2007/11/24


11    10章  心の叫び
病院についた私は、救急患者の入り口から病院内に入った。
とはいえ、妊婦がこんな時間に来たら、誰だってビックリするよね。
当たり前ながら、病院内に歩いていた看護士さんに、不思議がられた。
 
「どうか、されましたか?」
 
って。
仕方なかったので、私はカバンから冬真(トウマ)さんの携帯電話を出した。
 
「ここで働いている冬真(トウマ)先生の、知り合いのものです。
携帯電話を持っていきほしいといわれたので、持ってきたんですけど、先生はどこにいるかわかりますか?」
 
ごめん。冬真(トウマ)さん!嘘ついて!!
 
言った側から、心で深々と頭をさげて謝る私。
一方、私の嘘を真に受けた優しい看護士さんは、「冬真(トウマ)先生はね・・・。」と言いながら、少し考えた。
その時、別の看護士さんが、角から出てきた。
その人の姿を見た目の前の人は、「あっ、丁度よかった!」と口にすると、
 
「松尾さん!」
 
とその看護士さんを呼び止めた。
松尾さんと呼ばれた人は、「はい?」と言うと、こちらへと来た。
背は少し低めの155センチくらいだけど、細身で足も長かったから、近付いてくるまでは、そんなに低いとは思わなかったの。
とても高く見えた。
綺麗というよりは、すごくかわいい顔をしていて、年はそうだなー。
22、3に見えた。
 
「何か?」
 
自分を呼び止めた先輩の看護士に、笑顔でそう聞く彼女。
 
「ねぇー、冬真(トウマ)先生知らない?
あなた、冬真(トウマ)先生と仲がいいでしょ?」
 
その言葉が、私の胸にズキーンとささった。
冬真(トウマ)先生と仲がいい・・・。
それは、仕事仲間として仲がいいっていう、響きじゃない気がしたの。
とても特別な関係のような・・・。
私は、どんどん手先が冷たくなるのを感じた。
目の前に居るこの人を、明らかにさっきとは違う目で見ている自分がいた。
 
「冬真(トウマ)先生なら、さっきまで、大介くんの部屋にいましたよ。
でも、たぶん、もう大介くんは寝ちゃったんで、ご自分の部屋に戻られたか、まだ5階のどこかにいるかもしれませんけど。」
 
と彼女は答えた。
どうして、そんなに詳しいの?
やっぱり、冬真(トウマ)さんと・・・。
そんな事を考えていたら、気付かなかった。
彼女が私をジッと見ていることに。
 
「彼女が、冬真(トウマ)先生に用事なんですか?」
 
松尾さんの言葉に、「そうなの。」と先輩の看護士さんは答えた。
 
「冬真(トウマ)先生に、携帯電話を届けにこられたみたいで。」
 
すると、その松尾さんは私の元へ、一歩近付いてくる。
 
「一度、5階へ行ってみますか?
照明が消えていて見えにくくて、危ないので、5階までご一緒しますよ。」
 
本当は、断りたかった。
この人と、2人きりだなんて・・・何か言われそうで。
だって、この人、私の心に気付いてる。
私が、冬真(トウマ)さんとこの人との関係を知りたくて知りたくて、たまらない事に気付いてるもん。
だから、本当に冬真(トウマ)さんとこの人が関係があるなら、私はきっとこの人に言われると思うの。
冬真(トウマ)さんとは、どういう関係なの?って。
恋人にそんな事言われて・・・私は答えられない。
と同時に、私と冬真(トウマ)さんの関係は終わってしまう。
そんな気がしたの。
だって、そうでしょ。
冬真(トウマ)さんに彼女がいるとわかってて、冬真(トウマ)さんに抱かれて・・・いいわけないもん。
そう思った時、私は自分でも驚くような事を考えたの。
真実を知って、そして、もしこの人が冬真(トウマ)さんの彼女なら、私は冬真(トウマ)さんと二度と逢わない。
今までの関係も終わりにする。
そう考えるのが普通でしょ。
それで、この人に真実を聞こうとするでしょ?
でも違ったの。
私は・・・このまま逃げようとしたの。
冬真(トウマ)さんが、自分の事を知る必要はない。と言ったように、私はこのまま知らないふりしておこう!って。
そしたら、私は今までどおり冬真(トウマ)さんといられるもの。
だから・・・このまま、ここを去ろうって。
ずるいと言われもいい。
私は、本当に、心の底からおもったんだもん。
冬真(トウマ)さんを失いたくないって。
それは、心のよりどころがなくなるからなのか、頼れる人がいなくなる寂しさで思ったのか、それとも、由梨華(ユリカ)が言ったようにこれが、恋なのか・・・。
気持ちも頭の中もごっちゃごちゃになって、わかんないんだけど、でも、今わかるのは、冬真(トウマ)さんを失いたくないって事だったから。
だから、私は、その気持ちに従おうと思ったの。
 
「あの・・・やっぱり、いいです。
すみませんでした。」
 
私は、その松尾さんにも先輩の看護士さんにも頭を下げて、今来た道を引き返そうとしたの。
だけど、私の腕を、その松尾さんはつかんだ。
そして、先輩看護士さんに聞こえないような小声で、私にささやいたの。
 
「冬真(トウマ)先生と私の関係、知りたくない?」
 
図星も図星。
完璧に心がみすかされていた私は、驚きを通り越してあっ気。
どうしたものかと考える余裕もないほど、ビックリして、松尾さんをボーっと見ていた。
その姿に、松尾さんは、「ホント、正直な人ね。」と言いながら優しく笑うと、先輩看護士のほうを見る。
 
「彼女は、5階フロアーに連れて行きますので。」
 
その言葉に、「じゃ、お願いね。」と先輩看護士さんはいうと、この場を去った。
彼女が去るのを見届けた松尾さんは、私の方に向き直ると同時に、つかんでいた腕を離した。
 
「5階へいきましょう。
その道中で、お話するわ。
私と冬真(トウマ)先生の関係。」
 
そういいながら、ニッコリ笑うと私に、「さっ。」と歩く事を進めた。
私は、思い足をゆっくりと動かした。
仕方なく松尾さんの横を歩く。
だけど、心の中で叫んでたの。
何も言わなくていいから、黙ってて!って。
知りたくないし、聞きたくない。
私は、現実から逃げてた。
だけど、松尾さんの口は開く。
 
「疑っているみたいなんで、先に言っておきますね。」
 
彼女はそういうと私の方に、顔を向けた。
視線を感じた私も、恐々彼女を見た。
きっと目はビビリまくっていたんだと思う。
そんな私に松尾さんは、プッと言った噴出し笑いをする。
 
「そんなに怖がらないで!
冬真(トウマ)先生に、近付かないで!とか言いませんから。」
 
と彼女は笑うと、今度は私にまた優しい微笑をした。
 
「冬真(トウマ)先生は、私の恋の相談相手なんですよ。」
 
「恋の・・・相談相手??」
 
もちろん、声は裏返っちゃうし、病院だという事も忘れて、ちょっとデカイ声をあげてしまった私。
慌てて口をふさぐ。
私の様子に、松尾さんは、本当におかしそうに笑った。
 
「大丈夫ですよ。ここには、病室はありませんから、少々声が大きくても。」
 
なんていって、さらにクスクスと笑った。
 
「あのー。」
 
と口を開く私に、「はい?」と松尾さんは返事をくれる。
 
「恋の相談相手って・・・?」
 
「ああ。そうそう。」と松尾さんは言うと、「実はね。」と口にして少し真剣な表情になった。
 
「私と冬真(トウマ)先生って、同じ恋愛をしてるんですよ。
だから、お互い、わかりあえるというか、理解し合えるというかね。
なんで、よくお互いの相談しあって、励ましあってるんですよ。
とはいえ、相談を受けてもらって励ましてもらっているのは、私だけなんですけどね。」
 
松尾さんは、平然と答える。
だけど、私には、そんな言葉、普通に聞けるわけないじゃない。
だって、今の内容って、結局冬真(トウマ)さんには、好きな人がいる。って事でしょ?
陸(リク)が生きてる時に、冬真(トウマ)さんには、好きな人がいる。って話は聞いたことがあったけど、実際、冬真(トウマ)さんと一緒にいる時間が増えて、そういう影が見えなかったから、デマだったんだって。
由梨華(ユリカ)を断る口実に、冬真(トウマ)さんがついた嘘なんだって、思っていたのに・・・。聞きたくなかったよ・・・。
自分が、どうしてこんなにショックを、受けているかもわからなかった。
でも、胸が苦しくて、心臓がドキドキ速い鼓動を打つのが自分でわかるくらい、私は動揺していたの。
たまらず、胸を押さえる私に、松尾さんは気付く。
そりゃ、そうよね。
看護士だもん。
そういうのは、さすがに、目ざとかった。
 
