2007/11/24


8     7章  嫌な予感
ドアが開く音が遠くで聞こえた。
私は眠っていた意識を取り戻して、目を開ける。
さっきまで、私の側にいた陸(リク)は今は、ドレッサーの前にいた。
洗濯された服を着て、髪を手ぐしで、まとめてる。
鏡越しに私の姿を見た陸(リク)は、鏡の私に優しく微笑みを送る。
 
「起きたか?」
 
そういって振り返ると、私の方に近付いてくる。
上半身を起こして起き上がった私のすぐ側に彼は、座る。
そして、すぐに私を抱きしめてくれる。
 
「どこか、行くの?」
 
「ああ。病院に行く時間だから。
昨日、大介に逢えなかっただろ?
今日は逢いに行くって、約束してるから。
アイツ、今日から3年生の算数するんだって、張り切ってて。ごめんな。」
 
「ううん。大丈夫。」
 
私はそういいながら、陸(リク)の背中越しに、時計を見た。
それを見て、思わず叫んじゃう。
 
「うそぉー!もう、1時?!」
 
今日は土曜日で学校は休みだけど・・・。
えっ?最後に陸(リク)に抱かれたのって、明け方だったよね。
って事は・・・。
 
「私、すごく寝てたよね・・・。」
 
とバツが悪くなる私だけど、陸(リク)は、「そうかな?」と笑うと、
 
「俺も、さっきまで寝てたし、気にすんな。」
 
とホローをくれて、深いキスをくれた。
その時、陸(リク)の前髪が私の顔に触れて、それで気付いた。
 
「陸(リク)、お風呂入ったの?」
 
その指摘に、「うん。けど、なんで?」と陸(リク)は不思議そう。
 
「髪から、シャンプーの香りがしたから。」
 
「ああ。」と言いながら陸(リク)は自分の手で、髪をさわる。
 
「大介がうるさくてさ。」
 
「うるさい?」
 
「そう。」と言って笑った陸(リク)は、「前な・・・。」なんて言い出して、こんな話を始めた。
 
「麗美(レミ)を抱いたあと、俺爆睡しちゃって、病院に行く時間ギリギリに起きたんだよ。
で、急いでそのまま病院に行ったら、大介だけにバレてさ。」
 
「バレたって、何が?」
 
「『陸(リク)先生のにおいが違う。』って。
うるさいの、なんのって。
すっげぇー、はずかしくてさ。
それから、麗美(レミ)を抱いたあとは、風呂に入るようにしてる。
俺的には、麗美(レミ)の香りは残しておきたいんだけどな。」
 
なるほどねぇー。そういう事だったんだ。
確かに子供って、敏感だし、素直だからね。
思った事、口にしちゃうって事あるもん!
 
「じゃ、俺、そろそろいくわ。」
 
陸(リク)の言葉に、「あっ!」と私は思い出す。
「何?」と陸(リク)に言われて即答。
 
「お昼ご飯は?朝も食べてないし。」
 
でも陸(リク)は、「いらないよ。」と笑う。
 
「どうせ、冬真(トウマ)も今朝松山から戻って、即勤務してるから飯喰ってないだろうし。
一緒に、中で喰うよ。」
 
なんて言われた。
大事な時期なのに、勉強時間も奪い、睡眠時間も奪い、そのうえ、食事も食べさせないなんて・・・。
私って、ホント最低だよ・・・。
自分の最低ぶりに、「はぁー。」とため息をついて、意気消沈の私。
 
「別に、麗美(レミ)に飯作ってもらおうなんて思ってねぇーから、そんなに落ち込むなよ。」
 
と言われながら頭をなでられてもねぇー。
「う・・・ん。」とまだ、元気がでない私を陸(リク)は、「しょうがねぇーな。」と笑うと、前かがみになって私の頬に触れると、私にいつもの優しいキスをして、抱きしめた。
 
