見慣れた道を、由梨華(ユリカ)と共に歩く。
いつもは、うるさいくらいお互いがしゃべって歩く道だけど、今日はお互い無言。
由梨華(ユリカ)は、さっきの私の涙が気になってしかたないんだと思う。
聞きたいけど、聞けないみたいな・・・。
そして、私はというと、頭の中は、あの大嫌いな男、葛城 陸(カツラギ リク)に、怒り爆発。
後輩の目の前で、平気でキスする軽率な態度!
っていうか、何より、キスを好きでもない女と平気でやっているアイツが許せない!!
彼は、ホントに・・・非常識男なのよ!
だってね、なんと彼は、保健師にまで、手を出した。
私がまだ入学する前だったから、彼が1年生の時の話なんだけど、若い綺麗な先生が保健師だったらしくてね。
彼が、強引に先生にせまって、最後は半分犯した状態で、先生とやったらしいの。
しかも、放課後の保健室でね。
それを、見回りの警備の人にみつかっちゃって、即停学。
本当は、退学ものなんだけど、入学試験が、一番の成績だったらしくて、退学は校長が踏みとどまったらしい。
それで、保健師の先生は、その事件以来、学校を辞めて、教師も辞めたとか。
私が入学する前の出来事なのに、どうして、こんなに詳しく知っているか・・・不思議でしょ?
もちろん、私の力じゃないよ!
由梨華(ユリカ)の力!
彼女は、入学式の日に、構内を歩くアイツを見て、一目ぼれしたんだって。
まっ・・・わからなくはないけどね。
確かに、目を引くくらいのパーフェクトなスタイルに、端正な顔立ちときたら、インパクトはあるだろうし、憧れるのもわかる。
それで、彼女は放送部の先輩とかに聞きまくって、アイツの情報を集めたってわけ。
アイツは、自分の成績がいいから、校長たちが手を出せないのをいい事に、好き放題なんだよ!
授業は出てこないは、学校に来ても平気で昼から来る。
その上、教室にはいかずに、屋上に居座る。
それでも、試験には、必ず来て、それを受けて、常に2〜4位をキープしてるんだよね。
ホント、人生なめてんの?って言いたくない?
私なんて、必死で授業受けて、テスト勉強もしてるっていうのに、いつも真ん中で、150番くらいなのにさ。
神様は、ホント、ひどいよ!と嘆いてしまう。
そんな事を思ったら、つい「はぁー。」とため息を付いちゃった私。
それには、今まで黙っていた由梨華(ユリカ)が口を開く。
「麗美(レミ)。陸(リク)先輩に言われたこと、気にしてるの?」
そう言われて、「えっ?」と言って彼女を見る。
「アイツの・・・言った事?」
なんて、マヌケ面で首をかしげる私に、「えっ?違うの?」と由梨華(ユリカ)も驚く。
「もしかして、今のため息、私がショック受けてると思って心配してくれたの?」
と聞く私に由梨華(ユリカ)は、「うん。」とうなずいた。
それには、私は両手を振って、「ないない。」と笑いながらいう。
「ショックなんて、受けるわけないじゃない!
由梨華(ユリカ)には悪いけど、私は、アイツが大大大嫌いなの!
だから、アイツも私が、嫌いでせいせいしてるんだからっ!
万々歳よ!!」
私はそういったあとに、「ただ、悔しいだけ。」というと、あからさまに「くっそー!!」って顔をして、右手で握りこぶしを作った。
「悔しいって?」
と聞く由梨華(ユリカ)に私は、「だってさー。」と言うと、口をとがらせる。
「私が、『世界一嫌い』って・・・冗談じゃないわよ!
アイツに、そんなに気嫌いされる事、私してない・・・。」
『んだから!』って胸を張っていうつもりだった。
だったんだけど・・・言えない事に気付いた。
そうだ!私は、アイツに、嫌われるようなことはしてないけど、目の前にいる由梨華(ユリカ)に対しては、裏切った事をしたかもしれない。
私は、握っていたコブシを解くと、由梨華(ユリカ)を見た。
「由梨華(ユリカ)。ちょっと・・・言っておきたいことがあるんだけど・・・。」
と重い口を開く私だけど、由梨華(ユリカ)は、「ん?何?」ととても優しい笑顔で聞いてくる。
そんな顔しないでよ!
ますますいいにくくなるじゃない!
って、心で叫んで黙って悩んでいる私に、由梨華(ユリカ)は「いいよ。」と答えた。
いいよ?それ、どういうこと?
さっぱり意味がわからない私は、戸惑いながら、
「それ・・・どういう事?」
と彼女に聞いた。
すると、由梨華(ユリカ)はニッコリ笑うと、「私、知ってた。」と言って、さらに驚く事実を言った。
「陸(リク)先輩はいつも、学校に来るとすぐに、屋上に行くって知ってた。
そして、昼休みは、麗美(レミ)が屋上でお弁当食べてるのもね。
二人は逢ってるんだろうな。って思ってた。」
それには、もちろん、「そう・・・だったの?」と驚いて、しどろもどろになりながら口を開いた私。
その私の姿が面白かったのか、由梨華(ユリカ)は「クス。」と笑うと、
「知ってて、私だって知らない顔してたんだから。お互い様よ。」
なんていってくれる。
でも、知っていたならどうして、言ってくれなかったの?
だって、由梨華(ユリカ)が憧れてるアイツだよ!
普通、頼んでくるでしょ?
話す段取りを取ってくれとか・・・。
「どうして、何も言わなかったの?」
とたまらず彼女に聞く私に、彼女は「だって。」というと、理由を言った。
「麗美(レミ)が、屋上に行く『本当の理由』、私知ってたから。」
「ほんとうの・・・りゆう?」
すると、由梨華(ユリカ)は「うん。」とうなずくと、
「家がゴタゴタしてる麗美(レミ)にとっての、唯一の安らぎの場だったでしょ?
そこに、たまたま陸(リク)先輩がいて。
だから、心から陸(リク)先輩を嫌っている麗美(レミ)としては、本当は、そこへは行きたくなかったはずよね?
それでも、屋上に行ったのは、先輩に逢う為じゃなくて、『あの安らぎの場所』を求めたから。
私が、もし陸(リク)先輩が屋上にいる事を麗美(レミ)に聞いたら、麗美(レミ))は認めて、私にも来るように言ったでしょ?
私は、麗美(レミ)にとっての唯一の安らぎの場所を奪いたくなかったんだ。
私が、そこに入って、麗美(レミ)に気を使わせたくなかったから。」
由梨華(ユリカ)はそういうと、両手をくんで、「う〜ん。」といいながら、空に向かって背伸びをして、背筋を伸ばした。
「それに、私、陸(リク)先輩が好きだけど、『憧れ』だから。
恋愛対象には、恐れ多くて、考えられないな。
どっちかといえば・・・匠(タクミ)先輩の方が、彼氏にしたいかも!」
もちろん、それには、「だめぇー!!」と叫んで、由梨華(ユリカ)の体を両手で押し飛ばす。
「うわぁー!!」と叫んで、由梨華(ユリカ)は横に吹っ飛んだ。
「もう!本気にしないでよ!!」
って、由梨華(ユリカ)は怒るけど、
「しないでよ。じゃないよ!!
匠(タクミ)先輩は私の憧れの人なんだから、取らないでよね!」
といって、アッカンベーをする私。
それを笑いながら見ていた由梨華(ユリカ)は、「でもさー。」というと、ちょっと真剣な顔をした。
バカづらな顔をしていた私は、まだその顔のまま、「なによ!」と由梨華(ユリカ)にいっちゃう。
そんな私におかまいなしで、由梨華(ユリカ)は言った。
「トラウマ・・・消えた?」
って。
それには、「へっ?」とさらに顔が崩れてしまった。
トラウマって・・・あれでしょ?
昔の事が、脳の片隅に居座っていて、それが原因で拒否したりするってやつ。
消えたって・・・私にトラウマがあるって事?
私、そんなのないよ!!
私は、首を振りながら、思いっきり否定した。
「私、そんなのないよ!!」
って。
でも、由梨華(ユリカ)はそんな私を見て、落ち着いた口調でこう言った。
「やっぱり、気付いてなかったんだ・・・。」
それには、「えっ?」と聞いてしまう。
「それ・・・どういう事?」
すると、由梨華(ユリカ)は教えてくれた。
「麗美(レミ)さー、お母さんが麗美(レミ)とお父さんを裏切って、他に男の人がいるんだ。って知った時から、男の人が怖くなったでしょ?
男の人が。っていうよりは、男の人と深く関わる事が怖くなった。
その人と深く関わって、自分もお母さんのように、のめりこんでしまったら、いろんな人を裏切ってその人を選んでしまう。
自分が、誰よりも、嫌って軽蔑して、そしてうらんでいるお母さんと同じ人間になりそうで、恐いんじゃないの?
