部屋の扉が開いた。
部屋に入ってきた由梨華(ユリカ)は、大きなトレイを持っていた。
それを、私の側に置いて、自分も座る。
「来る時に、サンドイッチ買って来たからさ。
少しでも、食べて。」
だけど、私は首を振って、顔をベッドにくっつけて、グテーっとする。
本当の冬真(トウマ)さんを知って取り乱した私を、由梨華(ユリカ)がすぐに迎えにきてくれた。
そして、冬真(トウマ)さんに逢わないように、私を家に連れて帰って来てくれた。
もちろん、連絡なしで、待ち合わせ場所に来ない私を冬真(トウマ)さんは心配して、何度も何度も携帯が鳴った。
何度目かの着信に、由梨華(ユリカ)が出てくれて、そっちに行く道中に気分が悪くなったので、戻ってきた。
今日の予定は、なしにしてほしい。と話してくれた。
私を心配した冬真(トウマ)さんは、すぐに家にきたけど、由梨華(ユリカ)が断ってくれた。
あれから、1週間が経ってた。
私は、何も手に付かなかった。
食事もできなければ、寝る事だってできない。
もちろん、冬真(トウマ)さんの電話もメールもでないし、みない。
家に逢いに来てくれても、私は絶対に逢わなかった。
「ねぇー、麗美(レミ)。
赤ちゃんの為によくないよ。
少しは食べなって。」
そういって、由梨華(ユリカ)は私に、サンドイッチをさしだした。
その手を、私は右手で払いのけた。
サンドイッチが、フロアーに叩き落された。
「麗美(レミ)・・・。」
と悲しい声を出す由梨華(ユリカ)に私は、「もう・・・いらない。」とつぶやいた。
「えっ?」と聞き返した由梨華(ユリカ)に私は、泣きながら言ったの。
「もう・・・赤ちゃん、いらない。」
って。
「何言ってるの?」
驚いた由梨華(ユリカ)は、私の腕をつかむ。
わかってる。
ひどい事を言ってるって。
この子をいらないという事は、陸(リク)からの愛を否定する事だってわかってる。
でも・・・。
私の瞳からは、どんどん涙があふれてきた。
ひどく泣きじゃくる私に、由梨華(ユリカ)は私を優しく抱きしめてくれた。
「なんで、いらないの?」
優しく聞いてくれた由梨華(ユリカ)に、私はつまりながら答えた。
「冬真(トウマ)さんが、この子を望んでないから・・・。
もう・・・いらないよぉー。」
だけど、由梨華(ユリカ)は、「そんな事ないでしょ?冬真(トウマ)さんは望んでくれてるじゃない。」と答えてくれたんだけど、私は首を振った。
「自分は、あくまで父親代わりだって。
自分の子供じゃないって・・・。
そんなのわかってる。
冬真(トウマ)さんとは、全く関係ない子だって・・・・。
でも、私は、冬真(トウマ)さんに父親になってほしくて・・・。
冬真(トウマ)さんもそういう目で見てくれているんだと思ってたから・・・。
それに、もう、冬真(トウマ)には、逢えない。
私は・・・あの綺麗な人には勝てないから。
冬真(トウマ)さんの子供を産んだあの人には・・・勝てないから・・・。」
「麗美(レミ)・・・。」
由梨華(ユリカ)は私が流す涙を、温かい手でぬぐってくれた。
そのぬくもりを感じたら安心して、涙は止まるどころか、きりがないほど次から次へと出てきた。
それと一緒になって、私の思いも止めることができなくなっていた。
「冬真(トウマ)さんを失った私に、この子はいらない。
冬真(トウマ)さんの為に産めないなら・・・私は産めないよ・・・。」
そうさけんで、私は由梨華(ユリカ)にしがみついて泣きじゃくった。
体中の涙がなくなっちゃうくらい、泣いたの。
しとしきり泣いた私を、由梨華(ユリカ)は、「大丈夫?」と声をかけつつ、気持ちを変えるために、ソファーに移動させた。
背中をゆだねて、リラックスした姿勢でソファーに座ると、気持ちも少しずつ落ちついてくるようだった。
「温かいものでも、入れてこようか。」
そういって、由梨華(ユリカ)が立ち上がった時、扉がノックされた。
「はい。」
と答えた由梨華(ユリカ)に、返って来た答えは、「俺。」って声。
その声に、由梨華(ユリカ)の反応は、早かった。
すぐに、扉の元へ行くと、扉を一気に開けた。
そして、そこに立っている人の姿を見て、とてもうれしそうな顔をした。
そこに立っていた人は、由梨華(ユリカ)をみると、「よっ!」と手を上げ、
「ただいま。」
と笑顔で言った。
そのあとで、「中、いいか?」というと、部屋の中に入ってきた。
その人の姿を見て、私は少し体を起こす。
「あっ、いいよ。そのままで。」
とその人は言いながら私の目の前までくると、フロアーに座った。
目の前の人を見て、私はまずこう言った。
「匠(タクミ)さん・・・明日帰ってくるんじゃなかったっけ?」
でも、匠(タクミ)さんは、後ろに居る由梨華(ユリカ)を見た。
「由梨華(ユリカ)に連絡もらってね。
麗美(レミ)ちゃんの状態を聞いて、1日早く帰って来た。
どうしても、麗美(レミ)ちゃんに言いたい事があってね。」
匠(タクミ)さんはそういうと、「由梨華(ユリカ)も、こっち座って。」と彼女をこちらに呼び戻した。
彼女も言われるがまま、私と匠(タクミ)さんの間に、腰をおろした。
「冬真(トウマ)さんの事は、だいたい由梨華(ユリカ)から聞いた。
俺も、冬真(トウマ)さんの恋愛に関しては、全く知らないから、麗美(レミ)ちゃんが見た女性が、本当に冬真(トウマ)さんの想っている人なのかは、わかんないけどね。
でも、これだけは、言っておきたくて・・・。
今の麗美(レミ)ちゃんの心の中にある、『冬真(トウマ)さんを好き』っていう想い・・・。
それは、大事にすべきだ。
そして、それは、冬真(トウマ)さんにいうべきだよ。」
「匠(タクミ)!何言ってるのよ!!
そんなのできるわけないじゃない!
だって、冬真(トウマ)さんには、子供も不倫相手もいるんだよ。」
と突っ込んだのは由梨華(ユリカ)。
だけど、匠(タクミ)さんは、「それだけどさ・・・。」と言うと、また私を見た。
「たぶん・・・勘違いだと思うけどな。」
「でも、私は、ちゃんと聞いたの。
この耳で・・・聞いたの・・・。」
そう口にしたら、また止まっていた涙が復活してきた。
手で抑えて涙をぬぐう私を見た由梨華(ユリカ)は、ティッシュを私にくれる。
「もう!また、泣かせたぁー!!」
と匠(タクミ)さんをにらんで文句をいう由梨華(ユリカ)に、「まーまー。」と匠(タクミ)さんは笑いながらいうと、「ねぇー、麗美(レミ)ちゃん。」と前かがみになって私に話しかけてきた。
「俺さ、ずっと疑問だったんだよ。」
その言葉に私は下げていて頭をあげる。
そして、ティッシュで涙と鼻水を拭きながら、聞いたの。
「何が?」
って。すると、匠(タクミ)さんは、前かがみの状態を元に戻し、普通に座った。
とてもリラックスしたスタイルになって、さらには由梨華(ユリカ)のお茶を一口飲んで、気分を新たにした。
「どうして、あの時・・・。
陸(リク)は死ぬ間際に、麗美(レミ)ちゃんを、冬真(トウマ)さんに託したんだろうって。
普通はさ、俺に頼まないか?
だって、俺は、あの時、陸(リク)に麗美(レミ)ちゃんが好きだと言っていた。
だったら、俺に託すだろう?
麗美(レミ)ちゃんの事を好きでもない冬真(トウマ)さんに託すなんて・・・おかしいな?って。
それに、俺は陸(リク)の兄弟だから、そのお腹の子供とも血はつながってるわけだし、俺が育ててもおかしくないだろ?
でも、冬真(トウマ)さんは、親友って、だけで血だってつながってないし、何より、迷惑な話だろ?」
「迷惑?」
「そう。麗美(レミ)ちゃんと子供を冬真(トウマ)さんに託したら、冬真(トウマ)さんの人生はそこでいえば、決まってしまうだろ?
そもそも、冬真(トウマ)さんには、想いをよせている人がいると知っていたんだし・・・。
親友に迷惑になるような事、陸(リク)が託すかな?って。」
「じゃ、どうして、陸(リク)先輩は、冬真(トウマ)さんに麗美(レミ)と赤ちゃんを託したの?」
由梨華(ユリカ)の言葉に、匠(タクミ)さんは「それなんだけど・・・。」というと、また私を見た。
「俺が思うに、たぶん陸(リク)は、わかっていたんじゃないかな?
