2007/11/24


9     8章  恋の結末
どれくらい時間が経ったのか・・・。
今、私はどうして、こんな所にいるのか・・・。
何も理解できないし、何より頭が全く動かない。
もやがかかっている感じで、ボーっとしてる。
体がフワフワと浮いてるような気分で、一人では座ることもできなかった。
私は、由梨華(ユリカ)に支えられながら、ソファーに座っていた。
ただ、一点を見つめてボーっとしている私。
そんな私の手を、しっかり握ってくれている由梨華(ユリカ)。
由梨華(ユリカ)と反対側には、匠(タクミ)さんがいて、私を二人が挟んでくれていた。
その奥には、お母さんと誠さんがいた。
誰も、一言も話さず、ただ目の前にある大きな扉の上のランプをジッと見ていた。
そんな状態が、もう何時間も続いていたような気がする。
まるで、その姿が一枚の絵のように、誰も全く動かなかった。
そんな私たちが動きを見せたのは、今までと違った音を耳にした瞬間だった。
遠くから、足音が聞こえた。
明らかに大きくなってくる足音。
速さから言って、その人は走っている感じ。
しばらくして、その人物が角から姿を現した。
みんなは、素早くそっちを見る。
私は、由梨華(ユリカ)の顔が動いたのをみて、初めてその足音に気付いた。
ゆっくりと顔をそちらに向けた。
向けた瞬間、私は一瞬息が止まるかと思った。
だって、こちらに向かって来ている人は、冬真(トウマ)さんだったから。
 
なんで?
だって、彼は今、目の前にある部屋で陸(リク)の手術をしているはずでしょ?
なのに、どうして?
どうして、向こうからやってくるの?
一体、どうなってるの??
 
頭がグチャグチャになって、わけがわからなくなった私は、たまらずその場で立ち上がる。
立ち上がって、正面から近付いてくる人を見て、私は思わず、「あっ。」と言った。
その後に続く言葉は、もちろん『違った。』って言葉。
冬真(トウマ)さんに似てる。
似てるけど、違う。
さっきは遠くからだったし、ちょうど月明かりが顔を照らしていたから、わからなかったけど、冬真(トウマ)さんに似た人は冬真(トウマ)さんより年配の人だった。
 
「おじさん・・・。」
 
近付いてきたその人に、はじめに口を開いたのは匠(タクミ)さんだった。
匠(タクミ)さんの声にその人は、すばやく匠(タクミ)さんに視線を移した。
そして、匠(タクミ)さんの目の前で足を止めた。
 
「よっ!久しぶりだな。
相変わらず、陸(リク)とは違う顔してんだな。」
 
と少し笑いながら言う。
 
「こんな時に、何言ってんだよ・・・。」
 
と苦笑いの匠(タクミ)さんに、
 
「こういう時だから、力抜かないとな。」
 
なんていいながら、その人も苦笑いをする。
私たちにあまり緊張感を与えないようにしているのかもしれないけど、その人の笑顔は心から笑っていないという事に私は・・・。
いや、ここにいる人たち全員が、わかっていたと思う。
笑えないくらい、状況は深刻なんだと、誰もが思った。
 
「おい、雪!!」
 
その人が来た方角から、声がした。
その声にその人はもちろん振り返るけど、私たちも声のした方へと視線をずらす。
その声の主は、さっきの人よりもさらに速いスピードで、私たちの元へと走ってくる。
 
「どうなってる?」
 
走りながらそう叫んだ彼に、雪と呼ばれた目の前の人は、「さーな。」と冷たく答える。
 
「さーなって・・・。」
 
と呆れながら口にした彼は、私たちの前に辿り着く。
 
「冬真(トウマ)の腕を、信じるしかないだろう。
とりあえず、入ろう。」
 
雪と呼ばれた人はそういうと、私たちに軽く頭を下げ、目の前の扉を開ける。
今、辿り着いた彼も、雪と言う人が入ったのを見て、自分も中に入ろうとする。
 
「じゃーな。」
 
匠(タクミ)さんにその人はそういうと、横に居る私に視線をずらした。
私とその人の目が重なった。
それで、気付いた。
 
「あっ!」
 
そう口にした私に、その人は、「えっ?」って言うけど、私は慌てて首を振る。
私の姿に彼は少し笑いながら、「どこかで逢ったかな?」と言いつつも、
 
「話は、またあとで。」
 
と言って軽く手を振り、目の前の扉を開けて消えていった。
 
「麗美(レミ)、さっきの人、知ってるの?」
 
立ち尽くしている私を、またソファーに座らせた由梨華(ユリカ)は、そう聞いてきた。
 
「実はね・・・。」
 
と口にした私は、前に出会った兄妹の話をした。
霙(ヨウ)くんと梅紅(メグ)ちゃんの話を・・・。
そうなの。さっきの男の人は、あの時逢った兄妹のお父さんだった。
だから、私はあの人の顔を知っていた。
でも、あの人は、私の顔を知らない。
そりゃそうだよね。
だけど、あの人、ドクターとは知ってたけど、外科医だったんだ。
 
「なるほどね。それで、麗美(レミ)ちゃん、海(カイ)さんの事、知ってたんだ。」
 
私が由梨華(ユリカ)に話した話を聞いていた匠(タクミ)さんは、全て聞いたあとでそういった。
 
「あの人・・・海(カイ)さんって言うんですか?」
 
私の言葉に匠(タクミ)さんは、「うん。」とうなずく。
 
「彼は、風間 海人(カザマ カイト)さんと言って、みんなからは、『海(カイ)さん』と呼ばれてる。
冬真(トウマ)のオヤジさんの腹違いの兄弟なんだ。
それで、さっき俺が『おじさん』と呼んでいた人だけど・・・。」
 
と匠(タクミ)さんがせっかく話してくれていたのに、それに横やりを入れたのは、やっぱりこの人。
 
「いつみても、やっぱり、かっこいいわぁ〜。」
 
って。
もちろん、何で由梨華(ユリカ)が知ってるの?って思ったよ。
いったい誰なのよ!って思ったりもした。
でも、それよりも、由梨華(ユリカ)の言葉に私も納得しちゃったんだよねぇー。
 
確かに・・・かっこいい。
 
って。
あの『雪』と呼ばれていた人は、本当にかっこよかった。
こんな時に不謹慎だといわれるかもしれないけど・・・本当にかっこよかったの。
整った顔なんだけど、綺麗だけじゃなくて、男らしさがあって。
普通にしてても、整いすぎているから、笑顔すらも必要ないのよ。
笑わなくても充分素敵というか・・・。
だから、反対に、そんな顔で笑顔を向けられたら・・・ドキってしちゃうような感じ。
もちろん、今はそんな気分じゃないから、ドキなんてしなかったけど。
でも、きっと普段であの人の笑顔を見たら、きっと恋しちゃうだろうな。って思えるくらい・・・。
それくらい、何もかもが素敵だったの。
だけど、その雪って人と、海(カイ)さんが兄弟っていうのは、意外かも?
だって、全然似てないから。
兄弟っていうなら、年が離れてるけど、雪って人と、冬真(トウマ)さんって言われた方がしっくりくるかな?
だって、本当に似ていたんだもん!
私は、心からそう思った。
思って、「ん?」とひっかかった。
そういえば、前に由梨華(ユリカ)が言ってたよね。
冬真(トウマ)さんの父親は、この病院の副院長で、『雪先生』と呼ばれてるって。
そして、こうも言ってた。
『雪先生に、息子はソックリだ』って・・・。
という事は・・・もしかして?
 
「ねぇー、匠(タクミ)さん。
さっきの『雪』って呼ばれていた人って、もしかして冬真(トウマ)さんのお父さん?」
 
匠(タクミ)さんに聞いたのに、答えたのは、もちろん彼女!
 
