コーヒー片手に、分厚い医学書とにらめっこ。
編入試験まで、あと1ケ月を切った、2月のある寒い日の事。
今朝は、朝から冷え込み、さっきから、雪がちらほら天から注いできてる。
天(タカシ)は、積もってもいないのに、「雪だー。」と大はしゃぎで、外で友達と雪とたわむれてる。
今日は、幼稚園が代休で休みらしく、いえば、ちょっと勉強の邪魔。
だけど、お昼前になれば、桜さんの所に行くように言っているから、いいんだけどね。
お昼ご飯も夕ご飯も、桜さんが食べさせてくれるっていうから、甘えてるの。
今は、とにかく、編入試験に受かる為に、協力するからと言ってくれて。
勉強は、冬真(トウマ)さんが、出来る限り協力してくれると言ったのに、なぜか、冬真(トウマ)さんは1月のお正月に戻ってきたっきり、戻ってこない。
連絡も、ほとんど・・・ない。
勉強は、代わりに雪先生が見てくれて、この分だと試験は大丈夫だろうと太鼓判を押しては貰ってるんだけど。
でも、気になる。
一体、冬真(トウマ)さんはどうしたんだろう?って。
でも、不思議と不安はなかった。
浮気してるんじゃないか?とか、私の事が嫌いになったんじゃないか?とか・・・。
そういうレベルの不安は、ホント不思議なんだけど、全くなかった。
それはきっと、冬真(トウマ)さんの想いがわかったから。
私の左手の指にはめられた指輪が、それを立証してくれてるから。
だから、私は、冬真(トウマ)さんの気持ちを疑う事はなかった。
それだから、余計かな?
連絡がない彼が、本当に心配だったの。
向こうで、何かあったのかな?とか、勉強そんなに大変なのかな?とか。
私と天(タカシ)が行く事で、邪魔にならないのかな?
そんな事を、最近ちょっと、考えるようになって。
って思ってる矢先に、また考えてたよ。
私は、気を取り直して、自分のホッペをパンパンと叩く。
「集中しなきゃ!しっかり、勉強しないと!!」
気合いを入れなおして、「よしっ!」と叫んで、私は本のページをめくった。
その時だった。
「ピンポーン。」
玄関のインターホンが鳴った。
ここは、オートロックだから、玄関までは知人とかしか、入れないようになってる。
でも、この音は、すぐそこの玄関のインターホンの音。
つまり、知り合い?
私は、液晶モニターの場所へ急ぐと、訪ねてきた人物を確認する。
そこに立っていた人は、何とも珍しい人物だった。
「聖(アキラ)・・・くん?」
私の言葉に、「どーも。」と笑顔で手をあげる聖(アキラ)くん。
「あ・・・ちょっと、待ってね。」
私は、慌てて玄関へとダッシュすると、鍵を解除し扉を開けた。
「どうしたの?珍しい。」
と顔を見るなりそう言った私に、
「ちょっと、話があってね。いい?」
と笑顔で言われた。
「うん・・・どうぞ。」
私は急いでスリッパを、聖(アキラ)くんの足元に置く。
「お邪魔します。」
と言いながら、聖(アキラ)くんは、リビングへと入っていった。
「その辺に腰掛けて。
ごめんね、ちらかってて。」
そういいながら、私はキッチンへと入って、お茶の用意をする。
そんな私の側に来た彼は、本が散乱しているキッチンのテーブルの上に、持ってきた紙袋をドンと置いた。
「天(タカシ)が好きなケーキ買ってきた。
余ったら、下のやつらにやってよ。」
そして、左手で床をさす聖(アキラ)くん。
この下は、春(シュン)さん夫婦が住んでるからね。
確かに見るからに箱がでかいから、二人では食べれないよね・・・。
心の中で納得しつつも、素直に喜ぶ私。
「わーい。ありがとう。
天(タカシ)、喜ぶわ。」
そして、早々に冷蔵庫にしまう。
「今、お茶入れるから、ソファーにでも座ってて。」
とリビングのソファーを指さすけど、
「いや。ここでいいや。」
と聖(アキラ)くんは言うと、ノートや辞書や本が散乱しているテーブルに腰をおろした。
「ごめんね。今、片付けるから。」
慌ててひらきっぱなしの本をどかせようと手を差し出した私の手を、聖(アキラ)くんは素早くつかんだ。
「いいよ。このままで。
話が済めば俺、すぐに帰るから。」
そう言った彼は、私から手を離すと、開かれている参考書に目を向ける。
「編入試験まで、あと1ケ月か。
頑張ってんだ。」
「うん。」
と答えた私に、「実は、話ってのはね。」と言ってきた聖(アキラ)くんの声は、さっきまでとは違ってた。
緊張が走るような・・・そんな声。
何を言い出すの?と泣き出してしまいそうなくらい、私にとって恐怖だった。
手に持っていた参考書をテーブルに戻した聖(アキラ)くんは、一度軽く息を吐くと私をみる。
「俺は、アメリカに行く事は反対だ。」
一瞬、何を言われたのか、わからなかった。
私は何を言われたの?
そして、聖(アキラ)くんは、何を言ったの?
ボーっとした顔で、聖(アキラ)くんを見る私に、聖(アキラ)くんはイスの背もたれに腰をつけて、深く座るとさらに続けた。
「単刀直入に言う。
兄貴が、この1ケ月くらい、全く連絡してこないのは何でだと思う?」
「それは・・・勉強が忙しいから?」
それに対して、聖(アキラ)くんは、「合ってるけど、ちょっと違うな。」と苦笑いをする。
「それ・・・どういう意味?」
お茶を入れることも忘れて、私は聖(アキラ)くんの向かいに腰をおろして、彼に向かって身を乗り出した。
そんな私に、聖(アキラ)くんは、いきなり、上着の内ポケットに手を突っ込むと、大きな封筒を出した。
それを私の目の前に、スッと置く。
それが何なのか。
封筒を見るだけでわかった。
私は、それから目を離すと聖(アキラ)くんを見て聞いた。
「航空・・・券?」
「ああ。」
と言った彼は、落ち着いた口調で私に言った。
「明日の最終の便だ。
俺が反対する意味。
そして、兄貴が、連絡してこれない意味。
それを、自分の目で確かめてきてほしいんだ。
その上で、兄貴を追って向こうに編入するかしないかは、決めてほしい。」
聖(アキラ)くんの言ってる意味はわかるよ。
だけど、私が向こうへ行く意味が・・・さっぱりわからない。
なぜ、いかないといけないの?
どうして、聖(アキラ)くんが、今答えを言ってくれないの?
そんな思いと、戸惑いが入り混じって、うまく言葉にならない私は、ただ黙って、航空券の入った封筒とにらめっこをしていた。
そんな私に、聖(アキラ)くんは、さっきとは違う、ちょっと優しい口調で話す。
「俺は兄貴と2年間、向こうで一緒に過ごした。
それで、兄貴の大変さを俺は、身をもって知ってるから。
だから、麗美(レミ)ちゃんが行く事を、手放しでは喜べないんだ。」
「大変さ?」
「そう。」と言って頷いた聖(アキラ)くんは、今度は優しく笑う。
「あの人は、本当にすごいよ。
自分の限界を超えて、外科医としての腕を身につけたと思ったら、今度はさらにその上の心臓外科医だろ?
それだけじゃなくて、さらに院長にまでなろうとしてるし・・・。
どこまで、自分の体をいじめれば気が済むんだって、呆れちゃうけど。
だけど、そこが兄貴のいい所で、尊敬してる所でさ。
あの人の野望は尽きない。
それは、本当にすごいと思うし、脱帽だけど。
だけど、人の体は生身だからね。
ムチャをすれば、それなりのしっぺ返しはくる。
俺は、それが、取り返しのつかない事になる前に、阻止したいだけなんだ。
兄貴を、壊したくない。
それが、出来るのは、麗美(レミ)ちゃんだけだと思うから。
自分の体を省(カエリ)みず、ただひたすら前を向いて、突っ走る兄貴を止められるのは、俺でもオヤジでもない。
麗美(レミ)ちゃんだけだからさ。
兄貴を止めるべきか、走り続けさせてやるべきか。
それを、麗美(レミ)ちゃんの目で見て決めてほしい。」
正直、聖(アキラ)くんの言っている意味を理解したわけじゃない。
きっと私は半分もわかってないと思う。
だけど、なんでかな?
行きたいって思ったの。
冬真(トウマ)さんが向こうで、どういう事をしているのか。
何を抱えているのか。
正直、見てみたいと思った事もあったから。
だけど、海外っていうのが、ちょっと・・・。
「私、英語話せないよ・・・。」
ボソと言った私に、聖(アキラ)くんは、「へっ?」と言って、すぐに笑い出す。
「笑い事じゃないって!」
とふてくされた私に聖(アキラ)くんは、「心配いらないよ。」と笑いながら答える。
「どういう・・・意味?」
首をかしげて聞いた私に、取っておきの言葉が!
「向こうには、タナバタがいるから。
どっちかが構内を案内してくれるし、ずっと一緒にいてくれるから。
あと、宿泊は、果帆が手配してくれてる。
何も心配する事はないよ。」
「よかったぁー。」
フゥー。とため息をつきながらそう言って胸をなでおろした私の姿に、聖(アキラ)くんは、「クス。」と上品に笑った。
彼の言っていた『タナバタ』っていうのは、冬真(トウマ)さんと聖(アキラ)くんの妹の双子ちゃんの事。
名前は、七葉(ナナハ)ちゃんに夕菜(ユウナ)ちゃん。
7月7日生まれで、二人の頭を取れば、七夕(タナバタ)でしょ?