自分を失った麗美(レミ)ちゃんの苦しみを救ってくれるのは、冬真(トウマ)さんで、その冬真(トウマ)さんを麗美(レミ)ちゃんが愛してしまう事。
そして、冬真(トウマ)さんも、麗美(レミ)ちゃんを愛してしまう事。
麗美(レミ)ちゃんと赤ちゃんと一緒にいる事が、冬真(トウマ)さんにとって迷惑じゃなくて、幸せだという事。
だから、簡単に麗美(レミ)ちゃんと子供を、冬真(トウマ)さんに託したんだと思う。
だって、アイツは・・・。」
そこで口を閉じた匠(タクミ)さんが、気になって私は、もたれていた背中を離して、匠(タクミ)さんの方に体を突き出した。
「アイツは・・・何?」
必死で聞く私に、匠(タクミ)さんは、
「そんなに熱くならないで。赤ちゃんにひびくだろ。」
ととても優しく笑うと、由梨華(ユリカ)をチラっと見た。
匠(タクミ)さんの目で、由梨華(ユリカ)は納得したのか、私の側にくると、私の体に触れて、体勢を元に戻した。
そして、そのまま私の横に座った由梨華(ユリカ)は、私の手をトントンと優しく叩いてくれた。
そのしぐさに、とても気持ちが安らいで、さっきの熱い思いが、スーっと引いていくようだった。
落ち着いた私を見た匠(タクミ)さんは、「じゃ、続けるけど・・・。」と言うと、また口を開いた。
「アイツさ・・・、誰にも、麗美(レミ)ちゃんを渡さないといっていたんだよ。
麗美(レミ)ちゃんが、例えば俺を好きだといってもそれでも、渡さないって。
誰であろうと、麗美(レミ)ちゃんは渡さないって・・・アイツ、すごい剣幕だった。
そこまで、麗美(レミ)ちゃんを手放したくなかったアイツが、冬真(トウマ)さんにはいとも簡単に、手放したんだ。
きっと、冬真(トウマ)さんが好きな人物を、アイツは知っていたんだと思う。
もし、その相手が、麗美(レミ)ちゃんが見た人で、その人との間に子供がいたのなら。
陸(リク)は、絶対に、麗美(レミ)ちゃんを冬真(トウマ)さんには、託さなかったと思うよ。
託したという事は、その女性と冬真(トウマ)さんは関係ないと思うけどね。
俺が思うに、冬真(トウマ)さんが好きな人は・・・。」
「好きな人は??」
「別にいると思うよ。」
「別・・・に・・・。」
「そう。だから、勇気を出して、冬真(トウマ)さんに言ってみたらどうかな?
きっと、麗美(レミ)ちゃんが想いを伝えない限り、冬真(トウマ)さんとの関係は変わらない。
冬真(トウマ)さんが想っている人を、冬真(トウマ)さんの口から聞くことはたぶん・・・ないと思うから。」
「どうして?」
と聞く由梨華(ユリカ)に、「それは・・・俺からは言えないけど。」と言って匠(タクミ)さんは笑った。
「もうっ!」
と怒る由梨華(ユリカ)だけど、私はもう二人の会話は頭に入っていなかった。
ただ、今思っている事はただ一つ・・・。
「もう、冬真(トウマ)さんの事はいいんです。
冬真(トウマ)さんとは・・・二度と逢わないから。」
そう口にした私の言葉に、由梨華(ユリカ)はピタっと口を閉じ私を悲しい目で私を見た。
だけど、匠(タクミ)さんは、不思議そうに聞いて来たの。
「なんで?」
って。
だから、私は自分の心の中にある思いを彼に告げた。
「私が、冬真(トウマ)さんを好きだと、冬真(トウマ)さんに言ってはいけないから。」
「どうして?」
「そんな言葉、冬真(トウマ)さんは望んでないし、余計に冬真(トウマ)さんを苦しめてしまう。
それに、陸(リク)も、きっと許してくれない。
もし、匠(タクミ)さんが言ったように、陸(リク)が、私と冬真(トウマ)さんが愛し合うことを望んで、私を冬真(トウマ)さんに託したのだとしても・・・。
それでも、やっぱり、本当に私が冬真(トウマ)さんを好きになって、彼を求めたら・・・陸(リク)は、傷付くよ。
私は、彼を裏切れない。
生きている時に、女性に裏切られて、彼は苦しんだ。
それでも、それを乗り越えて、私を愛してくれた。
その彼を、今度は私が裏切る。
亡くなったからと言って、すぐに他の人を好きになった私を、彼は許してくれない。
だから、私から、冬真(トウマ)さんをとりあげたの・・・。
冬真(トウマ)さんが本当にいるべき場所に、彼を解放したんだと思うから・・・。」
「麗美(レミ)ちゃん。」
私は、また泣いていた。
頭がグチャグチャになった。
「ごめん・・・なさい。一人にして下さい・・・。」
私の様子に、何かを言おうとした匠(タクミ)さんだったけど、由梨華(ユリカ)に連れられて、部屋から出て行った。
私は、そのままソファーに横になって、泣きながら、いろんな事を考えてた。
気付けば、私は立っていた。
目の前は・・・えっ?
私は、驚いた。
だって、私が立っているのは、自分の部屋。
外は雨が降っていて、激しい雨の音が聞こえてる。
そして、閉ざされたカーテンの隙間から、強い稲光が見えた。
なんで?さっきまで、雨なんて降ってなかったのに・・・。
そう思った時、『声』が聞こえたの。
どんなって・・・それは、感じてる声。
ビックリした私は、ベッドを見たの。
そこには、愛し合う二人の姿。
でもそれは・・・。
「り・・・く?それに・・・わたし??」
たまらずそう言った。
でも、私の声は聞こえてないみたいで、私のベッドで愛し合っている陸(リク)と私・・・。
訳がわからない私は、その場でただ立ち尽くしてた。
すると急に、外から聞こえていた雨の音が消えた。
私は、急に静かになったから、また窓に目を向けた。
カーテンが閉まっているので、見えなかったけど・・・雨は、どうやらやんだみたい。
その時だった。
「麗美(レミ)。1つだけ覚えておいてほしいことがあるんだ。」
いきなり陸(リク)にそう言われて、私はベッドに目をやった。
てっきり、私が呼ばれたと思ったけど・・・それは、私であって私じゃなかった。
さっきまで、愛し合っていた私と陸(リク)のはずが、今はもうエッチは終わっていて、今は陸(リク)に抱きしめられていた私。
そして、陸(リク)は、優しい口調で腕の中にいる私にこう言ったの。
「もし、この先、俺を選ぶ事で、麗美(レミ)の幸せがなくなってしまう事があったとしたら。
その時は、迷わず俺を捨てろ。
俺は、麗美(レミ)に幸せになってほしいんだ。
ずっとずっと、笑顔で笑っていてほしい。
だから、麗美(レミ)がそうなる為に、俺を選ばないって事は、俺を裏切った事にはならない。
反対に、俺を裏切ってないって事になるんだ。
意味、わかるか?」
陸(リク)の腕の中でそれを聞いている私の姿は・・・もう、見えなくなっていた。
というより、そこにいる陸(リク)の姿も、何もかもがぼやけて見えなくなった。
「待って!陸(リク)!!」
私は、叫んでベッドに向かっていこうとした。
その時・・・。
「うわっ!!」
私は、勢いよく体を起こした。
起こして・・・気付いた。
「さっきのは・・・夢・・・。」
そう。夢。
私はいつのまにか、眠っていた。
そして、夢を見てた。
でもあれは・・・夢じゃないよね。
あれは、陸(リク)に言われた言葉。
私は、ソファーから立ち上がると、自分の机の上にある、家族との写真を手に取った。
陸(リク)の顔に、そっと手を添えた。
「今の夢・・・陸(リク)が見せてくれたの?」
私は彼に聞いた。
私が冬真(トウマ)さんへの想いに、苦しんでるから。
だから、陸(リク)は、私に教えてくれたんだよね。
『俺を捨てて、冬真(トウマ)を選べ』って・・・。
確かにあの時・・・。
陸(リク)は、生きている時、私に言った。
あの時は、真剣に理解してなかったの。
まさか、本当に陸(リク)がいなくなっちゃって、そして、私が他の人を愛してしまうなんて、思ってもいなかったから。
でも、陸(リク)は、それすらもわかってたの?