「そうよ!似てるでしょ!!
冬真(トウマ)さんもかっこいいけど、でも・・・私はやっぱ雪先生がいいわぁ〜。
あの大人な感じがすごく魅力的だし、かっこいい・・・。」
 
とうっとり顔で答えた由梨華(ユリカ)。
よく言うよ!つい最近、冬真(トウマ)さんに告白して、振られて落ち込んでたくせに・・・。
なんて思いながら呆れるけど、由梨華(ユリカ)は気付かずに、知らん顔。
 
「だけど・・・ホント、似てるよね。
一瞬、冬真(トウマ)さんかと思っちゃったもん。」
 
とうい私に匠(タクミ)さんは、「そう?そんなに似てるかな?」とちょっと笑いながら答えた。
まーね、幼い頃から顔を知っている人なら、そうなのかもしれないけど、私や由梨華(ユリカ)みたいに面識がそんなにない人だったら、似てるって思うよ。
さすが、親子だな〜って、そう思った。
 
「あっ!・・・。」
 
誠さんの声に、私たちは一斉に誠さんを見た。
彼の見ている先に、私たちも視線を向ける。
さっきまでついていた、手術中のランプが消えた。
私はたまらず、その場で立ち上がる。
しばらくして、扉が開いて、中から陸(リク)が出てきた。
ストレッチャーに乗せられ、口には呼吸器をつけた状態で、陸(リク)は看護師さんに連れられて廊下に出てくる。
 
「あの、手術は?陸(リク)は?」
 
とその看護師さんに聞いてみるけど、
 
「説明は、先生からありますので、少しお待ちください。」
 
と答えられた。
 
「とりあえず・・・待ってよう。」
 
匠(タクミ)さんは、そういって、私をなだめる。
私は、由梨華(ユリカ)と匠(タクミ)さんに支えながら、腰をおろした。
遠ざかる陸(リク)の姿を、ずっと見ていた私に、自動ドアが開く音が聞こえた。
私は、正面へと顔を向ける。
 
「冬真(トウマ)さん・・・。」
 
そこには、手術着を着た冬真(トウマ)さんが立っていた。
彼は何も言わずに、横にいるお母さんと誠さんの元へと行く。
 
「やるべき事はやりました。
あとは、アイツの生命力に託すしかありません。」
 
「それって・・・・もう、助からないという事ですか?」
 
震える手で口を抑えながら、お母さんは冬真(トウマ)さんにそう言った。
だけど、そういわれた冬真(トウマ)さんが、次に言った言葉は・・・。
 
「今、2階の集中治療室に連れて行きました。
アイツも、もう時期、目を覚ますと思います。
会ってやって下さい。」
 
そして、冬真(トウマ)さんは頭を下げると、私を見た。
 
「麗美(レミ)ちゃんも・・・早く、アイツのそばに行ってやって。」
 
そう言って笑った冬真(トウマ)さんの笑顔は、信じられないくらい力がなかった。
その笑顔が、何を語っているのか・・・。
そして、お母さんが言った言葉に、全く答えなかった冬真(トウマ)さんの真意は・・・。
そんな事を考えたら、全てが悪い方に結びついてしまって、私はどんどん追い詰められた。
体の力が抜けていきそうになる。
座り込んでしまう気持ちを、気丈にふる舞いながら、私はたまらずそばにいた由梨華(ユリカ)の腕をつかんだ。
そんな私の手を、由梨華(ユリカ)は優しくトントンと叩いてくれた。
 
「麗美(レミ)、陸(リク)先輩の所に行こう。
言って、言わなきゃいけない事があるんでしょ。
陸(リク)先輩、きっと今頃目を覚まして、待ってるよ。」
 
「そ・・・・だね。」
 
うまく声にならなかった。
まだ陸(リク)は生きてるのに、まるでもういなくなったような、そんな感覚になっている自分に戸惑った。
だって、涙が止まらないの。
そして、逢いにいくのが恐くて、足がすくみあがってる。
完全に石のようになっている私の体を、由梨華(ユリカ)が支えてくれて、私はゆっくり一歩一歩歩き出した。
 
「冬真(トウマ)。」
 
その声に、私は歩きながら、後ろを振り返った。
中から出てきた雪先生が、冬真(トウマ)さんに声をかける。
 
「お前、これからどうする?
勤務時間は、とっくに終わってるけど。
あとは、当直の海(カイ)にまかせるか?」
 
だけど、冬真(トウマ)さんは首を振った。
 
「最後までいるよ。」
 
「けど、親友なんだろ?
お前、大丈夫か?」
 
雪先生のあとから出てきた海(カイ)さんが、さらに冬真(トウマ)さんにせまる。
海(カイ)さんの言葉に、冬真(トウマ)さんは「ふっ。」と声を出して笑った。
 
「親友だから、いてやらないと。
アイツの最後を・・・。」
 
そのあとに続く言葉を、冬真(トウマ)さんは言いかけて止めた。
雪先生も海さんも、陸(リク)の状況はわかってる。
このあと、陸(リク)が辿る運命を二人は知ってる。
だから・・・冬真(トウマ)さんを心配したのかもしれない。
私は、頭の片隅でそう思った。
でも、私が想像した『運命』は恐ろしいものだったから・・・・。
私は、慌ててかき消した。
そんな事、考えない。
信じない・・・。
私が信じるのはただ1つ。
陸(リク)が、私たちと生きる未来・・・ただ、それだけだから・・・。
 
 
 
 
 
看護師さんにすすめられるまま、私たちは陸(リク)の部屋へと進んだ。
 
「陸(リク)・・・・。」
 
私は、彼の側に駆け寄った。
彼の手を握り、彼の側でひざまずく。
左腕には、点滴がうたれている。
体中、包帯だらけ。
顔は、何箇所もガーゼが張り付いてるし、頭にも包帯が巻かれていた。
 
「頭とお腹は、手術で縫合したけど、あと肋骨を何本か折ってるのと、足の骨も折れてる。即死しなかったのが、軌跡だよ。」
 
入り口でそんな声がした。
その人は、そのまま中に入って来ると、陸(リク)の左腕を手にとり、脈を測る。
 
「でも、冬真(トウマ)さん・・・。
大型トラックと接触したって言ってましたよね?
普通なら、完全に即死でしょう・・・。」
 
匠(タクミ)さんの言葉に、「普通ならね。」と冬真(トウマ)さんは言うと、今度は私を見た。
 
「その答えは、麗美(レミ)ちゃんの留守電にある。」
 
「私の・・・留守電?」
 
首をかしげる私に、冬真(トウマ)さんはうなずくと、「俺の想像だけど・・・。」と言った。
 
「アイツ、雨が降ってて視界が見えにくいから、ゆっくり帰るって言ってなかった?」
 
「えっ?」
 
握っている陸(リク)の手を、思わず離しちゃうくらい、私は驚いた。
確かに・・・・。
冬真(トウマ)さんがいう通り、陸(リク)はそんな事を言っていたような・・・。
でも、冬真(トウマ)さんは、留守電を聞いてないし、私だって一言も言ってない。
なのに、どうしてそんな事が??
 
「なんで・・・・?」
 
きょとんとする私に、「あたりか。」といいながら、冬真(トウマ)さんは笑う。
 
「麗美(レミ)ちゃんが、陸(リク)が戻ってくるには、もう少し時間がかかる。と俺に言っただろ?
でも、陸(リク)からの連絡は、1時間も前にあったんだよね?
そして、向こうは雨が降ってる。
そう考えた時、陸(リク)がどうやって帰ってくるか、俺には何となく予測が出来た。
今の陸(リク)は、ムチャはしない。
ゆっくり安全運転で帰ってくる。ってね。
スピードをあまり出してなかった事が、よかったんだ。」
 
「ムチャをしないって・・・どうして、わかったんですか?」
 
と言ったのは、由梨華(ユリカ)。
すると、冬真(トウマ)さんは、私にニッコリ笑う。
 
「それは、麗美(レミ)ちゃんが、一番よくわかっているんじゃないの?
そして、陸(リク)が、とっさに自分の命を延ばそうと、死神を追いやった事も・・・。
アイツは、あのままじゃ、死ねないと思ったんだよ。
麗美(レミ)ちゃんの『答え』を聞かなきゃ。
そして、それに対しての『答え』を、麗美(レミ)ちゃんに与えてやらなきゃって。
だから、アイツは必死で生きて、今ここにいる。
アイツに、『答え』を教えてやって。」
 
冬真(トウマ)さんがそういった時だった。
眠っていたはずの陸(リク)の呼吸が、少し変になる。
私は、すぐに陸(リク)を見た。
目を覚ました陸(リク)は、私に必死に何かを言っている。
でも、こもってて、うまく聞こえない。
 
「何?」
 
と必死で聞く私に、冬真(トウマ)さんが陸(リク)の口に手を添える。
 
「とってやるよ。」
 
呼吸器を取ってもらった陸(リク)は、私の手を握ると、
 
「麗美(レミ)・・・。」
 
と口にした。
私は、陸(リク)の手を握り、自分の頬に彼の手をあてる。
彼のぬくもりが、手から伝わってきた。
 
「結果・・・どうだった?」
 
呼吸がし辛いのか、とても苦しそうに陸(リク)は言う。
それも、気になったの。
そのままでいいのかな?って。
心配になって冬真(トウマ)さんに目を向けたけど、冬真(トウマ)さんはただうなずいた。
そのままでいいよって・・・言っているように思えた。
私も頷いて答えると、今度は陸(リク)を見る。
私を真っ直ぐに見ている陸(リク)。
私はちゃんと陸(リク)に言いたかった。
ハッキリと教えたかったのに・・・・。
なぜか、涙が出て言えなくなった。
どうしてか、わからないけど、ドンドン涙が出てきて・・・私は、何も言えなくなった。
 
「ごめん・・・陸(リク)。
何でかな・・・涙が止まらなくて・・・。」
 
必死で涙をぬぐいながら、これ以上泣かないように我慢するのに、全然追いつかなくて涙が襲ってくる。
陸(リク)に言わなきゃいけない言葉が、言えなくなる。
自分で自分が嫌になる。
その時だった。
私の頬にくっついていた陸(リク)の手が、急に動いて、私の手から離れる。
 
