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5   4 章  もうひとつの和解
更新日時:
07/09/25(火)
いつもは気にもならないのに、今日はやけに大きく聞こえるスズメのさえずり。
遮光カーテンの左右が重なっていない場所からわずかに入り込んだ朝日が、メチャクチャ眩しく感じる。
 
「あー・・・うぜぇー・・・。」
 
俺は、何度も何度も寝返りを打つ。
俺の部屋には、俺のタメ息とひとり言と、そしてやけに聞こえる布団のバサバサって音が充満してた。
何とか寝ようと心がけたんだけど・・・。
俺は、もう無理だと実感した。
だって・・・。
 
「カチカチカチ・・・。」
 
って、目覚まし時計の秒針の音まで気になりだしたんだぜ。
これほど神経が研ぎ澄まされちまったら、もうお手上げだろ?
 
「今、何時だよ・・・。」
 
と髪をかき上げながら、ユックリと上半身を起こしてベッドに起き上がる。
そして、さっきまで、やけに聞こえていた目覚まし時計を目にする。
 
「!!。」
 
その後は・・・。
 
「信じられねぇー。
まだ、6時にもなってねぇーのかよ・・・。」
 
けど、かといって、今更眠れる気もしねぇーしな・・・。
とりあえず、気持ちを切り換えてみるか。
 
そう思った俺は、部屋から出ると、階段をユックリと降りる。
そして、キッチンへと向かう。
さすがにこの時間は、母さんもまだ起きてなくて、俺は、冷えた水を口にした。
500mlのペットボトルの水を、一気に半分くらい飲みほすと、俺は口に付着している水滴をパジャマの袖口で乱暴に拭った。
その時、遠くの玄関から鍵が開く音がした。
確か、昨日の夕食には、オヤジはいたはず。
誰だ??
 
俺は、開いているペットボトルの蓋を閉じながら、カウンターから出ると、玄関が見える廊下へと進む。
ちょうど、俺が玄関を見るのと、その人物がこちらに向かって歩いてきているのとが同時で、お互いの目があった。
 
「えっ?」
 
と言った俺に対して相手は、いたって普通。
 
「どうした?こんな時間に。」
 
なんていいながら、俺の側を通り過ぎると、キッチンに入って冷蔵庫を開け、水と栄養ドリンクを取る。
そして、キッチンの流しの所にまず、栄養ドリンクを置くと、ウオーターを先にゴクゴクと口にした。
 
「どうしたって・・・それは、こっちのセリフだ。」
 
俺はそう言いながら、さらにその人物に迫った。
 
「なんで、冬真(トウマ)がいんだよ!!」
 
って。そう、目の前にいるコイツは俺の兄貴。
今は、病院の近くにあるオヤジ所有のマンションに1人暮らししてるはずなのに、どうしてここに帰ってくるんだよ。
それも、こんな非常識な時間に!!
俺は、冬真(トウマ)が嫌いなんだ。
どこが?と聞かれると、正直困るけど・・・。
と思った矢先、冬真(トウマ)は俺にこう答えた。
 
「ここは、俺の実家でもあるんだ。
俺が居ようが居まいが、俺の勝手だろ。
お前にとやかく言われる筋合いは、ないと思うが・・・。」
 
そう言われて、確信した。
俺が、冬真(トウマ)を嫌いな理由はこれだ!!
この、人を見下したような言い方がムカつくんだ。
いちいち、感にさわるというか・・・。
イラついてしかたないんだ。
で、俺も言い返してしまって、喧嘩になるんだよな。
という事に気付いた俺は、こんな朝っぱらから喧嘩なんてごめんだし、今は冬真(トウマ)の回答にムカつかないようにしようと心がけた。
 
「確かにな・・・。」
 
本当はそうはいいたくないが、ここは大人になると決めたんだ。
俺は、言い返したいのを我慢する為、手にしていた水を必死で飲んで、イライラを抑えた。
いつもと違う俺の反応に、冬真(トウマ)はというと・・・。
 
「変なヤツ・・・。」
 
とつぶやきながら、ウオーターのペットボトルのキャップを閉じてた。
 
「冬真(トウマ)さ・・・。」
 
突然そう声をかけた俺に、「ん?」と言いながら俺の方を振り返った冬真(トウマ)は、同時に今度は栄養ドリンクのチャップを、バチと音をたてながら開ける。
俺もその音で、冬真(トウマ)の手にしてるものを見て、素直に聞いてしまった。
 
「この時間から、そんなもん飲んでどうすんだよ。
今から寝るんじゃないのか?」
 
この時間に帰宅って事は、きっと急に呼び出しが、かかったんだと思うんだ。
だったら、とっとと寝て、8時くらいには起きなきゃ。
そんなもん飲んだら目が覚めて眠れないだろ?
でも、冬真(トウマ)は、「俺寝ないよ。」とサラッというと、開いたビンを口にほおばると、グイーっと液体を飲み干した。
ビンから口を離した瞬間、「グェー。」とブサイクな顔をすると、
 
