2007/11/24


20    おまけ Part2 歩風(アユカ)   前編
息子の天(タカシ)がアメリカに留学して3ケ月が経った。
生まれた時からずっと天(タカシ)と一緒だった翔空(ショウア)は、天(タカシ)がいなくなると急に寂しくなったのか、一人になる事を極端に嫌がって。
かといって、私も仕事があるから、翔空(ショウア)の面倒なんて、ほとんど見れなかったから、甘えたの翔空(ショウア)を見てくれていたのは、桜さんと雪先生で。
ホント、この2人には感謝してる。
天(タカシ)がアメリカに行ったあと、実は梅澤総合病院にも、色々動きがあった。
まず、雪先生なんだけど、3月いっぱいで引退すると正式発表しちゃって。
今までは講師をしながら、簡単なオペはしてたんだけど、今回完全にメスを置くという事になってね。
もちろん、その話を聞いた業界からは、「えー!!」の言葉が飛び交ったよ。
だって、まだ、今年58歳だもん。
まだまだ、現役でやってるドクターはいるんだから。
いろんな人から引き止める言葉が来たけど、雪先生は決して首を縦には振らなくて。
 
「悔いは、ねぇーよ。
あとは、次の世代にまかせて、これからは愛に生きさせてもらうよ。」
 
と言って笑ってた。
聖(アキラ)くんは、「逃げやがって。することしか頭にないのか!」と言って怒ってた。
でも、冬真(トウマ)さんは、
 
「よくやったんじゃねぇーの?
あの腕で・・・。
ホント、あの人は、すげぇーよ。」
 
なんて言って、すっごく穏やかな顔してたの。
それを見て思ったんだ。
きっと、冬真(トウマ)さんだから、雪先生のすごさがわかったのかな?って。
聖(アキラ)くんは、一緒に働いて実感したんだけど、何でも器用にこなすのね。
ハッキリ言って、苦労や壁や挫折を知らないだろうっていうくらい、順風満帆な人生って感じで。
でも、冬真(トウマ)さんは違うでしょ?
出来ないもどかしさや、思い通りに動かない腕にイライラしたり、敗北感や屈辱感を味わってきたじゃない?
本人は何も言わないけど、きっと今まで何回も、『辞めたい。』って思った事あったと思うの。
だけど、その度に、なにくそ精神で自分を奮い立たせて頑張ってきたと思うから。
だから、雪先生の気持ちは誰よりもわかるんだと思う。
再起不能と言われた腕をたった2年で治して、そのあとも人の命をひたすら救った。
腕が思うように動かなくなってからも17年。
必死で、自分の出来る限りの範囲で命を救ってきたんだもん。
もう、充分だよね。
これからは、よく頑張った腕をいたわって、第二の人生を歩んでほしい。
とはいえ、今は、翔空(ショウア)の目を盗んで、桜さんとどれだけラブラブでいられるかに、スリルを感じてるみたいで、医者でいた時よりも、生き生きしてるんだけど。
そして、あと、秋先生にも、出来事があって。
なんと!奥さまの優歌(ユカ)さんと2人で、アメリカに行っちゃったんだ。
何しに?って、もちろん、脳外科医になるために。
 
「今更、なってどうすんだよ。」
 
と雪先生も海(カイ)先生もバカにして呆れてたけど、春(シュン)さんだけは、
 
「ここの事は、心配しなくていいよ。
冬真(トウマ)がちゃんとやってくれるし、俺も協力するから。
だから、いってらっしゃい。」
 
とただ一人、秋先生の長年の夢に、エールを送ったの。
それで、優歌さんも、一緒について行っちゃって。
という事で、今、梅澤総合病院の院長は、冬真(トウマ)さんになっちゃったんだ。
そして、私は結婚4年目にして、院長の妻となったの。
とはいえ、私は、特に何も変わらない。
相変わらず、小児外科医として、病院で働いてる。
でも、変わらないのは仕事関係だけで、『生活』は一変した。
どういう風に変わったかというと、家族の他に使用人が、わんさか増えた。
元々、結婚してすぐに、冬真(トウマ)さんが家を建てると言った時、雪先生に助言されてて。
 
「秋が病院を継いだ時と違って、今はマスコミが出入りするせいで、お前はもちろん、天(タカシ)の顔だって世間にバレてる。
お前が院長の座に着く頃には、世間はもっと物騒になってるだろう。
誘拐やいろんなケースを考えて、家族だけで住むって訳には行かないだろうから。
だから、使用人が雇えるくらいの屋敷を建てろ。
どういう構造にするかは、お前次第だけどな。」
 
ってね。
それで、冬真(トウマ)さんは先を見越して、とんでもない豪邸を建てた。
1階フロアーだけでも、ものすごい広さと、部屋数だって多いのに、さらに上は4階まである。
だけど、これ、ただの家じゃないのよ。
すっごいこだわりがあって。
1階は、パーティーが出来る会場があったり、料理長が作る為の広々としたキッチンがあったり、みんなが食事をするレストランがあったりと、いえば多目的ホールって感じになってて。
そして、2階は、お客さん用の寝室になってる。
梅澤一族と、風間家は、年に何回か、雪先生の家に集まる事があってね。
全員が集まると、30人にはなっちゃうから。
さすがに、雪先生の自宅にこれだけの人数は泊まれないから、だから、そういう時に我が家の2階を使用するの。
まっ、ビジネスホテルって感じかな?
それで、3階が、『梅澤家』。
『梅澤家』とは、どういう事かと言うと・・・。
らせん階段を登るか、備え付けのエレベーターで3階に上がると、普通にオートロックの扉があって。
そこには、梅澤家の者しか入れないようになってるの。
なぜなら、扉の解除は私たちの指紋だから。
冬真(トウマ)さんと私と、天(タカシ)と翔空(ショウア)。
あとは、桜さんと雪先生のこの6人分しかインプットされていない。
雇っている執事の甲本(コウモト)さんも、冬真(トウマ)さんの秘書の佐伯右京(サエキ ウキョウ)さんも、インプットしてないから、入って来れないの。
 
「俺は、あの病院の院長である前に、麗美(レミ)の夫で、天(タカシ)と翔空(ショウア)の父親だから。
お前たちとの時間は、何よりも大切にしたい。
誰にも邪魔はさせない。
家族水入らずで過ごせる空間を、子供たちの為にも、作ってやりたいからな。」
 
と冬真(トウマ)さんが言ってね。
だから、3階は、普通の家庭の1階みたいな感じ。
リビングがあって、私が使うキッチンもあって、普通に洗濯機やお風呂がある。
家事は、なるべく私がするようにしてる。
食事は、私が作れる時は作るけど、作れない時は、1階のレストランで、甲本さんや使用人たちと一緒に食べてもらうようにしてる。
そして、最後に、4階だけど、ここには、子供たちの部屋がある。
実は、私たちの寝室も、初めは4階にあったの。
でも、冬真(トウマ)さんが、子供たちと同じ階はどうしても落ち着かない。と言うから。
それで、私たちの寝室は、3階にあるの。
しかも、子供たちには内緒なんだけど・・・壁は防音タイプにしてある。
 
「子供たちに、やってる姿は見せたくないし、感じさせたくもない。
俺が実際感じて、イヤだったから。」
 
って。そう言われたら、冬真(トウマ)さんは、雪先生なみにエロキャラなんだけど、人前では絶対にしかけてこない。
雪先生なんて、平気でキスしたりしてるけど、冬真(トウマ)さんはしない。
右京さんが運転してる車の中っていうのは、別問題でね。
まして、子供の前でだなんて、絶対にありえない。
よっぽど、小さい時に親のそういうのを見て、子供心に傷がついたのかな?
昔から、子供の目を気にしてるのよね。
だから、この提案にも私は、「はいはい。」と言って素直に応じたの。
私的にも、防音機能がある部屋は、ありがたいし・・・。
って、話はずれちゃったけど、家はそんな感じで、使用人もいて、まるでセレブの生活って感じになった。
使用人には、『奥さま』って言われてるんだから。
この私が、奥さまだよ。
笑っちゃうでしょ?
そして、冬真(トウマ)さん自身にも、院長となってからは、色々変わったことがあって。
さっきも言ったけど、冬真(トウマ)さんはアメリカから戻ってすぐに、佐伯右京さんという人が秘書としてついた。
右京さんはもともと、冬真(トウマ)さんが経営学を学びに行っていた波夜人(ハヤト)さんの会社にいた人で、なんでも、冬真(トウマ)さんとは運命的な出会いをしたとか。
それで、冬真(トウマ)さんに、惚れこんじゃった右京さんは、帰国する冬真(トウマ)さんを追いかけてこっちに来ちゃったんだって。
それを聞いた雪先生が、「なら、冬真(トウマ)の秘書しろよ。」と言い出して、右京さんは冬真(トウマ)さんの秘書兼運転手となった。
右京さんも、冬真(トウマ)さんと一緒になって、秋さんから、院長のノウハウをこの4年間、ミッチリ教え込まれてね。
冬真(トウマ)さんの指示で、何でもこなす右京さんに、冬真(トウマ)さんも感謝してて。
 
「右京がいてくれるから、俺は院長業務だけにとらわれずに、医者として患者を診る時間があるんだよな。
右京には、ホント感謝だよ。」
 
といつも褒めてる。
確かに、私から見てても思うもん。
右京さんって、よく働くなぁーって。
そして、あと、4歳の翔空(ショウア)にも、運転手兼ボディーガード兼世話係をつけた。
私たちは、ボディーガードの事を、セキュリティーと呼んでるけど。
翔空(ショウア)の保育園の送り迎えは、私がすべきなんだろうけど、絶対に毎日出来るって保証もないでしょ。
今日は出来て明日は出来ない。っていうのは、子供がペースをつかみにくいから、やめた方がいいと、桜さんにも保育園の園長先生にも言われちゃって。
それで、冬真(トウマ)さんに相談したら、
 
