午後の診療も終わり、私は、『ある科』へ訪れていたの。
そこで、最高の答えをもらった私は、ものすごい速さで、廊下を走っていた。
夕方5時を回っているのに、チラホラまだ、患者さんがいる廊下。
「あっ、麗美(レミ)先生。さようなら。」
そんな声を何回か聞いた。
「あー、お大事にぃー!!」
なんて声だけ出して、私は患者さんとすれ違った。
悪いけど、顔なんて見てる余裕はないです。
今はそれどころじゃないのよ!
この胸の中で込み上げている思いを早く・・・。
早く、『彼』に言いたいんだから!!
という事で、全速力で突っ走った私の元に、やっとゴールが見えてきた。
「やっと・・・ついた。」
意外と距離があって、少し息が上がってる私は、扉の前に立つと、少し前かがみになりながら、呼吸を整えた。
「ふぅー・・・ちょっと、落ち着いたかな・・・。」
とひとり言をいいながら、ウキウキと踊る胸を落ち着かせ、私は扉をノックした。
「はい。」
その声を聞いただけで、扉を勢いよく開けて、彼に飛びつきたくなるくらいの、私の胸の高鳴り。
だけど、ここは、冬真(トウマ)さんの医局じゃなくて、冬真(トウマ)さんの診察室だもん。
患者さんや、看護士さんがいるのが当たり前なんだから。
ということで・・・。
「落ち着け私。耐えるんだ私。」
とブツブツ言いながら自分に言い聞かせて。
私は、また、「フゥー・・・。」と息を吐いて、気持ちを落ち着かせると、扉をユックリと開けた。
まず、目の前に広がっている光景を見て私は、こう思った。
「よかったー。我慢して。」って。
だって、冬真(トウマ)さんは、看護士さんとお話をしてるんだもん。
「では、ご家族の方への手術の説明は、明日の10時からと、お伝えしておいてよろしいですか?」
「ああ、よろしく頼むよ。
それから、悪いけど、今日中に、そのクランケのカルテと資料を、右京に持ってくるように、連絡しておいてくれないかな?」
いつになく優しい物言いの冬真(トウマ)さんの言葉に、「わかりました。」と答えた看護士さんは、扉の横に立っている私の姿に気付いた。
私の姿を見るなり、「お疲れ様です。」と笑顔で礼をくれる彼女。
私も、彼女の笑顔につられて、
「お疲れ様です。」
と笑顔で返した。
「それでは、私はこれで。」
看護士はそういうと、私にすれ違いざまにまた、軽く会釈すると、部屋を出て行った。
彼女が手を離したドアを、私がしっかりと最後まで閉める。
そんな私に、冬真(トウマ)さんは、開いているカルテに書き込みながら、話しかけてきた。
「それで?どうかしたのか?」
って、なんて、ノンキな声に言葉?
私の心はこんなにも、荒波だというのに!!
だけど、まだよ!
まだ、気持ちを開放するわけにはいかない!!
って事で、溢れ出す思いを必死で抑える私。
「ねぇー、ロックしてよ。」
扉をキッチリ閉めた上で、振り返り彼にそう頼んだ私。
もちろん、「えっ?」と言った彼は、手を止めると私を見る。
私が言った、『ロック』ってのは、その名の通り、鍵。
つまり、この診療室自体に鍵を閉めて、入って来れないようにするって事。
この部屋は、患者が入ってくる、さっき私や看護士が使った扉と、もう一つ、入り口がある。
丁度、冬真(トウマ)さんがいる場所の少し奥にあるの。
冬真(トウマ)さんが配属している第三外科は、主に心臓を扱う所で、診察室は6室ある。
その6室を廊下でつなげているのが、冬真(トウマ)さんの側にある扉。
つまり、そこから出ると、ちょっとした通路があって、そこを通れば、6つの部屋を簡単に行き来できるってわけ。
普段は、そこから看護士や他の医師が入ってこれるように、もちろん鍵はかかっていない。
でも、誰にも聞かれたくない話をする場合があって。
とくに、この病院は、著名人もくるから、患者情報は絶対秘密で。
だから、そういう特別な人の為に、医師の持っているリモコンで簡単にロックをかける事が出来て、完璧な密室にする事ができるの。
さらに、すごいのが、ロックをかけると、自動的に、防音装置が働き、声が全く外に漏れなくなる。
どれだけ、情報を守る体制を整えてるの?って感じだけど。
でも、この徹底ぶりが、好評だったりする。
もちろん、私は今から、すごい情報を冬真(トウマ)さんに言う・・・ってわけじゃないのよ。
ある意味、すごい情報ではあるけど、でも、聞かれてもかまわない情報。
っていうか、聞かせたい情報?
