<誕生>
<1998.4>
aya誕生 結婚10年目の授かりものでした。2640gとやや小ぶりながら元気な産声を上げました。乳児期は必要以上に泣かない手の掛からない子供でした。
当時は私は歯科衛生士としてほぼフルタイムに近い仕事をしており、産後は3ヶ月でayaを
同居の義母にたくし職場へ復帰しました。
義母が60歳になるのを待ち念願の保育園に入園しました。
一人っ子がほぼ確実な状態でしたので早く団体生活に、子供の中に放り込ませたいという
母の希望でした。
人見知りが激しくしばらくは園での食事も拒否し苦労しましたが、先生方に温かく見守られ楽しい
園生活となってきました。
入園2年目ぐらいになると、体力もつきほとんど風邪も引かずに元気に登園
朝8時から夜7時までの長時間保育をこなしていました。
<2004>
保育園年長さんに進級。
秋の運動会ではマーチングで小太鼓を上手に叩き、運動会以外でもクラスみんなでいろいろなステージに立たせていただく貴重な体験でした。
上がり症で照れ屋で、今までの生活発表会などの舞台は全滅状態のayaでしたが、
経験を積むというのはすごいことでそれが自信に繋がっているようでした。
12月中旬には保育園生活最後の生活発表会がありました。
昔話の劇でしたが、一人でのせりふの場面も無難にこなし成長の後が見られました。母はお友達の母たちとステージまん前、最前列で見守りました。
ステージ上からその母たちの姿を見つけたときのayaの表情は今でも仲良し母たちの語り草に
なっています。
<発病の予兆>
2004.12下旬
生活発表会が無事に終わったある日、職場に担任の先生から電話が入りました。
”ayaちゃん 今日嘔吐して具合が悪そうなので早めのお迎えお願いします”
生活発表会の緊張から抜け出して疲れが出たのだろうとの判断で、ゆっくり休ませ
翌日からまた保育園生活に戻りました。
しかし、この頃より年末にかけて少しずつ元気のない日が多くなり始めていたような気がします。
2005.1
年始の挨拶に私の実家に1泊。いとこのお姉ちゃんと楽しく過ごしました。
ただ、食欲はあまりなかったかなと思いました。
小学校入学に向けて、じいちゃん ばあちゃんからランドセルを買ってもらい楽しそうでした
一晩泊まった後朝食時に嘔吐。風邪の予兆かと思い早めに帰宅。
昼食のために立ち寄ったファミレスで嘔吐
新学期が始まった後しばらくして、突然滝のような嘔吐を繰り返す日がありました。
T小児科受診 ”風邪だろう”との診断で抗生剤処方 発熱はしない状態でした。
この頃より保育園から”嘔吐しました”の報告が度々あり、仕事を早退して迎えに行く頻度が
高くなりました。
薬がなくなる4日後ぐらいに同じ症状を繰り返していたでしょうか?この辺の記憶は曖昧です。
発熱がないので保育園にはほとんど休まずに行っていました。(今思い起こすと無謀です)
仕事を休みたくない母のエゴでした。たぶん・・・
T小児科からは当時ウイルス性の風邪が流行っていたこともあり、それに対する処方、
投薬がなされていました。
T小児科の先生からは”団体生活をしているから、治ったと思ったらすぐ次のをもらってきちゃうんですよね・・・”とのお話を頂いていました。
1月下旬になっても度々同じ症状を起こすので、保育園サイドからは
”自家中毒の疑いをもたれませんか?尿検査で判るので一度検査をお願いしてみてはどうですか?”とのアドバイスをもらっていました。
”自家中毒”・・・・知識が全くなかったのだが、一種の子供の精神的ストレスから発症するものだと
知り、私はかなり悩んでいました。
T小児科でその旨を伝えるものの、”状態からしてそれはないでしょう”との診断で尿検査もされずじまいとなりました。
ちょっと不信感を持ち始めていました。あまりにも対症療法しかやってもらえなかったからです。
ノロウイルス感染ならその確定診断がほしいと思っていました。
週末になるとスキーにも出かけていました。
実は入院の10日前にも妙高高原へのスキー旅行に出かけ、3キロのロングクルージングも楽しんできました。
休み休みでしたが特に体調の悪さを訴えることなく1泊の旅行を楽しみました。
小学校の体験入学もあり、楽しい日々だったと思います。
ただ保育園では嘔吐することが日常的な出来事になり、一部のお友達からは
”ayaまた吐いたよ〜〜〜”と言われることもあり、本人はきつかったのではないかと思います。
(退院後の後日談で親しいお友達のお母さんは”ayaちゃん、まっすぐ歩けないのよ〜すぐに吐いちゃうし・・・”という報告を受けていたそうです)
また家庭では私が叱り飛ばす声に過剰に反応し、頭を抱えて”うるさい”と耳をふさぐシーンも度々見られていることがあったように思います。
これは今思うと頭痛を訴えていたのですね。
私は繰り返す原因不明の嘔吐 度重なる保育園からの呼び出し 職場でのプレッシャーにかなり疲れていました。
この頃より転医を考えるようになり、親しいお母さん方にどこの小児科が良いか
聞いて回っていました。
今度嘔吐したと呼び出しがあったら、絶対環境を変えてみようと決心していました。
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