ゲッチョのコラム



 131   骨の学校・夏(その1)
更新日時:
H18年8月31日(木)
INAXギャラリーの講演会で東京へ。
たまたまそれに合わせて、NHK の取材も入った。
スタジオに生出演したのだけど、収録VTRもあって、その中の一つがユーダイとコーキの取材VTR。2人とも「てら子屋」で知り合った骨好き小学生だ。彼らの話をしたらデイレクターがおもしろがって、彼らのうちへ取材へ行ったと言う次第。
「これまだ取ったことないなー」
ユーダイらが買い物に行く様が放映されたのだけど、行き先の魚屋で、こんなことを言うので笑ってしまう。
「食べたい魚」でなくて、「まだ骨を取ったことがない魚」を夕飯のオカズに選んでいるわけ。しばらく前、『骨の学校・3』を書いている時はおんなじことをしてたっけ。
なんとかかんとかNHKの出演を終え、ギャラリーへ。
いったいどんな人が来るんだろう。
始まるまで、てんで落ち着かない。
皆、骨のプロだったらどうしよう・・・(そんなことはないんだけど)
自森の同僚や友人のカメラマン、モッチーの顔が見える。
もちろん初めて見る人々の顔も。
最近、スイッチの入りが良くなった。
始まる時は今だ不安なのだけど、いざ始まると、とたんにスイッチが入る。
おもしろかった。
打ち上げのビールそこそこ、次なる会場に向かうため電車へ飛び乗る。

 132   再開します
更新日時:
H18年8月31日(木)
長らくのお休みでしたが、また再開しますので、よろしくお願いします。

 133   オキゴンドウ
更新日時:
H18年7月2日(日)
「クジラのアタマ、持って帰ってね」
屋久島に行ったとき、ヤマシタさんにそう言われた。
庭先にオキゴンドウの頭骨が置いてある。
話を聞くと、20数年前、島に何十頭ものオキゴンドウが打ち上がったことがあるのだという。重機を使って浜に埋めたそのオキゴンドウの骨が、偶然一部顔を出していたというわけ。
現場へ案内してもらった。
これが大きな玉石の混じるゴロタ浜で、容易に砂が掘れない。よく頭骨を堀り上げたと思う。胴体部がまだ埋まっていたが、肋骨などは劣化していて掘り上げると壊れてしまった。
頭骨を沖縄へもらって帰ったのはいいのだけれど、ボロボロになりそう。考えたあげく、サトウ君に進呈することにした。
サトウ君は必殺技を持っている。それが「樹脂固め」。スズメバチの巣やオサガメの骨なんかを特殊樹脂で固めたものをウレシそうに見せてくれたことがある。きっとサトウ君なら、この骨をかためて有効に使ってくれるだろう・・・。
夜、サトウ君が骨を引き取りに。
「この前もらったネズミイルカの骨も樹脂でいいように固めましたよ」
うちのネズミイルカは、まだベランダの衣装ケースの黒い汁の中につかっている。この前見た時には水面上の頭骨にウジがいっぱい・・・。
「えっウジ?まだいますか」
「う〜んと、小さいやつ」
「そうでしょう。死体も遷移しますよね。最初は動物が食べて、そのうち虫が来ます。僕らがホワイトエンジェルさんと呼んでる虫がまず来て・・・」
ホワイトエンジェルさん・・・つまり大っきなウジのこと。サトウ君的には、肉を溶かし骨をあらわにしてくれる天使さんなのだ。
「あらかた分解終わると、ちっこいウジが現れますよね。その段階っすね」
そう。うちのネズミイルカもニオイも腐敗臭ではなくて、ドブ臭いような感じになった。もうそろそろ引き上げて干すことができそうだ。
「いやー、昨日はサメ釣りに行ってて・・・。朝の4時までやってました。
夏には生まれたてのサメが川にいるんですよ。それ釣ると、夏が来たな・・・と。夏の行事ですね」
こんなことを言う。で、うっかり夕方の6時まで寝てたそう。
「これからウミガメの産卵見に行くんですけど、行きます?」
そう誘われる。うーむ。ごめんなさい。無理です。
相変わらず、サトウ君おもしろい。ワーッと話して、「じゃっ」と言って、オキゴンドウの頭の入ったダンボール箱を手に、サトウ君は去って行った。
 