だって、自慢したいから!!
じゃあ、なんで、ロックをかけるか。って?
そんなの決まってるでしょ?
誰も入ってきてほしくないから。
「ねぇー、早くロックしてよ。」
我慢の限界に来た私は、たまらず、駄々っ子みたいな口調で彼にそう言った。
その姿に、
「なんか、よくわかんねぇーけど、はいはい。」
と面倒くさそうに言った彼は、ポケットからリモコンを出すと、ロックをかけた。
カシャという音が、2回聞こえた。
「ほら、かけたぞ。って、いったい、なんなんだって・・・うわっ!」
冬真(トウマ)さんの叫び声のあと、彼の手から落ちたボールペンが、床に転がる音が聞こえた。
そしてあと、冬真(トウマ)さんが座っているイスが、ギギィーとすごいきしみ音を立てた。
「いきなり・・・なんだよ。」
突然彼に抱きついて、強くしがみつく私に、わけがわからない彼はちょっと怒ってる?
でも、そんな事もどうでもよくなっちゃうくらい、私の気持ちは上がる上がる。
抑えていた留め金が宇宙の果てまで飛んでっちゃったので、私の気持ちは溢れ出す。
「聞いて、冬真(トウマ)さん!やったのぉー!すごいのぉー!!」
冬真(トウマ)さんの耳元で大声でそう叫んで、彼の上に乗っかりながら暴れる私に、
「わかった、わかったから、ちょっと落ち着けよ。」
とすっごい迷惑な顔で言われた。
確かにテンション高すぎなのはわかる。
でもね、ハイテンションにもなるって。
だって、すっごい事なんだもん!
って事で、鎮まるどころかさらに、私は冬真(トウマ)さんに飛びつくと、
「聞いてぇー!!」
と叫びまくる。
よっぱらいみたいに、はしゃぐ私に、冬真(トウマ)さんもいい加減諦めたのか、
「はいはい、なんでも聞くから。
さっさと言えよ。
そのハイテンションの理由は何?」
しかめっ面で、面倒くさそうに、そしてさらに、いい加減に軽くそう言った冬真(トウマ)さんに、私はとうとう爆弾発言をしちゃったの!
「できたのぉー!!」
そう言って喜ぶ私だけど、「へっ?」と気の抜けた声を上げた冬真(トウマ)さん。
そして、さらに、
「何が・・・できたんだ?」
と不思議そう。
ホント、こういう時だけ鈍感なんだから!
っていうより、頭の回転が止まったのかもしれないね。
ビックリし過ぎて!!
まー、いつもの私なら、仕返しよ!って事で、じらして、なかなか教えてあげないんだけど、今日はそうは言ってられません!
だってだってぇー、早く言いたいんだもん。
もう、これ以上、我慢でっきませぇーん!!
って事で、早々に、告白しちゃいまぁーす!!
抱きついていた体を少し離して、冬真(トウマ)さんを見下ろした私に、冬真(トウマ)さんも私の口から出る言葉を待つ。
その目は、「もしかして?」ってオーラを、私に送ってた。
「冬真(トウマ)さんの赤ちゃん!」
そう口にしたら、ダメだ。
我慢できなぁーい!!