「俺が麗美(レミ)にしてほしいのは、俺を求めてほしいって事だけだから。
俺も麗美(レミ)を求めて帰ってくる。
だから、それを麗美(レミ)が受け入れてくれて、そして俺を求める麗美(レミ)を見せてくれたらいい。
麗美(レミ)に必要とされてる。麗美(レミ)に愛されてる。
俺は、そう感じたいんだ。
今の麗美(レミ)は、俺にそれをたっぷり感じさせてくれたから、満点!
だから、そんな顔するな。」
 
陸(リク)にそう言われると、素直に「それでいいんだー。」って思えた。
いいわけないけど・・・それでいいって。
そんな私を陸(リク)は、受け入れてくれるんだって事が・・・うれしかったから。
私も陸(リク)に抱きついた。
 
「陸(リク)・・・。今日も帰ってくるの5時?」
 
「そうだな。いつものコースだから。」
 
と笑う陸(リク)に、私はさらに自分の体をくっつけて、彼に抱きついた。
 
「帰ってきたら、すぐに私を抱いてね。
いつもみたいに、意地悪しないで、すぐに・・・。」
 
「麗美(レミ)?」
 
私の言葉に陸(リク)は少し戸惑い、私の顔を見ようとするけど、私は彼の体から動かないでしがみついた。
 
「激しく強く・・・抱いて・・・。陸(リク)を感じたいから・・・・。」
 
本当は今すぐ抱いてほしかった。
でも、それはできないから。
大介くんが待ってるし、陸(リク)は行かなきゃいけないから。
だから、我慢する。
私といつも過ごす時間まで、陸(リク)を待つから。
せめて、今陸(リク)を送り出せるように、私に約束を頂戴。
嘘でもいいから。
私のこの気持ちをなだめさせるような約束を・・・。
でも、陸(リク)はホント、正直者だから。
 
「戻ってきたら、みんな家にいるだろ。
さっきみたいには、抱けないよ。」
 
とマジメに答えてきちゃって、私はプッと噴出し笑いをしてしまう。
 
「おい。」
 
と、つっこんできた陸(リク)だけど、私は笑いのツボにハマったみたいで、止まらなかった。
 
「挑発してきたのは、お前だろ。
なのに、なんで、そんなに笑ってんだよ。」
 
と怒り出す陸(リク)に、「だってぇー。」と涙目で笑う私。
でも、これで、陸(リク)を求める私の気持ちが、少しはおさまった。
だから、私は、丁度よかったかな?って思ったんだけど・・・。
 
「俺もさ、麗美(レミ)をさっきみたいに抱きたいよ。」
 
陸(リク)の言葉に、私の笑いは止まる。
彼を見る私を彼は、キス攻撃で攻めてくる。
 
「激しく強く・・・何にもしばられずに、抱きたい・・・。」
 
「陸(リク)・・・。」
 
お互いの唇が重なって、思いも重なるキスをすると、もう止まらなくなりそうになる。
私は、たまらず、途中で自分から強引に、陸(リク)から唇を離した。
 
「せっかくお風呂入ったのに・・・。
また、香りが移っちゃうよ・・・。」
 
でも、陸(リク)は答えずに、私の唇を奪う。
そして、そのまま私の体を愛撫する。
 
「待って・・・陸(リク)!」
 
必死で止める私に、陸(リク)はキスをしながらこう言った。
 
「麗美(レミ)は、我慢できるの?
15時間以上も、俺を感じないでいられる?」
 
「それは・・・。」
 
言葉をつまらす私に、陸(リク)はちょっと楽しそうに笑う。
そして、私の目を、みつめる。
 
「俺は我慢できない。
大介には、もうちょい、待っててもらう。」
 
それに対して私は答えようとした。
『でも、大介くんだって、待ってるんだから、行ってあげなきゃっ。』って私は言おうとしたの。
だけど、それを陸(リク)が言わせなかった。
口をふさいで、私の腰をささえ、指で私の中を乱す。
私は、自分の想いと、陸(リク)の想いに負けた。
心の中で大介くんに謝った私は、両手を陸(リク)の体に回す。
私もその気になったと感じた陸(リク)は、私の言った通り、激しく強く私を攻める。
だけど、私は、どうしてもしたかった事があった。
だから、陸(リク)がいつものようにする前に、私は自分から陸(リク)に迫ったの。
 
