午後2時。
いつもなら、この時間は、必死で講義を受けている時間だけど、今日は違う。
担当教科の先生が体調を崩したとかで、急に休講になった。
それで、暇になっちゃった私は、『ここ』にお邪魔したってわけ。
ソファーにどっかり座っている私の元に、お茶とケーキが乗ったトレイを手に歩んできた、この家の主に向かって私は口を開く。
「未来(ミク)さん、ごめんね。急におしかけちゃって。」
と言ってる側から頭を下げる私に、「やだー。気にしないで。」と彼女はニッコリ笑顔で答えながら、トレイの物をテーブルへと移動させた。
全てを移動させた彼女は、トレイをフロアーに置くと、自分もフロアーの上にクッションをしいて、そこに中腰になっていた腰をおろして座った。
「いただきものの紅茶だけど、どうぞ。」
彼女はそういいながら、私の方に右手を差し出す。
「いただきます。」
私は笑顔で答えて、カップに手を伸ばした。
「でも、かえってこっちが、悪かったわ。」
いきなりそういわれた私は、カップに口をつけたまま、前方の彼女を見た。
「何が?」って目で彼女を見た私に、彼女はそのまま続ける。
「ケーキまで、買ってきてもらって。
それも、チーズケーキにしてくれて。
こういう気の使いようが、医者って感じよね。」
そういって、「クス。」と笑う彼女に、
「そうかな?私、医者っぽくなってきた?」
なんて恐れ多い事聞いちゃったんだけど、
「うん。さすがに、4回生ともなると、貫禄が出てくるわね。」
と言ってくれて・・・。
おせいじと知りつつも、やっぱり嬉しいもので、笑顔でケーキをほおばった私。
そんな私を見て、また彼女は、上品に笑った。
「そういえば、天(タカシ)くんは、今日はどうしてるの?
一緒に連れてこればよかったのに。」
それも、お愛想?
それは・・・さすがに、笑顔では受けいれられないよ。
って事で、ここは否定しちゃう私。
「ダメダメ。天(タカシ)なんて、連れてこれないよ!」
手に持っていたホークを投げ出して、両手で手を振る私のしぐさに、彼女は大ウケ。
「そんなに否定しちゃったら、かわいそうじゃない。」
なんて、またもや優しい言葉を言ってくれるけど、あの子に同情は禁物よ!
なので、ここは、天(タカシ)のすごさをアピールしておこうと思った私。
「5歳になると、もうやんちゃでさ。
走るな!って言っても走るし、投げるな!って言っても物は投げるし。
全然、言う事聞いてくれなくて困るよ。」
「男の子だもん、しょうがないんじゃない?
いいじゃない、元気で。」
って言ってくれるけど、私は首を大きく振る。
「普段ならいいけど、ここでは、そんなのダメだから。
まだ、5ケ月足らずの秋来(シュウキ)くんと春歌(ハルカ)ちゃんに、いたずらしたら大変だもん。」
その言葉に、未来さんは、
「そんなに神経質にならなくて、大丈夫よ。
天(タカシ)くんだって、そのうち弟か妹が出来るんだから、今から慣らしておくのもいいんじゃないの?」
なんていうのよ!
「弟か妹??」
初めは意味がわからなかったの。
だけど、ユックリ考えて・・・。
「それって、つまり・・・。」
と口にして赤面する私に、未来さんは少しイタズラっ子みたいな瞳になる。
「そんなの決まってるじゃない!
冬真(トウマ)さんとの『子供』よ!」
「きゃぁー!!!」
私は、両手で顔を覆って叫んじゃった。
だって、だって、『あの』冬真(トウマ)さんとの子供だよ。
きゃぁー、わぁー、どうしよぉー!!
って言葉が頭の中で、グルグル回る回る。
もう、興奮状態もいい所。
落ち着きがなくなり、アタフタする私の姿に、未来さんはかなりツボにハマったようで、お腹をかかえて大笑い。
あまりの未来さんの笑い方に、お祭り騒ぎだった私も、少し落ち着きを取り戻し、未来さんに突っ込みを入れる。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですかー。」
でも、未来さんはまだ、笑ってるし。
「もうっ!」
たまらず、私は未来さんの肩を軽く叩いて、抗議する。
そんな私を未来さんは、涙目の目で見上げると、「あー、おかしいぃー。」と言いながら、お茶を口にした。
「だって、二人とも、どっからどうみても熱々の夫婦じゃない。
なのに、今更子供で、『キャー』はないでしょ。」
まー、確かに、そりゃそうだけど、でも・・・。
「私たちまだ結婚してないもん。
っていうより、プロポーズもしてもらってないし・・・。
まだ、ただの恋人同士だから、子供なんて考えられないよ。」
と言いながら私も、紅茶を口にする。
そんな私に、未来さんは鋭い指摘をしてくる。
「ホントに考えた事ない?」
それには、「えっ?」といって、彼女に聞き返していた私。
ポケーとしている私に、彼女はさらにこう言った。
「大好きな人の子供がほしい。って思った事ないの?
天(タカシ)くんが、大好きな陸(リク)さんの子供で、愛おしいでしょ?
だったら、冬真(トウマ)さんの子供がほしいって、そうは思わない?」
確かに・・・思った事あるよ。
冬真(トウマ)さんの子供がほしいって。
いや、『思った事ある』じゃなくて、『いつも思ってる』が正しいかな。
冬真(トウマ)さんに抱かれるたびに、『出来たらいいのにな』って思わない日はないっていうくらい、私いつも思ってるかもしれない。
でも、わかってるんだ。
いくら願っても、できないって。
だって、冬真(トウマ)さんは、絶対に怠(オコタ)らないから。
だから、万に一つの可能性もない。
絶対に、できるはずがない。
冬真(トウマ)さんが、怠(オコタ)らないのは、結婚してないから?
それとも、今はお互いの夢の為に、子供は邪魔だから?
きっとそうだと、私は自分に言い聞かせてた。
でも、心の奥底で本当は、不安で不安でたまらなかった。
どうして、結婚しようと言ってくれないの?
子供を作らないようにしてるのは、私との未来(ミライ)に戸惑ってるから?
そう疑う私がいるの。
冬真(トウマ)さんは、丁度、1年半くらい前に、梅澤総合病院の次期院長になる事が決まった。
つまり、冬真(トウマ)さんは、あの大きな病院の一番偉い人になるの。
そんな人と、私みたいな女が結婚できるの?
家だって裕福じゃないし、両親だって、私の母親の浮気が原因で離婚した。
今は、母親はその相手と結婚して幸せだけど、そんな家庭の娘と冬真(トウマ)さんがつりあうわけないよね。
それになにより、私には、子供がいる。
冬真(トウマ)さんと、全く関係のない子供が。
冬真(トウマ)さんにとって、親友の忘れ形見である天(タカシ)は、大きな存在かもしれない。
でも、だから、冬真(トウマ)さんは縛られてしまっているんじゃないかな?って最近思うの。
切るに切れないというか・・・。
本当は、私とも天(タカシ)とも離れたい。
でも、親友の子供だから言い出せない。
なんて・・・そんな事を、最近考えるようになってた。
冬真(トウマ)さんの気持ちを、疑っているわけじゃない。
だけど、どうしても、思ってしまうの。
『どうして、一緒に来いと言ってくれないの?』って・・・。
冬真(トウマ)さんは、私が大学に入学したと同時に、アメリカに心臓外科医になる為に渡米した。
でも、こっちでの患者の事もあって、最初の1年くらいは、1ケ月に1週間くらいは戻ってきてくれていた。
だけど、年を重ねるごとに、向こうでの勉強も忙しくなったのか、最近では3ケ月に1度くらいのペースになっちゃって、私は寂しくて寂しくてたまらないの。
逢いたくてもすぐには逢える様な所じゃないから、せめて声だけでも。って思うけど、時差がありすぎて、なかなか電話もできない。
かといって、こっちに戻ってきてくれても、こっちの患者でほとんど家にも戻ってきてくれないから、一緒にいる時間も愛し合う時間もあまりなくて、正直精神的にも参ってる。
冬真(トウマ)さんが戻ってくるまで、あと2年ちょいあるんだよ。
もう、限界なの。
私は、何度も冬真(トウマ)さんに弱音を吐いた。
「ねぇー、私も連れて行って。
向こうでも勉強できるんでしょ?
冬真(トウマ)さんと離れたくないよ。」
だけど、いつも冬真(トウマ)さんは、こう返してくるの。
「陸(リク)が行くはずだった大学に入ったのは、何の為だ?
アイツの代わりに、卒業したかったんだろ?