「陸(リク)?」
 
涙目で陸(リク)を見るけど、陸(リク)は優しく笑いながら、自分の手をドンドン動かして、ある場所で止まった。
そこは、私のお腹。
私の言いたかった言葉を陸(リク)は、ちゃんと理解してくれていたのか、そこに触れると、彼はさらにニッコリ笑う。
 
「麗美(レミ)の・・・好きなようにすればいい。」
 
陸(リク)は、ただ、それだけ言ったの。
おろせとも、産めとも言わないで、私の気持ちのまますればいいと・・・。
陸(リク)らしいよね。
それには、私も笑っちゃった。
そのあと、陸(リク)は私のお腹から手を離した。
そして、「冬真(トウマ)・・・。」と彼を呼ぶ。
冬真(トウマ)さんは、陸(リク)の左側にいたけど、陸(リク)の顔が向いている右側に回ってきてくれた。
私の真後ろから、「なんだよ。」と声をかける。
そんな冬真(トウマ)さんに、陸(リク)は必死で右手を差し出す。
その手を、冬真(トウマ)さんは一歩踏み出して受け取る。
 
「お前には・・・感謝してる。」
 
「このカリは、ちゃんと返してもらうからな。」
 
そういいながら、陸(リク)の手を強くつかんだ冬真(トウマ)さん。
陸(リク)は、うなずきながら・・・瞳から一筋の涙を流した。
 
「俺の夢・・・お前に託す。
受け取って・・・くれるか?」
 
「・・・しかたねぇーな・・・・。」
 
冬真(トウマ)さんの答えに陸(リク)は、少し笑った。
 
「あと、もう1つ・・・。俺のわがまま、聞いて・・・。
俺の・・・最後のわがままを・・・。」
 
「なんだよ。」
 
陸(リク)は、今度は冬真(トウマ)さんと触れている手を私の手の上にポンと置いた。
3人の手が触れた。
私は驚いて冬真(トウマ)さんを見る。
冬真(トウマ)さんも意味がわからないみたいで、一瞬私を困惑した目で見た。
 
「陸(リク)・・・どういう意味だ?」
 
と聞いた冬真(トウマ)さんに、陸(リク)は苦しい呼吸を整えて、口を開いた。
 
「『二人』を・・・お前に託したい。
俺が歩むはずだった二人との未来を・・・。
お前にしか頼めないから・・・。頼むな。」
 
「何言ってるのよ、陸(リク)!
そんな事・・・言わないでよ・・・。」
 
まるで、いなくなっちゃうような言い方。
私は首を振りながら、陸(リク)の体にしがみつく。
でも、陸(リク)は私を見てはくれなかった。
ジッと、冬真(トウマ)さんだけを見ていた。
 
「冬真(トウマ)・・・。」
 
彼の声に、冬真(トウマ)さんは、握っている手をさらに強く握った。
 
「ああ。俺が、お前の夢も未来も、全て引き受けてやる。
俺が、お前の分も生きてやるから。
安心しろ。」
 
冬真(トウマ)さんの言葉に陸(リク)は、何も言わなかった。
ただ、優しい眼差しで笑って答えてた。
そして、冬真(トウマ)さんを見ている瞳から、幾筋もの涙を流した。
でも、その涙は、悲しいだけには思えなかった。
だって、陸(リク)の顔が、とても晴れ晴れとしているというか、後悔や苦しみの顔じゃなかったから。
普通、死を認識したら、もっとジタバタしちゃったり、しそうだけど、陸(リク)は違った。
それを、まるで、当たり前のように受け入れていた。
そして、冬真(トウマ)さんも。
そんな陸(リク)を、当たり前のように、受け入れていた。
私は、二人のように、冷静じゃいられなかった。
陸(リク)が、死んじゃうなんて・・・そんなの嫌よ!
私は陸(リク)に必死ですがる。
 
「嫌よ陸(リク)。そんな事言わないで!」
 
包帯だらけの彼の体に抱きつく。
そんな私の髪に、彼の右手が優しく触れる。
私は、顔を上げて陸(リク)を見上げた。
陸(リク)の顔が、すぐ近くにあった。
 
「麗美(レミ)・・・。」
 
陸(リク)は私の目を、真剣にみつめた。
そして、そのあと彼はこう言った。
 
「幸せになれよ。」
 
幸せになろうな。じゃなくて・・・幸せになれ・・・。
それは、誰と?
そんな言葉が、私の体中をいっぱいにした。
涙が止めどなく流れた。
そんな私の顔を、強引に自分の方に近づけた陸(リク)は、私の涙を唇でぬぐう。
 
「俺は・・・麗美(レミ)を本気で愛してたよ・・・。」
 
それを聞いた瞬間・・・私の心に一気にある思いが溢れてきて、私は泣きながら陸(リク)に訴えた。
 
「どうして・・・どうして、過去形なのよ!」
 
って。
 
なんで、終わらそうとするの?
これからじゃない!
どうして?!
 
涙が止まらなかった。
大粒の涙が、ポタポタと落ちる。
そんな私の姿を陸(リク)は、平然とした顔で見てた。
全く動揺しない陸(リク)の瞳を見ていると、彼の『覚悟』がわかったような気がした。
自分はもう死んでしまう。
そんな自分が、あとに残る者に、今の想いを告げるわけにはいかない。
それで、一生縛るわけにはいかない。
陸(リク)は、きっとそう思ってる。
だから、私にこんな事を・・・。
だけど、陸(リク)。
私は、今のあなたの心が知りたい。
消えそうなあなたの命がある時に、あなたの本当の心を。
お願い・・・。
そんな願いを込めて、私は陸(リク)におねだりした。
 
「陸(リク)・・・。あなたのぬくもりがほしい。」
 
お願い陸(リク)。
否定しないで。嫌がらないで。
最後に、私に愛を頂戴。
 
笑顔を見せなかった陸(リク)が、息を少し吐きながら笑った。
 
「麗美(レミ)・・・。おいで。」
 
陸(リク)の言葉にたぐりよせられるように、私は陸(リク)の唇に辿り着いた。
陸(リク)は私に、いつもと変わらないくらいの、たくさんの愛を注いでくれた。
私は、陸(リク)の愛を感じたの。
彼に愛されてるんだって。
それが、私の心を満たしてくれた。
幸せにしてくれた。
でも・・・。
 
「り・・・く?」
 
陸(リク)の力が急に抜けて、私は陸(リク)から唇を離した。
陸(リク)は、目をつぶってた。
心がザワザワと、ざわめきだした。
 
「陸(リク)、目を開けてよ!ねぇー、陸(リク)!!」
 
その時、私の体に触れていた陸(リク)の手が、冷たい音を立ててベッドに戻る。
陸(リク)の体から力が抜けたと同じように、私も体から力が抜け落ちたようだった。
ベッドから、ズルズルと床にしゃがみこんだ私を、由梨華(ユリカ)が支えてくれる。
冬真(トウマ)さんは、落ち着いた態度で、陸(リク)に近づき、彼に触れた。
閉じたまぶたを開けて、光を当てる。
脈を測る。
そして、最後に腕時計を見てこう言った。
 
「零時5分・・・永眠されました。」
 
次の瞬間、匠(タクミ)さんやお母さんや誠さんが、陸(リク)の側に駆け寄る。
私は、由梨華(ユリカ)に支えられながら、側のソファーへと移動する。
 
「私はこれで。」
 
冬真(トウマ)さんは、そう言って、頭を下げると、この場から出て行こうとした。
私は、由梨華(ユリカ)の腕を振り払って、ふらつきながら、冬真(トウマ)さんの元へと向かい、彼の腕をつかんだ。
 
「逃げるの?」
 
私の言葉に冬真(トウマ)さんは、少し険しい顔をして私を見た。
 
「そんな簡単に諦めないでよ。
親友なんでしょ?名医なんでしょ?
心臓マッサージでも何でもして、蘇生させてよ。
どうして、簡単に諦めるのよ!」
 
彼の両腕をつかんで、必死で訴えた。
声が枯れちゃうくらい大声で、泣き叫んだ。
だけど、冬真(トウマ)さんは、全く乱れる事無くいつもの口調。
ううん。いつもよりも冷静で、それでいてすごく冷たかったかもしれない。
いつもの優しい口調とは、程遠いくらいの冷たい口調で彼はこう言ったの。
 
「もう、無理だよ。
陸(リク)は、逝ってしまったんだ。」
 
その言葉に私の中で、何かが切れた。
もう自分でも訳がわからなくなった。
だから、私は、言っちゃいけない事を言ってしまったの。
 
「冬真(トウマ)さん、医者でしょ。
だったら、陸(リク)を救ってよ!
死なせないでよ!
医者なのに、どうして陸(リク)を救えないのよ!!
親友の陸(リク)を救えないなら、医者の意味ないじゃない!」
 
って。
彼の胸を両手で叩いて、私は叫んでた。
冬真(トウマ)さんが、悪いわけじゃないってわかってる。
でも、この思いは・・・止まらなかった。
 
「陸(リク)を、生き返らせてよ。
元気な陸(リク)に戻してよ。
陸(リク)を・・・私の元に返して・・・お願い。
お願いします・・・。
なんだって、するから。
冬真(トウマ)さんになら、できるでしょ。」
 