「どうしたの?胸が苦しい?」
 
心配そうに見る彼女に私は、「いえ。」と手を振って否定する。
私は、自分の体調よりも聞きたかったの。
冬真(トウマ)さんの事を。
私は冬真(トウマ)さんの事を何も知らない。
冬真(トウマ)さんが、どんな人を好きで、どんな恋愛をして、そして苦しんでいるのかも・・・何も知らないの。
だから、知りたかった。
自分の目で見るんじゃなくて、人づてに聞くなんて、そんなの本当はしたくなかった。
なんか、情けなくて、みじめで・・・。
でも、今はそれよりも、知りたかったから。
冬真(トウマ)さんの姿を。
冬真(トウマ)さんが愛する人を・・・知りたかったから。
だから、私は、プライドもメンツも捨てて、松尾さんにすがった。
 
「あのー、冬真(トウマ)さんと同じ恋愛をしてるって・・・。
お二人はどういう恋愛をしてるんですか?」
 
すると、彼女は言ったの。
 
「一生、報われない愛かな?」
 
「えっ?」
 
と口にした私に彼女は、さらに加える。
 
「どれだけ頑張っても、受け入れてもらえない相手に恋をした。
私も、冬真(トウマ)先生もそんなマヌケな恋をしてるの。
笑っちゃうでしょ?
これだけ、男と女がいるのに、よりにもよって、絶対に振り向いてもらえない相手に恋するなんてね。」
 
松尾さんは、そう言って笑ってるんだけど、その笑いが、後悔とか辛さとかじゃなくて・・・すごく楽しそうなの。
言っている言葉と顔が違うの。
それが、私には、どうしても気になってね。
初対面の人に、こんなに根掘り葉掘り聞くべきじゃない。ってわかっていたのに、松尾さんの笑顔がどうしても気になって私は、さらに深く彼女に聞いてしまった。
 
「どうして、そんなに笑顔なんですか?」
 
って。
「えっ?」と不思議な顔をする彼女に、
 
「だって、受け入れてもらえない恋愛をしているのに、とても楽しそうだから。」
 
と添えた私に松尾さんは、「そうねぇー。」と言いながら、やっぱり顔は笑顔。
 
「受け入れてもらえないとわかっていても、その人を思うと幸せなの。
その人の声を聞けただけで、今日もいい日だったなって思うしね。
もちろん、報われたら幸せよ。
その人と愛し合えたに、こした事はないけど、私はそれって、奇跡のように思うの。」
 
「奇跡・・・ですか?」
 
「そう。男と女がお互いを好きになるなんて、奇跡だと思わない?
まさに、愛が起こした奇跡・・・なんてね。」
 
彼女はそういうと、とてもかわいい笑顔をした。
 
「だけど、辛くないですか?
報われないなら、逢わない方が幸せですよね。
次の恋愛にもいけるし・・・。」
 
でも、彼女は、「そこが、私と冬真(トウマ)先生が、共感しあえた所かな?」と意味深な言葉を言う。
 
「共・・・感?」
 
なんか『特別』を感じる言葉。
私の鼓動がまた、速くなるのを感じた。
 
「普通なら確かに、もう諦めて逢わない。ってなると思うの。
でも、私も冬真(トウマ)先生も、そうは思わなかった。
私も、冬真(トウマ)先生も、その人の側にいたい。
いれるだけで幸せだと・・・そう思ったの。
それで、冬真(トウマ)先生もその人にとって、一番近い存在になって、その人を支える事を選んだ。
そして、私も・・・。」
 
「松尾さんも・・・ですか?」
 
だけど、松尾さんは少し、悲しい顔をした。
 
「松尾・・さん?」
 
さっきまで、どんなに切ない話でも、笑顔でそんな顔を見せなかった松尾さんに、私はちょっと心配してしまう。
一体、彼女はどうしたんだろう?って。
心配そうに彼女を見る私に松尾さんは、「実はね・・・。」と言うと、まだ寂しそうな色を残した瞳で私を見た。
 
「私の場合は冬真(トウマ)先生と違って、相手はここにはいないの。」
 
「ここには・・・いない?」
 
「そう。」と彼女は言うと、今歩いている廊下から、少し道をはずれると、窓際へと進む。
そして、そこから見える夜空を見上げた。
 
「今は、ニューヨークにいるの。
側にいたかったのに、彼は遠くに行っちゃって・・・。
逢いたい時に逢えないのは、受け入れてもらえないより、辛いのよねぇー。」
 
といいながら、彼女は空をみつめてた。
まるで、空はつながってる。
きっと、彼も今頃空を見上げてる。
そんな願いをこめて、みつめているように、私には思えた。
だから、心から思ったの。
彼も、空を見上げて、そして松尾さんを思ってほしい。
彼女に逢いたいと・・・そう思ってあげてほしいって。
私もちょっと、切ない気持ちになってた。
だけど、松尾さんは、しばらくして、目を空から離すと、さっきみたいに、明るい表情に戻っていた。
そして、またゆっくりと歩き出した。
 
「ごめんなさいね。
初対面の方に、こんな暗い話してしまって。」
 
松尾さんはそういうと、「ちょっと、うらやましかったのかも・・・。」と言いながら、優しく笑う。
 
「うらやましい?」
 
と首をかしげる私に彼女は、私のお腹にそっと手を差し伸べた。
 
「今、8ケ月ぐらいですか?」
 
彼女の言葉に私は、「ええ。」と答えた。
さすがは、看護士!
小さめの8ケ月なのに、よくぞ見抜いた!なんて、私は心の中で、松尾さんをベタ褒めした。
 
「愛が起こした奇跡で、愛する人を手に入れた。
そして、さらに、愛する人の子供まで授かって。
幸せいっぱいのあなたに、ちょっと嫉妬しちゃったのかもしれないわ。」
 
なんていいながら、彼女は優しくお腹をなでる。
少し、お腹が動いた。
 
「あら。元気を出せ!って言ってくれてるのかしら?」
 
と笑う彼女に私は、頭や心で思う前に、こんな事を言っていた。
 
「私も今、愛が起こす奇跡を待ってるんですよ。
振り向いてもらえない。
拒絶されている人に・・・諦められないんです。
振り向いてもらいたくて・・・。
でも、のぞみは、松尾さんよりも、うすいかも・・・。
本当に、・・・絶対に報われない恋ですから・・・。」
 
もちろん、これって・・・冬真(トウマ)さんの事。
自分でも、口にしながら驚いていた。
だけど、これが、私の本当の思いなんだと・・・思う。
答えをみつけようと必死で考えても、ゴチャゴチャになるだけで、答えがみつからなかった。
でも、今、何も考えずに、素直に口にしたら・・・こうなったの。
そして、これが答えなんだと素直に思えた。
私は、いつの間にか、冬真(トウマ)さんを一人の男の人として、見てた。
陸(リク)を失って、まだ半年足らずだというのに私は・・・冬真(トウマ)さんを好きになってた。
そんな事、許されるはずがないってわかってる。
それに、この思いを告げたら、きっと冬真(トウマ)さんは、悲しむに決まってる。
そして、私を軽蔑するだろう。
こうも簡単に心変わりをした私を、きっと、冬真(トウマ)さんは許してくれない・・・。
冬真(トウマ)さんへの気持ちに気付いた私だけど、すぐに思った。
この気持ちは封印しなきゃ。
絶対に、誰にも言えない!って。
例え由梨華(ユリカ)が相手だとしても・・・絶対に言えないって。
でも、そう思っても、苦しいとか、辛いとかは・・・思わなかった。
ただ、松尾さんに感謝したの。
彼女のおかげで、冬真(トウマ)さんへの気持ちがハッキリした。
それに、決して口に出来ない冬真(トウマ)さんへの思いを、松尾さんに言えたから。
誰かに言えたこの嬉しさは・・・本当に、私を満たしてくれたの。
だから・・・それを、身を持って感じたから、私はわかったんだ。
冬真(トウマ)さんと、松尾さんがお互いを理解し、そういう関係が続いているっていうのが。
お互い、人には言えない思いを、言える相手がいるという事は、とても気持ちがやわらぐ。
松尾さんには、冬真(トウマ)さんがいるから。
そして、冬真(トウマ)さんには、松尾さんがいるから。
だから、お互い楽しく相手を思って、生きていけるんだって。
私には、入れないと思った。
というより・・・入っちゃいけない気がしたの。
だから、私は、松尾さんにお願いした。
 
「今日、私と逢った事は、冬真(トウマ)さんには言わないで下さい。
お願いします。」
 
頭を下げる私に彼女は、一瞬黙るけど、「わかった。」と明るい声で答えてくれた。
 
「でも、そのかわり・・・。」
 
彼女のその言葉に、私は顔を上げた。
 
「あなたのお名前、聞かせてくれる?」
 
私は、「えっ?」とビックリしてしまった。
だけど、彼女は、「そんなにビックリしないでよ。」とおかしそうに笑った。
 
「私は、松尾 愛閖(マツオ アユリ)って言います。
なぜか、あなたとは、また逢える気がして・・・。
よかったら、名前教えてよ!
あなたは、なんていうの?」
 
そう言われて私は、素直に答えたの。
 
「柚川 麗美(ユズカワ レミ)・・・です。」
 
「麗美(レミ)さんね。」
 
彼女はそういって、ニッコリ微笑んだ。
そして、また、右手を私のお腹に当てた。
 
「この子のお名前は?」
 
だけど、私は首を振る。
 
「まだ、決めてないの?」
 
「ええ。どっちかも、わかんないから。」
 
と答えた私。
 
「わからないって?わざと?」
 
私は、うなずいた。
私は、どっちでもよかった。
でも、お母さんも誠さんも匠(タクミ)さんも、どっちか早く知りたいみたいで、検診のたびに聞いてくるの。
それで、私は、余計に聞くのが、怖くなってしまった。
だって、みんな、この子を陸(リク)の生まれ変わりと思ってる。
だから、絶対に男の子を!って、思ってるはず。
それが、もし女の子ってわかったら、がっかりするんじゃないか?とか・・・そんな事を考えてしまって。
勇気がでなくて・・・。
でも、そんなときは、やっぱり、冬真(トウマ)さんに頼ってしまった。
私は冬真(トウマ)さんに聞いたの。
 