雪先生がつけたんだって。
それで、雪先生が今もだけど、二人の事を『タナバタ』って呼ぶものだから、息子の冬真(トウマ)さんも聖(アキラ)くんにも浸透しちゃって、『タナバタ』って呼んでるのよ。
ちょっと・・・ひどいよね。
私は、この2人に逢ったのは、2回だけ。
8歳の時にアメリカに渡米してから、今もまだ例のスクールで医者になる為に頑張っているらしい。
二人ともとても優秀で、雪先生は、
「早く戻ってきて、俺を楽にしてくれ。」
と言っていたけど、まだ、17歳だからね。
冬真(トウマ)さんいわく、
「俺らと同じくらいに戻ってくるんじゃねぇーの?」
って言ってた。
そんな双子のタナバタちゃんと2度しかあったことないっていうのは、家族行事で帰国した時でね。
春(シュン)さんの結婚式と、聖(アキラ)くんの結婚式の時だけ。
だけど、すっごい気があっちゃって、夜な夜な3人で色々話したなー。
そんな2人が向こうで一緒にいてくれるなら、心強いと思ったの。
海外だけど・・・思い切って行ってみようかな?
そんな気持ちになった。
なったけどさ・・・確か、行く日、明日だったよね?
それは・・・無理だよ。
ある事に気付いた私は、口を開くなり、聖(アキラ)くんに否定しちゃった。
「明日は、絶対にいけない。」
って。もちろん、
「えっ?なんで?」
とキョトンとした顔で、言われちゃった。
でもね、普通に考えたら、わかるでしょ?
でも、この顔は・・・わかってなぁーい!!
って、事で、仕方なく答えを口にする私。
「だって、私パスポート持ってないもん。
まずは、それから作らなきゃ。」
だけど、「そんな事?」と鼻で笑った聖(アキラ)くんは、またもや上着のポケットから何かを出してきた。
そして、それを開けて、私に見せる。
「こ・・・れ・・・・。」
その物を見て、あぜんとする私に、
「どう?驚いた?」
と勝ち誇ったような笑みを浮かべる聖(アキラ)くん。
「いつの間に作ったの?」
初めて見るパスポートを手にとって、マジマジとみながら言った私に、
「それ、作ったの俺じゃないよ。」
と言われて、「へっ?」と私の目は、聖(アキラ)くんへと移動する。
ただ、聖(アキラ)くんに見入っている私に、彼は少しだけ優しく笑った。
「兄貴が前にこっちに戻って来た時に、申請してたんだ。
ただ俺は、それを受け取りに行ったのと、兄貴が戻って来るまで、持っておくように言われただけ。」
聖(アキラ)くんはそう言ったあと、私の方に一歩顔を近づけると、「ねぇー。」と明るい声で私を呼んだ。
ポスポートを見ていた私は、その声に吸い寄せられるかのように、聖(アキラ)くんの方を向いてた。
「これで、いけるよね?」
すごく優しい笑顔つきで言われたら、素直に答えちゃうよ。
私は、「うん。」と言いながら頷いた。
「明日から大学しばらく休みだし、ちょうどよかった。」
てっきり、「そうなんだ。よかったー。」といわれるかと思ったのに、聖(アキラ)くんの答えは私の読みとは違って・・・。
「当たり前じゃん!それを狙ったんだもん。」
と返された。
その返しには、もちろん、驚くって!!
「えっ?そうなの?」
と、バカ面で素直な反応をした私に、聖(アキラ)くんは大笑い。
「兄貴の言った通り、麗美(レミ)ちゃんって、かなり鈍感だよね。」
なんていわれて・・・。
あなたは、すっごいスマイルで優しそうだけど、毒舌吐くのは、冬真(トウマ)さんと一緒なのね。っていいたかったけど、それはやめた。
だって、言って、もし数倍返しされたら、私泣いちゃうかもしれないから。
冬真(トウマ)さんと顔も性格も、正反対の聖(アキラ)くんだけど、同じ血は流れてるからね。
何がきっかけで、冬真(トウマ)さんみたいに、ドSに豹変するかわからないでしょ?
危険な事は、やめておくことにこした事はない。
と感じた私は、言葉を飲み込んだの。
「天(タカシ)は、実家で預かるから。
何も心配しなくていいよ。」
聖(アキラ)くんは、そう言ったあと、席を立つ。
「じゃ、気をつけていってきて。」
それだけを残して、早々に部屋を出て行ってしまった。
もっと色々事前に聞きたかったんだけどな。
冬真(トウマ)さんの医者としての腕とか、向こうで一緒にいた2年の間に見た冬真(トウマ)さんの大変さとか。
色々・・・。
だけど、それは、自分の目で見て来い!って事なんだよね。
何があるのか、正直恐いけど、私は腹をくくった。
そして、開けていた参考書を、バタンと閉じる。
「編入はとりあえず、保留!
向こうで現実を見て・・・それから、考えよう。」
私は気持ちを切り換える。
今は、勉強の事は忘れよう。
今は、冬真(トウマ)さんが生きている世界と現実をみる。
それだけを、考える事にしたの。
初めての空気。
異国の地!!
来たわよぉー!初めての海外!!
って、盛り上がってる場合じゃないって!
さすがに、空港から一歩出たら・・・外人ばっかで・・・恐いっ!
なるべく、目を合わさないように、スゴスゴと歩く私。
正面に出てくる出口を出たらいい。という七葉(ナナハ)ちゃんの言葉だったんだけど・・・。
正面ってこれ?
不安になりながらも、目の前に出てきた大きな扉をくぐっていく。
そして、数歩歩いて、キョロキョロ。
すると・・・。
「麗美(レミ)さぁーん!こっちこっち!!」
と両手を振りながらジャンプしてくれてる女性を発見。
だけど・・・近寄りたくない。
戸惑う私の側に、彼女はおかまいなしに猛ダッシュでくる。
「ようこそ、ニューヨークへ。」
とニッコリスマイルだけど、私は・・・思いっきり引きつった顔。
「麗美(レミ)さん・・・どうしたの?」
そりゃ、そう聞きたくなるかもしれないけど、私は言いたいよ。
鏡を見てよ!って。
だって、17歳で、このプロポーションはないでしょ。
Cカップはありそうな豊かな胸に、ウエストはきゅーっとしまってるし、その上背は高くて、足は長っ!!
髪は、ショートカットで、色は金髪に近く、日差しがキツイせいか、サングラスを頭につけてて、すっごくおしゃれでかわいいの。
そんな見るからにモデル並の人と、一緒にいたくないよ・・・。
「梅澤家って、美男美女家系だよね・・・。」
タメ息交じりでそう言った私に、「でもねぇー。」と七葉(ナナハ)ちゃんは言うと、私にニッコリ顔でこう言った。
「兄貴は、『もう少し、自分を磨けよ。ブサイク。』って、いつも言ってるよ。」
『兄貴』・・・それって、どっち?
冬真(トウマ)さん?聖(アキラ)くん?。
けど、だいたい見当は・・・つくけどね。
いくら妹でも、こんなデリカシーのない言葉をいうのは、この世で『彼』しかいないから・・・。
「『兄貴』ってもちろん・・・。」
と言葉を濁した私に、
「決まってんじゃん!冬真(トウマ)兄貴!!
聖(アキラ)ちゃんは、そんな事言わないもん。」
ほらね。やっぱり・・・。
絶対にそうだと思ったよ。
だけど、なんで、ぶさいくとかいうかなー。
っていうか、全然ぶさいくじゃないし・・・。
もう、彼の感覚を疑うよ。
という事で、なぜか思わず謝っちゃった私。
「ごめんねー、七葉(ナナハ)ちゃん。
冬真(トウマ)さんが、暴言吐いちゃって・・・。」
そして、深々と頭をさげる私に、「しかたないよ。」と笑いながら七葉(ナナハ)ちゃんは言った。
「しかたないって・・・どういうこと?」
首をかしげながら、彼女を見上げた私に、七葉(ナナハ)ちゃんはすごくかわいい笑いをした。
「兄貴が認める女は、麗美(レミ)さんだけだから。
それ以外は、ブサイクでうっとうしい存在なの。」
そう言って、笑った彼女が、すごくかわいく見えた。
「そうだといいけどね。」
と私もつられて笑いながら言っちゃう。
冬真(トウマ)さんにとって、私以外の女性が、ブサイクでうっとうしい存在に本当になってたら、ぶっちゃけ・・・嬉しいかも。
なんて、だいそれた事を思っていた私だったの。
それから、七葉(ナナハ)ちゃんは、待たせてあった車に乗り込むと、早速スクールへと連れて行ってくれた。
この車は、果帆さんが手配してくれたもの。
運転手はもちろん、この地の人だけど、多少日本語も話せるみたい。
だけど、ほんの片言しか言わなくて、他は、七葉(ナナハ)ちゃんと英語で話してた。
さすがに、8歳からこの地にいるだけあって、なんとも流暢なしゃべり。
聞いてるこっちが、惚れ惚れしちゃうくらいの出来前の七葉(ナナハ)ちゃん。
うっとり、七葉(ナナハ)ちゃんに見とれている私に、「あっ、そうだ!」と何かを思い出したのか、急に七葉(ナナハ)ちゃんは私を見た。
「言っとくけど、兄貴にはバレないようにね。
今日、1日兄貴を見ててよ。
兄貴のハードさを見てほしから。」
そう言って軽くウインクする七葉(ナナハ)ちゃん。
「ハードさ・・・。」
なんか、ちょっと恐くなってきた。
だって、私、ずっと、思ってたから。
冬真(トウマ)さんは、勉強をしにだけ来てるんだって。
だったら、普通、そんなにハードじゃないよね?
勉強以外にも何かしてるって・・・事?