って事で、そのまま彼の唇を襲っちゃった。
襲って襲って襲いまくって。
そしたら、3回目で、今度は冬真(トウマ)さんが襲ってきてくれた!
舌が絡む音。
唾液が混じりあう音。
2人の呼吸が乱れてるのがわかる、激しい吐息。
全てが、私の心をつかみ、しびれるような感覚をくれた。
呼吸もあまり出来ないせいか、自然と私の体から力が抜けた。
それを感じた冬真(トウマ)さんは、私から唇を離す。
離した瞬間、後ろに体がのけぞる私の背中を抑えて、自分の胸へと私を倒してくれた。
私の目の前に、白衣に包まれた冬真(トウマ)さんの胸があった。
呼吸を乱しながら、この胸に触れられて、少しホッとした私は、ぶらんと下がっていた両腕を彼の背中に回して、さらに彼にくっついた。
そんな私の髪に彼は触れると、自分の左頬を私の左頬にくっつけてきた。
彼の温度も上昇してるけど、私よりは断然熱くないから、のぼせ上がった私には、適度に気持ちよかった。
たまらず、うっとりしちゃう私の耳に、彼のこんな言葉が届く。
「そっか・・・やったな。」
言葉はいたって冷静。
だけど、声質でわかる。
今まで、色んな感情の冬真(トウマ)さんを見てきたんだもん。
些細な声の変化にだって、冬真(トウマ)さんが考えている事がわかるくらいにまで、私は成長したんだから!
だから、わかる。
今、冬真(トウマ)さんの体の中に、嬉しいって感情が、どれだけあるか。
イヤってくらいわかったよ。
だから、彼の言葉に対して、文句も不満も言わないの。
もっともっと、嬉しさを分かち合いたいから。
私は、彼にもっともっと嬉しさを話した。
「うん。やったよぉー。すごいでしょー。ビックリでしょぉー。」
すっごい笑顔でそう言った私に、固かった彼の顔にも笑顔が出てきた。
「お前・・・喜びすぎだって。」
って言ってる冬真(トウマ)さんも、顔から喜びがにじみ出てるよ。
といいたいけど、言わないわよぉー。
だって、まだまだ分かち合いたいから。
だから、私はもっと、自分の思いを冬真(トウマ)さんにぶつけたの。
「だって、すっごくすっごく嬉しいんだもん!
でも、嬉しいけど・・・。」
そう口にした途端、私は急に次の言葉が言えなくなった。
と同時に、さっきまでの、テンションも、しぼんじゃうように、シューっと低下していった。
その様子に、冬真(トウマ)さんも、「どうかしたか?」と聞いてきてくれた。
だから、私は、続きを冬真(トウマ)さんに言ったの。
「それと同じくらい、信じられないの。
これは夢なんじゃないか?って・・・。
すごく不安なの・・・。」
そう言った私は、冬真(トウマ)さんの胸に触れていた顔を上げると、彼の顔に自分の顔を近付けた。
そして、ここに来た本当の理由を口にしたの。
「冬真(トウマ)さんが私にわからせて。
これは、夢じゃないよって。
現実だと・・・。
体で教えてほしいの。お願い・・・。」
そう言って彼に軽いキスをした私。
そう。私が来たのは、これが理由。
彼が家に帰ってくるまで、夢か現実か、不安な気持ちのままいるなんてできなかった。
いつも私は、冬真(トウマ)さんに抱かれながら、『この瞬間、私は生きてる。』と実感させられてるから。
夢であんなに満たされたり気持ちよくなることはないもん。
私が現実を生きてる証。
だから、今、この瞬間に、冬真(トウマ)さんに抱かれたかったの。
抱かれて、いつもみたいな気持ちになったら、これは夢じゃない。
現実なんだと実感できる。
そんな気がしたから。
だから、冬真(トウマ)さん・・・お願い。
そう強く思ったせいかな。
彼の背中に回している腕に、自然と力が入った。
それを感じた彼は、「わかった。」といつになく、優しい声で言ってくれたかと思ったら・・・やっぱり、ちょっと意地悪なエロ冬真(トウマ)になっちゃった。
「その代わり、このままやるぞ。」
そう言って私の腰に手を回した冬真(トウマ)さんは、「よっ。」と言いながら、私を完全に自分の膝の上に、向かい合わせで座らせた。
「力抜けよ。」
半分笑いながらそう言った冬真(トウマ)さんは、優しい手つきで私をどんどん熱くさせた。
そして、あっという間に、私の中に入ってきた。
もちろん、普通にベッドで抱かれるよりも、感じすぎて声もいっぱい出ちゃった。
でも、防音がついてるから外に漏れないし。
それに、彼に教えられて、今は座位も実はへっちゃらになった。
というより・・・結構好きになった。
確かに、未だに抵抗はあるのよ。
やる前はね。
でも、しかけちゃえば、快適というか・・・最高??