「冬真(トウマ)さんは、知りたい?」
 
って。
そしたら、冬真(トウマ)さんは、「生まれてくるのを楽しみにしない?」と言ってくれて。
だから、私もそれに同意して、聞かないことにしたの。
 
「じゃー、生まれてくるのが楽しみね。」
 
松尾さんの言葉に、私は、「はい。」と笑った。
そうこうしていると、前方にエレベーターが見えた。
 
「あれで、5階に上がりましょう。」
 
そして、彼女がボタンを押したときだった。
彼女の携帯電話が鳴った。
 
「ナースステーションから、連絡かしら?」
 
彼女はそういいながら、「ごめんね。」と言って、少し窓際にずれた。
そして、ポケットから携帯をとるけど、液晶を見て「えっ!」と声を出す。
慌てて、彼女は、携帯に出た。
 
「なんで!どうして!」
 
松尾さんは、とても取り乱した様子でそういった。
周りがしーんとしているせいで、電話の向こうの声も何となく聞こえた。
 
「携帯に鳴らしたんだ。
でも、出なかったから、夜勤かと思って、こっちに鳴らしてみた。」
 
「何かあったの?」
 
とても、心配そうな声を出す彼女に、電話の彼は少し笑う。
 
「何もないよ。
ただ、声が聞きたかったから。」
 
「こ・・・え?」
 
「そう。愛閖(アユリ)の声が、聞きたくてたまらなくてさ。
我慢できなかったんだ。」
 
そう言った彼の言葉に、松尾さんは、「何言ってんのよ。」と言いながら涙を流してた。
それで、わかったの。
この電話の相手の人が、松尾さんが言っていた、片思いの人なんだって。
でも、二人を見てて思ったよ。
全然、報われない愛じゃないじゃない!って。
奇跡は、近いうちに起きるよ!って思った。
だって、国際電話なんだよ。
何とも思わない相手に、かけてこないでしょ。
しかも、夜勤だとなんとなくわかってたにも関わらず、わざわざ仕事用の携帯にかけてくるなんて・・・。
ちょっと、うらやましく思っちゃった。
いいなぁ〜って。
その時、エレベーターが来た。
その音で、松尾さんは私の方を見た。
 
「ごめんなさい。
今、ちょっと・・・。」
 
と言って、電話を切ろうとした彼女に私は、「いいから。」と両手を振る。
 
「ここからは、わかります。
松尾さんは、・・・頑張って!!」
 
笑顔で言った私に、彼女も負けないくらいの笑顔でこう答えた。
 
「ありがとう!」
 
って。
そして、私は、彼女に礼をすると、エレベーターに乗ろうとした。
その時、
 
「ねぇー、麗美(レミ)さん!」
 
と呼ばれた。
私は、振り返った。
 
「その赤ちゃんの名前・・・。
あなたの片思いの人に、名付けてもらえたらいいわね。」
 
この子の父親はもうこの世にいない。
私の片思いの相手が、その父親の無二の親友だった。
そんな事、松尾さんは知るわけがない。
冬真(トウマ)さんが、この子の名付け親になってくれるかは・・・難しいかも。
 
「俺には、そんな資格ないよ。」
 
ときっと、彼ならそう言うだろう。
でも、松尾さんのいう通り。
私は、この子の名前を、冬真(トウマ)さんに名付けてほしいって思ってた。
ずっとずっと・・・この子を冬真(トウマ)さんの為に生もうって決めた時から。
だから、彼女の思いを素直に受け入れた。
 
「うん。愛閖(アユリ)さんも・・・祈ってて。」
 
私の笑顔に彼女はニッコリ笑う。
私も彼女も、扉が閉まるまで、お互い手を振り合ってた。
これが、私と、松尾愛閖(アユリ)さんとの、運命的な出会いだった。
 
 
 
 
 
音が鳴り、扉が開く。
私は、5階フロアーに足をつけた。
エレベーターは閉まり、下の階に向けて音を立てて、動いていった。
 
「どこにいるのかな?」
 
なんていいながら、私は照明が消えたフロアーを、足元に気をつけながら歩いた。
キョロキョロとしてみるけど、冬真(トウマ)さんの姿どころか、看護士の姿も見えなかった。
ずっと歩いていくと、見覚えのある黄色い壁が見えた。
エンジョイルームがある場所まで、知らず知らずのうちに歩いていた。
そんな所に、冬真(トウマ)さんがいない事はわかっていた。
でも、私はなぜか、エンジョイルームに続く、角を曲がった。
エンジョイルームで、大介くんたちと楽しそうに過ごしていた陸(リク)の姿を、思い出したかった?
それも、あったかもしれない。
でも・・・なんでだろう?
私は、本当にためらいもなく、そこへと向かっていたの。
まるで、陸(リク)がこっちに来いと、呼んでくれたように・・・。
私は、迷わずそこに向かってた。
陸(リク)を思い出して、辛くなるかも?とか、そういうためらいもなく・・・。
 
角を曲がって、エンジョイルームが視界に入ってきた。
そこに、人影が見えた。
 
もしかして?
 
と期待をしたけど、すぐに違うとわかった。
だって、明らかに、女性だったから。
看護士さんだとわかって、少しガッカリした私。
彼女は、フロアーに散らかっている、積み木や絵本を、手際よく整理して、見る見るうちにフロアーを綺麗に整頓していった。
その素早さに、見ていた私は、素直に、「すごい。」と心の中で口にして、見とれてたの。
その時・・・。
 
「驚くくらい、手際がいいね。」
 
奥の廊下から聞こえたその声に、褒められた看護士さんよりも、早くに反応したのは、私だった。
だって、その声は・・・。
 
「誰かと思ったら・・・冬真(トウマ)先生。
まだ、いらしたんですか?」
 
その看護士さんは、冬真(トウマ)さんに笑顔で答えると、散らかっている最後の絵本を、トントンと整えると、本棚にしまった。
 
「大介を説得するのに、てこずってしまってね。
顕微鏡をのぞいている方が性に合ってるからさ。
人と話すのは、苦手だよ。」
 
なんていいながら、冬真(トウマ)さんはその看護士さんに優しく笑った。
私は・・・何もできなくて、ただその光景を見ていた。
冬真(トウマ)さんに、強引に声をかける事も・・・できなかった。
だって、冬真(トウマ)さんが、女性と話してる・・・。
それを、見ただけで、胸が張り裂けそうにいたくて、私は胸のドキドキを抑えるだけで、精一杯だったんだもん。
ドキドキして見守る私になんて、気付かない冬真(トウマ)さんも、その看護士さんも、そのまま話を続ける。
 
「苦手だなんて。
冬真(トウマ)先生は、評判がいいですよ。
優しい言葉遣いに、優しい笑顔。
とてもいいドクターだと、みんなが言ってますよ。」
 
そういいながら、彼女は冬真(トウマ)さんの元へと歩み寄る。
 
「ありがとう。」
 
冬真(トウマ)さんは、彼女にそう言って照れくさそうに笑った。
少し彼女から目を離した時に、テーブルの上にある、『ある物』を目にした。
普通ならたぶん、特に気にはしなかったと思う。
でも、その物の上に書いてある名前を見て、冬真(トウマ)さんはすごく驚いた顔をした。
さらに、靴を脱いで、フロアーに入ると、その『ある物』を手に取った。
 
「どうか、しましたか?」
 
冬真(トウマ)さんが、中に入ってきたのをみて、看護士さんはそういった。
だけど、黙ったまま、ある物を見ている冬真(トウマ)さんの姿を見て、彼女の方が口を開いた。
 
「あー、そういえば、大介くんの忘れ物だって、みんなが言ってたわ。
いつも、大介くんに持っていってあげようと思って、忘れちゃってて・・・。」
 
その言葉に冬真(トウマ)さんは、彼女を見る。
 
「でも、これ・・・小3の算数だよ。
大介って、今、1年生だよね?」
 
だけど、看護士さんは、「そうなんですけど・・・。」というと、少しいいにくそうにいった。
 
「陸(リク)先生がいらしてた時、大介くんは、先生にお勉強を見てもらっていたんです。
なぜかはわからないんですけど、頭がよくならないといけないから、先生にお勉強を教えてもらうんだ!って。
秋くらいから、見てもらってたみたいで、陸(リク)先生が亡くなるちょっと前から、この3年生のドリルを始めたようです。
なかなか難しいみたいで、陸(リク)先生のコメントを読んで、いつもここで、消灯時間まで、頑張ってましたよ。」
 
彼女がそう言った時、彼女の携帯が鳴った。
 
「どうしました?はい。わかりました。
すぐ、病室にうかがいますね。」
 
ナースコールを、携帯に転送していたみたいで、患者さんからの連絡だったのか、彼女はそう答えると、冬真(トウマ)さんに、「失礼します。」と一礼をして、フロアーから出て行った。
冬真(トウマ)さんは、そのドリルを近くのソファーに座ると、開いて見始めた。
パラパラとめくる。
最初は、テンポよくめくっていたんだけど、だんだんとそれは遅くなって、最後は、「パサ。」と冷たい音をたてて、ドリルは冬真(トウマ)さんの手から落ちた。
 
なんで、ドリルが落ちたの?
 