一体何をしてるの?
自分の中で、漠然となっていた冬真(トウマ)さんの留学が、解明されていくのが、少し恐いと・・・そう思ったの。
「向こうのでっかい建物が病院で、ここのクリーム色の建物が、スクール。
つまり校舎ね。
で、あっこの奥にあるブルーの建物、見える?」
そう言って、七葉(ナナハ)ちゃんは、ここから少し離れた建物を指さした。
私は指がさされた方に顔を向け、その建物を見た。
私が見えている事を確認した七葉(ナナハ)ちゃんは、閉じていた口を開く。
「あっこが、特別講義を受ける者だけが入れる校舎。
兄貴は、主に、向こうに居るの。」
と言いつつ、七葉(ナナハ)ちゃんは、ブルーの建物の方角じゃなくて、病院に向かってスタスタと歩いていく。
「えっ?あっちじゃないの?」
思わず、彼女を追っかけながらそう叫んだ私に、
「今、まだ7時だもん。
講義はだいたい、10時からだから。
今の時間は兄貴は、あっこ。」
冷静にそう答えた彼女は、今度は目の前に出てきた病院を指さした。
「冬真(トウマ)さんが・・・病院に?」
わけがわからない私は、ただうわごとのようにそう口にしていた。
「とりあえず、みたらわかるよ。行こう。」
そう言って、私の手を取った七葉(ナナハ)ちゃんは、さらに早歩きで、病院へと向かった。
病院に入っても、もちろんの事ながら、患者は外人。
恐くて、思わず、七葉(ナナハ)ちゃんの腕にしがみついちゃう私に、彼女は少しだけ笑ってたけど、強引にはがすこともなく、私にしがみつかれたままにしてくれてた。
患者が廊下を行きかい、会話は聞きなれない英語。
早口すぎて、知ってる単語も、全く理解できない。
完全に、見知らぬ土地に迷い込んだ感じ。
そんな孤独いっぱいの私の耳に、ある言葉が耳に入った。
「ドクター、トウマ。」
その言葉に、私は素早く反応した。
どれだけたくさんの単語が飛び交っていただろう。
でも、私はその中で、この言葉だけが聞き取れた。
いや・・・知らないうちに反応していたと言ったほうがあっているかもしれない。
髪が長くて、綺麗な白人女性が、カルテを手に、先にいる人を手招きで呼んでいる。
呼ばれた人は、私には聞き取れない綺麗な発音と滑らかなしゃべりで、何かをその女性に言いながら、近付いてきた。
日本語を話している時と声質が違う。
でも、声の強さや、優しい物言い。
それは、私の愛する彼その物だった。
「冬真(トウマ)・・・さん。」
私はそう囁きながら、七葉(ナナハ)ちゃんの後ろに隠れつつ、隙間から彼の姿を見ようと、目を見開く。
その数秒後、白人女性の前に姿を現したのは、白衣を着た日本人。
それは、まぎれもなく、冬真(トウマ)さんだった。
2人は、しばらく、会話を交わしてたけど、やがて、冬真(トウマ)さんの携帯がなり、彼は走ってどこかへ行ってしまった。
見るからに・・・急患?
「今の、急患の連絡?」
だって、会話がわかんないから・・・ねぇー。
すると、「うん。そう。」と言った七葉(ナナハ)ちゃんは、
「でね、兄貴の事だけど・・・。
私から話すよりも、ある人に逢ってほしいんだー。
で、その人から、聞いて!
ってことで、今から案内するから。こっち、こっち。」
と言って私の腕をつかむと、関係者以外立ち入り禁止の扉を開けて中に入ると、もっと奥へと進んで行った。
しばらく進んだら、大きな扉がいくつかあった。
その中の一つを、七葉(ナナハ)ちゃんは、2回ノックした。
少し待つと、中から、
「誰?」
という声がした。
「七葉(ナナハ)。入っていい?」
七葉(ナナハ)ちゃんのその言葉に、「ああ。」と答えた中の人。
「じゃ、入ろっか。」
そして、七葉(ナナハ)ちゃんは扉を開けると、中に入っていった。
今、中から聞こえた言葉、思いっきり日本語だったよね・・・。
って事は、中にいるのは、日本人??
ドキドキしながら、私は、七葉(ナナハ)ちゃんに付いて、中に入った。
「!!」
言葉を失う私に、
「どうしたの?そんな所で固まって。
七葉(ナナハ)の横に座ったら?」
って、この部屋の主は言ってくれるけど・・・無理。
体が動かない。
だって、だってぇー!!
完全に日本人だと思っていたのに、思いっきりこの人、ここの人なんだもん!
それも、メチャクチャかっこいいし・・・。
って、冬真(トウマ)さんに比べたら、全然いけてないよ。
決して、彼に揺らいだりはしてませんからね。
本当だよ!信じてっ!冬真(トウマ)さぁーん!!
なんて思いながら、目をつぶって、少し涙ぐんでいる私の姿を見ながら、
「ホント、おもしろい子だな。」
とここの主は笑うと、私をさらに観察する。
それも、上から下までマジマジと。
あまりに見られ過ぎて、たまらずゾゾゾゾゾーと背筋が寒くなる私。
「あのぉー・・・一体、なんですか?」
と恐々聞いた私に、
「ごめんごめん。」
と手を合わせて謝った彼。
そして、今度は優しく笑いかけてきた。
「冬真(トウマ)が惚れた女に、前々から興味があってねぇー。
どんな人かなー。って・・・すっごい楽しみにしてたんだよ。」
そんな事言われたら、思わずこう言っちゃった。
「がっかりしたでしょ?
こんな、どこにでもいるような、しょうもない女で。」
それには、七葉(ナナハ)ちゃんまでもが大笑い。
「ちょっ!七葉(ナナハ)ちゃんまで、笑わないでよ!」
と突っ込むけど、二人はさらに大笑いしちゃって・・・話になんないよ。
笑いものにされている私は一人おもしろくなくて、口をとがらせながら、七葉(ナナハ)ちゃんの隣のソファーに座った。
「確かに、冬真(トウマ)が選ぶ女性としては、意外だったかな?」
まだ、言うか!
って事で、今度はチラとにらんでやった。
その姿にも、彼はうけちゃって、止まっていた笑い声がまた、響き渡った。
「もう、笑いすぎだよ。アリシエ。」
私が明らかに不機嫌になりつつあるのを察知した七葉(ナナハ)ちゃんは、目の前の暴走する外人を止める。
だけど、彼の笑いは少しは衰えるけど、また火は消えない。
「だって・・・彼女、ホントにおもしろいんだもん。」
と言ったその外人は、涙目になりながら、私を見る。
「言っとくけど、意外だったのは、君が普通だからじゃなくてね。
その人柄に、驚いてるの!」
「えっ?」
と口にした私に、そのアリシエと呼ばれた人は、優しく微笑むと、ソファーから立ち上がると、近くにあったコーヒーをカップに注ぐ。
「君みたいに、感情をすぐ表に出す素直で駆け引きをしなさそうな子とか。
君みたいに、ちょっと気が強そうな子とか。
あと、君みたいに、やたらと、理解がある子とか・・・。
そういう言えば、厄介な子っていうのかな?
一歩間違えれば、どれも、こっちが疲れちゃいそうじゃない?
そういう子を、冬真(トウマ)は選ばないと思ってた。
冬真(トウマ)は、全く逆の人間だからね。
だから、君みたいな人を選んだのは・・・本当に、驚いたかな。」
彼はそう言ったあと、私と七葉(ナナハ)ちゃんの前に、暖かいコーヒーが入ったカップを置くと、ソファーに腰をおろした。
「あの・・・。」
カップを取りながらそう口にした私に、「何?」とコーヒーを飲みながら聞いてきたアリシエさん。
私は、今思っている事を、素直に聞いてみた。
「冬真(トウマ)さんとは、仲がいいんですか?」
だって、すごく冬真(トウマ)さんの事を知ってるみたいなんだもん。
すると、彼は、私から、七葉(ナナハ)ちゃんに視線を変える。
「お前、俺の事、話してないの?」
それに対して、七葉(ナナハ)ちゃんは、ズルズルとコーヒーを飲みながら、
「うん。言ってないよ。」
とサラっと答えてるし。
「言ってないって・・・。」
少しズッコケたアリシエさんは、座り直すと今度は私に聞いてきた。
「聖(アキラ)も、何も言ってなかった?」
それには、今度は私がサラッと答えたよ。
「はい。何も。」
って。その答えに、今度はアリシエさんの首が、ガクとたれた。
「なんなんだよ・・・2人して・・・。
俺の事、話しておけよ・・・。
そこから、話さなきゃ、なんねぇーのかよ・・・面倒くせぇー。」
呆れたような、すでに疲れているような、そんな声をあげながら、そう愚痴ったアリシエさんは、覚悟を決めたのか、「ハァー。」とタメ息を付きながら顔を上げると、ソファーに深く座った。
「じゃ、まず、俺と冬真(トウマ)の話からするかな。」
と言ってくれたのに、
「じゃ、終わったら、起こして。」
と七葉(ナナハ)ちゃんったら、眠りだした。
「えっ?嘘ぉー!!」
と驚きの声を上げる私だけど、
「あー、気にしないで。こいつの、じゃじゃ馬ぶりはいつもの事だから。
雪の娘なら、しかたねぇーよ。
品も礼儀もあったもんじゃねぇー。」
と半ば諦めながら、コーヒーを飲むアリシエさん。
今の発言って・・・まるで、雪先生を知ってるみたい?
そういえば、この人、すっごく若く見えるけど、意外と年がいってる??