「丁度よかった。
オヤジに、安全の為、セキュリティーを付けろ!と言われていたんだ。
そいつに、翔空(ショウア)の全てをまかせよう。
翔空(ショウア)の生活から、予定の管理。
あと、アイツのボディーガードに、送り迎えの運転手。
全てをする人間を1人つけることにする。
いい人材を探しておくよ。」
 
と言われて。
でも、四六時中その人ばっかりっていうのもよくないからって、桜さんが数時間は見てくれたり、バランスよくしてくれてる。
私は、何か変わったことがあったら、すぐに冬真(トウマ)さんに相談しちゃって、そのたびに、答えを出し、うまく事を運んでくれる冬真(トウマ)さん。
私は、ホント幸せ者だと、日々思うんだよね。
いえば、ノホホーンとしてる感じで。
由梨華(ユリカ)にも、「もっと、しっかりしなさいよ!」って言われるんだけど、しっかりなんて私ができるわけないじゃない?
でも、そのノホホンぶりはすごいみたいで、病院でもね、『院長夫人』なんて呼ばれた事ないんだよ。
昔のまま、「麗美(レミ)先生。」なの。
それだけじゃなくて、もっと驚きなのが、病院内で、冬真(トウマ)さんと私が結婚してるって知らない子もいるんだよ。
っていうか、冬真(トウマ)さんが既婚者だという事すらも、知らない子がいるからね。
だから余計・・・厄介なのよ!!
だって、冬真(トウマ)さんの人気は、さらにパワーアップしてるんだもん。
もう、どこの科に行っても、
 
「きゃー。冬真(トウマ)先生よぉー!!」
 
「院長になっても、あの優しさが変わらないから、素敵ぃー。」
 
とか・・・。きいろい声援が耐えないの。
その度に、ボールペンを握り締めてるんだけど、それでも治まらない場合は、もちろん、駆け込み寺状態で、院長室にいくの。
そして、冬真(トウマ)さんを、押し倒して怒りをぶつける。
実は、院長室には、秘密があってね。
冬真(トウマ)さんって、院長なんだから、そんなに働かなくてもいいのに、勤務医の時と変わらず、普通に心臓外科医として働いてるの。
それだけじゃなくて、内科にも顔を出したりしてて。
相変わらず色んな事に、全力投球の冬真(トウマ)さんは、毎日が忙しいのよ。
家にも1週間に1回戻ってきたらいいくらい。
でも、それを了解する代わりに、私はある条件を出したんだ。
それが、院長室の秘密ってわけ。
実は、私、今からその秘密を使おうと思って。
だって、今、冬真(トウマ)さんを襲いたくて襲いたくてたまらないから。
看護士のラブラブ光線にイライラしてるんじゃなくて、さっき産婦人科医の七葉(ナナハ)ちゃんに聞いた事を冬真(トウマ)さんに言いたいんだけど、翔空(ショウア)の時と同じように、夢じゃないと実感させてもらわないと言えないから。
だから、今すぐ、冬真(トウマ)さんに抱いてほしくて。
それで、今さっき、冬真(トウマ)さんにメールしたの。
“そっち行っていい?”って。
今はもう夕方だから、外来患者はいなくて、私の方はもう勤務は終わったの。
だから、今すぐ彼の元に行きたかったんだけど。
でも、メールしてから10分経つけど、返事はこない。
私は、自分の部屋で携帯を握り締めながら、重いタメ息をついた。
 
「もう!返事ちょうだいよ・・・。」
 
だけど、無理と諦めた私は、もう今日は帰ろうと、白衣を脱いでハンガーにかけた。
その時、机においていた携帯が、ブルブルとすごい音を立てた。
私は急いで携帯を掴み取ると、はやる胸を抑えながら受信相手をドキドキして見た。
 
「冬真(トウマ)さんからだ!」
 
ワクワクしてメールを開くと・・・。
私は、嬉しさのあまり、荷物を乱暴につかみとると、部屋から飛び出した。
冬真(トウマ)さんからの返事はなんだったかって?
もちろん、私が喜ぶ言葉だったよ。
“早く来いよ。待ってる”って。
私は、全速力で、彼のいる秘密の部屋へと向かったの。
 
 
私は今、院長室の隣の部屋の扉の前に立っていた。
そして、持っている鍵でロックを解除し、その扉を開けて中に入った。
そこに入ると、今まで聞こえていた外の音がシャットアウトされた。
道路を走る車の音も、救急車のサイレンの音も、車のクラクションの音も。
全く何も聞こえない。
少し薄暗い部屋の中に入った私は、側にあるソファーにカバンを置いた。
ここは、10畳くらいしかない部屋で、あるのはベッドとソファーと小さな冷蔵庫くらい。
あとは、さらに奥に小さなドアがあってそこには、お風呂とトイレがある。
 
「冬真(トウマ)さんは、まだか。」
 
そう言いながら私は、手に握っていた携帯をテーブルに置くと、少し広いベットに腰かけた。
そして、そのままコロンと横に倒れた。
この部屋は、さっきも言った秘密の部屋。
冬真(トウマ)さんが家にほとんど帰れないと知った時私は、こんな条件を言ったの。
 
「じゃあ、病院で私を愛して。
じゃなきゃ私、死んじゃう。」
 
って。だって、そうでしょ?
冬真(トウマ)さんが院長になれば、彼の人気が上がるのはわかりきっていたから、ストレスがたまる!って思ったし。
その上、家にも戻って来れないなんて!
いつ愛し合うのよ!!って。
由梨華(ユリカ)に言ったら、
 
「あのねぇー。やる事だけが、すべてじゃないでしょ?
もう少し、セックスから離れなさい。」
 
と呆れられたんだけど、そんなの無理だよ。
冬真(トウマ)さんの体はホントに、毒なんだから。
一度味わちゃったら、途切らす事なんて出来ないよ。
3日も空いたら、気が変になりそうなんだから。
私が冬真(トウマ)さんと交じり合うことにこんなに執着をもってしまうのは、やっぱり、陸(リク)の事が尾を引いている気がする。
それとあと、冬真(トウマ)さんと完全に離れていた2年とね・・・。
愛している人と離れていると、恐くてたまらなくなる。
それは、陸(リク)を事故で亡くしてるから。
目の届くところにいてほしい。
私と交じり合っていてほしいって・・・。
常にそう思ってしまう。
だから、冬真(トウマ)さんと、からみあっている時は、本当に安心できるの。
心からホッとする瞬間だから。
それともう1つ。
抱きしめてもらいたくても2年間、声すらも聞けなかったじゃない?
それの後遺症って言うか、不満っていうの?
それが、4年経った今もまだ消化されてないって感じで。
離れていた2年間を取り戻すかのように、体が冬真(トウマ)さんを求めてならない。
ホント、信じられないくらい、私は、冬真(トウマ)さんに溺れちゃってるってわけ。
だから、冬真(トウマ)さんが戻ってこれないと聞いて、一緒に過ごす時間が減るっていうより、セックスができなくなるぅー!!って方が大きくて。
それで、私は冬真(トウマ)さんに、あんな言葉を言っちゃったの。
それに対して、冬真(トウマ)さんは引くどころか、
 
「麗美(レミ)に死なれたら、困るしな・・・。」
 
と笑いながら言って。
それで、数日後にできたのが、この部屋。
この部屋は外からは、鍵を持っている私と冬真(トウマ)さんしか入れない。
でも、さっきの扉から入るのは私だけ。
冬真(トウマ)さんは、隣にある院長室から入ってくる。
自分だけが持っている鍵で、ロックを解除させてね。
そして、この部屋はホントに特別加工が施されてて、中の声も漏れないようになってるし、外の声も聞こえないようになってる。
 
「たった2人だけの空間を作りたかった。」
 
と冬真(トウマ)さんは言ってたけど、私もすっごく嬉しくて。
ここにいる時だけ、冬真(トウマ)さんは私だけの物って思えるの。
患者からの呼び出しも、取引先との連絡も、ここにいる時は、今までただの1度も出た事がない。
冬真(トウマ)さんが、右京さんに言ってくれてるみたいで。
 
「俺がここに入ってる時は、連絡はしてくるな。
全てお前に任せるから。
どうしてもの時だけ携帯をならせ。」
 
ってね。右京さんも、夫婦水入らずを理解してくれてて、たいていの事はこなしてくれて、今まで邪魔は入った事がない。
こうやって、シーツに残っている冬真(トウマ)さんの香りをかいでいると、それだけで体が熱くなってくるのを感じた。
 
「冬真(トウマ)さん・・・早く来てよ。」
 
そんな事を力なく口にしながら私は、シーツにしがみついた。
まるで、彼の体に抱きつくように。
その時、院長室とつなぐ扉から、「カチャ。」という音と共に、鍵のフックが横向きから縦に変わった。
私は、倒していた体を勢いよく起き上がらせると、扉に注目した。
少し開いたドアの隙間から、院長室の灯(アカリ)が入り込んできた。
 
「それじゃぁ、右京、あとはまかせた。
1、 2時間は戻って来るつもりないから。
どうしてもの時は、携帯ならして。」
 
ドアを開けながらそう言った冬真(トウマ)さんに、
 
「わかりました。
どうぞ、ごゆっくり。」
 
と右京さんの声が聞こえて、冬真(トウマ)さんの足が一歩部屋に入ってきた。
大きく扉を開けた冬真(トウマ)さんは、院長室にいる右京さんから、こちらの部屋に顔を移動させる。
そして、私の姿を見て、
 
「おっ!もう来てたのか。」
 
っていうけど、次の瞬間、「うわっ!」と叫び声を上げた。
手に持っていたドアノブを離して、迫ってきた私を両手で受け止める。
だけど、私の勢いの方が強くて、少し冬真(トウマ)さんの体を後ろに後退させちゃった。
そのせいで、冬真(トウマ)さんの背中が、さっきしまったドアに打ちつけられた。
「ドン。」と鈍い音を立てるとともに、
 
