリシエに、キミを守る力なんてないし、この状況を回避する方法だってアイツにはないんだ。」
 
雪さんはそう言ったあと、急に車を左に寄せると、ハザードランプを点滅させて、停まった。
 
「雪・・・さん?」
 
なんで、停まったの?と聞こうとした時、雪さんは私の方に向くと、少し悲しそうな瞳で私を見た。
 
「俺がキミを助けたのは、全部桜の為だ。」
 
「桜?」
 
と聞いた私に、「そう。」と頷いた雪さんは、彼の心の中に渦巻く心境を口にした。
 
「ハッキリ言って、俺はキミがどうなろうと、どうでもいいんだ。
アリシエと関われば、こうなる事はわかってた。
だから、俺は、桜を通して、君に助言したし、アリシエにも何度も反対した。
なのに、キミもアリシエも、止まらなかった。
なら、もう、どうにでもなれ。って、俺は思ってる。
だけど、キミが危険になるという事は、同時に桜の命も危なくなるって事なんだ。」
 
「それは・・・どういう事?」
 
一瞬意味がわからなかった。
だから、そう口にしたんだけど、雪さんは答えくれなかった。
私を黙ったまま見る彼の瞳は、『自分で考えてみろよ。』と冷たく言い放っているようだった。
私は、少し恐くて、雪さんから目をそらし、下を向く。
向いて・・・考えてみた。
私が危険になると、桜も危険になる。
それは・・・どうしてだろうって・・。
でも、ちょっと考えたら、すぐにわかったの。
その答えは・・・。
 
「桜が・・・優しいから?」
 
そう言った私に、雪さんは少しだけ笑ってくれた。
桜が優しいから、危険になる・・・。
どういう事かと言うとね・・・。
桜は、自分よりも他人の事を考える、とても優しい人なの。
だから、きっと、私が目の前で危険な目にあったら、彼女は迷わず命を投げ出して私を助けてくれる。
私だけじゃない。
彼女の周りにいる、彼女の子供や妹や親友たちに危険がせまれば、彼女は飛び出す。
だから、雪さんは、桜にたくさんのSPをつけたんだと思う。
さっきも、雪さんが助けてくれなければ、もし事情を知っていたなら、桜が来てくれたと思う。
雪さんは、桜を守る為に、ここに来てくれたんだ。
それが、わかった時私は、恐くなったの。
私とアリシエさんだけの恋愛が、色んな人を巻き込んでる。
これ以上続けたら、とんでもない方に進みそうで・・・恐くて、私は思わず身震いをしてしまった。
右手で左腕をさする私に、雪さんは、少し優しい口調で話してくれた。
 
「所で、俺が、すみれちゃんを探せたの、なんでかわかる?」
 
「えっ?」
 
そう言われたら、そうなんだけど・・・。
急に言われたら、ビックリだよね。
何も言えない私に、雪さんはおもむろに、私の胸元を指さした。
胸元って・・・何?
私は目を向ける。
ここにあるのは、アリシエさんがくれたマフラーしかない。
って事は・・・??
 
「マフラーが・・・何か?」
 
雪さんが、私を探せたのは、マフラーのおかげ?って・・・そんなのあるはずないって!!
わかってはいるけど、どうみても、雪さんの指が行きつく先は、マフラーだった。
私は、すごく、半信半疑で聞いたの。
なのに、雪さんったら、「そう。」と普通に答えてさ。
 
「そうって・・・。」
 
と言葉をつまらす私に、雪さんは私のマフラーに手を伸ばすと、後ろにタブが付いている部分を私の目の位置に持ち上げた。
 
「このタグが付いてる所を、よーく見てごらん。
数ミリの小さな玉が付いてるだろ?」
 
「た・・・ま?」
 
へっ?と思って、私はマフラーを首から取ると、シッカリと見える位置に改めてマフラーをかかげると、ジックリといわれた場所を見た。
その時、「キラ。」と確かに光った。
 
「あっ!」
 
私は思わず声をあげてしまう。
ホントに、あったよ!シルバーの小さな玉が。
でも、ホントに小さいから、よく見ないとわからない。
でも、これが・・・何?
サッパリわからない私は、マフラーを握り締めながら、雪さんに目を向ける。
その顔が、いかにも理解してない顔だったんだと思う。
だって、雪さん、すぐに答えてくれたんだもん。
 
「それね、世界最小の発信機なんだ。」
 
「発信機??」
 
「そう。」と言った雪さんは、私の驚きに満足したのか、珍しく笑顔が嬉しそうだった。
 
「俺が、秋に頼んで手に入れてもらった。
そして、俺は桜に、キミがアリシエに逢わないように説得するように言った。
でも、もし、キミが『うん』と言ってくれなかったら、最悪の展開を考えて、これをつけてこいって言ったんだ。
でも、俺は、指定はしなかった。」
 
「指定?」
 
「ああ。どこにつけるかは、桜に任せようと思ったんだ。
すぐわかる所に付けるか。
滅多に身につけることが無いものにつけるか・・・。
でも、桜は、それにつけた。
その意味・・・わかるか?」
 
