ドアが開く音が遠くで聞こえた。
私は眠っていた意識を取り戻して、目を開ける。
さっきまで、私の側にいた陸(リク)は今は、ドレッサーの前にいた。
洗濯された服を着て、髪を手ぐしで、まとめてる。
鏡越しに私の姿を見た陸(リク)は、鏡の私に優しく微笑みを送る。
「起きたか?」
そういって振り返ると、私の方に近付いてくる。
上半身を起こして起き上がった私のすぐ側に彼は、座る。
そして、すぐに私を抱きしめてくれる。
「どこか、行くの?」
「ああ。病院に行く時間だから。
昨日、大介に逢えなかっただろ?
今日は逢いに行くって、約束してるから。
アイツ、今日から3年生の算数するんだって、張り切ってて。ごめんな。」
「ううん。大丈夫。」
私はそういいながら、陸(リク)の背中越しに、時計を見た。
それを見て、思わず叫んじゃう。
「うそぉー!もう、1時?!」
今日は土曜日で学校は休みだけど・・・。
えっ?最後に陸(リク)に抱かれたのって、明け方だったよね。
って事は・・・。
「私、すごく寝てたよね・・・。」
とバツが悪くなる私だけど、陸(リク)は、「そうかな?」と笑うと、
「俺も、さっきまで寝てたし、気にすんな。」
とホローをくれて、深いキスをくれた。
その時、陸(リク)の前髪が私の顔に触れて、それで気付いた。
「陸(リク)、お風呂入ったの?」
その指摘に、「うん。けど、なんで?」と陸(リク)は不思議そう。
「髪から、シャンプーの香りがしたから。」
「ああ。」と言いながら陸(リク)は自分の手で、髪をさわる。
「大介がうるさくてさ。」
「うるさい?」
「そう。」と言って笑った陸(リク)は、「前な・・・。」なんて言い出して、こんな話を始めた。
「麗美(レミ)を抱いたあと、俺爆睡しちゃって、病院に行く時間ギリギリに起きたんだよ。
で、急いでそのまま病院に行ったら、大介だけにバレてさ。」
「バレたって、何が?」
「『陸(リク)先生のにおいが違う。』って。
うるさいの、なんのって。
すっげぇー、はずかしくてさ。
それから、麗美(レミ)を抱いたあとは、風呂に入るようにしてる。
俺的には、麗美(レミ)の香りは残しておきたいんだけどな。」
なるほどねぇー。そういう事だったんだ。
確かに子供って、敏感だし、素直だからね。
思った事、口にしちゃうって事あるもん!
「じゃ、俺、そろそろいくわ。」
陸(リク)の言葉に、「あっ!」と私は思い出す。
「何?」と陸(リク)に言われて即答。
「お昼ご飯は?朝も食べてないし。」
でも陸(リク)は、「いらないよ。」と笑う。
「どうせ、冬真(トウマ)も今朝松山から戻って、即勤務してるから飯喰ってないだろうし。
一緒に、中で喰うよ。」
なんて言われた。
大事な時期なのに、勉強時間も奪い、睡眠時間も奪い、そのうえ、食事も食べさせないなんて・・・。
私って、ホント最低だよ・・・。
自分の最低ぶりに、「はぁー。」とため息をついて、意気消沈の私。
「別に、麗美(レミ)に飯作ってもらおうなんて思ってねぇーから、そんなに落ち込むなよ。」
と言われながら頭をなでられてもねぇー。
「う・・・ん。」とまだ、元気がでない私を陸(リク)は、「しょうがねぇーな。」と笑うと、前かがみになって私の頬に触れると、私にいつもの優しいキスをして、抱きしめた。
「俺が麗美(レミ)にしてほしいのは、俺を求めてほしいって事だけだから。
俺も麗美(レミ)を求めて帰ってくる。
だから、それを麗美(レミ)が受け入れてくれて、そして俺を求める麗美(レミ)を見せてくれたらいい。
麗美(レミ)に必要とされてる。麗美(レミ)に愛されてる。
俺は、そう感じたいんだ。
今の麗美(レミ)は、俺にそれをたっぷり感じさせてくれたから、満点!