それでも、冬真(トウマ)さんの顔は、全く変わらなかった。
冷たい目で私を見てた。
私は、さらに彼に頼んだの。
 
「お願いだから・・・。
陸(リク)を・・・陸(リク)を、早く助けて・・・。
このまま、彼を死なせないで・・・。」
 
最後は、ズルズルと座り込み、冬真(トウマ)さんの足にすがって頼み込んだ。
でも、その願いは、聞き入れてはもらえなかった。
冬真(トウマ)さんは、自分の体から私の体を離すと、私の前にしゃがんだ。
 
「もう、無理だ・・・。」
 
冬真(トウマ)さんは、とても冷静な口調でそういうと、さらに私に言った。
 
「麗美(レミ)ちゃんのいう通り、俺は陸(リク)を救えなかった。
俺を、恨んでいいよ。」
 
そして、冬真(トウマ)さんは、私に頭を下げた。
 
「本当に・・・すまなかった。」
 
頭の中ではわかってる。
冬真(トウマ)さんが、こんな事することないんだって。
でもね、親友が死んで、こんなに落ち着いている冬真(トウマ)さんが、私は許せなかったし、信じられなかったの。
こんなにも冷静で、それでいて、一滴の涙も流さない冬真(トウマ)さんが・・・私には許せなかった。
 
「冬真(トウマ)さん・・・陸(リク)を本当に好きだった?」
 
私の言葉に冬真(トウマ)さんは、ゆっくりと顔を上げた。
 
「親友が亡くなっても、涙を流さないなんて・・・。
本当は陸(リク)の事、親友だなんて、思ってなかったんでしょ。
お金もないのに、夢を必死でおいかけている陸(リク)を、心の中で笑ってたんじゃないの?
そのうえ、子供まで出来て、バカじゃないかって、そう思って・・・。」
 
「麗美(レミ)ちゃん、よせ!」
 
私を止めたのは、匠(タクミ)さんだった。
冬真(トウマ)さんの腕をつかんで、彼に暴言を吐く私の腕をつかんで、匠(タクミ)さんは私を強引に冬真(トウマ)さんから引き離した。
私は、匠(タクミ)さんに抑えられながらも、それでも冬真(トウマ)さんの方に行こうと、体を進ませる。
もちろん、匠(タクミ)さんにつかまれているから動けなかった。
でも、私は冬真(トウマ)さんに、体をむけたまま力を抜かなかった。
止まっていた瞳から、また涙が流れるのを感じながら、冬真(トウマ)さんを鋭く見る。
 
「なんで、匠(タクミ)さんが止めるのよ!
冬真(トウマ)さんが、止めてよ。
そんなわけないだろ!って、どうして怒ってくれないのよ!」
 
だけど、冬真(トウマ)さんは、ユックリと立ち上がる。
 
「麗美(レミ)ちゃんの言っている事は、正しいのかもしれない。
才能がある陸(リク)を俺は、心の奥でねたんでいたのかも・・・。」
 
それ以上、冬真(トウマ)さんは何も言わなかった。
そのまま、静かに部屋を出て行った。
私はそのまま床にしゃがみこんだ。
そして、悔しくて、床に思いっきり手を打ち付けた。
 
どうして、陸(リク)が死んだ事を、悲しんでくれないの?。
どうして、もっと陸(リク)を救おうとしてくれなかったの?。
無駄なあがきでも、見苦しい事でも、それでも私は冬真(トウマ)さんには、最後まで陸(リク)の命にこだわってほしかったの。
一秒でも陸(リク)に長く生きてほしかったし、冬真(トウマ)さんにも、陸(リク)を一秒でも長く生きらせようと、頑張ってほしかったのに・・・。
その姿を、私は見たかったのに・・・。
 
陸(リク)を失った悲しみと同じくらい、私は冬真(トウマ)さんの態度には、絶望を感じた。
愛する人を失い、私に残ったのは、もうたった一つしかなかった。
陸(リク)が残してくれた、新たな命・・・。
それしか、私にはもう・・・なかった。
 
 
 
 
 
陸(リク)がこの世から消えて、1ケ月が経った。
オヤジも海兄(カイニー)も、「早いもんだな。」っていうけど、俺にとっては長い1ケ月だった。
普段は、1週間が信じられないくらい短かったのに、この時の1週間は、信じられないくらい長かった。
こんなに時間って長いものなんだな。と改めて感じさせられた1ケ月だったような気がする。
俺は今、陸(リク)の家の前に居た。
今日は、陸(リク)の両親から呼び出しがかかったんだ。
どうしても、見てほしいものがあると。
俺は、朝の勤務を終えて、そのままここへと来た。
インターホンを鳴らすと、真美さんが出てきた。
 
「朝早くからすみません。」
 
と謝る俺に、「とんでもない。」と彼女は笑顔で答えると、
 
「どうぞ、入って。」
 
と俺を中へとうながした。
俺が案内されて通されたのは、奥の和室だった。
そこには、陸(リク)のオヤジさんも居た。
 
「ごめんなー。仕事帰りなんだろ?」
 
というオヤジさんに、「大丈夫です。」と俺は答えて、彼の前に座った。
すぐ横にある仏壇を見て、陸(リク)の写真に、「よっ!」といつものくせで言ってしまう俺。
 
「先に、陸(リク)に挨拶するか?」
 
と笑いながら言ったオヤジさんに、「いいですか?」と俺も笑いながら答える。
そして、仏壇の前に正座すると、手を合わせる。
横には陸(リク)を産んだ、おふくろさんの写真もあった。
 
「アイツ、喜んでいるかもしれませんね。」
 
俺の言葉に、「ん?」とオヤジさんは聞いてくる。
俺は、オヤジさんの正面に座りなおしながら、口を開いた。
 
「アイツ、ずっとオフクロさんのぬくもりを求めてたから。
それで、あの香水をつけてたんだし・・・。」
 
「香水って、あのいい香りのする香水?」
 
俺にお茶を持ってきてくれた真美さんが、そう口にする。
俺は、「ええ。」と言いながらうなずいた。
 
「あの香水に、何か意味があったのか?」
 
「気付かなかったんですか?」
 
と俺はオヤジさんに言うと、あの香水の秘密を語った。
 
「陸(リク)のオフクロさんって、バラが好きだったでしょ。
そのせいもあって、オヤジさんや、あとオフクロさんの友達が持ってくる花は、いつもバラだった。
だから、オフクロさんの病室はいつも、バラの香りが充満してましたよね?」
 
「そう言われたら・・・そうかな?」
 
「そのせいで、陸(リク)の中では、バラの香りイコール母親の香りになってたんじゃないかな?
だから、アイツはいつも母親の香りをつけてた。」
 
「って事はあの香水・・・・。」
 
そういった真美さんに向かって俺は、うなずくと、
 
「あれは、バラの香りの香水です。」
 
俺はそう答え、今度は陸(リク)を見た。
 
「また月命日に、バラを持っていってやるからな。」
 
そう言って笑う俺に、「もしかして・・・。」とオヤジさんは口にする。
 
「一昨日、お墓に行ったら、バラがさしてあった。
あれは、冬真(トウマ)くんだったのかい?」
 
俺は、ただ黙って笑った。
本当は、昨日がアイツの月命日だったんだけど、俺は仕事でいけそうになかったから。
それで、一日早いけど、一昨日に行ったんだ。
 
「ところで、俺に見てほしいものって、なんですか?」
 
俺は出されたお茶を飲みながら、本題に入った。
 
「あっ、そうそう。」
 
と言ったオヤジさんは、仏壇の横からある封筒を出してきた。
俺は、それを受け取る。
 
宛先は、葛城 陸(カツラギ リク)。
って事は、陸(リク)宛にきた郵便物って事か。
一体、どこからだ?
 