「ちょ・・・待て・・・麗美(レミ)。」
 
驚きながらも陸(リク)は私を止めた。
でも、私は、「いいから。」と陸(リク)に告げると、自分から陸(リク)を入れた。
 
「そのままの陸(リク)がほしい。
陸(リク)の『全て』がほしい。
この意味・・・わかる?」
 
それに対して陸(リク)は、ただ笑った。
私は、陸(リク)に止められるかも。って思ってた。
でも、彼は私の想いを受け入れてくれて、そのまま続けた。
初めて感じる陸(リク)の感触。熱さ・・・。
やっぱり、ちょっと違った気がした。
本当は、心の中で、なんで?って言ってる自分がいたの。
もし、これで、できちゃったら、どうすんのって。
そうだよね・・・確率が増えちゃうんだもん。
でも、わからないんだけど、私はこれがしたかったの。
どうして、今なのか。
どうして、これを自分からせがんだのか・・・。
わからないけど、陸(リク)のいう通り、人の寿命は産声をあげた時に決まっているのかもしれない。
そして、短い人生を生きる人は、生きる速度が決まる。
でもね、陸(リク)。それは、その人だけじゃないと思うの。
その人を愛した人も、同じように速度が速くなるんじゃないかな?
だから、人よりもたくさんその人に愛の言葉をささやいて、人よりもたくさんその人と愛し合う。
そして、二人ですべき事が、速い速度で行われる。
私はね陸(リク)・・・。
そんな風に思ったの。
あなたに抱かれて、あなたの全てを受け入れながら、私はそう思ったんだよ。
 
 
 
 
 
「カタン。」と外で音がした。
そして、廊下がきしむ音。
浅い眠りで、ウトウトしていた私は、すぐに目を覚ます。
すると、またもう一つ、今度は「カチャ」と扉が開く音がした。
 
「おっ!陸(リク)、今からか?」
 
匠(タクミ)さんの声が聞こえた。
「ああ。」と、返事をしながら私の扉の前までくる陸(リク)。
 
「今日は、教科なんだっけ?」
 
って聞かれた陸(リク)だけど、「答えるだけ面倒くさい。」と冷たい言葉。
 
「もしかして、緊張してんの?」
 
と笑われた陸(リク)は、「はぁ?」と呆れた声をあげる。
 
「よくいうよ。自分だって、先週は無口で、旅立っていってたくせに、自分が終わればすっかり忘れやがって。
そんなんだから彼女もできねぇーんだよ。」
 
と毒舌を吐く陸(リク)。
 
「それと、彼女とは関係ないだろ。」
 
笑いながら答えた匠(タクミ)さんに、「いや、大ありだよ。」と彼もさっきとは違っていつもの力の抜けた笑い声で答えた。
私はゆっくりと体を起こして、時計を見る。
午前6時。
まだ、早いけど、これくらいに出なきゃ、ギリギリだもんね。
私はそう思いながら、陸(リク)を見送ろうとベッドから降りた。
今日、2月15日は、陸(リク)の受ける大学の試験日。
昨日から始まってて、今日が二日目の最終日。
今日で、すべてが決まる。
匠(タクミ)さんは、北海道にある国立の大学をねらっていて、先週向こうへ出向いて試験を受けてきた。
私には、「どうかな?」って笑っていた匠(タクミ)さんだけど、その匠(タクミ)さんの顔を見た陸(リク)は、
 
「あの余裕の顔がむかつく!
てごたえあり。って顔が腹立つ。」
 
って、怒ってた。
だから、結果は大丈夫じゃないかな?って勝手に思ってるんだけど。
あとは、陸(リク)よね。
昨日の試験は、得意科目ばっかりだったから、時間が余って楽勝だったっていってたけど、今日はどちらかといえば、苦手な教科が1つ混ざってるとかで、
 