「アリシエさんって、雪先生をご存知なんですか?」
そう聞いた私に、「ああ。」と答えたアリシエさんは、梅澤家との関係を話してくれた。
「俺は、雪と秋と海より、1年下なんだ。
俺の家も、代々ここのスクールを出てて、講師やここの病院のドクターとかになってる。
それで、俺も雪たちと同じ頃からここに通い、特別講義の方も受けた。
雪はとにかく、才能があってね。
腕もとてつもなく器用だったし、ホント神の左手と言われるのは、納得だったよ。
性格は、信じられないくらいひねくれてて、難ありだったけど、腕は医者として申し分なかった。
俺の憧れだったなー。」
アリシエさんはそういって、少し遠い目をした。
その目がちょっと、昔の雪先生をうらやましがってる。
そんな目に見えた。
「だけど、アイツがここを去って、わずか、3年後に、その神の手を戻す為に戻ってくるとは思わなかったけどな・・・。」
そういって苦笑いしたアリシエさん。
左手を戻す??
初めは、「ん?」って思ったの。
だけど、すぐに思い出したよ。
前に、冬真(トウマ)さんが、言ってた事を!
不慮の事故で、雪先生の手は再起不能になっちゃって、ここで手術をしたって。
じゃ、まさか、その手術って・・・。
「アリシエさんが、したんですか?」
身を乗り出して聞いた私に、
「ああ。かなり、てこずったけどね。」
と言われたけど・・・私の声は大きくなる。
「てこずったもなにも、相当難しい手術だったんですよね?
それも、雪先生より1歳下って・・・21歳で手術したって事でしょ?
すごい・・・すごすぎる。」
私も、医学を学んでる身だからわかるよ。
ホント・・・すごすぎる。
首を振って、感心する私に、「だって、しかたないだろ?」と言ったアリシエさんは、私に意味ありげな笑いを送る。
たまらず、「仕方ないって?」と聞いちゃう私。
「だって、アイツに、脅迫されたから。
2年以内に、完治しなきゃ、お前の腕を再起不能にしてやるって。」
「そんな、無茶苦茶な・・・。」
たまらず、呆れた声で言っちゃう。
そんなメチャクチャな発言も、自己中っぽい雪先生になら、言えちゃいそうだけど・・・でも、勝手過ぎるでしょ?
そんなの、たちの悪い脅しだよ。
私なら・・・絶対に手術やらないな。
失敗したら、何言われるか・・・って思うもん。
そう思えば、手術をやって、その上、注文どおり2年以内に完治させたアリシエさんって、ホントにすごい人なんだと、改めて思っちゃった。
コーヒーを飲みながら、すごい人だと思っていた私に、
「ホント、無茶苦茶なヤツだろ?」
と笑いながら言ったアリシエさんは、「それもさー、おもしろいんだよ。」と口にすると、さらに雪先生の昔話を暴露し始めた。
「理由が、女が待ってるからっていうんだぜ。
どうせ、女癖の悪さが、引き起こした事だろうに、知るか!って言ったんだけどさ。
あまりに、懇願されるものだから、俺も頑張っちゃったよ。」
そう言って、笑うアリシエさんを見てると、わかっちゃったよ。
きっと、アリシエさんにも、そういう人がいるんだなーって。
だから、雪先生の必死さや、思いがわかって、治してあげなきゃって思ったのかな?って。
医者としてもいい人なんだろうけど、人として、優しくて暖かくて居心地のいい人なのかもしれないって思ったの。
なんだかんだいいつつ、面倒を見ちゃうところとか、眠っちゃう七葉(ナナハ)ちゃんを許しちゃう所とか・・・。
そういう順応性というか、「まーどうでもいいよ。」的な考え方がある感じが、なんとなく、雪先生に似てる気がした。
だから、七葉(ナナハ)ちゃんも、冬真(トウマ)さんも、アリシエさんに心を開いてるのかな?って。
そんな風に思えたの。
「雪ってね、ホントどうしようもないヤツだったんだよ。
冷徹非道というか、血が通ってないというか・・・。
一言でいえば、悪魔みたいなヤツだな。」
きっと、アリシエさんからしたら、グットネーミングって感じだったんだろうな。
すごく、納得してるみたいで、「うんうん。」とうなずいてるんだもん。
だけど、昔を知らない私からしたら、もちろん、「悪魔って・・・。」と呆れる。
そんな、私に、「マジで、昔はひどかったんだよ。」と必死になって言ってるあたりが、ちょっとおもしろかった。
「正直、こんなやつが医者になっていいのかよ。って思ったよ。
人の心もわかろうとしないし、人を人と扱わない考え方。
怪我や病気を治すだけの機械的な体と脳と腕。
そんなアイツを見てて、俺は正直恐かったんだ。
アイツは一体どうなるんだろうって。
だから、腕をぶっ壊して戻って来たアイツを見て、俺一瞬人違いか?って思ったくらい、驚いたんだ。
アイツの豹変ぶりにさ。」
そういって、アリシエさんは思い出し笑いをして、楽しそうに微笑んだ。
「そんなに、昔と違ってたんですか?」
「ああ。ちゃんと人間になってた。
だから、俺も必死でアイツの腕を治したんだ。
雪を人間にしてくれた女が向こうで待ってるんなら、早く治してやんなきゃって。
雪は、最低なやつだったからさ、性格が合わなくて、俺はどちらかといえば、秋と仲がよかったんだ。
あの人望の厚さには、勝てるやつがいないくらい、秋はいろんな人から慕われてた。
だから、そんな秋からの頼みだったから、雪の手術を俺は引き受けたんだ。
最初はね・・・そんな軽い感じだった。
だけど、こっちにきた雪を見て、心からアイツを治してやりたいって思ったんだ。
人間らしくなった雪・・・いや。
『本来の雪』の姿を取り戻したアイツは、人としても医者としても、まさに俺が目指す理想の男だったから。」
アリシエさんは、そういって笑うと、少し冷めたコーヒーを一口飲んだ。
そして、急に私を見る。
急に見られたものだから驚いて、「ん?」って目で彼に聞くと、彼は自然と口を開いた。
「そういう雪の性格をさ、冬真(トウマ)はまんま受け継いでてね。
初め素の冬真(トウマ)を見た時、『雪だ!』って、思ったくらい。」
そして、またアリシエさんは笑い出す。
「素の冬真(トウマ)さんって、そんなにひどい・・・かな?」
だって、そうでしょ?
雪先生のさっきの言われよう。
冷徹に、血が通ってないに、人を人と思わない態度に・・・。
さらには、悪魔だなんて・・・。
確かに、外面の冬真(トウマ)さんとは、180度違う素の冬真(トウマ)さんだけど。
でも、そんなにひどいとは思わないのよね。
誰にだってあるじゃない?
外にいる時と家にいる時とは違うとか、あの人といる時だけ飾らない自分でいられるとか・・・。
そういう自分にとっての『特別な場所』ってのが、人間にはあると思うの。
反対にそういう場所がないと、社会ってうまく回らないと思うんだー。
いつでもどこでも、誰もが言いたい放題してたんじゃ、ちっともまとまらないじゃない。
とはいっても、確かに素の冬真(トウマ)さんは、人に比べると、ギャップはありすぎるとは思うけど。
でも、それは、仕事がら、仕方ないと思うし、誰よりも優しい彼の性格がそうさせているんだと思うから。
人の事を思いすぎて、心から信頼した人にしか、自分をぶつけられない彼の弱さというか、人が良すぎる所というか・・・。
そうそう、言うなら、不器用かな?
冬真(トウマ)さんのそういう不器用さは、私にとってうれしかったりするの。
だって、私にとっての冬真(トウマ)さんは、いつも何でもこなす、完璧な人だから。
だから、意地悪だったり、乱暴だったり、感情的なエッチをする冬真(トウマ)さんは、私にとって、引くどころか、余計に惚れちゃう要素だったり・・・するのよねぇー。
という事で、改めて考えてみても、素の冬真(トウマ)さんを、『ひどい』とは思えない私は、やっぱり、首をかしげちゃう。
すると、その姿に、アリシエさんは、口元に手を当てて、「ククク。」と笑い出したの。
「えっ?何で、笑うんですかぁー。」
と聞いたんだけど、今度は私がマヌケな顔をしていたみたいで、私の顔を見るなり、「ブッ!!」と噴出し笑いされちゃって。
「もうっ!」
とフグみたいに、口をとがらしてすねて抗議する私。
「悪い、悪い。」
と笑いながら謝ったアリシエさんは、「だってさー、わかっちゃったから。」と意味不明な言葉を口にする。
もちろん、「はぁ?」と聞いちゃうって。
だって、ホント・・・わけわかんないよね?
って事で、仕切りなおして聞いてみたの。
「わかったって、何がですか?」
って。すると、「それはね。」と言ったアリシエさんは、カップから口を離すと、意地悪な笑いを浮かべてこう言った。
「キミが、超Mって事。」
「エムって・・・。・・・えぇー!!」
七葉(ナナハ)ちゃんの腕が、ガクとソファーから落ちゃうくらい、私の声は大きく、私は絶叫してた。
そりゃ、絶叫するよね?
何をいきなり言ってくれちゃってるわけ?
エムって・・・マゾヒストって事でしょ。
私が、虐待を受けるのが好き?って・・・。
それも、前に『超(チョウ)』が付いてるんだよ・・・超が・・・。
ありえない・・・。
私は、首が取れちゃうくらい大振りする。
「違う・・・絶対にMじゃない!!」
と口にする私に、「アハハハハ。」とアリシエさんは、豪快に笑うと、手まで叩いてるし。
「そんなに・・・ウケないで下さい。」
とショボンとしながら口にした私に、「なんで、そんなにヘコむの?」と今度は、アリシエさんの方が不思議そう。
だけど、私からしたら、その言葉の方が・・・謎!