俺は、封筒を後ろに向けた。
送り主を見て、俺は動きを止めた。
そして、ゆっくりとオヤジさんを見た。
 
「冬真(トウマ)くんが、見てやってくれないか?」
 
俺はもちろん、首を大きく振って否定した。
 
「何言ってるんですか!
俺が、見れるわけないでしょ!」
 
だって、これ、陸(リク)の大学の結果報告書なんだよ。
陸(リク)の受けた大学は、結果が通知でくるんだ。
アイツの合否を、赤の他人の俺が見れるわけないだろ。
でも、オヤジさんは、「冬真(トウマ)くんにしか見れないよ。」と苦笑いをする。
 
「どういう・・・意味ですか?」
 
すると、オヤジさんは、お茶を一口のみ、俺を見た。
 
「陸(リク)が、医大を目指しているのは、なんとなくだが気付いてた。
でも、陸(リク)は決して私や、妻の真美にも言おうとしなかったんだ。
もちろん、知っての通り、匠(タクミ)にも言ってなかったし、アイツは全く気付いていなかったみたいだけど・・・。
アイツのそんなすごい夢を知り、応援してくれていたのは、冬真(トウマ)くんだけだ。
アイツは冬真(トウマ)くんがいたから、こんな素晴らしい夢が持てて、そして素晴らしい人生が歩めたんだと思う。
冬真(トウマ)くんのおかげだよ。
本当にありがとうな。」
 
オヤジさんはそういったあと、俺に頭を下げた。
そして、そのまま続ける。
 
「だから、冬真(トウマ)くんが見てやって、陸(リク)に教えてやってほしいんだ。」
 
だけど、俺は、「無理です。」と口にした。
俺の言葉に、オヤジさんは頭を上げて俺を見た。
 
「俺は、陸(リク)を救えなかった。
アイツは、夢に向かって、本当に必死だったんです。
だけど、そんなアイツを俺は救ってやれなかった。
アイツの夢を叶えてやる事が、親友なのに・・・医者なのに俺にはできなくて・・・。
麗美(レミ)ちゃんと子供を置いて、アイツは死にたくなかったはずなのに、俺はアイツの命をつなぎとめておく事ができなかった。
俺には、これを開ける資格はないです。
本来なら、ここへ来る事も、俺にはしてはいけないことなのかもしれない。
陸(リク)に逢う権利なんて、俺にはないのに・・・。」
 
俺はそういったあと、ずっとオヤジさんに言いたかった言葉を口にした。
 
「陸(リク)を救えなくて、本当に申し訳ありませんでした。
本当に・・・。」
 
俺はたたみに額がすれるくらい、頭を深く下げた。
こんな事をして、許してもらえるなんて、思ってない。
俺が一生背負っていかないといけない罪だと、俺は思ってる。
でも、どうしても、一度謝っておきたかったんだ。
オヤジさんと、真美さんに・・・。
だけど、俺の背中にオヤジさんは、ポンと触れると信じられないくらい明るい声で俺に話しかけてきた。
 
「誰も、冬真(トウマ)くんを責めるわけないだろ。」
 
その言葉に俺は、顔を上げた。
 
「看護師さんに聞いたんだよ。
陸(リク)は運ばれてすぐ、心停止したって。
それを、冬真(トウマ)くんが必死になって、蘇生させて、手術を始めたって。
たった一人で、腹部と頭部の手術をしたんだってね。
一箇所だけでも、相当難しい手術だったのに、たった一人で、平行させてしたんだろ?
手術が成功し、陸(リク)が意識を取り戻して、麗美(レミ)ちゃんと会話をした。
あれは、本当に奇跡だった。って、看護師さんも言ってた。
冬真(トウマ)くんが、陸(リク)を心から愛してくれたから、その愛が奇跡を生んだんだって。
俺も、そう思ってる。
あの時間を持てた事は、奇跡に近かったんだって。
陸(リク)もそれが、わかってたんだ。
自分が、麗美(レミ)ちゃんにさよならも言えないまま、中途半端のまま死んでもおかしくなかったって事を。
だから、冬真(トウマ)くんに、あの時言ったんだと思うよ。
『感謝してる』って。
冬真(トウマ)くんを責めるどころか、俺も真美も匠(タクミ)も、そして陸(リク)も、感謝してるんだ。
陸(リク)に、あの時間を持たせてやってくれて、本当にありがとうな。」
 
俺は、顔をふせたまま、ただ首を振った。
 
「冬真(トウマ)くん・・・。」
 
俺を呼んだ真美さんの声に俺は、顔を上げる。
真美さんは、とても申し訳ないような目で俺を見てた。
 
「麗美(レミ)が、あの時・・・。
陸(リク)くんが亡くなった時、ひどい事を言って、本当にごめんなさい。
気が動転していたにしても、あんなひどい事・・・。」
 
でも、俺は、「いえ。」と笑いながら答えた。
 
「彼女の言っている事は、間違ってないですから。」
 
「冬真(トウマ)くん・・・。」
 
「オヤジさんや、真美さんがそう言ってくれるのは、すごくうれしいです。
でも、この世で誰よりも救いたかった人を救えなかったのは、事実。
そして、それを責めてほしい人に、責めてもらって、俺は素直に現実を受け入れられた気がしたんです。
俺は、陸(リク)を救えなった。
それは、一生、背負っていこう。
そう思えましたから。」
 
俺はそういったあと、手にある封筒を見て、ある事に気付いた。
 
「そうだ!これ、麗美(レミ)ちゃんに見てもらったらどうですか?
その方が、陸(リク)も喜ぶと思いますけど。」
 
すごいいい提案だと思ったのに・・・。
真美さんは、力なく首を振る。
その表情がすごく深刻だったせいで、俺は少し怖くなった。
 
「麗美(レミ)ちゃん・・・・今、どうしてるんですか?」
 
真美さんに聞いたのに、彼女は下を向いて黙ってしまった。
 
「真美さん?」
 
すると、今まで黙っていたオヤジさんが口を開いた。
 
「陸(リク)が死んでから、抜け殻状態なんだよ。
食事もほとんど採らないし、学校にも行ってない。
由梨華(ユリカ)ちゃんとも、逢いたがらないしね。」
 
「お腹の子供は?
検診には行ってるんですか?」
 
だけど、首を振られた。
充分な食事も採っていないって・・・。
お腹の子供のことも心配だったけど、それ以上に、麗美(レミ)ちゃんの体が心配だった。
 
「今、彼女、どこにいるんですか?
部屋ですか?」
 
「陸(リク)くんの部屋にいるわ。
ずっと、彼のベッドにすがってるの。
まだ、彼のぬくもりが残っているのかしらね・・・。」
 
涙ぐみながら、真美さんはそう言った。
俺は、黙ったまま仏壇の写真を見た。
 
陸(リク)・・・どうする?
このままで、いいのか?
 
俺はそう心の中で、陸(リク)に問いかけた。
その時、俺の脳裏にアイツの言葉が甦ってきた。
 
『二人を託す』
 
アイツは俺にそう言った。
つまり、子供と麗美(レミ)ちゃんを救えと・・・そう言ってるんだよな。
俺は、陸(リク)に向かって軽く笑うと、「わかったよ。」とひとり言を言った。
そして、手に持っていた封筒をしっかりつかむと、俺は立ち上がる。
 
「彼女に逢ってきます。
陸(リク)の部屋は、真ん中でしたよね?」
 
俺の問いかけに、オヤジさんは「ああ。」とうなずいた。
俺は、泣いている真美さんの前にしゃがんだ。
 
「消化のいいもの、作っておいてもらえますか?」
 
俺の言葉に彼女は一瞬、ポカーンとするけど、すぐに理解し、涙を手でぬぐうと、笑顔になる。
 
「ええ。わかりました。
お願いね。」
 
俺は、「はい。」と笑って答えると、陸(リク)の部屋に向かって歩いた。
 
 
 
 
 
 
陸(リク)のベッドのシーツに触れる。
冷たくて、カラっとしてる。
そこに頬をくっつけてみる。
かすかに香る陸(リク)の香(カオリ)。
私は、まるで、抱きつくかのように、ベッドにしがみつく。
それが、陸(リク)の胸であるかのように・・・。
 
「陸(リク)・・・。」
 
そして、私はいつものように、涙を流す。
陸(リク)がいなくなって、どれくらい日が経ったのか、私にはわからなかった。
完全に感覚が、麻痺していた。
学校にも行かないといけないし、お腹の赤ちゃんの検診だって行かないといけない。
陸(リク)の墓参りだってしなきゃいけないし、何より赤ちゃんの為にご飯を食べなきゃいけないって・・・。
わかってる。
頭ではわかってるの。
でも、体が動かない。
心がついていかないの。
できるなら・・・。
許されるなら、私はあの時、陸(リク)と共に消えたかった。
こんなに陸(リク)を愛しているのに。
陸(リク)が全てなのに・・・。
陸(リク)を失った私が、これから先、どうやって生きていく。っていうのよ。
教えてよ・・・。
誰か、この苦しみから、救って・・・。
私はずっと、陸(リク)を失ってからこんな事を思っていた。
でもね、いつも答えは出てこないし、誰もくれないの。
この世に、私を救ってくれる人なんていない。
私を心から愛してくれた陸(リク)を失った今、この世に陸(リク)以上の愛を私に注いでくれる人なんているわけがない。
私は、もう、たった一人なの。
底しれない暗闇から、私は一生抜けられないのかもしれない。
その時だった。
扉がノックされた。
私は伏せていた顔を、上げる。
 
最近は、お母さんも来る事がなかったのに・・・。
一体・・・誰?
由梨華(ユリカ)?匠(タクミ)さん?
 