自分の命が短い事。
そして、私が冬真(トウマ)さんを愛して、あなたとの愛に縛られる事・・・。
「陸(リク)・・・すごすぎだよ。」
と私は泣きながら笑っちゃった。
だけど・・・私は、涙をぬぐって、陸(リク)を見つめた。
「陸(リク)・・・ごめんね。
陸(リク)のこと、今でも好きだよ、愛してる。
でも、冬真(トウマ)さんも好きなの。
彼がいなくなったら、私は生きていけない。ううん。
私だけじゃなくて・・・。」
そういって、私は空いているもう一つの手をお腹にあてた。
「この子も生きていけない。
だから、陸(リク)・・・。
私は、陸(リク)との愛を捨てるね。
幸せになる為に・・・冬真(トウマ)さんを選ぶ。
それで・・・いい?」
都合のいい事だって、思われるかもしれない。
だって、陸(リク)は何も答えられないんだから。
でも、ひとりよがりといわれてもいい。
「いいよ。」って声が聞こえた気がしたの。
そして、陸(リク)が、最後に言った言葉。
「幸せになれ。」
その声が、遠くから・・・聞こえた気がした。
私は思ったの。
陸(リク)が見せてくれた夢も、その声も。
全て、奇跡だったのかもしれないって。
陸(リク)が私を愛してくれたから・・・。
それで、起きた奇跡だったのかもしれないって・・・。
私は、冬真(トウマ)さんに自分の想いを伝える事にしたの。
それをして、冬真(トウマ)さんが私を軽蔑して、二度と私に逢いたくないというかもしれない。
そうならなくても、私が見たあの人がやっぱり、冬真(トウマ)さんの想い人で、子供もやっぱりいて、陸(リク)の身代わり以外の思いは、私にはないと言われるかもしれない。
それでも、いいと思ったの。
冬真(トウマ)さんと、本当に終わってしまっても・・・私はいい。
逃げたくなかったの。
冬真(トウマ)さんを好きだって気持ちを、うやむやにしたくなかった。
だから、私は勇気を出すことにしたの。
とはいえ・・・。
私は、部屋の時計を見た。
最近、眠れなかったせいもあって、今は、午前1時。
でも、どうしても今日、冬真(トウマ)さんに気持ちを伝えたかった。
明日になれば、また弱い自分になっちゃって、言えない気がしたから。
電話じゃなくて、どうしても逢って言いたかったの。
だから、私は、冬真(トウマ)さんに逢いに行こうと思ったの。
寝てるだろうけど、それでも・・・逢いたいって。
8月とはいえ、さすがにこんな時間は、肌寒いから、私は少し厚着をした。
そして、リビングのテーブルに、お母さんに、『冬真(トウマ)さんに逢いに行って来ます。』と置き手紙をして、私は家を出た。
冬真(トウマ)さんの家は、駅までバスで行って、そのあと電車で5駅行った場所にある。
だけど、さすがにこの時間は、もう電車もないから、タクシーかな?って思うけど・・・。
タクシーを乗ることに、ためらってしまった。
最近、タクシーも、ぶっそうでしょ?
この時間に、運転手と二人ってのも、何か怖いし・・・。
それに、自分の足で歩いて、冬真(トウマ)さんの元へ行ってみたかったの。
だから、私は、ゆっくり歩いて行くことにしたの。
結構明るい道を通れば、ポツリポツリと歩いている人もいるし、屋台とかもやってたり、たった一人って事もないから、怖くなかったし。
私は、夜空を見上げたり、周りをチラチラみて、楽しみながら夜の街を、冬真(トウマ)さんの元に向かって歩いた。
途中、お茶を買って、休憩して、そしてまた歩いて。
結構楽しかった。
こうやって、ゆっくり、時間を楽しむって事なかったし。
それに、こうして、冬真(トウマ)さんの元に、一歩一歩自分の足で近付いているかと思えば、信じられないくらい胸がドキドキした。
早く、冬真(トウマ)さんに逢いたい!って、思いが募っていったの。
結構、ベンチに座っての休憩も20分とかしたりしてたから、冬真(トウマ)さんのマンションに付いた頃には、もう3時前だった。
確かに、足も腰も痛くなった。
でも、今までが運動不足だったので、いい運動だったかも。
顔をあげて、冬真(トウマ)さんの部屋の窓を見る。
もちろん、明かりはついていない。
ここからは、冬真(トウマ)さんがいつも乗っている車は見えないから、家にいるのかいないのかはわからない。
「別に、急がないから、駐車場に見に行ってみよう!」
私は、マンションには入らずに、外周を回って、駐車場へと向かった。
冬真(トウマ)さんの車を探した。
「あっ!あった。
って事は、眠ってるのかー。」
部屋にいる事を知ったら、すごく嬉しくなった。
でも・・・。
改めて腕時計を見る。
「眠っているのを起こすのも悪いよね・・・。」
とは思うけど、逢いたいんだもん!
私は、非常識なのを覚悟して、冬真(トウマ)さんの部屋へ行く事にした。
さすがに、11階までは階段で上がる自信はなかったので、エレベーターをつかった。
そして、上へと上がった。
この時間にピンポンは、まずいだろう。と私は、カバンから鍵を出した。
鍵穴に差し込み、回そうとした。
「ん?」
私は眉をひそめる。
もう一回、しきりなおして、鍵を回してみる。
「やっぱり・・・。」
私は、鍵を抜いた。
そして、ドアノブに手を合わせると、ひねって引っ張った。
扉は開いた。
鍵が、かかってなかったの。
確かに、冬真(トウマ)さんは、家にいるときは鍵をかけない。
でも、寝る時は、鍵をかけてる。
こんな夜中じゃないけど、朝とかにどうしても逢いたくなって、8時とか9時とかに来た事とか何回かあったんだけど。
その時だって、ちゃんと鍵がかかってて、私は開けて中に入ったんだから。
なんで、開いてるの?
不思議に思いながらも、わからないから、もういいや。と思って、私はそのまま扉を開けて、中に入った。
中に入って気づいたんだけど、リビングには、明かりがついてた。
外から見える窓は、寝室のだから、暗かったのか。と思った。
でも、寝てる人が、リビングに明かりをつけて眠る?
鍵も閉めてないし・・・なんか、変だよね?
首をかしげながら、私は靴を脱いで、とりあえず中に入った。
「冬真(トウマ)さぁーん・・・寝てるよね?」
なんて、小声で言いながら、寝室をのぞいた。
「あ・・・れ??」
私は、たまらず、寝室の電気をつけてしまった。
もぬけの殻!
もちろん、リビングにもいないし・・・。
私は、そのまま浴室にも行ってみた。
いない・・・。
さらに、トイレも・・・でも、当たり前の事ながらいない。
「どこ行っちゃったのよー。」
と悲しい声を出して、フロアーにペタンと座り込んだ私。
でも、彼がいなくて、さらに電気はつけっぱなしで、鍵まで開いてる。
さらには、こんな時間となれば、当てはまる答えは一つ。
「急患で呼び出しがかかったのかなー。」
とガッカリ。
急患なら、今夜は帰ってこないだろうなー。
逢いたかったのに・・・。
私は、深いため息を付いた。
どうしよう・・・帰ろうかな?
でも、ちょっと疲れちゃったから、始発電車が出るまで、ここで休ませてもらおうかな。
なんて、考えている時だった。
「ガチャ!」
と玄関の扉が乱暴に開いた。
私は、ユックリと顔を、そちらに向けた。
「あっ!冬真(トウマ)さん!
あれ?病院に行ったんじゃなかったの?
どうし・・・・。」
そこで止まっちゃった。
だって、帰って来た冬真(トウマ)さんは、乱暴に靴を脱ぎ捨てると、私の元へ走ってきて、しゃがみこむと、そのまま私を抱きしめたんだもん。
「どう・・・したの?」
突然の事に驚いた私は、冬真(トウマ)さんの胸の中で聞く。
でも、冬真(トウマ)さんは一言も答えないで、ただ強く私を抱きしめて、私の存在を確かめてた。
私の顔が冬真(トウマ)さんの胸に、おしつけられる。
それで、気付いたの。
冬真(トウマ)さんの心臓が、物凄い速さで動いてる事に。
これって・・・。
私は、冬真(トウマ)さんの方に顔を向けて、彼を見上げた。
「冬真(トウマ)さん・・・走ってきたの?」
それでも答えない彼に、「ねぇー。」とさらに添えた。
すると、冬真(トウマ)さんは、また私の顔を自分の胸に押し当てると、私の背中に自分の顎を乗せる。
「一体、どこに行ってたんだよ。」
答えられなかった。
冬真(トウマ)さんに言われた言葉に対して、答えられなかったんじゃない。
冬真(トウマ)さんの、『言葉遣い』に驚いて答えられなかったの。
だって、今の・・・いつもの冬真(トウマ)さんじゃないよね?