だけど、たぶん、私が思うに、冬真(トウマ)さんがうまいんだと思う。
だって、私、ホント彼の言う通りにできない悪い生徒なの。
力入れるな。って言われても恐さと緊張から、力入っちゃうし。
でも、それでも、苦痛を苦痛のまま終わらせずに、快感に変えて、最後は快楽にまでしちゃう冬真(トウマ)さん。
さすがというか、アッパレでしょ?
ホントに、彼のエッチは・・・最高に幸せになる。
そして、今も、私は、とぉーっても、最高の気分になってた。
少し、はだけた彼の上着を強く握りながら、私は彼の胸にしがみつき、顔は彼の肩辺りに押し当てる。
「やっ・・・もう、動かさないで・・・いっちゃう・・・。」
信じられない快感に体は、ビクンビクン反応して、冬真(トウマ)さんが居る場所は、まるで息づいてるみたいに、脈打ってた。
いつになく感じる声を上げる私に、冬真(トウマ)さんはちょっと楽しそう。
「何、我慢してんだよ。
俺を感じたいんだろ?
現実だと、身を持って知りたいんだろ?
だったら、イケよ。
俺の愛で、思いっきり、イケ・・・。」
そう言って笑った冬真(トウマ)さんは、伏せていた私の顔を強引に自分の方に起き上がらせると、いやらしくて、ねっとりとしたキスをしてきた。
そんな、気が変になるようなキスしないでよ。
こんなのもらっちゃったら・・・。
って、思った矢先にやっぱり。
体がどうしようもなくなっちゃった。
もう、暴走始めちゃったよ。
って事で、私の体も自然と彼を求めちゃった。
彼が突き上げてくる動きに私も合わす。
舌がからみ、止まらなくなるくらいのやらしいキスを貰っていた私自身も、もう止まらなくなった。
ガムシャラに彼とキスをこなす。
そんな感じだった。
だけど、その激しい交わりも、どれくらいだったかな?
5分も続かないうちに、終わりを告げた。
冬真(トウマ)さんは、いつもの事ながら、全然余裕。
楽しそうに笑顔まで、私に向けてくれたくらいだから。
でも、私は、もう、完全燃焼って感じ。
最後は気絶する寸前まで、いっちゃった。
っていうか、正直気絶するって思ったの。
だけど、その直前に冬真(トウマ)さんが、抜いた。
さすがに、妊婦を気絶させるわけにはいかないと思ったのかもしれない。
いえば、最高にいいところで、おわずけをくらった感じだけど、とんでもない。
全然、おわずけなんてことないんだけどね。
充分すぎるほど、感じさせてもらったから、大満足の私。
グッタリしながら、彼の胸に寄りかかる私を、冬真(トウマ)さんは優しく抱きしめてくれた。
「どう?これで、実感できたか?」
私は彼の胸に寄り添ったまま、「うん。」と言ってうなずいた。
確かに、実感できたよ。
夢じゃない。
現実だったんだって。
冬真(トウマ)さんと私の奇跡がまた1つ出来たって。
わかったよ。
すごく嬉しいよ。
でもね・・・なんでかな?
