学校生活支援

ayaは入院期間の大半(約8ヶ月)を個室管理の下病室から出ることなく過ごしました。
 
当然弊害も出ました。そんな思い 学校サイドの対応 後悔していること
退院後の学校サイドの対応 学校サイドの思い 母の思い
そんなことを少しずつ徒然に書いていきたいと思います。
6      学校サイドに伝えていること
外来の通院も土曜日にしてもらっているお陰で、経過観察のことで学校を休むことは
ありません。しかし定期的に検査を受けていることは担任には伝え、事後報告は
するようにしています。
 
また母の頭の中には常に”再発””晩期障害”ということがありますので、どうしても
担任の先生や養護の先生には病気の基礎知識は持っていただきたくて
北海道大学の澤村先生のHPのアドレスを伝えてあります。
(北海道大学のプロトコルで治療を受けましたので)
たぶん・・・読んでいただけていると信じています。
 
学校で嘔吐したときは必ず連絡が欲しいこと
風邪 水疱瘡 おたふく風邪などが流行の兆しを見せたときは、早めに連絡が
欲しいことをしっかり伝えてあります。
更新日時:
2006/09/21
7      給食のこと
退院後給食のことも心配事の一つでした。
食事量も多くはありませんでしたし、長く続いた化学療法 生もの禁の食事の影響。
元々偏食のある子供でしたし。最初は食べられないものが多かったようです。
 
しかし今時の給食っていうのは母たちが子供だった頃に比べて緩やかで
嫌いなものでもちょっと食べることにtryすればオッケーだったり、ある程度の時間に
なればお終いにするようなので、特に他の子供に比べてどうだっていうことは
なさそうです。
 
ただ毎日献立チェックはしています。
”このメニューなら これは駄目かもしれないけれど、これは頑張って食べてこようね”と
約束して毎日送り出しています。
更新日時:
2006/09/21
8      子供たちの関わり
退院後思ったことは、周りの子供は”退院してきたから全てが普通で、全て
自分たちと同じようにできるという風に思ってしまっている”ということでした。
 
”どうしてayaちゃんはこんな簡単なことが出来ないの?”
”ayaちゃんはどうしてこんなことも知らないの?”
”どうしてayaちゃんはこの遊びについてこれないの?”
 
結構傷つくことも言われているようでした。
親ですら退院してボチボチ普段どおりの生活に戻ってくると、つい入院していたことも
忘れつつありますから子供たちにしては当然だと思います。
 
aya自身はそんなことを言われたときは、そっとその場を離れることが多かったようです。
最近は”どうしてそんなこといわれにゃあかんの?”と強気で言い返すそうです。
 
母は目の前でそんなことを言われたときは、最初は黙っていましたが、最近はちゃんと其の子と目を合わせて話をするようにしています。
更新日時:
2006/09/21
9      学年が変わるときに対処されたこと
大筋で学校サイドは”見守る”という形で対処され、問題はなかったように思います。
担任のT先生は学年が上がるときにそのまま持ち上がっていただけました。
お陰で私は多くのことを語らずに、あるがままに見守るという気持ちになれました。
 
お友達も保育園時代からの仲良しさんで、入院中も折に交流のあったMちゃん 
Nちゃんを同じクラスに配するという心配りがいただけました。
教室が2階だったらきついなと思っていましたが、2年生は1階でした。
 
学習面においては、長時間歩いて移動する行事のときはあらかじめ連絡を頂いて
現地に近いところまで母が車で送り、帰りも学校まで送り届けるということをしました。
 
また体育の時間は例えばみんなが体育館3周走るところを、ayaだけは2周でいいとか
ハンディーをつけることをT先生はしていただけたようでした。
 
それらに対しては他の子供たちからは、少々不満の声も上がったようですが、
先生は毅然とたしなめられていた感はあります。
この辺のことはaya自身から聞いたり、折に触れ先生からお話を伺ったりしています。
 
更新日時:
2006/09/21
10      学校復帰へ向かっての担任とのメール交換
 
学校のクラス担任のT先生とは折に触れてメール交換をしていました。
退院の目処がたってからのメールのやり取りを抜粋して公開します。
学校サイドのスタンスが垣間見られると思います。
 
 
 
<12月中旬 後は放射線局所照射で終了の目処がたったころ>
 
T先生から>さて、校長、教頭に3月くらいから復学のメドが立ちそうだということを
伝えました。とても喜んでいました。
やはり、一度お母さん、お父さんに学校の方へ足を運んでいただきたいとのことでした。
(もちろん、2月に入ってからでいいのですが。)
 
 
ayaママから>復学前に校長先生、教頭先生にお目にかかる件、了解いたしました。
今後放射線治療が終わり、自宅待機の時期になりましたら
連絡の上、お伺いいたします。
その際にもし娘の病気のことなどがわかる資料なども必要なら
今までに取り寄せた文献などもありますので、お知らせください。
実は”脳腫瘍=小児がん”ということで、本人はもとより、回りの人間
(双方の祖父母、親戚、友人等など)への告知といった面でも
とても心配していることもあります。
学校の先生方には、学習面、体力面の他にも配慮をお願いしなければいけない面も
あるかと思います。その節はよろしくお願いいたします。
 
 
T先生から>校長、教頭、養護教諭にも、3月から登校できそうなこと、
始めは、ならし運転的に登校するため、早退することもあること、
一度双方で話し合う時間を持ちたいことなど、話してあります。
病気に関する資料などは必要ないのですが、
学校側がするべきこと、留意点などを資料として用意していただけると
助かります。
 
 
<年末の外泊が終わり、リハビリに入った頃>
 
ayaママから>年末に点滴が外れて以来、復学に向けて毎日人の気配が少なくなった
頃を見計らってウオーキングしています。さすがに9ヶ月近く病室だけで生活していましたので筋力低下が目立つようです。
(リハビリの先生も付けてもらうことにしました。学校内のバリアフリーがどこまでなのか
 気にしておられます)
 
 
 
T先生から>お正月に自宅に帰ることができたとのこと、
大変うれしかったと思います。
クラスの子供たちに、そのことを話すと、
とても喜んでいました。
○○幼稚園出身の子供たちの中で、△△△保育園へ
年中まで通っていた子供も、ayaちゃんのことを覚えていて、
3月に会えることを楽しみにしていました。
さて、新校舎のバリアフリー度ですが、
一応全面バリアフリーだそうです。
ただ、実際に入ってみると、案外不便なところが見えてくるものなので、
確証はできないとのことでした。
 
補足説明 :うちの周りは小学校入学までまずは保育園入園 途中から学校に付属しているような形になっている公立の幼稚園に入園される方がとても多いです。(うちは最後まで保育園でしたが)また学校はちょうど町内の全ての学校が統合される直前で、新校舎落成間近でした。
更新日時:
2006/09/21
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Last updated: 2007/9/6