だから、この間も、B組の子に告白されてたけど、断ったんでしょ?」
確かに・・・。
そう指摘されたら、何も反論できなかった。
だって、彼女の言ってる事は、あってる。
現に私は、アイツにキスをされて、そう思ったんだもん!
彼を受け入れてしまったら、彼に感心がある由梨華(ユリカ)を裏切ってしまう。
そしたら、私は母親と一緒になってしまう。って・・・。
黙る私に由梨華(ユリカ)は続ける。
「麗美(レミ)が、匠(タクミ)先輩をかっこいいとか、理想だとか言ってるのは、『恋愛対象』じゃないでしょ?
そういう思いじゃないはずだよ。
見てたらわかるもん!
私が、陸(リク)先輩を見てる目と一緒だから。
私ね、正直いうと、麗美(レミ)が陸(リク)先輩と逢っているのに、気付かないフリしてたのは、陸(リク)先輩なら、麗美(レミ)を助けてくれるような気がしたんだ。」
もちろん、それには、「はぁ?」と言って、口は開いたまんま。
顎がはずれるかと思うくらい、思いっきり開いちゃいました。
私のトラウマを、よりにもよって、アイツが治すって?
何も言い返せない私に、「そんなに驚かないでよ!」と由梨華(ユリカ)は笑いながらいうと、私の開いたままの顎を、
「いい加減、閉じなさい!
よだれが出るよ!!」
と冗談っぽくいいながら、軽く叩いた。
私は、一回口を閉じて、唾液を整えて・・・また、口を開けた。
「だから、もう、いいって!!」
と大ウケの由梨華(ユリカ)は、ケラケラと笑いながら、「あー、お腹痛い。」なんて言って、涙で濡れた目を拭いながら続けた。
「でも、陸(リク)先輩でも、ダメだったみたいだね。
ちょっと、残念だったかな。」
というと、「仕方ない!私が治してやるよ!」なんて、由梨華(ユリカ)はいうと、
「麗美(レミ)ちゃ〜ん、僕とお茶しない?」
といいながら、私の肩に腕をかけてくる。
それには、もちろん、「変態めっ!!」と言って腕を払う。
私の態度に、さらに大笑いする由梨華(ユリカ)を見ていると・・・私も笑っちゃった。
こんなに私の事を理解してくれいる友達がいるなんて、私はすごく幸せだと思った。
男なんていらない!
トラウマなんて、どうでもいい!
私の事を知ってくれている友達が・・・由梨華(ユリカ)がいてくれたら、私は前に進める。
そんな気がして、私はさっきまで、しょげていた事が、とてもちっぽけに思えた。
それと同時に、アイツの事も、もうどうでもよく思えてきた。
私は、アイツが嫌いなんだ。
頭では、そう思っていても、心はずっとモヤモヤしてた。
アイツは、どうして私にキスをしたのか。
どうして、私に世界一嫌いだと言ったのか。
由梨華(ユリカ)に黙っていたから?
でも、彼が私を好きだなんて、今まで思った事もなかったわけで、改めて嫌いだと言われなくても、わかってるって!
それを、わざわざ言ったのって・・・なんだろう?って。
でも、そういう事も、もうどうでもいいやって思ったの。
私は、アイツが嫌い。
なら、アイツがどう思おうと、何を言おうと関係ないじゃない!って。
嫌いな人の事で、思い悩んでいるより、大好きな由梨華(ユリカ)と、こうやって笑ってる方が楽しいに決まってる。
私は、そんな当たり前で、簡単な事に、改めて気付かされた。
「よし!由梨華(ユリカ)に心配かけたお詫びに、私がおごっちゃう!!」
という私に、由梨華(ユリカ)は、「えっ?マジ?」というと、「やったぁー!!」と大喜び。
「じゃ、いつもの所へいきますかー!!」
とノリノリの由梨華(ユリカ)に、「おー!!」と言って手を上げた私。
次の瞬間、私の携帯が鳴った。
「どうせ、お母さんだよ。
残業で遅くなるか、デートで遅くなるかだと思う。ちょっと、待ってね。」
私はそういって、由梨華(ユリカ)に一言断ると、電話に出た。
「もしもし?」
「あっ?麗美(レミ)?今、どこ?」
電話の向こうは、ザワザワとしていた。
電波もとても悪くて、プツプツと切れる。
いったい、お母さんはどこから、かけてきてるの?
「今、由梨華(ユリカ)といるの。
今から、ちょっとお茶して帰るんだけど、何?
帰り遅くなるの?」
だけど、お母さんは、「だったら、すぐにこっちに来てよ。」と言う。
「こっちって・・・今、会社でしょ?」
っていうけど、お母さんは、一方的に「住所言うから。」と言って、聞いた事もない住所をスラスラと言い出した。
「ち・・・ちょっと、待ってよ!!」
私は、急いで、スケジュール帳をカバンから出すと、それに、お母さんが言った住所をメモした。
「ここって、何なの?」
って聞いてみるけど、「じゃ、待ってるからね。」と言って、切られてしまった。
「ちょっと、待って!お母さん?お母さんってば!!」
そして、ツーツーという携帯を耳から離して、携帯をジッと見て愚痴る。
「もうっ!いつも、勝手なんだからっ!」
って。
側にいた由梨華(ユリカ)は、察しがついたようで、
「お茶は今度にしよう。」
というと、私のメモを横からのぞいた。
「ここ・・・何なの?」
だけど、「そんなのこっちが、聞きたいよ!」と由梨華(ユリカ)に当たっちゃう私。
そんなのは無視して、由梨華(ユリカ)はそのメモを見て、ブツブツいう。
「・・・8丁目・・・113?
これ・・・どっかで、見たような・・・。」
そして、少し考えて・・・。
「あっ!」
と言って私を見る。
その驚きぶりに、私は「な・・・に?」と由梨華(ユリカ)に聞いてしまうけど、由梨華(ユリカ)ったら、次の瞬間・・・笑い出した。
「なんなのよぉー!!」
って、聞くけど、由梨華(ユリカ)ったら、
「世間って、ホント、狭いよねー!」
なんて、わけがわからないことを言ってる。
「はぁ?」
と呆れる私に由梨華(ユリカ)は、笑いながら私の肩をポンと叩くとこう言った。
「私は、麗美(レミ)の幸せを祈ってるからね。
心に正直でいる事!
これは、忘れないでよ!!」
そしてまた、「あー、おかしい。」といって大笑い。
わけがわからない私は、「もういいよ。」と少し怒って、「じゃ、またねぇー。」と言って、由梨華(ユリカ)に手を振って・・・。
「由梨華(ユリカ)のバーカ!!」
とまたアッカンベーをする。
それには、由梨華(ユリカ)は、「そのうちわかるって。」と言って「ベー。」をして私に返してくる。
由梨華(ユリカ)の言っている意味は、さっぱりわかんないけど・・・。
まっ、こうやって、わけわかんなくても、バカできて許し合えるのも由梨華(ユリカ)だけだから、いっかー。と思った私は、
「じゃぁね。」
と彼女に声をかけて、手を振ると、彼女の「バイバーイ。」の声を背中で聞きながら、母の言う場所へと向かった。
「確か・・・この辺だよ・・・ね?」
お店か何かかと思っていたら・・・思いっきり住宅街なんだけど。
さらに、何か、綺麗な一軒家ばっかり。
あれぇ?間違えたかな?
仕方なく私は、カバンから携帯を取り出す。
そして、母に電話をして聞こうとした時だった。
「麗美(レミ)―!!」
急に声がして、私は携帯から目を離し、声がした前方へと目を移す。
数メートル先には、引っ越し屋さんの、トラックが停めてあった。
その隙間から、母が私に声をかけていた。
「お母さん!!」
と叫びながら、私は母の元へと走った。
でも、母が立っている場所って・・・思いっきり人の家なんだけど。
「何してんの?」
と言うと、「引っ越し!」と言う。
「ひ・・・っこ・・・し?」
耳を疑う私に母は、「昨日言ったでしょ!」とちょっと怒る。
そういえば、今日荷物を運ぶとかどうとか言ってたっけ?
でも、それは、お母さんが結婚する人の所に行くだけであって、私には関係ないもん!
お母さんは、結局私の事も考えてくれて、恋人との結婚は、すぐにはしないといって、未だに籍は入れてなかった。
でも、半同棲みたいだったけどね。
家にはあまり帰ってこなくて、私はほとんど一人であの家にいた。
けど、『ある夜』だけは、どんなに急ぎの仕事があっても、出張で地方に行っていても、絶対に戻ってきてくれた。
それは、雷!