「なんでって・・・何で?」
聞かれたけど、聞き返した私。
冬真(トウマ)さんなら、「返してくるなよ。」と言われるだろうな。と思いながら口にしたんだけど、アリシエさんは、当たり前の事ながら冬真(トウマ)さんとは違う返事をくれた。
「ん?それはさ、俺は思うから。
Mでもいいだろうって。」
「だけど、なんか、異常者っぽくないですか・・・。」
ちょっと、聞こえが悪いよね?
Sっていうのは、そんなに思わないけど、Mって偏見かもしれないけど、ちょっと・・・。
だけど、アリシエさんは、「全然。」と首を振りながら、ニッコリ笑ってくれる。
「だって、キミが、いじられて、いたぶられて、じらされて・・・。
そして、さらに、言葉で意地悪されたりしてさ。
そういうので、心が潤ったり、気持ちよく感じるのは、冬真(トウマ)だけだろ?
愛する者にされるから、うれしいし、心地よい。
それは、別に変じゃないよ。
冬真(トウマ)が、愛する者に、そう言った行為をして、満たされて潤されるのと同じように、冬真(トウマ)が愛する者が、それを受けて、同じ感情になるなら、いい事だと思うよ。
2人は、いろんな意味で、お互いを受け入れられるって事だよ。
それは、簡単であるようで、なかなか難しいし、そういう人と出会うのも、これまた、簡単なようで、なかなか難しい。
それが、現実だと俺は思うから。
その中で、2人は巡りあえた。
まさに、運命って事じゃないのかな?」
そういって、優しく微笑んだアリシエさんは、「ねぇー、タバコいいかな?」と言いながら、テーブルの上にあるタバコに手を伸ばす。
「あっ・・・どうぞ。」
と勧めた私に、「ごめんね。」と言いつつ、彼はタバコに火をつけた。
冬真(トウマ)さんとは違うタバコの香り。
少し、華の香りに似ていた。
「今聞く限り、素の冬真(トウマ)を含め、アイツの性格は、全て知ってるみたいだから言うけど・・・。
冬真(トウマ)は、キミも知っての通り、ここでも、限られた人にしか心を開いていない。
今も・・・昔も。
一緒に留学してきた春(シュン)と、父親をよく知っている俺以外にはね。
アイツは雪と違って、外面がいいから、みんなはそれに騙されて寄って来るけど、今も昔もアイツは、必要以上に、自分から歩まない。
その理由は、キミにはわかるよね?」
私は、うなずきながら、すぐに答えてた。
「人の事考え過ぎて、自分を見せるのが恐いんですよね?」
って。すると、アリシエさんは、「さすがだな。」と少し満足そうに笑いながら、
「でも、もう一つあるんだよ。
アイツが今も昔も、ここで、自分を出さない理由。」
「えっ?」
そんなの・・・知らない。
何?あっ・・・もしかして!!
「自分見せちゃうと、余計モテちゃうから・・・とか?」
かなり、真剣に聞いたのに、
「あのドS男が、モテるわけないと思うよ。」
と即答された。
アリシエさん、すっごくいい人なんだけど、さっきから、平気でSだ、Mだと言い過ぎ。
なんか・・・雪先生みたい・・・。
って事で、私は少し赤面しつつ、
「じゃ・・・なんですか?」
と早々に白旗を振って、聞いたの。
あまりに素直に聞いて来る私なもんだから、アリシエさんも、意地悪しないで、ちゃんとすぐに答えてくれた。
「患者以外の人と関わってる時間なんて、アイツにはないんだ。
一分一秒も、無駄にはできない。
その過酷な状況は、今も昔も変わらない。」
「なんで?どうして、そんなにあせらなきゃいけないんですか?」
だって、一分一秒無駄にできないって・・・。
そんなに、何が大変なの?って・・・不思議でしょ?
すると、アリシエさんは、「それはね。」というと、少し長く煙を吐いたあと、私を見つめた。
「アイツの能力で、外科を究めるには、無理があったから。」
「無理って、どういう・・・。」
そこまで口にした私だったけど、急に、『ハッ。』として、口を閉じた。
だって、思い出したから。
昔、陸(リク)が死んでしばらくして、雪先生が言ってた言葉を。
冬真(トウマ)さんが、外科医としてメスが持てるくらいの腕を身につけるには、相当の苦労があったはずだって。
それに、聖(アキラ)くんもこの間言っていたよね。
限界を超えてって・・・。
それって、どういう事?
「あの・・・。冬真(トウマ)さんが、外科を究めるには、無理があったって・・・どういう意味ですか?
聖(アキラ)くんも、言ってたんです。
限界を超えてって・・・一体どういう・・・。」
「それはね。」
アリシエさんは、そういうと、タバコを加えたまま、ソファーの背もたれに背中をゆだねた。
「人にはさ、向き不向きっていうのがあるだろ?
まさに、それだよ。
冬真(トウマ)には、外科医は向いていない。」
「向いて・・・いない?」
それって、前に雪先生が言ってた事かな?
と思った私は、すぐに聞いたの。
「それは、優し過ぎるから?
前に、雪先生が言ってたんです。
命を救う事よりも、残される人の事や、その人の事を考えてしまって、冷静な判断が出来なくなってしまう。
だから、冬真(トウマ)さんには外科は向いていないってそう・・・。
アリシエさんもそうだと?」
だけど、アリシエさんは、「それだけじゃないよ。」と首を振ると、右のてのひらを私に見せた。
「・・・手?」
そう口にした私に、「そう。手。」と言ったアリシエさんは、長くなった灰を灰皿にトントンと落とすと、またタバコを加えたまま、器用に話し出した。
「冬真(トウマ)はね、ホント手先が不器用なんだよ。
頭の良さ。回転の速さ。勘の良さ。
何をとっても、雪並でさ。
だけど、ホント笑えるくらい、手先が不器用で。
細かい作業になると、もたついてしまうし、人一倍時間はかかるし、縫うのも時間がかかるうえに雑。
スクール時代のアイツは、ホントダメでさ。
こいつは、内科一本だなって思ったよ。
雪は、察しがついてたみたいで、それでかまわないと言っていた。
冬真(トウマ)はね、手先が器用じゃない代わりに、俺や雪が持ってないものを持っていたんだ。」
「2人が持っていないものを?」
「そう。なんだと思う?」
「わかりません。」と首を振る私に、「目だよ。」とアリシエさんは口にしながら、さっき私に見せていた手で、今度は自分の右目をさした。
「目??」
さらに首をかしげる私に、彼は優しく笑うと、小さくなったタバコを口から離し、灰皿にこすりつけた。
「アイツは、どんな小さなほころびも見落とさない、目を持ってた。
通りすがりの人の隠れた病気を見つけて救ったり、摘出した細胞の中から、わずかに息づいている病気の種を見つけ出したり。
まさに、大量の岩の中から、1ミリにも満たないようなダイアを見つける盗賊のような、鋭い目。
アイツは、誰もが持たないそんな目を持っていたんだ。
俺は、すごく楽しみだったんだ。
切って、取り除いてってだけじゃなくて、そうなる前に人を救う事が出来る冬真(トウマ)の目がさ、うらやましいのと、アイツがそうやって、人を救っていく様を見てみたいって、心から思ってた。
だけど、12歳の時だったかな?
夏休みに、日本にいる友人に逢いに戻ると言って、アイツは一時帰国した。
それから、戻って来たアイツは、いきなり俺にこう言ったんだ。」
「言ったって・・・何を?」
「心臓外科医になる。って。
だから、18で医師免許を習得する時に、外科の免許も取りたいから、外科の勉強をもっとしっかりしたいってな。
正直、呆気にとられたよ。
あの腕で、外科医になりたいどころか、心臓専門だぞ?
ありえねぇーだろ?正気か?ってな。」
アリシエさんの話を聞いてわかった。
冬真(トウマ)さんが逢いに行った日本の友人は、陸(リク)だ。
そこで、陸(リク)と夢を語り合い、そして、お互い同じ道を進む事を決めたんだ。
だから、冬真(トウマ)さんは、自分の中で無理だとわかっていたのに、外科医への道に進む事を決めた。
「それで・・・冬真(トウマ)さんは、どうやって、わずか、6年であそこまでの腕を身につけたんですか?
帰国して、1年も経たないうちに、その親友の大手術を彼、一人でやったんです。
どうして、そんな腕が?どうやって?」
雪先生が言ってた。
すごい努力をしたんだろうなって。
でもね、その時は、何も思わなかったの。
だって、努力なんて言葉、冬真(トウマ)さんにはないと思っていたから。
だから、余計かな?
知りたくてたまらなくなったの。
冬真(トウマ)さんが、どれだけ、頑張っていたのか・・・。
だって、それを知れば知るほど、私はもっともっと、真実の冬真(トウマ)さんに近づけるような・・・そんな気がしたから。
「とにかくアイツは、暇さえあったら、オペ室に入ってたな。
執刀の俺の背後について、ずっとブツブツ言いながら、見てた。
あとは、寝る間も惜しんで、過去のケースとか色々見たり、もうすでに受けていた授業でも、下級生に混じって、何度も受けてた。
実習も何度も何度もやって。
人並みじゃアイツはダメだと、自分でわかってたんだろうな。
アイツは、人の何十倍も頑張ったよ。
医師免許を取るまでの6年間。
とてもじゃないけど、人間のする生活じゃなかった。
よく耐えたと思うよ。
それだけ、心臓外科医になるっていうアイツの夢は、大きかったんだろうな。
アイツの人生も、アイツの腕すらも、変えちまうくらい、大きな物だった。
ホント・・・アイツは、すごいヤツだよ。」
アリシエさんはそう言ったあと、冷めたコーヒーを一気に飲むと、
「うぅー・・・寒っ。」
と軽く身震いをして、カップを持ったまま、また暖かいコーヒーのある場所へと向かう。
そして、カップに湯気が揺らめいているコーヒーを、注いだ。
「そういえば、こっちにきて、アイツにあった?