私がそう思った時、私の耳に、『ある声』が入ってきた。
私は、驚いて、冬真(トウマ)さんを見た。
ソファーに前かがみの状態で座ってた。
両膝に、両ひじをたてて、まるで頭をかかえるようなポーズ。
そして、顔を下に向けていた。
わずかな隙間から見えた彼の顔。
いや、瞳からは、透明なキラキラと光る雫が、ポタポタと止めどなく落ちていた。
 
「陸(リク)・・・。」
 
そう言った彼の声は、初めて聞く声だった。
胸がぎゅーっと締め付けられて、息ができなくなるくらい苦しくなった。
聞いている私ですら、そう思ってしまうくらいの声なんだもん。
きっと、今冬真(トウマ)さんは、どれだけ苦しいか・・・。
それを、思うと私は、胸が熱くなった。
冬真(トウマ)さんは、言葉にしたら、余計に思いが溢れてしまったのか、さらにたくさんの水滴を、フロアーに落とした。
 
「陸(リク)・・・ごめんな。」
 
冬真(トウマ)さんはそういったあと、自分の手から落ちた大介くんのドリルを、手に取った。
 
「生きなきゃいけないお前を救えなくて・・・ごめん。
本当に・・・ごめん・・・。」
 
ドリルを握り締めて、冬真(トウマ)さんは何度も陸(リク)に謝った。
私は、そんな冬真(トウマ)さんが見てられなくて、たまらず背中を向けて目をそむけた。
そのまま、しゃがんで、口を抑えてた。
だって・・・私だって、涙があふれてきたから。
冬真(トウマ)さんの苦しさが、本当にわかったから・・・。
我慢できなかった。
 
「陸(リク)・・・。」
 
冬真(トウマ)さんのその声に、私は気になって、顔だけを冬真(トウマ)さんの方に向けた。
冬真(トウマ)さんは、下を向いたまま、まるで一人ごとのように言ったの。
 
「俺は・・・どうしたらいい?
お前の為に、俺は何をすればいいんだ・・・。
教えてくれ・・・陸(リク)・・・。」
 
これだけ必死に答えを求めても、陸(リク)からは返事はこない。
それを知れば知るほど・・・突きつけられれば突きつけられるほど、もう陸(リク)はいないのだという現実が、冬真(トウマ)さんに襲い掛かった。
それが、余計に冬真(トウマ)さんを苦しめた。
 
「どうして、お前だったんだ・・・。
なんで、俺じゃないんだ。
お前を救えなかった俺を・・・死なせてくれればよかったのに・・・。
俺が、代わりに死ねばよかった・・・・。
どうして、陸(リク)が逝くんだよ・・・。
なんで・・・。
陸(リク)・・・。俺は、何の為に、生きてるんだ?
どうして、お前は死んだんだ?
一体なんで?何の為に?
教えてくれよ、陸(リク)・・・。
頼むから・・・声を。
もう一度声を聞かせてくれ。
俺を・・・導いてくれよ・・・陸(リク)・・・。」
 
私はもう・・・これ以上、冬真(トウマ)さんの声が・・・。
心の叫びを聞くことができなかった。
私は、ふらつきながらも、壁伝いに、そこから離れた。
本当は、側にかけよって、抱きしめたかった。
冬真(トウマ)さんが、生きてくれててよかった。って・・・。
そう言いたかった。
だけど、そんな事、私がいって、冬真(トウマ)さんが喜ぶはずがない。
余計に彼を、傷つけてしまうに決まってる。
だって、私は、陸(リク)の恋人なんだもん。
冬真(トウマ)さんが、一番うしろめたくて、申し訳ないと思う人物が私。
その私に、なぐさめられて、癒されるどころか、余計に追い込まれるに決まってる。
現に、冬真(トウマ)さんは、私にはあんな姿、ただの一度も見せたことがなかったんだから。
片思いをしている人の事だって、愛閖(アユリ)さんには言えて、私には言ってくれなかった。
あれだけ、一緒にいたのに。
ほんの一言も・・・言ってくれなかった。
自分の心も、一欠けらも・・・見せてはくれなかった。
よく考えたら、冬真(トウマ)さんが苦しんでいて当たり前よね。
誰よりも救いたかった親友を救えなかった苦しみと、未来を共に歩むはずだった友がいなくなって、ポッカリ穴が開いてしまったに、決まってる。
いいようもない絶望が、彼を襲っていたに決まっているのに・・・。
私は、それを感じ取ろうともしなかった。
冬真(トウマ)さんの事を、気にもしてなかった・・・。
そんな彼に、私はあんなにも、救われてたというのに・・・。
私は、うわべだけの冬真(トウマ)さんをうのみにしてた。
自分の事しか考えてなかった自分の最低ぶりに、私は心底嫌気がさした。
こんな私は、冬真(トウマ)さんの側にいるべきじゃない。
私はそう思って、その場から去ったの。
去ったんだけど・・・。
どうしても、帰れなかった。
今私は、1階の外来の待合室にいた。
ズラーっと並ぶイスに、ポツンと座った私。
考えなきゃいけないことは、山ほどあったのに・・・何も考えられなかった。
頭が、全く動かない。
そんな頭で今思っているのは、冬真(トウマ)さんをちっともわかっていなかった自分のバカさ加減。
それと、冬真(トウマ)さんともう二度と逢わない方がいいのかもしれないと思っているけど、離れる事ができない自分の気持ちとの板ばさみ・・・。
私は、どうしていいかわからずに、ただ一点を見つめて、そこに座っていた。
 
「あれ?こんな所で、何してんの?」
 
遠くから、そんな声がした。
きっと、かなり遠い位置から、その人は声をかけてくれたんだろうけど、私の頭に届いて、私に言われていると認識して、顔がそちらの方を向くまでの時間が、ものすごく時間がかかってしまった。
だから、その主を見た時には、すぐ側まで、その人は来ていた。
薄暗いフロアーで、その人を見たものだから、私はまた勘違いしてしまった。
 
「冬真(トウマ)さん!!」
 
今、逢いづらい人に逢ってしまったと思った私は、飛び上がるくらい驚いて、アタフタしてしまう。
でも、声をかけた人は、「ククク。」とおかしそうに笑うと、
 
「そんなに、似てるかな?」
 
と言って、月明かりが当たるように、わざと窓際の方を通って、こちらへと歩いてきてくれた。
それで、気付いたの。
 
「あっ・・・。」
 
その声に、その人は、「あれ?ガッカリした?」と笑いながらいうと、私のすぐ側まで来た。
 
「ここ、座っていい?」
 
私は、ただうなずいた。
私は、改めて、横にいる人をマジマジと見た。
あまりに、しつこく見る私に、その人は、またおかしそうに笑う。
 
「そんなに、見るなよ。」
 
といいながら、私の顔を軽く、トーンと後ろに押した。
 
「でも・・・雪先生って、本当に冬真(トウマ)さんに、似てますよね。」
 
とたまらず言った私に、
 
「間違えんなよ!
向こうが似てんだよ!!」
 
と突っ込まれた。
 
「あっ・・・そうか。」
 
と、とても納得した私に、「ホント、おもしろい子だな。」と今度は、アハハと笑った。
でも・・・私は、そんなに笑えなくて、苦笑いになっちゃった。
だって、今はそんな気分じゃないから。
私の態度で、私が重い気分だとわかったのかもしれない。
雪先生は、笑いをやめると、イスの背もたれに背中ももたれさせて、リラックスする。
 
「こんな時間に、しかもこんな所で、何を考えてた?」
 
そう言われても、初めは素直に答えられなくて、雪先生と私の間は、シーンと静まり返ったの。
でも、雪先生は何も言わずに、私の答えを待ってくれてた。
だから、私は、少ししてからだったんだけど、ゆっくりと口を開いた。
 
「私、何もわかってなくて・・・。」
 
「わかってないって?何を?」
 
「・・・冬真(トウマ)さんの事・・・。」
 
私はそう言ったあと、雪先生の方に体ごと向いた。
 
「あの・・・雪先生に聞きたいんですけど・・・。」
 
いきなりの私の申し出に、雪先生は驚くどこから、「何?」と優しく聞いてくれた。
だから、私は、聞いたの。
陸(リク)が亡くなってから、ずっとずっとわからなかった事。
そして、誰にも聞けなかった事を・・・。
失礼かも?と思ったけど・・・雪先生の優しさに甘えてみる事にしたの。
 