だから、そんな顔するな。」
陸(リク)にそう言われると、素直に「それでいいんだー。」って思えた。
いいわけないけど・・・それでいいって。
そんな私を陸(リク)は、受け入れてくれるんだって事が・・・うれしかったから。
私も陸(リク)に抱きついた。
「陸(リク)・・・。今日も帰ってくるの5時?」
「そうだな。いつものコースだから。」
と笑う陸(リク)に、私はさらに自分の体をくっつけて、彼に抱きついた。
「帰ってきたら、すぐに私を抱いてね。
いつもみたいに、意地悪しないで、すぐに・・・。」
「麗美(レミ)?」
私の言葉に陸(リク)は少し戸惑い、私の顔を見ようとするけど、私は彼の体から動かないでしがみついた。
「激しく強く・・・抱いて・・・。陸(リク)を感じたいから・・・・。」
本当は今すぐ抱いてほしかった。
でも、それはできないから。
大介くんが待ってるし、陸(リク)は行かなきゃいけないから。
だから、我慢する。
私といつも過ごす時間まで、陸(リク)を待つから。
せめて、今陸(リク)を送り出せるように、私に約束を頂戴。
嘘でもいいから。
私のこの気持ちをなだめさせるような約束を・・・。
でも、陸(リク)はホント、正直者だから。
「戻ってきたら、みんな家にいるだろ。
さっきみたいには、抱けないよ。」
とマジメに答えてきちゃって、私はプッと噴出し笑いをしてしまう。
「おい。」
と、つっこんできた陸(リク)だけど、私は笑いのツボにハマったみたいで、止まらなかった。
「挑発してきたのは、お前だろ。
なのに、なんで、そんなに笑ってんだよ。」
と怒り出す陸(リク)に、「だってぇー。」と涙目で笑う私。
でも、これで、陸(リク)を求める私の気持ちが、少しはおさまった。
だから、私は、丁度よかったかな?って思ったんだけど・・・。
「俺もさ、麗美(レミ)をさっきみたいに抱きたいよ。」
陸(リク)の言葉に、私の笑いは止まる。
彼を見る私を彼は、キス攻撃で攻めてくる。
「激しく強く・・・何にもしばられずに、抱きたい・・・。」
「陸(リク)・・・。」
お互いの唇が重なって、思いも重なるキスをすると、もう止まらなくなりそうになる。
私は、たまらず、途中で自分から強引に、陸(リク)から唇を離した。
「せっかくお風呂入ったのに・・・。
また、香りが移っちゃうよ・・・。」
でも、陸(リク)は答えずに、私の唇を奪う。
そして、そのまま私の体を愛撫する。
「待って・・・陸(リク)!」
必死で止める私に、陸(リク)はキスをしながらこう言った。
「麗美(レミ)は、我慢できるの?
15時間以上も、俺を感じないでいられる?」
「それは・・・。」
言葉をつまらす私に、陸(リク)はちょっと楽しそうに笑う。
そして、私の目を、みつめる。
「俺は我慢できない。
大介には、もうちょい、待っててもらう。」
それに対して私は答えようとした。
『でも、大介くんだって、待ってるんだから、行ってあげなきゃっ。』って私は言おうとしたの。
だけど、それを陸(リク)が言わせなかった。
口をふさいで、私の腰をささえ、指で私の中を乱す。
私は、自分の想いと、陸(リク)の想いに負けた。
心の中で大介くんに謝った私は、両手を陸(リク)の体に回す。
私もその気になったと感じた陸(リク)は、私の言った通り、激しく強く私を攻める。
だけど、私は、どうしてもしたかった事があった。
だから、陸(リク)がいつものようにする前に、私は自分から陸(リク)に迫ったの。
「ちょ・・・待て・・・麗美(レミ)。」
驚きながらも陸(リク)は私を止めた。
でも、私は、「いいから。」と陸(リク)に告げると、自分から陸(リク)を入れた。
「そのままの陸(リク)がほしい。
陸(リク)の『全て』がほしい。
この意味・・・わかる?」
それに対して陸(リク)は、ただ笑った。
私は、陸(リク)に止められるかも。って思ってた。
でも、彼は私の想いを受け入れてくれて、そのまま続けた。
初めて感じる陸(リク)の感触。熱さ・・・。
やっぱり、ちょっと違った気がした。
本当は、心の中で、なんで?って言ってる自分がいたの。
もし、これで、できちゃったら、どうすんのって。
そうだよね・・・確率が増えちゃうんだもん。
でも、わからないんだけど、私はこれがしたかったの。
どうして、今なのか。
どうして、これを自分からせがんだのか・・・。
わからないけど、陸(リク)のいう通り、人の寿命は産声をあげた時に決まっているのかもしれない。
そして、短い人生を生きる人は、生きる速度が決まる。
でもね、陸(リク)。それは、その人だけじゃないと思うの。
その人を愛した人も、同じように速度が速くなるんじゃないかな?