「これ、いつ飲んでも、マズッ・・・。」
 
と思いっきり苦笑いしてるし。
俺は飲んだ事ないけど、この栄養ドリンク、相当マズイらしい。
でも、マズイだけに、良く効くとか。
たまに、連日呼び出しをくった時に、オヤジが飲んで、今の冬真(トウマ)と同じ反応をしてる時があるから。
俺からしたら、それが、理解できなかったんだ。
マズイとわかっているのに、飲む2人の考えがね。
それを飲むって事は、体が相当疲れてるって事だろ?
体の疲れを癒すのは、やっぱり睡眠や休息だろ?
なのに、それをやめてまでやる『医者』って仕事に、それだけの価値があるのかって。
マズイ栄養ドリンクを飲んでまで、やらなきゃいけない事なのか?
自分の体を削ってまでする事に、どんな意味があるんだ?
俺にはそれが・・・わからなかったんだ。
と同時に、知りたいと思った。
オヤジや冬真(トウマ)が必死になる、『医者』って仕事の魅力を・・・。
本当の意味を・・・俺は知りたいと思ったんだ。
 
「どうして、そうまでして、医者であり続けるんだ?」
 
ひとり言のように囁いた俺の言葉。
でも、今はシーンと静まり返っているこの空間だけに、俺の非弱(ヒヨワ)な声を聞き取るには充分過ぎた。
俺の言葉に冬真(トウマ)は、「そうだなー。」と少し考えながら口にすると、今度は水を飲んで、口の中の苦さを洗い流した。
そして、キッチンから出てくると、カウンターの側にあるイスに腰かけた。
 
「お前も座れよ。」
 
と冬真(トウマ)は、自分が座っているイスの横のさらに奥にあるイスを俺に勧めるけど、さすがにこんなすぐ側に冬真(トウマ)と横並びに座るのには、照れくささと戸惑いがあって、俺は、
 
「こっちでいいや。」
 
と答えながら、冬真(トウマ)から少し離れた床に、あぐらをかいて座った。
そんな俺の様子を見ていた冬真(トウマ)は、「フッ。」と息を吐いた笑いをすると、右腕をカウンターに伸ばし、その上に右耳をあわせる感じで頭をコテンと倒した。
その状態で俺をみつめる。
いつも、冬真(トウマ)はそんな行儀の悪い態度をとらない。
いつも、ピシッとしてて、いうなれば、非の打ち所がないくらい、いつも完璧な男なのに。
こんな態度を取るって事は、相当疲れているって事なのか??
だとすると、俺は冬真(トウマ)を引き止めてていいのだろうか?
さっき、眠らないと言ったけど、俺が引き止めなきゃ、気が変わって眠るかもしれない。
そう思ったら、俺の心は、少しずつ罪悪感に埋め尽くされて行った。
 
「あのさ・・・。」
 
俺はいきなりそういうと、ムクっと勢いよく立ち上がった。
その姿に、俺を見ていた冬真(トウマ)の瞳が少し驚きの色に変わる。
ヤパイ!!何か言ってごまかさないと。
この場をうまくとりつくろって、脱出して、冬真(トウマ)を開放してやらなきゃ!!
って思っているのに・・・俺の頭は回らない。
まだ、眠っているのか、それとも、同じ空間に冬真(トウマ)とこんなに長く居た事なんて、ここ数年なかったせいで、緊張しているのかわからないけど・・。
俺の頭も口も、いつもの俺らしく動いてはくれなかった。
 
「えーっと・・・。」
 
と詰まって焦って、もうダサダサ。
さらには、下を向いて、どうすんだよ!!って顔をする俺。
すると・・・。
 
「俺の事、気にするなんて、お前らしくねぇーな。」
 
頭の上からそんな声がして、俺は顔を上げた。
上げた俺の目に、さっきと変わらないグテェーとしたポーズで俺を見ていた冬真(トウマ)が映った。
でも、俺を見ていた冬真(トウマ)の瞳は、いつもの冷たい眼差しでも、見下す眼差しでもなくて、それは、とても優しい瞳だった。
そのあまりにも優しい瞳に、俺は思わず、「ゴク。」と唾を飲み込んでしまい、さらに何もいえなかった。
ただ、冬真(トウマ)を見てそこに立ち尽くすだけ。
そんな俺に冬真(トウマ)は、
 
「まー、いいから、座れって。」
 
というと、アイツにしては珍しく、「ニヤ。」と微笑んだ。
 
「お前が察してるとおり、今の俺は、お前とやりあう元気はない。
で、お前も寝起きで、そんな体力ないだろ?
お互いがそんな状態の時に、しかも、こんな時間にここであったのも、何かの縁(エン)だと思わねぇーか?」
 
冬真(トウマ)はそう言うと、「ふぁぁぁー・・・・。」と大きなあくびをした。
そして、少しうるんだ瞳をこする。
 
「素直に寝たらいいのに・・・。」
 
と俺はいいながら、冬真(トウマ)に言われるがまま、俺はまた床にあぐらをかいて座った。
俺も思ったんだ。
冬真(トウマ)が言ったように、俺たちがこうやって冷静にお互い向き合える時って、今までなかったし、これからもそんなにない気がする。
今こうしている事が、奇跡だといえるくらい、ホントにありえない光景だから。
だけど、それは、俺たちにとって必要な時間なのかもしれない。
いや・・・俺にとってかもな。
俺は今、生槻(ナツキ)に言われた通り、生きる道を迷ってる。
医者という道を、選ばなくていいのか。
それで、本当に俺は、後悔しないのか・・・。
医者という職業に、興味があるわけじゃない。
なりたいと思った事だって、一度もない。
だけど、なぜか、気になるんだ。
後ろ髪を惹かれるというか・・・。
音楽の道に生きると・・・決断しきれない俺がいたんだ。
それがなぜなのか。
そして、俺はどうすればいいのか。
その答えは、自分自身でみつけないといけないと思ってた。
生槻(ナツキ)にもそういわれたし、俺は今までずっとそう思ってきた。
だけど、なぜか、今、冬真(トウマ)を見ていて思ったんだ。
冬真(トウマ)が、答えの糸口を見出してくれるかもしれないって。
何かキッカケを、くれるかもしれないって。
いえば、この世で一番大嫌いな人物なのに、俺は、その人に救いを求めてしまった。
その俺の想いを冬真(トウマ)は、気付いているのか、気付いていないのかわからない。
だけど、アイツは、俺の中にある何かを感じたのかもしれない。
耳を傾けてくれたんだと・・・。
俺は、そんな事を思ったりしてたんだ。
 