「いってぇーな・・・。」
 
と少し怒った冬真(トウマ)さんの声が聞こえたけど私は、謝らなかった。
 
「遅いよ・・・。」
 
そう言いながら、さらに冬真(トウマ)さんに抱きつく私に、彼の手が私の髪に優しく触れた。
 
「そういうなよ。ちょっと、問題があってな。
麗美(レミ)と愛し合ってる間に連絡が入ると困るから、先に終わらせてたんだ。」
 
耳元で聞こえる冬真(トウマ)さんの声。
頬が触れている場所から感じる、冬真(トウマ)さんの体温と香り。
冬真(トウマ)さんに抱きしめられたら、安心するかと思った。
だけど、余計にひどくなっちゃったよ。
冬真(トウマ)さんがほしい。って気持ちが、何十倍にもなっちゃった。
私は、彼の頬に両手を添えると、そのまま強引に彼の唇を奪った。
 
「麗美(レミ)?どうかしたのか?」
 
少し戸惑いながらそう言った冬真(トウマ)さんの開いた口に、私はすかさず、自分の舌を突っ込んだ。
彼の舌と交じり合う音がする。
自分と違う熱い温度を、舌が察知する。
飲み込む唾液が、いつもより愛おしく思える。
交じり合えば交じり合うほど、キリがなくなった。
エキサイトした私の思いは、止まらない。
歯止めが利かなくなるくらい、冬真(トウマ)さんとのキスは激しくなり、止まらない。
呼吸が苦しくなるのも、唇が乾燥してるのも、どうでもよくなるくらい、私の体は彼を求めてた。
 
「少しは満たされたか?」
 
私が彼をほしがる姿が見れて満足なのか、彼は意地悪な笑いを浮かべて、さらに濡れた唇を舌でペロっと舐める。
そのしぐさが、私の胸をまた熱くさせた。
 
「こんなんじゃ、満たされないよ。」
 
私は首を振りながらそう言って、彼の首に腕をからませ、彼に抱きつく。
というより・・・ぶら下がった。
もちろん、冬真(トウマ)さんは、「やっぱり?」とクスと笑いながら言って、左腕だけで、私を抱きかかえた。
 
「俺が満たしてやってもいいけど?
ただし、麗美(レミ)が、“あの言葉”を言うならだけどな。」
 
と言いながら、また笑ってる。
“あの言葉”って、まさか・・・。
少し顔を引きつらせながら、私は冬真(トウマ)さんを見て言ったの。
 
「今言うの?イヤだよ。」
 
だって、彼が言ってるのは・・・うーん・・・やっぱり、恥ずかしくて口にしづらいけど、前に冬真(トウマ)さんが意地悪して言わなきゃ、抱いてやらないって言った時に口にした言葉なの。
何がほしいか。どうしてほしいのか、言えって・・・。
そんな意地悪言われて、私は恥ずかしくて彼の耳元でコソっといったんだけど。
また、その意地悪をするの?
あれ、ホントに恥ずかしいんだよ。
それに、今は抱こうとしてるんじゃなくて、キスでしょ?
今は、余計に言い辛いって!!
だけど、冬真(トウマ)さんったら、もっと意地悪な事を言うのよ!
 
「ならいいよ。
言わないなら、俺キスもしねぇーし、その先もしねぇーよ。
今日は、麗美(レミ)に犯されるだけにするから。」
 
そういうと、私を抱えたままベッドに向かうと、そのままベッドに仰向けに倒れた。
そして、私を自分のお腹ら辺に強引に座らせた。
 
「ほら、好きにしろよ。
しゃぶるなり、いれるなり、好きにしろ。」
 
っていって、ベルトをズボンから、スルと一気に抜き取ると、床にほかした。
そして、冬真(トウマ)さんったら、そのまま目をつぶるんだよ。
冗談じゃないよ!
なんで、私が冬真(トウマ)さんを犯さなきゃなんないのよ!
今日は、冬真(トウマ)さんに実感させてもらいたいの。
私は生きてるんだって・・・。
さっき、七葉(ナナハ)ちゃんから聞いた事は本当だよって。
また、一つ私と冬真(トウマ)さんとの奇跡が増えたんだって、わからせてほしいの。
それで、冬真(トウマ)さんに報告して、冬真(トウマ)さんと一緒に喜びたいのに。
なのに、なんで、私が攻めなきゃなんないのよ!
私は、そのまま冬真(トウマ)さんの方に、ユックリと倒れて、彼の上に完全に乗っかる。
そして、彼の唇にソッと触れた。
そのまま、唇を彼の耳辺りに移動させる。
 
「意地悪しないで・・・。」
 
耳元で囁いた私は、彼の耳にチュとキスをした。
 
「言うから・・・そしたら、抱いてくれる?」
 
私の言葉に、「ああ。」と笑いながら答えた冬真(トウマ)さんは、私の顔を自分の顔の前に強引に持ってきた。
 
「その代わり今度は、前みたいに、囁きじゃ許さない。
俺の目を見て、ちゃんと言えよ。」
 
って言われたら思わず言っちゃった。
 
「なんで、意地悪ばっかりするの?
冬真(トウマ)さんは、私を抱きたくないの?」
 
だって、そう思うでしょ?
私はこんなにも冬真(トウマ)さんに、抱かれたいのに。
だけど、冬真(トウマ)さんは、「そうじゃない。」と言ったあと、少し苦笑いをした。
 
「麗美(レミ)の言葉が聞きたいんだよ。」
 
「言葉?」
 
首を少し傾けながらそう言った私の頬に彼は、軽いキスをする。
 
「麗美(レミ)が俺を愛してるって、感じるのはいつも麗美(レミ)の体でだけだから。」
 
そう言った冬真(トウマ)さんは、私の頭に触れると、強引に私の顔を自分の目の前に寄せた。
彼との距離は数センチほどしかなかった。
だって、動いている冬真(トウマ)さんの唇が、もう私の唇にくっつきそうなくらいだったから。
それくらい、お互いの距離は近かった。
 
「俺をほしがる麗美(レミ)の瞳。」
 
その言葉を言ったあと、すぐに冬真(トウマ)さんは私の両方のまぶたに、優しいキスをした。
 
「俺を味わいたがる麗美(レミ)の舌。」
 
そして、今度は舌を出して私に催促。
私は彼の瞳と舌に求められるまま、自分の舌を少し出した。
そのしぐさに、冬真(トウマ)さんは少しだけ笑うと、私の舌に自分の舌をからめて来て、体の力が抜けちゃうような激しいキスをした。
だけど、次の瞬間、舌に集中していた私の感覚は、分散する。
正直に体が反応する。
彼とくっつけていた私のお腹が、彼の体から離れた。
そして、腰が、まるで天井からひっぱられてるみたいに、ビクンと反応して浮く。
彼と交じり合っていた舌に力が入らなくなった私は、彼の口からズルズルと離れ、彼の肩辺りに唇を置いた。
舌からは彼の熱や熱い想いが、流れてくるから。
ここなら、彼の左手だけを感じられると思ったの。
だけど、それは・・・甘かった。
彼の熱さやテクニックだけが私を熱くさせていたんじゃないって、この時私は身を持って知ったの。
だって、ただ口に触れているだけの冬真(トウマ)さんの皮膚からも、私を熱くさせる物が私の体に流れ込んでくるのがわかったから。
彼の温度。
彼の匂い。
彼の皮膚の感触。
これだけでも、私の中にある冬真(トウマ)さんへの想いを熱くさせるなんて。
自分でも正直驚いた。
たまらず、私はそのまま、冬真(トウマ)さんの肩に、舌を使ったキスをした。
1度してしまったら、それはくせになった。
いつもの感じる舌触りじゃないのが、余計に拍車をかけたのかもしれない。
私は、下半身を敏感に動かし、時折感じる声をあげながら、それでも、冬真(トウマ)さんの体にする愛撫をやめなかった。
彼の肩から胸に移動した私の唇。
彼は容赦なく左手を動かしながら、右手で私の髪をとても愛おしそうになでた。
 
「そして・・・俺の指をこんなに濡らす麗美(レミ)の中・・・。」
 
少し熱い息を吐きながらそう言った冬真(トウマ)さんの声は、すごく色っぽくて。
私は愛撫を止めて、冬真(トウマ)さんの方に顔を起こした。
私の髪に触れていた彼の手は、スルスルと私の頬にずれてきた。
そして、少し口元を緩ませた彼は、私の中に入っている左手の指を少し広げた。
 
「あっ・・・・。」
 
そんな甘い声を上げて、私は上げていた顔を下げる。
そのまま、また彼の胸に顔をくっつけ、彼の肩に乗せていた手にも力を入れてしまう。
体の力が抜けそうなくらい、感じてしまった私。
だけど、彼は私の顔に触れていた手で、下げていた私の顔を自分の方に上げた。
 
「“ここ”は俺に教えてくれる。
俺の体がもらえて、どれだけ嬉しいか。
どんな俺の動きを求めているか。
麗美(レミ)の嬉しい悲鳴と、もっとほしがる悲鳴が、共鳴し合って、俺に教えてくれる。
お前がどれだけ俺を愛しているか。
お前の体が、俺に教えてくれるんだ。」
 
そう言った冬真(トウマ)さんは、私にキスをしながら、左手をユックリと抜いた。
体に入っていた力が抜けて、浮かせていた下半身も、彼の上に舞い戻った。
濡れた彼の左手は、私の腰に当てられた。
そのひんやりとした冷たさが、私にまた新しい気持ちよさをくれた。
 
「でも、たまには、言葉や態度で知りたいんだ。
麗美(レミ)の俺を求める甘い囁きがほしい。
俺の甘い告白をねだる、麗美(レミ)の言葉を聞きたい。
麗美(レミ)は言葉や態度で怒ったり、嫉妬したりしないだろ?
俺に言う前に、俺に抱かれて全てを消化してしまう。
たまには、聞きたいんだ。
麗美(レミ)が何を思って、俺に抱かれたいと思っているのか。
それを知ることで、俺はお前に愛されてると感じれる。
だから、たまには、こういう意地悪をしてしまう。」
 
