ゲッチョのコラム



 136   グソクムシ
更新日時:
H19年11月16日(金)
「今、伊豆です。オオグソクムシが手にはいったんですがいりますか?」
ハセガワさんから電話がはいった。
オオグソクムシとは深海底にいるダンゴムシの化け物だ。そいつがまだ生きているのだという。
骨が縁で知り合ったハセガワさんに、沖縄の海岸でひろったハダカイワシとクール便で送った。ハセガワさんは深海物も好きなのだ。そのかわりに、今度はハセガワさんが伊豆の知り合いの漁師さんのカゴにかかったオオグソクムシをお裾分けしてくれる・・・というわけである。ひそかに、鮮度がよかったら食べてみようと思っていたのだけれど、送られてきた物はアルコールに浸けられていた。もちろんこれはこれでとっても嬉しいのだけれど・・・。
グソクムシといえば、先日ハセガワさんが沖縄に遊びにきたとき、市場で手にいれたウツボの頭の口から、一匹の寄生虫がでてきた。これを知り合いの寄生虫屋三にみてもらったら、グソクムシの仲間・・・という返事がかえってきた。それまでグソクムシというものはオオグソクムシみたく大きくて海底をはっているものとばかり思っていたのでちょっとビックリした。海の生き物はまだまだ知らないことばかり・・・。
沖縄もだいぶ涼しくなってきた・そろそろ拾い物の季節である。今年は海にいく時間はあまりとれそうもないけれど、グソクムシなどに出合ったせいで、こころが少しざわついている。

 137   ガラクタ記載
更新日時:
H19年11月16日(金)
大学で、週に2日文章講座をしている。
はじめてのことなのでまさに四苦八苦。
毎回、どんなお題で文章を書かせようか、頭をひねる。
今回の題は「ガラクタ記載」。僕がこれまで集めてきた世界のガラクタが素材だ。(といってもそうたいしたものがあるわけでもないが)たとえばチベットのマニ車。知っている人にはなんていうことのないものだけれど。知らない人はなんだかさっぱりわからない。回転させることで自動的にお経を読んだことになる装置だよ・・・なんて紹介すると。学生たちがビックリ笑いをしていた。
さて、いくつかのガラクタの正体あてをしたあと。本番にのぞんでもらう。
今度は日本製。大正時代のある装置だ。
ほぼ正方形の木箱の中に、ゼンマイ仕掛けで回転する円柱と、金網でしきられた小箱が仕組まれている。ゼンマイをまわすとごくゆっくり円柱がまわり、ときどき円柱を4分割している細長い金属板が、回転によってぱたりとひるがえる・・・
なんだかおわかりだろうか。
学生達にはこの装置の形状を記載させ、その構造から装置の目的を類推させた。こんな文章練習・・・である。
装置の蓋には装置の名前が書いてある。
ハイトリック
これがヒントである。
そう、自動卓上ハエ取ち機なのである。
古道具やで見たときはその命名に笑ってしまった。ただ古道具やの親父にいわせると、当時としてはハイカラ機械で値段も結構した、いいとこの書斎において会った物だとのこと。たしかに蓋には製造が時計店であること(つまり精密機械である)、また裏ブタには値段が4円50銭したことも書かれていた。(やはりそこそこの値段だろう)なんでも円柱に砂糖水を塗ってハエをおびきよせるそうだ。なんとものどかなものであるが、自分でためしたことはない。
授業はそれなりにおもしろがってくれた。
うーん。来週はどうしようか。