嬉しいだけでいっぱいになると思っていたのに・・・今度は、信じられないくらいの恐怖が私を襲うの。
嬉しさを・・・。
幸せいっぱいの満たされた心を・・・。
ドンドン黒い液が浸透していって、それは、あっという間に、真っ黒に染め直しちゃうくらい・・・。
それくらいの黒い闇が私を襲った。
たまらず、私は、彼にギュッとしがみついた。
私の様子に、「麗美(レミ)?」と彼は心配する。
でもね・・・言えないよ。
私を襲っている不安と恐怖なんて・・・。
口が裂けても言えない。
「なんでも・・・ない。」
私はそう言ってごまかした。
しがみついてる手も、何とか緩めた。
でも、体は正直なんだよね。
ガタガタと手が震えてる。
「ごめん・・・本当に・・・何でもないから・・・。」
必死でそう言って、作り笑いをした私の髪を冬真(トウマ)さんは優しくなでると、「我慢しなくていい。」と優しい声で囁いてくれた。
その言葉に私は、ユックリと彼を見る。
私と目が合った彼は、すぐに優しいキスをくれた。
「もう少し、交わってよっか。」
冬真(トウマ)さんはそう言うと、私がとても安心する笑顔をくれた。
そして、私が答えるよりも先にまた、自分を私の中に入れてくれる。
激しくは動かさない。
ただ、交わってるだけ。
その状態で、私を抱きしめてくれる。
私も、彼の顎辺りに顔をくっつける。
冬真(トウマ)さんのにおい。
冬真(トウマ)さんの温度。
冬真(トウマ)さんの鼓動。
そして、冬真(トウマ)さんの感触と存在感。
それは、私の暗闇をドンドン消し去ってくれた。
どれくらいそうしてたかな。
心がいつもの安心に変わった私に、急に今度は別の苦しみが私を襲ってきた。
「うっ・・・。」
手を口に当てて、少し前かがみになりながら、彼の胸の中で苦しむ私に、冬真(トウマ)さんも覗き込んでくる。
「つわりか?」
冬真(トウマ)さんの言葉に私は、何も答えなかった。
だって、今は苦しいのを耐えるのに、精一杯だったから。
実は、2日前くらいからこういった、まだ軽いえずき程度なんだけど、出てくるようになった。
主に、食事中とか、においとかで、くるだけに、今はちょっと、いひょうをつかれたかな?
でも、よくよく考えたら、えずきもくるか。
あんなに激しいエッチをして、さらに、また入ってるんだもんね。
さすがに、冬真(トウマ)さんも、それは思ったみたいで。
私の腰に手をあてる。
もちろん、抜こうとしたの。
だけど、私は、慌てて彼にしがみついた。
「いい・・・このままにしてて。」
苦しみながらそう言った私に、
「けど、苦しいだろ?
圧迫してるせいかもしれないだろ。」
って言われるけど、私はかたくなに首を振って拒否した。
だって、抜いたら、私はまた、苦しくなるもん。
また、あの恐怖が私を襲う。
それだけはイヤなの。
ずっととは、言わないから。
もう少し・・・もう少しだけでいいから、このままでいさせて。
冬真(トウマ)さんと、つながっていたいの・・・。
そんな思いをこめて、私は彼にしがみついた。
彼の鼓動を聞いていると、呼吸も整い、何となく気持ち悪いのも、まぎれてきた気がした。
そんな私の髪を、冬真(トウマ)さんはまた、優しい手つきで触れてくれる。
そして、さっき、私が脱がしてしまった白衣を私の背中にフワッとかけてくれた。
「冬真(トウマ)・・・さん?」
顔を上げて彼を見上げた私に、彼は優しく微笑む。
「ずっとこうしててやるから。
少し、休めよ・・・な?」
冬真(トウマ)さんのこの優しさは、私をまた幸せにしてくれた。
素直に、「うん。」と答えた私は、彼の存在を、かぶせられている白衣と目の前の胸と、両方から感じて、この上ない幸せを感じていた。
その中で、私は、安らぎの時間を過ごした。
俺は、机に広げてあるカルテに、必要事項を記入する。
そして、メモしておく内容も書く。
あっ・・・この欄は、どうするんだっけ?