そんな事を思っていると、私は返事をするタイミングを逃してしまった。
シーンとなった。
でも、しばらくして、また扉がノックされた。
私は、完全に扉の方に、体を向けた。
 
「だ・・・れ?」
 
と口にした私の言葉に返って来た声は、予想もしてなかった声だった。
 
「俺だよ。」
 
驚いた私は、勢いよく立ち上がると、扉を乱暴に開けた。
 
「簡単に開けたね。
もっと、警戒されるかと思ったのに・・・。」
 
なんて言って、目の前の彼は笑っているけど、私は笑えなかった。
だって、私はこの人に、本当にひどい事を言っちゃったんだから・・・。
気まずくなった私は、たまらず顔を下に向ける。
でも、謝らなきゃ。と思ってそのままだったけど、言ったの。
 
「冬真(トウマ)さん・・・。
この間は、本当にごめんなさい。
ひどい事を言ってしまって・・・。」
 
私は、許さない。といわれるのを覚悟してたの。
だって、あんなにひどいこと言ったんだから。
ここで、こうやって、陸(リク)のことを思い出してると、もちろん、陸(リク)が亡くなった日の事を、何度も思い出した。
その度に、私は冬真(トウマ)さんに浴びせた罵声(バセイ)を思い出し、自己嫌悪に陥っていた。
冬真(トウマ)さんが、陸(リク)を好きじゃなかったなんて・・・。
今までの彼らを見ていたら、そんなわけないってわかるのに、私は二人の友情を疑ったの。
そして、冬真(トウマ)さんを責めてしまった。
陸(リク)を救えないのに、医者の意味がないって・・・。
今ならわかるの。
誰よりも悔しかったのは、きっと冬真(トウマ)さんだっただろうなって。
陸(リク)を救えなくて辛かったのも、冬真(トウマ)さんだったはずだって・・・。
だけどね、わからないこともあるの。
どうして、あんなに冷静に陸(リク)の死を、受け入れられたんだろう。って思う。
取り乱す事もなく、涙の一滴も流さず、そして感情的にもならずに、冷静に普段どおりに対応してた冬真(トウマ)さん。
人の死を、たくさん受け入れたせいかな?とも思うけど・・・。
そんなに、人って強いのかな?って思うの。
人の死に、なれるなんて、ありえないでしょ。
どうして、冬真(トウマ)さんはあんな態度を取った・・・いや。
取れたんだろう・・・って。
それは、未だにわからないんだけどね。
 
「謝らなくていいよ。
麗美(レミ)ちゃんの言った事は、何一つ間違っていないんだから。」
 
冬真(トウマ)さんはそういうと、「中に、入っていいかな?」と部屋を指差す。
私は体を横にずらし、冬真(トウマ)さんを中に通した。
ここへは、誰も通さなかった。
陸(リク)と私が、最後に愛し合った場所だったから。
ここを誰にも、汚されたくなかったの。
でも、なぜか、私は簡単に冬真(トウマ)さんを、入れちゃったんだよね。
 
「体調は・・・どう?」
 
陸(リク)の机のイスに座りながら、顔だけを私の方に向けた冬真(トウマ)さんは、明るい口調で私に言った。
 
「うん・・・まぁまぁかな。」
 
と曖昧に答えた私に冬真(トウマ)さんは、「少しやせた?」と鋭い指摘。
まさか、ほとんど食べてないなんて、言えないよ・・・怖くて。
だって、私のお腹には、陸(リク)の子供がいるんだよ。
冬真(トウマ)さんにとっては、大親友の子供なのに。
誰よりもきっと、元気にこの世に誕生させてほしいはずなのに・・・。
私は、その子の命を危険にさらしてるよね。
わかってるの。
これじゃいけないんだって。
わかっているけど・・・だめなの。
食欲ないし、体が動かなくて・・・。
私はその場に座り込んで、ただ冬真(トウマ)さんを見ていた。
そんな私に冬真(トウマ)さんは、優しく笑う。
 
「陸(リク)を失って辛いだろ?
今、自分の事だけでも、精一杯なんだろ?
だったら、無理しなくていいじゃないか。」
 
冬真(トウマ)さんの言っている意味がわからない私は、首をかしげた。
 
「何がいいたいの?」
 
たまらず聞いた私に、冬真(トウマ)さんは今度は体ごと私の方に向いた。
 
「子供はおろしたらどう?」
 
「えっ?」
 
耳を疑った。
冬真(トウマ)さんが、一体何を言っているのか・・・理解が出来なかった。
呆然とする私に冬真(トウマ)さんは、どんどん続ける。
 
「別に無理に、産む事なんてないだろ?
陸(リク)は、好きにすればいいと言ったんだ。
産んでくれとは、言ってないんだから。
おろしても、何もいわないと思うよ。」
 
そこまで聞いて私は、怒りのあまり、陸(リク)の枕をつかんで冬真(トウマ)さんの胸に向かって思いっきりぶつけた。
 
「くっ!」
 
と顔をしかめる彼に、私は叫んだ。
 
「なんで!なんで、そんなひどい事、平気で言えるのよ!!」
 
私は本気で怒ってたの。
きっとその怒りも冬真(トウマ)さんには、わかったはず。
だけど、冬真(トウマ)さんは、「ひどい事ね・・・。」と言いながら、前かがみになって落ちた枕を取る。
 
「じゃ、聞くけど、麗美(レミ)ちゃんは、誰の為にその子を産むんだよ。」
 
「誰の為って・・・。」
 
答えに困った。
改めてそう聞かれたら、私も自分に聞いたの。
私は一体、誰の為に産むの??って。
 
「陸(リク)の為?」
 
冬真(トウマ)さんの答えに、私は彼を見た。
でも、「そうよ。」とは言えなかった。
もうこの世にはいない陸(リク)の為に・・・産むの?
私は答えられなかった。
黙り込む私に、冬真(トウマ)さんは、さらに追い討ちをかける。
 
「俺の為に産んでくれ。」
 
冬真(トウマ)さんの言葉に私は、冬真(トウマ)さんを見た。
だけど、冬真(トウマ)さんはその瞬間・・・とても意地悪な笑いをした。
 
「俺が、そう思ってると思ってたんだろ。
だから、俺の口から、おろすって言葉を聞いて、逆上した。
違う?」
 
そういいながら笑った冬真(トウマ)さんの顔を見て、私は余計に腹が立ってきた。
何なのよっ!!って。
私は冬真(トウマ)さんから、枕をひっぱると、またそれを冬真(トウマ)さんに向かって投げた。
 
「さっきから、何よ!
意地悪ばっかり言って!
いつもの優しい冬真(トウマ)さんじゃないあなたなんて、嫌いよ!
もう、出て行って!!」
 
大声で叫びすぎて、私はむせてしまった。
少しお腹も痛くなって、私はお腹に手をあてながら、呼吸を整えた。
こんな私をみたら、いつもの優しい冬真(トウマ)さんなら、ほってはおかないはず。
でも・・・。
私は、目の前の冬真(トウマ)さんをそっと見た。
足を組んで、私を見てる。
冷静な目で、じっと・・・。
それが、私には耐えられなくなった。
 
「なんで・・・。」
 
私はつぶやくようにそう言った。
 
「何?」
 
冬真(トウマ)さんの冷たい声が聞こえた。
本当は怖かったの。
こんな冬真(トウマ)さん知らないから。
でも、私は自分の思いをぶつけずにはいられなかった。
怖さからなのか、寂しさからなのかわらかないけど、私はいつの間にか泣いていた。
涙の瞳で、冬真(トウマ)さんを見る。
顔を上げたせいで、涙の水滴が、下に落ちた。
だけど、私はおかまいなしに、そのまま冬真(トウマ)さんを見つめて気持ちを言葉にした。
 
「どうして、そんなに冷たいの?
私が、冬真(トウマ)さんにひどい事を言ったから?
それとも、私が陸(リク)を追い詰めたから?」
 
そういった瞬間、涙が止めどなく流れる。
泣きじゃくる私に、「今の・・・どういう意味?」と冬真(トウマ)さんは聞いてくる。
泣いて答えない私に、
 
「陸(リク)を追い詰めたって・・・どういう事?」
 
とさらに冬真(トウマ)さんは問いただす。
私は、シャックリをだしながらも、必死で冬真(トウマ)さんに言ったの。
 
「私が・・・陸(リク)に告白しなきゃ・・・。
陸(リク)と愛し合わなきゃ・・・陸(リク)を死なせずにすんだかもしれない。
医者になる夢だけを追っていたら・・・死なずにすんだかもしれないって・・・。
私・・・ずっと、嫌な予感がしてたの。
陸(リク)の胸に飛び込めば、陸(リク)の人生を狂わしてしまうんじゃないかって。
ずっとずっと思ってたのに・・・。
冬真(トウマ)さんと陸(リク)との夢を・・・私が壊した。」
 