私は、雷が大嫌いなんだ。
幼い頃、雷が公園の大木に落ちて、木が燃え盛るのを、部屋の窓から見ていた私は、それから、雷が恐くなってしまった。
本当に、弱いゴロゴロって音でも、ガタガタと震えて泣き叫んでしまう。
いつも、お母さんに抱きしめてもらってた。
そういう優しいお母さんを私は、好きだった。
でも、お父さんと私を裏切ったのは事実。
だから、私はお母さんには、付いていきたくなくて、反発してんだけど、お母さんは絶対に私を引き取る事を譲らなかったし、お父さんもなぜか、お母さんの意見をすんなり聞いた。
私からいえば、お母さんは弱い立場で、お父さんの方が裏切られたんだから、強く言えるじゃない?
私が、お父さんと居たい。って言ってるんだから、引き取ってくれてもいいのに、お父さんは「ごめんな。」と言って、私をお母さんに渡した。
だから、私はお父さんにも捨てられたって・・・本当は思ってる。
もう、親なんていらない。
自分ひとりで生きてやるんだ!ってそう思ったの。
だから、お母さんが今付き合ってる人と籍を入れる。って聞いた時も、ひとごとのように思っていたのに・・・。
「もしかして、私も?」
それには、「当たり前じゃない!」と母は胸を張って言う。
もちろん、
「冗談じゃないわよ!!」
と絶叫する。
たとえ、新しい父親といっても・・・他人だよ!
そんな人と、一緒に住めるわけないじゃない。
私は、首を振って、「信じられない。」とつぶやくと、母を見た。
「私は、今まで通り、あの家で住むから。」
でも、母は「無理よ。」というと、過酷な現実を告げた。
「あの家は売ったの。
今日から他の人の物なのよ。」
「えっ?」
あまりにショックで私は持っていたカバンを、下に落としてしまった。
「麗美(レミ)?」
と母は驚く。
でも、私からしたら、驚くのはお母さんにだよ。
あの家には、思い出がいっぱいつまってるのに!
どうして、簡単に売っちゃうのよ!
どうして、私に一言もなしに、売っちゃうのよ!!
「お母さんなんて、嫌いよ!」
と叫んで、振り返り、走り出した私の顔に、人の胸がぶつかった。
「うわっ!」
とその人は驚き、そして私は、「ブフッ。」と声をあげた。
私はその人から離れてすぐに、「すみません。」と謝った。
「いや。大丈夫。」
顔を上げた私に、目の前の人は、そういうととても優しく微笑んだ。
年は、30代後半から40代前半って感じのとても品のある男性で、背は高くて、なかなかスタイルもよかった。
顔は・・・。
私は、たまらず「ん?」と言ってしまう。
この人・・・いや、この顔。
どっかで、見たことあるような・・・。
誰かに似てる気がするんだよね。
えぇー!!誰だっけ!!
じっとその人の顔を見てると・・・なんか胸がムカムカしてきた。
私・・・腹立ってる?
なんで、この人の顔を見て、ムカっ腹立ってるわけ??
自分の中で何かを知らせるこのサイレンが・・・余計私をイライラさせた。
一体・・・誰??
「誠(マコト)さん!」
私の目の前にいるその男の人に向かって、母はそういうと、私たちに近付いてきた。
その『誠さん』と呼ばれた人は、近付いてきた母に、「はい。」と言って持っていたスーパーの袋を差し出した。
「頼まれていた調味料、買ってきたよ。」
「あっ!・・・ありがとう。」
と言った母の声のトーンで、私は悟った。
この人が、お母さんと結婚する人なんだって。
「あの・・・。」
という私に、その誠さんはまた私にニッコリ笑うと、
「外で立ち話もなんだから、中へどうぞ。
住む、住まないは、ジックリ話し合おう。
どうしても、嫌なら、知り合いに不動産屋がいるから、マンションでもなんでも借りてあげるよ。」
その言葉に、「誠さん!!」と母は、少し声を上げると、誠さんの腕をつかんだ。
そんな母の手に、誠さんは優しく触れると、「例え話だから、そう熱くならなくていいって。」と優しくいうと、「あっ!そうそう。」と何かを思い出したように、私を見た。
「自己紹介が遅れて悪かったね。
僕は、お母さんとおつきあいしている・・・。」
誠さんがそういった時だった。
家から、引っ越し屋さんの服を着た男の人が、一人出てきた。
「すみませーん。荷物の配置を見てほしいんですけど。」
それには、「はい!今行きます。」と誠さんはいうと、
「自己紹介はあとでね。」
と笑って、家へと入って行った。
「じゃ、麗美(レミ)。あなたも、中に入って。」
母に言われて私は、「入るだけだからね。住まないよ。」と念をおして、母に付いて家の門に近付いた。
「そういえば、誠さんには2人の男の子がいてね。
双子なんだけど、麗美(レミ)より1コ先輩で、しかも、同じ『相都東高(アイヅヒガシコウ)』なのよ。
もしかしたら、逢った事あるかもね。
あっ、でも学年が違うから、知らないかな?」
それには、「えっ?」とお母さんを見てしまう。
私の1つ先輩で、双子。
そして、同じ高校って・・・。
確か、3年生には、双子って・・・『彼ら』しかいなかったような・・・。
なんか・・・嫌な予感がしてきたんだけど・・・。
門の前で立ち止まり、躊躇してしまう私に、
「麗美(レミ)、どうしたの?」
と母は不思議そうに聞いてくる。
「う・・・ん。」と気のない返事をして、私は恐々一歩を踏み出した時。
フッと右横にある表札を見た。
「うわぁー!!」
って、叫んで後ずさり。
だって!だって!だぁーってぇー!!
表札・・・・表札がぁー!!
表札に指をさして、口をパクパクしている私に、母は驚いて私の元へと来る。
「ちょっと、麗美(レミ)!どうしたのよ!麗美(レミ)?」
私は答えられなかった。
ホント・・・放心状態だよ!
ただ呆然としている私。
その時だった。
「人ん家まで、来やがって!
嫌がらせのつもりかよ!」
この声・・・。
私は、そーっと振り返って・・・。
うわぁー!!
と心で叫んだ。
出たよぉー!!恐れていた顔が!!
でも、今こうして、アイツの顔を見ると、さっきの自分の中に芽生えていた思いに納得させられた。
さっき、『誠さん』を見た時に、なぜが腹が立ったのは・・・コイツ!
目の前のコイツに、似てるからだったんだ!!
一見、クールそうに見える顔立ちが・・・似てる。
っていうか・・・さすが親子!
そっくり!!
間違いなく・・・コイツがお母さんの結婚相手の息子と理解した私は、たまらず顔をしかめて目をつぶる。
見たくない。
目の前にいる人を・・・見たくない!
でも、その態度が、余計に彼の怒りを買ったようで・・・。
「お前っ!なめてんのか!!」
と私の腕をつかんだ彼に、「陸(リク)!やめろ!」と叫ぶ声が。
その声に、私はつぶっていた目を開けた。
そして、声のした方に目を移した。
玄関のドアを開けて立っているその人は、私の憧れの人だった。
「匠(タクミ)くん!」
と言ったのは母。
すると、匠(タクミ)さんは、母をみて、
「真美(マミ)さん。父が呼んでます。
麗美(レミ)さんは、僕が中に案内しますから、父の所へ行って下さい。」
そういって、ドアを思いっきりあけて、母を中へと入れた。
「そう?じゃ、お願いね。」
母はそういうと、中へと入っていく。
匠(タクミ)さんは、そのままの状態で私を見た。
「君・・・あの時のノートの子だよね?」
覚えていてくれた事に、有頂天になった私は、感激のあまり声なんて出なくて、ただ首を縦にブンブンと振った。
そのしぐさに、匠(タクミ)さんは、「クス。」と優しく笑うと、
「君が妹になるなんて、うれしいよ。
どうぞ、入って。」
と言ってくれる。
でも、ちょっと・・・胸にグサっときた。
そうだよね・・・。
私と匠(タクミ)さんって、兄妹になるんだよね。
憧れの先輩と、お近づきになれる人生最大のチャンスが来たかと思えば、次の瞬間に、失恋決定だもんね。
ホント神様は・・・ひどいよ。
「ハァー。」
とため息を付きながら、肩を落とす私に、「どうかした?」と匠(タクミ)さんは聞いてくれるけど・・・。
言えるわけないじゃない。
「いえ・・・。」
と首をふる私に、アイツは私の横を通り過ぎながら、
「失恋、おめでとー!!」
と小声でボソっとつぶやいた。
それには、下げていた顔を上げて、アイツをにらむ。
私の視線に気付いた彼は、振り返って私を見ると、嫌味な笑いをした。
ムッカー!!なんなの!この男は!!
怒りがマックスになった私は、もちろんお得意技である投げ技を披露!