先週、同じケースのオペの患者がいたよな?
どっちに丸するんだっけな?
と悩んだ俺は、前回の患者のカルテを出そうと持っていたペンを置く。
置いて・・・気付いた。
「そうだった。今は、動けないんだった。」
そして、俺は俺の胸に密着している姫に目をやった。
そう。今俺の膝の上には、麗美(レミ)がいるんだ。
スヤスヤと寝息を立ててる麗美(レミ)。
目の前の時計を見る。
「もう、6時過ぎか・・・。」
麗美(レミ)が眠って40分って所か。
でも、体力の回復を図っているのか、一向に目覚める様子はない。
ま、俺は、仕事があるから、別にいいんだけど。
だけど、いい加減、体が・・・キツイかな?
俺がそう思った時だった。
扉がノックされた。
こんな時間に誰だ?
看護士だったら・・・ちょっと、やばいな。
と思いつつ、「はい。」と答えた俺の返事に返ってきたのは、ホッとする声だった。
「俺。」
なんだ。春(シュン)か。
って事で、俺はリモコンで、ロックを解除した。
その音を聞いた春(シュン)は、扉を開けるなり、
「お前、ロックかけて、何やってんだよ。」
と言うけど、俺の胸に抱かれている麗美(レミ)を見て、
「おっと、悪い悪い。」
とすぐに謝った。
だけど、俺は、「いや。いいよ。」と笑顔。
けど、春(シュン)が扉を閉めたら、すぐにロックする。
こんな姿、身内以外に見られると、何かと厄介だからな。
扉を閉めた春(シュン)は、俺に大きな封筒を差し出した。
「ん?」
と言った俺に、
「明日のクランケの資料だ。
右京に、お前頼んだらしいけど、看護士が、右京をどうも苦手らしくて、俺が頼まれた。」
そう言いながら、春(シュン)は、側にあるベッドに腰をおろした。
「そっか。サンキュ。」
と言いつつ、早速レントゲンを取り出してみていた俺に、「なー。」と言った春(シュン)。
「ん?」と言いながら俺は、レントゲンに見入ってた。
「なんで、麗美(レミ)ちゃん、そんな所で寝てんの?
っていうか、こっちに寝かせてやればいいじゃん。」
確かに、それは、あってる。
だけど、できねぇーんだよ。
他人なら、こんな姿も見せられねぇーし、麗美(レミ)にかけてる俺の白衣の下に隠されている真実も言えねぇーけど、相手は春(シュン)だから、よしとするか。
って事で、俺は、正直に理由を言ったんだ。
「離れられないんだよ。
なぜなら、くっついてるから。」
そう言って笑った俺に、「くっつくって・・・。」と口にした春(シュン)は、次の瞬間、「えっ?」と驚きの顔をした。
そして、麗美(レミ)を見る。
俺たちの状態を想像した春(シュン)は、少し情けない笑いをして一言、「マジかよ。」と言った。
その言葉に、「そっ、マジ。」と俺は軽く返事をすると、レントゲンを机の上に置き、今度はカルテを封筒から出した。
「けどさ・・・なんで?
家で、やればいいだろ?
なんで、ここなんだ?
そんなに彼女、たまってるのか?」
って、それは、失礼だろ?
ったく、そんな事言ってるから、お前は自分の妻以外は、人とは思わないアイティーだなんて言われるんだよ。
と言いたいが、今、コイツと喧嘩なんかしたら、麗美(レミ)が起きるかもしれないから、それはグッと我慢した大人な俺。
「なわけないだろ?
