4月のある日。
普通なら、おもしろくない授業を受けているこの時間。
でも、今は違う。
1週間後に迫った、文化祭の準備に、追われていた。
私が通う『光星学園(コウセイガクエン)』は、全国でも超有名な名門校。
幼稚園から大学までエスカレーター式。
でも、幼稚園から居る人は、数えるくらいしかいない。
だって・・・お金がかかりすぎるもん。
信じられないくらいの金額がかかる。
だから、高校ともなれば、私にみたいに中学から編入してくる人とか、高校から編入してくる人とか・・・。
そういう人で、学園はほとんど埋め尽くされてしまう。
そして、この学校は、さっきもいったように、名門校。
もちろん、進学校である為、普通の高校と違ってる。
まずは、中高とも、1年から3年までの3年間、クラス替えはないの。
なぜかは、勉強を優先にする為。
修学旅行とか、いろいろ学校行事って、1年ごとにあるじゃない?
クラスの人たちとの、コミュニケーションを、はかるために。
でも、そのクラスが3年間一緒なら、1年生の時に、1度だけしたらいいことでしょ?
だから、1年生の時に、旅行関係はするの。
2、3年は、勉強だけに集中できるように。
でも、生徒の息抜きの為に、文化祭だけは、毎年あるの。
だけど、それも秋とかじゃなくて、5月のゴールデンウイークと決まってる。
さっさと、やっちゃって、あとは勉強を・・・って事みたい。
だから、4月の後半だというのに、我が高校では、今は文化祭の準備で大忙し。
やるからには、おもいっきりやってしまおう!って事で・・・実は、2週間前から授業はない。
朝から、せっせと準備にあけくれる毎日。
私は、クラスの催しものについても仕切らなきゃならないけど、生徒会長って事もあって、クラスから飛び出して、生徒会室にいる事が多い。
あとは、趣味でやっているバンド、『Flower(フラワー)』の練習。
成績優秀で、生徒会長をやっている私は、もちろん『優等生』と思われがち。
でも、実は全然優等生じゃないのよ!
だって、私の夢は、ミュージシャンになる事なんだもん!
勉強なんて、ほとんどしてない。
時間があれば、詩を書いたり、曲を作ったりしてる。
いつも、ギターをいじってる。
じゃ、いつ勉強してるのか。って?
もちろん、学校でだけだよ。
学校では、ホントまじめに授業を受けてる。
だって、そこで手を抜いちゃったら、家に帰ってやらなきゃならないでしょ?
そしたら、音楽する時間が減るじゃない?
だから、そうならない為に、学校での時間は大切にしてるの。
それでも、わからなかったら・・・。
実は、私には強い味方がいてくれてね。
その人っていうのが・・・。
「はーなー!!」
教室の一番奥にいた私は、その声に反応する。
教室の前方にある入り口から、クラスの女の子が私を呼んでる。
「なぁーに?」
と叫ぶと、彼女は自分の後ろにいる人を指差す。
その人の顔を見て、私は思わず言っちゃった。
「生槻(ナツキ)!!」
彼は、私のバンド『Flower』のギターをしている人。
3年G組のはずの彼が、どうしてここに?
実は、私たちのバンドFlowerの事を、校長先生が気に入ってくれて、「文化祭に出る際の練習は、学校でやっていい!」って言ってくれててね。
放課後も、音楽室を使って練習したりしてるし、この文化祭の準備の時間も練習をしていい。と言ってくれてるの。
でも、一応、学校行事だからね。
ずーっと、Flowerの練習をしているわけにもいかないから、バランスを考えてる。
それで、今日はバンド練習はしないで、クラスの準備を手伝うという事になってたんだけど・・・。
私は、立ち上がると、彼の元へと向かう。
彼に逢うなり開口一番に、こう切り出す。
「一体・・・どうしたの?」
すると、彼は、急に私の腕をつかむと、「ちょっと、こっち来てくれ。」と言って教室からでる。
そして、ひと気がなくなった廊下にくると、彼は私から手を離した。
「何?何なの??」
いつもと違う生槻(ナツキ)の態度に、私は落ち着きがなくなってしまって、問いただすように彼に口を開いた。
すると、彼は、「あのさー、羽雫(ハナ)・・・。」と言いにくそうに口を開くと、そらしていた目を私に合わしてこう言った。
「俺、今日限りで、『Flower』辞めるわ。」
って。
「は・・・い?」
驚くよりも、耳を疑った。
開いた口が、塞がらない。
今、生槻(ナツキ)・・・何て言った?