「医者って、その・・・人の死に、なれちゃうものなんですか?」
 
私の質問に、「ん?」と雪先生は、少し眉をひそめる。
 
「なんで、そう思った?」
 
「陸(リク)が亡くなった時、冬真(トウマ)さんの態度が・・・。」
 
と口にして、私は閉じた。
あの時の、冬真(トウマ)さんの態度は、とてもあっけなかった。
だから、私は彼に不満をぶつけたの。
でも、さっきの悲痛な叫びをしていた冬真(トウマ)さんを知れば、やっぱり陸(リク)の死に対して、平気じゃなかったって事だよね・・・。
なら、これを聞くのはおかしい?
自分の中で、よくわからなくなった。
何が?って・・・冬真(トウマ)さんと言う人が・・・わからなくなった。
だから、私は余計に聞けなくなってしまって、口を閉じてしまったの。
でも、私の言葉に、雪先生は、
 
「冬真(トウマ)の態度が何?」
 
と詳しく聞いてくる。
困った私は、何も言えずに雪先生を見た。
 
「いいから、言ってみろよ!
グチャグチャな内容でもいいからさ。ほらっ!」
 
言葉はすごく乱暴だった。
雪先生と逢った事なんて、陸(リク)が運ばれた時と、あとはお通夜と、告別式だけなんだよ。
それも、一言くらい・・・挨拶程度しか話してないっていうのに、この偉そうな口調は一体何?
もう少し、『他人』に接するように話してよ!って思った。
と同時に、こうも思っちゃった。
顔はそっくりなのに、性格が・・・違い過ぎる!って。
でも、こういう乱暴な言葉でも、雪先生の思いは、すごく感じれた。
冬真(トウマ)さんと同じくらい、優しさがにじみでていたから、私は心の中にある声を言葉にした。
 
「冬真(トウマ)さんの態度が、すごくあっけなくて。
心停止した陸(リク)を、蘇生しようともしてくれなかったし・・・。
無理だったのは、わかってます。
しても、きっと無理だったんだろうなって・・・今なら、何となく理解はできるんです。
でも、あの時は、どうして?って。
たとえ無理でも、1%にもみたない事でも、冬真(トウマ)さんにはやってほしかったんです。
陸(リク)の命に、信じられないくらいの執着を持ってほしかったし、最後まで諦めずに、みにくくてもいいから、ジタバタしてほしかった。
だけど、冬真(トウマ)さんは、信じられないくらい落ち着いていて。
当たり前のように、陸(リク)の死を受け入れてた。
もう、無理だって、蘇生もしようとしないで、彼はそう言ったんです。
どうして、あんなに冷静でいられたんだろう?って。
あの時も、お通夜でも、告別式でも、冬真(トウマ)さんは一滴も涙を流さなかった。
どうして、あんな簡単に、死を受け入れられたんだろうって・・・。
人の死になれてしまう事ってあるのかな?って。
今まで、そう思っていたんです。
だけど、さっき・・・。」
 
「さっき?なんか、あった?」
 
黙って聞いてくれていた雪先生は、私の最後の言葉に、素早く反応して聞いてくれた。
 
「陸(リク)の死に、苦しんでいる冬真(トウマ)さんを見たんです。
泣きながら、陸(リク)に『なんで死んだんだ。』って・・・。
そして、『救えなくてごめん』と何度も何度も謝ってる姿を見て・・・。
本当は、誰よりも陸(リク)の命にこだわりたかったのは、冬真(トウマ)さんだったんだ。ってわかったんです。
でも、だったら、どうして、あの時・・・。
陸(リク)の命が消えたとき、行動を起こしてくれなかったんだろうって・・・。」
 
私は、そういったあとに、「すいません・・・メチャクチャな事言って・・・。」と雪先生に謝った。
途中、感情的になりすぎて、自分でもいっている事が、よくわからなくなってきていた。
でも、雪先生は、「いや、ちゃんと意味はわかったよ。」と笑うと、足を組む。
 
「麗美(レミ)ちゃんが最初に言った、『医者は人の死になれるのか』ってやつだけどさ、あれは、人それぞれだと思うな。」
 
「人・・・それぞれ?」
 
雪先生は、「うん。」と答えた。
 
「俺は、死を体験すれば、『くそっ!』って思うタイプで、今度同じ病状の患者に出会ったら、その人よりも1日でも1時間でも長く生かしてやろう!って思う。
でも、冬真(トウマ)は、慣れるタイプどころか、どっちかといえば、耐えられないタイプだな。」
 
「耐えられない・・・タイプ?」
 
私が首をかしげながら言ったもので、雪先生は、少し笑う。
 
「アイツは、優しすぎる。
自分の事より、人の気持ちを先に考えてしまって、『自分』が出せなくなる。
顔は俺そっくりだけど、そういう気持ちの優しい所ってのは、母親そっくりなんだよな。
似なくていい、余計な所が似てしまってさ。」
 
と笑う雪先生。
 
「でも、優しいと・・・耐えられないって?」
 
「ごちゃごちゃ話すより、陸(リク)の時の話をした方が、わかりやすいかな?」
 
と雪先生は言うと、「あの時の事、全て話してやるよ。」というと、急に立ち上がり、私の目の前に座った。
 
「救急車で運ばれた陸(リク)は、すでに心停止・・・つまり、心臓が止まっていた。
その辺の話は・・・聞いてる?」
 
私は、首を振った。
お母さんたちは、看護士さんに聞いていたみたいだけど、私にはそんな事を聞くゆとりがなくて、聞かなかったの。
だから、陸(リク)が、事故にあった後、手術を終えて、私と逢うまで、どうだったのか、全く知らなかった。
 
「教えて・・・もらえますか?」
 
雪先生は、優しく笑うと、口を開いた。
 
「心臓が止まった陸(リク)を、もちろん冬真(トウマ)は蘇生させようと、必死でマッサージをしたらしい。
けど、全然ダメで、時間もとっくに経過してしまって、誰もがもう諦めようと言ったらしい。」
 
「時間・・・って?」
 
「蘇生には、時間が決められているんだ。
あまり、時間がかかりすぎると、蘇生しても、障害が残る。
心臓が止まっているという事は、酸素を吸わない。
つまり、脳に酸素がいかなくなっているわけだから、その時間が長いと脳に障害が起きる可能性が出る。
そして、陸(リク)は蘇生に時間がかかり過ぎた。
もし、蘇生しても、なんらかの障害が残る。
陸(リク)のためにも、もう止めた方がいいと、周りにいたものは判断したんだ。
陸(リク)の負っていた怪我も、ひどかったし、助かる見込みもハッキリ言ってなかったからね。
それでも、冬真(トウマ)は、いう事を聞かないで必死で蘇生したそうだ。」
 
「そんな危険だとわかっていたのに・・・どうして?」
 
「それが、麗美(レミ)ちゃんが言っていた、『陸(リク)の命』にこだわった姿じゃないかな。」
 
「こだわった・・・姿?」
 
「冬真(トウマ)はどうしても、諦められなかったんだろうな。
陸(リク)の命が尽きる事も、そして陸(リク)が麗美(レミ)ちゃんの妊娠を知らずに、この世を去る事も。
そんな事、させたくないって。
アイツは、それだけを考えた。
だから、もし、蘇生して、そのあとすぐに陸(リク)の命が尽きたとしても。
最悪、障害が残ったとしても、それでもいいと冬真(トウマ)は思ったんだ。
どんな犠牲を払っても、陸(リク)に麗美(レミ)ちゃんと話す時間を持たせてやりたい。
アイツの頭には、それしかなかった。」
 
雪先生は、そこまでいうと、またイスに深く座る。
 
「息を吹き返した陸(リク)を、冬真(トウマ)はすぐにオペ室に移動させた。
陸(リク)は、骨折もしていたけど、早急に処置しないといけないのは、外傷の腹部と頭部の傷だった。
だけど、どっちももう手に負えないくらいの重傷で、残された医者の中で、腕がたつ外科部長でも、白旗をあげたくらいの怪我だったんだ。」
 
雪先生はそういったあと、急に「フッ。」と声を出して笑った。
不思議そうな顔でみた私に、雪先生は、「いやさ・・・。」と言うと、すごく嬉しそうな顔をしていった。
 
「正直、冬真(トウマ)の腕が、あそこまでとは思わなかったんだ。」
 
言っている意味がわからない私は、「えっ?」と首をかしげた。
その姿に、雪先生は、なぜか、別の人の名前を口にした。
 
「聖(アキラ)って名前、冬真(トウマ)か陸(リク)から聞いたことない?」
 
聖(アキラ)・・・知らない。
私は、首を振った。
私の様子に、「そう。」というと、
 
「聖(アキラ)っていうのは、冬真(トウマ)の1つ違いの弟でね、陸(リク)や匠(タクミ)と同じ年なんだけど。
そいつがね、冬真(トウマ)とは、全くタイプが違って、顔は母親そっくりなんだけど、性格や手の器用さは俺、そっくりなんだよ!」
 
なんて言ってくれるけど、なぜ、冬真(トウマ)さんの話から、弟くんの話になったのか、さっぱり意味がわからない私は、「はぁ・・・。」と気のない返事。
私の対応の悪さに、「まー、そんな顔しないで。」と笑いながら言った雪先生は、
 