そして、冬真(トウマ)さんは私に軽いキスをしたあと、私をギューっと抱きしめた。
冬真(トウマ)さんがそんな風に思ってくれていたなんて。
私は、冬真(トウマ)さんに嫉妬や愚痴をぶつけるのは、しちゃいけないと思ってたから。
そんな事したら、嫌われちゃう。
冬真(トウマ)さんを困らせちゃうと思っていたから。
だけど、冬真(トウマ)さんは、それを求めてくれてたの?
そうすることが、冬真(トウマ)さんに愛していると実感させられる行為だった?
困惑する私の頭を、冬真(トウマ)さんは軽くポンポンとなでてくれた。
 
「なんでも内に秘めるのは、麗美(レミ)の気性だと思うから。
急に俺にぶつけろ。と言っても、うまく出来ないのはわかってる。
だから、ユックリでいいよ。
ユックリでいいから、麗美(レミ)の心も見せてくれよな。」
 
それを聞いて思っちゃった。
冬真(トウマ)さんは、私にありのままの冬真(トウマ)さんを見せてくれてるよね?
嫉妬に狂うあなたも、感情的になるあなたも、私はあなたに出会ってみてきた。
でも、私は自分を見せることが苦手なのかな?
だったら、見せていかなきゃね。
冬真(トウマ)さんに・・・。
そう思ったら、なぜか、素直に心の想いを言えそうな気がしてきたの。
あれだけ恥ずかしくて言えなかった言葉が・・・。
 
「ねぇー・・・冬真(トウマ)さん。」
 
そう言って彼の頬に触れた私に、「ん?」と優しい声と眼差しで答えてくれた冬真(トウマ)さん。
それをみたら、自然と口が動いてくれた。
 
「早く私を満たして・・・。
あなたの体が、ほしくてたまらない。
早く・・・。」
 
だけど、やっぱり、そこで詰まってしまった。
やっぱり、言えないよぉー!!
ってことで、またもや、コソコソ開始!!
そのまま顔を彼の耳に移動させると、続きを言ったの。
もちろん、誰にも聞こえないような小さな声で。
それには、また冬真(トウマ)さんは笑ってた。
てっきり、「ちゃんと言えよ。却下。」と冷たく言われるかと思ったけど、この反応を見る限り、オッケー??
冬真(トウマ)さんて、優しい所あるじゃなぁーい!!
と私も安心して、ニッコリ笑う。
 
「ねぇー。そんなかっこいい笑顔はいいから。
早く・・・愛してよ。」
 
そう言って、彼の頬を、ビヨーンと伸ばす私に、「はいはい。」と面倒くさそうに答えた冬真(トウマ)さんは、私を抱いたまま、寝返りを打ち、体勢を逆転させた。
 
「けど・・・これ、くせになるな。」
 
早速、私の体中に愛撫をしてくれる彼の唇。
そして、彼の左手はというと、また私の中に入り込み、中で激しい動きをする。
さっきよりも激しい彼の動き。
数回の動きで、彼の手が入り込んでいる場所は、グショグショに濡れているのは、体に入っていない残り3本の彼の指が触れている私の肌に、冷たい感触を伝えた事でわかった。
それとあと、私の感じる甘い声も、彼の言葉すらも消してしまうくらいの音かな?
狭く濡れた空間で、指がこすれる音。
それは、何より私に実感させてくれた。
冬真(トウマ)さんが側にいるって。
そう思えただけでも、私の思いは熱くなり、また彼の指を塗らした。
私の体の反応で、冬真(トウマ)さんはわかったんだと思う。
体にしていた愛撫をやめて、私の唇にとてもいやらしくて、熱いキスをしてくると、また意地悪開始。
 
「俺がほしいんだろ?
もう一回言えよ。俺にどうしてもらいたい?」
 
それを聞いて・・・思ったよ。
やっぱりなぁーって。
冬真(トウマ)さんは、一度言ったら絶対に曲げない。
だって、昔、730回のエッチをするって言った事があって。
さすがに、数までは数えられなかったけど、30時間ずっとやりっぱなし。
っていうのは、実は嘘で。
いや、やりっぱなしはホントだよ。
じゃ、何が嘘かってそれは、時間。
実は、冬真(トウマ)さんが、「足りねぇー。」と言い出して、果帆さんに電話してさ。
 
「2日後に、波夜人(ハヤト)さんところの自家用ジェット飛ばせ。」
 
と言い出して。
それで、私はそのまま、冬真(トウマ)さんと50時間以上愛し合ってた。
その間、どうやって過ごしてたか、覚えてないの。
覚えているのは、冬真(トウマ)さんに抱かれた感触だけ。
体中が痛くて麻痺してるのに、それなのに、愛し合うことを止めれなくて。
 
「冬真(トウマ)って、恐いくらい、ゆっくんの血を受け継いでるよね・・・。」
 
と飛行機で、果帆さんに言われたんだから。
丁度、果帆さんも日本での仕事の打ち合わせがあって、ジェットを飛ばす予定だったから、一緒に乗せてもらえたんだけどね。
そんなこんなで、こんな無謀な事でも一度決めたら、やりとげちゃう冬真(トウマ)さんなんだもん。
私に、面と向かって言わなきゃ抱かない。って言っておいて、あんなので許してくれるわけなかったんだよ。
冬真(トウマ)さんを優しいと思った私が、バカだった。
自分にも厳しいけど、人にも厳しい人だったんだ・・・。
さっき、冬真(トウマ)さんを褒めた私を返せぇー!!
と怒りながら、私は呆れ口調で彼に言った。
 
「もう・・・ホントに・・・意地悪なんだから・・・。」
 
そして、気付いた。
さっき彼が言っていた、『くせになりそう』って、私をいじめる事だったのね。
てっきり、愛撫かと思ったじゃない。
って心の中で思うけど、もう抵抗はできなかった。
だって、私の心は、いくらだっていうわよ!って感じになってたんだもん。
それくらい、冬真(トウマ)さんがほしくてたまらなかったから。
こんな言葉、いくらだって言ってやるって感じで。
私の頭も精神も、すっかり麻痺していた。
そう。冬真(トウマ)っていう毒に、とうとう侵(オカ)されてしまったみたい。
私の中で、相変わらず暴れる冬真(トウマ)さんの指に感じながら、私は必死で言ってた。
 
「入れて・・・。」
 
って。その言葉に、冬真(トウマ)さんは、ニッコリスマイルになると、私にご褒美をくれたの。
いつになく優しいキスをして、
 
「よく出来ました。」
 
と言ってくれて。
そのあと、私の体から左手を抜くと、私の腰を上げて私の思いに答えてくれた。
上半身を少し浮かせて、彼の体にしがみつく私の腰を、冬真(トウマ)さんは右手で支えてくれた。
 
「力入れすぎだ。」
 
と笑いながらいった冬真(トウマ)さんだけど、それでも、冬真(トウマ)さんは焦る風もなく余裕。
器用にうまく私の腰を揺らせながら、自分を入れる。
私は彼の背中に両手を回して、まるで彼にしがみつくみたいにして彼を受け入れた。
私はこんなにも快感に打ち震えていたというに、冬真(トウマ)さんったら、どんな顔してたと思う?
ひたいからは、少し汗はかいてた。
熱くなってきたのか、息も少し上がってて。
だけど、彼の口は酸素を吸うでも、私にキスするでもなくて・・・。
想像ついた?
そう。彼ったら、また『いつも』のヤツをしてるの。
 
「それ・・・味・・・おいしくないよ・・。」
 
とたまらず言っちゃうんだけど、本人は、とっても嬉しそうに左手を舐めてる。
 
「そうか?俺にとっては、最高の主食だけどな。」
 
と笑って、ペロペロと舐めてる。
主食って・・・何考えてんのよ!って呆れちゃうけど、でも、その一方で嬉しかったりしてる自分がいた。
私の全てを味わってくれてるみたいで。
彼がそんなにも、私を愛してくれるって実感出来て。
私は幸せに思えたの。
だけど、今日の私はもっともっと、彼がほしかった。
生きてるんだと実感させてほしかったから。
激しく動く彼に私は、注文を出したの。
 
「もっと・・・もっと、ちょうだい。」
 
彼が与えてくる振動で、私の声は揺れた。
揺れる声でそう言った私は、さらに彼の顔を自分の方に強引に近づけた。
 
「生きてるって、実感させて。」
 
強く求める私の瞳を見た冬真(トウマ)さんは、言葉では答えずに瞳だけで答えた。
その瞳は、こう言ってた。
「覚悟しろよ。」って。
その瞳は、私をゾクゾクさせた。
この上ない期待と強さを感じた私は、今度こそ感じられると思ったの。
生きてるって。
そしたら、私は冬真(トウマ)さんに言わなきゃ。
早く言いたい!
そう思った時だった。
鳴るはずもない冬真(トウマ)さんの携帯が鳴った。
 
「なんで?!」
 
溺れていた冬真(トウマ)さんとの愛が、一気に冷めちゃうくらいのコール。
私は、すぐにそう口にしていた。
冬真(トウマ)さんも一瞬驚いていたみたいだけど、連絡が入るって事は、よっぽどな事だとわかってる為、無視は出来ずに3コール目で出た。
 
「右京、どうした?」
 
連絡は絶対に右京さんからだとわかってる。
だって、今冬真(トウマ)さんが持っている携帯は、右京さん専用の携帯だから。
普段冬真(トウマ)さんが使っている携帯は、右京さんに渡してあるの。
冬真(トウマ)さんがここにいる間は、冬真(トウマ)さんの携帯にくる連絡は、すべて右京さんが出て処理するから。
だから、今のコールは右京さん以外にはありえないってわけ。
右京さんと電話をしながらも、冬真(トウマ)さんは私を見てくれた。
優しく右手で、私の髪をなでてくれる。
『すぐ、終わらすから。少し待っててな。』っていう冬真(トウマ)さんの声が、聞こえそうなくらい、彼の瞳を見てたら、伝わってきた。
私は、彼の触れている右手を左手で取ると、彼の手に何度もキスをした。
彼を感じれない代わりに、まるで、冬真(トウマ)さんの手を味わうように・・・。
だけど、次の瞬間冬真(トウマ)さんの体が、こわばった。
 