「麗美(レミ)ちゃん・・・。」
 
顔中、涙でグチャグチャになった。
でも私は、そんな顔で、冬真(トウマ)さんを見た。
 
「だから・・・冬真(トウマ)さんは、私が許せないんでしょ。」
 
そう口にしたら、また涙が出てきた。
私は、声を上げながら泣いた。
泣いて・・・それでも、思いを口にした。
 
「私を許せなくても・・・冷たくしないで。
突き放さないで・・・。
私には、冬真(トウマ)さんしかいないから・・・。
これからどうやって、生きていけばいいかもわからない。
赤ちゃんを、どうしていいのかもわからない。
誰の為に産むの?って言われても・・・答えられない。
陸(リク)がいないのに、本当にこの子を産んでいいのかも・・・わからないの。
誠さんや匠(タクミ)さんやお母さんが、陸(リク)の忘れ形見の、この子を心待ちにしてるのもわかってる。
でも、私は心のどこかで、ずっと思ってた。
あんなにひどい事をいって、陸(リク)への冬真(トウマ)さんの気持ちを否定したのに・・・。
なのに私は、冬真(トウマ)さんは、この子の誕生を誰よりも望んでくれる。
誰よりも喜んでくれるって・・・そう思ってた。
どうしようもなくて、苦しんでいる私に、『頑張れ』って、冬真(トウマ)さんなら言ってくれるって、冬真(トウマ)さんの顔を見た時そんな期待したのに・・・。
なのに、冬真(トウマ)さんは、私におろす選択もあるなんて・・・。
なんで、そんな事いうの?
冬真(トウマ)さんが望んでくれないなら、この子はどうしたらいいの?
私はこれから、どうしたらいいのよ・・・。」
 
胸が苦しかった。
苦しくて苦しくて・・・いっそうの事このまま息ができなくなればいい。
そう思ったくらい、私は苦しかった。
だけど、しばらくして、私の体に、暖かい腕が触れたかと思ったら、その腕は優しく私を包み込んでくれた。
その腕に包まれたら、不思議と胸を押し付けていた苦しみが、少しずつ消えていったの。
私はそのまま、目の前にある暖かな胸に顔をくっつけ、ぬくもりを感じた。
肌から伝わる温度は、私に安らぎを与えてくれた。
 
「陸(リク)が事故にあったのは、麗美(レミ)ちゃんと愛し合ったからじゃないよ。
それは、関係ないから。
麗美(レミ)ちゃんが陸(リク)を追い詰めたなんて事、あるわけないんだから。
そんな事、考えなくていい。」
 
冬真(トウマ)さんは、まず私にそう言ってくれた。
そして、私を抱きしめている腕に、少しだけ力を入れた。
 
「なぁー。麗美(レミ)ちゃんが妊娠しているとわかっていた陸(リク)が、なんであんな曖昧な答えを、麗美(レミ)ちゃんに言ったかわかる?」
 
突然の冬真(トウマ)さんの言葉に、私はただ首を振った。
 
「陸(リク)を失った今の麗美(レミ)ちゃんは、何もする気にならなければ、食事も採る気になれない。
だけど、子供の為に、食事をしなきゃとも思ってる。
でも、気持ちと頭がついていかなくて、さらに、自分を追い込んでる。
陸(リク)は、麗美(レミ)ちゃんが苦しむ事が、わかっていたんだよ。
だから、自分が死んでしまうとわかっているのに。
麗美(レミ)ちゃんに苦しみを味わわせてしまうとわかっているのに、『産んでくれ』とは言えなかったんだと思うよ。
麗美(レミ)ちゃんの好きにすればいい。と。
本当に言いたい言葉を我慢して、麗美(レミ)ちゃんをがんじがらめの状態から救おうとした。
俺は、アイツの答えを聞いて、そう思ったよ。」
 
冬真(トウマ)さんはそういうと、私の髪を優しくなでた。
冬真(トウマ)さんにそうされていると、私は心が洗われてくるようだった。
 
「麗美(レミ)ちゃん。」
 
冬真(トウマ)さんはそういうと、自分の体から私の体を少し離し、私のお腹に手をかざした。
 
「この子を・・・俺の為に産んでくれないか?」
 
「冬真(トウマ)・・・さん?」
 
頬を伝っていた涙が止まるくらい、私はビックリした。
ただ呆然と冬真(トウマ)さんを見ている私に、「言っとくけど・・・。」と冬真(トウマ)さんは言いながら、少し笑う。
 
「麗美(レミ)ちゃんに言われたから、言ってるんじゃないからね。」
 
と言ったあと、冬真(トウマ)さんはまた私を抱きしめた。
 
「俺は、ずっと言いたかったんだ。
陸(リク)の血が流れているこの子に逢いたい。
アイツが、抱けなかったぶん、俺が抱いてやりたい。
アイツが、愛せなかったぶん、俺が愛してやりたい。
陸(リク)は、俺に麗美(レミ)ちゃんと、この子の2人を俺に託した。
そして、この子と歩くはずだった人生もね。
だから、俺はこの子と一緒に生きていきたいんだ。
陸(リク)の夢と一緒に、この子と生きていきたい。」
 
冬真(トウマ)さんの言葉に、私はまた涙が出てた。
いつもの優しい冬真(トウマ)さんの笑顔。
安心する穏やかな声。
私は何も言えなくて、ただ泣いてた。
冬真(トウマ)さんは、そんな私の髪を優しくなでて、なぐさめてくれた。
 
「俺の夢を叶えてくれるかな?」
 
冬真(トウマ)さんはそういうと、さらに私を強く抱きしめた。
 
「俺はこの子を愛すよ。
だから、その愛で、奇跡を起こしたい。
この手に・・・陸(リク)を救えなかったこの手に、この子を抱くという奇跡を・・・。
それには、麗美(レミ)ちゃんの力が、必要なんだ。
俺に力を貸してくれないか。
俺の夢を、叶えてくれないかな・・・。」
 
だけど、私は素直には言えなくて・・・。
 
「ずるいよ。」
 
とつぶやく。
 
「何が?」
 
と冬真(トウマ)さんは聞いてくるから、私はそのまま彼に言ったの。
 
「さっきまで、冷たかったのに。
急にこんなに優しい言葉かけられたら、『わかった』しか言えなくなっちゃうじゃない・・・。」
 
それには、冬真(トウマ)さんたら、平然として言うんだよ。
 
「それを狙ってやったの。」
 
って。
「もー!」って言いながら私は・・・笑ってた。
陸(リク)を失ってから、涙しか知らなかった私が、初めて心から笑ったの。
本当はわかってたから。
冬真(トウマ)さんが、あんなに冷たく私に迫ったのは、私の心を知る為。
何を思って、どうしたいのか。
何を苦しんでいるのか。
冬真(トウマ)さんは私を救う為に、本当の私を知ろうとしたんだと思う。
だから、わざと私の心を、冷たい言葉でこじ開けた。
そんな事、普通は誰もできないから、悲しみを想像して傷を癒すのに、冬真(トウマ)さんは違った。
本当の私を知って、私を救ってくれようとして・・・。
結果的に、私を受け入れてくれて、救ってくれたんだよね。
それが、わかってたから、私は心から笑えたんだと思う。
そう思って・・・私は気付いたの。
もしかしたら、陸(リク)は、初めからわかっていたのかも?って。
陸(リク)を失った悲しみから私を救えるのは、この世でたった一人。
それが、冬真(トウマ)さんだという事を。
だから、陸(リク)は冬真(トウマ)さんに、私を託したんじゃないかな?って・・・。
そんな事を考えたりした。
でも、陸(リク)の事を考えると、私の心はまた闇に包まれていくの。
確かに私は、冬真(トウマ)さんに救われた。
冬真(トウマ)さんの言葉で、この子を産もう!って本気で思えたの。
だけど・・・やっぱり・・・。
 
「冬真(トウマ)さん・・・。」
 
笑いを止めてそう口にした私の声が、少し暗かった事に、冬真(トウマ)さんはもちろんすぐに気付く。
 
「どうかした?」
 
優しく聞いてくれた冬真(トウマ)さんに、私は素直に言ったの。
 
「陸(リク)が、もういないことはわかってる。
いくら望んでも、もう逢えないんだってわかってる。
でも・・・。」
 
そこまで言ったらまた、涙が込み上げてきた。
必死で涙を堪える私の髪を、冬真(トウマ)さんはまたなでてくれる。
 
「我慢しなくて、泣いていいよ。
泣いていいから・・・。
『でも・・・』の続きは何?聞かせて?」
 
冬真(トウマ)さんの優しい言葉は、止まっていた私の涙を一気に流した。
そして、私の心も簡単に解放してくれた。
 
「でも・・・陸(リク)のぬくもりが恋しくてたまらないの。
キスしてほしい。
抱きしめてほしいって・・・。
どうしても思ってしまうの。
自分では、止められなくて・・・。
胸が苦しくてたまらなくて・・・。」
 
いつのまにか、冬真(トウマ)さんに抱きついていた。
心の中で、冬真(トウマ)さんに叫んでた。
助けて・・・って。
少しだけ考えてた冬真(トウマ)さんは、急に「わかった。」というと私を自分から離す。
 
「冬真(トウマ)・・・さん?」
 
冬真(トウマ)さんを見る私の顔に、冬真(トウマ)さんは触れると、涙をぬぐってくれる。
 
「ちょっと、待ってて。」
 
そういうと、冬真(トウマ)さんは立ち上がる。
そして、陸(リク)の机に向かうと、何かを手に取り、それを体に吹き付けた。
戻って来た冬真(トウマ)さんは、私の顔に自分の手をのばしてきた。
その瞬間、私の目は驚きの瞳に変わる。
 
「これっ!!」
 
それ以上は言えなかった。
だって、冬真(トウマ)さんが差し出した手から、陸(リク)の香がするんだもん。
ってことは、さっき冬真(トウマ)さんが、体にふきつけた香は、陸(リク)の愛用の香水?
 