驚いたのと、嬉しいのとで、何も言えない私の頭に、冬真(トウマ)さんは自分の頭を、ゴツンと合わせた。
私は、驚いて、冬真(トウマ)さんを見た。
冬真(トウマ)さんと目が、この上なく、近い場所で重なった。
ドキドキする私に冬真(トウマ)さんは、ちょっと冷たく言った。
「俺をずっと、避けてるかと思えば、こんな時間に俺に逢いに行くと言って、いなくなって・・・。
どうして、携帯の電源切ってる。
なんで、こんな時間にここにきたんだ!
俺を、そんなに困らせたいのか。」
冬真(トウマ)さんは、一気にいうと私から頭を離して、抱きしめていた腕も離した。
「送っていくよ。
車を表に回すから、玄関ホールで待ってて。」
いつもの口調に戻った冬真(トウマ)さんはそういうと、立ち上がりリビングのテーブルに置いてある車のキーを手に取った。
そして、免許証が入った財布をポケットに入れると、私の元へ来る。
だけど、立ち止まらず・・・私も見ないまま、冬真(トウマ)さんは玄関へ行こうとして、私の横をすりぬけた。
私はとっさに、冬真(トウマ)さんの腕をつかんだ。
冬真(トウマ)さんは、ひっぱられるような感じで、私に動きを止められた。
「待って!冬真(トウマ)さんに、話したいことがあってきたの。
だから、聞いて!」
だけど、冬真(トウマ)さんは、「ダメだ。」と冷たくいう。
「えっ?」と言った私に冬真(トウマ)さんは、私の腕を振りほどいた。
「こんな時間に出てきて、お母さんが心配すると思わなかったのか!
何度も携帯に連絡したけど、麗美(レミ)ちゃん電源切ってただろう。
連絡つかないからって、心配して俺の所に何度も何度も連絡をしてきたんだ。
だけど、とっくに着いてもおかしくない時間になっても、麗美(レミ)ちゃんは一向に来ない。
由梨華(ユリカ)ちゃんも匠(タクミ)くんも、こんな夜中に探してくれてんだよ。
麗美(レミ)ちゃんも母親になるんだろ?
もう少し、自覚を持て!」
冬真(トウマ)さんの叫び声に私は、ビックリして首をすくめて目をつぶった。
その仕草に、冬真(トウマ)さんも言いすぎたと思ったのか、口調をいつもの優しい口調に変えた。
「とにかく・・・みんなに迷惑かけて、このままでいいわけないから・・・。
早く、帰って、みんなに元気な姿を見せてあげよう。
話は、いつでも聞くから・・・ねっ!」
そういって、部屋を出て行こうと冬真(トウマ)さんは動く。
私はたまらず、ポケットから自分の携帯電話を取って、それを冬真(トウマ)さんに投げた。
「いって・・・。なんだよ。」
と口にした冬真(トウマ)さんに、私は「なによ!」と文句を言った。
言いながら、また涙が出てきちゃった。
それでも、冬真(トウマ)さんに言いたい事があふれてきて、私は止まらなかった。
「そんなに怒って・・・。
みんなみんなって、そんなにみんなの事が大事なの?」
「おい。何言ってんだ!」
冬真(トウマ)さんの口調がまた変わった。
すぐにわかった。
すごく怒ってるって・・・。
それでも、私は止まらなかった。
もう・・・止まらなかったの。
「みんなが心配してくれてるのは、わかってる。
みんなが、私もこの子も好きでいることもわかってる。
だから、ここに来たんじゃない!!」
叫ぶ私に、冬真(トウマ)さんは足元に落ちている携帯を前かがみになって拾うと、それを見つめながらすごく冷めた口調で私に言葉を投げた。
「意味がわかんねぇー。」
そう言いながらも、一歩一歩冬真(トウマ)さんは、私に近付いてきた。
「私は気持ちがわからないから・・・。
あなたの気持ちが、わからないからここへ来たの。
この世で一番知りたい、あなたの気持ちが知りたかったから・・・。」
私はそう言ったあと、今度は手に持っていた冬真(トウマ)さんのマンションの鍵を彼にぶつけた。
「閉まっているはずの部屋の鍵が開いてて・・・。
眠っているはずのあなたがいなくて・・・。
どれだけショックだったか・・・。
逢いたくて逢いたくて、ここに来たのに、あなたはいなくて・・・。
どれだけ悲しかったか、あなたにはわからないでしょ!」
私はそういいながら、泣きじゃくった。
涙がダラダラと流れてくるけど、それでも私は気持ちを彼にぶつける事を止めなかった。
「もういないと思っていたあなたが現れて、嬉しくて嬉しくてたまらなくて・・・。
抱きしめてもらえて、夢じゃないんだって思って幸せだったのに・・・。
あなたが私に言った言葉は、みんなみんなって・・・。
それも・・・怒鳴ってばっかりで・・・。
そんなあなたを、見に来たんじゃない。
どうして?・・・なんで?」
私はそう口にして、たまらず口を閉じた。
だって、このあと言いたい言葉が、どんどん湧き出てきて、口が追いつかなくなったんだもん。
胸が苦しくて、涙ばかりがあふれてきた。
「なんだよ・・・。どうして?なんで?って・・・何が?」
冬真(トウマ)さんは、そういいながら、私がさっき投げた鍵を今度はつかんだ。
「私がいないって聞いて、心配してくれなかったの?
外から寝室の窓が見えるのに・・・。
電気が付いてるのに気付かなかったの?
私から自宅に連絡があるかも?って思って走って戻ってきてくれたわけじゃなかったの?
帰るなり私を強く抱きしめてくれたのは、私を心配してくれてたからじゃないの?
私は・・・本当の冬真(トウマ)さんが知りたいの!
みんなの事ばっかり気にしないで・・・あなたの想いが知りたい。
あなたがどう思ったか!
あなたが・・・どうしたいのか・・・。
どうして、あなたの想いを私にぶつけてくれないの?
どうして、言葉にしてくれないのよ!
私が、本当の冬真(トウマ)さんを知って、迷惑に思うと思ってるの?
嫌いになる。傷つくとでも思ってる?
私は・・・私は、冬真(トウマ)さんに逢いたかったの。
逢いたくて逢いたくてたまらなくて・・・。
逢いたいって思ったからって、1時に家を出ることは、みんなに心配かけるって思ったよ。
携帯電話の充電もしてなくて使えないから、充電してから行った方がいいっていうのもわかってた。
タクシーに乗って、20分足らずでいけるんだから、そうした方がいいに決まってるって・・・それもわかってた。
でも、止まらなかったの。
冬真(トウマ)さんに逢いたくて。
自分の足で、冬真(トウマ)さんに逢いに行きたいって・・・。
一歩一歩、冬真(トウマ)さんに近付くに連れて、うれしくて仕方なかった。
冬真(トウマ)さんに逢えるんだって・・・。
私は、冬真(トウマ)さんへの想いを。
本当の私を、あなたに見てほしかった。
そして、本当のあなたを見せてほしかったの。」
「本当の・・・俺?」
「私が見せたら、あなたも見せてくれるんじゃないかと思ったの。
だから、頑張ったのに・・・。
なのに、冬真(トウマ)さんは、受け入れてもくれない。
私を責めるだけで・・・自分も見せてくれない。
私は・・・どうしたらいいのよ。」
私はそう言ったあと、心の奥にあった思いまでも、口にしてしまった。
それは、あの女性の事。
本当は穏便に、聞こうと思ってたの。
でも、もう・・・そんな余裕、私にはなかった。
今度は、私はカバンからある物を取ると、それを冬真(トウマ)さんの足に向かって投げた。
それを冬真(トウマ)さんは、前かがみになって手に取る。
手にとって、驚きの顔をして私を見た。
「おい!これ・・・。
こんな大事なもん、投げんなよ!」
と怒りながら冬真(トウマ)さんは私の元へくる。
そして、それを私に握らせる。
怒るのも無理はない。
だって、それは母子手帳だもん。
でも、私はまたそれをフロアーに投げた。
「何考えてんだ!」
さらに怒った冬真(トウマ)さんに、私はヒステリックニなりながら言った。
「冬真(トウマ)さん・・・本当は、この子いらないんでしょ。
私の為に無理して、この子を産んでくれって・・・。
冬真(トウマ)さんの言った通り、この子は冬真(トウマ)さんの子供じゃないもん。
陸(リク)の子供。
あなたが言った通り・・・この子は親友とその恋人の子供・・・。」
そう言ったあと・・・私は、耐え切れなくなって、冬真(トウマ)さんの胸を両手で叩いた。
「そんな事いうなら・・・。
関係ないみたいなこというなら・・・。
俺の為に、産んでくれなんていわないでよ。
そんな優しさ・・・ほしくなかった。」
「おい・・・何言ってんだ!」
そんな冬真(トウマ)さんの声は聞こえてなかった。
私は、自分の思いで、手がいっぱいだった。
「私が、この子をあなたの為に産んでも。
この子を守ってくれたあなたこそが、父親だと私がいくら思っても・・・。
本当の子供には、勝てない。
ニューヨークにいるあなたの本当の子供には・・・勝てない・・・。」
「えっ?」
冬真(トウマ)さんはそういと、私の腕をつかんだ。
「おい、待てよ。
ニューヨークの子供って・・・何?」
だけど、私は答えないで、冬真(トウマ)さんを見た。
「お願い・・・私から離れないで。
あなたがいないと、生きていけない・・・。
あなたがいない・・・・。」
そう口にした瞬間、急に息が苦しくなった。
胸が押しつぶされそうに痛くなって、息が・・・うまく出来ない。
何・・・これ・・・。
私は完全にパニックになった。
冬真(トウマ)さんがいなくなると思ったら、私は生きるどころか、息もできなくなってしまった。
このまま・・・死んでしまうの?