 
「じゃーさ、さっきの答え教えてくれよ。」
 
いきなりそんな事を言い出した俺に、「えっ?」と驚いた顔をした冬真(トウマ)。
そりゃ、驚くのもわかるけど、また、言うのはちょっと照れる・・・な・・・。
だから、俺は素直に言えなかったんだ。
しばらく、シーンとなる俺たちの空間。
その静けさで思い出したのかどうかはわからないけど、急に冬真(トウマ)が、「あっ!」と軽くうなずき納得する。
 
「教えてくれよ。」
 
さらにせかす俺に、「医者であり続ける理由だったよな。」というと、俺から目をそらし、天井を見る。
 
「そんなの決まってるだろ!
医者でありたいから。」
 
「はぁ?」
 
気が抜けたような声を上げた俺。
自信満々に言われてもさ、それって答えなのか?
キョトンとした顔で冬真(トウマ)を見つめる俺に、冬真(トウマ)はツボにハマったのか、大ウケ。
こんなに笑った冬真(トウマ)を見たのは、初めてな気がする。
 
「おいっ!!」
 
と突っ込む俺に、「悪ぃー、悪ぃー。」と左手を軽く振って謝る冬真(トウマ)は、半笑い状態で、「今のは冗談だよ。」というと、カウンターに置いていた水を数口飲むと、気持ちを落ち着かせ、いつもの落ち着いた冬真(トウマ)に戻って口を開く。
 
「俺が医者であり続ける理由。
それは、自分がこの世に生きた価値を知りたいから・・・かな?」
 
「生きた・・・価値?」
 
「そう。」と言った冬真(トウマ)は、倒していた顔を起すと、
 
「タバコいいか?」
 
と言いながら、俺の返事を聞く前に、ポケットからタバコを取ると、「カチ。」とライターの音を鳴らせて、タバコに火をともした。
お前、まだ18だろ!!
と言いたいが、冬真(トウマ)が生きてる人生って、充分成人を超えてる領域だから、まー、いいだろ。と勝手に俺は納得して、あえて何も触れなかった。
冬真(トウマ)はというと、慣れた手つきで、タバコをふかすと、煙を吐いて、少しホッとした顔をした。
カウンターにある灰皿に灰を2回落とすと、落ちた灰を軽くタバコの先端でいじり、それを見つめながら、口を開く。
 
「俺もな、お前と一緒で、医者になんて最初興味なかったんだよ。
オヤジが、あんなに一生懸命、患者の為に生きているのにも、興味なかったし、理解しようとも思ってなかった。
俺が、留学したキッカケは、お前も知ってる通り、幼なじみの春(シュン)が留学したから。
アイツとずっと一緒にいたくて、ただそれだけで、俺はくっついていった。」
 
冬真(トウマ)はそこで、口を閉じると、またタバコを口にする。
何回か口にしたのち、冬真(トウマ)は、吸いながら、続きを話し始めた。
 
「だけど、向こうに行って、たくさんの人の思いや、残酷な現実を見てさ。
俺の中で、色んな思いが、生まれた。
その中で一番強い思いだったのが、『救いたい』って思いだった。」
 
「救い・・・たい・・・。」
 
「ああ。」と答えた冬真(トウマ)は、タバコを灰皿にこすりつけると、灰皿をカウンターの奥にスーっとスライドさせて、とばせる。
そして、空いたスペースにまた、右腕を伸ばすと、そこにさっきと同じように右耳をつけて、上半身寝転んだ状態になった。
 
「医者としての勉強を始めて、俺はすぐに壁にぶつかった。
どんな壁だと思う?」
 
「どんなって・・・そんなのわかんねぇーよ。」
 
考える気なんて、さらさらない俺は早々に降参。
俺のそのあまりにもやる気がない姿に、
 
「ちょっとは、考えろよ。」
 
と少し呆れた声で言った冬真(トウマ)だったけど、それ以上突っ込む元気もないようで、その程度で流された。
 
「『才能の無さ』という壁!」
 
「はぁ?」
 
またしても、バカな顔をした俺に冬真(トウマ)は、「プッ。」と笑うがこっちは笑えない。
冬真(トウマ)に才能がない?
なんだそれ。
まだ、誕生日来てないから、今は18だよな。
そんな若いやつが、内科医としてバリバリ働いてるくせに、才能がないだ??
人が真剣に聞いてるのに、喧嘩売ってるのか!!
いい加減、キレそうになった俺だけど、それを先に察知したのか、冬真(トウマ)も今日は俺の怒りを抑え込んでくる。
 