あと、半分じゃないか。
そう言わずに、頑張れよ。」
最初は、素直に『そうだよね。陸(リク)の代わりに卒業しなきゃ。』って思って自分にエールを送ってたんだ。
だけど、今の私の心は揺れてるから、素直に解釈できないの。
冬真(トウマ)さんが、私をここにおいてるのは、陸(リク)の為なんかじゃない。
連れて行きたくないんだ。
私の事、好きじゃないのかも・・・とか。
あと、冬真(トウマ)さんには、向こうに誰か想う人がいるんじゃないか・・・とか。
少年時代に、冬真(トウマ)さんは、8年間アメリカで過ごしてる。
その時の事を、冬真(トウマ)さんは、話したがらないから、あまり知らないんだけど、だから余計に疑ってしまう。
誰かいるの?って・・・。
そんな風に、私は、冬真(トウマ)さんの全てに疑いを持つようになっちゃって、正直自己嫌悪にも陥ってて・・・。
だから、今は、意識して、あまり冬真(トウマ)さんのことを考えないようにしてる。
考えたら、逢いたくなるから。
逢いたくなったら、おしかけちゃいそうだから。
そして、そのまま、アメリカに居たいって言っちゃいそうだから・・・。
だから、今は、学校で勉強に明け暮れている方が、気が紛れてよかったんだけど、今日は休講だったから。
それで、未来さんの所にきたんだけど・・・余計に冬真(トウマ)さんの事、考えさせられちゃった。
思わず苦笑いした私に、「どうかした?」と未来さんはいうと、カップをテーブルに置く。
そして、私を真っ直ぐな瞳で見た。
「冬真(トウマ)さんと、何かあった?
何でも言ってよ。相談に乗るから。」
黙る私に、未来さんは笑顔でこう言った。
「昔、色々教えてくれたの、麗美(レミ)ちゃんじゃない。
だから、今度は私が力になりたいの。
ねっ、言ってよ!」
そんな優しい言葉言われたら、今悩んでる本当の事・・・言いそうになる。
誰にも言えない秘密の事。
そう・・・冬真(トウマ)さんにも、言えない秘密の事・・・。
「実は、今、困ってて。」
と戸惑いながら口にした私。
私のその言葉に、待ってましたといわんばかりに、喰いついて来た未来さん。
「何?困ってる事って。」
それで、私言ったの。
今、私の身に、降りかかってる、ありえない事を・・・。
恥ずかしがりながらも、頑張って未来さんに話した私。
全て話し終えた私に、未来さんは何か言おうとして、口を開いた。
その時、聞こえてきたのは、未来さんよりも、低く渋い声。
愛する人によく似た声だった。
「へぇー、麗美(レミ)ちゃん、モテんだなー。」
その声に、私も未来さんも、飛び上がるほどビックリした。
そして、驚いた次は、すごい勢いで、声がした扉に目を注ぐ。
「ちょっ・・・なんで、春(シュン)がこんな所にいるの?
仕事は?今日、夜勤って言ってなかった?」
大声で叫ぶ未来さんに、
「そんな驚くなよ。
思ったより、撮影が早く終わったから、一旦戻ってきたんだよ。
自分家(ジブンチ)に戻ってきたのが、そんなに悪いのかよ。」
明らかに怒っていそうな顔つきになった春(シュン)さん。
私は、ヒョェーって思ったけど、さすがは奥さま。
全く動じず、立ち上がると、春(シュン)さんが脱ごうとしている上着を受け取るため、右手を差し出した。
「それで?撮影はうまくいったの?
今日のメイク、杉本杏だったんでしょ?」
彼女の言葉に、春(シュン)さんは、「フッ。」と笑うと、脱ぎたての上着を未来さんの手の上に置いた。
「さすが、情報早いな。
ルートは、真琴さんか?」
「ええ。朝に、来たのよ。
昨日撮った春(シュン)のポラ持ってね。
それと、こっちもネガ渡したかったし。」
そんな会話が続く続く。
未来さんは、今や、超売れっ子モデルに成長した春来(ハルキ)事、春(シュン)さんの専属メイクアーティスト。
とはいえ、去年の流産以来、仕事は休業してる。
だから、春来(ハルキ)の仕事も限られてる。
春来(ハルキ)のメイクは未来さんしかできないので、春来(ハルキ)は1年前から雑誌のインタビューとか、あまり光を感じさせないショットしか撮らなくなった。
影とか、そういうのがわからない物しか、撮れなくなってしまったの。
でも、ファンはそれじゃ納得できなくて、かなり抗議の声が殺到したらしく、事務所からも未来さんの復帰を要求されたらしい。
けど、出産後って事もあって、どうしても春(シュン)さんは首を縦にふらなくて。
それを聞いた冬真(トウマ)さんのお父さんの雪先生が、「なら、家で撮れば?」とこれまた、ナイスなアドバイスをさらっと言っちゃってね。
それから、家でマル秘写真を何枚か撮るようになって、それを雑誌に載せたりするようになったんだって。
この間、1号が出たんだけど、すっごい売れ行きで、追いつかないくらいだとか。
プライベートでも仕事でも、二人で一つだなんて・・・ちょっと、うらやましい限りだけど・・・。
二人のやり取りを見ていた私は、そんな事を思って、そして気付いた。
私って・・・もしかして、お邪魔?って。
いくら時間が空いたからと言っても、確か病院の夜勤は5時からだったはず。
今、もう3時前だから、そんなに時間ないよね?
それでも、わざわざ帰ってきたのは、未来さんに逢いたかったからに決まってる。
私は、お邪魔ムシだ!!
そう悟った私は、慌てて残っている紅茶を飲み干すと、腰を上げた。
「それじゃ、私はこれで。」
そんな私の声に、「えっ?」と言いながら未来さんは振り返る。
すでに、上着を羽織ろうとしている私の姿を見た未来さんは、慌てて私の元へと走ってくる。
「ちょっと、待って!なんで、帰るのよ!
気にしないで。それより、さっきの続き聞かせてよ。」
と未来さんは必死で言ってくれるけど、私は首を振る。
「お二人の邪魔はしたくないから。
また、くるから。」
そう言って笑った私だけど未来さんは、「そういわずにいてよ。」と悲しい声を出す。
それでも、カバンを持つ私に、困った未来さんは、「春(シュン)からも言ってよ。」と春(シュン)さんに助けを求めた。
春(シュン)さんはというと、ポケットからバイクの鍵や、免許証を出すと、それをキッチンのテーブルに置いていた。
それをやってる途中でいきなりふられたものだから、「ん?」と少し戸惑ってた。
だけど、「ねぇー。」と必死で頼む未来さんに、「はいはい。」と笑った彼は、私の元へと来た。
「まだ、時間があるなら、未来の相手してやって。」
「でも・・・。」
と言葉に困る私に、春(シュン)さんは、「俺ね。」と言うと、急に明るい声になる。
いつも冷たく冷静な落ち着いた声で話す春(シュン)さんにしては、珍しく明るい声で私は、そのまま聞き入ってしまった。
「未来に逢いたくて戻って来たわけじゃないんだよ。」
それには、「はぁ?」と私。口をポカーンと開けて言っちゃった。
それに引き換え、未来さんは、「やっぱりね。」と、軽くため息を付いて呆れる。
春(シュン)さんの言葉も気になるけど、それよりも、未来さんの言葉のほうが気になった私は、未来さんに聞いたの。
「やっぱり・・・て?」
すると、未来さんは春(シュン)さんを見た。
「『二人』に逢いに帰ってきたんでしょ?」
「ふたり?」
と口にして・・・わかった。
秋来(シュウキ)くんと春歌(ハルカ)ちゃんだ。
私の中で答えが出た頃、春(シュン)さんが口を開いた。
「そう。1日1回、アイツラの起きてる顔見ておかないとな。
忘れられると困るし。」
春(シュン)さんはそういうと、今度は私を見た。
「って事なんで、俺の事は気にしないで、いていいよ。
未来と、さっきの話の続きしたら?
っていうより、してくれよ。
ここで、帰られたら、俺が未来にグダグダ怒られるから。」
そういったあと、春(シュン)さんにしては、珍しく、ニッコリスマイルが添えられた。
「じゃ、ごゆっくり。」
そして、春(シュン)さんは、子供たちがいる場所へと移動していった。
呆気に取られて春(シュン)さんを見ていた私の肩から、荷物かスルンと落ちた。
慌てて荷物を見た私の目には、人の手が!!