その時、私は必死で、目の前の冬真(トウマ)さんの腕をつかんで助けを求めてた。
「た・・・・けて・・・・。」
死にたくないって思った。
冬真(トウマ)さんに捨てられるとわかっていたけど・・・死にたくないって。
向こうには陸(リク)だっているのに、なのに私は、結ばれない冬真(トウマ)さんがいるこの世界に居たいと・・・そう思った。
必死で、助けを求める私を、冬真(トウマ)さんは抱きしめてくれた。
「大丈夫だから。落ち着け。
ユックリ、呼吸して。
スゥー、ハァーって。いつもやってるみたいにしてみろ。」
乱暴な言葉・・・。
いつもの冬真(トウマ)さんの言葉じゃない。
でも・・・とても安心した。
偽りじゃない、本当の冬真(トウマ)さんが目の前にいると思えたら、ホッとして体に入っていた変な力が抜けた。
そのせいで、呼吸も冬真(トウマ)さんが言ったように、ゆっくり大きく出来た。
私の胸のつかえが、少しずつ小さくなっていくようだった。
「怖かった・・・。」
少し震えながら、冬真(トウマ)さんにしがみつく私。
本当に、このまま死んじゃうかと思ったんだもん。
でも、そんな私に、冬真(トウマ)さんは、大きなため息をついた。
「冬真(トウマ)・・・さん?」
と彼を見て聞くと、冬真(トウマ)さんはあきらかにホッとした顔をしてた。
「怖かったのは、こっちだ。
ホント・・・びびったよ。」
そういって、私の頭に手をそえて、そのまま自分の胸によせた。
私の顔がまた、冬真(トウマ)さんの胸にくっついた。
「さっきの、話なんだけど・・・。」
冬真(トウマ)さんは私を抱きしめたままで口を開いた。
「俺が、この子を望んでないとか、ニューヨークに俺の子がいるとか言ってたけど・・・。
一体、何の事?」
「それは・・・。」と口にして、私はあの日見たことを言ったの。
黙って聞いていた冬真(トウマ)さんは、私が全て言い終わったあと、私の体を少し、自分の体から離した。
そして、私の顔を見つめた。
何を言われるのかとドキドキしている私に、冬真(トウマ)さんったら、信じられないことをした。
私の左頬を、右手でつまんで、ビローンって伸ばすのよ。
「痛い、痛いぃー!!」
と叫ぶ私に、「うるさい。」と冬真(トウマ)さんは言うと、手を離した。
私は、頬をなでなでしながら、「ひどいよぉー。」とすねる。
だけど、「どっちが、ひどいんだよ。」と言い返された。
さらに、ハァーと、とてつもなく深いため息。
「なんで・・・冬真(トウマ)さんがため息つくのよ。」
だって、つきたいのは私でしょ?
なのに、冬真(トウマ)さんがついてるんだもん!
すると、冬真(トウマ)さんは、私を完全に自分の体から離した。
「待って・・・どこいくの?」
すでに立ち上がっている冬真(トウマ)さんを、私はすぐに止めた。
彼女との事を責めたから、怒ってしまったのかと思ったの。
でも、冬真(トウマ)さんは、「すぐ戻って来る。ちょっと、待ってろ。」と言うと、さらに奥の書斎に入って行った。
私は、言われるがまま、そこで少し待ってた。
ホント、すぐに冬真(トウマ)さんは戻って来た。
手には、アルバム?
「な・・・に?」
と聞く私に、冬真(トウマ)さんは、あるページを開いて、それをフロアーに置いた。
「麗美(レミ)ちゃんが見た人って、この人だろ?」
私は、冬真(トウマ)さんの指を目で追った。
「あっ。」と思わず声が出た。
私の声に、「やっぱりな。」と言うと、そのまま指を横にスライドさせた。
「これが、あの人の旦那だ。
名前は、梅澤波夜人(ウメザワ ハヤト)。」
「うめ・・・ざわ??それって、冬真(トウマ)さんと同じ名字・・・。」
と言った私に、冬真(トウマ)さんは少し笑った。
「麗美(レミ)ちゃんが見た女性は、俺のオフクロの妹の果帆。
彼女は、7歳から19歳まで、俺のオヤジとオフクロと一緒に住んでいた。
つまり、俺の両親に育てられたようなものだな。
だから、俺も彼女と一緒に9歳まで一緒に育ったんだ。
いえば、おばさんだけど、そういう風に思えなくてね。
姉貴みたいな存在だな。」
確かに・・・。
そう言われたら納得行くかも。
だって、雪先生が言ってたもんね。
冬真(トウマ)さんは、身内以外には自分を出さないって。
つまり、あの女性と姉弟同然で育った中なら、自分を出せて当たり前だもん。
でもよ、それだったら・・・おかしくない?
だって、その人のご主人が、梅澤でしょ?
冬真(トウマ)さんも、梅澤で・・・。
「ねぇー。ご主人が梅澤って・・・どういう事なの?」
「波夜人(ハヤト)さんは、俺のオヤジの腹違いの弟だから。
つまり、果帆が産んだ子供の夏杜(カズ)に俺の血が流れているっていうのは、俺の血がそのままって事じゃなくて、家系がって事だよ。
果帆の血は、俺のオフクロとつながってる。
そして、波夜人(ハヤト)さんの血は、俺のオヤジとつながってる。
そのつながっている人物との間に出来た俺は、普通で言う『いとこ』っていう間柄より、夏杜(カズ)と血が濃いだろ?
それで、『俺の血が流れてる』って言ったんだろう。」
「そう・・・だったの・・・。」
私はそう言った後、たまらず、「よかった・・・。」と口にした。
口にしてホッとしたら、自然と涙まで出てきちゃって、私は涙を止める事ができなくて、黙って泣いちゃったの。
そんな私の頬に、冬真(トウマ)さんは触れてくる。
いつもは、私がどれだけ泣いていても触れてこない冬真(トウマ)さんだけに、私は驚いて、彼を見た。
「よかったじゃねぇーよ。
俺が、結婚してる女と関係があって、さらに子供まで作ってるなんて・・・。
そんなんで、俺が麗美(レミ)ちゃんに、この子を産んでくれ。って言うわけないだろ?
もう少し、俺を信じろよ。」
何て言われても・・・悪いのは、冬真(トウマ)さんじゃない!!
って、思ったのよ。
思っただけで、口では、「うん。」ってかわいくいえば、そのまま抱きしめてもらえたりしたのかもしれないけど・・・。
無理、そんなの絶対に無理。
私が・・・気が強い私が、そんな事できるわけないって!
やっぱり、かわいくない事言っちゃったの。
「何よ!元はといえば、冬真(トウマ)さんが悪いんじゃない!!」
って。だけど、その言葉に、冬真(トウマ)さんは、少し笑う。
「なんで、俺が悪いんだよ。」
「だって、何か言ったら、すぐに『俺の事はいいから』とか言って自分を見せてくれないし。
それに、この間だって、『陸(リク)としてみろ』って言ってたじゃない。
そうでないと一緒に居られないって・・・。
そんな事言われて、あんな会話・・・。
親友の子だって・・・。俺の子じゃないってハッキリ言われたら・・・。」
そこまで口にしたら、また・・・泣いちゃった。
せきを切ったように泣きだす私に、「泣きすぎだ。」と冬真(トウマ)さんは、少し呆れながらも私を自分の方に抱き寄せた。
「俺の子じゃないって果帆に言ったのは、自分にそう言いきかせる為に言ったの。」
「言い・・・きかせる為?」
顔を上げて彼を見た私に、冬真(トウマ)さんも「そう。」と言いながら私を見た。
「俺の中で、この子も麗美(レミ)ちゃんも、親友の・・・。
陸(リク)の物だって事も、俺が陸(リク)の身代わりに過ぎないって事も、とっくに消えてる。
麗美(レミ)ちゃんは俺の物で、この子は俺の子供。
そういう目で見てるに決まってるだろ?