「まー、あせんなって。
俺の話を最後まで聞け!!」
 
と俺をとりあえず、なだめたうえで、さっさと続きを口にした。
俺が、怒りだすと、せっかくの話し合いもチャラになっちまうからな。
冬真(トウマ)も少し、焦っていたのかもしれない。
それを感じて少し・・・おもしろかったりした。
 
「俺ってさ、お前も知っての通り、不器用だろ?
外科医としての決定的弱点というかな。
俺は、ホント、外科医に向いてなかった。
授業の全てが、不得意というくらいにな。
その時に、俺、思ったんだよな。」
 
「何を?」
 
「俺の腕では、人の体を切って治す事は望めない。
でも、人を救いたい。
だったら、俺でも出来る別の方法で、命が救えたらって・・・そう思ったんだ。」
 
「別の方法って・・・なんだよ。」
 
「それは、早期発見!」
 
冬真(トウマ)はそういうと、少し穏やかな顔をした。
 
「俺は、元々、追及したり、変化を見破るのが得意だった。
それは、内科の授業でも現れてたから。
だから、俺は、その分野で人の命を守る事を決めた。」
 
「ふーん・・・。」
 
俺は、素直にそう答えてた。
でも、冬真(トウマ)の話はまだ、続いてた。
 
「けど、人って欲張りだからさ。
自分に向いてる道を手に入れても、それで満足しないんだよな。
無謀な道を歩んでしまう・・・。
身の程を知らずにね・・・。」
 
そう言って冬真(トウマ)は、顔を右腕に押し当てて顔をうずめた状態にすると、「ククク。」と体を揺らせて笑った。
その笑いの意味が・・・俺には、もちろんの事ながら、わからなかった。
何にそんなにウケてるのか?
誰の事を言っているのか・・・。
わからないから余計、気になったんだ。
 
「何、1人でウケてんだよ。」
 
おもしろくねぇー。って顔で冬真(トウマ)に突っ込んではみるが、
 
「こっちの話。」
 
と言って冬真(トウマ)は笑いながら、顔を上げて俺を見る。
ホント・・・気になる。
冬真(トウマ)のそのツボにハマった姿をみると・・・どうしても知りたくなった。
だから、俺は、容易に引き下がらなかった。
 
「なんだよ。教えろよー!!」
 
そして、冬真(トウマ)の足をトンと軽く足蹴りする。
だけど、冬真(トウマ)も強情だ。
笑って教えてくれない。
 
「気になるだろ。」
 
たまらず、俺は、正直な気持ちを言ってしまう。
俺の素直さと、少しふてくされた俺の顔がおかしかったのか、冬真(トウマ)はまた、プッと笑う。
 
「おい!」
 
思わずにらむ俺に、「わかったわかった。」と笑いながら言った冬真(トウマ)は、頭を倒し、グテーとした体勢のままで、教えてくれた。
さっきの言葉の意味を・・・。
 
「さっきのは、俺の事。」
 
「冬真(トウマ)?」
 
「そう。」と言った冬真(トウマ)は、「お前にだけ教えてやる。」というと、いきなりズボンのお尻のポケットから、定期入れを出すと、その中から一枚のカードを抜き取る。
そして、それを、あぐらをかいて座っている俺の足元めがけて投げた。
コーティングされたカードは、フロアーのワックスの効力も手伝って、シュルーと涼しい音を立てて、すべってた。
何かの会員カードか??
俺は、そんな事を思いながら、それを手にする。
そして、自分の目線まで持ち上げてきて、ジックリとそのカードを見た。
運転免許証みたいに、左には顔写真がある。
見るからに、冬真(トウマ)本人。
で、そのカードは何の証明かと気になって俺は、中央のさらに上の見出しに目を移動させ、文字を追う。
 
医師免許証明書・・・外科・・・。
 
そこで俺は、『ん??』と思った。
そして、もう一度、さっきの文字の場所に目を巻き戻し・・・。
 
「なんでっ!!」
 
そう、叫んでた。
だって、これには確かに、『外科』と書いてある。
だけど、冬真(トウマ)は、内科医だろ!!
なんで・・・外科なんだ??
俺は、両手でそれを握り締めながら、冬真(トウマ)を見る。
その顔は、かなり困惑していただろう。
俺の顔に冬真(トウマ)は、「素直な反応だな。」とまたまた、楽しそうに笑うと、両手で握り締めている俺の手から、医師免許証を引っこ抜いた。
そして、自分もそれを見る。
 
「どういう・・・事なんだ?
お前、さっき、言ったよな。
外科は苦手だったって。」
 
「ああ。言ったよ。」
 
あっけらかんと答える冬真(トウマ)に俺は、じれったさを感じた。
だから、つい、いつもの俺に戻ってしまったんだ。
 
「なら、どうして、こんなもん、お前が持ってんだよ!」
 
だけど、冬真(トウマ)は笑って、何も答えてくれない。
だから、俺は・・・質問を変えたんだ。
興奮する気持ちを落ち着かせる為に、俺は1回深呼吸する。
そして、なるべく、落ち着いた口調で話す事を意識した。
 