持っていたカバンを、アイツの背中に思いっきり投げた。
「いってぇーな!!」
と叫びながら、「なんなんだよ!!」と、こっちに完全に振り返っていうアイツに、私は叫んだ。
「ホント、アンタ、救いようがないくらいサイテーだよ!
アンタなんかと、一緒になんて、住みたくない!!
私、帰る!!」
そして、カバンを拾って、門を出ようとした私の腕をアイツがつかんだ。
「もう、なんなのよ!離してよ!!」
って叫んで、振り払おうとするけど・・・無理。
ムカムカしてきた私は、アイツを思いっきり、にらんだ。
ただ、にらむだけで、私は何も言わなかった。
もう言うだけ、バカバカしいというか、口を開いただけ、余計に腹が立つんだもん!
もう、相手にもしたくなくて、私は口を開くにもうんざりで、ただただアイツを冷ややかな軽蔑の目で見た。
そんな私にアイツは、なんと、「なんだよ。」って言ったんだよ。
何だよって・・・。
何で、私が聞かれなきゃなんないのよ!
意味不明な態度というか、喧嘩をふっかけてきてるのは、そっちじゃない!!
聞きたいのは、こっちだって!!
何で、イチイチ、アイツに私が、グチグチ言われたり腕つかまれたりしなきゃなんないのよ!!
と思いながらも・・・私は口を閉じたままでいた。
「なんか、言えよ。
お前の嫌がる姿。
俺を嫌いだという、お前の言葉を聞いてると、すっげぇー、ゾクゾクするんだよ。」
それには、「はぁ?」といっちゃう。
何言ってんのコイツ?
サディスト?
それとも・・・ただのバカ??
っていうか・・・何考えてんのよ、コイツ!
信じられない!!
私は呆れて言葉も出なかった。
ただ、さっきよりも、さらに冷たいまなざしで、彼を見た。
私の視線に彼は、「それそれ。」というと、口元をゆるませ、ニヒルな笑いをした。
そして、今度は私の顔に手で触れようとするけど、私は今日の昼の事を思い出して、せまってくる彼の手を叩いた。
「今度私に触れたら、大声で叫ぶから!」
と脅迫まがいな事を言う私だけど、アイツは笑いながら、「触れてるだろ?」と言う。
そんなのわかってるわよ!
腕、つかまれてる事ぐらい!
これはいくら頑張っても、取れないからもういいのよ!
それより、私が言ってるのは、それじゃなくて、別の事。
『今度私に触れたら』は、『今度私にキスしたら』って意味だって、わかれよ!
って思いながら彼を見ると・・・。
くぅー!!腹立つぅー!!
思わず私はつかまれてない方の手で、握りこぶしを作った。
だって、アイツったら・・・笑ってるんだもん!
人を小バカにしたような笑い。
私のいいたい事を、ちゃんと理解した上で、とぼけてる!!
完全に私を、からかって、いじって、遊んでるアイツに、私は完璧キレかけた、その時、
「いい加減にしろよ!」
と言いながら、アイツがつかんでいる手に触れる匠(タクミ)さん。
「お前と、麗美(レミ)ちゃんとの間に何があったか知らないけど、お前どうかしてるぞ!」
匠(タクミ)さんの言葉に、「どうかしてる・・・か。」とアイツは言いながら鼻で笑うと、私の腕をつかんでいた手を放した。
「大丈夫?」
と心配そうに私を見てくれる匠(タクミ)さんに、「はい。」と私は少しかわいく答えた。
それには、「やってらんねぇー。」とアイツは言うと、歩き出す。
そして、匠(タクミ)さんの横を通る時、彼の肩をポンと叩くと、
「『恋愛ごっこ』の相手してやれよ。」
アイツの言葉に「えっ?」と振り返る匠(タクミ)さん。
そして、アイツは今度は私を見た。
「お前も、せいぜい『恋愛ごっこ』を楽しむんだな。」
と言った。
そのあと、アイツはいつもの顔になる。
由梨華(ユリカ)たちが、かっこいいという外面(ソトヅラ)の顔になったアイツは私に言った。
「俺になぐさめてほしくなれば、いつでもこいよ。
『兄貴』として、優しく包んでやるからさ。」
アイツはそういうと、ニッコリと笑った。
正直・・・気持ち悪いと思った。
アイツの作り笑い・・・一番嫌いなんだもん。
アイツは、私といる時は、絶対に笑わない。
由梨華(ユリカ)たちに見せるような顔や、あんな優しい話し方、屋上ではただの一度もした事がなかった。
なのに、今・・・したよね?
それが、また、私の心に、強くて冷たい風を送った。
結局、私は一緒に住むハメになってしまった。
お母さんが、泣いて頼むから・・・仕方ないでしょ。
それに、恋愛は禁じられたけど、匠(タクミ)さんはいるし!
実は、それが一番大きかったりするんだー。
でも・・・匠(タクミ)さんとは、進展はありえない。
だって、さっきも言ったように・・・恋愛は、『禁じ』られてるから。
誰に?って、もちろん、お母さんにだよ。
「例え、血のつながりがなかっても、兄妹なんだから、男と女にはならないでよ!
絶対よ!!」
ってね。
それで、さらに言われた。
「もちろん、匠(タクミ)くんでも許さないけど、陸(リク)くんは、もっと許さないから!」
と・・・。
どうやら、私のお母さんも、アイツが嫌いみたい。
まーね。わからなくはない。
あんな勝手な男、嫌いにもなるって。
一緒に住んで改めて思った。
ホントにサイテー!!!
って・・・。
だって、全然話さないし、なんてったって集団生活してるって意識が無さ過ぎる!
ご飯を、作ってても平気で食べなかったり、たまにいるかと思っても、突然深夜に出かけたり。
朝、私が学校へ行く時は、もちろん寝てるのね。
それで、昼くらいに登校してきて、それからどこで何をしているのかはわからない。
家に帰ってくるのが、明け方だから。
私は、ここに住みだしてから、屋上に行くのを止めた。
今は教室で食べてるんだ。
アイツとは、極力、関わらないでおこう!って決めたから。
それにしても、明け方の帰宅って・・・。
「一体、何してんの?」って、感じでしょ。
しかも、アイツさ、でっかいバイクで出かけるのよ。
エンジンの音が、うるさくてうるさくて。
それで、明け方4時とか5時に帰ってくるわけよ。
それだけでも、慣れない私は、ビックリして目が覚めちゃうのね。
ここに住んで、もう1ケ月になるけど、まだなじめなくて、寝てても眠りが浅いのか、わずかな音でも起きちゃう。
私の部屋は、2階の階段を昇ってすぐにあって、その横がアイツで、さらに奥が匠(タクミ)さんなのね。
匠(タクミ)さんがトイレに行くのに、1階に降りる時の、廊下を歩くわずかな足音でも起きてしまう。
だから、なかなか眠れないのに、さらに極め付けにコイツだよ!
しかも、それで、すぐに寝てくれたらいいんだけど、部屋に入ったら、今度はすぐに出てきて、お風呂に入るの。
で、上がってきて、また下に降りて・・・・って。
うりゃー!!
とよく、布団を蹴り上げながら起き上がって、
「うるさい!バカ陸(リク)!!」
と枕をアイツの部屋につながる壁に向かって投げてる。
でも、アイツは、1階に降りているのか、なーにも言ってこないんだけどね。
それで、やっと静かになったと思ったら、私の起きる時間でしょ。
もう、いい加減にしてほしい!って感じなのよ!
なーんて、話してる今も、実は、匠(タクミ)さんのトイレで、目が覚めちゃって、眠れないでいる私。
時計を見る。
もうじき、5時になる。
4時の時点で帰って来なかったって事は、もうじき帰ってくるか。
なら、今のうちにトイレにでも、行っておくかな?
私は、布団をめくって、ベッドから降りた。
その時、ちょっとめまいがした。
頭がクラクラする。
そういえば、ちょっと・・・体もだるい?
私は、自分の額に手をあてる。
うそっ!なんか、熱いよ!!
私は、引き出しから、体温計を出して測って見ると・・・。
「えー!!マジで?」
思わず叫んじゃった。
だって、38度だよ。
どおりで・・・寒いはずだよ。
私は、身震いしながらも、とりあえず側にあったカーディガンを羽織って、トイレへと目指した。
階段を降りてトイレに向かう。
そして、済ませて階段をのぼろうと、足を階段に乗せた時、玄関の鍵が解除される音が聞こえた。
私はその場で立ち止まる。
やがて、扉は開き、もちろんアイツが入って来る。
階段で立っている私に、「うわっ!」と驚くアイツ。
呆れた冷ややかな目で見ながら、
「わざとらしい。」
と言う私に、「何やってんだよ。こんな時間に。」なんて言ってる。
それは、こっちのセリフだよ。
どうせ、女の所にでも行ってたんだろう。と言いたいけど・・・そんな元気ないや。
私は、何も言わないで、苦笑いをした。
「もしかして、テスト勉強してたのか?