ブンブンと首をふる私に、雪さんは私が手に握っているマフラーを取ると、私の首に乱暴だったけど、グルグルとつけてくれた。
 
「キミが、これを絶対に肌身離さずつけると桜はわかってたんだ。
だから、それにつけた。
キミの安全を確実なものにしたかったから。
アイツは、本当に、キミを大事に思ってるんだな。」
 
雪さんはそう言ったあと、私の頭をポンポンと2回軽く叩くと、私から手を離した。
 
「とりあえず、これからの事は、秋がアリシエと話すと言ってるから、それまでは、自宅で大人しくしておくんだ。
家の前には、気付かれないようにSPをつけるし、安心してくれ。」
 
雪さんはそういうと、止めていた車を動かした。
 
「あの・・・雪さん。1つ・・・聞いていいですか?」
 
少し走り出して、私はそう雪さんに切り出した。
実は、さっき、雪さんが助けてくれた時に、『あれ?』って思った事があって。
些細なことかもしれないけど・・・気になったから。
 
「ん?何?」
 
タバコを吸いながら、そう言ってくれたから、私も聞きやすくて、立ち入った事かな?と思いつつ・・・聞いたの。
 
「さっき、私を助けてくれた時、雪さん右手使ってましたよね?
だから、私、最初、秋さんかと思ったんですけど・・・。
何か、意味があるんですか?」
 
雪さんって、サウスポーなのね。
なのに、さっきも、そして実は、今もなんだけど、ずーっと右手を使ってる。
タバコも右手だし、携帯触るのも右手だった。
どうして?って・・・ちょっと、気になって。
すると、雪さんは、少しだけ考えると、
 
「今からいう事は、桜には内緒な。」
 
と言うと、タバコを灰皿に入れると、私をルームミラー越しに見た。
私を見つめるその瞳が・・・すごく真剣で少し怖気づいた自分がいた・・・。
 
「確かに俺の左手はアリシエのおかげで治った。
でも、いつ動かなくなるかわからないってのも・・・現状なんだ。」
 
「動かなくって・・・でも、今すぐってわけじゃないんでしょ?」
 
「いや・・・。」といいながら、雪さんは首を振った。
 
「それが、わからない。
明日突然動かなくなるかもしれないし、死ぬまでピンピンしてるかもしれない。
こればっかりは、神のみぞ知る・・・ってな。」
 
って雪さんは明るくいうけど、私は重くなる。
 
「そんな・・・。」
 
と悲痛な声を上げた私に、雪さんは話を続けた。
 
「だから、俺は、なるべく左手に負担をかけないようにしようと思ってな。
2つの事以外では、右を使ってる。」
 
「2つ?」
 
その2つとは・・・。
 
「1つは、患者を助ける時。
そして、もう1つは・・・。」
 
と言って雪さんは口を閉じた。
でも、私にはわかったの。
もう1つ、雪さんが左手を使う時。
それは・・・。
 
「桜の前?」
 
その答えに、「正解。」と笑顔で答えた雪さん。
雪さんの選択は、桜をどれだけ愛してるかが感じれる行動だった。
でも、その話を聞いて私・・・もう1つわかった事があるよ。
雪さんにもわからない事が・・・。
 
「きっと、桜は、気付いていると思います。」
 
私の言葉に、「えっ?」とビックリ顔をした雪さん。
その彼に私は、言ったんだ。
 
「雪さんが桜を深く愛してるように、桜も雪さんを深く愛してます。
そんな桜が、雪さんの抱えている不安に気付かないわけないじゃないですか!」
 
桜はそういう人なの。
何も言わない。でも、さりげなく支えてくれる。
今の私に接してくれてるように・・・。
桜の寛大さ。
そして、雪さんの一途な愛。
それを目の当たりにしたら、思ったんだ。
 
「私も、アリシエさんと、雪さんや桜のような関係になりたいです。」
 
って。なれないのは、わかってる。
それが、現実なんだと・・・。
でも、やっぱり、許されない恋でも、私はアリシエさんが大好きだから。
夢を見てしまう・・・。
否定されると思った。
ダメだって言ってるだろ!って。
でも、雪さんは、何も言わなかった。
ただ、口元を少しだけ緩めて笑ってただけ。
その笑いが、「そうなるといいな。」と言ってくれているようで、私はわずかな光を見た気がした。
 
 
 
 
「秋からの指示がくるまで、絶対に家から出ないように!」
雪さんは、そういうと、去って行った。
私は、雪さんの車が視界からなくなるのを確認してから、玄関の扉に手をやった。
早く入らなきゃ!!
そう思って、心持ち急ぎ気味で扉を開けたその時。
 
「すみれ様!!」
 
と後ろから声がして・・・。
 
「えっ?」
 
と声を上げなら振り向くと・・・。
 
「リュファイさん??嘘・・・なんで??」
 
そうなの!アリシエさんの秘書のリュファイさんがそこに居た。
車はなかったから、タクシーで途中まで来て、歩いてきたのかわからないけど、少し息も上がってた。
私の家なんて、リュファイさん知らないのに、どうやってここが??
それに、何で??
不思議だらけで、私は扉から手を離すと、玄関の門を開けて、道路へと出る。
丁度、その時、リュファイさんも私の元へと辿り着き、足を止めた。
 