今の時間なら、病院に居ただろ?」
コーヒーを入れながら彼はそういう。
なので、私は、さっき合った事を話したの。
「女医さんみたいな人と話しているのは、見ました。
でも、バレちゃいけないと七葉(ナナハ)ちゃんが言ってたから、隠れてました。」
「なるほどなー。お忍びの旅だもんねぇー。」
なんて言いながら、アリシエさんは高笑いをしてた。
「そういえば、アリシエさん・・・・。
ちょっと、不思議に思ったんですけど。」
そうなのよ!
それは、冬真(トウマ)さんが、ここ・・・つまり、病院にいたこと。
そして、急患の知らせを聞いて、飛んで行ってたでしょ?
あれって・・・おかしくない?
だって、冬真(トウマ)さんは、医者でここに来てるわけじゃないんだよ。
彼は、心臓外科医になる為に、勉強に来てるわけで、どうして、スクールにいないの?
まだ、授業まで時間があるにしても、当たり前のように、病院にいなかった?
周りも受け入れすぎてるというか・・・。
だって、あの女医さん、すごく親しげだったもん。
冬真(トウマ)さんの腕を信頼してるというか・・・。
スクールの合間に来てる人を、あんなに頼るかな?って・・・。
ちょっと、不思議に思ったんだもん。
「何?不思議って?」
コーヒーを片手に戻って来たアリシエさんに、私は早速聞いたの。
すると、「そんな事?」と笑いながら言うと、彼は何口か熱々のコーヒーを飲んで温まると、やっと口を開いてくれた。
「冬真(トウマ)は、この病院に、外科医兼内科医として登録してあるんだ。
だから、この病院で勤務医として働いてる。
とはいっても、スクールの授業を優先だから、主に勤務してるのは、スクールが終わった夜の10時から翌朝の8時までってとこかな。」
「登録って・・・なんで?
だって、心臓外科医の勉強はすごく大変なんでしょ?
医者として働きながら、学べるものなんですか?」
「まさか。そう簡単じゃないよ。」
と即答された。
「なら、どうして?なぜ、彼は、医者として働いてるんですか?」
さっぱり、わからなかった。
彼の考えている事も。
そして、無謀だと知りながら、止めないアリシエさんも。
すると、アリシエさんは、「そこが、冬真(トウマ)のすごいところなんだよ。」といいながら、少し苦笑いをした。
「スクールで、心臓外科医として学ぶ期間は6年。
最短コースを選べば、3年ってのもあった。
だけど、アイツは、自分の腕を知ってる。
だから、ユックリ、そしてしっかり学べる6年を選んだ。
でも、そうすると、逆をいえば、約6年間現場を離れる事になる。
メスを握る機会も減るし、感覚も衰えてくるし、6年のブランクは思っているよりも大きいんだ。
だから、冬真(トウマ)はそうならないために、この病院で働く事を決めた。
自分の体に負担をかけるとわかっていながら、自分の夢である心臓外科医になる為に、アイツは過酷な試練を自分に与えたんだ。
アイツの睡眠時間は、当直で暇な時間だけ。
急患や入院患者の急変がなければ、4〜5時間眠れる日もあるけど、忙しければ、全くない日もざら。
だけど、アイツは一度も弱音を吐いた事がないよ。
毎日ひたすら、頑張ってる。」
聖(アキラ)くんが、言っていたのは、こういう事だったんだ。
冬真(トウマ)さんは、心臓外科医になる為に、勉強だけじゃなくて、腕の事も考えて、患者を診てたんだ。
私、ちっとも・・・知らなかった。
「でも、スクールって、遅くまでやってるんですね?」
だって、病院の勤務が10時からって事は、その手前までしてるって事でしょ?
学校にしては長くない?
特別講義だから?
だけど、アリシエさんは、「いやいや。」と手を振ると、片手を広げた。
「スクールは5時までと決まってる。
講師のほとんどは、ドクターだからね。
夜勤の当番とかにあたる人もいるから、授業は5時までなんだ。」
って事は・・・。
「それじゃ、冬真(トウマ)さんは、終わってから10時まで何をしてるんですか?」
「何?って、波夜人(ハヤト)くんの所に行って、経営学を学んでるんだよ。」
「けいえいがく??」
思いっきりでかい声で叫んでしまった。
そんな話・・・聞いてないよ。
私は、またもや、身を乗り出して、聞いてしまう。
「どういう事ですか?
なんで、冬真(トウマ)さんが、経営学を学ぶの?」
だけど、「あれ?聞いてない?」とビックリ顔のアリシエさん。
「アイツ、日本に戻ったら、すぐじゃないだろうけど、秋の後を継ぐのが決まったんだろ?
あの梅澤病院を継ぐものには、経営学を学ばなきゃいけないという条件があるんだよ。
だから、あそこの後継者と決まった冬真(トウマ)には、それを学ぶ義務がある。
春(シュン)だって、こっちに留学していた時は、学んだんだ。
まっ、無駄になっちゃたけどね。」
そう言って笑ってたアリシエさんだけど・・・。
そんな事、冬真(トウマ)さんがしてるなんて、私知らなかった。
って事は、冬真(トウマ)さんは、今、心臓外科医の勉強と、院長になる為の経営学の勉強と、腕を衰えさせない為に医者として働いているって事と、3つの事をしてるって事?
それに、今度は、私と天(タカシ)が押しかけてきたら・・・どうなるの?
今、病院で寝泊りしてるのに、私たちがこっちにきたら、きっと冬真(トウマ)さんは、家に戻ってくるよね?
そうしたら、削られるのが、医者としての冬真(トウマ)さんの時間?
それも、家に戻ってきてくれて、ゆっくり休めるなら、体の為にいいのかも?って思う。
あと、ラスト2年は、あまり無理しないで過ごしてほしいし。
ちょうどいいのかもしれない。
でも、きっと、家に戻ってきても休めないよね?
情けないけど、私、冬真(トウマ)さんを寝かせる自信ないよ。
冬真(トウマ)さんの貴重な時間を、私はきっと奪ってしまう。
冬真(トウマ)さんと交じり合って、溶け合って、愛し合って・・・。
大切な冬真(トウマ)さんの時間を奪って、その上、体力も使わして、そして、休ませない。
最低だよね。
大切なラスト2年、私はそんな生活を冬真(トウマ)さんにさせるの?
それに、私自身も・・・大丈夫なのかな?
日本なら、桜さんが天(タカシ)を見てくれる。
でも、ここでは、誰も見てくれない。
冬真(トウマ)さんが、助けるといってくれてるから、彼が見るつもりなんだろうけど、そんな事したら、ますます冬真(トウマ)さんの時間がなくなる。
それに、空港から、ここにくるだけで、私は外国人に酔いそうだったのに、こんな所で2年も暮らして、さらに医師免許取る為の勉強なんてできるの?
さらには、実習だって入ってくるんだよ?
外国人の患者を相手に、ちゃんとできるの??
私は、漠然と考えてた。
何とかなるかも?って。
冬真(トウマ)さんもいるし、冬真(トウマ)さんが何とかしてくれるって。
でも、そんな事、言ってる場合じゃないって今わかったよ。
自分の事は自分でやらなきゃ。
冬真(トウマ)さんは、自分の限界を逃げないでみつめて、そしてそれを攻略してきたんだもん。
そんな彼の努力を、みずのあわになんてしたくないし、そんな彼に、つりあう女でありたいと思う。
今、私がここにきたら、私もそして、冬真(トウマ)さんも、つぶれてしまう。
聖(アキラ)くんが言ったように、冬真(トウマ)さんが壊れちゃうよ。
そんなの嫌だし、冬真(トウマ)さんの夢を摘みたくないの。
それに・・・思い出した。
私、冬真(トウマ)さんに、言ったんだよね。
自分の力で、医者になってみせる。って・・・。
なのに、私、これじゃ、冬真(トウマ)さんに力を借りて、医者になっちゃうよね?
しっかり、しなきゃ。
逃げてちゃダメだ。
あと、2年。
お互いにとってふさわしい場所で、お互いにとって最善の方法で、学んで夢をつかむ。
それが、私たちが今すべき事だよね。
私の中で答えが出た。
その答えに、不思議と悲しいと思う感情は出てこなかった。
反対に、私は笑ってた。
「どうやら、自分の中で答えが出たみたいだね。」
私の姿に、笑いながらコーヒーを飲んでそう言ったアリシエさん。
私は、「はい。」としっかりとした返事をする。
「アリシエさんに逢えてよかったです。
私、取り返しのつかない事をするところでした。」
そう言って私が笑った時だった。
テーブルに置いていたアリシエさんの携帯がなった。
その音で、眠っていた七葉(ナナハ)ちゃんも、飛び起きる。
「なっ!何??」
「あー、悪い。」
七葉(ナナハ)ちゃんのリアクションに大うけのアリシエさんは、笑いながら携帯に出る。
だけど、内容が深刻なのか、急に顔つきが真剣になっていく。
会話は英語なので、さっぱりわからない。
でも、聞いてるうちに、「もしかして?」って思い出した。
だって、側にいる七葉(ナナハ)ちゃんの様子が、おかしくなってきたから。
案の定、電話を切ったアリシエさんに、すぐに飛びついた七葉(ナナハ)ちゃん。
「ねぇー、兄貴は?