だから、人よりもたくさんその人に愛の言葉をささやいて、人よりもたくさんその人と愛し合う。
そして、二人ですべき事が、速い速度で行われる。
私はね陸(リク)・・・。
そんな風に思ったの。
あなたに抱かれて、あなたの全てを受け入れながら、私はそう思ったんだよ。
「カタン。」と外で音がした。
そして、廊下がきしむ音。
浅い眠りで、ウトウトしていた私は、すぐに目を覚ます。
すると、またもう一つ、今度は「カチャ」と扉が開く音がした。
「おっ!陸(リク)、今からか?」
匠(タクミ)さんの声が聞こえた。
「ああ。」と、返事をしながら私の扉の前までくる陸(リク)。
「今日は、教科なんだっけ?」
って聞かれた陸(リク)だけど、「答えるだけ面倒くさい。」と冷たい言葉。
「もしかして、緊張してんの?」
と笑われた陸(リク)は、「はぁ?」と呆れた声をあげる。
「よくいうよ。自分だって、先週は無口で、旅立っていってたくせに、自分が終わればすっかり忘れやがって。
そんなんだから彼女もできねぇーんだよ。」
と毒舌を吐く陸(リク)。
「それと、彼女とは関係ないだろ。」
笑いながら答えた匠(タクミ)さんに、「いや、大ありだよ。」と彼もさっきとは違っていつもの力の抜けた笑い声で答えた。
私はゆっくりと体を起こして、時計を見る。
午前6時。
まだ、早いけど、これくらいに出なきゃ、ギリギリだもんね。
私はそう思いながら、陸(リク)を見送ろうとベッドから降りた。
今日、2月15日は、陸(リク)の受ける大学の試験日。
昨日から始まってて、今日が二日目の最終日。
今日で、すべてが決まる。
匠(タクミ)さんは、北海道にある国立の大学をねらっていて、先週向こうへ出向いて試験を受けてきた。
私には、「どうかな?」って笑っていた匠(タクミ)さんだけど、その匠(タクミ)さんの顔を見た陸(リク)は、
「あの余裕の顔がむかつく!
てごたえあり。って顔が腹立つ。」
って、怒ってた。
だから、結果は大丈夫じゃないかな?って勝手に思ってるんだけど。
あとは、陸(リク)よね。
昨日の試験は、得意科目ばっかりだったから、時間が余って楽勝だったっていってたけど、今日はどちらかといえば、苦手な教科が1つ混ざってるとかで、
「あぁー!行きたくねぇー!!」
と散々愚痴をこぼしてたっけ。
挙句の果てには、「冬真(トウマ)に受けてもらおうかな。」とまで、言ってたぐらいだから。
匠(タクミ)さんじゃなくて、冬真(トウマ)さんって所が、なんか笑えるでしょ。
ホント、二人は仲良しなんだから。
仲良しといえば、ちょうどその時、冬真(トウマ)さんから電話があったんだよね。
陸(リク)が、不安がってるかも?って思ったみたいで、散々冬真(トウマ)さんに確認してたよ。
何とかの法則が、どうとかこうとか。
代用して、仮定をつくって、そして立証してとか・・・。
そばで聞いてても、さっぱりわかんなくて、私はそれを聞きながらうたた寝してたくらい。
でも、それで、ちょっとは気が晴れたのか、今の匠(タクミ)さんとのやりとりを聞いてる限りは、いつもの陸(リク)に戻ったみたいで、ちょっと安心した。
階段をおりると、陸(リク)がバイクのジャケットを着ている所だった。
「今日も、バイクで行くのか?