ちょっと、いい報告があってな。」
「いい報告?」
「ああ。」と答えた俺は、俺の口から報告する第一号は、春(シュン)かー。と思いながら言ったんだ。
「麗美(レミ)が妊娠した。」
って。それには、「嘘!マジでー!!」と言いながら春(シュン)は少し壁にもたれさせていた背中を起こした。
「よかったなー。」
とまで付け加えてくれる春(シュン)に、「ああ。」と答えた俺。
だけど、それだけ言ってもやっぱり、春(シュン)には理解できなかったみたいで、
「で?それと、今の状況と・・・どう関係があんだよ。
さっぱり、わからん。」
そして、首をかしげる始末。
それで、仕方なく、持っていたカルテを、机に置くと、イスをユックリと回転させ、春(シュン)の方に体を向けた。
「妊娠して幸せの麗美(レミ)に、今、一番恐い事って、何かわかるか?」
「恐い事?」
といいながら、春(シュン)は真剣に考えるが、首をふる。
そりゃ、わかんねぇーよな。
って事で、俺は深く追求するのはやめて、答えを言った。
「それは、俺を失う事だ。」
「はぁ?」
そう言ってバカ面になる春(シュン)に俺は、麗美(レミ)の心の中の闇を春(シュン)に話した。
「天(タカシ)を妊娠した時、麗美(レミ)は幸せの絶頂にいたんだ。
きっと、この上なく幸せな気持ちだっただろう。
だけど、次の瞬間、ならくの底に落とされた。
まさに、青天の霹靂ってやつだ。」
俺の言葉に春(シュン)は、黙って聞いていた。
「そして今、麗美(レミ)のお腹の中には俺の子どもがいる。
この上なく幸せに感じた麗美(レミ)の心に、あの時の事が甦ったはずだ。
もしかしたら、あの時と同じにならないか?
俺が、死なないだろうか?
恐くてたまらなくなったのかもな。
コイツ、震えだしたんだよ。
見てるのが、かわいそうなくらいにさ。」
俺はそういいながら、麗美(レミ)の髪にふれ、優しくなでる。
その様子を見ていた春(シュン)は、「だからか?」と言ってきた。
「ん?」
と聞いた俺に、春(シュン)はもう一度言葉を言ってきた。
「だから、お前、ずっと交じり合っているのか?」
俺はうなずくと、また麗美(レミ)を見た。
「言い出したのは、俺。
でも、麗美(レミ)の体も、これを望んでた。
俺と交じり合っていたいと。
たぶん、こうしていたら、俺が死ぬ事はないと、本能的に思ったのかもしれないな。
確かに。
俺の体が、内面的にどうにかなれば、話は別だけど、こうしてつながっていたら、陸(リク)みたいに事故に合う事はないよな。
ナイスな提案だと正直感心したけどな。」
と笑う俺に、「何をノンキな事を言ってんだよ。」と春(シュン)は呆れる。
「子供生まれるまで、ずっとこうやって、つながっているつもりか?
そんな事できねぇーんだぞ?
それに、彼女だって、そんな不安な思いを抱えたまま、出産なんてできんのか?
大丈夫なのかよ。」
と熱くなってる春(シュン)だけど、「平気だよ。」と俺はいたって冷静。
俺の冷静さが、春(シュン)にしてはムカついたのかもしれない。
「お前、何落ち着いてんだよ。」
と喧嘩口調で言われた。
「まー、落ち着けよ。」と笑った俺は、テーブルにあった、ペットボトルを取るとお茶を飲む。
「俺にもくれ。」
という春(シュン)の言葉に俺は、フタを閉じると、春(シュン)に向かってそれを投げた。
「麗美(レミ)が俺を求めるのは、今日だけだと思う。
麗美(レミ)の恐怖は、陸(リク)を失ったトラウマじゃなくて、『妊娠を知った時に愛する人を失った』って事がトラウマになってるはずだから。
だから、今日を無事に過ぎれば、麗美(レミ)の恐怖はなくなる。
今だけだから。心配はいらないだろう。」
そう言って笑った俺に、「けどさー。お前、何分こうしてるんだ?」と聞かれたものだから、俺は時計に目をやって、答えた。
「かれこれ、1時間かな?」
って。それには、「いちじかん??」と絶叫の春(シュン)。
「ん・・・・。」
と眉間にしわをよせた麗美(レミ)に、
「大丈夫だ。麗美(レミ)。」
と麗美(レミ)の耳元でささやいて、麗美(レミ)をまた眠らせてやった。
落ち着いた麗美(レミ)にほっとした俺は、口を両手で抑えている春(シュン)をにらんだ。
「テメェー!ぶっ殺すぞ!」
それには、「ホント悪い。」と両手を合わせてるけど、目は笑ってんだよ。
悪いと思ってねぇーだろ?