「あぁー!行きたくねぇー!!」
 
と散々愚痴をこぼしてたっけ。
挙句の果てには、「冬真(トウマ)に受けてもらおうかな。」とまで、言ってたぐらいだから。
匠(タクミ)さんじゃなくて、冬真(トウマ)さんって所が、なんか笑えるでしょ。
ホント、二人は仲良しなんだから。
仲良しといえば、ちょうどその時、冬真(トウマ)さんから電話があったんだよね。
陸(リク)が、不安がってるかも?って思ったみたいで、散々冬真(トウマ)さんに確認してたよ。
何とかの法則が、どうとかこうとか。
代用して、仮定をつくって、そして立証してとか・・・。
そばで聞いてても、さっぱりわかんなくて、私はそれを聞きながらうたた寝してたくらい。
でも、それで、ちょっとは気が晴れたのか、今の匠(タクミ)さんとのやりとりを聞いてる限りは、いつもの陸(リク)に戻ったみたいで、ちょっと安心した。
階段をおりると、陸(リク)がバイクのジャケットを着ている所だった。
 
「今日も、バイクで行くのか?
午後から雨が降るらしいから、電車にしたらどうだ。
高速走るんだろ?」
 
いつもはそんな事いわない匠(タクミ)さんが、今日はやけに陸(リク)を引き止める。
でも、陸(リク)は、
 
「らしくないこと言うなよ。気持ち悪い。」
 
と冷たくあしらうと、「じゃ、行くわ。」と言ってカバンを乱暴につかんだ。
その時、ちょうど階段から降りてきた私に陸(リク)が気付いた。
私の姿に、匠(タクミ)さんも驚く。
 
「起きて大丈夫なの?」
 
と私を心配してくれる匠(タクミ)さんに、「平気。」と笑顔で答えた。
ここ最近、ちょっと体調が悪くて、食欲もあまりないし、頭痛とめまいがあって、よく学校も休んでるんだ。
匠(タクミ)さんや、お母さんは、環境が変わったり、生活のリズムが変わったからだろうって言ってるけど、ちょっと引っかかる事もあって、私は今悩んでたりするの。
でも、それは、陸(リク)が今日無事に試験を終えたら、陸(リク)には言おうと思ってるから、今は言わないけどね。
今は、元気に振舞って、陸(リク)を送り出したいから。
私は陸(リク)の前に立った。
 
「頑張ってね。」
 
笑顔でそういった私に陸(リク)は、「ああ。」と答えながら、私を抱きしめる。
陸(リク)を感じていると、本当に心が落ち着く。
彼の背中に腕を回して、私も彼を抱きしめた。
 
「麗美(レミ)・・・。」
 
耳元でささやいた陸(リク)の声に、「ん?」と私は顔を彼の方に向けて返事をする。
 
「俺が無事大学受かって、4月になったら、一緒に暮らそう。」
 
声が出なかった。
ただ、ビックリした顔で陸(リク)を見ていた私。
 
「驚き過ぎだって・・・。」
 
と陸(リク)は呆れた笑いをしながら、今度は私の額と自分の額をくっつけた。
 
「真美さんとオヤジに俺たちの事、話そう。
それで、わかってもらえなかったら、家を出よう。
親にバレてる状態で、一緒に住むのは無理があるだろうから。
麗美(レミ)はまだ、1年高校があるから、この近くに住んで、俺は大学にバイクで通うから。」
 
「でも・・・。」
 
私は、素直に喜べなかった。
だって、そうでしょ。
これじゃあ、陸(リク)にばっかり負担がかかってる。
陸(リク)が通おうとしてる大学は、ここからは本当に遠いの。
高速を使っても1時間半くらいかかるみたいだから、絶対に向こうに住んだ方がいいに決まってる。
それに、一緒に暮らすとなれば、生活費はどうなるの。
それだけでも、大変だし、これ以上、陸(リク)に迷惑はかけられないよ・・・。
 