午後から雨が降るらしいから、電車にしたらどうだ。
高速走るんだろ?」
いつもはそんな事いわない匠(タクミ)さんが、今日はやけに陸(リク)を引き止める。
でも、陸(リク)は、
「らしくないこと言うなよ。気持ち悪い。」
と冷たくあしらうと、「じゃ、行くわ。」と言ってカバンを乱暴につかんだ。
その時、ちょうど階段から降りてきた私に陸(リク)が気付いた。
私の姿に、匠(タクミ)さんも驚く。
「起きて大丈夫なの?」
と私を心配してくれる匠(タクミ)さんに、「平気。」と笑顔で答えた。
ここ最近、ちょっと体調が悪くて、食欲もあまりないし、頭痛とめまいがあって、よく学校も休んでるんだ。
匠(タクミ)さんや、お母さんは、環境が変わったり、生活のリズムが変わったからだろうって言ってるけど、ちょっと引っかかる事もあって、私は今悩んでたりするの。
でも、それは、陸(リク)が今日無事に試験を終えたら、陸(リク)には言おうと思ってるから、今は言わないけどね。
今は、元気に振舞って、陸(リク)を送り出したいから。
私は陸(リク)の前に立った。
「頑張ってね。」
笑顔でそういった私に陸(リク)は、「ああ。」と答えながら、私を抱きしめる。
陸(リク)を感じていると、本当に心が落ち着く。
彼の背中に腕を回して、私も彼を抱きしめた。
「麗美(レミ)・・・。」
耳元でささやいた陸(リク)の声に、「ん?」と私は顔を彼の方に向けて返事をする。
「俺が無事大学受かって、4月になったら、一緒に暮らそう。」
声が出なかった。
ただ、ビックリした顔で陸(リク)を見ていた私。
「驚き過ぎだって・・・。」
と陸(リク)は呆れた笑いをしながら、今度は私の額と自分の額をくっつけた。
「真美さんとオヤジに俺たちの事、話そう。
それで、わかってもらえなかったら、家を出よう。
親にバレてる状態で、一緒に住むのは無理があるだろうから。
麗美(レミ)はまだ、1年高校があるから、この近くに住んで、俺は大学にバイクで通うから。」
「でも・・・。」
私は、素直に喜べなかった。
だって、そうでしょ。
これじゃあ、陸(リク)にばっかり負担がかかってる。
陸(リク)が通おうとしてる大学は、ここからは本当に遠いの。
高速を使っても1時間半くらいかかるみたいだから、絶対に向こうに住んだ方がいいに決まってる。
それに、一緒に暮らすとなれば、生活費はどうなるの。
それだけでも、大変だし、これ以上、陸(リク)に迷惑はかけられないよ・・・。
「そんなに無理しないで。
私は、このままでいいよ。
お母さんにいうのは、陸(リク)が医者になってからでいいから・・・ね。」
って言ってみるけど、陸(リク)は首を振る。
「俺が気付かないとでも思ってた?」
「えっ?」
陸(リク)から離れて私は彼をみる。
何もかもを見透かすような鋭い目で、私を見ている陸(リク)。
だけど、しばらくして、その目はとても優しい瞳に変わった。
陸(リク)から離れた私の顔を、自分の胸に押し当てた陸(リク)は、側にいる匠(タクミ)さんに聞こえないようにする為か、私の耳に口を近づけてきた。
「冬真(トウマ)には、連絡しておく。
今日、病院行って、ハッキリさせてきて。」
何もいわず、ただ陸(リク)をみつめる私に陸(リク)は、「ごめんな。」と謝った。
「本当は、明日一緒に行こうと思ってた。
でも、ごめん。俺が、早く知りたいんだ。」
そう言って笑った陸(リク)の顔が、すごくかわいくて、私は声を出して笑ってしまった。
「わかった。私も覚悟決めて行ってくる。
だから、陸(リク)も、今日、頑張ってね。」
「もちろん。」
いつもの自信満々の口調で陸(リク)はそう答えると、私に口づけをくれた。
それは、勇気と元気を与えてくれる、とっておきの魔法だった。
「試験終わって、向こう出る時、電話かけるから。」
陸(リク)はそういって、私を自分から離すと、「じゃーな。」と言って私に手を振りながら、家を出て行った。
彼を見送りながら、私も自分に改めて、気合いを入れた。
よしっ!私も頑張ろう!!・・・って。
扉を開けた。
そして、中にいる先生に、頭を下げながら、「ありがとうございました。」とお礼を言った私は、部屋を出た。
少し歩くと、白衣を着たある人の姿が!