頭も、言葉も付いていかない私は、ただその場で立ち尽くしていた。
そんな私に、「やっぱ、何も言ってくれないのか。」と、生槻(ナツキ)はため息混じりにそういうと、
「じゃ、そういう事だから。」
と言って、私に背を向けて、きた道を歩いて行く。
そんな彼を見て、もちろん、私は叫んだよ。
「何で?どうして、急にそんな事いうの?
待ってよ!!」
って。
でも、彼は、一言も答えなければ、振り返りもしないで、スタスタと軽快な足取りで去っていく。
だけど、それは・・・当たり前!
だって、私が言ったのは、心の中でだもん!
口なんて開かなかった。
声なんて・・・一言も出なかったよ・・・。
何も考えられない私は、ヨロヨロとよろけながらも、重い足取りを動かし歩いた。
ゆっくりゆっくり、来た道を戻った・・・と思う。
どこをどう歩いて、どこに向かっているかなんて、全然考えてなかった。
でも、明らかに途中から、教室とははずれた道を歩いてた。
上靴のまま校舎を出る。
校舎の裏にある体育倉庫の横に、大きな木がある。
そこには、芝生も適当にあって、さらにお天気の日には日がさしこむ。
ポカポカでとても、気持ちがいい。
気付けば私は、そこに来ていた。
どうして、こんな所に来てるか?って・・・。
だって、そこには『彼』がいるから。
私の目に、体育倉庫が見えた。
その横にある木の下にいるはずの、『彼』の姿を探した。
「っ!!・・・。」
言葉なんて出なかった。
ただ、彼の姿を見た瞬間、抑えていた涙が出てきた。
たまらず私は、彼の元へと走り出した。
もちろん、そのまま、彼の胸へと、ダイブする。
誰も来ないここは、とても静かだった。
誰の声も聞こえない。
そして、うるさい飛行機の音も、この場所は軌道が外れているせいか、聞こえない。
俺が、『ある物』を堪能するには、絶好の場所だ。
だけど、雑音以外に、邪魔する唯一の物があった。
それは、空気。
暖かな空気や、冷ややかな空気を、肌で感じると、そっちに気がいってしまう。
全神経で、『ある物』を堪能したい俺には、それが納得いかないんだ。
だから、俺は考えた。
何か、解決策はないか?ってね。
それで、思いついたのが、これっ!
肌を露出しない。という事。
隠していれば、感じることなんてないだろ?
だけど、顔は、そうはいかない。
それで、俺が取った解決は、何かで顔を覆う事だった。
常にカバンに入っている音楽雑誌を、開いて顔にかぶせる。
そうすることで、何も感じなくなった俺は、悠々と『ある物』を堪能していた。
MDプレーヤーとつながっているリモコンを触り、音量をもう少し大きくする。
今の時代、アイポットを使うのが、主流なんだろうけど、あれは俺向きじゃないんだ。
多少、音が悪くなるだろ?
それじゃ、俺には向かないんだ。
なぜなら、俺はただ音楽を聴いてるんじゃなくて、『音』を分析してるから。
大音量でそれを聴いていると、まるで自分が弾いているような錯覚に陥る。
そして、思うんだ。
「そうじゃない。この時は、こう弾くべきだ。」
って・・・プロに対してダメだししている自分に、気付いてたまらず笑っちまう時がある。
でも、すごく勉強になるんだ。
『音』って、人それぞれ違うだろ?
だから、人の音を知り、そして自分の求める音を知っていく。
俺にも、最近だんだんと、『自分の求めている音』ってのが、わかりだしてきたような気がする。
その時、耳から流れていた曲が変わった。
あっ!俺の好きな曲だ!
俺は、完全にその曲に、ハマってた。
ノリノリになって聴きすぎて、全く、周りの事に気が付かなかった。
まさか、『アイツ』が、迫ってきてたなんて、思いもしなかった。
好きな曲が、サビにさしかかり、俺の気持ちも、最高潮にのぼりつめた時だった。
曲のすごさに、胸にドーンと強い衝撃が来た。
だが、その衝撃は・・・痛かった。
というか・・・何かが、落ちてきた??
俺は、たまらず、叫んだ。
「ぐっは!!・・・ゴホゴホゴホ。」
って。
音で受けた衝撃がなんで、こんなに痛いんだ?
っていうか、痛すぎて俺、むせてないか?