「ホントか・・・それ。」
 
そう言った冬真(トウマ)さんの声が、すごく驚いた声だったから、私も思わず、キスを止めて冬真(トウマ)さんを見たの。
 
「冬真(トウマ)・・・さん?」
 
たまらずそう口にしてしまった。
だって、さっきまで私に優しい眼差しを向けてくれてた彼の目は、私を見てないから。
瞳には私が映ってる。
だけど、心も視界も、ここじゃない。
別の場所にいっているのは、彼の目を見ればわかった。
私の心に不安が押し寄せてきた。
右京さんの報告を聞いた冬真(トウマ)さんは、少し考えたあと落ち着いた声で右京さんに指示をした。
 
「院長室はまずい。
沙織(サオリ)に、ここの部屋の事を知られたくないからな。
俺の診察室に通しておいてくれ。
俺もすぐに行くから。
ああ。すぐに行く。」
 
そして、冬真(トウマ)さんは携帯を切った。
今の何?
沙織(サオリ)って誰?
それに、何よりさっき、冬真(トウマ)さん言ったよね?
『すぐに行く』って。
まさか、このままで行っちゃうの?
そんなわけないよね。
だって、冬真(トウマ)さんはいつだって私を愛する事を、後回しにした事なんてないもん。
どんな時も私の愛を受け入れないって事・・・なかったもんね。
私は心に芽生えてた不安を、必死でかき消した。
大丈夫。大丈夫って。
だけど、必死でかき消した芽を、冬真(トウマ)さんは容赦なく復活させた。
 
「麗美(レミ)、悪い。用事が出来た。」
 
私から目をそらしたまま冬真(トウマ)さんは言うと、私の体から抜けた。
 
「ヤダ・・・待って!」
 
っていう私の声も聞かずに、冬真(トウマ)さんはさっさと抜いちゃって。
そして、私が握っている手を力任せに取ると、体を起こしてベッドに座った。
前かがみになって落としてあったベルトを、腰に付ける。
乱れていた服装も、淡々と整える。
そして最後に、右京さんとの連絡手段である携帯をつかむと、立ち上がった。
 
「ちょっと、待って!!」
 
私も勢いよく体を起こして、慌てて冬真(トウマ)さんの腕をつかんだ。
力いっぱいつかんで、彼をまたベッドに座らせた。
 
「何よ、一方的に!!
ここにいる冬真(トウマ)さんは、私だけの物よ。
どこにも行かないでよ。
ちゃんと、私を愛して!」
 
彼の両手をつかんで、彼の体を私の方に向かせた。
必死で彼に訴えるけど、困った顔をして私を見る冬真(トウマ)さん。
 
「ごめん。」
 
ただそれだけしか言わない冬真(トウマ)さんに、私はイライラしちゃって、感情のまま彼を責めた。
 
「ごめんはいらないから。
ちゃんと説明してよ。
何で行くのか。
そして、その『沙織(サオリ)』さんって、誰なの?」
 
だけど、冬真(トウマ)さんは、「ごめん。」としか言わない。
その言葉は、私の心を凍りつかせた。
患者なら患者だというよね?
言わないって事は、何か私的な人って事?
私に愛を注ぐよりもその人が大事って・・・そういう事?
心にヒビが入った気がした。
頭がボーっとして、何も考えられなくなった。
 
「いいよ。言いたくないなら、言わなくていい。」
 
私はそう言いながら泣いてた。
でも、仕方ないって思おうとしたの。
冬真(トウマ)さんがこれほどまでに言いたくないなら、聞かない方がいい事なんだって。
そう理解した。
そう・・・思い込もうとしたんだよ。
だから、私は、その事をさらに聞こうとはしなかった。
だけどね、心が凍りそうだったから。
冬真(トウマ)さんを、信じられなくなりそうだったから。
だからせめて、私は感じたかったの。
あなたへの想いを、凍らさないために。
あなたを、信じられなくなる前に。
あなたの愛を感じたいって。
そしたら、私はきっと、笑ってあなたを見送れると思ったから。
あなたが戻って来る間の時間を、私はちゃんと待てると思ったから。
私のお腹にいる命が本当なんだと、冬真(トウマ)さんの愛をもらったら、信じられるから。
そしたら、この子と共に、待ってられるって・・・そう思ったの。
だから、私は、冬真(トウマ)さんの愛にかけた。
 
「でも、行く前に抱いて。
5分でも1分でもいい。
冬真(トウマ)さんの愛を、私の体に注いで。」
 
必死で頼んだのに。
なのに、冬真(トウマ)さんは私の手を、自分の体から強引に離して、私の手を私の膝の上に置いた。
 
「冬真(トウマ)・・・さん?」
 
恐々彼を見た私の目に、彼の姿が映った。
とても困ったような瞳で私を見てた冬真(トウマ)さん。
私の想いが迷惑だと思ったって・・・その目を見たらわかるよ。
止まっていた涙が溢れ出してた。
泣きじゃくる私の涙に、彼の指が触れた。
 
「わがまま言うなよ。」
 
息が止まるかと思った。
わがまま?これが、わがままなの?
冬真(トウマ)さんの愛がほしいって。
ほんの少しの時間、私に与えてほしいって。
その想いは、冬真(トウマ)さんにとっては、わがままって思っちゃうの?
心が壊れていくようだった。
一度ヒビが入った思いは制御不能。
口から、飛び出した。
 
「わがままって・・・。
冬真(トウマ)さんが言ったんじゃない。
想いを言えって。
だから、言ってるのに。
1分でいいの・・・ホンの少しでいいから。
じゃなきゃ、言えないのよ。
冬真(トウマ)さんに、私、どうしても言いたい事があって。
だから、少しでいいの。
そしたら、私、冬真(トウマ)さんに言えるから。
私ね・・・。」
 
だけど、私の言葉を最後まで聞かないで、冬真(トウマ)さんは言い返してきた。
 
「愛なら、さっき、送っただろ?
最後までは行かなかったけど、俺の体入れたんだから。
もう、充分だろ。
俺は、麗美(レミ)を愛してる。
たまには、俺の言葉で、満たされてくれよ。」
 
そう言って、タメ息をついた冬真(トウマ)さんは、
 
「人、待たせてあるから。俺、行くわ。」
 
と言って私から手を離す。
だけど、私はその手をまたつかんだの。
あんな冷たい言葉、信じられるわけないじゃない。
あんな投げやりな言い方。
私に愛想をつかしたような言い方・・・。
冬真(トウマ)さんが口にしたなんて、信じられるわけないじゃない。
私の心が少しずつ凍りつき始めた。
 
「なんで、そんな言い方するの?
まるで、冬真(トウマ)さんは私をいらないみたいに。
私が求めたから、したかたなく、私を抱いたみたいないい方・・・。」
 
そう言って彼を責めた私に、
 
「そんな事言ってないだろ!」
 
と荒れた冬真(トウマ)さんの声が聞こえた。
こんな大きな声を出した冬真(トウマ)さんを久しぶりに見た私は、思わず首をすくめた。
びびっている私の姿に、
 
「悪い・・・。」
 
と一言詫びた冬真(トウマ)さんは、大きなため息を吐くと、またつかんでいる私の手にもう片方の手を添えた。
 
「けど、麗美(レミ)だって、こだわりすぎだろ?」
 
その言葉に、「何?」と震える口で聞いた私。
何かすごい言葉を、言われそうで恐かったの。
自然と唇は震えてた。
そして、その予感は、無残にも当たる・・・。
 
「俺の体にだよ。
俺がいくらお前に愛の言葉を囁いても、俺がいくら抱きしめても、麗美(レミ)は満たされないだろ?
俺の愛を信じないだろ?
俺の体を得た時だけ、麗美(レミ)は満たされて、俺の愛を信じる。
俺の体を得た時だけ、全てを信じる・・・そんなお前の考えに、正直不安があった。
麗美(レミ)は俺を愛してるんじゃなくて、結局は、俺の体を愛してんじゃないかって。
麗美(レミ)の快感を、かきたてる俺の体を・・・。
麗美(レミ)好みのセックスをする、俺の体とテクニックを、麗美(レミ)は愛してるんじゃないかって。
もし、右京の体が、俺と全く同じだったら、麗美(レミ)は右京でもよかった・・・。」
 
冬真(トウマ)さんの言葉は、私が彼の頬を殴った音でかき消された。
信じられない・・・。
なんで、どうして、そんな言葉を言うの?
私が冬真(トウマ)さんの体を愛してるなんて・・・。
そんなわけないでしょ。
愛してる冬真(トウマ)さんの体だからほしいのよ。
愛してる人と唯一交じり合える手段が、セックスだから。
だから、冬真(トウマ)さんとセックスしたいって想うんでしょ?
なのに、そんな風に想ってたの?
ずっとそんな風に・・・。
言葉なんて出なかった。
ショックで、頭がついていかなかった。
ただ泣きながら、冬真(トウマ)さんを殴った右手を私は、左手で必死につかんでた。
だって、冬真(トウマ)さんを殴った右手が、信じられないくらい震えてたから。
必死でその震えを抑えてたの。
 
「違うって言えんのかよ!」
 
冷たくて低い声。
恐くて冬真(トウマ)さんの顔が見れなかった。
ただ、手を握り締めて震える私は、首を振るだけ。
違う。体を愛したんじゃない。
冬真(トウマ)さんを愛したんだと、必死で訴えてた。
少し時間が流れた。
冬真(トウマ)さんはわかってくれると思った。
私の気持ちを理解してくれるって・・・。
だけど、冬真(トウマ)さんは、「だったら、証明してみせろよ。」と言った。
 
「えっ?」
 
と驚いた顔で彼を見た私の胸を乱暴に押して、私をベッドに押し倒した。
 
「何?・・・いやー!!」
 
と叫んで抵抗したけど、私の両手は冬真(トウマ)さんの左手につかまれた。
そして、彼は、抵抗する私の両足を開けさせると、容赦なく突っ込んできたの。
 
「やめて・・・お願い・・・。」
 
泣き叫ぶ私の顔にも、冬真(トウマ)さんは全く動じない。
私が映っている瞳は全く動きがない。
まるで、心がない機械のように、彼は私に激しく強く体を突きつけてきた。
彼の起こす行為には、もちろん、全く愛を感じなかった。
むしろ、虚(ムナ)しくて涙を流しながら私は、拒絶したの。
 