「ほら、上着も脱いで、座った座った。」
そう言われて私は、「じゃ、もう少し。」と上着を脱ぎながら言った。
それから、未来さんは、しきりなおし。とかいって、お茶を入れなおしてくれて、また席につく。
そして、すぐに、本題へと入る。
「で?さっきの続き。
その医大生とどうなったの?」
「うん。それがね・・・。」
ということで、冬真(トウマ)さんにも言えない・・・誰にも言えない秘密を私は目の前にいる未来さんに、詳しく話したの。
事の発端は、1週間前。
大学の医学部では、5〜6人で1グループになり、実習とか講義とか、ほとんどがそのメンバーとまとまって受ける事が多い。
そのメンバーは、6年間一緒だから、その中でカップルになる人たちも少なくはなくて。
実際、私のグループは、女3人、男3人の6人グループ。
なんだけど、他のグループと違って、私たちのグループは、なぜかカップルにならない。
みんなフリーなのに、なぜか・・・。
そこで、他の2人の女子が、男紹介してよ!と言い出して。
それで、その願いを聞いてくれたのが、グループの中で、成績がよくいつもみんなをまとめてるリーダー的存在の北条達也(ホウジョウタツヤ)くんでね。
「紹介してあげる。」と言い出したんだけど、
「俺は、麗美(レミ)ちゃんが好きだから。
麗美(レミ)ちゃんは、俺とデートしてよ。」
となんともまー、信じられない愛の告白をくれちゃって。
聞いた時は、冗談かと思って、笑い飛ばしたんだけど、その日から毎日毎日告られて。
「つきあってくれよ。
ダメなら、とりあえず、1回デートして。
それから、決めてくれよ。」
とか。言い出したら、きりがないくらい、毎日言われてさ。
実は彼が、こんな事いうのは、私の事を何も知らないから。
私に、5歳になる子供がいる事も、冬真(トウマ)さんという愛する人がいる事も、何一つ知らないから。
だから、こんな事を言ってきてるの。
天(タカシ)の事をいえば、たぶんすぐに諦めるんだろうけど、それは言えなくて。
というのは、この大学の入学が決まった時に、理事長に言われたの。
「子供の事は伏せておいてほしい。」
って。一応、偏差値の高い大学だけに、18歳で未婚で出産した生徒がいるのは、ちょっとまずいみたいで。
でも、事情を説明したら、私を受け入れてくれたの。
陸(リク)の事は覚えていてくれて。
この学校としても結構、ショックな出来事だったみたいで。
そりゃそうだよね。
入試に来た帰りに事故で亡くなったんだから。
それをキッカケに、バイクや車での受験は禁止になった。
電車やバスでも、事故はある。
でも、自分で運転する乗り物に比べたら、確率は低いし、平常心ではいられるじゃない?
時間が遅れそうでも、公共のものなら、諦めもつくけど、自分で運転するものなら、ムチャをしかねないから。
だから、そういう危険があるものは、さけたいという理事長の意見らしくて。
それと、陸(リク)の事を覚えていたのは、それだけじゃなくて、成績がよかったから。
医学部受験の中で、トップだったみたい。
本人が苦手だと嘆いて、最後の最後まで、冬真(トウマ)さんに聞いていた教科だけ100点を逃したくらいで、他は満点だったとか。
だから、余計に、先生方も期待してて、覚えていてくれたんだよね。
そういうこともあって、天(タカシ)の事は、同僚には言えないのよ。
なので、仕方なく、
「付き合ってる人がいるから。」
って断ったんだけど、「嘘だ。」と信じてくれなくて。
「4年近く一緒にいるけど、男と歩いてるところも見たことないし、そういう気配全然しないし。
男なんて本当はいないんだろ?
俺、諦めないから。」
とまー、こんな感じで、ずっと平行線で、何度断っても聞いてくれなくて。
それで、実はあさって、デートに誘われた。
というより、コンパ的ものなんだけど。
北条くんが、同じ医学部の違うクラスのお友達を2人連れてくるから、その人たちを、私たちのグループの女子に紹介するんだって。
そして、北条くんは、私とデートしたいって。
いきなり2人は嫌だろうから、まずは、グループで逢おうよって言われて。
もちろん、即断ったよ。
だけど、来ないなら、コンパもなかった事に。
って言われたら、他の二人が泣いて、すがってくるに決まってるじゃない?
「お願いよぉー、麗美(レミ)―。」
「もうじき、クリスマスだよ。
男いないイブなんて、もううんざりだよぉー。」
って、そんなの知らないわよ!
男がいるなら、天(タカシ)貸してあげるよ!
私だって、冬真(トウマ)さんとイブ過ごせないんだから。
贅沢言わないでよ!
って、出かかったよ。
でも、言えないし・・・。
だから、気は全く乗らないけど、無理やりオーケーさせられて・・・。
こんな事、冬真(トウマ)さんに相談できないし、かといって、北海道にいる由梨華(ユリカ)に言ったら、
「バカ言ってないで、とっとと、断んなさいよ!
冬真(トウマ)さんが知ったら、どう思うと思ってんの?
陸(リク)先輩の夢叶えるために、向こうは必死なのに、あんたも男なんてかまってないで、必死で勉強しなさい!!」
って激をとばされるに決まってる。
下手したら、当日、北海道から来て、コンパぶち壊しされるかも。
それは、いくらなんでも、二人にうらまれるし・・・。
だから、つい、優しい未来さんに言っちゃったんだよね。
未来さんは、絶対に由梨華(ユリカ)みたいな事は言わないから。
優しくて、そして、どこか少女的感覚を失ってない彼女は、きっと私の気持ちもわかってくれる人だから。
「ねぇー、未来さん。
私、どうしたらいいかなー。」
と深いため息を付く私に、
「一番いいのは、冬真(トウマ)さんを見せちゃえばいいんだけどねー。」
と即答した未来さん。
「冬真(トウマ)さんを?」
きょとんとした顔で未来さんを見ながら言った私に、未来さんは反対に驚いてる。
まるで、「なんで、驚くの?」って感じのリアクション。
そう思ったのは、間違いではなかったみたい。
「だって、冬真(トウマ)さんを見たら、その人諦めるわよ。
絶対に。」
その自信満々さが・・・ちょっとわかんない。
「なんで?」
さらに聞いた私に、今度はまたもや別の声が。
「あれだけかっこいい男は、そうそういないだろ?
あんなやつが、彼氏だといわれたら、たいていの男は、白旗あげるよ。
そいつが、よっぽどのバカでない限りはね。」
そう言った彼は、私たちのいる場所から、少し離れたキッチンのイスを引くと、そこにこちら側を向いて、逆向きに座った。
彼のその姿を見ながら、未来さんはちょっと呆れ顔。
「今の、冬真(トウマ)さんを褒めたの?
それとも、遠巻きに自分の自慢してる?」
かぁーなり疑いの眼差しの未来さん。
それには、「さぁー、どっちでしょう?」とすっごい意地悪な笑いをした春(シュン)さんは、いきなり未来さんの方に、右手を出した。
「入れて。」
その言葉に、「はいはい。」と答えながら未来さんは、立ち上がると、キッチンの方へと向かう。
「あっ、そうだ。
麗美(レミ)ちゃんが、チーズケーキくれたよ。食べる?」
そういいながら、いつもの物なのかな?
マグカップを取り出して、飲み物を作り出す未来さん。
「あー、今はいいや。
スタジオで、差し入れ喰ってきたから。」
そう答えた春(シュン)さんは、私の方を見る。
「明日、もらうわ。ありがとな。」
私は、「いえ。」と笑顔で答えたんだけど、
「明日なんて、ないわよ。
私が食べるから。」
とサラっと言った未来さんは、「はい。」と春(シュン)さんにカップを渡す。
未来さんの言葉に、
「だって、結構あるんじゃないのか?」
とビックリ顔で言った彼。
ここのチーズケーキは、未来さんが大好きだから、いつもホールで買ってくるの。
だから、まだまだある。
それを予想してわかっていた春(シュン)さんは、明日ならあるはずだと仮定して言ったのに。
私だって、明日なら、余裕にあると、思ったんだけど・・・。
未来さんと来たら、「だってぇー。」と笑いながらいうと、
「今夜と、明日の朝と、お昼でしょ?
3食もあったら、たいらげちゃうわよ。」
と右手の指を3本立てる。
それには、完全に呆れた春(シュン)さん。
「お前、カロリー取りすぎだ。
俺の分、2コ残しておけ。
じゃねぇーと・・・。」
「じゃねぇーと何よ!」
「復帰は、あいつらが小学校行くまで、延期だ。」
「えぇー!!そんなぁー。」
と情けない声を上げた未来さん。
「ひどい・・・いじめだ・・・。」
と嘘泣きをしながら、未来さんは私をみる。
「ホント、春(シュン)って意地悪でしょ?」
と言われるけど・・・。
「でも、まだ、いいよ。」
と答えた私。
「へっ?」
と二人声を合わせて私を見た、春(シュン)さんと未来さん。
その反応に、「ん?」と聞き返した私。
未来さんは、言葉に出来ない感じだったけど、春(シュン)さんはすぐにこう切り替えしてきた。
「冬真(トウマ)のやつ、麗美(レミ)ちゃんに意地悪するの?」
って。それには、もちろん、即答。
「するも何も、いつもそうよ。
態度も言葉も。
それに・・・。」
と言いかけて、口を抑えた私。
おっと、危ない危ない。
ここまで、言っちゃったらマズイよね。
という事で、必死で抑えた私なんだけど、未来さんは気になるご様子。
「えぇー何?気になる。
『それに』の次は何?他、どんな意地悪されるの?」
目を輝かせて言わないでぇー。
言えないって・・・。
という事で、「いやぁ・・・別に・・・たいした事ないから・・・。」と、必死でごまかしたんだけど、
「あれだろ?」
と春(シュン)さんは笑いながら言う。
「あれって・・・何?」
未来さんは興味深々で春(シュン)さんを見るけど、春(シュン)さんは私を見てた。
その目・・・わかっちゃった?