不思議に思った俺は、かぶせていた雑誌を右手で取ると、「何?」と口にしながら、衝撃があった自分の胸に、顔を向ける。
そこには、・・・頭。
もちろん、顔なんて見えなかった。
特に、特徴のある香水をつけてるわけでもなけりゃ、目立つように髪を染めているわけでもない。
こんなんじゃ、誰かなんてわからない。
普通だったらな。
けど、俺には、わかる。
だって、俺みたいなヤツに、近付いてくるヤツなんて、この学園じゃ、一人しかいないからな。
俺の胸に突っ込んできた上に、さらに俺の胸元をしっかりと握っているコイツを見ていると、いつもと違うことに気付いた。
『何かに耐えている。』って、思った俺は、耳からイヤホンを乱暴に引っこ抜く。
それを、その辺に投げると、俺は胸に抱きついているコイツを右腕で押さえながら、起き上がった。
「俺なんかに抱きついている所を、誰かに見られたら、お前の評価が落ちるぞ!」
だけど、優しいアイツは、俺の冗談をまじめに受け取り、さらには違う解釈をする。
「あっ・・・ごめんね。」と言って、俺から離れる。
そして、俺の側に座ると、手のひらで頬から流れている涙をぬぐった。
「こんな所見られたら、うらまれちゃうね。」
無理に笑ってそういうアイツに、俺も笑って答えた。
「別に、低脳(テイノウ)なヤロー共に、うらまれても痛くもかゆくもねぇーけどな。」
だけど、その答えに、アイツは涙で濡れた顔で、「違うって!!」と言いながら、今度は本気で笑ってた。
それには、もちろん聞いちまう。
「違うって・・・何がだよ。」
すると、アイツ・・・何て言ったと思う?
「聖(セイ)を、好きな女の子に、私がうらまれる。って言ったの!」
だって!そんな事あるわけねぇーだろ!
俺は、学園一のはみだしもので、厄介者なんだからな。
先生からいえば、一番めざわりな存在だろうな。
親や兄妹と違って、俺は、未だにフラフラしてて、自分探しをしてる。
授業は出るものの、こういう集団作業が苦手で、完全に拒否。
そのうえ、誰とも交わろうともしないから、クラスの連中とも会話なんて、もちろんしないしな。
先生も何かいいたいんだろうけど、俺の親はちょっと、有名な医者だからさ。
金も腐るほどある。
そんな財的力を持っている父親の子供だから、何も言わない。
目をつぶって、放し飼いって感じか。
先生だけじゃない。
この学園中の、全てのやつが、俺の事を知ってる。
だから、誰も近付いてこないんだ。
『金持ちの考えている事は、わかんねぇー。』とかいってな。
金があるのは父親で、俺は関係ねぇー。っていいたいが、言うのも面倒くせぇーから、言わないけど。
だから・・・。
「俺なんかに、わざわざ惚れるヤツなんていねぇーだろ。」
でも、アイツは、「聖(セイ)が知らないだけだよ。」と言って笑うと、急に立ち上がった。
「ごめんね。せっかく、それ・・・聴いてたのに、邪魔しちゃって。」
そういって、アイツは俺のMDを指さす。
「じゃ、私行くね。」
アイツは俺に背を向けると、歩き出そうとした。
もちろん、そんなアイツの腕を俺はつかむと、自分の方に腕をひっぱり、アイツを俺の胸におさめた。
俺の行動に驚いたアイツは、何も言わない。
先に口を開いたのは、俺だった。
「何か、あったんじゃないのか?」
だけど、アイツは、口を開かなかった。
そんなアイツを、俺は左腕でしっかりと抱きしめ、右手で髪を優しくなでた。
「言いたくないなら、無理に言わなくていい。
だけど、しばらく、こうしてていいか?」
相変わらず何も言わない。
でも、顔を少しだけ俺のほうに向けた。
目があったわけじゃない。
でも、「どうして?」って言っているのがわかった。
「抱きしめてほしいのは、私。
なのに、どうして、まるで、自分が抱きしめたいように、いうの?」
まるで、アイツがそういっているように見えた。
俺は何も答えなかった。
すると、今度はアイツが答えた。
「『こうやっているのは、俺の意志だ。
だから、誰かに見られても、俺に迫られたといえばいい。』
そう言ってるんでしょ?」
そういうと、顔を動かして、俺のほうを見た。
俺と目が重なった。
「聖(セイ)は、・・・優し過ぎるよ・・・。」
というアイツに俺は、それとは違う事を言っちまう。
「それより、お前、いい加減、その『聖(セイ)』っての・・・やめろよ!」