「どうやって、ここを?」
 
色々聞きたかったけど、やっぱり、これが気になって、一番に口にしてしまった。
 
「秋様から、すみれ様が襲われたと聞き、居場所をうかがったのですが、教えてもらえず、海(カイ)様に連絡をして、教えてもらったのです。
それより・・・。」
 
リュファイさんはそういうと、私の体を下から上まで見て、
 
「お怪我はないですか?」
 
と心配そうに言った。
 
「はい。雪さんが助けてくれたんで。」
 
その言葉に、「そうですか・・・本当によかったです。」とホッとした声を上げた。
 
「アリシエ様も、大変心配されております。
まだ体が動かないもので、わたくしがお迎えにあがりました。
アリシエ様のホテルに来ていただけないでしょうか。」
 
って言われても・・・。
私は、雪さんの言葉を思い出した。
『秋から連絡が来るまで家を出ないように』って、言われたし・・・。
今まで、雪さんの助言に反発して、悪い方向に行ってるんだもんね。
ここは、雪さんの助言を素直に聞いておいた方がいいかも。
っていうか、1度くらい聞いておかないと・・・やっぱり、悪いよね。
そう思った私は、リュファイさんに向かって軽く首を振った。
 
「雪さんから言われてるんです。
今は、家にいるようにって。
これ以上、迷惑かけたくないから・・・。
いわれた通り、家にいます。
アリシエさんに伝えて下さい。
私は大丈夫だからって。」
 
「ですが・・・。」
 
と言葉を漏らすリュファイさんに、「ごめんなさい。」とさらにキッパリ言って頭を下げた私に、リュファイさんはそれ以上は言えなかったみたいで、
 
「わかりました・・・。」
 
としぶしぶ口にした。
 
「アリシエさまには、わたくしから説明しておきます。
それより、早く中に・・・。
ここは危険ですから。」
 
リュファイさんはそういって、私の背中を門に向かって、トンと押した。
 
「そんなに慌てなくても大丈夫・・・・えっ?」
 
振り向いた私の目に、2人の人間の姿が映った。
1人は目の前にいるリュファイさん。
そして、もう1人は・・・誰?
私がそう思った瞬間、肉が刃物で切り裂かれたような鈍い音と、リュファイさんの足元に真っ赤な液体がボタボタと滴(シタタ)り落ちるのとが同時だった。
ツバの長い黒い帽子をかぶり、顔は見えない。
背はリュファイさんと同じくらい。
リュファイさんのすぐ後ろにいたその人は、数秒後、数歩後退した。
さがったその人の手には、鋭くて長いナイフが握られていて、その刃の先端から彼の握っている柄(エ)まで、ビッシリ真っ赤な鮮血で染まっていた。
だけど、リュファイさんは、落ち着いた面持ちで、ユックリと振り返ると、その男と向かい合わせになった。
そのリュファイさんの姿を見て私は、思わず、
 
「きゃっ!!」
 
と大声を上げてしまった。
だって、リュファイさんのブラウンのコートが、今は、右端の腰辺りを中心に真っ赤に染まり、今もまだドクドクと血液は流れ、彼の立っているコンクリートを染めてた。
だけど、リュファイさんは、痛がる事もなく、ただ少しだけ苦しそうに口を開いた。
 
誰のさしがねだ?
 
私はリュファイさんの言葉を聞いて思った。
また・・・異国人?
って事は・・・さっきの仲間?
でも、この言葉、たぶん英語だ。
さっきのわけわかんない言葉ではない。
所々、耳にした事がある単語があるから。
と考えていた私の耳に、目の前の男のいやらしい笑い声が聞こえた。
そして、その男は笑いながらリュファイさんの耳元に口を持っていくと、冷酷な眼差しを注ぎながら、
 
この世に、お前の居場所はない。
 
と口にすると、リュファイさんに抱きついた。
また、さっきと同じ肉を切る音がした。
でも、さっきと違うのは、もっと嫌な音・・・。
グチャグチャとした音というか・・・。
まるで、かきまわしてるような、そんな音だった。
 
「グッ・・・・ガハッ・・・・。」
 
リュファイさんの苦しむ声が聞こえたかと思ったら、彼の口から真っ赤な血液が大量に出た。
私は、もう・・・声が出なかった。
これは・・・夢?
そう信じたかった。
助けを求めるにも声が出ない。
このままだと、リュファイさんが死んじゃう。
恐すぎて私の瞳からは、涙が溢れた。
そして、もう、立っていられなくて、震えながら、私はその場でしゃがみこんだ。
助けて・・・助けて、誰か!!
必死でそう願った。
すると・・・奇跡が起きた。
 
やけに、深く刺すんだな。
 
今の・・・声・・・。
私は、伏せていた顔をパッと上げた。
リュファイさんの腹部を刺していた男の手を握り、それ以上は刃物を進ませないようにしている人。
そして、さっき、ここを去り、もうこんな場所にいるはずもない人なのに・・・。
 
「ゆき・・・さん・・・。」
 
私は雪さんの顔を見るなり、ホッとした。
彼の強さは立証済みだし、それに彼は医者。
リュファイさんをすぐに診てくれる。
神さまがくれた奇跡だと・・・私は思った。
 
まるで、リュファイを殺したいみたいに・・・。
 
雪さんはそういうと、男の顔をかんぐるような瞳で見た。
その目にギクっとしたその男は、雪さんの手を振り払い、強引にリュファイさんの腹部からナイフを引っこ抜くと、その場を去って行った。
刃物を抜かれたせいで、リュファイさんの出血は噴水のように止まる事無く流れ出した。
そして、リュファイさんはそのまま膝を付いて座り込んだ。
 