「そんなに無理しないで。
私は、このままでいいよ。
お母さんにいうのは、陸(リク)が医者になってからでいいから・・・ね。」
 
って言ってみるけど、陸(リク)は首を振る。
 
「俺が気付かないとでも思ってた?」
 
「えっ?」
 
陸(リク)から離れて私は彼をみる。
何もかもを見透かすような鋭い目で、私を見ている陸(リク)。
だけど、しばらくして、その目はとても優しい瞳に変わった。
陸(リク)から離れた私の顔を、自分の胸に押し当てた陸(リク)は、側にいる匠(タクミ)さんに聞こえないようにする為か、私の耳に口を近づけてきた。
 
「冬真(トウマ)には、連絡しておく。
今日、病院行って、ハッキリさせてきて。」
 
何もいわず、ただ陸(リク)をみつめる私に陸(リク)は、「ごめんな。」と謝った。
 
「本当は、明日一緒に行こうと思ってた。
でも、ごめん。俺が、早く知りたいんだ。」
 
そう言って笑った陸(リク)の顔が、すごくかわいくて、私は声を出して笑ってしまった。
 
「わかった。私も覚悟決めて行ってくる。
だから、陸(リク)も、今日、頑張ってね。」
 
「もちろん。」
 
いつもの自信満々の口調で陸(リク)はそう答えると、私に口づけをくれた。
それは、勇気と元気を与えてくれる、とっておきの魔法だった。
 
「試験終わって、向こう出る時、電話かけるから。」
 
陸(リク)はそういって、私を自分から離すと、「じゃーな。」と言って私に手を振りながら、家を出て行った。
彼を見送りながら、私も自分に改めて、気合いを入れた。
よしっ!私も頑張ろう!!・・・って。
 
 
 
 
 
扉を開けた。
そして、中にいる先生に、頭を下げながら、「ありがとうございました。」とお礼を言った私は、部屋を出た。
少し歩くと、白衣を着たある人の姿が!
窓から外を見て、そこで遊んでいる子供たちを、とても優しい眼差しで見ているその姿を見ていると、ちょっとかっこいいな。と思ってしまった。
近付きながら、彼を見ていた私。
視線を感じたのか、その人は私の存在に気付いて、こちらを見る。
 
「お疲れさん。」
 
さっき子供を見ていた時以上の優しい微笑を、私に向けてくれた冬真(トウマ)さん。
私もつられて笑顔で答える。
 
「そういえば、知らない間に陸(リク)から着信があったみたいでさ。
俺には、留守電も入ってなかったけど、麗美(レミ)ちゃんの方には、何か入ってない?」
 
そう言われて、私はカバンから携帯を取る。
液晶には、着信ありという表示が。
操作をして、誰からかを確認すると・・・。
 
「陸(リク)から、1時間前にあったみたい。」
 
と口にして、ある事に気付いた。
 
「あっ!留守電入ってるかも。」
 
そして、私は操作をして、受話器を耳に当てる。
 
「俺にはメッセージなかったくせに、その差はなんだよ。」
 
と愚痴る匠(タクミ)さんに笑っていた私の耳に、陸(リク)の声が再生された。
 
「麗美(レミ)、俺だけど。
今、終わった。こっちは、雨が降ってて、視界が見えにくいから、ゆっくり安全運転で帰るから心配するな。
たぶん、俺の方が帰るの遅くなるだろうから、とりあえず、家に帰る。
もし、その時お前がまだ病院にいたら、迎えにいくからさ。
結果、楽しみにしてる。じゃ、あとで。」
 