「なんで、聖(アキラ)の話になったかというと、今言ったように、聖(アキラ)は手先が器用だし、それに性格も俺に似て、客観的に見れるというか、自分の意見を強引に押し通すところとかがあって、俺から言わせれば、気が強いんだよ。
少々のことでは、めげないというかね。
だから、俺は、アイツには、外科医が向いてると思ってた。
そして、反対に冬真(トウマ)は、そんなに手先が器用なほうじゃないのと、アイツは、さっきも言ったように、優しすぎるから、人と接したりは無理だと思った。
元々、アイツは研究とか、何かを追求する根気強さがあったし、何より見抜く目を持ってた。
だから、アイツは完全に内科向きだなって。
ニューヨークで、外科の方も一応勉強させられるのは、わかっていたけど、でも、一生、メスを握る事はないだろうと思ってた。
だけど、アイツはあんなに困難なオペを、たった一人でこなした。
俺や海(カイ)が行った時には、ほとんど終わってたんだ。
あとは、縫うだけだった。
正直、鳥肌が立ったよ。
なんて、腕してるんだってな。
それで、気になってさ。
そのあと、すぐにニューヨークに連絡したんだ。」
 
「ニューヨークに?」
 
「そう。そしたら、すごい事実がわかってね。」
 
「なんですか?」
 
思わず、体を乗り出して聞いていた私の姿に、雪先生はちょっと笑う。
 
「アイツ、留学中、途中から必死で外科医としての勉強をしてたって。
自ら手術の見学に行ったり、簡単な手術はやらせてもらったり。
向こうに居る間、アイツなりに必死で腕を磨いたんだとわかった。
それは、何でだと思う?」
 
私は、首をかしげた。
 
「陸(リク)が、心臓外科医を目指しているのは知ってた。
大学を卒業して医師になったら、アイツにこの病院から向こうに留学させて、心臓外科医の名医になって、戻ってきて、ここで働いてもらうつもりでいたんだ。
だけど、まさか、その陸(リク)の夢に、冬真(トウマ)も関わっていたなんて・・・。
陸(リク)の夢がいつのまにか、二人の夢になっていたなんてさ。
俺は全然知らなくて・・・。
陸(リク)は、さっきもでた、その聖(アキラ)によく似ていた。
性格も、それに、器用さも似てたから、だから冬真(トウマ)は思ったんだろうな。
陸(リク)と同じスタートでは、自分は陸(リク)の夢のサポートどころか、足手まといになってしまうって。
だから、アイツは必死で頑張ったんだと思う。
陸(リク)とのスタートラインで、自分は半分くらいの位置にいないと・・・ってな。
本当に、メチャクチャ、冬真(トウマ)のヤツ、頑張ったと思うよ。」
 
雪先生はそういうと、今度は少し寂しい顔つきになった。
 
「でも、アイツもかわいそうなやつだよ。
そこまでしてあげた腕を、発揮した最初の患者が、自分と一緒に夢を見た友でさ。
それでいて、救う事ができないなんてな。」
 
そういって、雪先生は口を閉じた。
 
「あの・・・・。」
 
私は、黙った雪先生にそういうと、先生に続きをせまったの。
 
「それで・・・冬真(トウマ)さんは、なんで・・・。
なんで、最後に陸(リク)の死をあっさり、受け止めたの?」
 
すると、雪先生は、私を見つめて言った。
 
「それが、アイツの外科医として、向いてない所・・・かな?」
 
って。
それには、もちろん、「どういう・・・意味ですか?」とすぐに答えた私。
私の言葉に、雪先生は、小さなため息みたいな息を吐くと、口を開いた。
 
「確かに、あの状況では、蘇生した所で、無理だろう。
でも、そうならそうで、ちゃんと麗美(レミ)ちゃんにいえばよかったんだ。
そうだろ?」
 
私は、うなずいた。
 
「だけど、アイツは、そうしなかった。
それは、もし、麗美(レミ)ちゃんに、『無理でもいいから、だめもとでもやってほしい。』と言われたら・・・って思ったら言えなかったんだろうな。」
 
「なんで?」
 
「アイツは、もう、陸(リク)を生き返らせたくなかったんだ。
陸(リク)をあのまま、死なせたかったんだよ。」
 
「どう・・して?」
 
「さっきも、言ったように陸(リク)は、一度蘇生してる。
いえば、蘇生させた事で、陸(リク)は大手術を受け、麗美(レミ)ちゃんとの会話を果たした。
だけど、それは、陸(リク)にしんどい思いをさせてしまったのと、麗美(レミ)ちゃんに別れをいわなければいけない辛さを、与えてしまった。
あのまま死んでいれば、抱えなくていい事を、陸(リク)に与えてしまった。
冬真(トウマ)は、陸(リク)に申し訳なくて、いたたまれなかったんだと思う。
陸(リク)を生き返らせたい。
陸(リク)に麗美(レミ)ちゃんに別れを告げさせてやりたい。
そう思ったけど、それは自分が思った事。
果たして、陸(リク)は本当に望んでいたのだろうか?
麗美(レミ)ちゃんに余計な悲しみを、与えてしまっただけだったんじゃ、ないだろうか?
冬真(トウマ)は、陸(リク)を蘇生させてから、ずっと自分を責めてたはずだ。
だから、アイツは、陸(リク)の息が途絶えた時、もう蘇生はしなかった。
自分の思いを消して、アイツは陸(リク)の為に、蘇生はやめたんだ。」
 
雪先生はそういうと、また私の隣の席に座った。
私の頭を優しくなでる。
それは・・・私が泣いちゃってたから。
だって、雪先生が言った通りだったとしたら、私は冬真(トウマ)さんにひどい事を言った。
蘇生しない彼を、責めてそして、ののしった。
 
「どうしよう・・・私、冬真(トウマ)さんに、ひどいこと言ってしまったの・・・。」
 
だけど、雪先生は、「気にしなくていいだろ。」と明るい口調で言った。
「えっ?」と雪先生を見ると、雪先生は私から手を離すと、またイスに深く座って正面を見る。
 
「アイツが、麗美(レミ)ちゃんの言った言葉に傷ついたり、根に持ってるなら、一緒にいないだろ。
怒ってないから、麗美(レミ)ちゃんの側にいるんだからさ。
気にしなくていいじゃねぇーかな?」
 
「でも・・・。」
 
という私に、「ん?」と雪先生は私を見た。
 
「冬真(トウマ)さんは、私に『自分の事はいいから』って言って、何も言わないし、何も教えてくれないんです。
それって、私の事を嫌っているからじゃないですか?
それに、陸(リク)の死に対して、あんなに苦しんでいたなんて事も、私知らなくて・・・。
私は、優しい冬真(トウマ)さん以外、彼の何も知らないんです。」
 
言ってる側から、また止まっていた涙が出てきた。
カバンからハンカチを出す私。
涙をぬぐっていた私だけど、「ちょっと、キツイ事言っていいか?」と雪先生は口を開く。
「えっ?」と言いながら、雪先生を見ると・・・雪先生はとても真剣な顔をしていた。
その顔が、ちょっと・・・怖かった。
 
「なんですか・・・。」
 
ためらいながら聞いた私に、雪先生は本当にキツイ言葉を言った。
 
「麗美(レミ)ちゃんは、冬真(トウマ)の事、何一つ、わかってないよ。」
 
「へっ?」ってしか言えなかった。
何一つ、って・・・今言ったよね?
呆気にとられている私に、雪先生は私に言った。
 
「冬真(トウマ)は、優しくないよ。」
 
意味がわからなかった。
だって、さっきは、優しいって言ってたよね?
どういう事?
さらに、困惑して私は何も言えなかった。
 
「確かに、冬真(トウマ)は優しい。
人の事を先に考えて、自分の思いを言えない。
だから、誰に対してもアイツは『優しい人』になってしまう。
でも、本当のアイツは違う。
自分でも気持ちが抑えられないくらい、突っ走ってしまったり、乱暴な言葉遣いで気持ちをぶつけてしまったり・・・。
そこは、俺に似てる。
本当のアイツはそうなんだよ。
でも、その顔は、信頼したというか、アイツを受け入れてくれる人にしか見せない。
自分が思いのままぶつけて、その人が悲しんだり、傷ついたらどうしよう。って思ってしまうんだろうな。
だから、そうやって接してもいい人物だとわかるまで、アイツは外面のいい『優しい冬真(トウマ)』になっちまう。
俺の知る限り、家族や身内以外で、自分をさらけ出していたのは、陸(リク)だけだ。
でも、てっきり、麗美(レミ)ちゃんにも、自分をさらけ出していると、思っていたんだけどな。
どうやら、麗美(レミ)ちゃんにも、自分をみせれてないようだな。
アイツの事を、『優しい冬真(トウマ)』と思っているようじゃ、麗美(レミ)ちゃんはアイツの事、何もわかってない。
本当のアイツを知れば、嫌いになるかもな。」
 
と意地悪な笑いをした雪先生。
私はというと・・・。
 
「嫌いになるわけないじゃないですか!
本当の冬真(トウマ)さんを知って嫌いになるわけ・・・ない。
それどころか・・・知りたいです。
ホントの冬真(トウマ)さんに、私はずっとずっと逢いたかったんですから・・・。」
 
私は雪先生に訴えてた。
私の姿に雪先生は、優しく笑った。
 
「冬真(トウマ)に、その気持ち言ったのか?」
 
「その気持ち?」
 
「そう。麗美(レミ)ちゃん、冬真(トウマ)の事、好きなんだろ?」
 
私は・・・絶句した。
誰にもばれちゃいけないこの思いを、よりにもよって、冬真(トウマ)さんのお父さんにバレてどうするのよ!
 