でも、それは、違うから・・・。
そういう風に俺が見たら、麗美(レミ)ちゃんを苦しめてしまう。
だから、俺は必死で自分に言いきかせていたんだ。
俺は、陸(リク)の身代わり以外の存在になってはいけない。
それ以外は、ありえないんだって・・・。」
嬉しかったの。
だって、これって、冬真(トウマ)さんが私とこの子を特別に想っていてくれたって事でしょ?
本当は、すっごくうれしかったの。
でも・・・。
まだ・・・まだ、信じられなかった。
これも、彼の優しさなんじゃないかって。
だって、冬真(トウマ)さんには、想いを寄せてる人が居るんだもん。
だから、私は・・・何も言えなかった。
ただ、黙っている私に冬真(トウマ)さんは、「なんだよ。」と言う。
「えっ?」と答えた私に、
「何か言いたい事があるような顔してるから。
言えよ。何だよ。」
そう言われたら・・・言っちゃいます!!
「あのね・・・。」と私は口にすると、ちょっと言いにくかったんだけど頑張った。
「冬真(トウマ)さんって、『報われない愛』の人がいるんでしょ?
だから、私てっきり、あの人かな?って思って・・・。
でも、違うなら、一体・・・誰かな?って・・・。」
「報われない愛?」
それには、「う・・・ん。」というと、失礼とは思いつつ言ったの。
陸(リク)が思っている人が冬真(トウマ)さんの好きな人なら、それは報われない相手だよって言っていた事。
それから・・・愛閖(アユリ)さんの事も言ったの。
「愛閖(アユリ)さんに、逢ってたのか・・・。」
と言った後、
「なら、俺の好きな人が、誰なのか見当つくだろ?」
って言われたけど・・・つかない。
「わかんないし・・・わからなくていい。」
と完全にすねる私に、「そう言うなよ。」と冬真(トウマ)さんは笑う。
「愛閖(アユリ)さんが言ってたんだろ?
『好きな人にとって、一番近い存在になって、その人を支える事を選んだ。』って。
俺が、ずっと側に居て、支えている人物って・・・一人しか居ないと思うけど。」
冬真(トウマ)さんはそう言ったあと、とても優しく笑った。
冬真(トウマ)さんが、側に居て支えている人物・・・。
「えっ?」
私はビックリしてしまって、冬真(トウマ)さんを見た。
冬真(トウマ)さんは、「やっとわかった?」と言って笑うと、また私を自分の方に抱き寄せた。
「俺は、ずっとずっと・・・麗美(レミ)ちゃんが好きだったんだよ。」
耳がおかしくなったかと思った。
今・・・冬真(トウマ)さん・・・何て言った?
完全に頭がこんがらがってきた私は、「ち・・・ちょっと待って!!」と冬真(トウマ)さんを止めて、冬真(トウマ)さんを見つめる。
私の視線に冬真(トウマ)さんも、私の方に目を向けた。
「今の・・・ホント?それとも・・・冗談?」
真剣に聞いたのに、「冗談ってなんだよ。」と冬真(トウマ)さんは笑う。
「だって・・・。」
と答えた私に、冬真(トウマ)さんは笑いをやめた。
「冗談でも嘘でもない。
ホントだよ。本当の俺が見たいんだろ?
だから、見せてあげる。
本当の俺を・・・。」
冬真(トウマ)さんはそういうと、私の頬にキスをした。
驚いた顔で彼を見た私に、冬真(トウマ)さんは私の頬に自分の頬をくっつけて、私の耳元でささやいた。
「いつからかは、ハッキリわからない。
でも、気付けば俺は、麗美(レミ)ちゃんを好きになってたよ。
でもそれは、ただの麗美(レミ)ちゃんじゃなくてさ。
陸(リク)を愛してる麗美(レミ)ちゃんだった。
陸(リク)を思って、そして幸せな麗美(レミ)ちゃんの笑顔が、俺は大好きだった。
だから、陸(リク)から、奪おうと思った事なんてなかったし、一生この気持ちは陸(リク)にも麗美(レミ)ちゃんにも、言うつもりなかったんだ。
俺は、陸(リク)と麗美(レミ)ちゃんが幸せでいてくれたら、本当によかったからさ。
でも、陸(リク)を失って、麗美(レミ)ちゃんの笑顔が見れない。
そして、麗美(レミ)ちゃんが悲しみにくれてて、俺はどうしても麗美(レミ)ちゃんを救いたかったんだ。
陸(リク)としてでもいいから、麗美(レミ)ちゃんの助けになりたい。
側に居てあげたい。
俺を陸(リク)と思えば、また笑顔になってくれるかな?って・・・。
それで、俺は麗美(レミ)ちゃんに、陸(リク)の代わりを申し出た。
一生、陸(リク)として、必要とされたんでかまわないと思ったんだ。
思ったのに・・・俺の心は、そう簡単にはいかなくて・・・。」
冬真(トウマ)さんはそういうと、顔を離して私を見た。
「麗美(レミ)ちゃんを抱いた後・・・自分の中で、麗美(レミ)ちゃんへの想いが噴出してきて。
もう、どうしようもなかった。
愛してるといいたい。
もっと、俺らしくむちゃくちゃに抱きたいって・・・。
それを、抑えるのに必死でさ。
だから、抱いた後は、すぐに俺ベッドからいなくなってただろ?
あれ、必死で耐えてたの。」
そう言って笑う冬真(トウマ)さん。
「だけど・・・それでも、気持ちはぐらついたんだ。
麗美(レミ)ちゃんが、俺を知ろうとする。
俺に関わってくる。
怖かったんだ。
ほんの少しでも、陸(リク)としてでない俺の中に麗美(レミ)ちゃんを入れてしまったら、俺は自分をぶつけてしまう。
ホントの俺の一部でも、麗美(レミ)ちゃんに見せたら、俺はおさえきれなくなるって・・・。
だから、麗美(レミ)ちゃんに冷たくした。」
「冬真(トウマ)・・・さん。」
嬉しかった。
冬真(トウマ)さんが私を好きで居てくれた事。
嫌われてたわけじゃなかった事。
それが、わかったから、嬉しくて・・・私は素直に思いをいえた。
「私も恐かったの。
陸(リク)を失ってまだ、日が浅いのに、冬真(トウマ)さんを愛してしまった。
それを、冬真(トウマ)さんに言ったら、軽蔑されるんじゃないか?って。
私から、離れていってしまうんじゃないかって・・・。」
「麗美(レミ)ちゃん・・・。」
「心のどこかで、陸(リク)も祝福してくれないかもって・・・。
そして、冬真(トウマ)さんに想いを告げることは、陸(リク)を裏切る事になるんじゃないかって。
だから、できなかった。
勇気がもてなかった。
でも・・・私は、陸(リク)への愛を捨てる。」
「麗美(レミ)・・・ちゃん?」
冬真(トウマ)さんの顔が少し曇った。
それでも、私は続けたの。
「私と、この子が幸せになる為に、私は陸(リク)への愛を捨てる。
そして、冬真(トウマ)さんへの愛を選ぶ。
これは、陸(リク)も望んでくれてる事だから。」
「陸(リク)が?」
「そう。」と答えると、私は陸(リク)と生前交わした約束を話した。
そして、さっき、陸(リク)の愛が起こしてくれた奇跡の夢話もしたの。
「そっか・・・・。」
と言った冬真(トウマ)さんの頬に私は、自分の手を当てた。
冬真(トウマ)さんが、私を見る。
私は、ずっとずっと言いたかった冬真(トウマ)さんへ想いを告白した。
「・・・愛してる・・・。」
そして、自分から冬真(トウマ)さんに口づけをした。
何度も冬真(トウマ)さんとキスをしたのに、なぜか私はすぐに唇を離してしまった。
だってだって・・・恥ずかしいんだもん!!