「なんで・・・どうして?」
 
必死で冬真(トウマ)さんに問いただすけど、冬真(トウマ)さんは優しく微笑んでいるだけ。
そして、何も言わないまま、私の頬に右手で触れ、左手を私の両目にかぶせた。
 
「なっ!何??」
 
と驚いて、顔を動かそうとする私に、「じっとしてて。」と冬真(トウマ)さんは添える。
 
「陸(リク)としてたように、俺にキスをして。」
 
「えっ?」
 
冬真(トウマ)さんのわけがわからない言葉に私はそれだけいうのが、やっとだった。
だけど、困惑している私とは違って、冬真(トウマ)さんは待ってはくれない。
次の瞬間、唇に感触があった。
やわらかくて、暖かいもの。
でも、今まで感じたぬくもりとは・・・違う。
私の頭の中で、冬真(トウマ)さんの唇って認識はあったの。
だけど、彼の体から香る香(カオリ)が、私の感覚を狂わす。
ただ唇が触れている状態が、しばらく続いた。
でも、時間がたてば立つほど・・・私の心は狂い始めた。
陸(リク)の香りだけだったのが、今度は陸(リク)が側にいると錯覚を起こし、最後は触れている唇が陸(リク)のものだという錯覚に陥った。
意外と、そこまで・・・そんなに時間はかからなかった。
ただ触れていたお互いの唇が・・・ううん。
私の唇の動きが、変わった。
両手を冬真(トウマ)さんの顔に添える。
そして、触れている唇を、いつも陸(リク)にしていたように動かした。
さらに、動かない冬真(トウマ)さんの唇だけど、それがいつも陸(リク)がしてくれたキスをしていると仮定して、私はそれに答えるキスをする。
自分でも信じられなかったけど、私はしばらく、冬真(トウマ)さんのマジックにかかってしまっていた。
でも、何かの拍子に正気に戻ったの。
戻って私は、慌てて冬真(トウマ)さんから唇を離した。
 
「ごめんなさい・・・私・・・。」
 
そして、私の目に触れている冬真(トウマ)さんの左手に、自分の右手を重ねた時だった。
 
「わかった。陸(リク)の癖・・・。」
 
冬真(トウマ)さんのその声に私は、もちろん、「えっ?」と言って動きを止めた。
そんな私を冬真(トウマ)さんは、ユックリと優しく後ろに倒した。
床に仰向けに寝かされた私の上に、きっと冬真(トウマ)さんは覆いかぶさっているんだと・・・思う。
だって、すぐ側にいるのは感じれたから。
 
「冬真(トウマ)・・・さん?」
 
と彼に聞くと、冬真(トウマ)さんの声が私の唇の辺りから聞こえた。
 
「陸(リク)を、感じさせてあげるよ。」
 
それを耳にしたすぐあと、私の唇にまた暖かい物が触れた。
抵抗しようとした。
冬真(トウマ)さん、もういいから!って・・・。
だけど、それをいおうとして抵抗しかけた私の体が、完全に動きを止めた。
変わりに私の頭を埋め尽くしたのは・・・。
 
うそっ!!
 
って言葉だった。
だって、今もらっているキスは・・・陸(リク)そのもの。
キスをする時に、まるで私の唇をふちどるように触れるところとか。
あとキスをして唇を離すタイミングや、キスの長さとか。
それになりより、舌をからめるしぐさも、なぜか全く一緒。
 
なんで?どうして?
 
が私の頭の中に飛び交った。
そんな事ってあるの?
いくら親友だからといって、陸(リク)がどんなキスするかなんて、わからないでしょ。
私が陸(リク)にされてるようにキスをしたからといって、こんな事までわかるわけないし・・・。
 
いったい、これは・・・何なの?
 
初めは、そんな事ばかり考えてた。
あるはずもない不思議な事に、戸惑って気が動転して、答えを探してた。
でも、それも長くは続かなかった。
陸(リク)を思い出させる香水。
陸(リク)を感じさせるキスのテクニック。
それが、また私の理性を狂わした。
唇を離した冬真(トウマ)さんに、私は自然と言ってた。
 
「陸(リク)・・・。」
 
って。口にして、ハッとした私は、慌てて訂正をしようとした。
でも、その唇を、冬真(トウマ)さんの軽いキスがふさぐ。
そして、離した冬真(トウマ)さんは、「いいよ。」と私の耳元で囁くと、
 
「陸(リク)でいい・・・。」
 
と言って私をこう呼んだ。
 
「麗美(レミ)。」
 
って。
声の質は違う。
でも、発音と言うか、声の出し方というか・・・。
それが、陸(リク)そのものだった。
それを意識していたかはわからない。
だけど、もう私は、ブレーキが利かなくなった。
自分から、冬真(トウマ)さんに迫ってた。
 
「陸(リク)・・・もっと、感じさせて。」
 
それには、冬真(トウマ)さんは陸(リク)のキスで答えてくれた。
私は、陸(リク)を感じれた喜びで、少し陸(リク)を求めていた自分の思いが軽くなったのを感じていた。
どれくらい、冬真(トウマ)さんとキスをしていただろう。
気持ちが落ち着いた私は、自然と冬真(トウマ)さんから唇を離した。
私の様子に、冬真(トウマ)さんは、
 
「もう・・・平気?」
 
と頬に軽いキスをしながら、ささやいた。
私は、軽く首を動かした。
それを見た冬真(トウマ)さんは、キスをやめると、私の目から、左手を離した。
私の目に、冬真(トウマ)さんの姿を見ることが出来た。
優しく微笑んだ冬真(トウマ)さんは、私を丁寧に起こすと、急に持ってきていた封筒を私に差し出してきた。
 
「な・・・に?」
 
と戸惑う私に、冬真(トウマ)さんは私から離れて、自分は机のイスにまた座った。
 
「陸(リク)が受けた大学の結果。」
 
「えっ!」
 
と驚いた私に、冬真(トウマ)さんは「麗美(レミ)ちゃんが開けて。」と言った。
 
「そんな・・・。
冬真(トウマ)さんが開けてくださいよ。」
 
というけど、「はい。」とカッターを差し出された。
しぶしぶそれを受け取り私は、封筒を開けた。
中身には、1枚の紙。
それを引っ張り出した。
そこに書かれている二文字を見た瞬間・・・。
 
「り・・・く・・・。」
 
私は、たまらずそれを両手で握りしめて、胸に押し当てた。
また涙が溢れてきた。
この結果が来る事を誰よりも待っていた人が、見れないなんて。
私は、いたたまれない思いだった。
 
「麗美(レミ)ちゃん?」
 
私の態度に、冬真(トウマ)さんは少し前かがみになって私を見る。
私はそのまま、冬真(トウマ)さんの座っている場所まで、ズルズルと移動して、彼の足にしがみついた。
そして、手にしていた紙を彼に渡した。
それを受け取った冬真(トウマ)さんは、一瞬黙った。
でも、しばらくして、
 
「やったな陸(リク)。おめでとう。」
 
と口にし、机にある彼の写真に向かって、その合格通知を置いた。
 
「冬真(トウマ)さん・・・。」
 
私は彼にすがった。
冬真(トウマ)さんは、イスから降りてくると、私をまるで抱きとめるように抱きしめてくれた。
強く冬真(トウマ)さんに抱きつく私に冬真(トウマ)さんは、「麗美(レミ)ちゃん。」と耳元でいうと、私の顔を見た。
 
「陸(リク)を感じさせてあげよっか。
今度は・・・体で。」
 
「それって・・・。」
 
驚く私と違って、冬真(トウマ)さんは優しく笑った。
 
「麗美(レミ)ちゃんが、陸(リク)に向けたい思いは、全部俺が引き受けてあげるから。
陸(リク)に抱かれたい。キスされたいって時は、俺が陸(リク)になってしてあげる。
陸(リク)に言いたい。陸(リク)に思いを告げたいって時は、俺が陸(リク)になって受け止めてあげるから。
だから、麗美(レミ)ちゃんは、何も我慢しなくていい。
もう、辛い思いはしなくていいから。
苦しまなくていいから・・・。」
 
いけないとわかってた。
冬真(トウマ)さんの好意に甘えちゃいけないって・・・。
でも、ごめんね、冬真(トウマ)さん。
私は弱くて、ずるい人間だよ。
冬真(トウマ)さんにすがって、利用して、私は楽になろうとしてた。
冬真(トウマ)さんの心を、知ろうともしないで・・・。
冬真(トウマ)さんの苦しみをわかろうともしないで、私はただ自分の事だけを考えてあなたに甘えてた。
そして、私はあなたに抱かれるたびに、あなたをこう呼んだよね・・・。
陸(リク)・・・・って。
 
 
☆☆☆8章 END☆☆☆
 



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