「すみれちゃん!!」
 
雪さんはそういうと、いきなり私に向かって携帯を投げてきた。
 
「着信履歴のトップが秋だ。
アイツに事情を説明して。
そうすれば、アイツが全て手配してくれるから。」
 
早口でそう言った雪さんはと言うと、もうすでに動いてた。
大量出血のため、温度が低下してるのか、震えだしたリュファイさんに自分のコートを着せる。
そして、リュファイさんの着ていたシャツを器用に切り裂くと、その切れ端で、止血をする。
 
「無理に意識を保とう。とするな!
遠慮なく、気絶していいぞ。」
 
って・・・雪さんはこんな状況なのに、笑いながらそんな冗談を言っていた。
正直、すごいと思ったけど、笑えないのは、雪さんの顔つきが真剣だったから。
言ってる言葉はおちゃらけているけど、事態は深刻なんだと痛いほどわかった。
雪さんのおちゃらけは、自分自身に落ちつきを与える為に言っている・・・。
そんな風に思えた。
とはいえ、やっぱり、私は、雪さんみたいにはなれない。
自分の冷静さを取り戻す為に、おちゃらけるとか・・・出来るわけない。
だから、自分が何をして、何を言ったか覚えていない。
でも、ただ、言われたとおりというか・・・本能的というか・・・。
リュファイさんを救いたい一身で、私は秋さんに連絡をして助けを求めた。
 
 
 
 
「ピピ・・・ピピピピピ・・・・・ピピ・・・ピピピ・・・。」
 
不規則な機械音。
何時間、その音を聞いていただろう。
でも、私はどうしても、この部屋から離れる事ができなかった。
血の気の失せた顔色で、自発呼吸も出来ないリュファイさんの手を、ただ握って祈る事しか出来ない私。
リュファイさんの手術は、雪さんと海(カイ)さんと、そして、秋さんも力を貸してくれて、無事成功はした。
でも、出血がひどく、危険な状態には変わらず、今は集中治療室にいる。
ここは、ICUの中でも、無菌室も併用している部屋で、本当は看護師と医師以外は入れないんだけど、雪さんが特別に許してくれた。
アリシエさんが、いられないぶん、私がリュファイさんの側にいてあげようって。
リュファイさんが死のはざまで頑張っているから、せめて側で応援したくて・・・。
 
「リュファイさん・・・頑張って・・・。」
 
両手で彼の右手を握り締めて、祈るようにそうつぶやいた私。
目をつぶって、心を無にして、私はただ祈った。
心から静かになると、わずかな声も聞こえるようになるみたいで、私の耳に廊下で話す声が聞こえて来た。
ここから、廊下までかなり遠いはずなのに・・・空耳?
そんな事を思いつつも、聞こえる声が雪さんとアリシエさんの声のような気がして、私は気になって、リュファイさんの手を離すと、部屋を出た。
滅菌された服を脱ぐと、それを所定のボックスに入れる。
そして、私は廊下につながる自動ドアのボタンを押した。
 
「リュファイの状態を口でいうより、コイツを見た方が早いだろ!」
 
そんな雪さんの声が聞こえた。
その声をする方を見ると、雪さんの隣にはアリシエさんの姿があった。
アリシエさんは、黙って、雪さんに差し出されたレントゲンを受け取ると、窓際に進み、それを太陽に向けて透かせた。
そして、数秒後、高く上がっていたアリシエさんの腕が、力なく下にブランと落ち、その手からレントゲンがストンと床に落ちた。
スルスルと滑るように雪さんの足元に辿り着いたレントゲンを雪さんは、前かがみに体を折ると、それを右手で拾った。
 
「出血がひどかったせいで、今回の手術は“命を助ける”事しか出来なかった。
何十回かかるか、何年かかるかわかんねぇーけど、お前にはアイツを治す責任がある。
せめて、“立てる”ようにはしてやれ。」
 
その言葉に、アリシエさんは何も言わなかった。
ただ、壁にもたれさせた体を、そのままズルズルと下にずらして、床にペタンと座り込んでしまった。
アリシエさんのショックの受けよう。
そして・・・今の雪さんの言葉。
私は気になって、2人の間に飛び出しそうになった。
でも、その一歩を止めたのは、また口を開いた雪さんの言葉だった。
 
「それから、1つ忠告しておく。
リュファイは、すみれちゃんの代わりに刺されたんじゃない。」
 
「えっ?」
 
と驚くアリシエさんの声と、
 
「どういう・・・事ですか?」
 
と雪さんに聞いてしまった私の声とがダブった。
 
「すみれちゃん。」
 
私の存在に気付いたアリシエさんが、私にそう声をかけるけど、私は雪さんから目が離せなかった。
私は、リュファイさんは私の身代わりに刺されたんだとばかり思っていたのに・・・。
サッパリ意味がわからない私は、必死で雪さんに訴えてた。
教えて!何なの??って・・・。
私がいると思っていなかった雪さんも、不意を付かれたのか、一瞬話すべきか悩んだようだったけど、私の頭をポンポンとなでると、私を近くのソファーに座らせ、自分はアリシエさんがしゃがみこんでいる近くの壁に立ったまま背中だけもたれさせた。
 