今日からだろ?期末試験。」
なんて言って、「一夜漬けするなんて、お前もまだまだだなー。」と手袋をとり、バイク用のスーツをチャックを開けて、脱ぎながら彼はいう。
「そういうアンタは、試験勉強してるの?
試験には、出るんでしょ?」
すると、「ああ。」と答えると、
「校長に、模擬試験と学校の試験は出るように言われてる。
だから・・・。」
と言って、玄関にある時計を見て、「今日は眠れねぇーな。」と言って「やってらんねぇー。」と愚痴りだす。
でもさ、コイツ、ホントに、勉強してないんだよ。
それで、本気で試験にのぞむ気?
「教科書も見てないのに・・・アンタ本当にテスト受ける気?」
けど、アイツは、「勉強なんて必要ない!」と答えると、今度は玄関のフロアーに座って、靴のひもを解き始めた。
ホント、人生なめてるよ!
たまらず、私はクラクラとめまいを起こして、その場でふらつく。
でも、これは、ショックだけではなくて、体調の悪さもきてるんだと思った私は、「じゃーね。おやすみ」と言って、階段を何段か上がった。
「おい!」
アイツの呼びかけに、「はい?」と言って、面倒くさそうに振り返ると、アイツは手を止めて私を見てた。
真剣な瞳が、私を、ドキっとさせた。
「何?」
と聞くと・・・。
「お前・・・体調悪いのか?」
それには、「えっ?」と言っちゃう。
どうして、わかったの?
って言いかけて、私は慌ててその言葉を飲み込んだ。
私は、必死で笑顔を作った。
「そんなわけないでしょ?けど、なんで?」
反対に聞いてみたけど、アイツは「何でって言われても・・・。」というと、首をかしげる。
「なんか、いつものお前じゃない気がしたから。
まっ、何ともないなら、いいよ。おやすみ!」
そういうと、目を靴に戻し、紐をほぐしだした。
私はそんな彼を見ながら、うまくごまかせた事に少し、ホッとして階段をのぼった。
「じゃ、麗美(レミ)ちゃん、俺行くね。
テストじゃなかったら、休んで看病してあげれたんだけど・・・。」
と申し訳なさそうにいう匠(タクミ)さんに、私は「ううん。」と首を振り、反対に私は謝った。
「お弁当、作れなくてごめんね。」
って。
ここでは、夕食は母が。
私と匠(タクミ)さんとアイツのお弁当は、私が作る事になってる。
私的には、アイツの弁当なんて、作りたくもないんだけど・・・しかたないでしょ。
一応、家族だし。
私が家を出る時、アイツはもちろん寝てるから、いつもテーブルに置いて、私は学校へ行く。
アイツは、何も言わないけど、いつもちゃんと朝起きたら、お弁当箱が洗ってあるんだよね。
どこで食べてるのか。
本当にアイツが食べてるのかは、わかんないけどね。
あれから、私の熱はどんどん上がり今は、39度のちょい手前。
起き上がるのも辛くて、私はベッドから出れなかった。
匠(タクミ)さんは私にそういうと、私の部屋の扉を閉めて、階段を降りて行った。
一夜漬けだったけど、頑張って勉強したのにな〜。
と残念がりながらも、私はまだまだ襲ってくる寒さと、異常なほど痛い頭痛に、必死で耐えていた。
隣の部屋の扉が開いた。
そして、階段を降りる音。
アイツだ。
アイツも、今から学校に行くんだ。
ホントに寝なかったんだ。
なんて、思いながら、私はここで、一人なんだと思って、ちょっと寂しく思ってしまった。
それから、何時間が経ったかわからない。
私は、お布団の中にいるというのに、ガタガタと震えていた。
寒くて寒くてたまらない。
歯と歯がこすれて、ガタガタと音が鳴る。
上の服をたくさん着ようにも、体が動かない。
薬を飲もうにも、取りにいけない。
何も出来ない私は、ただ囁いてた。
「助けてぇー。」
って。
その時、ボーっとしていた私の脳裏にある記憶が甦ってきた。
前に、アイツに言われた言葉。
『俺になぐさめてほしくなれば、いつでもこいよ。
兄貴として、優しく包んでやるからさ。』
どうして、アイツの言葉が浮かんだかはわからない。
でも、私は、お母さんでも由梨華(ユリカ)でも、匠(タクミ)さんでもなくて、アイツに。
陸(リク)に助けてほしいって・・・そう思った。
もう、高熱で何が何だかわからないくらいになっていた私は、もうろうとする意識の中アイツの名前を呼んでた。
「陸(リク)・・・助けて・・・・陸(リク)。」
って。
そこからの記憶は覚えてない。
ただ、すごく暖かい手が私の額に触れた。
それは、本当に暖かくて、一人ぼっちでほったらかされていた私にとっては、とても安心できる手だった。
私は思わずその手を握った。
目を開けても、その人が誰か、熱でぼやけてわからなかった。
焦点をあわそうとする力も、なかった。
ただ、その暖かい手の人に、側にいてほしかった。
その人が、陸(リク)かどうかなんてわからなかった。
でも、その時の私は、その人を、陸(リク)だと・・・思いたかったのかもしれない。
そして、彼に側にいてほしいって・・・。
「側に・・・いて・・・陸(リク)・・・。」
私は何度も何度もそう言った。
そう口にした私とは、違う私が心の奥底でキョトンとしてた。
なんで?どうして、大嫌いの陸(リク)を呼ぶの?
って。
私にだってわからないよ。
でも、不思議だけど・・・彼にいてほしいって・・・そう思ったんだもん!
だけど、それじゃなくて、別のことでハッキリとわかった事があった。
それは、これは、『夢』だって。
今の時間、陸(リク)がここにいるはずがないって。
彼は、絶対に試験を受けないといけない。
そうしないと、学校に居られなくなるんだから。
彼にとっては、何よりも、誰よりも試験は大事なの。
それを、世界一嫌いな私の為に、行かないなんてありえないよ。
わかってた。本当は1人ぼっちだって。
でも、今は夢でもいい。
せめて、寝てる間だけでも・・・一人じゃないと思いたかった。
深い深い眠りから目が覚めたような感覚。
私は、ユックリと目を開けた。
私の目に、天井が飛び込んでくる。
私の・・・部屋。
って事は、やっぱり今のは夢だったんだ。
心からガッカリする私の耳に、初めて聞く声がした。
「あっ!目が覚めたみたいだね。」
私の部屋の奥には、2人用の小さなソファーがある。
そこに、その人は座っていたようで、手に持っていた本をソファーの空いている横に置くと、私の方へと近付いてきた。
「あの・・・。」
と言って、起き上がろうとした私に、「いいよ。そのままで。」と言って私の体に触れ、また私を横に寝かせた。
そういえば、さっき起き上がろうとした時、左腕が引っ張られたような・・・。
私は、左手に目をやった。
それをみて、本気で驚く。
「な・・・なにこれっ!!」
だって、点滴が付いてるんだよ!
なんで、家で点滴??
「私、まだ夢みてるのかな?」
とつぶやく私に、目の前の彼は、「大丈夫。君は起きてるから。」と言って、「ホント、おもしろい子だね。」と言って上品に笑った。
「陸(リク)が、言った通りの子だ。」
陸(リク)?
今、陸(リク)って言ったよね?
って事は、この人、アイツの知り合い??
でも、その人が、何でここに??
「あの〜。・・・あなたは、誰?
それに、どうして、私は、家で点滴をしてるの?」
すると、彼は、「その前に、熱測ってくれる?」と言って私に体温計を渡してきた。
私は、受け取るとそれを、脇にはさんで測る。
音がなって、それを彼に渡した。
「36度8分か。まずまずだな。」
なんていって、体温計をケースに直す。
「あの〜。」
と催促する私に、「あっ!俺の事だったね。」と言うと、彼はその場で、あぐらをかいた。
「俺は、梅澤 冬真(ウメザワ トウマ)。
隣町の梅澤総合病院って知ってるかな?