たまらず、下を向いた私の頬に、今度は冬真(トウマ)さんが触れてきた。
私は、冬真(トウマ)さんを見上げる形になった。
「もう・・・香水付けなくていいんだよな。」
冬真(トウマ)さんの言葉に、私は「うん。」と笑顔で答えた。
私の返事に、冬真(トウマ)さんはすごく嬉しそうにこう言ったの。
「ありがとう・・・。」
って。そして、私の唇に自分の唇をくっつけた。
冬真(トウマ)さんのキス・・・。
陸(リク)ではない冬真(トウマ)さんのキスに私は・・・ビックリした。
唇が触れてすぐに、私は「えっ?」と心の中で叫んでた。
本当に・・・全然違う。
唇の動きに、吐息の吐き方。
強さに、それから、舌の動き。
全てにおいて・・・陸(リク)とは似ても似つかない。
どういう事?これが・・・本当の冬真(トウマ)さん?
聞きたかった。聞きたかったんだけど・・・それどころじゃなかった。
だって、冬真(トウマ)さんのキス・・・ダメ・・・。
私の頭で、その言葉がどんどん大きくなった。
たまらず私は、強引に冬真(トウマ)さんから唇を離した。
「ん?」
冬真(トウマ)さんは冷静なんだけど・・・私は、全然冷静じゃなかった。
呼吸は、もう乱れまくってるし、顔も熱くなってる。
っていうか・・・体中が熱くなってる。
「ダ・・・メ・・・。」
と乱れた呼吸で口にした私に冬真(トウマ)さんは、私の唇に軽いチュチュってキスを何度もしながら言葉を吐く。
「何が・・・ダメ?」
冬真(トウマ)さんの吐く息。
冬真(トウマ)さんの甘い声。
冬真(トウマ)さんの・・・言葉。
全てが、私の感覚を熱くさせた。
でも、一番ダメな事はやっぱり冬真(トウマ)さんがしてくる・・・キス。
「全然違うじゃない。
今までのキスと・・・。
こんなのずるい・・・・。
私・・・耐えれないよ・・・。」
本当に・・・無理だったの。
これ以上、冬真(トウマ)さんに舌を入れられたら。
からまれたら・・・私は、完全に感じちゃう。
いっちゃうよ・・・。
たった10秒足らずのキスでだよ。
どれだけ、うまいの?って事よね。
っていうかさ・・・体がもたない。
私は、そう思ったの。
だから、気持ちいい程度のキスに変えてもらおうと思ったのに。
この熱いキスは、もっと先にとっててもらおうと思ったのに・・・。
冬真(トウマ)さんったら、「そんな事?」と鼻で笑うと、私の顎に手をそえる。
そして、さらに私の口を開けた。
「いいよ・・・いっちゃって・・・。」
冬真(トウマ)さんはそういうと、私にまた熱いキスをしてきた。
もう・・・抵抗はできなかったし、唇を離す事もできなかった。
だって・・・速攻、いってしまったから。
気持ちよくて、体も心もうずいて、私の気持ちは止まらなくなった。
手を彼の髪にからませる。
もっと彼と交わろうと、私も彼に向かって進んだ。
少し唇との間に隙間が出来た。
その時、冬真(トウマ)さんは言ってくれたの。
「麗美(レミ)・・・愛してる・・・・。」
って。
私は、涙がでるくらいうれしかった。
うれしくて・・・私は、さらに自分から彼にからんだ。
からみながら私もささやいた。
「冬真(トウマ)さん・・・。」
って。
『愛おしい』って気持ちがこんなにいっぱいで、陸(リク)じゃない男の人の名前を呼んだのは、初めてだった。
冬真(トウマ)さんの名前を何度も呼んで、そして、何度もお互いの体温と想いを混じり合わせた。
本当の冬真(トウマ)さんのキスは、私をこんなにも気持ちよくさせてくれて、満たしてくれて、幸せにしてくれた。
満たされながら、私は思い出してた。
雪先生に言われた言葉を。
『思いのままにぶつけてくる冬真(トウマ)に抱かれた時の快感は、たぶん何よりも最高だと思うよ』
それには・・・納得した。
このキスだけでも、こんなに感じちゃうのに、冬真(トウマ)さんに抱かれたら、どんなに気持ちいいだろうって。
そう思ったら、私の体の芯が、抱かれてもいないのに熱くなるのを感じた。
冬真(トウマ)さんがほしくてたまらない・・・そんなうずき。
私は、冬真(トウマ)さんと唇が離れるとすぐに、彼に抱きついた。
「まさか、キスで気絶か?」
と笑う冬真(トウマ)さんに、私はそのまま言ったの。
「抱いて。」
って。私を抱きしめている冬真(トウマ)さんの手が、ピクと反応した。
私は顔を上げて、冬真(トウマ)さんを見つめた。
「『冬真(トウマ)さん』に抱かれたいの。いいでしょ?」
でも、冬真(トウマ)さんは困った顔をする。
少し間が空いた。
冬真(トウマ)さんの中で答えがでたのか、私を自分の体から離すと、お腹に手をあてた。
「今は、抱けない。」
その言葉に、私の胸はズキーンとなる。
そして、気持ちも興奮する。
「なんで?どうして?」
声が大きくなる私に、「落ち着けって。」と冬真(トウマ)さんはさらに大きな声で、私を押さえつけた。
ビックリして体をびくつかせた私の頭を、冬真(トウマ)さんは、優しくなでた。
「いいから・・・聞いてくれ。」
というと、私の瞳を見た。
「もうじき、9ケ月だろ?
いえば、いつ生まれてもおかしくないくらい、この子は大きくなってる。
今、強い衝撃を与えたら、胎児によくない。
それがきっかけで、早く産まれる事だってあるんだ。」
だけど、私はすぐに反発する。
「でも、もう臨月になるんだよ。
それが、きっかけになって早く生まれても、大丈夫だよ。」
冬真(トウマ)さんの腕をつかんで、必死で私・・・言ってた。
必死にもなるよ。
だって、冬真(トウマ)さんがほしいんだもん。
この子だって、わかってくれる。
待ってくれる。
そう勝手に私は思い込んでた。
だけど、冬真(トウマ)さんは、私の腕に手をそえると、自分の腕から離す。
そして、手をからめるようにして、私の手を握ってくれた。
「麗美(レミ)ちゃんだって、わかってると思うけど、ちょっと小さめだろ?
推定の体重は標準だといっても、やっぱり気にはなる。
できるなら、予定日ぎりぎりまで、そこにいさせてやりたい。
1週間いるだけでも、成長は違うんだ。
だから、俺に抱かれるのは、この子が無事生まれてから。
それまで、待ってくれないか?」
冬真(トウマ)さんの言ってることは、間違ってない。
今は、赤ちゃんの事を最優先に考えるべきだってわかってる。
でも・・・不安になるの。
冬真(トウマ)さんが、私を抱かないのは、ホントにそれが理由なの?って・・・。
私は、たまらず、握り合っている冬真(トウマ)さんの手に力を入れた。
「どうした?」
私が何かを思っていると悟った冬真(トウマ)さんは、優しく聞いてくれた。
「本当に、それが理由?」
「どういう意味?」
「私を抱かないのは、他に理由があるって・・・事はないよね?」
「あるわけないだろ。」
とまで言われたにもかかわらず、「でも・・・。」という私に、「言いたい事があるなら言えよ。」と言われちゃったんで・・・言ったんだ。
「『陸(リク)』としてなら、つい最近まで抱いてくれてたでしょ?
どうして・・・急に?って・・・。
不安になったの。」
という私に、「例えばさ。」と冬真(トウマ)さんは言うと、私の顔をのぞいた。
「もし、今麗美(レミ)ちゃんが、『陸(リク)として抱いてくれ』と言ったら。
そしたら、俺、抱いてあげるよ。」
「えっ?」
って言っちゃうよ。
何よそれ!意味わかんない。
「それ・・・どういう事?」
それってつまり、陸(リク)としてじゃなきゃ、やっぱり抱けないって事?
って、冬真(トウマ)さんの心を疑った。
でも、冬真(トウマ)さんは、さらに私が彼につっかかるまえに、答えをくれた。
「『陸(リク)』なら、きっと抱くだろうから。
アイツは、麗美(レミ)ちゃんが求める事なら、何だってしただろ?