「ひどいよ・・・ひどい・・・。」
 
って。だけど、相変わらず冬真(トウマ)さんは、冷たく凍りついた冷ややかな瞳で私を見たまま、口を開いた。
 
「ひどいはどっちだよ。」
 
そして、私の手をつかんでいる左手を離すと、自分が入っている場所に触れる。
その手を私の口の中に入れた。
 
「こんなに濡れて・・・俺の体にこんなにも感じてるっていうのに。
それでも、麗美(レミ)は、俺を愛してるって言えんのかよ。
俺の体じゃなくて、俺自身に感じてるって、言えんのかよ!!」
 
左手全部を私の口の中に突っ込んでいた彼は、そう叫ぶと、一気に私の口から手を引っこ抜いた。
私は、飲み込めなかった唾液が一気に襲ってきて、「ゴホゴホ。」と強く咳き込み苦しんだ。
 
「感じるのは・・・冬真(トウマ)さんを愛してるからだよ。
愛してる人の体だから、感じちゃうの・・・。
どうして、わからないの?」
 
苦しみながらそう言った私に、冬真(トウマ)さんは・・・とても冷ややかな笑いをした。
 
「だったら、イヤじゃねぇーだろ?
俺を愛してんだろ?
愛してる人の体だから、愛おしいんだろ?
なら、喜べよ。
この体が喜んでるように、俺に嬉しい悲鳴を聞かせろよ。」
 
そう言って彼はさらに、腰を振る。
強く突いてくる彼の体に私は、苦痛の悲鳴を上げた。
こんな声、今まであげた事がなかった。
彼の入っている入り口からは、裂けるような痛さを感じた。
愛情も何もないセックスは、こんなにも痛く恐怖を与える物なの?
目の前にいる冬真(トウマ)さんが、まるで別人に思えた。
だけど、何でかな?
彼が、泣いてるように見えたの。
彼が叫んでいるように・・・。
麗美(レミ)、助けてくれ。
俺を襲う不安から、俺を救い出してくれ。
彼がそう叫んでいるように思えた。
だから、私は、恐かったけど、逃げないで彼と向き合ってみようと思ったの。
 
「どうしたの?何にそんなに脅えているの?」
 
彼の顔に触れてそう言った私に、少しだけ冷徹な彼の眉が動いた気がした。
だけど、そのわずかな動きもすぐに、凍り付いてしまった。
 
「俺がほしいんだったよな。
たっぷり、くれてやるよ。
俺の体を、めいいっぱい、こん中にぶちこんでやるから。
それで、俺の愛を感じて満足しろ。」
 
そんなヤケになったような言葉を吐きながら、冬真(トウマ)さんは容赦なく私を犯した。
力任せに私の中で、激しく強く暴れる彼の体。
だけど、私はそれが、彼の悲鳴にしか聞こえなくて、胸が苦しくなった。
痛みと強い衝撃に耐えながら、私は必死になっていったの。
 
「教えて・・・よ・・・。どうした・・・の・・・。」
 
言葉にうまくならないくらいの辛い状況。
それでも、私は必死で彼に訴えたの。
彼を襲っている闇を知って、彼を救いたかったから。
 
「こんな愛のないセックスに、感じるなよ・・・。
俺の体に、反応するな・・・。」
 
すごく小さな声が聞こえた。
 
「な・・・に?」
 
顔を冬真(トウマ)さんの方に向けて聞いたけど、冬真(トウマ)さんはそれ以上何も言わないで、さらに動きを激しくさせた。
私に自分の顔を見せないようにするために・・・。
イヤなのに、逃げ出したいのに、抵抗したいのに・・・。
体に力が入らなかった。
その上、反応したくないのに、体は私のいう事を聞いてくれなかった。
彼の願いも私の願いもむなしく、私の中は、愛する人を得て、嬉しそうに反応する。
彼をしめつけ、彼を濡らし、私に快感を与えた。
愛もないセックスをこんなにも、気持ちよく思ってしまっている自分がなさけなくて。
ただ泣きながら、私は冬真(トウマ)さんの体を受け入れてた。
冬真(トウマ)さんは、一体何に脅えてるの?
さっきまで・・・。
あの電話がなるまでは、あんなにも愛し合ってわかりあっていたじゃない。
なのに、どうして急に。
それが、一瞬にして消えてしまうくらいの不安を彼に与えたものって一体??
あの電話のせいなの?
あの沙織って人の・・・せい?
誰なの?一体、冬真(トウマ)さんの何?
そんな事を考えながら、私は胸が苦しくなった。
私の心も体も、ボロボロになってた。
何もかもが投げやりになりかけたその時、私の体に、信じられない激痛が走ったの。
たまらず、顔をゆがめた私だけど、冬真(トウマ)さんはその顔に気付いてもくれなかった。
全く衰えず、冬真(トウマ)さんは容赦なく私を犯す。
私の脳裏に、不安が走ったの。
今の痛みって、まさか・・・って。
そう思った私は、今まで力が入らなかった体に、知らないうちに力を入れてて。
そして、冬真(トウマ)さんの体を力いっぱい後ろに押してた。
母は強し。っていうけど、まさに、この時の私はそうだったのかもしれない。
冬真(トウマ)さんがくれた愛を守る為に、この時の私は必死だった気がする。
冬真(トウマ)さんを押した私は、自分から必死で、彼の体から抜けて、はうようにしてベッドから降りて、フロアーに座ったの。
お腹が・・・ひどく痛かった。
前かがみになって、うずくまる私に、冬真(トウマ)さんは寄りもしなかった。
私が嫌がって逃げ出したとしか、きっと思っていないんだと思う。
私に触れもしないで、乱れた服を整えた。
 
「逃げ出したのも、嫌がったのも麗美(レミ)だ。
今日はもう、俺の体はいらねぇーって、事だろ?
なら、遠慮なく行かせてもらうから。」
 
そう言いながら、タバコを加えた冬真(トウマ)さんは、火をつけると、1回タバコを吸った。
どうして?
私が、苦しんでる事にも、気付いてくれない。
私が、もっともっと冬真(トウマ)さんがほしいって思った本当の理由も、気付いてくれない。
私の中に存在する大切な命にも・・・気付いてくれないんだね。
その沙織って人が、そんなに大事なの?
そんな想いが私の中に溢れてきて、それはやがて、怒りに変わった。
私は側にあったクッションを手に取ると、それを冬真(トウマ)さんに向かって思いっきり投げた。
 
「あぶねぇーだろ。」
 
と怒る冬真(トウマ)さんに、「なんでわかってくれないの?」と言った私。
「えっ?」と聞き返してきた冬真(トウマ)さんに、私はにらみつけて言ったの。
 
「私が、冬真(トウマ)さんと交じり合いたいのは、体が好きだからじゃない。
冬真(トウマ)さんが好きだからなんだ!って何でわかってくれないの?
行かなきゃいけない冬真(トウマ)さんに、すがって愛をねだるのは、なんで?ってどうして思ってくれないの?
理由(ワケ)があるって、なんで、わかろうとしてくれないの?
なんで・・・。」
 
そこまで口にした時、お腹が信じられないくらい痛くなった。
冬真(トウマ)さんから顔を背けた私は、またうずくまった。
フロアーにひたいがつくくらい、前かがみになった。
その光景に、おかしいと思ったのかな。
 
「麗美(レミ)?どうかしたのか?」
 
そう言って近付いてきた冬真(トウマ)さんに私は、フロアーに顔をつけたまま叫んでた。
 
「来ないでっ!!」
 
って。だって、恐かったから。
赤ちゃんの存在を知った冬真(トウマ)さんが、どんな態度を取るか。
おろせって言われるのが・・・恐かったの。
喜んでくれるなんて、この状況で思えるわけないでしょ。
だから、私は、知られたくないって・・・そう思ったの。
拒絶した私の言葉で、冬真(トウマ)さんの動きが止まった。
 
「私の愛を信じない冬真(トウマ)さんなんて、嫌いよ。
あなたを信じてくれるのが沙織さんなの?
だったら、さっさと、いけばいいじゃない。
いきなさいよ!!」
 
最後は、冬真(トウマ)さんに顔を向けて叫んでた。
本当は心のどこかで、期待していたのかもしれない。
こんな事言っても、冬真(トウマ)さんは私の異変に気付いてくれる。
私を抱きしめてくれて、「悪かった。」っていつもの甘い囁きをくれるって。
そんな夢みたいな、ありもしない期待を、していたのかもしれない。
だって、次の瞬間、冬真(トウマ)さんが起こした行動に私はひどくうちのめされたから。
 
「わかった。」
 
冬真(トウマ)さんはそういうと、そのまま、院長室とつながるドアに向かうと、部屋から出て行った。
いとも簡単に・・・一度も振り返らずに。
そして、律儀に鍵までかけて・・・行ってしまった。
 
「わかってたわよ、行っちゃうことくらい・・・。
わかってたもん。ショックじゃないもん。」
 
そう言って必死で自分に言い聞かせていたけど。
嘘よ。ショックに決まってるじゃない。
私は声を上げて泣いた。
胸にポッカリ開いた穴が、スースーする。
陸(リク)が亡くなった時に感じた寂しさ。
深いブラックホールに落ちた感覚だった。
それを感じた時、私はある事を思い出したの。
天(タカシ)の妊娠を知った時、私は陸(リク)を失った。
そして、翔空(ショウア)の妊娠を知った時、私は今度は冬真(トウマ)さんを失うかと思った。
恐くて恐くてたまらなくて。
だけど、失わなくて幸せをもらった。
でも、今度は・・・。
 