あそこの、内科医なんだ。」
「梅澤総合病院!!」
私は、大声で叫んだ。
私のすごいリアクションに、目の前の彼も、「予想以上のリアクションだな。」と言って笑ってる。
そりゃ、驚くって。
だって、『梅澤総合病院』といえば、すごいんだから。
何がすごいって・・・ドクターの腕がね。
確か副院長の梅澤雪成(ウメザワ ユキナリ)さんっていう外科医の先生がいるんだけど、その人が、凄腕のうえに、メチャクチャかっこいいんだって。
確か・・・40ちょっとの年齢らしいけど、全然見えなくて、すごいかっこいいって・・・もちろん由梨華(ユリカ)がね、言ってたのよ。
そこの病院は、設備も整ってるし、その凄腕の先生も居る関係で、芸能人とか著名人が絶えないとか。
だから、一般患者は受け入れてはくれるらしいけど、なかなか恐れ多くていけないのよね。
なので、私は行った事はない。
由梨華(ユリカ)は、ミーハーだからね。
かっこいい人がいる。と聞いたら、どこでもいくんだよ。
で、由梨華(ユリカ)情報だと、その病院は梅澤兄弟がやってるらしくて、姓が梅澤が多いらしいのね。
それで、ドクターの名前が、その先生の名前として呼ばれてると言ってて、その呼び方でいくと、内科医の院長の秋(アキ)先生の息子さんと、その凄腕の外科医の副院長の雪(ユキ)先生の息子さんが、アメリカに留学してて、この春に帰って来たって言ってた。
確か、院長の息子が今年20歳で、副院長の息子が今年19歳って。
もともと二人の父親が一卵性双生児の双子って事もあって、二人はそっくりなんだって。
由梨華(ユリカ)は、その息子には逢った事がないらしいんだけど、聞いた所によると、顔も親に似てるとか。
って事は、雪先生がめちゃかっこいいから、息子もかっこいいはず!
私、どっちかをものにするわ!って・・・確か言ってたよ。
って、事は・・・この人が、どっちかって事だよね?
息子の名前まで、聞いてなかったから、目の前の彼が、院長の息子が、副院長の息子がわかんないけど・・・。
私は、マジマジと彼の顔を見た。
確かに・・・かっこいい。
また、陸(リク)とは違った、カッコよさがあった。
って・・・それって、陸(リク)がかっこいい!って言ってる?
そもそも、私はなんで、アイツの事、陸(リク)って呼んでるわけ?
一人でアタフタする私に、目の前の冬真(トウマ)さんは、「見ててあきないね。」と言って笑ってる。
笑われて、我に返って気付いた。
「あの有名な梅澤病院のお医者さん・・・っていうか、梅澤って姓なら、ご子息ですよね?
そんな、すごい人が、なんでわざわざここに?」
すると、急に彼は笑い出した。
なんで、笑うのよ!
キョトンとする私に、冬真(トウマ)さんは、「思い出したら、ついつい。」と言って笑うと、「ちょっと・・・待って。」と断り、ひとしきり笑った。
落ち着いた冬真(トウマ)さんは、「おまたせ。」というと話を始めた。
「俺、今日当直明けだったんだ。
それで、家に帰ろうとしたら、丁度、陸(リク)から電話があってね。
『妹が40度の熱を出して苦しんでる。
どうしたらいいかわかんねぇーから、今すぐ来てくれ。』
って。
確か・・・8時くらいじゃなかったかな?
俺さ、いつもなら6時すぎには病院出るんだけど、急患が入ってそっちみてたから、電話もらった時、丁度まだ病院にいてさ。
それで、状況聞いて、解熱の注射と、あと食事を取ってないってアイツが言ってたから、栄養を補う点滴とを、持ってきたってわけ。」
冬真(トウマ)さんはそういうと、「けど・・・。」というと、私をとても優しい眼差しでみた。
「あんなに、取り乱したアイツの声・・・付き合い長いけど、初めて聞いたよ。
よっぽど、君の事が、大切なんだろうな。
ついさっきまで、アイツもここにいたんだけど・・・。
ただの一度も、君から手を離さなかったよ。」
そう言われて、私は右手を見える位置まで上げた。
この手・・・。
私が夢の陸(リク)に差し出した手。
アレは、夢じゃなくて・・・本物の陸(リク)が、触れてくれてたって事?
手を見つめて、ずっと手を握っていてくれた、陸(リク)を想像する私。
知らないうちに、私は、微笑んでたみたい。
その顔をみて、冬真(トウマ)さんは、「その顔!」と言って私を指さす。
「えっ?何?」と言いながら、冬真(トウマ)さんに目を移す私。
「さっきの穏やかな優しいまなざし。
陸(リク)も、君の手を握ってる間、ずっとそんな顔してたよ。
まるで、愛おしい人を見るような瞳だった。」
そういったあと、「2人はつきあってるの?」なんて言ってくる。
私は、「ありえない。」と両手を振って、さらに首をブンブンと振る。
「その様子だと、陸(リク)のヤツ・・・君に嫌われるような事してるんじゃない?」
もちろん、「えっ?何でわかったの?」と即答。
それには、冬真(トウマ)さんも「やっぱりなー。」といって大笑い。
たまらず私は言っちゃった。
「高熱出たのもアイツのせいだ!!」
って。
それには、「なんで?」と冬真(トウマ)さんは聞く。
「だって、アイツ、明け方の4時か5時に帰ってくるの。
毎日だよ。しかも、バイクだから、音うるさいし。」
「あー・・・そりゃ、うるさいよな。」
と納得してくれる。
「どうせ、女の所に行ってるんだろうから・・・。
ねぇー、冬真(トウマ)さん、アイツに言ってよ!」
でも、冬真(トウマ)さんは、「女ねぇー。」と言うと、私を何か言いたそうな目で見つめる。
「何?」と聞く私に冬真(トウマ)さんは、「君にはバラしてもいいかな?」なんて言って・・・口を開いた。
「アイツ、バイトしてんだよ。」
「バイ・・・ト?」
すると、冬真(トウマ)さんは、「うん。」とうなずくと、「工事現場のね。」と言ってさらに続けた。
「アイツには、夢があってさ。
それを、叶えるためには、金がいるんだ。
で、アイツは、高校入ってから、ずっと毎日毎日働いてる。
夜は、家庭教師。
深夜は工事現場。
睡眠時間も削って、アイツこの2年半ひたすら働いてるんだ。
だから、アイツには、噂されてるような、女と遊ぶ時間なんてないんだよ。」
アイツが・・・夢?
アイツが・・・バイト?
そんなの・・・信じられるわけないじゃない。
私は、思いっきり首を振って、「そんなの信じない。」っていうと、冬真(トウマ)さんの腕をつかんだ。
「本当の事を、教えて下さい。」
でも、冬真(トウマ)さんは、「これが、本当の事だよ。」と答える。
「嘘よ!」
そう叫んで、冬真(トウマ)さんから手を離そうとした私の手を、今度は冬真(トウマ)さんが強く握った。
「どうして信じないんだ?
それとも、信じるのが、恐い?」
私は、黙った。
そんな私に、冬真(トウマ)さんは続ける。
「本当のアイツを知るのが恐い?
最低だと思っていたアイツが、自分を助け、実は夢を追いかける、とてもいい人でした!って。
それを、知った時の、自分の感情が変わるのが、恐い?」
「そんな事・・・。」
と否定する私に、冬真(トウマ)さんは手を離す。
「君が、陸(リク)の事、『最低だ』って言ってるって話は、前にチラっと聞いた事がある。
アイツとは、俺がアメリカに留学する小4まで、一緒によく遊んだ仲なんだ。
もともとは、アイツのおふくろさんが、生まれつき心臓が悪くて、俺のオヤジの病院に入院してて、アイツはよく病院にいたよ。
俺も、オヤジとかに連れられて、病院に行ってたから、それで知り合ってさ。
俺の1コ下に聖(アキラ)って弟がいるんだけど、そいつと陸(リク)が幼稚園の時同じクラスで、そこから仲良くなった。
小学校は違ったけど、病院で毎日のように逢ったし、すごく仲良かったんだ。
悪ぶってるけど、真っ直ぐで優しい陸(リク)が、俺はすっごく好きでさ。
でも、アイツのおふくろさんが、陸(リク)が3年生の時に亡くなったんだ。
それから、俺は留学する院長の息子の春(シュン)ってやつに付いて、軽い気持でアメリカに行った。
医者になるつもりなんて、なかったんだ。
でも、向こうで、心臓を患った患者を見た時、陸(リク)のおふくろさんとダブって見えた。
その人にも、子供がいてさ。
そういう人を俺は、治せれる立場にたてるんだ。って改めて思ったら、俺は医者になりたくなった。
陸(リク)みたいに、母親を亡くす悲しみを背負う子供の数を、減らしたいって。
だから、俺は向こうで、必死になって医者の勉強をしたよ。」
彼はそういうと、「陸(リク)の夢なんだと思う?」って言われて、私は・・・首をかしげた。
「医者になる事だ。」
それには、驚いて瞬きを必要以上にしてしまう。
陸(リク)が・・・医者?