バツが悪そうなしかめっつらをした私を見て、春(シュン)さんはさらに笑うと、未来さんに教えちゃったの。
「エッチも意地悪だって事だよ。」
「へっ?」
そりゃ、へっ?だよね。
ホント、私って余計な事を・・・。
「ホント、すみません。
バカな事言って・・・。」
頭を下げる私に、「いや。俺、興味あるなー。」と春(シュン)さん。
「はい?」
と、オバカな声を出して顔を上げると、
「私も興味ある。」
と、さっきよりもさらに目を輝かせている未来さんの姿。
「あのぉ・・・。」
半ばビビリながらそう言った私に、未来さんは、「だって意外なんだもん。」と騒ぎ出す。
「冬真(トウマ)さんって、春(シュン)とかに毒舌吐くけど、まだ私たちにはそういうの言わないじゃない。
すっごい紳士で、かっこよくて、優しくて。
オアシスの冬真(トウマ)さんしか見せないから。
俺さまキャラの春(シュン)とは、正反対で。
だけど、本当は違うんでしょ?
その辺の冬真(トウマ)さん、前から興味があったのよ。
知りたいわぁー!!」
「あ・・・いや・・・知らない方がいいかも・・・。」
私の素直な回答に、諦めるどころか、さらにテンションがあがる未来さん。
「それくらい、激しいって事?
いやぁーん!どう激しいの?
普段はどんな感じ?エッチは??」
まるで、初体験談を聞きたがるおばさんだよ。
未来さんの迫り具合に、たじろく私に、
「お前、食いつきすぎだって。」
と呆れる春(シュン)さん。
だけど、未来さんは、よっぽど聞きたかったのか、春(シュン)さんに攻撃開始。
「だってぇー、春(シュン)は、冬真(トウマ)さんを知ってるからいいけどさ。
なんか、親戚なのに、本当の冬真(トウマ)さんを知らないのって、なんか寂しいのよ。」
まー、確かに。
その人を知りたいって思うのもわからなくはないけど。
でも、冬真(トウマ)さんは、オアシスのままでいいんじゃないかな?って思ったりするんだけど・・・。
黙っている私に、
「世の中には、知らなくていい事もあるって、事だよ。」
と笑いながら言った春(シュン)さん。
「そんなに・・・すごいの?」
私たちの反応に、ちょっとビビリ出した未来さんは、そんな事を真剣な顔で言い出すものだから、春(シュン)さん乗っちゃって。
「冬真(トウマ)って、超S(エス)だろ?
いたぶって、壊すくらいの激しいエッチするんじゃなかったっけ?」
「うっそぉー!!」
と絶叫する未来さんだけど、
「そんなわけないでしょ!
冬真(トウマ)さんを変人扱いしないで下さい!!」
と思わず怒鳴っちゃった私。
それには、「あー、おもしろい。」とお腹を抱えて大笑いする春(シュン)さんと、
「なぁーんだ。がっかりぃー。」
と本気で残念そうにする未来さん。
確かに、そこまで異常じゃないけど、近いものは・・・ある。
あるけど、それは、言ーわない!
冬真(トウマ)さんの素は、私だけの宝物だから。
秘密なの!
「しかしさー。」
笑いがおさまった頃、春(シュン)さんはそういうと、カップをテーブルに置くと、またこちらを見た。
「麗美(レミ)ちゃんが、他の男にちょっかい出されてるなんて、冬真(トウマ)が知ったらどうするかねー。
速攻、帰ってくるんじゃねぇーの?
電話で言ってみたら?」
春(シュン)さんの提案に、未来さんも両手をパンと叩く。
「そうだよ!どうせ、日本に定期的に帰ってきてるわけだし、ちょっとくらい早く帰ってきてもらってもいいじゃない。
あさってなんでしょ?
すぐに冬真(トウマ)さんに連絡したら、間に合うよ。」
だけど、私は、「いいよ。」と苦笑い。
それには、未来さんよりも早くに彼のツッコミが。
「なんで?」
あまりの早い突っ込みに、「それは・・・。」としか言い返せない私。
困った顔で黙る私に、春(シュン)さんは、「クス。」と軽く笑うと、
「何?アイツに気を使ってるわけ?」
と言われてしまった。
「そういうわけじゃないけど・・・。」
そしてまた黙る私。
本当は、何で冬真(トウマ)さんに言わないかは、理由がある。
それは、恐いから。
言って、冬真(トウマ)さんが、「あっそ。」とか「俺に言うなよ。」とか言ったらどうしようって。
それが、何よりも恐い。
だって、今は冬真(トウマ)さんの愛が信じられなくなってるでしょ?
だから、こんな悪い事しか頭に浮かばないの。
そして、それが実現しそうで、恐くて言い出せない。
下を向いて、黙りこくる私の頭に、未来さんの優しい手が触れた。
「そんな思い悩まないでよ!
私にまかせて!名案が浮かんだから!!」
「名案??」
もちろん私は勢いよく顔を上げると、未来さんを見る。
そこには、私にブイサインをしている未来さんの姿。
「一体・・・どんな案?」
と期待しつつ未来さんに聞いた私と違って、
「どうせ、ろくでもない事だろ。」
と聞く前から、全否定の重い言葉を放った春(シュン)さん。
その春(シュン)さんを、キッとにらんだ未来さんは、
「失礼しちゃうわね!この策士に向かって!!
春(シュン)は黙ってて!!」
なんていって、クッションを彼に向かって投げた。
それを、右手でつかんだ春(シュン)さんは、「はいはい。」と面倒くさそうに答えると、そのクッションを自分の顔に押し当て、寝たふりをした。
それを見た未来さんは、私の方に、グルンと勢いよく顔を戻すと、少し興奮気味でこう言った。
「代役をたてるのよ!!」
「は・・・い??」
そして、私は思いっきりバカ面になる。
こんな顔・・・絶対に冬真(トウマ)さんにはみせれないくらい、すっとぼけた顔だったと思う。
目を輝かせて言ってくれてる未来さんには悪いけど、全く意味がわからない私。
仕方がないので、勇気を出して聞いてみる事に・・・。
「あの・・・それは、どういう意味ですか??」
すると、未来さんは、「もう〜!鈍いんだから。」と怒り出すと、今度はある人物を指さした。
「彼を使うのよ!」
それにはもちろん、絶叫でこう叫ぶ。
「はぁ〜????」
そして、もう一つ聞こえて来た声。
「やっぱり、ろくでもねぇー事じゃねぇーかよ・・・。」
これは、叫び声じゃなくて、ボソっとした声に、呆れた声。
冬真(トウマ)さんの代わりに、春(シュン)さんが私の恋人?
えっ??意味がわからない。
完全に困惑して、動揺している私を、未来さんは少しおもしろそうに見ながら、
「つまり・・・。」
というと、その提案の狙いを話してくれた。
「ただの彼氏のフリなら、別に春(シュン)じゃなくても、聖(アキラ)くんでもいいと思うの。
でも、冬真(トウマ)さんがこっちに戻ってきた時に、もし2人でいる所を見られて、聖(アキラ)くんと違うってなったら、麗美(レミ)ちゃんが嘘つき扱いされちゃうでしょ。
それは、嫌だから、だから、代役は春(シュン)がいいと思うのよ!」
「でも・・・春(シュン)さんも、嘘じゃないですか・・・。」
必死でそう言ったけど、「そんなの言わなきゃわかんないわよ。ねぇー。」と未来さんは、彼に向かってそういう。
それに対して彼は、どう答えたかというと・・・。
「確かにな。
こんだけ似てたら、1,2回逢ったヤツが見分けるなんて、至難の業だろうな。」
春(シュン)さんの言葉は、確かになー。って思う。
双子みたいに似ている春(シュン)さんと冬真(トウマ)さんだもん。
チラッとあわせるくらいなら、絶対にわからないと思う。
でも・・・。
「やっぱり、いいです。」
と答えた私に、未来さんは、ちょっと勘違いしたみたいで、
「気を使わないでよ。
春(シュン)を貸すぐらいで私たちの中は、何も代わらないから。
減るものじゃないんだから、使ってよ。ねっ。」
ととても優しい瞳で言ってくれる。
その言葉をもらっても、私の心は揺れなかった。
「本当に気持ちだけでいいです。ありがとう。」
そう言って笑った私に、「俺はさー。」という声が聞こえて来た。
自然と、その方に顔が向く私と未来さん。
「別に、やってやってもいいよ。
未来の言う通り、減るもんじゃねぇーし。
何より、冬真(トウマ)の大切な人の危機だから、力を貸すよ。
だけど・・・。」
「ほら、春(シュン)もそう言ってるしー。ねぇ!これでいこうよ。」
とノリノリの未来さん。
だけど、そんな未来さんに、春(シュン)さんから攻撃が襲ってきた。
「おいっ、未来!まだ、話の途中なんだよ。
入ってくんな!」
そして、未来さんの肩に、クッションが当たり、それはフロアーへと撃沈した。
「いったぁーい!もう、何よ!」
と怒ってる未来さんを無視して、春(シュン)さんは私に話しかけてきた。
「さっきの続きだけどな・・・。
だけど、代役を使わないのは、俺たちに遠慮してるからじゃないんじゃないのか?