「この子を妊娠したから、冬真(トウマ)さんを失っちゃったのかな?」
 
私は手をそっとお腹に当てた。
当てて、私・・・信じられないことを考えちゃったんだよね。
この子を失えば、冬真(トウマ)さんを失わなくて済むのかな?って。
親として失格な事を私は思ってしまった。
そんな事を思ったりしたから、神様はバツを与えたのかもしれない。
そう思った途端、さっきよりもひどい痛みが私を襲った。
意識がなくなりそうに痛くて、体中から冷や汗が出てくる。
 
「助けて・・・。」
 
そんな言葉しか出なかった。
そして、脳裏には、冬真(トウマ)さんの顔しか浮かばなかった。
あれだけすれ違った冬真(トウマ)さんだったけど、それでも私には彼しかいないから。
私は、彼に助けを求めようと思ったの。
だけど、私の携帯は、はるか遠くのテーブルにある。
とても、そこまではいけない。
 
「どうしよう・・・。」
 
諦めかけたその時、ベッドの上に乗っかっている、あるものが目に止まった。
 
「あれは・・・。」
 
携帯電話だ。
それも、冬真(トウマ)さんがさっきまで持っていた右京さん専用の携帯。
忘れていったんだ。
これに連絡したら、右京さんにつながる。
そしたら、右京さんから冬真(トウマ)さんに伝えてもらって・・・。
でも、そうしたら、冬真(トウマ)さんに赤ちゃんが出来た事が、自分で言えなくなっちゃう。
自分の口から、彼の顔を見て言いたいから。
だから、あの電話は使えない。
だけど・・・。
私はまた、苦しんだ。
躊躇してる暇はないと思った。
早くしなきゃ、この子が死んじゃうって。
だから、私は、目の前の携帯電話をつかんだの。
2回目のコールで電話に出た右京さん。
 
「どうかなさいましたか?」
 
と言った右京さんに、私は必死で言ったの。
 
「右京さん・・・助けて・・・。」
 
私の声に、一瞬戸惑った右京さんだったけど、ピンと来たみたいで、
 
「奥さま!今、どこですか?」
 
と聞いてきてくれて。
私は痛みに耐えながら言ったの。
 
「冬真(トウマ)さんには言わないで。
一人で・・・来て・・・。早く・・・。」
 
そこまでいった私は、手の力がなくなって携帯を手から落としてしまった。
ゴトンと重い音を立てた携帯は、ボタンが床に触れた衝撃で、切れてしまった。
私は、そのままフロアーに倒れた。
 
「頑張って・・・。」
 
そんな事を言いながら私は、お腹を抑えてた。
しばらくして、携帯が鳴った。
何度も何度も携帯が鳴った。
遠のいていた意識が、その音で呼び戻された。
これが鳴るって事は、かけてきてるのは、右京さんだよね。
彼が鳴らしてきてるのは、何で?
そう考えた時、私は思い出したの。
冬真(トウマ)さんが出て行くとき、鍵を閉めてたって。
そして、この部屋は外からの音が聞こえない。
つまり、外でいくら叫んでいても、扉を叩いても、ここにいたら聞こえないの。
もしかしたら、右京さんがそこまできてくれてて、鍵を開けろというために電話をくれてる?
電話に出る余裕はなかった。
それにかけた私は、最後の力を振り絞って、はって扉まで行った。
壁伝いに立ち上がると、鍵を開けた。
開いた音を聞いた訪問者は、すぐに扉を開ける。
私はそのまま後ろに倒れかけたけど、訪問者の力強い腕で抱きしめられた。
 
「奥さま!!」
 
その言葉で、私は右京さんだとわかった。
そして、彼に抱きしめられながら、薄れる意識の中必死で伝えたの。
 
「赤ちゃんを助けて・・・お願い。」
 
って。
 
 
 
 
目覚めた所は、病室だった。
私の腕には、痛み止めの点滴がされてた。
これをしてるって事は、何とか大丈夫だったって事?
ホッとした私は、お腹を優しくなでた。
 
「よく頑張ったね。」
 
お腹の子を褒めた私の耳に、廊下からの声が入り込んできた。
 
「冗談じゃないわよ!どういう事よ、それ!!」
 
この叫び声って・・・七葉(ナナハ)ちゃん??
私は、気になって、腕から点滴を抜くと、ユックリと起き上がり、病室のドアを開けた。
少し離れた場所には、七葉(ナナハ)ちゃんと右京さんがいた。
 
「ですから、冬真(トウマ)さまは今からアメリカへ行かれるので。
私も空港までお送りしなければいけませんから、奥さまの事お願いします。」
 
そう言って頭を下げた右京さんの頭を、七葉(ナナハ)ちゃんは平手打ち。
「痛っ!」と叫ぶ右京さんに、「痛いじゃないわよ!」と叫んだ七葉(ナナハ)ちゃんは、荒れまくる。
 
「アメリカなんて、明日いけばいいでしょ。
それより、さっさと、兄貴連れてきてよ。
今、そんな事、言ってる場合じゃないのよ!!
麗美(レミ)さん、流産しかけたんだよ。
それも、精神的な事でね・・・。
どうせ、兄貴が与えたに決まってるんだから。
兄貴が側にいたら、麗美(レミ)さんも落ち着くだろうし、第一、側にいて支えるのが夫ってもんでしょ。
妻や子供より大切なものなんて、この世にあるわけないじゃない!!」
 
と足をダンダン打ち付けながら、イライラを右京さんにぶつける七葉(ナナハ)ちゃん。
私は、2人の会話を聞いてて、ドキってしたの。
冬真(トウマ)さんがアメリカだなんて、聞いてないよ。
って事は、急に決まったって事でしょ?
つまりそれって、沙織って人が関わってるって事?
たった一人の為に、今からアメリカ?
何者なの?その沙織さんって・・・。
たたずんで考え込む私の耳に、「あっ!兄貴!!」という七葉(ナナハ)ちゃんの声が聞こえた。
私は考えていた頭を中断させて、正面を見た。
さっきとは違う。
スーツ姿に、小さなカバンを持った冬真(トウマ)さんは、こちらに近づいてきてた。
 
「右京、何してる。
さっさと、車だせ。
飛行機の時間まで、あまりないんだぞ。」
 
冬真(トウマ)さんの言葉に、「申し訳ございません。」と謝り頭を下げた右京さんは、七葉(ナナハ)ちゃんにも軽く会釈すると、冬真(トウマ)さんの元へと向かった。
だけど、彼よりも早く七葉(ナナハ)ちゃんが走って、冬真(トウマ)さんの元へと向かった。
 
「ふざけんな!何言ってんのよ、兄貴!
今、それどころじゃないのよ!
麗美(レミ)さんがねぇー・・・。」
 
と言いかけた七葉(ナナハ)ちゃんの肩に右京さんが触れて、彼女の言葉を止めた。
 
「何すんのよ。」
 
と振り返るなり、文句を言った七葉(ナナハ)ちゃんに、右京さんは首を振った。
 
「冬真(トウマ)さまはまだ・・・。
ですから、その事はおっしゃらないで下さい。」
 
「何言ってるのよ。
そんな悠長な事、言ってる場合じゃないのよ!」
 
「ですが、奥さまがご自分の口からお伝えしたいはずです。
ですから、この事は・・・・お願い致します。」
 
そう言って頭を下げた右京さんに、七葉(ナナハ)ちゃんも言葉を返せないでいた。
 
「右京、何の事だ?
麗美(レミ)がどうかしたのか?」
 
そう言った冬真(トウマ)さんに、七葉(ナナハ)ちゃんは軽いタメ息をつくと、私と右京さんの想いをくんでくれた。
 
「さっき、麗美(レミ)さんが倒れたのよ。」
 
七葉(ナナハ)ちゃんの言葉に、「えっ?」と驚いてくれた冬真(トウマ)さんは、七葉(ナナハ)ちゃんに迫る。
 
「それで、麗美(レミ)は?アイツ今どこ?」
 
少し焦った声を出した冬真(トウマ)さんに、「そこで寝てるよ。」と言った七葉(ナナハ)ちゃんは、「心配要らない。」と笑いながらいうと、冬真(トウマ)さんに嘘をついてくれたの。
 
「最近無理してたみたいだから、単なる過労よ。
私がちゃんと、彼女を見てるから。
ちゃんと、守るから。
だから、兄貴はとっととアメリカでもアフリカでもいけ!」
 
そして、冬真(トウマ)さんの胸に右ストレートをプレゼントした。
それを受けた冬真(トウマ)さんは、「アフリカって・・・。」と苦笑いをしながら、「なー。」と言うと、少し真剣な顔を七葉(ナナハ)ちゃんに向けた。
 
「お前が麗美(レミ)を診たって言うのが、ひっかかるんだよ。
だっておかしいだろう。」
 
と突然言った冬真(トウマ)さんは、納得がいかないような笑いをすると、少し鋭い指摘をしてきた。
 
「なんで、過労の麗美(レミ)を、産婦人科医のお前が診てる?
専門外のお前が診てるなんて、どう考えてもおかしいし、納得がいかねぇー。
お前ら、何か隠してないか?」
 
と言ってくるけど、七葉(ナナハ)ちゃんは顔色一つ変えずに、言い返してた。
 
「仕方ないっしょ。私が今日の当直なんだから。
それに、産婦人科医でも、内科も外科もある程度までなら診れる腕がある事くらい、兄貴も知ってんでしょ。
過労くらい診れるわよ。」
 
といって、アッカンベーをした七葉(ナナハ)ちゃん。
その何ともおかしな顔に冬真(トウマ)さんだけじゃなくて、右京さんまでもが笑い出して。
それを見てたら、私も笑って冬真(トウマ)さんに、いってらっしゃいが言える気がしたの。
だから、この雰囲気に便乗しようとして、一歩足を踏み出したんだけど、次の瞬間に聞こえた声で私は、足を止めた。
 
「冬真(トウマ)さん。」
 
初めて聞く甘い声に、一斉にみんながそっちの方角を見た。
そこには、すらっとして、モデル並のプロポーションに、綺麗な顔立ちをした女性がたってた。
年はまだ20代かもしれない。
見るからに綺麗って言葉がピッタリの女性が、冬真(トウマ)さんの元に辿り着くや否や、いきなり、冬真(トウマ)さんに抱きついた。
 