それを聞いたら、自然と笑顔になっちゃった。
 
「何?愛の告白?」
 
ニヤニヤ笑いながら冬真(トウマ)さんは、ひやかす。
 
「まー、それに似てるかな?」
 
と笑いながら、私は電話を切った。
 
「向こうは雨みたいなんですけど、こっちは・・・。」
 
なんていいながら、外に目をやる。
 
「曇ってるけどね。こっちは降るのは、夜中みたいだよ。」
 
と答えた冬真(トウマ)さんは、「陸(リク)、こっちには来ないんだろ?」と聞いてくる。
 
「はい。まだ、時間がかかりそうだから、家に直接帰るって。」
 
「なら、麗美(レミ)ちゃんも、もう帰るだろ?
下まで送るよ。」
 
そして、冬真(トウマ)さんは、止めていた足を動かして私の前を歩き出す。
 
「あのー。」
 
冬真(トウマ)さんの背中に向かって、声をかけた私に、「ん?」といいながら、彼は振り返った。
 
「どうかした?」
 
どうかしたって・・・。
ちょっと、心の中で、突っ込みつつ・・・私は冬真(トウマ)さんに言った。
 
「どうして、結果聞かないんですか。」
 
って。
これだけ、冬真(トウマ)さんに迷惑かけといて、どうだったか、普通は聞くでしょ。
でも、冬真(トウマ)さんは、「俺には、そんな権利ないから。」と笑いながら答えると、私の方に戻って来る。
 
「その結果を、誰よりも先に聞く権利がある男は、この世で、たった一人しかいない。
それは・・・俺じゃない。だろ?」
 
そういう堅い考えの冬真(トウマ)さんって、私好きなの。
人の気持ちを、すごく大切にしてくれているんだ。ってわかるから。
嬉しいのと、やっぱり冬真(トウマ)さんらしいや。って思ったら、自然と笑っていた私。
 
「そうですね。陸(リク)も楽しみにしてるみたいだし。」
 
私の答えに、「だろ?」と笑うと、私の肩にポンと軽く触れた。
彼にうながされるまま、私は止めていた足を動かした。
二人で、とめどない話をしながら、玄関に向かって歩いていた時だった。
 
「冬真(トウマ)先生!!冬真(トウマ)先生!!」
 
遠くの角を曲がってきた看護師が、大声でそう叫びながら、こちらに向かって猛ダッシュで走ってくる。
こんなに猛スピードで走ってる看護師を、私は初めて見た。
それには、さすがの冬真(トウマ)さんも、驚いたようで、「どうしたの?」とちょっと体を後退させながら聞く。
 
「急患です。高速道路で、大型トラックとバイクの接触事故で、バイクの男性が今搬送されてきたんですけど、外傷がひどく、すぐに緊急オペが必要だと外科部長が。」
 
すごい剣幕で冬真(トウマ)さんにいうその看護師さんだけど、冬真(トウマ)さんはなぜかすごく冷静。
 
「だったら、オペしたらいいじゃないか。
俺は、内科医だから、俺には関係ないよ。」
 
「それが、冬真(トウマ)先生じゃないとダメなんです。」
 
看護師さんは、大声で叫ぶと、今置かれている現実を口にした。
 
「困難なオペなので、海(カイ)先生か雪先生しか無理なんです。
でも、お二人とも、緊急オペを行ってて、みれなくて。
彼を救えるのは、冬真(トウマ)先生しかいないんです。
早く、来てください。」
 
「だったら、なんで受け入れたんだ。
そのクランケの症状は、連絡を受けた時点でわかっていただろ。
オヤジも海(カイ)さんも、見れない状況だったら、なぜ受け入れたりした!」
 
診れる医者がいない所へ運ばれるという事は、その患者がさらに危険にさらされるという事。
冬真(トウマ)さんは、それが許せなかったみたいで、声を荒げて怒鳴った。
こんな冬真(トウマ)さんをみたのは、初めてだった。
だけど、そんな冬真(トウマ)さんにひるむことなく、看護師さんは理由を言ったの。
 