「あ・・・いや・・・・。」
 
と苦しいごまかしをする私に、雪先生は、「ごまかせてねぇーから!」とするどい指摘。
ため息をついた私は、仕方なく認めた。
 
「でも、冬真(トウマ)さんには、言えないです。」
 
だけど、「えっ?なんで?」と即答。
何で?って、言えるわけないでしょ!と思ったけど、言い返す元気もなくて、ただ首を振った。
私の首ふりに、「もしかして、陸(リク)のこと気にしてんのか?」と雪先生は、さらに核心をついてくる。
余計に返事ができなくなった私に、雪先生は少し笑う。
 
「陸(リク)と、冬真(トウマ)が言ってた口癖、知ってる?」
 
その言葉に私は、自然と答えてた。
 
「時間がありそうで、ないのが人生。」
 
私の答えに、「よく、知ってたな。」と雪先生はいいながら、さらに「すげぇー。」と感心する。
 
「それが・・・なにか?」
 
と聞くと・・・。
 
「俺もそう思うんだよ。
人間いつ死ぬかわからない。
つまり、冬真(トウマ)の明日の命だって、わかんないんだよ。
冬真(トウマ)が好きだって思いを、アイツに告げないままでいいのか?
陸(リク)の事に、こだわって今の気持ちを偽ってていいのか?
まっ、麗美(レミ)ちゃんと冬真(トウマ)は、別に決断しなくても、一緒にいられるから、いいかもしんねぇーけど。」
 
「それ・・・どういう意味ですか?」
 
雪先生の、奥歯に物が挟まったような言い方が、なんか私の背筋をかゆくさせた。
なんか・・・気持ち悪いって。
だから、聞いてみたの。
そしたら・・・すごい回答をされてしまった。
 
「冬真(トウマ)は、陸(リク)の代わりに、麗美(レミ)ちゃんの側にいる事を望んだ。
それは、一生続くだろう。
つまり、麗美(レミ)ちゃんが冬真(トウマ)に思いを告げなくても、冬真(トウマ)は麗美(レミ)ちゃんの側から離れない。
麗美(レミ)ちゃんが望めば、愛のささやきも、抱いてもくれるんだろ?」
 
答えられなかった。
だって、それって・・・。
私と冬真(トウマ)さんの関係を、知ってるって事?
そんな・・・。
この関係は、由梨華(ユリカ)と匠(タクミ)さんにしか言ってないのに・・・。
どうしていいのか、困ってしまった私は、何か言ってごまかさなきゃ。と思って無理に口を開いたの。
でも、必死で口を開いたのに・・・。
 
「あの・・・・。」
 
としか言えなかった。
焦りすぎて、頭が動かない私を、とてもおかしそうに雪先生は見てた。
 
「別に、2人の関係を責めてるわけじゃないから気にすんな。」
 
といいながら、雪先生は笑う。
でも、笑ってはいるけど、それは口元だけ。
瞳は真剣だった。
 
「だけど、言っとくけど、麗美(レミ)ちゃんを抱くのは、陸(リク)としてだろ?
冬真(トウマ)としてじゃない。
麗美(レミ)ちゃんがそれでいいなら、別にいいけど。
ただ、一つだけ言っといてやるよ。」
 
雪先生はそういうと、とても優しい微笑を私に送った。
それは・・・すごくドキドキしちゃうくらい素敵だった。
ここは照明が薄暗い。
だから余計なんだろうけど、雪先生と冬真(トウマ)さんがダブって見えてしまうくらい、似てみえたの。
だから、冬真(トウマ)さんと同じ顔で、こんな顔をされたら・・・冬真(トウマ)さんだと錯覚を起こしてしまいそうになる。
と同時に、冬真(トウマ)さんに、こんな顔を向けられたら・・・幸せだろうなって、そう思った。
 
「優しい冬真(トウマ)じゃなくて、ホントの冬真(トウマ)に・・・。
思いのままにぶつけてくる冬真(トウマ)に抱かれた時の快感は、たぶん何よりも最高だと思うよ。」
 
「それ・・・どういう意味ですか?」
 
よく考えたら、すごい事を言ってる雪先生だけど・・・。
なのに、私ったら「雪先生、やらしい!」とかいって、はぐらかさないで、詳しく聞こうとしているから、すごいよね。
でも、気になったんだもん。
だって、前から思ってたの。
キスもセックスも、陸(リク)とソックリの冬真(トウマ)さんって、何なんだろう?って。
たまたま陸(リク)と、一緒だっただけなのか・・・。
それとも、陸(リク)のマネをしてる??
マネをしようとして、出来る事じゃないから、陸(リク)とたまたま一緒だった。と考える方があってるのかもしれない。
だから、そう思い込もうとしていたの。
陸(リク)として、冬真(トウマ)さんは私を、抱いてる。
そして、私は冬真(トウマ)さんじゃなくて、陸(リク)に抱かれてる。
それをいいわけにして、私は冬真(トウマ)さんに抱かれていたけど、途中から私が求めたものは、それじゃなかった。
陸(リク)の面影じゃなくて、冬真(トウマ)さんだった。
冬真(トウマ)さんに抱かれたかった。
だから、陸(リク)とそっくりな抱き方をするのが、冬真(トウマ)さんだと思ってた。
そう、自分に言い聞かせてた。
でも、どこかで、思ってたの。
これが、もし陸(リク)のマネをしているんだとしたら、冬真(トウマ)さんのキスは?
セックスは?
一体・・・どんなのだろう?って。
ずっとずっと・・・そんな事を思っていた。
だから、雪先生に言われて、私はそらすどころか、くいついちゃったのよね。
 
「本当のアイツがするキスも、その上も・・・今まで味わった事のない快楽だって事だよ。」
 
「なんで、そんなこと・・・。」
 
と言った私に、雪先生は、「わかるかって?」と言いながら、とても意地悪な笑いをした。
 
「言っただろ?本当の冬真(トウマ)の姿は、俺そのものだって。
俺の本気に抱かれるこの世で、たった一人の女は、いつも最高の顔をしてくれるからさ。
そして、こういってくれる。
『雪、気持ちいい』ってな。
だから、冬真(トウマ)の本気に抱かれた女も、きっとそういうんじゃないかと思ってさ。」
 
雪先生はそういって、意味ありげな笑みを浮かべた。
そして、立ち上がって、私のお腹に手を乗せた。
 
「冬真(トウマ)にとって、この子が自分の子なら、俺にとって、この子は初孫だ。
そう言って、抱けるのを楽しみにしてるよ。
まっ、せいぜい、時間を大切に!!」
 
雪先生はそういうと、「気をつけて帰れよ。」と笑うと、エレベーターのほうに向かって歩いて行った。
私は・・・動けなかった。
だって、いっぱいだったから。
今、雪先生が言った言葉の意味。
そして、聞いた色んな話を、必死で理解しようと、頭をフル回転させる事で、手がいっぱいだったの。
 
 
 
 
 
タクシーが止まる。
私はお金を支払って、タクシーから降りた。
なるべく、人ごみがない道を選んで、待ち合わせ場所へと急いだ。
今日は、由梨華(ユリカ)にもらったチケットの映画を、冬真(トウマ)さんと見に行く。
あの日・・・。
冬真(トウマ)さんの涙を見て、そして、雪先生と話をした夜。
私は、結局、冬真(トウマ)さんに逢う勇気が出ずに、そのまま冬真(トウマ)さんのマンションに戻った。
そして、携帯を置いて、そのまま家に帰ったの。
冬真(トウマ)さんからの連絡は、次の日の朝にあった。
「無事に帰った?」と聞かれて、私は「うん。」と答えた。
どうやら、私が病院に行った事は、聞かされてなかったようで、それは何も触れられなかった。
でも、さすがに、言葉につまっちゃって、私は由梨華(ユリカ)からもらったチケットの話をしたの。
正直、今、逢うのはちょっと気まずいから、断ってくれてもよかったんだけど・・・。
 
「昨日の代わりに休みを取っていいと、オヤジが言ってたから、その日に取るよ。
一緒に行こう。」
 
なんて言ってくれて・・・うれしいけど、どうしよう!って気持ちが入り混じって、素直に喜べないんだよね・・・。
昨日なんて、考えすぎて、ほとんど眠れなかったよ。
おかげで、電車とか、人ごみは人酔いしそうだったから、やめてタクシーできたの。
気まずいといっても、冬真(トウマ)さんとの久しぶりのデートだから、気分が悪くなるのは嫌だったからね。
私は、歩きながら、腕時計を見た。
待ち合わせは12時だったんだけど、今15分前。
まだ、冬真(トウマ)さん、来てないよな〜。
なんて、思いながら、待ち合わせの場所に向かって歩いていた私。
そんな私の耳に、急に飛び込んできた言葉。
 