他に、理由がある。違うか?」
春(シュン)さんの言葉に、腕をなでなら「えっ?そうなの?」と甲高い声を上げた未来さん。
私は、「うん・・・。」と答えると、心にある思いを言ったの。
「代役を頼むという事は、いえば、その人が一瞬でも冬真(トウマ)さんの代わりになっちゃうわけでしょ?
私にとって、冬真(トウマ)さんは、彼ただ一人で、代わりなんていないから。
私ね・・・最近よく思うの。」
「何を?」
優しい春(シュン)さんの言葉だった。
私は、この言葉を、本当は冬真(トウマ)さんに言いたかった。
でも、恥ずかしいのと、機会がなくて言えなくて・・・。
まさか、ここでいう事になるとは思っても見なかったけど、でも言いたかったんだ。
だから、私は恥じらいも無く二人に、言っちゃったの。
「もし、私が最初に愛したのが冬真(トウマ)さんだったら、どうなってたかな?って・・・。」
私の言葉に黙る未来さんと違って、春(シュン)さんは冷静に会話をしてくれた。
「それって、陸(リク)を好きにならずに、冬真(トウマ)を好きになってたら?って事?」
私は、うなずくと、こんな夢物語を言った。
「最初に私は冬真(トウマ)さんを好きになるの。
そして、二人は愛し合って、冬真(トウマ)さんは陸(リク)と同じ運命を辿ったとする。」
「つまり・・・死んじまうって事だな。」
私はただ、口元を少しだけ緩ませて、彼にそうだと答えた。
そして、そのまま、私は続けた。
「そして、私は冬真(トウマ)さんの子供を身ごもってる。
実際にあった条件と同じ状況だったら。
きっと、冬真(トウマ)さんは、陸(リク)に私とお腹の子を託すと思うの。
そして、陸(リク)もそれに答えてくれて、私と子供を受け入れようとしてくれるはず。
でもね・・・。」
私はそこまでいうと、一度口を閉じた。
そして、春(シュン)さんに目を向けた。
真っ直ぐな瞳で私を見ていた春(シュン)さんの瞳が、私の心の中にある言葉をまるでひきだしてくれた。
そう思えるみたいに、私はまた自然と口を開いてた。
「私は、きっと陸(リク)を愛せない。
陸(リク)や、聖(アキラ)くんや春(シュン)さんに支えられながら、私は子供と生きていくと思う。
でも、絶対に、私は陸(リク)を愛す事はないと思うの。」
「どうして?だって、状況は今と同じなんでしょ?
だったら、冬真(トウマ)さんを愛したように、陸(リク)くんを愛すんじゃないの?」
「それは・・・。」
と答えようとした私の言葉に重ねるように、彼はこう言った。
「それは、無理だな。」
「無理って・・・どういう意味?」
さらに聞いてきた未来さんを置いて、春(シュン)さんは私に優しく笑った。
「俺も、麗美(レミ)ちゃんの考えがあってると思う。
君は、きっと、誰も愛さない。
っていうより、誰も『愛せない』だろうな。
冬真(トウマ)への愛を心に抱いて、アイツの子供と共に2人きりで生きていく人生を歩むと俺も思うよ。」
「ねぇー、一体・・・どういう事?」
私の腕をつかんで聞いていた未来さん。
そうだよね。きっと、これは、本当の冬真(トウマ)さんを知らないと理解できないと思う。
私は、つかまれていた未来さんの腕を握ると、「あのね。」と言って口を開いた。
「冬真(トウマ)さんの愛し方は、すごいの。
うまく言えないけど、心も体も、全てにおいて、満たされてる感覚を持てるというか。
彼に愛される幸せを知ってしまったら、他の人の愛では、満たされないし満足できないと思うの。
私がね、陸(リク)よりも冬真(トウマ)さんを愛せれたのは、そんな彼だったから。
陸(リク)よりも強い愛と安らぎと快楽を与えてくれたから。
だから、私は、彼を愛した。
そんな彼に初めに逢っちゃったら、次は彼以上の人を探さないといけないでしょ。
彼以上の人なんて、地球上にいないよ。」
そう言って笑った私は、触れている未来さんの腕に力が入る。
「だから、私、神様に感謝してるの。
冬真(トウマ)さんと言う人に逢わせてくれてありがとうって。
彼との出逢いを、大切にしたいし、彼への思いをけがしたくないの。
だから、一時でも、私の隣にいる彼の居場所を誰かにいてほしくない。
そこは、冬真(トウマ)さんしか居られない場所なんだと、彼にわかってほしいし、代役を立てられるほど、冬真(トウマ)さんへの愛は安くないんだって。
私の思いを受け止められるのは、冬真(トウマ)さんしかいないんだって、彼にわかってほしいから。
だから、私は代役はいらない。
自分の力で何とかしてみます。
ホント、くだらないこと、相談しちゃってすみませんでした。」
つかんでいる手を離して、未来さんに頭を下げた私。
「冬真(トウマ)さんへの気持ちはわかったよ。
けど、実際どうするのよ。」
そう言った未来さんの肩を、いつの間にか側に来ていた春(シュン)さんがつかんで、未来さんを黙らせた。
「麗美(レミ)ちゃんの想いは、わかった。
俺たちはいつでも相談に乗るし、力になるから。
また、何かあったら、いつでも言ってこいよ。」
春(シュン)さんはそれだけいうと、未来さんから手を離し立ち上がった。
「そろそろ、天(タカシ)のお迎えの時間じゃないのか?
病院には車でいくから、よかったら、幼稚園まで、乗っけていってやるよ。」
「そ・・・そうね。
そうしてもらったら?
また、ユックリ、お茶しにきてね。」
未来さんも笑顔でそう言ってくれたから、私も笑顔で「はい。」と答えられた。
それから、2日後。
その日はやってきた。
何も解決しないまま。
そして、何もいい案が浮かばないまま、無常にもその日はやってきた。
私は、天(タカシ)を冬真(トウマ)さんの実家に預けた。
未来さんが預かってくれると言ったんだけど、さすがに赤ちゃんがいるところには預けられないと断って、私の実家に預けようとしたの。
さすがに、冬真(トウマ)さんの母親である桜さんに、「コンパ行ってくるので子供預かってください。」は、口が裂けても言えないでしょ。
だけど、未来さんが、桜さんに話しちゃって。
「うそぉー!!しゃべっちゃったのぉー!!」
と絶叫の私だったんだけど、
「でも、桜さん言ってたよ。
『青春よねぇー。楽しんできたらいいじゃない。
天(タカシ)はうちでまかせて!!』
ってピースしてたよ。」
まさか・・・そんなはずは。
って、眉唾で信じてなかったんだけど、そのあと桜さんに逢って、本当だと知った。
「いいじゃない!コンパの一つや二つ。
最後には、冬真(トウマ)の所に戻ってきてくれたら、それでいいのよぉー!!
今だけなんだから、遊んじゃえ!!」
と言われて。
さすが、あの雪先生が溺愛するだけの事はある。
人間的にでかすぎる人だ・・・とつくづく感心しちゃった私。
しかも、それだけじゃなくて・・・。
コンパなんてした事ないから、うらやましい!と桜さんは言い出して、なんと、
「コンパ記念よ!」
とかいって服をプレゼントしてくれた。
それも、ものすごくセクシーで色っぽい服。
「パーティーじゃないんですから。」
と嫌がったんだけど、
「いいじゃない。これでも、抑えた方なのよ!
他の二人も、惚れさせちゃえ!」
なんて言ってさ。
「いや・・・私は、男あさりに行くわけじゃないんで・・・。」
と否定したんだけど、
「あっ、そうそう。メイクもデリバリーしたから。」
とすました顔でいう桜さん。
「デリバリー??」
それって、つまり、出張って事?
えっ?メイクを出張??
それって・・・まさか???
