下にも書きましたが、ayaの学校サイドでは、退院復学にあたり
”病気そのものより、現状でどうしてほしいか。どんな援助が必要か”
ということを知りたいと望まれました。
それに対するこちらからの回答は”主治医からの意見書”という形になりました。
私のほうから強くお願いして書いていただいたものです。
私の懸念は”とにかく他の子供から好奇の目で見られないか。
特別扱いをされすぎてクラス 学校で浮いてしまわないか”ということでした。
幸いにして担任の先生はayaの現状を把握しておられましたので、復学する日が
はっきりしたところで、先生方の朝礼のときに他の先生方にも
”バンダナをして登校すること そのことに関して他の児童へ配慮がほしいこと”
”登校は最初は親が一緒 体力がつくまでは車での登校になること”
”筋力が衰えているので、歩き方が少しぎこちないこと”
等を話していただけた様子でした。
復学後の様子をみているとその点に関しては、1年生から6年生まで全てのクラスで
何らかの話が各担任からあった様子で、自然体で学校が受け入れてくれた印象が
あります。
バンダナをしている理由に関しては
”抗がん剤投与 放射線照射で脱毛した”ということは伏せられ
”頭の手術をうけて髪の毛が生えそろっていないから、頭をぶつけると危ないから
バンダナをしているんだよ。取れとか言っちゃいけないんだよ”
と話をされていたようです。
筋力低下による歩行障害については
”1年もベットで過ごしていたからね。歩く力が弱っているから、ちょっと変な歩き方
だったり、歩くのがゆっくりだったりするから、急がせたり押したりしちゃいけないよ”
と話をされていたようです。
(後日談でどこへ行ってもなぜか学年の壁をこえて、みんながayaのことを知っているのにビビリました)
学力に関しては幸いにして、私が見ている限り国語と算数の基礎学力は
ほとんど他の子供と変わりないと把握していましたので、心配はしませんでした。
クラス担任の先生も同じ考えでした。
ただ懸念されたのは母子だけでの生活が長く続いていましたので、
”クラス全体での授業 まわりと関わりあいながら勉強すること”がうまくいくか
どうかでした。担任の先生も大きな心配事のひとつだったと話されました。
これに関してはやさしいまわりのお友達たちに支えられて、少しずつ馴染んで
いったように思います。
その他のことに関しては実際に登校してみないと、何が不便で何ができないのか
まったくわかりませんでしたので、連絡を密に取りながら問題が出てきたときに
対処法を考えていこうというスタンスでした。
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