 138   ツクツクボウシタケ
更新日時:
H19年11月8日(木)
ヤンバルに向かう。
折悪しく、小雨だ。そんな中、適当な尾根にそって沢まで下りた。沢へ下りきると、今度は沢の中を歩いて下る。その途中、沢の脇にちょっとした平坦地があった。いかにも・・・である。なにがいかにもかといえば、冬虫夏草が生えそうだ・・・ということだ。
平坦地にあがる。ヤンバルといえども、かつてはあちこちで人の営みがおこなわれた。この平坦地もみあげれば、沖縄では珍しいスギの木がそびえている。
木の下にしゃがみ、息をひそめる。虫草探しは、林床に腰をおとし、息をひそめ視界をごく狭い範囲に縮める必要がある。しばらくすると、その森の底の世界に目がなれてくる。するとそれまで目にはいっていなかった小さなキノコなどが目にはいるようになる。
森の底で一人、こころのうちで声をあげる。
「あれは木の葉、これはクスノキに実」
クスノキもまた、かつてこのあたりに人がすんでいた証だ。
「これはヒメイタビの果のう・・・そうか、今ごろじゅくすのか・・・」
そして、気になるものがひょいと目にはいってくる。余りに白い。これはそうだろうと瞬間でわかる。
森の底にはえていたのは、ツクツクボウシタケだった。
このキノコはけっして珍しい種類ではない。屋久島では見飽きるくらい発生していた。北海道でも記録があるという。沖縄島でも何カ所かで見ている。ただ、沖縄島の場合、そこまで容易に姿をみることができない。この日、三本のツクツクボウシタケをみただけで、かなり嬉しくなったほどだ。
土地土地で虫草のあり方は違う。ようやくヤンバルで虫草にであえるようになってきた。まずもってそのことが嬉しい。

 139   ドングリ料理〇七年
更新日時:
H19年11月8日(木)
例年のごとく、千葉までマテバシイのドングリを拾いにでかけた。その成果を授業で使う。
スコーレ、高等部一年の授業でマテバシイクッキング。
「ドングリって何の木の実?」
そう聞くと、案の定「ドングリの木の実」という返事がかえってきた。
「おいしい!」
マテバシイのドングリを炒って食べさせるとこんな声が上がる。
「沖縄には食べられるドングリはあるの?」という質問も。
沖縄島の中南部にはほとんどドングリをつける木は生えていない。先日夜間中学でマテバシイのドングリを見せたら「これがドングリですか。歌では知っていましたが、はじめて見ました」という声があがったほど。沖縄にもマテバシイをはじめ五種類のドングリをつける木はあるにはあるが、なかなか人目につかないのである。
「うわーっ、うわーっ」
ラムが一口かじって大騒ぎをしている。
マテバシイのドングリの特異性を認識するべく、これまた本土で拾ってきたコナラのドングリをかじらせたのだ。
コナラをはじめ、多くのドングリの仲間は実に渋みを付け加えることで、多少食われにくくしている。あまりにもおいしいと次代の後継者が残らないためだろう。かといってまったく手をだされないようなしろものだと、今度は散布してもらえないことになる。この悩ましさの中にドングリたちは身をおいている・・・。マテバシイの場合は渋み出はなく、殻を厚くして食べにくさをつくりだしている。
「実を小さくするのはどう?」
ラムがこういう。このアイデアもある。実を小さくしているのはブナの仲間だ。
堅い殻をカナヅチで割り、なかの身を細かくして、ドングリクッキングに挑戦。ラムとユウイチロウはハンバーグ状の物体を焼き上げた。(ただし甘い)ソラがつくったのはクッキーだ。僕はビロウの葉に生地を巻き、それを蒸してパンをつくった。
いずれもうまい。ただハラにたまりすぎる・・・。のどが乾くのでお茶がのみたくなった。そこでドングリ粉を炒ってお茶にしたら、これがおいしい。
「今日食べた中でこれが一番」
そういったら、ソラが「失礼な」といって笑った。

 140   ヤンマタケ
更新日時:
H19年10月25日(木)
埼玉へ。
ヤスダさんと待ち合わせた。
今回の目的は冬虫夏草の探索。
ふたりして、とある沢に向かう。
満ちからはずれ、沢に下りると秋晴れなのにちょっとくらい。逆光で黒いシルエットをおとす木々に囲まれたごくごく狭い幅の沢を遡って行く。
「あった。ヤンマタケ」
しばらくしたころ。ヤスダさんが小さく声をあげた。沢脇のヒサカキの幹にミルンヤンマにとりついたキノコがひっそりと自我を主張していた。
この沢でヤンマタケを見つけるのは。何度目のことだろう。最初に見つけたときも確か、ヤスダさんが一緒だった。
ヤンマタケがなにやらタイムマシンのように見えた。あのときと何も変わっていない。あのときとまったく変わってしまった。そのふたつの思いを同時にかかえこみながら。



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