その時、誰かが訪ねてきた。
「あっ、来たかしら?」
軽い足取りで、玄関に向かった桜さん。
戻って来たときには、ある人物と一緒。
その人物とは、予想通りの人だった。
「やっぱり・・・未来さん・・・。」
「やっほー!久しぶりの仕事に来ちゃったわよ!」
って、ノリノリで来てるし・・・。
「お金は払いませんよ。」
と悪態を付く私に、
「いいのいいの。
結婚祝いをけちるから。」
「何を言ってるのよ・・・。」
笑いながら言った未来さんの冗談に、呆れた声で答えた私。
二人にここまでされて、断れなくて、私はされるがままになっちゃった。
そして今、約束の場所に立ってる。
待ち合わせの時計台の下には、すでにみんなスタンバってる。
それを見て、思わずため息つきで言っちゃう。
「はぁー・・・・ホント、気が重い。」
だけど、ここまで来たら仕方ない。
諦めた私は、気合いを入れて、みんなが待つ時計台へと向かった。
「おはよ。」
みんなに声かけたんだけど、こっちを振り向いた瞬間、みんなは黙ってしまった。
完全に見入ってる感じ。
何?私・・・何かやっちゃった??
自分の姿に目を向け、上から下まで見るけど、一応大丈夫みたい。
って事は、何にそんなに見とれてるの?
「あの・・・何か?」
戸惑いながら言った私に、北条くんのお友達は口々にこう言った。
「達也が好きな子だろ?
すっげぇー、かわいいじゃん。」
「ホント。やべぇー、俺も惚れちゃいそう。」
その言葉に、「何をおっしゃってるんですか?」と耳を疑う私。
そんな私の両腕を、女子2人がつかみ、私を少し離れた場所へと連れ去る。
「なっ!何?」
と驚く私に、「何じゃないわよ!」と同時に2人は叫ぶ。
「はぁ?」
と言った私に、2人の責めが炸裂する。
「あんたは、北条くんって決まってるでしょ!
なのに、なんでそんなにかわいくしてくんのよ!」
「何・・・言ってんの?」
「そうよ!だいたい、そのメッチャかわいいメイク何?
プロ並じゃない!」
「だって、これプロがしたんだもん!」
「それに、その服。
それ、この冬出たKAHOブランドの新作でしょ?
予約殺到でなかなか手に入らない上に、セレブが着るくらい、とんでもなく高い、超高級な物を、なんでアンタが着てんのよ!」
「だって、そのお姉さんが買ってくれたんだもん!!」
ちゃんと、答えたのに、
「わけわかんない事、言わないでよ!」
と2人に怒鳴られた。
「ひゃぁー!!」
と言いながら、私は首をすくめる。
恐い・・・とてつもなく恐い。
だって、私、何一つ間違ってないでしょ?
私のせいじゃないじゃないー。
しょうがないでしょ!
冬真(トウマ)さんの家系は、セレブばっかなんだからー。
冬真(トウマ)さんがお金持ちなのが、悪いのよぉー!!
と心で叫ぶ私。
そんな私に、助け舟が。
「麗美(レミ)ちゃん。」
さっき一言も話さなかった北条くんが、私の目の前に歩いてきた。
その後ろから、他の2人もついてきた。
「すっごいかわいい。」
恥ずかしげもなくそう言った彼は、私に右手を差し出してきた。
「いこっか。」
だけど、私はその手を見て思ったの。
違うって。
いつも私の手を握ってくれる、愛する人の手じゃないって。
当たり前だけど、やっぱり、違うんだよね。
その手に触れたいと、どうしても思えなかった。
私は、どうして、こんな所にいるの?
冬真(トウマ)さん以外の人と、一緒にいて何を得るの?
そんな事を思ったら、胸が痛くなった。
冬真(トウマ)さんに、無性に逢いたくなった。
少し彼の方に向かって出しかけていた左手を、私は途中で止める。
そして、その手を、ギュッと握り締めると、私は下に下ろした。
「麗美(レミ)・・・ちゃん?」
不思議そうに言う北条くんの声が聞こえた。
「どうしたの?麗美(レミ)??」
彼女たちも心配そうに私を見た。
そんな彼女たちに私は、「ごめん。」とまず謝った。
そして、そのあと、北条くんを見た。
「私、やっぱり、帰ります。」
「ちょ、待って!帰るって・・・どうしたの?」
そう言って私の元に近付いてきた北条くんは、私の腕をつかもうと右手を出してきた。
その手から逃れる為、私は後ろに後退する。
「私・・・やっぱり、北条くんとつきあえません。
好きな人がいるの。
その人以外の人と、触れ合いたくない。
もっと、早くに気付くべきだった。
ごめんなさい。本当に・・・ごめんなさい。」
私はそう言って、頭を下げた。
これだけ言ったら、わかってくれると思ったんだけど。
「だったら、そいつを呼んでくれよ。」
「えっ?」
予想外の言葉に私は下げていた頭を上げて、北条くんを見た。
目の前の彼は、いつもの優しい彼ではなかった。
真剣な眼差しで、私に懇願してくる。
「ちゃんと、この目で見ないと納得できない。
麗美(レミ)ちゃんが好きだっていうヤツを、ここに呼んで。
そして、そいつも、麗美(レミ)ちゃんが好きだとわからせてよ。
でないと俺、引かないよ。
さぁ、早く、呼んで。」
「そんな・・・。」
私はすごく情けない声を出した。
だって、そんなの無理だもん。
私は仕方なく首を振る。
「無理・・・今、日本にはいないから。」
だけど、そんな言葉信じてくれるわけない。
「元々いないんだろ?
俺、そんな嘘で諦めるほど、麗美(レミ)ちゃんへの想いちゃちくないから。
さっ、いこう!」
そう言って彼はまた、私の腕に向かって手を差し伸べてきた。
「嫌っ!」
私がそう叫んだ時、私の腕をつかもうとした彼の腕が、別の手につかまれた。
そして、あっという間に彼の腕は、背中につきつけられて、身動きができなくなった。
「いっ・・・いってぇー!!」
北条くんのそんな声があたりに 響き渡った。
そんな熱い声とは裏腹に、彼の腕を絞め上げてる人物は、冷めた声でこう言った。
「そりゃ、絞(シ)めてんだから、痛いにきまってんだろが!」
って。一瞬、春(シュン)さんかと思ったの。
だって、ここに『彼』がいるはずないから。
でも、いくら顔がソックリでも、私にはわかる。
この声に、この落ち着きよう。
そして何より、この冷たさ。
それに、面倒くさそうに、北条くんに話すわずかな、眉の動きとか。
本気で怒ってる時に、少し唇を噛むしぐさとか・・・。
そういう細かい所を見れば、ちゃんと見分けがつく。
この人は、いるはずもない、私の愛する人だって。
「なんで・・・なんで、冬真(トウマ)さんがここにいるの?」
そう言った私の声に、彼は私の方をチラっと見る。
そして、何かを言ったあと、少しだけ口元を緩ませた。
少し離れてるし、北条くんの、
「離せよー!!」
っていう叫び声が邪魔して、彼の声が私の元へは届かなかった。
だけど、わかるよ。
彼の冷たい瞳の奥にある、暖かな色の光と、その口元を見れば。
私になんて言ったか。
彼はこう言ったの。
「よくできました。」
って。ここにいるはずもない彼が現れたら、間違いなく春(シュン)さんって思うよね?
現に、この事は、冬真(トウマ)さんじゃなくて、春(シュン)さんが知ってるんだから。
彼も、私が、春(シュン)さんと間違えると、予測してたのかもしれない。
だけど、私は見抜いた。
それが、うれしかったのかもしれない。
彼の笑顔が、すごくかわいく見えたから。
でも、そう見えたのは、ホンの一瞬だけ。
また、すぐに、彼の顔は、怒りにまかせた、冷徹非道な男の顔に戻った。
さらに、強く絞め上げる彼の行動に、他の2人の男も黙っちゃいない。
「おいっ!お前、いい加減にしろよ!
何やってんだよ!!」
そう言って近付いてきた男に、冬真(トウマ)さんは、足を振り上げ、男を近付かせないようにした。
「常識も知らねぇークソガキに『社会のルール』ってやつを、教えてやろうかと思ってね。」
「ルールだぁ?」
そういわれた後、冬真(トウマ)さんは、北条くんの耳元に口を近づける。
「お前さ、ガキの時に習わなかったか?
『人の物を取っちゃいけない』って。
それとも、何か?
日本ではそういう事は、教えてくれないのか?あぁ?」
そう言って、さらに絞める冬真(トウマ)さんに、白旗を上げた北条くん。
「うっ・・・。
わ・・・わかったから、もう絞めんなっ!
おい、聞いてんのかよ!!」
最後は叫んでた北条くん。
だけど、冬真(トウマ)さんは、手を緩めない。
これだけ、力を入れてるにも関わらず、彼はとっても涼しい顔で、北条くんを見下ろしてた。
「それが、人に向かって頼む言葉か?