驚いている私を置いて、冬真(トウマ)さんは語った。
「それも、心臓専門の医者にな。
アイツの頭の良さなら、問題はないだろうけど、言えば医学部は金がいる。
それに、とことん極めたいなら、やっぱり俺が行ったスクールにも行くべきだ。
そしたら、莫大な金がいるんだ。
アイツは、誰の力も借りずに、自分の夢を実現させたい。ってそう言ってた。
だから、アイツは必死にやってる。
でも、アイツもバカだよな。
よくばらなければ、もっと働けるのに。」
「よくばるって・・・どういう意味ですか?」
「アイツ、学校が終わった3時過ぎから家庭教師が入ってる6時過ぎまで、うちの病院でボランティアしてるんだよ。」
「ボラン・・・ティア?」
すると、冬真(トウマ)さんはうなずきながら、無くなった点滴の針をぬいて、その一式をカバンに直しながら、続けた。
「心臓病を患っている子供の患者の面倒を見る。
彼らの状態を間近で見て、体験する。
子供と接しているアイツの顔・・・君にも見せてやりたいよ。」
そういうと、「今度病院においでよ。こっそり見せてやるから。」と言って微笑んだ。
その時、ドアが開いた。
「あっ!れ・・・。」
と彼は何かをいいかけて、慌てて口を閉じた。
「じゃなかった・・・。」と小声で言って、咳払いをすると、改めて口を開く。
「お前、気が付いたのかよ!」
そう悪ぶるアイツに、冬真(トウマ)さんは立ち上がると、ソファーに置いていた本をつかみ、それをアイツに渡した。
「これ、今月号の医療の最新刊だ。
俺、今パーッと見たから、もういらねぇー。
お前にやるよ!」
そう言うと、今度は私の方に振り返った。
「じゃ、おだいじに。」
それには、「ありがとうございました。」と寝たまま頭を下げる私。
そして、冬真(トウマ)さんは、アイツとすれ違う。
「ホント、助かった。サンキューな。」
と囁くアイツに、冬真(トウマ)さんは、肩をガシとつかむと、
「素直になれよ。いつも言ってるだろ?
時間がありそうで、ないのが人生ってな。」
だけど、「それとこれとは、話は別だ。」と答えて、「下まで送る。」というと、アイツも部屋から出て行った。
一人になった部屋。
今聞いた事を、頭の中で整理してみる。
アイツが・・・医者になるために頑張ってて、ボランティアをしてて・・・ダメだ頭が付いていかない。
パニックになった私は、「ああー!!」と叫ぶ。
その時、ドアが開いた。
「何、叫んでんだよ。」
それには、すぐに我に返り、「秘密。」とかわいくない返事をした。
もちろん、彼もそう思ったみたいで、
「ホント、かわいくねぇーよな。」
と言って、ソファーに座ると、さっき冬真(トウマ)さんにもらった本を、パラパラとめくった。
たぶん、最初は私との気まずさを補う為に、本をめくっただけだったんだろうけど、少しみちゃうと、気になったみたいで、真剣に本に見入る彼。
あんな真剣な顔・・・初めてみたよ。
やっぱり、冬真(トウマ)さんが言っていたのは、本当だったんだ。
アイツは、医者になりたくて、医大をめざしてる。
って事は・・・。
私は、ある重大な事を思い出した。
「あー!!」
と叫ぶ私に、本にのめりこんでいた彼も、ビックリして、目を離す。
「なっ!なんだよ!!」
そんな彼のリアクションは無視して、私は用件を言った。
「試験は?」
って。
だって、冬真(トウマ)さん言ってたよね?
8時くらいにコイツから、電話があったって!
ということは・・・テスト受けてない?
大学受験を考えているなら、成績ってとても大切だもん!
もし試験を受けてなかったら・・・受験ができなくなっちゃうよ!!
なんて思って慌てふためく私だけど、一方の彼ときたら、信じられないくらい落ち着いた口調で答える。
「受けてねぇーよ。」
「嘘ー!!どうしよう!!」
でも、アイツは、「心配するな。」というと、
「お前と一緒で、追試受けるよ。」
といって、笑う。
でも、追試ってさ、「友達に聞いたりしただろう?」とか色々言われたりするでしょ?
私は、真ん中にいつもいるから、大丈夫だけど、アイツはいつも上位じゃない!
それで、追試となれば・・・みんなに言われない?
「大丈夫?」
と心配するけど、彼には届かなかったみたいで、「くどい。」と冷たく言われた。
なっ!何よ!その言い方!!
人がせっかく、心配したのにぃー!!
その怒りを、胸に治めておけばよかったんだけど、そうはいかないのが、私の性格。
ついつい余計な事を言っちゃった。
「人が、心配して言ってるのにぃー!!」
って。
でも、アイツは、「ふざけんなっ!」と読んでいた雑誌から目を離すと私をみた。
そして、乱暴な口調で言った。
「心配したのは、俺の方だっ!!
あのまま、匠(タクミ)が帰って来るまで、ほっておいたら、どうなってたと思ってんだよ!!」
いつもクールで落ち着いているアイツじゃなかった。
こんなに怒鳴ってるアイツも、真剣に訴える瞳で話すアイツも・・・初めてだった。
私は、彼の怒鳴り声に、飛び上がってしまった。
そんな私から、彼はすぐに目をそらすと、また本を見る。
だけど、そのままの状態で、ボソっと独り言のようにつぶやいた。
「感謝して、もらいたいぐらいだよ。」
って。
それを、聞いたら・・・そうだよねーって素直に思った。
あのままだったら、私は肺炎を起こして、今頃入院していたかもしれない。
確かに、今日は、コイツに助けられたんだもん。
感謝・・・するべきだよね。
心を入れ替えた私は、素直な気持ちでアイツに言った。
「今日はありがとう。」
そして、続けた。
「こんな言葉しか言えないけど・・・。
側にいてくれてありがとう。」
って。
すると、アイツ、何て言ったと思う?
「らしくない事、いうなよ!
明日大雪が降って、試験受けれなかったら、どうしてくれんだよ。」
だって。
なんなの?この言い方は!
らしくないのは、あんたじゃない。
私の側にいてくれたり、医者呼んでくれたり、あげくの果てには、自分が医者になるだぁ?
冗談じゃないわよ!!
って、怒りくるっていたのに、アイツったら、私の気持ちなんて無視して、今度は自分の気持ちをぶつけてきた。
「じゃ・・・俺もらしくない事、言っていいか?」
その言葉に、頭に血が上っていた私の血が、下へと引いていくのがわかった。
そして、彼が言った、『らしくない事』とは・・・。
「お礼にキスして。」
「はぁ?」
口を開けて、ポッカーンだよ。
そんな私の姿を見たアイツは、鼻で笑い飛ばすと、本に目を通しながら、
「まっ!匠(タクミ)を好きなお前が、自分からそんな事、できるわけないだろうけど・・・。」
って言いながら・・・笑ってる。
なんで、笑うのよ!
それに、そもそもお礼にキスって・・・。
何、考えてんのよ!!
それって、私が出来ないってわかってて、ただ、からかって楽しんでるの?
それとも、私が出来ないってわかってるけど、私がアイツに本当に感謝してるかを知る為に、意地悪を言ったの?
彼の『真意』がわからない私は、オタオタしてしまう。
でも、彼の言葉で驚いている自分よりも、彼にしようかしまいかで、悩んでいる自分に驚いた。
そんなの、笑い飛ばせば済む事じゃない。
そして、もう平気だから出て行って。と言って彼を追い出せばいい事。
でも、今の私にはそれができない。
笑い飛ばすんじゃなくて、私も・・・したい?
そして、私は、さっきから叫んでいる『心の声』に、気付いちゃったんだよね。
『このまま、彼に側に居てほしい』って・・・叫んでる心の声に。
だからかな?
私は、ごまかすとか、流すとかしないで、アイツに普通にこう言っちゃったの。
「キスしたら・・・風邪、移っちゃうよ。」
って。
でも、アイツは本を読みながら、私には目を合わさずに答えた。
「人に移した方が、早くよくなるっていうだろ?
俺に移して、麗美(レミ)が早くよくなれば、いいじゃん!」
そう言われて、私は、「えっ?」って言った。
彼の言った答えに、反応したんじゃない。
彼が口にした『ある言葉』に、反応したの。
「今・・・麗美(レミ)って言った?」
私の指摘に、「あっ!」って口にすると、アイツはバツが悪そうな顔をして、慌てて口を抑える。
「悪い。つい・・・。」
でも・・・うれしかった。
彼に、名前で呼ばれたのが。
私は、心から憧れている匠(タクミ)さんにも、名前で呼ばれているのに。
本当なら、すっごくうれしかったりするはずなのに・・・その時は、何も思わなかったの。
でも、今、アイツに呼ばれて、胸がズキーンとした。
そして思った。
もっと、もっと・・・呼んでって。
私は、布団をよけて、ベッドから降りる。
立ち上がった私に、アイツは本から目を離すと、私を見た。
「ん?どうした?」
と驚いているけど、私は彼の目の前まで進むと、「ホントに・・・ありがと。」とささやいて、彼にキスをした。
ホントに軽いキスだったけど・・・それで、気付いた。
私が眠っている間、手を握っていてくれたのは、冬真(トウマ)さんが言った通り、目の前の彼だったんだって。
だって、体温が一緒なんだもん。
しばらくして、私は、彼から唇を離した。
「麗美(レミ)・・・。」
と口にする彼に私は、ちょっと赤くなりながら言った。
「言っとくけど、深い意味はないからね。
アンタの言った通り、お礼なんだから!」
そして、私はベッドに戻ろうと、一歩さがりかけた。
でも、私の腕をつかんだ彼に、私の足はとまった。
「な・・・に?」
けど、その答えには答えずに、彼は言った。
「アンタじゃなくて・・・さっきみたいに呼んで・・・。」
「さっ・・・き?」
少し考えた。
私、何て呼んでたっけ?