「ちょっと、冬真(トウマ)待ってよぉー!」
 
もちろん、その言葉に、ピタっと私の足は止まった。
今・・・『トウマ』って言ったよね?
まさか・・・冬真(トウマ)さん?
なんて一瞬頭をよぎったけど、すぐに、「なわけないかー。」という言葉が、私の頭に浮上してきた。
いえば、よくある名前だもんね。
冬真(トウマ)さんなわけ、ないない。
 
そう思って、歩こうとした時だった。
 
「待ってよ。じゃねぇーだろ!
いつまで、買い物してんだよ!」
 
私の足が・・・また止まった。
 
「今の・・・声・・・。」
 
私はそうつぶやきながら、顔をその声がした方に向けた。
向かいにある大きなショッピングモールの一角にあるオシャレなブランドのお店。
その真ん前に、たくさんの人はいた。
だけど、私は迷う事無く、その声の主を見つけた。
見つけたくなかったのに・・・見つけてしまった。
 
「嘘・・・なんで?」
 
その人の姿を見た時の私の言葉は・・・それしかなかった。
『トウマ』とは、冬真(トウマ)さんの事だった。
隣には、とても綺麗な女性がいた。
冬真(トウマ)さんよりは年上っぽそうだけど、30歳にはなってないと思う。
スタイルもモデルなみに整ってるし、何より着ている服が、とても素敵だった。
服自体も、斬新なデザインで、素敵だったけど、それをうまく着こなしている彼女のセンスに、惚れ惚れしてしまうくらい・・・とても素敵な女性だった。
私は、自然と・・・自分の姿を見た。
見るからに安い服。
そして、普通でも、自慢できるようなプロポーションではないけど、今は特に・・・ダメ。
妊娠しているとはいえ、太っちゃってて、全然綺麗じゃない。
お腹だって出ちゃってるし・・・。
それに引き換え、冬真(トウマ)さんの隣いる人は、ホントに素敵だし、何より冬真(トウマ)さんに合ってる。
冬真(トウマ)さんは、本当にかっこいい。
道行く人も、振り返ってるくらい、モデルみたいにかっこいいの。
そんな冬真(トウマ)さんと一緒にいるのに、その女性は全く負けてない。
まさに・・・美男美女のカップルだった。
私は、それだけでも、ショックだった。
だけど、それよりも・・・何よりもショックだったのは、冬真(トウマ)さんのしゃべり方。
今の喋り方・・・いつもの冬真(トウマ)さんじゃない。
乱暴というか、自然というか、ありのままの自分を出してる感じで・・・。
そう思った私は、雪先生に言われた言葉を思い出した。
『家族や身内以外で、自分をさらけ出していたのは、陸(リク)だけだ。』
つまり、この女性は、冬真(トウマ)さんにとっては特別な人?
もしかして、許されない恋の相手?
私は、その場に立ち尽くして、二人を見ていた。
でも、人が多いから、冬真(トウマ)さんもその女性も、私には全く気付かなかった。
その人は、手にたくさんの荷物を持っていた。
片手でそれをまとめて持つと、冬真(トウマ)さんの腕に自分の腕をからませる。
 
「だって、男物って、わかんないんだもん。
協力してよぉー。」
 
と甘える彼女。
でも、冬真(トウマ)さんは、うんざりの様子。
 
「何が男物だよ。
まだ夏杜(カズ)は、2歳だろ?
そんなガキの着る服なんて、俺のセンスや意見は関係ないだろ。
自分の好きなように買えよ。」
 
「そんなに冷たくしなくてもいいじゃない。
やっぱりさー、職業がら、私が選ぶと、男っぽさがなんか、なくなっちゃうのよ。
特に、夏杜(カズ)は、女の子みたいな顔立ちだから、余計に女の子に間違われちゃってね。
だから、男のセンスが、必要なの!
冬真(トウマ)のセンスが光んだってば!!」
 
と冬真(トウマ)さんを持ち上げる彼女だけど、
 
「だったら、旦那に頼めよ。
あの人の方が、ブランドには詳しいだろ?
金なんて、腐るほどあるんだろうから。」
 
そういって、冬真(トウマ)さんはからめていた腕を、強引に離すと、ポケットからタバコを取り出し加えた。
でも、そのタバコを、彼女が口から抜き取る。
 
「おいっ!何すんだよ!」
 
と怒る冬真(トウマ)さんに、
 
「何じゃないわよ。
最近、多いんじゃない?タバコの本数。」
 
と指摘する彼女。
でも、冬真(トウマ)さんは、「お前に関係ないだろ。」と冷たい一言。
とぉーっても機嫌の悪い冬真(トウマ)さんに、彼女は「はぁー。」とため息を付くと、冬真(トウマ)さんに持たせていた荷物を、冬真(トウマ)さんの手から奪う。
 
「なんで、そんなにイライラしているのかは、わからないけど・・・。
タバコはやめたら?
もうじき、子供が生まれるんでしょ?
父親なら、それくらいの自覚は持たないと。」
 
と彼女は言って、「ねっ!」とニッコリ笑う。
でも、冬真(トウマ)さんは、「子供ねぇー。」というと、新しいタバコを加えて、火をつけた。
全く彼女の言う事を聞かないで、タバコを吸い始めた冬真(トウマ)さんに、
 
「人の話聞いてる?」
 
とため息を付きながら呆れる彼女に、「俺の子じゃないから。」という冬真(トウマ)さんの小さい声が聞こえた。
 
「えっ?何?」
 
と聞き返した彼女に、冬真(トウマ)さんは今度はハッキリと言った。
 
「俺の子じゃなくて、俺の親友とその恋人の子供だよ。
だから、俺は父親じゃなくて、父親の『代理』。
間違えんな!」
 
そう言って、冬真(トウマ)さんはタバコを何回か口に含ませると、近くに設置されている喫煙用の灰皿に、タバコをこすりつけ、また彼女の元に戻って来た。
そして、彼女の荷物を半分持ってあげる。
 
「まだ、時間あるから。
タクシー乗り場まで送ってやる。」
 
そう言った冬真(トウマ)さんに、彼女は優しく笑った。
 
「ねぇー、今度、夏杜(カズ)に逢いに来てよ。」
 
だけど、「はぁ?」とマヌケな答えで返した冬真(トウマ)さん。
でも、彼女は、「ねっ!」とまた、ニッコリ笑う。
それを見た冬真(トウマ)さんは、「行くか!」と冷たい一言。
 
「なんでよー。」
 
とすねる彼女に、
 
「夏杜(カズ)に逢いに行くのに、なんで、俺がわざわざニューヨークまで、行かなきゃなんねぇーんだよ。」
 
とまで文句をいう冬真(トウマ)さん。
すると、彼女はこう答えたの。
 
「なんで?って。
逢いに来てもおかしくないでしょ!
だって、冬真(トウマ)の血が流れてるんだから!」
 
「うそ・・・。」
 
私はそう口にしてた。
 
嘘でしょ?今の・・・嘘だよね。
冬真(トウマ)さんの血が流れてるって・・・。
だって、あの人、旦那さんがいるんでしょ?
それで、冬真(トウマ)さんの血が流れた子供がいる??
どういう事なの?
冬真(トウマ)さんは、不倫してて、そして自分と相手との子供を、相手の旦那の子供として育ててるって・・・事?
嘘よね・・・。
そんなの嘘って・・・お願い。
冬真(トウマ)さん、否定して!!
 
私は、必死で心の中で祈ってた。
祈っていたのに・・・。
 
「そうだな。
親友の子供より、俺の血が流れてる方を、かわいがってやらねぇーとな。」
 
冬真(トウマ)さんは笑いながらそういうと、「今度、逢いに行くよ。」と言いながら、彼女とタクシー乗り場へと向かった。
私は・・・体の力がぬけそうになって、近くの木をつかんだ。
その場に、ズルズルと崩れた。
嘘だよね・・・って思いもあった。
でもね、今は・・・それどころじゃなかった。
助けてほしい。
ここから・・・冬真(トウマ)さんが来るかもしれないこの場所から、誰か私を連れ去って。
その思いで、いっぱいだったの。
だから、私は、震える手で、カバンから携帯を抜き取った。
そして、ある人に電話をした。
すぐに相手は出てくれた。
私は、一気に言ったの。
 
「由梨華(ユリカ)お願い・・・助けて。
助けて・・・。」
 
由梨華(ユリカ)が何を言ったかもわからないくらい、私は取り乱していた。
冬真(トウマ)さんが、想っていた人が、結婚している人だったなんて。
そして、さらにその人との間に、子供がいたなんて・・・。
全てが信じられなかった。
でもね、それよりも一番ショックだったのは、冬真(トウマ)さんを失う悲しさだった。
私の生きる支えだった冬真(トウマ)さんが、いなくなっちゃう。
それが一番・・・耐えられなかった。
だけど、心がガラガラと崩れて行く絶望の中で、私は思ったの。
これは、天罰だって。
陸(リク)を裏切った、私への罰。
冬真(トウマ)さんを愛してしまった、天からの・・・いや、陸(リク)からの罰だったのかもしれないって・・・そう思ってた。
 
 
   ☆☆☆10章 END☆☆☆
 



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