っていうか、この状況楽しんでないか?
こっちは、必死だっていうのによ。
「もー、お前邪魔だ。帰れよ!」
そういって、シッシッと右手でする俺に、「つれないなー。」と笑う春(シュン)は、「けどよぉー。」と言ったあと、余計な事をいいやがった。
「お前、そんな長い時間入れたまんまだったら、ふやけるぞ。」
その言葉に、今度は俺が叫んでた。
「うっせぇーよ!とっとと、帰れっ!!」
俺の大声に、大笑いをしやがった春(シュン)。
もちろん、こんな騒々しい状況で、麗美(レミ)が起きないはずがない。
「冬真(トウマ)・・・さん?」
そう言って目を覚ました麗美(レミ)。
やっべー。
って事で、俺はとっさに、麗美(レミ)の視界に、春(シュン)が入らないように、座っているイスを動かした。
「起きたか?」
そう言いながら、俺は麗美(レミ)にばれないように、部屋のロックを解除する。
それを悟った春(シュン)も、麗美(レミ)に気付かれないように部屋を出て行った。
かすかに聞こえた扉の閉まる音で、麗美(レミ)は少し顔を上げた。
「誰か、来た?」
その声に、「なんで?ロックしてるから、誰も入ってこないよ。」と言った俺に、
「そっか・・・よかったぁー。」
と安心した声を上げた麗美(レミ)は、俺の体にまたしがみついてきた。
俺はそんな麗美(レミ)を抱きしめながら、思ったんだ。
麗美(レミ)を守っていきたいって。
さっきの。
子供が出来た時の、さっきの麗美(レミ)のあの笑顔を、俺は一生忘れないだろう。
あの顔・・・きっと、陸(リク)も見たかっただろうな。
本来なら、天(タカシ)が出来た時。
麗美(レミ)は、あんな笑顔と声を上げて、陸(リク)に報告したかったはずだ。
だけど、それはできなかった。
だから、俺は、麗美(レミ)の中に宿った子供を通して、体験させてやりたいんだ。
妊娠したら、当たり前に体験する事。
夫婦同士で、わかちあう喜びや不安。
天(タカシ)の時は、確かに俺は側にいたけど、今とは状況が違うし。
だから、今回、麗美(レミ)は二人目の出産になるけど、初産と変わらないなって。
すべてがはじめての体験。
だけど・・・だからこそ、麗美(レミ)には、幸せだけを与えてやりたい。
過去にしばられるトラウマや、不安は俺が消してやる。
俺が守ってやるから。
俺はそう思いながら、麗美(レミ)を抱きしめてこう言ってた。
「俺の愛を信じろ。」
その言葉に対して、麗美(レミ)は一瞬止まった。
だけど、しばらくして、俺の顔を見上げると、かわいい笑顔をした。
「信じるよ。冬真(トウマ)さんの愛も。
冬真(トウマ)さんの生命力も。
全部・・・信じるから。」
麗美(レミ)はそう言って俺にキスをしたあと、自分から俺の体を抜いた。
そのあとで、俺にキスをせがんできた。
それから、麗美(レミ)はあの時のような不安な顔も、震えも起こさなくなった。
俺が麗美(レミ)を想う思いが奇跡を起こしてくれたのか?
そう思ったら、こう思ったんだよなー。
神様も、まんざら、悪いやつじゃないかもな・・・って。
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