そうなんだよなぁ〜。
実は、俺の名前は、ヒジリと書いて、アキラと読む。
なのに、アイツは、セイと言うんだ。
何回言っても、セイって言う。
コイツ・・・平松 羽雫(ヒラマツ ハナ)と出逢ったのは、中学の時だった。
中学から編入してきた羽雫(ハナ)と、同じクラスになった俺は、3年間一緒だった。
とは言っても、別に何もなかった。
そのまま、あっと言う間に、3年間は過ぎ、高校に入ってからクラスは分かれた。
俺は、A組。羽雫(ハナ)は、I組。
階だけでなく、棟すらも違うから、全く逢わないんだ。
でも、別に最初は、そんな事気にもしてなかったよ。
中学で、羽雫(ハナ)と同じクラスだったなんて、正直記憶になかったくらいだからな。
でも、アイツの存在を知らされた。
それは、高校1年の文化祭だった。
羽雫(ハナ)は、仲間とFlowerってバンドを組んでいて、そいつらと文化祭の余興として、ステージに立った。
みんなは、アイツラの作り出す迫力と、珍しさに興奮した。
それから、アイツラは、2年の文化祭もステージに上がった。
その評価は、学園だけではとどまらず、他校にも行き渡り、アイツラのステージを見るために、わざわざ訪れるヤツラもいた。
だけど、俺が惹かれたのは、Flowerが作り出す音でも、チームワークでも、演奏の迫力でもない。
たった一つ。
それは、羽雫(ハナ)の声だった。
音楽が好きな俺が、声に惹かれるなんて今までなかった。
でも、羽雫(ハナ)の声は・・・他とは違う。
声を引き立てる為に、音があるんじゃなくて、羽雫(ハナ)の声があるから、音が生き生きとする。
そういう声なんだ・・・羽雫(ハナ)の声は。
1年のステージで、羽雫(ハナ)の声を聞いてから、俺はよく羽雫(ハナ)の歌声を聞きに、放課後、練習をのぞいたりした。
そんなある日、偶然なんだけど、俺がよく通っている知り合いのスタジオに行ったら、羽雫(ハナ)たちも練習に来ていて、そこで羽雫(ハナ)と話した。
アイツは俺の事を覚えていたみたいで、俺が音楽を愛している事を知って、すごく嬉しそうに話してたっけな。
それから、俺たちは、音楽の事を話したり、お互いの音楽への考え方を尊重しあったり、とてもいい関係だった。
俺にとって羽雫(ハナ)は、友達とは違う。
でも、恋人とも違う。
だって、俺たちはつきあってるわけじゃないし、愛を告白した事もない。
だけど、俺たちはお互いを必要としてる・・・。
俺は、そう感じてるし、実際俺にとっても、羽雫(ハナ)はそういう存在だった。
「いいじゃない!聖(セイ)で!」
なんていいながら、羽雫(ハナ)は、俺の背中に腕を回して、俺にしがみついてくる。
そんな羽雫(ハナ)を見ていると、「まー、いっか。」と思ってしまう甘い俺。
「ねぇー。・・・聖(セイ)?」
「なんだよ。」
といいながら、俺は羽雫(ハナ)の顔をのぞきこむ。
だけど、羽雫(ハナ)は俺には目を合わさずに、そのまま話した。
「最後の文化祭・・・Flower出られなくなっちゃったよ。」
羽雫(ハナ)はそういうと、俺の胸に顔を押し付けた。
小刻みに震える羽雫(ハナ)を見れば、泣いているのはわかった。
どれだけ、羽雫(ハナ)が、文化祭に出れることを楽しみにしていたか、俺は去年から1年間コイツを見てて嫌っていうほど、わかってるつもり。
だから、コイツの悔しい気持ちや、涙がせきをきったように流れるのもわかる。
羽雫(ハナ)のことなら、なんでもわかる自信はあった。
でも、1つだけ、分からない事がある。それは・・・。
「なぁー、羽雫(ハナ)・・・。」
俺は、そういいながら、羽雫(ハナ)の耳元に口を持っていき、優しい口調で話しかけた。
「Flowerに、何かあったのか?」
すると、羽雫(ハナ)は、途切れ途切れに言った。
「生槻(ナツキ)が・・・Flowerを・・・辞めるって・・・。
ギターがなきゃ・・・無理だよ。」
羽雫(ハナ)はそういったあと、顔を上げて俺を見た。
涙で潤んだ瞳で俺を見つめて、羽雫(ハナ)は言った。
「ごめんね。」
って。
「なんで、俺に謝るんだよ。」
そういいながらも俺は、羽雫(ハナ)の髪を優しくなでた。
羽雫(ハナ)に触れていたくて、仕方なかったんだ。
目の前にいる羽雫(ハナ)が、愛おしくてたまらなかった。
「聖(セイ)・・・言ってくれたよね?