兄貴は、どうなのよ!!」
「落ち着けよ。お前が意味わかっても、彼女は通じてないんだから。
まずは、彼女に話すのが先決だろ?
っていうか、取り乱してる暇があったら、お前、彼女に通訳しておけよ。」
「あっ・・・。」
と言って、罰が悪そうな顔をして私を見た七葉(ナナハ)ちゃん。
だけど、2人の会話や、七葉(ナナハ)ちゃんの取り乱しようを見ていたら、予測が付いた私は、七葉(ナナハ)ちゃんに、
「大丈夫。」
と笑顔でいうと、アリシエさんを見た。
「何となくわかります。
冬真(トウマ)さんに何かあったんですよね?
冬真(トウマ)さん・・・どうかしたんですか?」
冷静にそう口にした私に、
「さすが、冬真(トウマ)が惚れた事だけはあるな。
勘もいいし、何より、ちょっとの事では取り乱さない度胸もある。
見た目以上にシッカリしてるんだな。」
なんて言って笑ったアリシエさんは、持っていた携帯をまたテーブルに戻した。
アタフタしている七葉(ナナハ)ちゃんと違って、状況をわかっているアリシエさんは、すごく落ち着いていた。
それを見る限り、命に関わる事ではないと伺えたけど、やっぱり心の中は、大荒れにあれるくらい、私は冬真(トウマ)さんの事が心配でしかたなかった。
「搬送されてきた患者の手術をしたあと、倒れたらしい。
でも、たいした事はない。
ただの過労だから。
でも、噂は早いからね。
患者や、スクールの生徒が見舞いにくると、厄介だから、アイツは特別病棟に移しておいた。
今は、絶対安静で、面会謝絶だとも言ってあるから、誰も近づけさせない。
だから、安心して、行っておいで。
せっかく来たんだ。
アイツにあって、今の思いもちゃんと話して帰るべきだ。」
と言ってくれるけど、私は、「は・・・い・・・。」と少し乗り気ではない。
だって、冬真(トウマ)さんは、過労で倒れたんだよね。
そして、彼は、私に彼がこなしてる過酷な生活を、全く言ってなかったんだよ。
いえば、知られたくなかったのかもしれない。
それを、勝手にアリシエさんに聞いて知ってるのも嫌かもしれないのに、さらに、今現れるのは・・・。
冬真(トウマ)さんの機嫌を損ねないか、すごく心配。
それに、彼も、今の自分を見られたくないんじゃないかな?って思うし・・・。
だけど、そう思っていても、「逢わずに帰る。」とは言い切れないのよ。
だって、逢いたいんだもん。
冬真(トウマ)さんの姿を見た時から。
ううん。冬真(トウマ)さんの声を聞いた時から、私の思いは噴火してた。
何ヶ月ぶりかに、冬真(トウマ)さんをこんなに身近に感じられたんだよ。
もっと、近くで声が聞きたい。
抱きしめてほしい。
彼の体に触れたい。
彼の温度を感じたい。
そんな欲求が、次から次へと私の体のいたる所から、あふれ出してくるの。
我慢なんて、できるわけないよ。
私は、自分の中で、必死に葛藤していた。
そんな私の状況をまるで理解したかのように、アリシエさんは、私の髪にポンと手を乗せると、優しくなでた。
「何も心配しなくていいよ。
アイツは、キミをちゃんと受け入れるよ。」
そうあってほしいと思うよ。
でも、やっぱり、冬真(トウマ)さんの男らしさというか、虚勢張っちゃう性格を知る限り、今は逢わない方がいいような気はするから・・・、答えはこうなる。
「でも・・・。」
なんとも曖昧な答え。
すると、アリシエさんは、私の髪から手を離すと、ニッコリスマイルになる。
「そういえばさ、キミと冬真(トウマ)ってさ、子供がいるんだろ?
名前は、確か・・・そうそう、天(タカシ)だっけ?」
ビックリし過ぎて声がでなかった。
そんな事まで、アリシエさんが知ってるなんて。
でも、よく考えたら、知ってて当たり前か。
だって、七葉(ナナハ)ちゃんや雪先生とかとも仲がいいわけで、そういう話は聞くだろうし。
だけど、今の言葉は、ちょっと誤解があるよね。
天(タカシ)は冬真(トウマ)さんの子供じゃないから。
ここは、ちゃんと訂正・・・しとくべきだよね。
と思いつつ、もし、本当の事を知らなかったら、アリシエさんに余計な事を言ったと、また冬真(トウマ)さんに怒られる?
このまま、話を合わせていた方がいいのかな・・・。
悩んだ末に、私は七葉(ナナハ)ちゃんに助けを求めた。
だけど、目があった七葉(ナナハ)ちゃんには、意味がわからなかったみたいで、「ん?」と目で聞き返されちゃって。
「なんでも・・・ない。」
と力なく答えた私。
ホント・・・冬真(トウマ)さんと同じ血が流れているのに、この辺は鈍感というか、ノンキなんだから!
冬真(トウマ)さんみたいに、目で読んでよ!!
といつもの事ながら、すぐに冬真(トウマ)さんと比べて怒ってしまった私。
その姿を一部始終見ていたアリシエさんは、いきなりまた、「プッ。」と噴出し笑いを始め、私が彼を見た頃には、お腹を抱えて笑ってた。
「どうしたの?アリシエ。」
と驚きの七葉(ナナハ)ちゃんに、「お前って、ホント、にぶいよな。」と言って笑ったアリシエさんは、涙目で私を見た。
「ねっ。」
と私にあいづちを求めつつ、言葉を続ける。
「心配しなくていいよ。
詳しい事情は知ってるから。
冬真(トウマ)が言ってた。
心臓外科医を目指しているのは、亡くなった親友との契りだって。
そいつが残した夢も、やりたかった事も全て、俺がやらなきゃならないんだとも言ってたな。」
そう言ったアリシエさんは、また、タバコを加えると、火を灯した。
「あと、もう少しで、親友から託された物が全て終わる。
そしたら、やっと一つの事に全力が注げるって。
アイツ、すっごく嬉しそうに言ってたよ。」
と笑ったアリシエさんの笑顔も、とっても嬉しそう。
なので、たまらず聞いちゃった。
「冬真(トウマ)さんが全力を注ぐ事ってなんですか?
医者として生きるって、そういう事?」
だけど、笑いながら首を振られた。
そして、彼の指は私をさす。
「わたし?」
突然の事に戸惑い、つい自分で自分をさしちゃった私。
その姿に、アリシエさんは、「そうだよ。」といいながら、軽く笑う。
「その亡くなった彼が最後に言ったんだって?
キミには、幸せになれ。と・・・。
そして、冬真(トウマ)には、2人を頼むって。
冬真(トウマ)は、彼のその想いと、そして自分自身が想うキミと天(タカシ)くんへの想いで、生きて生きたいとずっと想っていたんだって。
だけど、彼に託されたものを全てこなすまでは、それは出来ないって。
最後のご褒美にとっておくんだと言ってた。」
そう言ったアリシエさんは、少し体を前に倒すと、私の瞳を青くて綺麗な瞳で見た。
まるで、それは、吸い込まれちゃうくらい、綺麗だった。
「アイツは、キミと天(タカシ)くんと一緒に生きる未来を、自分のご褒美にしてたんだよ。
かわいらしいところが、あると思わないか?」
「そう・・・ですね。」
としか答えられなかった。
胸がいっぱいで。
私と天(タカシ)との未来を、そんな風に思って、そして、そんな風にアリシエさんに語ってくれていたなんて・・・。
嬉しいのを通り越して、私の中で、満たされた思いは、燃え盛るように暖かくなり、私の気持ちを熱くした。
「アイツね、気が付いたら、よく、写真を見てるんだ。」
少し笑いながらそう言ったアリシエさんに、私よりも先に突っ込んだのは、七葉(ナナハ)ちゃん。
「写真?兄貴が??」
ありえない。と言うように首を振りながらそう言った七葉(ナナハ)ちゃんに、「そう。兄貴が。」と笑いながらアリシエさんは答えた。
そして、そのあと、すぐに視線は、私へと注がれた。
「キミと天(タカシ)くんが、映ってる写真。
アイツ、キミに逢いたいのを、必死で我慢してたんだと思うよ。
だからさ、今、キミがアイツの前に現れても、アイツは何も責めないだろうし、拒まないよ。
自分の状況をキミが知ったと知っても、ホローするとか、どうしようとか、そんなの思わないだろう。
っていうか、思えないんじゃないかな?」
「思え・・・ない?」
「そう。」と言ってうなずいたアリシエさんは、またしても、少し意地悪な笑いをした。
「キミに逢えた喜びでいっぱいいっぱいで、そんな事はどうでもよくなると思う。
アイツはね、自分をいいように見せようとは思ってないんだよ。
普段でもそうじゃない?
あーだ、こーだと、いい訳じみたことしないだろ?」
そう言われたらそうかも・・・。
黙って頷く私に、アリシエさんは続ける。
「自分をいいようにみせたいのなら、素の自分をまず、キミに見せないさ。
それを見せたという事は、アイツは、キミに自分の情けない所も、だめな所も見せる覚悟は出来てるって事。」
もし、アリシエさんの言う通り、冬真(トウマ)さんが自分のイメージを何とも思ってないのなら・・・。
そうだったら、思うよね?
じゃあ、なんで?って!!
気付けば、その思いは、私の胸から飛び出して、アリシエさんの元へと向かって飛び出してた。
「じゃあ、どうして冬真(トウマ)さんは、黙ってたの?
なんで、いっぱい、ここでやってたこと、いってくれなかったのかな?」
「それは、かっこ悪いからとかじゃなくてね、恐かったんじゃないかな?」
「恐い?」
それは、私が思っていたのとは、全然違った答えだった。
恐い・・・。
何が??って、思うよね?