「この事、オヤジは知ってるのか?」
 
まさか、秘密・・・って事ないだろ?
だけど、冬真(トウマ)は、「さぁ?どうだろ。」と首をかしげながら、免許を定期入れに戻した。
 
「どうだろって・・・。
お前、相変わらず、マイペースというか、関心がないというか・・・。
こっちが、ビビるよ。」
 
こんな爆弾を、普通すました顔で教えるか?
ホント・・・コイツの神経疑うよ。
いろんな事に呆れて、俺は、足を伸ばすとその場に、ドサと音を立てて、仰向けに寝転がった。
驚きすぎて、体を支える事もできねぇー。
天井を見ながら、ボーっとしている俺の姿を、冬真(トウマ)は見ていただろう。
冬真(トウマ)は何も言わなかった。
そして、俺は・・・。
しばらくして、冬真(トウマ)にこう言ってた。
 
「お前、すげぇーな。」
 
って。正直、俺は、医者になる為の大変さなんて、全然わかってねぇーよ。
でも・・・冬真(トウマ)の事はわかるから。
アイツが、どれだけ不器用かも、どれだけ、純粋かも・・・。
俺は、アイツが嫌いだけど、でも、嫌いな分だけ、わかってしまう。
誰よりも、切実で、頑張り屋の兄貴だって・・・わかってしまうんだ。
だから、外科医の免許だって、冬真(トウマ)がどれだけの犠牲と苦労を背負い込んで手に入れたのかは、普通のヤツよりはわかるつもりだ。
それができる冬真(トウマ)も正直うらやましかったけど、そうしたくなるキッカケというか、強い心を持てた冬真(トウマ)が、何より俺はうらやましかったのかもしれない。
だって、今の俺には、『こうなりたい。』という強い思いはないからさ。
冬真(トウマ)が、すごく、うらやましく思えたんだ・・・。
 
「なんで、お前が外科医になったかわかんねぇー。
けど、それを、全面的に出さず、『内科医』として働いてるところをみると・・・。
まだ続きがあるんだろ?」
 
俺はそういうと、天井に向けていた顔を冬真(トウマ)の方に傾けた。
俺をじっと見ている冬真(トウマ)の瞳と、俺の目が重なる。
 
「今はまだ、未完成・・・。
お前の夢は・・・まだ、現在進行形ってこと?」
 
すると冬真(トウマ)は・・・。
 
「ああ。俺の夢は、まだまだ遠い・・・。」
 
と言いながら、すごく楽しそうに笑った。
きっと、尋常でないくらい大変な事なんだろうけど、冬真(トウマ)はそれをまるで楽しんでるかのように見えた。
 
「それで?」
 
いきなりそう言った俺に、「ん?」と冬真(トウマ)は、少し不思議そうな顔で俺を見る。
俺は、倒していた体を起すと、また、あぐらをかく。
 
「夢に向かって、今もなお、走り続ける冬真(トウマ)が、自分の価値を知りたいって・・・。
何をどう・・・知りたいんだ?」
 
すると、冬真(トウマ)は、また、タバコに手を伸ばすと、それをくわえる。
火はつけず、ただくわえたまま、口を開いた。
それは、医者でない俺には到底わからない。
冬真(トウマ)が、医者として生きてきて得た、『現実』だった。
 
「いくら頑張っても、医者も人間だ。
万能じゃない。
限界があるんだ。
俺は、今まで、救いたかった命が救えない事をたくさん経験してきた。
そして、きっと、これからも、俺はもっとそんな体験をして、自分の無力さを、つきつけられるだろう。
だからこそ、俺は自分の価値を知りたいと思う。
オヤジみたいに、生まれながらの才能もなければ、医者になる為に生まれてきたような人間でもない俺。
そんな、いえば、落ちこぼれ同然の俺が、医者になった。
そんな俺が、医者として生きた人生の価値は・・・。
俺が、この世に生まれた事、自体の価値は・・・。
それを知る為に、俺は、ガムシャラに医者として生きているのかもしれないな。」
 
そして、冬真(トウマ)は、「フッ。」と軽く声を出して笑った。
冬真(トウマ)のいいたい事は、なんとなくだけど、わかった・・・気がする。
だけど、それが、体を痛めつけて生きている理由になるのか?
俺は、そうは思えなかった。
やっぱり、冬真(トウマ)の考えは間違ってる。
俺はそんな気がして・・・。
いつの間にか、俺は冬真(トウマ)に、自分の胸のうちを言葉にして、ぶつけてたんだ。
 
「けど、それで、しんどくないのかよ。
こんなに体が疲れてるのに、それでも働いて、人の命救って。
そうした時間も冬真(トウマ)の人生も、そりゃ、すごい価値に決まってる。
だけど、自分はどうなるんだ?
さっき、冬真(トウマ)も言っただろ?
医者も人間なんだって。
万能じゃないって。
その通りだろ?
冬真(トウマ)だって休息なしで頑張れば、体がつぶれる。
価値をどうこう。
人の命をどうこう言う前に、自分の命をかえりみるべきだろ!!」
 
一気にそう言った俺の息は、上がってた。
荒い呼吸をしながら、少し興奮した自分を落ち着かせる。
そんな俺を、冬真(トウマ)は、アイツらしい落ち着いた瞳で見てた。
いや、落ち着いてたのは目だけじゃない。
口を開いたヤツの声も、そして、ヤツの答えも・・・。
全てが、落ち着いていた。
それは、俺をバカにしてるとか、そういうレベルじゃなくて、俺は、それ自体が、冬真(トウマ)の覚悟のような気がしてた。
誰に何を言われても、揺らぐ事のない、『揺るぎない強い想い』じゃないかと・・・。
アイツの答えを聞いて・・・アイツの態度を見て。
俺は、そう思ったんだ・・・。
 