こんなヤツが医者目指してるようじゃ、日本は終わりだな。」
「お前・・・いったい何者なんだ。」
冬真(トウマ)さんをにらみならが、そう言った北条くんに、「ふん。」と鼻で答えた冬真(トウマ)さんは、
「人に尋ねる前に、己の事を言うのが礼儀だろ。
そんな事も知らねぇーのか・・・。」
とまたしても、毒舌を吐く。
それには、またしても、他の男が怒りだす。
「さっきから、聞いてたら、お前、何様だよ。」
「いきなり出てきて、ダチの腕絞め上げるしよ。
ちょっと、痛い目みたら、黙るんじゃねーか。」
そして、2人は、戦闘体勢に入る。
それを見た冬真(トウマ)さんは、なぜかうれしそう。
「へぇー、おまえらが俺に喧嘩?
まっ、いいけど。
けど、先に言っておく。
俺、向かってきたら、手加減できねぇーから、怪我しても言いがかりはつけんなよ。
仕掛けてきたのはお前らだからな。
俺は、立派な正当防衛だから・・・そこんとこ、忘れんなよ。」
完璧、3人は喧嘩をおっぱじめる気満々。
だけど、そんな熱くなっている2人を止めたのは、今もなお絞め上げられている北条くんだった。
「お前ら、やめろっ!」
だけど、2人の熱はそんな言葉では、鎮まらなかった。
「なんで、止めんだよ。」
「そうだよ。先に、しかけてきたのは、コイツじゃねぇーか。」
確かに、先に手を出したのは、冬真(トウマ)さん。
だけど、北条くんは、意見を変えない。
「いいから、コイツには、手を出すな。」
その姿に、冬真(トウマ)さんも、男2人にアドバイス。
「お友達はこう言ってんぞ!
それでも、やんのか?」
その言葉が、余計に彼らの気持ちを盛り上げちゃって。
まさに、火に油を注いじゃった感じなってしまった!!
「達也も、こんなヤツの、デマにビビッてんじゃねぇーよ。」
「そうだよ。体つきだって、俺らとなんら変わらないじゃねぇーか。
こんなやつ、2人でかかれば、どって事ねぇーよ。」
彼の言葉に、冬真(トウマ)さんは、「やれやれ。」とため息をついて首を振る。
その姿を見て、北条くんは冬真(トウマ)さんに、一言。
「お前も、こいつらを挑発すんなよ。
ムカついてるのは、麗美(レミ)ちゃんに惚れてる俺だろ?
だったら、こいつらと、やりあうなよ。」
だけど、そんな言葉、冬真(トウマ)さんが聞くわけないでしょ?
「別に俺は、何もしてないだろ?
勝手に、お前のお友達が、正義感ぶって、熱くなってるだけ。
俺は、知らねぇーよ。」
だから、その言葉自体が、挑発なんだって!!
って言おうとしたら、2人の目つきがすでに変わってて。
それを察知した北条くんは、慌てて2人に叫ぶ。
「おい、待て!
コイツの言ってる事は、嘘でもホラでもない。
コイツは、マジで強い。
お前らが束でかかっても、怪我するだけだ。
だから、手を出すな。
・・・って、おい!やめろぉー!!」
北条くんの説得もむなしく、2人は冬真(トウマ)さんに向かっていく。
それを見た、冬真(トウマ)さんは、「困った、お友達だな。」とため息をつきながら言うと、北条くんの腕を思いっきりおして、彼を解放する。
その力の強さに、北条くんは、地面に滑り込んだ形になった。
「ちょっと、大丈夫?」
2人の女子が、北条くんの元へと向かう。
だけど、すぐに北条くんは、体を起こして座ると、冬真(トウマ)さんと2人の男の戦いを目にした。
「お前ら、ホントに、医大生か?
お前らの低レベルな脳を疑うよ・・・。」
さらに、そう付け加えた冬真(トウマ)さんは、まず、1人がくり出してきた右ストレートを首を横に移動して、ヒョイと簡単によけた。
そして、横に伸びている彼の腕をつかんで、後ろに投げ飛ばす。
そうこうしているうちに、もう1人の彼が、右足を彼の顔面にめがけてくりだしてきた。
それを、左腕を盾にしてさえぎった彼は、そのまま腕を下におろして、足を強引におろさせる。
相手がふらついているすきに、相手の間合いに入って、気が付けば、相手の顎のすぐ下に、彼の拳(コブシ)がスタンバイしていた。
それには、たまらず、相手はビビッてしまって、そのままヘナヘナとしりもちをついて、その場にしゃがんでしまう。
闘争心が喪失してしまった相手を見た彼は、拳(コブシ)をさげると、相手の間合いから出る。
彼に向かっていった男2人と、それに北条くんは、砂と埃だらけだというのに、彼はただ一人涼しい顔をして、その場に立っていた。
もちろん、高そうな彼のコートには、塵一(チリヒト)つ付いてなかった。
そんな冬真(トウマ)さんに向かって、「おい。」と北条くんは声をかける。
「ああ?」
と言いながら、北条くんを見た冬真(トウマ)さんに、いきなり彼は言った。
「俺は、彼女と同じ大学の、北条達也(ホウジョウ タツヤ)だ。」
北条くんはそう言ったあと、「ほら、言ったぞ。これで、教えてくれんだろ?」と彼に子供みたいなスネた顔で言ってた。
その姿に、彼も、「そうだな。」と笑うと、彼に向かって自己紹介を始めた。
「俺は、梅澤冬真(ウメザワ トウマ)。
麗美(レミ)の婚約者だ。」
「えっ?」
と驚く私。だって、婚約者って・・・。
そりゃ、ビックリするよ!
だって、メチャクチャ嬉しいよ。嬉しいけど・・・いいの?そんな事言っちゃってー。って思うもん。
こんな事を言ってるって事は、実は、春(シュン)さんだったりして?
とか、思って疑ったりもした。
だって、予定の帰国まで、まだ2ケ月ある冬真(トウマ)さんが、ここにいるのは、やっぱおかしいし。
何より、今日のデートの事は、冬真(トウマ)さんは知らないはずなのに、こんなにタイミングよく戻ってくるかな?って。
なんか、出来すぎで、疑っちゃうでしょ?
それに、冬真(トウマ)さんって、こんなに強かった?
春(シュン)さんも、強いかは知らないんだけど・・・。
それに、極め付けに婚約者だなんて。
考えれば考えるほど、目の前の彼が怪しいと思う私。
だけど、さっきのやり取りとか仕草を見る限りは、絶対に冬真(トウマ)さんに、間違えないと思うんだけど・・・。
ダメだ。今の冬真(トウマ)さんは、謎が多すぎでわけわかんない。
完全にパニックになってる私と一緒で、北条くんもパニックになってる。
でも、内容は私ともちろん、違う。
彼が信じられない。と思っているのは、冬真(トウマ)さんが言った言葉!
「婚約者って・・・お前が?」
北条くんはそう言ったあと、なんと!!
「アハハハハー。」
と豪快に笑い出した。
「おい、達也、どうしたんだよ。」
とお友達も心配するくらい、彼は本気で笑ってる。
それには、さすがの冬真(トウマ)さんも、おもしろくなかったようで、
「んだよ。」
と喧嘩口調。
すると、北条くんは笑いを堪えながら、冬真(トウマ)さんを見ると言ったんだ。
「お前みたいな男に、麗美(レミ)ちゃんが惚れるわけないだろ。」
って。そんな言葉聞いて、冬真(トウマ)さんが攻撃しないわけないでしょ。
もちろん、ゴングはなり、冬真(トウマ)さんは、またもや戦闘モードになっちゃったんだよね・・・。
「それ、どういう意味だよ。」
「言葉のまんまだよ。
力ずくで、何とかしようとしたり、乱暴な言葉遣いだったり。
そんなアンタに、麗美(レミ)ちゃんが惚れるわけがない!」
北条くんは、すごく断言したような言い方をしたの。
まるで、私は絶対、目の前のこの人に惚れる事はないと言い切るみたいにね。
そういわれた冬真(トウマ)さんは、どうしたと思う?
私すらも想像しなかった行動を取ったんだよね。
それはというと・・・。
「ふっ・・・くくく・・・。」
そんな奇妙な声が聞こえて、北条くんはもちろん、私も彼に注目する。
彼を見て・・・。
『えぇー!!なんでぇー!!』
と心で絶叫したよ。
だって、彼、笑ってるんだもん。
口元に手をあてて、ホントおかしそうに・・・笑ってる。
「ちょっと、何で笑ってるのよ!」
とたまらず言っちゃった私だったんだけど、その言葉に重ねるようにして、北条くんの言葉も飛んできた。
「何がおかしんだ。」
すると、さっきまで笑っていた冬真(トウマ)さんは、笑いをやめると、北条くんに瞳をぶつけた。
その目は、横から見ている私でも、ビクとしてしまうくらい、とても冷めた目だった。
まるでそれは、相手を震わせてしまうくらいの威圧感を解き放っているような瞳に見えた。
「お前、偉そうに言ってるけど、麗美(レミ)を知って3年足らずだろ?