窓から外を見て、そこで遊んでいる子供たちを、とても優しい眼差しで見ているその姿を見ていると、ちょっとかっこいいな。と思ってしまった。
近付きながら、彼を見ていた私。
視線を感じたのか、その人は私の存在に気付いて、こちらを見る。
「お疲れさん。」
さっき子供を見ていた時以上の優しい微笑を、私に向けてくれた冬真(トウマ)さん。
私もつられて笑顔で答える。
「そういえば、知らない間に陸(リク)から着信があったみたいでさ。
俺には、留守電も入ってなかったけど、麗美(レミ)ちゃんの方には、何か入ってない?」
そう言われて、私はカバンから携帯を取る。
液晶には、着信ありという表示が。
操作をして、誰からかを確認すると・・・。
「陸(リク)から、1時間前にあったみたい。」
と口にして、ある事に気付いた。
「あっ!留守電入ってるかも。」
そして、私は操作をして、受話器を耳に当てる。
「俺にはメッセージなかったくせに、その差はなんだよ。」
と愚痴る匠(タクミ)さんに笑っていた私の耳に、陸(リク)の声が再生された。
「麗美(レミ)、俺だけど。
今、終わった。こっちは、雨が降ってて、視界が見えにくいから、ゆっくり安全運転で帰るから心配するな。
たぶん、俺の方が帰るの遅くなるだろうから、とりあえず、家に帰る。
もし、その時お前がまだ病院にいたら、迎えにいくからさ。
結果、楽しみにしてる。じゃ、あとで。」
それを聞いたら、自然と笑顔になっちゃった。
「何?愛の告白?」
ニヤニヤ笑いながら冬真(トウマ)さんは、ひやかす。
「まー、それに似てるかな?」
と笑いながら、私は電話を切った。
「向こうは雨みたいなんですけど、こっちは・・・。」
なんていいながら、外に目をやる。
「曇ってるけどね。こっちは降るのは、夜中みたいだよ。」
と答えた冬真(トウマ)さんは、「陸(リク)、こっちには来ないんだろ?」と聞いてくる。
「はい。まだ、時間がかかりそうだから、家に直接帰るって。」
「なら、麗美(レミ)ちゃんも、もう帰るだろ?
下まで送るよ。」
そして、冬真(トウマ)さんは、止めていた足を動かして私の前を歩き出す。
「あのー。」
冬真(トウマ)さんの背中に向かって、声をかけた私に、「ん?」といいながら、彼は振り返った。
「どうかした?」
どうかしたって・・・。
ちょっと、心の中で、突っ込みつつ・・・私は冬真(トウマ)さんに言った。
「どうして、結果聞かないんですか。」
って。
これだけ、冬真(トウマ)さんに迷惑かけといて、どうだったか、普通は聞くでしょ。
でも、冬真(トウマ)さんは、「俺には、そんな権利ないから。」と笑いながら答えると、私の方に戻って来る。
「その結果を、誰よりも先に聞く権利がある男は、この世で、たった一人しかいない。
それは・・・俺じゃない。だろ?」
そういう堅い考えの冬真(トウマ)さんって、私好きなの。
人の気持ちを、すごく大切にしてくれているんだ。ってわかるから。
嬉しいのと、やっぱり冬真(トウマ)さんらしいや。って思ったら、自然と笑っていた私。
「そうですね。陸(リク)も楽しみにしてるみたいだし。」
私の答えに、「だろ?」と笑うと、私の肩にポンと軽く触れた。
彼にうながされるまま、私は止めていた足を動かした。
二人で、とめどない話をしながら、玄関に向かって歩いていた時だった。
「冬真(トウマ)先生!!冬真(トウマ)先生!!」
遠くの角を曲がってきた看護師が、大声でそう叫びながら、こちらに向かって猛ダッシュで走ってくる。
こんなに猛スピードで走ってる看護師を、私は初めて見た。
それには、さすがの冬真(トウマ)さんも、驚いたようで、「どうしたの?」とちょっと体を後退させながら聞く。
「急患です。高速道路で、大型トラックとバイクの接触事故で、バイクの男性が今搬送されてきたんですけど、外傷がひどく、すぐに緊急オペが必要だと外科部長が。」
すごい剣幕で冬真(トウマ)さんにいうその看護師さんだけど、冬真(トウマ)さんはなぜかすごく冷静。
「だったら、オペしたらいいじゃないか。
俺は、内科医だから、俺には関係ないよ。」
「それが、冬真(トウマ)先生じゃないとダメなんです。」
看護師さんは、大声で叫ぶと、今置かれている現実を口にした。
「困難なオペなので、海(カイ)先生か雪先生しか無理なんです。
でも、お二人とも、緊急オペを行ってて、みれなくて。
彼を救えるのは、冬真(トウマ)先生しかいないんです。
