ゲッチョのコラム



 131   アカナマダ
更新日時:
H19年12月13日(木)
小笠原、母島で漁師をしているポンから小包が届いた。
ポンが中学1年のとき、僕は理科の授業を担当していた。そのときから釣り好きなのはわかっていた。でもまさか小笠原の漁師になるなんて・・・。
ポンと連絡をとるようになったのは、やはり釣り好きであるノグチさんの紹介からだ。一時サメ・・・それも外洋性のサメに興味があって、ノグチさんとそんな話をしていたら、ポンに連絡をとるように勧められたのだ。
ポンはカジキ漁に携わっているのだという。そのカジキの胃の中に変な魚が入っていたりするよ・・・じゃあ、とっておいてまとめて冷凍で送るよ・・・そんな会話をかわし、そして忘れた。それから1年、突如として、ポンから小包を送る・・・という連絡があった。
クール便で届いた小包をあけると、何やらビニールやラップに包まれた者たちが入っていた。ひときわ目立ったのは、大きめの魚の頭だ。半分消化されたものらしく、皮膚はほとんど残っていない。目玉も中身が落ちてうつろだ。食いちぎられたものか、エラ蓋の後ろで、体は切れてしまっている。しかし、それでもえらく特徴的な魚であることは一目瞭然だ。頭の前部にほぼ垂直なおでこが張り出しているのである。こんなフォルムを持つ魚はそういない。アカナマダである。
アカナマダは珍魚として名高い。あのリュウグウノツカイの仲間だ。そんな魚の頭が無造作に入っている・・・なんだかポンからの小包が竜宮城からの玉手箱のように見えてきた。

 132   もったいない
更新日時:
H19年12月7日(金)
この前、大学の授業でマテバシイのドングリクッキングをした。その前にちょっとやりとり。
「自分でドングリを拾ったことのある人?」
授業参加者11名のうち、拾ったことのあるのは本土出身者の1人だけ。あとの沖縄出身の学生10名は、だれもドングリを拾ったことがないと、このとき答えた。何度かかいているかもしれないが、沖縄中南部には、ドングリをつける木がほとんどないのである。
さて、大阪、京都へ行く。
目的は会議への出席なのだが、ヒマをみつけて、ちょっとブラブラ。すると、公園や寺社にはかならずドングリが落ちている。アラカシ、シラカシ、ウバメガシ・・・おおっ、これはツクバネガシではないか!イチイガシも落ちている。ついにシリブカガシも木の下でひろったぞ・・・
拾っても拾っても、拾い尽くせない。(あたりまえだ)かといって、放っておけない。なにせ、今住んでいるところは、ドングリ不毛地帯だから・・・。なんてもったいないのだろう。だれも拾っていない。最初は、一刻も早くとあせって拾い集めていたが、そのうちそんなことをしているのは、僕だけだと気がついた。
本土は豊かだなぁ。
そう思う。
もちろん、沖縄にはそれとは別の恵みがあるわけだけれど。

 133   標本力
更新日時:
H19年12月7日(金)
京都に行った。
昼間は会議。夜、マキコの家に泊に行く。夜11時に着いたものの、マキコは不在。鍵は空いていたので家に入り、こたつでウトウト。(同じ家に住んでいるアサコももう寝ていた)12時半にマキコがかえってきた。さて、今度出す予定の本の打ち合わせをしないと・・・と思っていたら、「朝の始発の電車に乗って、関西空港から北海道行きの飛行機に乗るよ」マキコがのたまう。なんちゅうハードな生活をしとるんかいな、とあきれつつ、僕もこの日は寝るのをあきらめる。「明日の準備、準備」といいながら、マキコは次々につまみを作り始めた。マキコはとにかくじっとしていられない人なのだ。漬け物やらスープをつまみに、焼酎、ワイン、日本酒・・・とこれまた、次々にくりだされる酒を飲む。仕事の話は早々に終わり、話題は標本の持っている力についてだ。
「あたし、生き物が死ぬほど好きな訳じゃないけど、標本は好き。なぜかっていうと、生き物自体より、生き物に関わっている人が好きだから。標本はラベルひとつとっても、作った人の意思が残っていると思うの」
だからマキコは標本室で昼寝をするのが大好きなのだそう。そんなマキコこそおもしろいな・・・と思う。
京都や奈良は戦時中、爆撃を逃れた歴史がある。そのため旧制の学校などに、古い標本が残されているという。逆に今、僕のくらす沖縄は、戦争で灰燼に帰した歴史がある。当然、古い博物標本などのこされていない。
標本は学校の片隅にほこりをのせて、ひっそりとたたずむものだ。しかし、その標本にもなんらかしらの、物語る力がある。その言霊をひきだしてみようか・・・始発電車を待つまでのあいだ、マキコとそんな会話をかわした。

 134   6本脚の夜
更新日時:
H19年11月26日(月)
タニカワ先生に続いてハネカクシ屋のキシモト君が来沖した。ソラもまじえて飲み屋へ。
「1o以上あったら、小さい虫とはいわない」
キシモト君はこんなことをいう。
キシモト君は完全にちび虫まなこなのだ。意識してモードを切り替えないと、チョウやらトンボやらは目にはいらないというぐらい。1o以上あれば肉眼でおおよその虫の形はたどれるので、小さい虫とは思わない・・・とキシモト君はいう。
「今までで一番ドキドキした虫採りはなに?」そう聞いてみた、
いくらなんでも・・・と思っていたのだが、甘かった。
小笠原でアリヅカムシを見つけたとき、鳥肌がたった・・・なんていうのだ。アリヅカムシはせいぜい数oの虫である。
それでもキシモト君はとにかく博識であった。ギョウザをつまみ、ミミガーをほおばりつつ、2日に渡って、キシモト君の話に聞き入った。

 135   8本脚の夜
更新日時:
H19年11月26日(月)
タニカワ先生が沖縄にやって来た。
スギモッチとともども飲み屋にくりだす。
あいかわらず、ずーっとクモ話。それがまたおもしろいのだけれど。
「今年はオオトリノフンダマシを二回見ました」
スギモッチがいう。
うらやましい。
オオトリノフンダマシは埼玉にいたころは普通種だった。ところが沖縄ではまだ姿を見ていない。タニカワ先生も沖縄では珍しいよという。埼玉ではクワ畑のへりや休耕田のススキ原がオオトリノフンダマシを捜すときのポイントだった。が、沖縄では捜すポイントがてんでわからない。
しかし南には南の自然がある。
奄美や沖縄からはツシマトリノフンダマシが記録されている。このクモは鳥のふんというよりはテントウムシそっくりのクモだ。
「まさに神がかりてき」
スギモッチが笑う。
スギモッチが初めてタニカワ先生に会った日、スギモッチは生まれてはじめてツシマトリノフンダマシに会ったからだ。それも目の前にいとをひいて下りてきたというのである。タニカワ先生にしてもこれはビックリであった。
そもそもタニカワ先生が初めて見たスギモッチは捕虫網を頭からかぶって中の虫を取っている姿だったそう。
一方スギモッチにいわせると、この日の夜、タニカワ先生がお酒を飲みつつ、思い出したようにクモを「へへーっ」と拝んでいたそう。
どっちもどっちだ。強烈である。
ツシマトリノフンダマシはいまだオスが未知のクモであるのだという。
そのメスですらまだ拝んだことがないのだが、その話に、ちょっと血が騒ぐ。



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