そんな男に、麗美(レミ)の事を、偉そうに言われたくないね。」
冬真(トウマ)さんはそう言ったあと、北条くんの前へとユックリと歩く。
そして、彼の目の前で止まると、彼の胸ぐらをつかんだ。
「麗美(レミ)の事を対して知りもしねぇーのに、惚れただなんだって、いい迷惑だ。
こんりんざい、麗美(レミ)に色恋沙汰は持ち込むな。
もし、持ち込むというのなら、俺を倒してからにしろ。
麗美(レミ)に、勝手に迫る事は、俺が許さねぇーから。
今回だけは多めに見てやるけど、次はない。
しっかり、覚えておくんだな。」
そういいきった彼は、勢いよく手を離すと、くるっと振り返り、こちらに向かって歩いてくる。
その時だった。
「お前・・・一体何者なんだ?
ただのヤローじゃねぇーだろ?
喧嘩だって、半端じゃねぇーし、それに・・・。」
そう言って言葉をつまらせた北条くんが気になったのか、冬真(トウマ)さんは歩いていた足を止めると、北条くんの方を見る。
さっきまで、黙っていた北条くんだったけど、冬真(トウマ)さんと瞳が重なった途端、また口を開いた。
「その落ち着きようというか、自分にそんなに自信があるのはなんなんだ?
どんな力も持っているような強さを放つ目に、その存在自体に威圧感があるお前って・・・。」
と言った彼に、冬真(トウマ)さんは、少しだけ笑うと、「俺か?」と言ったかと思ったら、そのあとこう言ったの。
「俺は、医者だよ。」
って。
「い・・・しゃ?」
北条くんと、それに、彼にやられた2人で、計3人の声が重なった。
そして、もう一つ重なった声があったんだけど、それは、これまた私が想像もしなかった展開へと導く叫びとなった。
「待って!彼、『梅澤』って言ってなかった?
それで、しかも今、医者って・・・。
もしかしてあなた、『あそこ』の医者?」
一人の女性がそう言った。
すると、もう一人の女性もそれに乗ってくる。
「前に、先生に聞いた事があるのよ。
息子があそこで医者してるって。
確か名前が、トウマにアキラって・・・。」
女性二人の会話を黙って聞いていた男性陣。
でも、あきらかに、顔色は悪くなってるみたい。
その中でも、なんとか言葉が発せられるのは、北条くんだけみたいで、彼だけが冬真(トウマ)さんに向かってこう言った。
「あんた、雪先生の息子なのか?」
それに対して冬真(トウマ)さんは、
「だったら、なんだよ。」
とやっぱり、喧嘩越し。
素直に、「うん。」と言わないあたりが、『やっぱり、冬真(トウマ)さん?』と思ってしまった私。
でもね、みんなが顔面蒼白になるのもわかるのよ。
だってね、雪先生は、私が通っている大学の外科医の講師だから。
それも、脳や心臓と言った、あらゆる臓器の手術を担当してるすごいドクターであり講師なのね。
そんなすごい人、医大生からしたら、憧れも憧れ、神様的存在の人だからさ。
尊敬しまくってるわけよ。
そんな人の息子が目の前にいるなんてさ、そりゃ、顔面蒼白にもなるって。
しかも、彼の婚約者が私だっていうから、みんな大パニックもわからなくはない。
私もつくづく思っちゃったのよ。
彼らの反応を見てて、冬真(トウマ)さんのすごさを。
そして、こうも思ったの。
私には、冬真(トウマ)さんとつりあわないって・・・とどめを刺された感じだった。
「あんたの自信は、医者としての自信か・・・。」
ボソッと言った北条くんに、「はぁ?」と冬真(トウマ)さんの冷たい反応が返ってきた。
それに対して、北条くんは怒りたかったのかもしれないけど、怒る気力も失ったのか、「参ったな。」と言いながら苦笑いすると、冬真(トウマ)さんを真っ直ぐに見つめた。
その瞳は、何かが吹っ切れたような、とても穏やかな瞳をしていた。
「俺の家も医者家系なんだよ。
だから、同じ開業医として、お前の病院の事は、オヤジに聞かされて知ってる。
あんたの事もな。」
「俺の事?」
「そう。10歳で渡米して、19歳で医師免許習得して帰国。
今は心臓外科医になる為に、6年の留学をしているって。
俺と3つしかかわんねぇーのに、俺はまだ医大生で、あんたは数えられないくらいの命をすでに救ってる。
あんたのその存在自体のデカさは、自分が生きてきた人生のデカさなんだよな。
揺るぎない思いや、たくさんの経験をしてきたから、あんたはこんなにも強くて大きい。
俺が、あんたに勝てるわけがない。
悔しいけど・・・完敗だな・・・。」
北条くんはそう言ったあと、立ち上がると、冬真(トウマ)さんに右手を差し出した。
「同業者なんだから、どこかで会うことがあるかもしれない。
2年後、俺が無事医者になったら、その時は色々教えてくれよ。」
と素敵な言葉をいうけど、相手は冬真(トウマ)さんだよ。
それも、今は、『素』の冬真(トウマ)さんだからね。
もちろん・・・。
「知るかっ!俺は、麗美(レミ)にたかるハエを撃退できたらそれでいいんだ。
今のお前にも、未来のお前にも、悪いが全く興味ないから。
お前がどんな医者になろうが、お前の病院がどうなろうが、俺の知ったことじゃねぇーし。
お前とは、二度と逢いたかねぇーよ。じゃーな。」
そして、軽く北条くんの手のひらに、自分の右手をパチと当てると、冬真(トウマ)さんは、北条くんに背を向けた。
「ねぇー、確か、冬真(トウマ)先生って、病院で『ドクターオアシス』って言われてなかった?」
「うん、それ、私も聞いた事ある。
いとこが入院した時、そう言ってたもん。
すっごく優しくて、笑顔が素敵な先生だって・・・。」
「彼がその・・・『オアシス』??」
「どうみても、オアシスじゃないよね??」
「人・・・違い?」
「もしくは・・・二重人格??」
その声は冬真(トウマ)さんにも聞こえていたはずなのに、冬真(トウマ)さんは気にもとめずに、私の元に真っ直ぐにくると、私の腕を乱暴につかんだ。
「なっ・・・なに?」
ちょっと恐くなって、びびる私に冬真(トウマ)さんは、いつもの意地悪な口調で言ってくる。
「何じゃねぇーだろ。
こんなとこ、とっとと、ふけるぞ。」
そういいながら、冬真(トウマ)さんは私の腕をつかんだままさっさと歩き出す。
「えっ、ちょっと、待って・・・うわぁ〜!!」
まるで、ひきずられるかのようにして、私はその場を退場する事になっちゃった。
何も言わずに、ただスタスタと歩く冬真(トウマ)さん。
「そんなに引っ張らないでよ。」
と言ってみたけど、「うるせぇー。」と怒られた。
「うっ・・・。」
と詰まる私に、信号待ちで止まった冬真(トウマ)さんは、こちらに振り返ると、いきなり私の胸を触ってきた。
「なっ!何?」
驚いた私は、周りに人がいる事も忘れて、叫んじゃった。
もちろん、注目を浴びる私。
その時はすでに、冬真(トウマ)さんの手は私の腕から離れていたから、一人叫んでた私がまるで、バカみたいな目で見られた。
やがて、信号が青になり、みんなは歩き出す。
冬真(トウマ)さんも、さっきよりは少し遅くはなったけど、それでも、私は小走りしないといけないくらいのスピードで歩いてた。
「ねぇー、ちょっと、待ってってば。」
と言って、彼のすぐ側まで近付いた時、冬真(トウマ)さんは私の方に顔を向けると、私の唇に軽くチュッとキスをした。
そして、少しすねた顔でこう言ったの。
「おしゃれし過ぎだ。バーカ。」
って。それって、妬いてくれたの?
ちょっと、嬉しかった。
だけど、そんな事言ったら、余計に怒られるのはわかっていたから、それは言わないけどね。
言わない代わりに、弁解しちゃった。
「これは、桜さんからのプレゼントよ。
コンパ記念だって。」
それには、「ホント、オフクロは、めでたい人だよ。」とため息を付きながら、横を向いて呆れてた。
だけど、私は幸せだよ。
いつも応援してくれる冬真(トウマ)さんのお母さんがいてくれて、そして、愛する冬真(トウマ)さんがいてくれて。
すっごく幸せ。
でも、一つ不安なのは、彼がまだ、怒ってる事。
今、向かおうとしているのはどこ?
そして、私はこれから、何されるの?
ちょっとそれが・・・恐かったりする。
だって、冬真(トウマ)さんは、怒るとさらに強力になっちゃうから。
何が?って・・・S(エス)度が・・・。
大丈夫だとは思うけど・・・まさか・・・ねぇ・・・。
私の不安は、ドンドン大きくなっていった。
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