そして、思い出した。
高熱でうなされていた時、私は、彼の事を「陸(リク)」と呼んだ。
もしかして・・・。
たぶん、私は目で聞いていたのかもしれない。
私の瞳を見た瞬間、アイツは優しい眼差しで、一瞬微笑んだ。
まるで、「それ。」と言っているようだった。
私は、呼吸を整えて口にした。
「り・・・く・・・。」
「聞こえない。」
そんな事言ったって・・・恥ずかしくて、大きな声で、言えるわけないでしょ!
ちゃんと、聞いてよ!!
って、言いたいけど・・・そういう状況じゃないしな〜。
よしっ!ならば・・・。
「りくぅー。」
「おちゃらけんな。」
くそ・・・バレたか。
仕方なく覚悟を決めた私は、恥ずかしさを捨てて、思いを込めて彼の名を呼んだ。
「陸(リク)・・・。」
すると、彼は私の頬にキスをして、耳元で囁いた。
「もう1回。」
彼がキスをした頬が、熱くなるのがわかった。
それに、彼の甘いささやきと、吐息をキャッチした私の脳が、ボワーンと麻痺してくるのがわかった。
気が変になるって・・・こういう事なのかも?って私は思った。
現に、私の気持ちも頭も全部・・・陸(リク)に占領されていた。
彼の事が嫌いだ。っていう私の気持ちも、ふっとんじゃうくらい・・・。
私は、彼を求める自分の気持で、いっぱいになってた。
だから、彼の要求にも、素直に答えてた。
「陸(リク)。」
彼の顔が、すぐ側にあった。
そして、目が重なりあうと、まるで引き寄せられるかのように、陸(リク)の唇が、私の唇に重なる。
初めは軽く触れてたけど、すぐに陸(リク)は私の腰に手を回すと、私を横の空いているソファーに座らせて、私を倒すと、さらに強く唇をからめてきた。
「んー・・・んー。」
完全に呼吸困難になりかけの私は、「ギブアップ」と陸(リク)の背中を叩く。
それには、陸(リク)も唇を離す。
でも、その距離はホントに近かった。
陸(リク)は笑いながら、今度は私の顎に手で触れると、私の口を少し開けた。
「これなら・・・平気だろう。」
必死で酸素を吸っている私は、答えない。
それどころじゃないもん。
でも、私の答えも聞かないまま、陸(リク)はまた私を襲う。
けど、彼の言った通り・・・今度は平気。
そして、さらに彼は舌を入れてきた。
戸惑う私だけど、でも、すぐに自然とそれを受け入れた自分がいた。
どうして?
嫌いな人と、どうしてこんなキスができるの?
不思議な自分がいた。
でも、私は、心の奥で、陸(リク)を求めてる。
そして、何より、彼の『温度』を感じていると、こんなにも安心して、心が落ち着く。
それって・・・私が気付いてないだけで、好きって事なの?
私がそんな事を考えていると、さらに陸(リク)の舌が奥へと入ってきた。
もっともっと口を、くっつけあう。
陸(リク)の強引さに、力強さ。
どれも・・・私をとりこにさせた。
この安心感と、適度に感じるドキドキが、私を酔わせた。
気持ちよくて、もっとそれを求めたいと、自分の気持が高まった時・・・。
私は、お母さんに言われた言葉を、思い出したの。
『兄妹で愛し合っちゃいけない。』って、言葉を・・・。
そして、さらに、お母さんは、こうも言った。
陸(リク)とは関係を持つな。って。
だったら、今、私が陸(リク)としてる事って、お母さんを裏切ってる事にならない?
男の為に、大切な家族を裏切る。
それは、お母さんがした事。
その軽蔑したお母さんの行為を、私がするの?
男の為に、家族を・・・大切な人を、平気で裏切ってしまう・・・醜い女になっちゃうの?
それに、陸(リク)を好きだと認めてしまえば、私は由梨華(ユリカ)を裏切る事になる。
っていうか、私はすでに、もう二人を裏切ってるのかもしれない。
陸(リク)と、こんな事をしてる時点で。
これ以上、誰も裏切りたくないと思った。
だから、私は、自分の奥底にある、陸(リク)への『本当の気持ち』に、目をそむけたの。
きっと、『本当の気持ち』を知ってしまったら、私は止まらなくなる。
彼が私を好きかどうか、そんなの関係ないくらい・・・私は、きっと今以上に、彼を求めてしまう。
だから・・・これ以上、自分の『本当の気持ち』を、知りたくない。と思った。
自分が、自分でなくなりそうで、恐くて恐くて・・・たまらなくなったの。
私は、耐えられなくなって、陸(リク)から強引に唇を離すと、思いっきり彼の胸を押し、ソファーから降りて、床に座った。
「れ・・・み?」
と聞く陸(リク)だけど、私の様子を見てあせる。
「おい、麗美(レミ)!どうしたっ!麗美(レミ)!!」
私はあの屋上の時と同じように、自分が恐くてたまらなくて、またガタガタと震えだしてしまった。
「いや・・・・いや・・・。」
そうつぶやく私を、陸(リク)は強く抱きしめた。
「麗美(レミ)!しっかりしろ。麗美(レミ)!!」
暖かい腕。
安心する声。
この腕の中にいちゃいけない。
この温度を感じちゃいけないんだって、頭ではわかってる。
でもね・・・どれだけ目を背けても、私の心が・・・魂が、彼を求めてる。
彼の温度を感じたいって・・・そう言ってる。
だって・・・気付いちゃったんだもん。
大嫌いな陸(リク)がいる屋上に、私が通っていた本当の理由。
それは、屋上と言う場所が私を癒してくれていたわけじゃない。
きっと、私を癒してくれてたのは、陸(リク)自身。
何も言わない。目も合わさない。
でも、ただ、側にいてくれた。
いつもいつも、学校を出れば、一人だった私の側にいてくれた。
陸(リク)の存在自体が・・・彼のいる場所が、私の癒しの場所だったんだ。
だから、彼を感じれる腕の中は、本当に居心地がよかったの。
私は、たまらず、彼に甘えてしまう。
「陸(リク)・・・。」
と小さな声で言った私の声も、聞き落とさずに陸(リク)は「ん?」と答えてくれる。
私は、陸(リク)にさらに抱きついた。
「私を・・・強く抱きしめて。
恐いの・・・自分が。」
私が何におびえているか。
陸(リク)にはさっぱりだったと思う。
でも、陸(リク)は「わかった。」と優しい口調で答えると、私をさらに強く抱きしめてくれた。
「ずっとずっとこうしててやるから、少し休め。」
陸(リク)の言葉に私は素直に、「うん。」とうなずくと、目をつぶった。
この腕なら、きっと、私を救ってくれるって・・・そう思った。
私の今の苦しみを、全て話せば、陸(リク)は、私を救おうとしてくれるだろう。
私を好きか、嫌いか。
そんな事は関係なく、きっと・・・。
だって、彼がそういう、優しい人だってわかったから。
そして、何より医者になって、人を救いたいと思ってるんだもん。
私の事も、きっと、救おうとしてくれるかもしれない。
だけど、それは、彼の夢の足手まといになる。
今の彼には、1分1秒が大切なんだから。
私の事で、彼に迷惑はかけられない。
今の彼のリズムを、崩したくないって思ったの。
私がこのまま、陸(リク)への気持ちに向き合わないで、そのまま封印してしまえば、これまで通り、嫌い者同士でいられる。
バカみたいな喧嘩をして、あと半年を今までと変わらず過ごす。
半年経てば、彼は、夢の第一歩を踏み出す。
どこの大学へ行くかはわからないけど、この辺にはないから、きっとどこかに部屋を借りると思う。
そうすれば、陸(リク)とも逢わなくなるから、もうこんな事もなくなる。
だから、あと半年・・・。
私は、心から誓った。
陸(リク)に触れるのは、これで最後にするんだって。
陸(リク)の事は、最低最悪な男。
私は、陸(リク)が大嫌い。
そう思おう!って・・・自分の気持ちを必死で塗り替えた。
☆☆☆2章 END☆☆☆
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