「すみれちゃんを狙ったのなら、背中の傷だけのはずだろ?
なのに、リュファイは致命傷ともなりうるほどの、深い傷を腹にくらってる。
実際オレが、刺したヤツにカマをかけたら、驚いて逃げて行ったからな。
間違いなく、ヤツらの狙いは初めからリュファイの命を奪う事。
そして、その差し金は、たぶん・・・ローゼン家の会長・・・つまり、お前の義理の母親だと俺は思う。」
 
雪さんはそう言ったあと、自分が推測する事を私たちに教えてくれた。
ローゼン家は、トップの総帥と呼ばれる人が、アリシエさんのお父さんで、その次である会長が本妻である義理のお母さんとなっている。
愛人の子供であったアリシエさんは、お母さんが病気で亡くなり、天涯孤独になったがため、ローゼン家に引き取られたんだけど、本妻は未だにアリシエさんの存在を疎ましく思ってる。
出来るならこの世から去ってほしいと・・・。
だから、彼女は、これをいい機会だと思った。
アリシエさんの唯一の味方であるリュファイさんを、私の騒動を利用して殺す。
片腕を無くしたアリシエさんを、ローゼン家から追い出すのも、言いなりにさすのも簡単だと彼女は考えたんだな。と雪さんは言っていた。
そして、雪さんは、アリシエさんを見下げるとキツイ言葉を言った。
 
「断言してやるよ。
この恋にこれ以上こだわると、お前は近いうちに間違いなく、救ったリュファイの命も、そして愛しいすみれちゃんの命も・・・両方失うぞ。」
 
アリシエさんは、ただ下を向いて、唇をかんでた。
悔しそうに・・・そして、悲しそうに・・・。
雪さんはそれ以上はアリシエさんに何も言わず、今度は私の方に近付いてくると、目の前で立ち止まった。
私はユックリと、雪さんを見上げた。
 
「リュファイな・・・腰椎がやられたせいと、出血がひどかったせいで、太ももから下に、血が行き届かず壊死(エシ)してしまったんだ。
つまり、感覚が全くないから、立つ事ももちろん歩く事もできない。
車椅子の生活になるんだ。」
 
さっき雪さんがアリシエさんに言っていた、『せめて立てるようにはしてやって』って・・・そういう事だったんだ。
リュファイさんの人生を無茶苦茶に・・・してしまったんだ・・・。
 
「どう・・・しよう・・・。」
 
震える唇でそういいながら、私はたまらず瞳から涙が出てしまう。
こんな事になるなんて・・・。
頭がこんがらがってくる。
そんな私の肩に、雪さんの右手が触れた。
 
「これが、君たちの恋の代償だ。」
 
「おい・・・やめろ!彼女を責めるな・・・。」
 
だけど、雪さんの言葉は止まらなかった。
私を見つめて、次の言葉が放たれた。
 
「次は誰を犠牲にするんだ?
キミを守って桜を殺すか?」
 
「雪!!いい加減にしろ!」
 
アリシエさんの荒々しい声が聞こえたと同時に、床に座り込んでいたアリシエさんが起き上がって、雪さんの肩をつかみ自分の方に雪さんを振り返らせたけど、
 
「いい加減にするのは、お前らだろが!!」
 
という言葉を放つと同時に、雪さんの右ストレートがアリシエさんの頬に、ヒットした。
さっき座り込んでいた場所に、またアリシエさんは座り込まされた。
普通の体ならそんなにダメージは受けなかっただろうけど、アリシエさんは病み上がりで、まだ思うように体が動かないみたいで、雪さんの拳にも大きなダメージを受けた。
壁に背中を打ちつけ、苦しんでいるアリシエさんの元に行った雪さんは、アリシエさんの胸ぐらをつかんだ。
 
「お前も、いい加減気付けよ!
お前が彼女にこだわればこだわるほど、彼女が傷ついてんだよ!
いっぱい泣いてんだよ!
好きな女を苦しめるだけの恋に、なんの意味がある?
お前の存在自体が、彼女の人生を狂わしてんだよ!
彼女だけじゃない。
リュファイの人生だってなー・・・。」
 
「もう・・・止めてください!!」
 
気付けば私は、大声で叫んで・・・そして、雪さんの腕を振り払って、雪さんとアリシエさんとの間に割って入ってた。
アリシエさんに必死で抱きつきながら、私は雪さんに背中を向けたままだったけど、言ったの。
 
「アリシエさんとは・・・別れます。」
 
私の言葉にアリシエさんは、「なに・・・・言ってる?」と戸惑った声を上げた。
でも、雪さんは、さっきの興奮していた声とは一変した、とても落ち着いた声で、「そっか。」というと、私の頭を何回か優しくなでてくれた。
よく決断したな。って・・・言われているようだった。
雪さんは、それ以上は何も言わず黙って、ここから去って行った。
私とアリシエさんを、2人きりにしてあげようと、気を使ってくれたんだと思う。
雪さんの足音がかなり遠ざかった頃、私はユックリとアリシエさんから体を離した。
お互い向かい合わせになって、座り込んでいる私たち。
アリシエさんは、相変わらず私を戸惑った目でみていた。
私は、1つタメ息をついて、気持ちを落ち着かせると、アリシエさんの両手をつかんで彼に心のうちを話した。
 