「きっと、俺の気持ちは、聖(アキラ)にはわかんねぇーよ。」
 
冬真(トウマ)のその答えに、俺はすぐにこう答えた。
 
「それ、どういう意味だよ。」
 
って。そして、さらに、冬真(トウマ)に言葉を浴びせた。
 
「俺が、医者でないからか?
俺が、医者を軽蔑してるからか?」
 
だけど、冬真(トウマ)は、「そうじゃない。」と軽く首をふる。
冬真(トウマ)が何を言おうとしているのか、サッパリわからない俺は、とうとう我慢しきれず、いつものように、じれったさとイラつきがあふれ、冬真(トウマ)にくってかかってしまう。
 
「じゃ、なんなんだよ!!」
 
って。そこで、相手の冬真(トウマ)も、いつものアイツなら、こんな俺の態度を見たらきっと、こう答えたはずだ。
 
「お前には、一生わかんねぇーよ。
言うだけ時間の無駄だ。」
 
そして、この場を早々に去っただろう。
だけど、今の冬真(トウマ)は、違ったんだ。
つっかかる俺に対して、アイツは、初めて見せる態度に出た。
怒るでも、苛立つでも、面倒くさがるでもなく、少し優しい顔つきになって、口にする言葉も声も、とても穏やかだった。
 
「優秀な医者になれる素質を持つお前に、俺のように無力過ぎる医者の気持ちなんて、わからないって言ってんだよ。」
 
一瞬、耳を疑った。
今・・・冬真(トウマ)のヤツ、何を言った?
俺が考え込んでしまったせいで、俺と冬真(トウマ)との間に、少しだけ静かな時間が流れた。
だけど、考えた所で、冬真(トウマ)の言った意味がわかるわけもなく、俺は、自分の聞き間違いと思いながら、さっき聞いた言葉を口にして、冬真(トウマ)に確認を取る。
 
「俺が・・・優秀な医者?」
 
100%否定されると思った。
だけど、冬真(トウマ)は、俺の弱々しい声とは対照的と言えるくらいのシッカリした声で、ハッキリとこう言った。
 
「そうだ。」
 
って。冬真(トウマ)の言葉に、俺はさらに言葉を無くす。
きっと、おバカな顔をしていただろう。
呆然とする俺に冬真(トウマ)は、おかしそうに笑いながら、口を開いた。
その笑いは、俺をバカにしてるんじゃなくて、楽しんでる笑顔だった。
俺が気付いていない事に、自分が気付いた嬉しさ・・・。
そんな裏表のない無邪気な笑顔だったから、俺ははむかう事もできず、その冬真(トウマ)の笑顔をただ・・・見ていた。
 
「やっぱ、お前自分で気付いてなかったか。」
 
冬真(トウマ)はそういうと、さらに、こんな話を始めた。
 
「お前は、オヤジをも超える程の外科医になれる素質があるよ。
そう思っているのは、俺だけじゃない。
きっと、オヤジもそう思ってるはずだ。」
 
って。それには、さっきまで、ボーっとしていた俺からは、想像もつかないくらいに、素早く俺は条件反射で、こう返してた。
 
「ふざけんなよ。
そんなわけないだろ!!」
 
って。冬真(トウマ)の言い分を勢いよく全否定した俺に対して、冬真(トウマ)は、「なぜ?」と本当に不思議そうに言ってきた。
だから、俺は教えてやったんだ。
冬真(トウマ)が言った事は、あるはずがないと・・・。
冬真(トウマ)の思い込みだと・・・。
 
「なぜって、オヤジは今まで一度も俺に医者になれって言った事がないんだ。
期待なんてしてるわけない。」
 
そして、さらに、俺は冬真(トウマ)にこう告げた。
 
「それに、冬真(トウマ)だって、そうだろ!」
 
だけど、それに対して、冬真(トウマ)は、「えっ?俺??」と少し焦った顔をすると、キョトンとした顔で、さらに言ってのけた。
 
「俺が・・・何?」
 
って。よくもイケシャーシャーと言うよ。
呆れた俺は、少し脱力状態になりながら、冬真(トウマ)に、「とぼけるなよ!」と第一声を投げかけると、さらに詳しく冬真(トウマ)に言ってやったんだ。
 
「この間、羽雫(ハナ)がいる目の前で、お前俺に言ったじゃねぇーか!!」
 
「ん?」
 
「『お前みたいな人間は、医者になる資格はない。
お前みたいなヤツが、医者になるのは、迷惑だ!!
こっちの世界には、くるんじゃねぇー。』って。
お前、そう言っただろ。
忘れたのかよ。」
 
ホント、都合のいいヤツだなー。と呆れながら言った俺なんだけど、言われた本人は、「あー、その事かよ。」なんて言うと、
 
「ああ。言ったよ。」
 
って、あっさり認めやがった。
 
「何が、『言ったよ』だよ・・・。
わけわかんねぇーやつだな。」
 
コイツ寝不足で頭イカれたんじゃねぇーのか?と俺は、ホンキで思ったんだ。
コイツの言ってる事は、ハチャメチャだ。
真剣に相手するだけアホらしぃーって。
だから、俺は、タメ息をつきながら、首を振って、バカバカしいって思いを体全体でアピールした。
だけど、それを見ていた冬真(トウマ)は、
 