『Flowerが奏でる音が、羽雫(ハナ)の声で生きる。
聴いてて、心が暖まる』って。
高校生活最後に、聖(セイ)に、聴いてほしかった。」
そういって、また泣く羽雫(ハナ)を、俺はもう我慢できなくて抱きしめてしまった。
強く強く・・・抱きしめた。
「生槻(ナツキ)がいなくても、お前がギターやればいいだろ?」
だけど、羽雫(ハナ)は俺の胸の中で首を振った。
「生槻(ナツキ)や、聖(セイ)みたいに、私はうまくないもん。
歌と楽器、両方なんて、できないよ。
聖(セイ)だって知ってるでしょ?
私が、器用じゃないことぐらい。」
確かに・・・羽雫(ハナ)は、ギターも出来るが、弾くのに必死なんだよな。
歌を歌いながらなんて、弾けるわけがない。
そんな事、俺じゃなくても、羽雫(ハナ)の腕を知っているやつなら、誰だってわかってるはずなんだ。
まして、3年も一緒にバンドをやっている生槻(ナツキ)が、わからないはずがない。
そして、文化祭1週間前になって自分が辞めたら、羽雫(ハナ)が困ることも。
そんな事わかっていて、どうして、生槻(ナツキ)は辞めるなんて・・・。
「羽雫(ハナ)・・・。」
俺は、そういうと、自分の体から羽雫(ハナ)を離し、羽雫(ハナ)の目線まで体勢を低くして、彼女を真っ直ぐに見た。
「生槻(ナツキ)は、どうして急に辞めるなんて、いいだしたんだ?」
だけど、羽雫(ハナ)は首を振った。
ただ、何度も何度も。
その時の事を思い出したのか、首を振りながらまた、涙を流した。
そんな彼女を見ていた俺は、ある決断をした。
彼女の顔に優しく触れる。
俺の手の感触に、羽雫(ハナ)は驚いて動きを止める。
そして、俺を驚いた表情で見た。
そんな彼女に俺は言った。
「何も心配するな。」
それには、もちろん羽雫(ハナ)はキョトン。
そして、「せ・・・い?」と俺に聞いてくる。
だけど、俺はそれには答えずに、羽雫(ハナ)の髪を自分の指先にからませながら、自分の思いを口にした。
「俺が、羽雫(ハナ)をステージにあげてやる。
俺が、『本当のお前』を引き出してやるから。」
「本当の・・・私?」
「そう。本当のお前。
お前の声の、本当の素晴らしさを、俺が引き出してやる。
だから・・・もう、泣くな。」
そして、俺は、羽雫(ハナ)の瞳から流れる涙に、優しくキスをする。
離した俺に、羽雫(ハナ)は嬉しそうに笑うと、
「ありがとう・・・聖(セイ)。」
と言って、俺に抱きついてきた。
それには、もちろん、俺はいう。
「抱きつくのは早い。」
そして、彼女を体から離すと、羽雫(ハナ)に言った。
「これを、受け取ってから、抱きついてくれ。」
俺は羽雫(ハナ)の唇に手が触れる。
ずっと、胸に抱えていた思いを口にした。
「羽雫(ハナ)が・・・ずっと、好きだった。
だから、俺が、羽雫(ハナ)の大切にする物を、守ってやる。」
そのあと、羽雫(ハナ)は何かを言おうとした。
だけど、俺はそれをまたずに、羽雫(ハナ)の唇をふさいだ。
抵抗しないところを見ると・・・きっと、羽雫(ハナ)が言おうとしたのは、俺への気持ちを伝えようとしたのかな?と思った。
それも、聞きたかったけど・・・それは、また、今度にするか。
今は、羽雫(ハナ)をなぐさめること。
そして、もう一つ。
俺の心で、今激しく燃え上がっている炎。
これを、アイツにぶつけなきゃ、俺の気がおさまらない。
俺は、羽雫(ハナ)から唇を離すと、また彼女を強く抱きしめた。
抱きしめながら、俺は叫んでた。
生槻(ナツキ)のヤロー。
絶対に・・・許さねぇー!!
って。俺の怒りの炎は、燃え盛るばかりだった。
☆☆☆1章 END☆☆☆
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