「私もあなたも、“今の自分の人生”を生きてないよね?
あなたは、ローゼン家から逃げてる。
そして、私は、矢上くんから逃げてる。
そんな、いろんな事から逃げてる私たちに、幸せどころか、悲しみばっかり増えていくんじゃないかな?
わずかな大切な物でさえが、ドンドン奪われてしまう・・・。
だから、もう止めよう。
お互いふさわしい場所で、逃げないで、ちゃんと生きていこう・・・ねっ?」
 
私は、泣くのを必死で我慢した。
顔が引きつってる。
唇が震えてる。
でも、ここで泣いちゃ、彼が困っちゃうから。
だから、私は必死で堪えた。
だけど・・・。
 
「“ちゃんと生きる”のは、一緒でもできるだろ?
別れる必要なんてない。
俺は、絶対に、キミを離したくない・・・。」
 
そう言って彼は、私を自分の胸におさめた。
強く強く私を抱きしめる彼の腕。
高鳴る彼の心臓の音。
決心がにぶりそうになる。
でも・・・私は、彼の胸に顔をおしつけられたまま、必死で言ったの。
 
「このまま一緒にいたら、私思うから。
あなたに逢うんじゃなかったって・・・。」
 
「すみれ・・・ちゃん。」
 
一瞬彼の腕の力が緩んだ。
その隙に私は、押し付けられていた顔をあげると、彼の顔を見上げた。
 
「あなたと出逢った事も、あなたを愛した事も、私は誇りにしたい。
だから・・・別れよ。」
 
今の私たちは、恋すらも守れない・・・無力な大人。
だから、この選択しかないの。
いつの間にか、我慢していた涙が流れ出してた。
でも、私は、自分の揺るぎない心を証明する為に、涙が溢れる瞳で彼をみつめ続けた。
私の涙を手で優しく拭っていてくれたアリシエさんが、しばらくして、「わかったよ。」と声を漏らしたと同時に、急にポケットから見た事もない青い石を出してきた。
 
「何・・・これ?」
 
鼻をススリながら彼に聞いた私に、彼はその石を私の右手の上に乗せながら言った。
 
「俺が倒れる前。
すみれちゃんを走り回って街中を探し回っていた時に、偶然道で売っているのを見かけたんだ。
キミに渡したマフラーの色に似てるなー。と思って思わず買ってしまったんだけど・・・。
これをキミにあげる。
俺の誓いを忘れないように・・・。」
 
「誓い?」
 
「そう。」と言った彼は、私の手にその石を握らせると、グーになった私の手をさらに包み込むように強く握った。
 
「キミの望むとおり、今は別れる。
でも、1つだけ約束してほしい。
もし、どこかで、偶然に、再び逢う事があったら。
その時は、何があっても、俺のものになってほしい。」
 
「えっ?」
 
驚く私に、彼はひるむことなく言葉を続けた。
 
「たとえキミが結婚していても・・・。
30年先に、逢ったとしても・・・。
再会したら、俺と一緒になる。」
 
「ちょ・・・ちょっと待ってよ!」
 
私は必死で、彼の口を止めると、反撃を開始した。
 
「そんなの無理に決まってるでしょ。
独身ならまだしも、家庭があるなら、そんな事・・・。」
 
と首を振って否定するけど、「大丈夫だよ。」と彼はなぜか、余裕の笑いをすると、私のオデコと自分のオデコをくっつけて、私を黙らせた。
 
「俺は、キミを運命の人だと思ってる。」
 
そして、さらに彼は、私の左手の小指と、自分の右手の小指をくっつけた。
 
「見えない赤い糸がちゃんとあるって・・・信じてるから。
だから、俺たちは、絶対にまた出会えるさ。
俺たちが、逢おうとわざわざ日時を決めなくても、お互いが自分の人生を生きて、結ばれる時期がくれば、また出会える。
いや・・・俺たちの糸が、また引き合ってくれる。
だから、この石はその誓いだ。
今度逢う時は、俺の妻になってくれよ。」
 
「バカ・・・。」
 
私は、また涙が出そうになった。
でも、なんとか抑えて・・・私は、彼のオデコから顔を離すと、自分の首にくっついている彼のマフラーをスルスルと、はずした。
そして、タグについてあった、最新の発信機のピンを取ると、そのマフラーを彼の首にかけた。
 
「すみれちゃん?」
 
驚き顔の彼をよそに私は、グルグルと彼の首にマフラーをかけると、その彼の首に両腕をからませて抱きついた。
 
「アリシエさんが誓いを忘れないように、これを預けておくね。
あなたがくれた石と同じ色のマフラーを・・・。
私が使ってたのは、たった数日間だったけど、このマフラーにはあなたへの愛がたくさん詰まってるから。
私の代わりに、あなたの側にいさせて。」
 