早く、来てください。」
「だったら、なんで受け入れたんだ。
そのクランケの症状は、連絡を受けた時点でわかっていただろ。
オヤジも海(カイ)さんも、見れない状況だったら、なぜ受け入れたりした!」
診れる医者がいない所へ運ばれるという事は、その患者がさらに危険にさらされるという事。
冬真(トウマ)さんは、それが許せなかったみたいで、声を荒げて怒鳴った。
こんな冬真(トウマ)さんをみたのは、初めてだった。
だけど、そんな冬真(トウマ)さんにひるむことなく、看護師さんは理由を言ったの。
「彼が、希望されたからです。」
って。その言葉に、冬真(トウマ)さんの顔が、どんどん曇っていった。
「希望・・・って・・・。」
「救急隊員がかけつけた時は、わずかに意識はあったそうです。
その時に、彼が言ったそうです。
『梅澤総合病院の冬真(トウマ)先生の所へ連れて行ってくれ。』と。
でも、状況を聞く限り、内科医の冬真(トウマ)先生では無理だと判断して、外科部長に診ていただくように準備をして迎え入れたのですが、先生でも手におえないとおっしゃって。
それで、オペ室の雪先生に状況を説明したんです。
そしたら、冬真(トウマ)先生なら出来るから、先生に診てもらえと。
それに、患者さんも、先生を求めてこられているし、だから・・・。」
「ちょ・・・ちょっと待て!」
今度は冬真(トウマ)さんが取り乱す。
慌てて、まだ話しているその看護師さんを止める。
確かに・・・おかしいよね。
だって、冬真(トウマ)さんは、身内以外には内科医で通しているんだもん。
その彼を、交通事故で思いっきり外傷の患者が、指名するなんて・・・。
まるで、冬真(トウマ)さんが自分を救えると知っているみたいに・・・。
えっ?知ってる??
私の胸に、零下の雫が、すーっと落ちていくようだった。
それは本当に細くて弱い水の帯だったのに、それが通った所が、信じられないくらいのスピードで、周り一面を凍りつかせていくようだった。
私は、ただ・・・冬真(トウマ)さんと看護師さんのやりとりを、まばたきも忘れてみていた。
「その男の・・・名前は?」
さっきより、見た目は落ち着いて見えた冬真(トウマ)さん。
でも、冬真(トウマ)さんの声のトーンと、言葉の発し方を聞けば、彼を知っている人なら誰でもわかる。
彼が、恐る恐る口にした言葉だって事が・・・。
冬真(トウマ)さんが言った言葉の答えを、私も冬真(トウマ)さんも、言葉で言い表せないくらいの緊張の中、待った。
冬真(トウマ)さんの言葉を聞いて答えた看護師さんの時間は、わずか数秒だったと思う。
でも、私にとっては、その時間はすごく長かったように思えた。
きっと、冬真(トウマ)さんも同じだったはず・・・。
「名前は・・・。」
と口にした看護師さんは、こう続けた。
「葛城 陸(カツラギ リク)さんです。」
「ガシャン・・・・。」
私は、持っていた携帯電話を床に落とした。
すると一気に体の力が抜けて、私はその場で倒れこみそうになる。
必死になって、側にあった壁に手をついた。
そのまま、壁づたいに、私はへなへなとその場にしゃがみこんだ。
「大丈夫ですか!!」
看護師さんは、私を気にかけてくれて、私の側に走ってきてくれた。
だけど、そんな彼女を冬真(トウマ)さんの叫び声が襲う。
「おいっ!どっちだ!」
とっさに意味がわからない看護師さんは、私の目の前に座り込みながら、「えっ?」とつぶやき、今度は冬真(トウマ)さんの方に振り返る。
「第一か第二、どっちだ。」
さらに聞く冬真(トウマ)さんに、「あっ・・・。」と看護師さんは口にすると、
「第一処置室です。」
と答えた。
「わかった。君は彼女のケアーを頼む。」
冬真(トウマ)さんはそういうと、走り出す。
「ちょ、ちょっと待って下さい。
この女性は、一体?」
と叫ぶ看護師さんに、冬真(トウマ)さんも叫んで答える。
「彼女は、葛城陸(カツラギ リク)の恋人だ。」
そう告げた冬真(トウマ)さんは、そのあと、すごいスピードで陸(リク)が待つ第一処置室に向かって行った。
私は・・・何も考えられなかった。
今、何が起こってるのか・・・。
陸(リク)が・・・事故?
これは・・・夢?
幸せの絶頂にいたはずなのに、いつの間にか私は、先が見えない暗い闇に突き落とされていた・・・。
☆☆☆ 7章 END ☆☆☆
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