 134   授業ウィーク
更新日時:
H18年7月1日(土)
今週は授業週間だった。
火曜日、スコーレ高等部自然講座と夜間中学。
水曜日、スコーレ高等部世界史(!)と専門部。
木曜日、大学2コマ。
金曜日、小学校2コマと夜、大学で有志塾のゼミ。
有志塾ーは教育問題についてのやりとり。
キッカケはダニラー(ダニの研究者のこと)つながり。
まずハウスダストのダニを研究しているフーミンと知り合い、そのダンナさんの哲学者、タケダさんのやってる自主ゼミに呼ばれた。
タケダさんはゼミの顧問。塾長は本日欠席なれども、宮古口で歌を歌うので最近とみに有名になりつつあるシモジさんとのこと。
このゼミ・・・は、大学で哲学を教えているタケダさんの教え子が、卒業後集まって開いているものという。
僕は自由の森とスコーレの経験や、ホッシーの教育理念について紹介したのだけれど、終わって思ったことが1つある。
それは授業は、授業の場を離れてこそが本番・・・ということ。
授業の場が楽しい・・・というのは序の口というか、キッカケにすぎないのだ。その場から、日常の場にどうつなげられるかこそ、授業のイミなのだろう(スコーレの通信を読み返したら、すでにホッシーがこうしたこと書いてたわけだけど)。その点で、卒業生が集まって自主ゼミを作っている・・・というタケダさんの授業の場が、例えその場を見たことがなくても何やら感じられる。
まだまだだな。
いや、全然だな・・・。
自分の授業を振り返ると、そう思う。
ホントに授業はムズカシイ。
つくづく思った。
 

 135   虹の下
更新日時:
H18年7月1日(土)
タカラ小学校3年生に虫の授業。
チャイムがなるまで、校長室で、教頭センセとゆんたくタイム。
教頭センセは昭和30年宮古島生まれ・・・ということで、当時の島の少年たちの生態を教えてくれる。
木の実をとって食べたり、カサの骨で作った矢でキシノウエトカゲをとって食べたり、渡ってきたサシバをオモチャにしたり・・・と、当時の子どもたちは、実に濃い自然体験をしている。
「虹が出ますよね。当時は家があんまりないから、虹のつけねのとこまでキレイに見えたんです。子ども達同士で虹の下へ行ってみよう・・・という話になるわけです。でも、行っても何もない、バカらしい・・・と言う子もいるわけ。僕は行ってみた方の子どもです。
行っても行っても行き着けないわけですよ。しょうがなくてあきらめて帰る。でも、行ってない子に対してこれでは悔しいわけです。だから虹の下に行ってきたよ・・・とウソつくわけです。虹の下は全部が虹色に光ったとこだった・・・と。行ってない子は、アア、行けばよかったと後悔するんですが、本当は僕らが行って損をしたんですけどね」
教頭センセは笑う。
いい話だと思った。
「この目で見てきたこと」こそ確かだーという世界の中にあってこそ、通用するウソだから。こんなウソをつけたら、それは一生の宝物だろう・・・。
「十五夜は、子どもも夜遊びが許される日なんです。小学生の子どもだけでね、舞台作って演芸大会。フチャギとかテンプラ持ち寄って食べて・・・。あとシシを作って家庭を回るんですね。するとオジイたちがお菓子やテンプラをくれるわけです。最後はとなりの集落の舞台と戦いです。
バクチクもってぶっこわしにいく。これが楽しくてね・・・」
またしても教頭センセは笑う。
まだ子どもが、自分たちの世界を持っていた頃の話だ・・・と思った。
それでも、今の子どもたちだって十分パワーはあるのだ。
教室にクモやサソリやゴキブリを持ち込む。
ワーワーギャーギャーと大変な騒ぎ。
授業の最後にはカイコのサナギのつくだ煮を、一人一人の手のひらに。
「ギャーッ」とまたひとしきりオタケビが上がる。
子どもたちの世界の中で、子どもたちのパワーが十分出す機会があるのか・・・そこだけが、時代の移り変わりの中で、変化したところではないだろうか。
 



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