「彼が、希望されたからです。」
 
って。その言葉に、冬真(トウマ)さんの顔が、どんどん曇っていった。
 
「希望・・・って・・・。」
 
「救急隊員がかけつけた時は、わずかに意識はあったそうです。
その時に、彼が言ったそうです。
『梅澤総合病院の冬真(トウマ)先生の所へ連れて行ってくれ。』と。
でも、状況を聞く限り、内科医の冬真(トウマ)先生では無理だと判断して、外科部長に診ていただくように準備をして迎え入れたのですが、先生でも手におえないとおっしゃって。
それで、オペ室の雪先生に状況を説明したんです。
そしたら、冬真(トウマ)先生なら出来るから、先生に診てもらえと。
それに、患者さんも、先生を求めてこられているし、だから・・・。」
 
「ちょ・・・ちょっと待て!」
 
今度は冬真(トウマ)さんが取り乱す。
慌てて、まだ話しているその看護師さんを止める。
確かに・・・おかしいよね。
だって、冬真(トウマ)さんは、身内以外には内科医で通しているんだもん。
その彼を、交通事故で思いっきり外傷の患者が、指名するなんて・・・。
まるで、冬真(トウマ)さんが自分を救えると知っているみたいに・・・。
えっ?知ってる??
私の胸に、零下の雫が、すーっと落ちていくようだった。
それは本当に細くて弱い水の帯だったのに、それが通った所が、信じられないくらいのスピードで、周り一面を凍りつかせていくようだった。
私は、ただ・・・冬真(トウマ)さんと看護師さんのやりとりを、まばたきも忘れてみていた。
 
「その男の・・・名前は?」
 
さっきより、見た目は落ち着いて見えた冬真(トウマ)さん。
でも、冬真(トウマ)さんの声のトーンと、言葉の発し方を聞けば、彼を知っている人なら誰でもわかる。
彼が、恐る恐る口にした言葉だって事が・・・。
冬真(トウマ)さんが言った言葉の答えを、私も冬真(トウマ)さんも、言葉で言い表せないくらいの緊張の中、待った。
冬真(トウマ)さんの言葉を聞いて答えた看護師さんの時間は、わずか数秒だったと思う。
でも、私にとっては、その時間はすごく長かったように思えた。
きっと、冬真(トウマ)さんも同じだったはず・・・。
 
「名前は・・・。」
 
と口にした看護師さんは、こう続けた。
 
「葛城 陸(カツラギ リク)さんです。」
 
「ガシャン・・・・。」
 
私は、持っていた携帯電話を床に落とした。
すると一気に体の力が抜けて、私はその場で倒れこみそうになる。
必死になって、側にあった壁に手をついた。
そのまま、壁づたいに、私はへなへなとその場にしゃがみこんだ。
 
「大丈夫ですか!!」
 
看護師さんは、私を気にかけてくれて、私の側に走ってきてくれた。
だけど、そんな彼女を冬真(トウマ)さんの叫び声が襲う。
 
「おいっ!どっちだ!」
 
とっさに意味がわからない看護師さんは、私の目の前に座り込みながら、「えっ?」とつぶやき、今度は冬真(トウマ)さんの方に振り返る。
 
「第一か第二、どっちだ。」
 
さらに聞く冬真(トウマ)さんに、「あっ・・・。」と看護師さんは口にすると、
 
「第一処置室です。」
 
と答えた。
 
「わかった。君は彼女のケアーを頼む。」
 
冬真(トウマ)さんはそういうと、走り出す。
 
「ちょ、ちょっと待って下さい。
この女性は、一体?」
 
と叫ぶ看護師さんに、冬真(トウマ)さんも叫んで答える。
 
「彼女は、葛城陸(カツラギ リク)の恋人だ。」
 
そう告げた冬真(トウマ)さんは、そのあと、すごいスピードで陸(リク)が待つ第一処置室に向かって行った。
私は・・・何も考えられなかった。
今、何が起こってるのか・・・。
陸(リク)が・・・事故?
これは・・・夢?
幸せの絶頂にいたはずなのに、いつの間にか私は、先が見えない暗い闇に突き落とされていた・・・。
 
 
☆☆☆ 7章 END ☆☆☆
 
 



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