「あれは、そういう意味じゃねぇーんだよ。」
 
と笑いながらいうと、上半身を完全に起し、足を組むと、俺の方に真っ直ぐに向いた。
 
「俺みたいなヤツはさ、技術がままならないから、自分の意志がシッカリしていないと、モノにはならない。
つまり、必死にならないとダメって事だ。
だけど、お前みたいに、容易にできてしまうヤツは、慎重でいないと危険だ。」
 
「どういう意味だよ。」
 
「自分の意志がシッカリしてなくても、さらっと出来てしまう。
でも、それは、永遠に続くものじゃない。
救えない患者だって出てくる。
そういう時ってな、自分という存在自体を否定したくなるんだよ。
それくらい、追い込まれるんだ。
だけど、そんな時、シッカリした思いと意志があれば、なんとか踏みとどまれるんだけど、その覚悟なく安易な思いで医者でいると、耐え切れなくなる。
そういう医者を、俺もオヤジも、嫌ってほど見てきた。
それが、人の命と向き合うという、厳しい現実なんだ。
俺も、そして、オヤジも、お前にそれが、降りかかる事を、一番恐れてる。
だから、オヤジは、自分から聖(アキラ)に医者になれと勧めなかった。
今のお前は、医者に対して興味を持たない所か、卑下してるだろ。
俺が、この間、羽雫(ハナ)ちゃんにした行動でも、お前相当怒ってたもんな。」
 
「それは・・・。」
 
確かにあの時の俺は、大げさすぎるくらいな態度をとったよな。
なんで、あんなにムカついたのか、わかんないけど・・・。
今、こうして落ち着いて思い返すと、あんなに熱くなる事もなかったなー。と反省するんだけど・・・。
あの時の俺は、自分でもわかんないけど、あーいう態度を取ってしまった。
今なら・・・冷静な今なら、言える。
 
「あの時は、その・・・悪かった。」
 
いつになく素直にそう言った俺に、冬真(トウマ)もいつになく素直に言ってくれる。
 
「謝る必要はない。」
 
って。そして、さらに、「気にすんな。」というと、言葉を続けた。
 
「アレが、今のお前にとって、医者に対する正直な態度だろ?
今のお前は、医者という職業を、まだ受け入れられないでいる。
なら、無理に今、入り込む必要はない。
お前が、心から、医者という職業に興味を持ち、そして、なりたいと思ったら、こっちの世界に飛び込んでこい!」
 
冬真(トウマ)はそう言って、俺に笑いかけてくれた。
だけど、俺は・・・。
 
「・・・。」
 
何もいえなかったんだ。
笑顔も向けられなかった。
冬真(トウマ)にそう言われても、今の俺にはわからないから。
何が?って・・・全てが。
俺が医者に対して、これほどまでに嫌悪感を抱く理由も、やたらと気になってしまう理由も・・・。
さらには、俺が、冬真(トウマ)が言うように医者に向いているっていう解釈も・・・。
何もかもが、俺には理解できなかった。
ただ、俺は力なく、首をガクとさげると、床をみつめる。
じーっと床と、にらめっこをする俺の姿に、冬真(トウマ)は「プッ。」と笑いつつも、優しく助言をくれる。
 
「あまり、深刻に考えるな。
考えた所で、答えが出ない物だってある。
時間と体力を、無駄に使うなよ。」
 
そして、体を思いっきり前かがみにすると、下を向いている俺の頭の上に、右手をポンと軽く音を立てて乗せ、優しく俺の髪をなでた。
冬真(トウマ)にこんなことされるなんて、初めてだったから、俺は戸惑った。
戸惑ったけど、初めてだったからかな?
すごく、安心したんだ。
この時俺は、初めて冬真(トウマ)を兄貴だと思ったのかもしれない。
だから、知らない間に俺は、こうつぶやいてたんだ。
 
「いつかな・・・。」
 
って。あまりに、小さな声で囁いたせいと、頭を完全に下に向けているせいで、冬真(トウマ)は聞き取れなかったのか、「ん?」と俺に聞き返してきた。
だから、俺は、もう一度言ったんだ。
 
「その答えは、いつ出るのかな・・・。」
 
って。さすがに、恥ずかしくて、下を向いたままだったけど・・・。
さっきよりも、大きな声で言った・・・つもり。
だって、恥ずかしいだろ?
いつも、大嫌いだ!!ていうオーラを発して接している相手に、まるで、自分の将来を教えてくれ。とねだってるみたいで。
っていうか、実際、ねだって、すがって、思いっきり答えをゆだねてるんだけどさ・・・。
強情な俺の性格が、素直にさせてくれなかった。
でも、そんな俺の気持ち・・・。
冬真(トウマ)には、わかってるよな?
兄弟なんだもん。
現に冬真(トウマ)は、俺をバカにしたり、冷たくしたりしなかった。
俺の心の叫びを、ちゃんと聞いてくれたんだ。
俺の髪に触れている手に、グッと力を入れると、俺の頭を数センチ下に沈めた。
床を見ていた俺の目が、さらに床に近付く。
自分の意志とは関係なく、首が重い圧力のせいで、下にさがったから、首がだるくなる。
 