「沙織、どうしてここに?
だめじゃないか。
ちゃんと、病室にいないと。
俺のいう事を、聞いてくれないと、ここでの入院は断るって、さっき言ったよね?」
 
ドクターオワシスの冬真(トウマ)さんの口調だった。
って事は、彼女は患者?
首をかしげる私と違って、七葉(ナナハ)ちゃんは納得がいかなかったみたいで、カニ歩きで、横に移動すると、右京さんに小声で話しかけた。
 
「ちょっと、誰?あの女。」
 
それに答えようとした時、沙織さんは冬真(トウマ)さんに甘い声で話しかけてきた。
 
「だって、看護士さんに聞いたから。
今から、冬真(トウマ)さんが私のために、アメリカに行ってくれるって。
やっぱり、日本に来てよかった。
冬真(トウマ)さんだけが、私をわかってくれるって信じてた。
冬真(トウマ)さんの愛が、ずっとずっとほしかったの。」
 
そして、なんとこの女・・・冬真(トウマ)さんにキスをしたの。
それも、ただのキスじゃないのよ。
ディープなキスを・・・。
 
「ちょっと!!何、あの女ぁー!!」
 
って言いながら、右京さんのネクタイを絞める七葉(ナナハ)ちゃん。
 
「く・・・くるしぃーです・・・。」
 
と顔を真っ赤にさせてギブアップしてる右京さん。
そして、私はと言うと、胸をドキドキさせながら、2人のキスシーンを見てた。
 
「沙織。ここは、アメリカじゃないんだ。
キスは軽々しくするものじゃない。わかったか?」
 
そういって、沙織さんの頭をポンポンなでた冬真(トウマ)さんに、沙織さんは、「軽々しくじゃないわよ。」と笑顔で笑うと、また冬真(トウマ)さんにキスをしてこう言った。
 
「私は冬真(トウマ)さんを愛してるもの。
だから、アメリカから、わざわざここに来たのよ。
冬真(トウマ)さんと一緒になる為にね。」
 
そう言ったあと、なんと沙織さんは、私を見た。
「えっ?」と思わず口にした私に、彼女は勝ち誇ったような笑いをした。
 
「そんな所で、影からこそこそ見てないで、こちらにいらしたら?
奥さまなんでしょ?
それとも、冬真(トウマ)さんに愛されてない名ばかりの奥さまだから、恥ずかしくて出て来れないのかしら?」
 
「沙織?急に、何を言ってるんだ?
一体、誰に話しかけて・・・。」
 
私の存在に気付いていない冬真(トウマ)さんは、沙織さんを見ながらそう言った。
一方、右京さんは、病室から私が出てきていた事にすぐに気付き、七葉(ナナハ)ちゃんの腕を払いのけると、私の元にかけてきてくれた。
 
「奥さま、立たれて大丈夫なんですか?」
 
小声でそう言って気にしてくれた右京さんに、私は笑顔を送った。
 
「ええ。大丈夫。ありがとう。」
 
そう答えた私は、右京さんに腕を借りながら、ユックリと歩いて、彼らの前に向かった。
 
「麗美(レミ)・・・具合、大丈夫なのか?」
 
抱きついている沙織さんを自分の体から離してそう言った冬真(トウマ)さんは、私の方に一歩踏み込んできた。
その彼の体を、また一歩後退させたのが沙織さん。
 
「冬真(トウマ)さん、今から、アメリカに行ってくれるのよね?
早くしないと飛行機出ちゃうわよ。」
 
そう言いながら、これみよがしに、冬真(トウマ)さんの腕にベッタリとくっつく沙織さん。
私は、ムカつきよりも、今はこの場を早く離れたかった。
冬真(トウマ)さんが合意の上じゃないにしても、やっぱり、自分の愛する夫が他の女とキスしてるシーンを見てダメージを得ない人っていないよね。
精神的にやられた私は、早く体も精神も休める場所に行きたかったの。
でないと、せっかく助けてもらった命が、またおかしくなっちゃいそうで恐かったから。
早くこの場をスムーズに去るためにも。
赤ちゃんを守る為にも。
私は気持ちを穏やかにしようと必死で抑えた。
 
「彼女の言う通りよ。
私の事なんて気にしないで。
それより、早く、空港にいかなきゃ。
気をつけて、いってきてね。」
 
そう口にしながら、私の瞳は、彼に訴えてた。
言葉とは違う事を・・・。
行かないで。側にいて。
私たちの大事な命が消えそうなの。
一人じゃ恐くて恐くてたまらないよ。
どこにも行かないで。ここにいて。
今すぐ、抱きしめてよ。
本当に言いたかった言葉はこれだった。
でも、言えない・・・言っちゃいけないから。
私は、必死で堪えたの。
 
「奥さんもこう言ってるんだから、ほら、早く!
冬真(トウマ)さん、行ってよ!
病院の出口まで送るから。」
 
そう言って沙織さんは、冬真(トウマ)さんの腕をひっぱると、彼を強引に後ろに振り向かせた。
 
「行こう!」
 
そして、何歩か強引に冬真(トウマ)さんを引っ張って歩かせたんだけど、冬真(トウマ)さんは急に足を止めた。
 
「どうしたの?」
 
と驚きの瞳で見た沙織さんには答えずに、冬真(トウマ)さんは後ろを振り返り私を見た。
 
「麗美(レミ)、お前、本当に過労か?
さっきも、お前・・・おかしかったよな?
痛みに耐えてる感じがしたし・・・。
それにお前、俺に何かいいたい事があったんだろ?
あれは、一体、なんだったんだ?」
 
そのあと、冬真(トウマ)さんは、言葉をのんだ。
そして、数秒後口を開いた彼は、こう言った。
 
「麗美(レミ)・・・どうした?」
 
そりゃ、驚くよね?
だって、私、下を向いて泣いちゃったんだもん。
感情的になっちゃいけない。
絶対にならないんだ。って決めたのに。
ダメだったよ・・・。
だって、冬真(トウマ)さんが、私の事を気にしてくれるから。
優しい言葉をかけてくれるから。
いつもの冬真(トウマ)さんに戻ってたから。
私の心の叫びがあるって気付いてくれたから。
涙が出ちゃうに決まってるでしょ。
必死でピンと張っていた私の糸が、次々に切れていくみたいだった。
ドンドン弱い自分が出てきて、冬真(トウマ)さんにすがりそうになる。
本当の事を言い出しそうになった。
だけど、ダメ。
私は必死で自分に言い聞かせた。
彼がこの時間からアメリカにじきじきに行くなんて、理由は一つしかない。
それは、沙織さんが手術するって事よね?
そして、その執刀は冬真(トウマ)さんになるんだ。
だから、彼が、向こうへ状況を把握する為にいくのよね?
だって、さっきのを聞く限り、沙織さんはアメリカで冬真(トウマ)さんと知り合ったぽいから。
沙織さんの・・・人の命がかかってる事だから。
私は邪魔しちゃいけない。
それは、医者である冬真(トウマ)さんの妻であるからと、自分自身も医者だから。
だから、私は、今の自分の気持ちを伝えて、冬真(トウマ)さんをつなぎとめちゃいけないって思ったの。
両手で口を抑えて、必死で言いたい気持ちを押さえ込もうとしたの。
耐えて耐えて・・・。
だけど、膨れ上がった気持ちはそう簡単には鎮まなくて、どうしようもなくなった。
たまらず、私は、冬真(トウマ)さんに言っちゃった。
 
「早く・・・行って。」
 
って。彼をこの場から追い出すしかないと思ったの。
だけど、冬真(トウマ)さんは私に背を向けて進むどころか、こちらに向かってきて・・・。
予想外の行動に出た。
私は、あまりの出来事に驚いて、顔をユックリと上げた。
目の前には、高そうなスーツの布があった。
 
「どう・・・して?」
 
戸惑いながらボソボソと口にした私を、冬真(トウマ)さんはさらに強く抱きしめた。
そして、私の髪を優しくいつもの手つきでなでてくれた。
 
「さぁー、どうしてかな?」
 
と少し笑いながら言った冬真(トウマ)さんは、顔を私のすぐ側に移動させてくると、私をすごく優しい瞳で見つめた。
 
「わかんないけど・・・麗美(レミ)を抱きしめたくなったんだ。
お前が、どこかに行っちゃうような気がして・・・。」
 
そう言ったあと、冬真(トウマ)さんは私の頬に触れて、涙をぬぐってくれた。
 
「それと、麗美(レミ)、今俺に言っただろ?」
 
それにはもちろん、「えっ?何を?」って言っちゃう私。
だって、私、何か言った??
キョトンとする私の顔を見て、冬真(トウマ)さんはおかしそうに笑うと、私の頬から手を離した。
 
「強く抱きしめてって。
安心をちょうだいって。
お前、俺に目で訴えてただろ?
だから、俺は麗美(レミ)を抱きしめたんだ。」
 
そう言った冬真(トウマ)さんは、もう一度私を自分の胸にくっつけた。
冬真(トウマ)さんの心臓の音を聞いていると、いつもの私たちに戻れた気がした。
さっき起った出来事が嘘のように感じられた。
冬真(トウマ)さんの存在を感じられた私は、完全復活!
私の体いっぱいに存在していた色んな不安は、忽然(コツゼン)と消えていた。
私は、冬真(トウマ)さんの体からユックリと離れた。
 
「ありがとう。心が落ち着いた。
もう平気よ。それより、早く行って。」
 
そう言って彼の体を少し後ろに押した私に、彼はまだ何かを言いたそうだったけど、沙織さんに阻止された。
 
「ほら、早く早く。」
 
強引に連れて行かれた冬真(トウマ)さんの姿を私は、落ち着いた顔で見てた。
 
「それでは、わたくしも失礼いたします。」
 
と頭を下げた右京さんは、急ぎ足で前を歩く冬真(トウマ)さんと沙織さんを追いかけた。
 



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