そして、最後に私は、彼の顔をみつめて心を込めて言った。
 
「愛してる。」
 
って。
 
「ああ。オレも、愛してる。
必ず、また・・・逢おうな。」
 
これが、アリシエさんからの最後の言葉だった。
そして、お互いキスを交わして・・・私たちは別れた。
 
 
 
 
それから、2年、全く気配すらなかったアリシエさんなのに・・・。
今、私の腕をつかんで、息を切らせている目の前の男・・・。
どっからどう見ても・・・アリシエさんだった。
 
「ほん・・・もの??」
 
信じられなくて、半信半疑でそう口にした私に、荒い息を整えた彼は、つかんでいた手をいきなり自分の方にひっぱると、私を自分の胸に抱き寄せた。
 
「鼓動・・・早いだろ?」
 
そう言って笑う彼。
確かに・・・耳にくっついてる彼の心臓、ものすごい速さで動いてる。
 
「本物だ・・・。」
 
少し笑いながら口にした私に、アリシエさんはクスと笑うと、私の顔をのぞきこんできた。
そして、私の目を見つめて・・・。
 
「結婚しよう。」
 
と言った。
2年ぶりに再会して、語り合うとか懐かし合うとかを吹っ飛ばして、プロポーズって・・・。
このストレートぶりが、間違いなくアリシエさんだと実感できて、正直嬉しかった。
私は、彼と別れた事を、ずっと後悔してた。
何が何でも一緒にいたら、どうにかなったかもしれない・・・。と、そんな甘い幻想を抱いて、期待したり・・・・。
だから、彼と再会できたこと。
2年たった今も、彼が私と結婚したいと、思ってくれている事。
その全ての事を、素直に喜びたいと思った。
だから、「うん。」と答えようとしたんだけど・・・。
 
「悪いけど、そういうのは、あとにしてくれないかな?」
 
運転席からこちら側に回ってきていた矢上くんが、冷めた声でそういうと、アリシエさんの目の前に立った。
 
「今、仕事でトラブってんだ。
彼女に今、抜けられると困る。
彼女を返してもらおうか・・・。」
 
と言った矢上くんは、急に「あっ!」と何かを思いついたのか、そんな声をあげると、アリシエさんに再び目を向けた。
 
「2年前のアンタと今のアンタ。
見た目は何にも変わんないけど、本当に変わったんなら、それを証明してくれ。
そしたら、彼女を心置きなく渡してあげるよ。」
 
「ちょっと、何言ってるのよ、矢上くん!!」
 
アリシエさんが変わった事と、私たちのトラブルとは全然関係ないんだから。
どっちにしても、今私が、アリシエさんとトンズラするわけにはいかない。
今は、仕事を優先にしないと!って決めたのに・・・。
 
「証明って、何をしたらいい?」
 
とアリシエさんまで、話に乗ってきちゃった。
 
「アリシエさん!!」
 
と注意をするけど、もちろん完全に無視され、アリシエさんと矢上くんとの会話はドンドン進んで言った。
 
「俺らのトラブルを、アンタの力でどうにかできたら、認めてやる。」
 
「トラブルって何?」
 
そこで、矢上くんはアリシエさんに説明した。
黙って聞いていたアリシエさんは、矢上くんの話が終わると同時に、
 
「キミの携帯を貸してくれ。」
 
といきなり言い出した。
「はぁ?」と驚きながらも、右手を何度も前に差し出された矢上くんは、渋々カレの手の上に自分の携帯を乗せた。
その携帯で、アリシエさんは、いきなりどこかに電話をかけ始めた。
そして、数分後、電話を保留にすると、携帯を矢上くんに向かって差し出した。
 
「早ければ、30分後にはヘリを飛ばしてくれるらしい。
乗る場所や、行き先。
それから、出発の希望の時間など、詳しい話はキミが直接話してくれ。
じゃ、約束どおり彼女はもらっていく。
仕事はキミに任せた。」
 
そして、言い終わると同時に、矢上くんの肩をポンと叩いたアリシエさん。
矢上くんはというと・・・。
 
「助かった。」
 
とアリシエさんに言うと、今度は私を見て、
 
「こっちは心配要らない。
今度こそ、素直になれよ。」
 
と言うと、電話に出ながら、運転席へと向かって行った。
 
「ねぇー・・・どうやって、ヘリ・・・用意出来たの?」
 
矢上くんの車を見送りながら、半ば呆れた口調で、カレに聞いた私だったんだけど、カレはというと・・・。
 
「2年間の努力のたまものだ。」
 
と言って笑って教えてくれなかった。
 
「なぁ〜に?教えてよー。」
 
今度はカレを見上げて聞いてみるけど、
 
「それは、ユックリな。」
 
と言った彼は、私の顔に顔を近づけてきて・・・。
 
「まずは・・・オレがキミをどれだけ愛してるか・・・教えてあげる。」
 
って言われちゃって・・・。
なら、私も素直になるよ。って事で・・・。
 
「じゃ、私も教えてあげるね。
あなたにどれだけ逢いたかったか・・・。」
 
そして、ここがホテルの入り口って事も、アリシエさんの秘書がカレのコートを持ってこちらに向かって来ている事もスッカリ無視して、私たちは再会のキスを交わした。
 
 
 
重なり合った唇を離した。
その瞬間、大きな金が鳴り響き、長い階段の下には、たくさんの人がシャボン玉や桜の花びらを空に向かって飛ばしたりして、私たちの結婚を祝福してくれた。
 