「いてぇーな・・・。」
 
と少し抗議する俺に、冬真(トウマ)は、「ククク。」と笑いながら、手を離すと、「聖(アキラ)。」と俺の名前を呼んだ。
 
「何?」
 
俺は素直にそう言いながら、下げていた頭を上げる。
見上げた俺の視界に、俺を見ていた冬真(トウマ)の姿が、スッと入り込んできた。
冬真(トウマ)は一体、どんな答えをくれるのか?
ひそかに期待をしていた俺に、冬真(トウマ)はどんな答えをくれたと思う?
アイツは、こう、言ったんだ。
 
「ところでさ、羽雫(ハナ)ちゃん、どうしてる?
病院、どこか、行ったのか?」
 
って。もちろん、そんな突拍子もない言葉には、これだよ。
 
「はぁ??」
 
そして、思いっきり口をだらしなくあける。
だけど、冬真(トウマ)は、「どうなんだよ。」と答えをせかす。
 
「なんで、今、羽雫(ハナ)が出てくんだよ・・・」
 
と、ぶつくさと文句。
ホント、冬真(トウマ)って・・・わけわかんねぇーヤローだな。
どこまでがホンキで、どこまでが冗談か理解できねぇー・・・。
俺は、心底呆れていた。
だけど、「ん?」とさらに真剣に俺を見つめて聞いて来る冬真(トウマ)を、邪険にはできなくて、俺は渋々答える。
 
「いや。行ってねぇーと思うけど。」
 
それで、終わるのかと思った。
だって、今、この瞬間、羽雫(ハナ)の話はちっとも、全く、関係ないだろ??
だけど、冬真(トウマ)は、なぜか、『羽雫(ハナ)話』を終わらす所か、どんどん続けたんだ。
 
「そっかー。
で、彼女、どう?元気?」
 
そんなん知るか!!
俺の心はそう、答えてた。
でも、あまりに真剣に聞いてくるからさ、さすがに言えなくて・・・。
だけど、ちょっと、面倒くさくて・・・。
俺は、また、足を伸ばし、さらに両手を後ろについて、リラックススタイルになって、冬真(トウマ)に答えた。
 
「ああ。元気だよ。
明日・・・って言っても、今日だな。
文化祭でステージ立つんだよ。
アイツ、10曲演奏するから、あの日からずっと毎日練習張り切ってたよ。」
 
「へぇー・・・10曲ね・・・。」
 
そう言った冬真(トウマ)は、イスから降りる。
 
「俺、7時には病院に戻りたいから、そろそろ書斎にいくわ。」
 
「書斎?」
 
すると、冬真(トウマ)は、飲みかけのペットボトルをあけると、残っていた水をいっきに飲むと、それを、ゴミバコに投げる。
ガコと音を立てて、ペットボトルは綺麗な円を描いて、ゴミバコに入った。
 
「ああ。調べ物があってね。
それで、わざわざこっちに来たんだよ。
オヤジのやつ、医学書とかには、湯水のように金使っててさ。
いい物が、ここの書斎にはわんさかあるんだよ。
まさに、宝の宝庫だな。」
 
と言った冬真(トウマ)は、両手を組んで天井に向かって伸ばすと、「うーん。」と言って背伸びをした。
 
「お前も、もうちょい、寝ろよ!
大事な彼女のステージ前で、緊張して眠れないのもわかるけどな。」
 
「うるせぇー!!」
 
と慌てながら騒ぐ俺に、「アハハ。」と大笑いした冬真(トウマ)は、この部屋から出て行こうとする。
だけど、俺はそんな冬真(トウマ)を慌てて止めた。
 
「何?」
 
「さっきの答え、まだ途中だろ?」
 
「答え?」
 
「教えてくれよ!
答えはいつ出るか・・・。」
 
「ああ、それか。」
 
冬真(トウマ)はそういうと、「フゥー。」と息を吐く。
そして、俺を真剣な目で見て、「たぶん・・・。」と口にすると、少し言いにくそうに話し出す。
 
「近日中に出るはずだ。
その形は、お前にとって残酷かもしれない。
だけど、先に言っておく。
それが、お前の現実だ。
決して逃げれない。
だったら、見方を変えて、残酷を感謝に変えろ。
お前に突きつけられた残酷さは、お前に何かを見つけさせる為に起きたんだと。
その残酷さを与えてくれてありがとうと、感謝できる人間になれ。
お前になら、なれるはずだ。」
 
そして、冬真(トウマ)は、俺の肩をポンと叩く。
 
「じゃーな、おやすみ。」
 
さっきとは違う、とても優しい笑顔をした冬真(トウマ)は、俺の頭をさらに優しくなでると、俺から手を離す。
カウンターに出しっぱなしのタバコとライターを、右手でまとめてつかむと、俺に背を向けて、リビングを出て行こうとする。
 
「おい、待てよ!冬真(トウマ)!!」
 
俺は、慌てて立ち上がって、冬真(トウマ)を止めるけど、冬真(トウマ)は、振り返らず、足も止めず、ただ、左手をヒラヒラと振って、長い廊下を歩いて行った。
そして、そのまま、書斎へとつながる階段を、軽快に上がっていった。
 
冬真(トウマ)が言った意味。
とても気になった。
近日中に訪れる残酷な事。
一体・・・何なんだ??
俺は、恐れる思いの一方で、信じてなかった。
その残酷な影が、確実に近付いているとは知らずに・・・。
俺は、数時間後、それを知る事になる。
決して逃げられない残酷な現実に、囚われてしまったんだ・・・。
 
 


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