たぶん、この子が出来るエッチだって・・・麗美(レミ)ちゃんが望んだんじゃないの?」
それは・・・図星。
確かに、私が望んだ。
本当にできるとは、思ってもみなかったけど、でもありのままの陸(リク)がほしいとせがんだのは私。
私たちの関係は、親には秘密。
陸(リク)も大学受験で大変だった時期に、妊娠したら困る事はわかっていた。
きっと、陸(リク)は拒みたかったはず。
でも、彼は・・・私の望みを叶えてくれた。
そう思えば確かに陸(リク)は・・・私が望めば何だってしてくれた。
思い返して、私は冬真(トウマ)さんの言葉に、心から納得した。
「だから、今のこの状況でもアイツは、間違えなく麗美(レミ)ちゃんを抱く。
俺が陸(リク)としての役割を果たすのなら、俺だって陸(リク)がするように、今すぐ抱いてあげる。」
そういったあと、冬真(トウマ)さんは私の髪に優しく触れた。
「だけど、俺自身としては・・・さっき、麗美(レミ)ちゃんに言った気持ちが本心なんだ。
俺は陸(リク)とは違う。
麗美(レミ)ちゃんが求めている事を何だってするなんて、できない。
俺は、何よりも、誰よりも、麗美(レミ)ちゃんが大事だから。
そして、麗美(レミ)ちゃんが大事と思っている、この子が大事だから。
それを守る為なら、麗美(レミ)ちゃんが嫌な思いしたとしても、『できない』という。
そして、俺自身も我慢する。
それが、俺だから。
麗美(レミ)ちゃんは、『陸(リク)』じゃない『俺』に抱かれたいんだよな?
だったら・・・俺の気持ち、わかってくれるよな?」
その言葉は・・・私に素直に、「うん。」といわせてくれた。
目の前のこの人が、本当に愛おしくて、私は自分から彼に抱きついたの。
「我慢する。でも・・・。」
と言った私に、「なんだよ。」と少し笑って冬真(トウマ)さんは突っ込みを入れる。
また、私がよからぬ事を言うと、たぶん想像はついたんだろうな。
もちろん、その予想はあたってた。
私が言った言葉は・・・。
「あと、1ケ月も我慢しないといけないのか・・・。
早く生まれてくれないかなー。」
それには、冬真(トウマ)さんも「アハハ。」と声を出して笑ってた。
「笑い事じゃないってばー。」
と愚痴をいう私に、「なぁ?」と冬真(トウマ)さんはまだ笑いながらだったけど、口にした。
「なんで、そんなに『俺』に抱かれたいの?」
「だって、『今まで味わった事のない快楽』ってのを感じたいんだもん。」
って、即答しちゃった。
もちろん、意味がわからない冬真(トウマ)さんは、「えっ?何?」ともう一回聞いてきた。
なので・・・。
耳元で、もう一回言ったんだー。
そしたら・・・少し、呆れた顔でみられちゃって・・・。
「なんで、そんな顔するのよ。」
って言ったら、「誰にそんなすごい言葉言われたの?」と反対に聞かれてしまった。
仕方ないから・・・答えるよ。
ってなわけで・・・。
「雪先生。」
と口にした私。
私の答えを聞いた冬真(トウマ)さんはというと・・・。
「あのエロオヤジ・・・。ぶっ殺してやる。」
とこわぁーい一言。
「なんでぇー、いいじゃない。」
というけど、「どこがいいんだよ!」と私まで、怒鳴られてしまった。
「でも、間違ってなかったもん!」
とあくまではむかう私に、「何が?」と冬真(トウマ)さんは、ちょっとイヤイヤ聞いてきた。
「冬真(トウマ)さんがするキスもね、今までに味わった事のない快楽だって、雪先生が言ってたの。
本当に・・・今まで味わった事のないキスだったもん。」
なんていって、私は冬真(トウマ)さんの唇に軽いキスをしたの。
それには、冬真(トウマ)さんも、「何言ってんだよ。」といいながら、少し照れてた。
「だから、今から、楽しみなの。
どんな快楽なんだろうって・・・。」
とニッコリ笑う私に、少し顔が険しくなる冬真(トウマ)さん。
「何?なんで、そんな顔するのよ。
冬真(トウマ)さんは、楽しみじゃないの?
私を抱く事・・・。」
少し口をとがらせていう私に、「いや、そっちじゃなくて・・・。」と冬真(トウマ)さんは言うと、
「気になってるのは、麗美(レミ)ちゃんの期待かな・・・。」
「ん?」と聞くと・・・。
「『陸(リク)』として抱いてた時と、あんまかわんないかもよ。」
って言われた。
でも、私が思うに、絶対に違うと思う。
だって、キスなんて、ホントに違ったんだもん。
きっと・・・セックスだって違うはず。
違うなら、どうして陸(リク)と同じだったのかは、謎だけど。
今はさておき・・・。
うん。絶対に違うよ。
と思った私は、
「そんな事ない!絶対に違うもん!」
と自信満々に答えちゃったんだよね。
それには、さすがの冬真(トウマ)さんも、「プッ。」と笑う。
「すごい自信だな。」
なんて言ってる。
でも、その後に、「けどさー。」と笑いながら言ったの。
「物は一緒なわけだから、やっぱ、変わんないと思うけどね。」
って・・・それには、赤面だよ。
恥ずかしくて、顔を冬真(トウマ)さんの胸に押し当てちゃった。
「どうかした?」
なんて、平気に聞く冬真(トウマ)さんに、私は顔をふせたままいったの。
「冬真(トウマ)さんの方が、雪先生よりエロイよ・・・。」
って。
だって、あの回答は・・・ないでしょ。
リアルすぎて・・・恥ずかしい。
でも、冬真(トウマ)さんは、「なんで?」と平然。
なんか・・・冬真(トウマ)さんのイメージが崩れてきた。
というより・・・すごく陸(リク)に似てる。
それで、陸(リク)と重ねてしまう。っていうんじゃないの。
でも、冬真(トウマ)さんがこういう人だったから・・・私は好きになったのかな?って思ったりしたの。
結局、私は、陸(リク)や冬真(トウマ)さんみたいなタイプの人に、惚れちゃうようになってるのかな?って。
そんな事を考えたら・・・おかしくて、笑っちゃったの。
「ん?」と聞いて来る冬真(トウマ)さんに、私は「ううん。」と首をふる。
そして、握り合っている手を自分の頬につけて、冬真(トウマ)さんのぬくもりを肌で感じた。
「仕事行くまで・・・こうしててくれる?
ずっと、側に・・・いて。」
「もちろん・・・・。」
冬真(トウマ)さんは、すぐにそう答えてくれた。
そして、私を本当に強く抱きしめてくれた。
体に伝わる冬真(トウマ)さんの体温と、力強さが心地よくて、うっとりしてしまった。
その時、ふっと私の目に時計が目に入ったのね。
あー・・・もう、5時前か・・・。
って思って・・・もう一回、時計を見た。
そして・・・。
「あぁー!!」
と叫ぶ。
私の大声に、もちろん冬真(トウマ)さんもビックリ!
私から手を離し、「どう・・・した?」と驚きつつ口を開いた。
「ヤバイ・・・家に連絡、忘れてた・・・。」
「あっ・・・。」
と冬真(トウマ)さん。
二人で・・・顔を見合いっこ。
そして・・・。
「ねぇー、冬真(トウマ)さんが電話してよ。」
と彼になすりつける。でも、
「絶対ヤダ。自分でしろ!」
と冷たい言葉。
「えぇー!!そんな冷たいこと言わないでよ!
いつもの優しい冬真(トウマ)さんなら、してくれるのにぃー。」
と駄々をこねてみるけど、
「本当の俺がほしかったんだろ?
もう、優しい冬真(トウマ)は、いません。」
と言われた。
「もう!ケチ。」
といいならが、ベーとする私に、冬真(トウマ)さんはとっても優しく包み込むように抱きしめた。
「こうしててあげるから。
ちゃんと、自分で電話しろよ。
オフクロさんが、今聞きたい声は、俺の声じゃない。
麗美(レミ)ちゃんの声なんだから。」
本当は素直に、「うん。」って思えたの。
でも・・・やっぱり、ひねくれものの私には、無理だ。
「何よ。優しい冬真(トウマ)さんに、なっちゃってさ。
ずるい、ずるい!!」
って言っちゃった。
でも、冬真(トウマ)さんは、笑いながら、別に何も言わなかった。
私を抱いたまま、少し腰をあげると、携帯電話を取り出した。
そして、それを開いて、私の自宅番号を検索する。
通話ボタン押して、すぐに私に「ほい。」と言って差し出した。
私は、それを素直に受け取った。
しばらくして、お母さんが電話に出た。
もちろん、怒られた。
でも、冬真(トウマ)さんがすぐ側にいてくれたから、素直に謝れたし、お母さんの思いも受け入れられたの。
その時、思ったんだ。
冬真(トウマ)さんがいてくれたら、私はこれから先、どんな事でも、乗り越えていけるんじゃないかって。
冬真(トウマ)さんを愛した事で、とんでもない奇跡が、起こせるんじゃないかって・・・そう思ったの。
☆☆☆11章 END☆☆☆
|