一体、それは、どういう意味なんだろう・・・。
さっぱりわからない私は、恥じらいもなくアリシエさんに即聞いていた。
「恐いって、何を?
何を冬真(トウマ)さんは恐れてたの?」
すると、アリシエさんは、タバコを灰皿にこすり付けながら、リラックスした体勢でソファーに座りなおした。
「アイツが恐がったのは、キミがアイツに抱く感情にかな?」
「感情・・・。」
それでもピンとこない私は、うわごとみたいにそういって、首をかしげた。
その姿を見ていたアリシエさんは、「ホント、素直なリアクションするよね。」と言いながら、クスと笑うと、オバカな私にもわかるように、詳しく話してくれた。
「情けない自分を知って、キミに嫌われる事とか。
あと、後継者になるという重圧を、キミに感じさせて嫌がれる事とか。
自分の印象を悪くするから言わなかったじゃなくて、キミに嫌われるのが恐かった。
ただ、それだけだと思うよ。
だから、全てを知っても、自分を受け入れてくれるキミを感じたら、アイツは何も言わない。
何もいう必要がないって事・・・。わかる?」
「なんと・・・なく。」
と言った私に、アリシエさんは、体を起こすと、前かがみになりながら、私の髪に手を伸ばした。
そして、すごく暖かくて大きな手で、優しく髪をなでてくれた。
その手は、私にいつも安らぎと幸せをくれる冬真(トウマ)さんの手とは、全然違った。
幸せも嬉しさもドキドキも、何一つくれない手だったけど、だけど、パワーをくれたの。
冬真(トウマ)に逢いに行こう!という私の中にある小さな思いを、ドンドン大きくしてくれる。
そんなパワーを持ってた。
「アイツの所に行こう。
体も心も疲れたアイツを、癒してやって。」
そう言ったあと、アリシエさんは、今までに笑った中でも、一番と言っていいくらいの、優しくて心からホッとするような笑顔をしてこう言った。
「それと、麗美(レミ)ちゃん自身も、アイツの愛に、潤されておいで。」
その優しい言葉にこの笑顔。
また、思ってしまった。
雪先生に似てるなぁーって。
相手が今、一番、望んでいる事。
一番言ってほしい言葉。
それを、いつもいいタイミングで、雪先生は言ってくれる。
そして、私の場合はさらにいつも、いいタイミングで、雪先生は私を導いてくれて、私はそのおかげで、今の幸せを手に出来た。
冬真(トウマ)さんという、最愛の人を手に入れる事ができたから。
そんな雪先生に、アリシエさんは似てる。
今もこうして私を導いてくれている事も、今私が冬真(トウマ)さんに対して、求めている感情も全て・・・お見通しなんだ。
そう思った私は、思わず言っちゃったの。
「アリシエさんって・・・雪先生に似てますよね。」
って。アリシエさんは、雪先生が憧れだった。って言っていたでしょ?
だから、てっきり、喜んでくれると思っていたのに・・・。
私の言葉を聞くなり、アリシエさんの顔から見る見る笑顔が消えていって、最後は、すっごい顔が・・・ひきつってるんですけど・・・。
その姿に、もちろん、彼に鋭い指摘をしたのは、彼女。
「アリシエ・・・何て顔してんの?」
七葉(ナナハ)ちゃんの言葉に、アリシエさんは、「お前には悪いけど・・・。」と一言謝ると、私を見てこう言った。
「あんな変人に似てるなんて、言わないでくれ・・・。
俺・・・生きていけないかも・・・。」
と本気で言ってるさまが・・・おっかしくて。
「もう、やだー!アリシエったら!」
と大笑いの七葉(ナナハ)ちゃんに、
「尊敬してるんじゃなかったんですか?」
と私もアリシエさんに突っ込んで。
だけど、笑われているアリシエさんは、「尊敬はしてるけど・・・。」と、ふてくされたようにボソっと言ったあと、
「どうも、いかすかねぇーというか・・・心から好きになれないんだよなー。」
と今度は開き直ったように、デッカイ声でそう言った。
その姿に、また七葉(ナナハ)ちゃんは大ウケで、「キャハハハー。」と大笑い。
「そんなにおかしくないだろ。」
と七葉(ナナハ)ちゃんの頭を、はたきながらダメだしするアリシエさん。
だけど、私は七葉(ナナハ)ちゃんみたいに笑えなくて。
ついつい、聞いちゃった。
「いかすかねぇーって・・・何が?」
それには、「ん?」と言って私を見たアリシエさんは、「んーっと、そうだな。」と少し考えながら口にすると、またソファーに背中をつけて座ると、天井を見上げた。
「パーフェクトなところかな?」
もちろん、「はい?」と私と七葉(ナナハ)ちゃんの声がダブル。
それには、「プッ。」と笑ったアリシエさん。
だけど、2人してさらに、興味津々の顔で彼を見てるものだから、笑いを抑えながら言ってくれたの。
「いえば、性格もよくなって、俺の理想と言うか目指す人になった雪だけど、裏を返せば、文句を言える場所がなくなったわけでさ。
おもしろくないというか、完璧すぎて目の上のたんこぶ状態っていうか・・・。
それにさ、性格も、歩み寄るって事しないだろ?
アイツと一緒にいて、ムカつかない時ってないからさ。
だから、アイツとはやっぱ、気が合わないのかもね。
その点、俺、秋は大好きなんだよ。
あの兄貴肌な所とか、歩み寄ってくれる性格がね・・・めちゃくちゃ好きなんだよ。」
っていいながら、アリシエさん目がうっとりしてない?
明らかに、雪先生の話をしてる時と、口調と言うか顔が違いすぎるよ!
今は、緩みっぱなしというか・・・。
あー、よだれでてるよ!!
って言いたくなっちゃうくらい、だらしなくなってるアリシエさん。
だけどね、やっぱり、アリシエさんは、雪先生に似てるよ。
その好き嫌いが、ハッキリしてる所とか、頑固なところとか・・・。
私思うんだ。
きっと、自分と似てるから、アリシエさんは雪先生に抵抗があるんだと思う。
相手の事が、イヤってほどわかっちゃうから。
だから、余計に歩み寄れなかったりすると思うの。
俺も嫌だから、アイツもこういう時は、イヤだろうな。って感じで先々考えちゃって。
その点、アリシエさんと秋さんは、見るからに違うから。
雰囲気も全然違う。
自分にないものを持ってる秋さんを、尊敬の目や、興味の目で見ちゃうのはわかるなー。
だから、余計に歩み寄ってしまったりして、どんどん自分とは違う秋さんを好きになっちゃうんだと思う。
よだれがでちゃうくらい、好きになるってね。
そう感じたら、私たちもそうかな?って思った。
私と冬真(トウマ)さんは、似ても似つかない。
冬真(トウマ)さんは、私に取って無敵の人。
なんでも器用にこなすし、底が知れない人。
陸(リク)の頼みにしても、院長を継ぐことにしてもそうだけど、常になんでも背負い込んで、それを自分のプラスに変えてるでしょ?
その強さと精神力が、信じられない。
私には、そんな事ありえないから。
すぐに、弱音吐いちゃうヘタレだからね。
そう思ったらさ・・・冬真(トウマ)さんは、どうなんだろう?って思ったの。
冬真(トウマ)さんにとって、私はどう映ってる?
冬真(トウマ)さんも、私みたいに思ってくれてるかな?
自分とは違う麗美(レミ)だから、好きになったと・・・。
そう・・・言ってくれるかな?
私は冬真(トウマ)さんに逢いたい。と思う片隅で、そんな事を冬真(トウマ)さんに語りかけてた。
アリシエさんに案内され、私は冬真(トウマ)さんが眠っている特別病棟に来た。
少し歩くと、ある扉の前で、アリシエさんは、足を止めた。
「ここが、アイツが眠っている部屋。
看護師も呼ばないと来ないし、オートロックだから、扉が閉まると勝手にロックがかかるから。
今は、ナースステーションにあるこのスペアーキーで開けて中に入るけど、緊急でないとこれは使わないから。
あと、ここは、絶対に外部に会話とかがもれないようにする為に、防音設備がある部屋だから。
どんな物音も、泣く声も外に漏れないから、安心して。」
そう言って、ポンと肩を叩かれた私。
最後の言葉ってなんか・・・やらしくない?
「冬真(トウマ)さんは、過労で倒れてるんですよ。
そんなエッチな事言わないで下さい!!
不謹慎な!!」
と怒って見せるけど、
「エッチは、そっちでしょ?
俺、一言もセックスだなんて、言ってないけど。
何を想像してるの?」
っていいながら、意地悪な笑いをしてる・・・。
「うっ・・・。」
言葉をつまらし、さらに悔しい顔をする私に、アリシエさんはちょっと嬉しそう。
「ホント、単純でおもしろいよな。
冬真(トウマ)が意地悪したくなるのもわかる。
弱いくせに、強がっちゃって耐えちゃうところもかわいいしね。
冬真(トウマ)のSの血が騒ぐのも、これじゃ、しかたないな。」
と言いながら、扉を開けるアリシエさん。
「どうぞ。」
私は、ユックリと部屋に入った。
中は、スイートのホテルみたいで、広くでここからではベッドの部屋が見えなかった。
「奥にベッドがあるから。
俺は、これで、失礼するよ。
9時から診察が始まるからね。
たっぷりと、再会を楽しんで下さい。」
アリシエさんはそういうと、私の頬に軽いキスをした。
「Good Luck!!」
ずっと日本語で話してから、錯覚してたけど、最後の最後に実感したよ。
アリシエさんは、紛れもなく、外国人だって!!
|