「ブーケ、投げてよ〜!!」
 
下から、そんなかわいい声がして、私は後ろに向くと、みんなの掛け声と共に、手にしていたブーケを思いっきり投げた。
大歓声が聞こえる中・・・やっぱり気になるよね。
私は、振り返りながら、側にいるカレにすぐさま聞いてしまう。
 
「ねぇー、誰が取ったの?」
 
だけど、「最悪だ・・・。」という言葉と、メチャクチャ嫌そうな顔が返って来て・・・。
「えっ?」と驚いたその時・・・その『最悪』は訪れた。
 
「すみれちゃん!今のナシ!もう1回して!」
 
とすごい剣幕で私たちの所まで来た雪さんは、さっき私が投げたブーケを私につき返してきた。
 
「えっ?雪さんが取ったの?」
 
と口にしたんだけど、突き出されたブーケをジャンプしてチャッチした果帆ちゃんが、着地したと同時に雪さんの足にケリを入れてるのを見ると・・・どうやら、果帆ちゃんが取ったのが、気に喰わなかっただけだったのね。と気付いた。
 
「果帆の事になると、ホント恥ずかしいくらいバカになっちゃうのよね・・・。」
 
その呆れた声に私は、その声の主へと目を向けた。
情けない声のわりには、2人を見ている桜の瞳はとても幸せそうだった。
 
「大丈夫よ。絶対、アリシエさんも、あーなっちゃうと思うから。ねぇー。」
 
と側にいるカレを見るけど、
 
「オレは、アイツみたいにはなりません!」
 
と完全拒否をして、さらには、「なー。」と言って、私のお腹に頬をくっつけてた。
 
「どこが!すでに同類よね。」
 
と笑う私に、「まー、そういわずに。」と桜はなだめつつ笑ってた。
 
「でも、半年前に大きくテレビで取り上げられていた時は、どうなることかと思ったけど・・・。
あの石、やっぱり、ジュエリーデザイナーの人が教えてくれたように、恋を成就させてくれるブルージュエルだったのかな?」
 
と桜。
そうなの。あのあと、早乙女さんに結婚指輪を頼もうと思って訪れた時に、教えてもらったの。
あの日、アリシエさんが私を追ってきたのも、あの石をさっき見かけたと、偶然早乙女さんがアリシエさんに話した事がキッカケだったって。
そして、あの石は、恋を成就させる為に、自分が選んだ場所に現れるとか。
現にあの石は、アリシエさんとの結婚が決まった後・・・にはまだあったの。
でも、今はない。
じゃ、いつなくなったか。って?
それは、今アリシエさんが頬をくっつけてるココ。
ココに新しい命が居座った時、あの石は旅立ってしまった。
私とアリシエさんの恋は永遠だと、断言するかのように・・・。
 
「招待客の前で、いつまで、そのような情けないお姿を、さらしておられるのですか?」
 
背後で厳しいそんな声がした。
誰?って一瞬思ったけど、その人がこちらに歩んでくる足音と同時に、コツンコツンという細い鉄棒がコンクリートにぶつかる音が聞こえたから、声の主が誰かはわかった。
アリシエさんはというと、渋々私のお腹から顔を上げると、ユックリと顔を後ろに向けた。
 
「かたいこというなよ・・・リュファイ!」
 
と即、はむかっていたけどね・・・。
リュファイさんは結局2年間で、8回も手術をした。
腰椎の手術と、両足の神経を生きかえらせる手術。
左足はほぼ治ったけど、右の腰を刺された関係で、右足は後遺症が残った。
あと数回手術をしたら、完全に治る見込みはあるけど、2年で8回の手術は体にも負担は大きく、1年はこのまま様子を見る事になった。
杖をつかないと歩けないのは、不便かと思うけど、リュファイさんは立つ事も出来なかった頃を思い出すと、今が嬉しくてたまらないと、全く卑下する様子もなかった。
強い人だと・・・心から尊敬してるの。
そして、私の尊敬するリュファイさんは、浮かれちゃってるアリシエさんに、さらなるカツを入れる。
 
「ローゼン家の会長である事を、お忘れなく。」
 
と・・・。
あの一件で、まず、ローゼン家の会長である義理のお母さんが離縁された。
ローゼン家の大切な一員であるリュファイさんの命を奪おうとした会長を、総帥は許せなかったんだそう。
とはいえ、それは、キッカケに過ぎず、もう随分前から、夫婦仲はさめていて、会長の仕事ぶりも総帥は嫌気がさしていたとかで、こういう結末になった。
そして、ローゼン家のしきたりを受け入れ、講師としても医師としても。
そして、経営者としても色んな力をつけたアリシエさんが、会長に任命された。
とはいえ、アリシエさんの本職は医師。
だから、任されている経営は、全てリュファイさんが行ってる。
昔と違って、アリシエさんの側にリュファイさんがいる事の方が稀(マレ)になってしまって、アリシエさんはちょっと寂しそうなの。
あー、あと・・・リュファイさんが髪にしてた願掛けね、『アリシエさんがローゼン家で認められる事』だったみたいで、アリシエさんが会長に就任したあと、バッサリ切っちゃったのよ。

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