<IVH挿入オペ>3.17(木)くもりのち晴れ 入院21日目
IVH挿入のためのオペ日。朝食後絶飲食
14時 オペ待ちの退屈な時間にT医師と神経衰弱。なんとaya圧勝(^^♪
15時半 オペ室へ
17時45分 帰室
21時15分 飲水オッケーとなり遅い夕食
今後の治療の仕方を再度説明受けるものの、化学療法と化学療法の狭間は一時退院できるのかはっきりしない。
少しでも学校に行けることを祈る。
化学療法第一クールは3・22(火)開始予定
<面会自粛??>3.20(日)晴れ 入院24日目
姉一家 妹一家面会 親戚のM一家面会(これは戸惑った)
Drより化学療法開始に向けて必要以上の面会者がないようにと言われる。
ダンナ 義母面会
抗がん剤についてと化学療法時の一日のスケジュールについてT医師より別室にて母に説明有り
経験をまだ積んでいないことは判っているのに”僕が今まで経験したところ・・・”という言葉が
多用され母は少し不信感を持ってしまった。
午後ダンナ面会時 再度説明有り どのような説明だったかは不明
ダンナは”まかせるしかないだろ”としか言わない
義母の滞在時間が長く(だんなと一緒に来て一緒に帰るのだから仕方がないけど)疲れた。
<保育園の先生のお見舞い>3.21(祝)晴れ 入院25日目
RBC 307万 Hb 8.8 WBC7210 好中球4520 血小板 34.1万
保育園の先生方お見舞い。大きな大きな千羽鶴 クラスのみんなからのお見舞いボイスレター
千羽鶴は退院の日までayaの頭上で見守り続けてくれることとなる。
昼頃から面会時間終了までダンナ来る。
感染防止のためのファキゾン吸入 一日4回
バクタ内服 一日3回 が義務付けられる。
22時より化学療法開始に向けて点滴の量が100mi/hとなる。
ルート交換時少しでもayaのストレスが少なくなるようにと、ラインを長く繋いで下さり、
部屋の中を比較的自由に動き回れるように配慮してくださった。
<いよいよ化学療法> 3.22(火)曇り 入院26日目
いつも通りに起床
9時 F医師 T医師 脳外科A医師次々に来室
吐き気止めの”カイトリル”開始 尿量 Ph測定のためにバルーンも入る。
(これが入ったので当面は昨日延長してもらった長いラインが機能しなくなり、自由が少なくなった)
ayaはこれがとてもイヤなので不機嫌になる
10時 シスプラチン
12時半 エトポシド マンニトール
14時半 イホスファミド メスナ
18時 メスナ
22時 メスナ
尿は血尿が出ることなく、順調に出ている。
マンニトールが入っている時は、口渇がつよくなるのかしきりにお茶を要求する。
嘔吐なし 食欲も普段と変わらず全体量の7割ぐらい
ダンナからしょちゅうメールが来た。
<第2日目> 3.23(水)晴れ 入院27日目
嘔吐なし 食欲変わらず
ビデオを見たり 折り紙をしたりいつもと同じの生活
少し髪の毛が抜け始めた様子あり
<嘔吐始まる?>3.25(金)曇り 入院29日目
朝食後嘔吐
夕食後嘔吐 バクタを飲んだ後嘔吐する傾向にあり。
ファキゾン吸入一日4回だがなかなかayaのタイミングと合わず、夜の吸入が就寝後になるので
朝一日分をまとめてもらい、私の管理下で行うことにする。
今日は本来ならayaの保育園の卒園式
すごく楽しみにしていたので、それを考えると涙が出そうになる一日だった
本人は”面倒くさいのに出なくて良くてよかったわ”などど言っていた。本心はわからない。
保育園の仲良し Nちゃんのママからメールあり クラス担任のN先生もとても心配してくださっているとの事
<第1クール終了> 3.26(土)雨 入院30日目
夕食後のバクタ服用で嘔吐
他はあまり変化なし
ダンナが昼ごろから来ていて、その間私は2時間ばかり友人と息抜きをしてきた。
<ストレスたまる>3.27(日)晴れ入院31日目
おやつの時間に唐突に嘔吐
”カイトリル”を当面続行させることとなる。
食欲なし 親子ともに何となく気分がのらずストレスのたまる一日
日曜日だと言うのに小児科担当のT医師は元より、脳外科I教授も病室に顔を見せてくれた。
18時 バルーン抜去 点滴量通常通りの20ml/hに戻る
<浣腸????> 3.28(月)雨 入院32日目
RBC356万 Hb10.1 WBC2770 好中球2770 血小板24.1万
化学療法開始以来便が出ていないので、はじめて浣腸をする。
小学校入学に備えて、勉強する習慣をつけたくて今日から午前中の2時間ほどをお勉強タイムと位置づける事にする。
<生もの禁>3.31(木)曇り 入院35日目
RBC310万 Hb8.7 WBC1410 好中球831 血小板17.2万
好中球数が1000以下になったため、食事が”生もの禁”となる。
生野菜 生卵 果物 生クリーム 刺身 これらのものが禁止となる。
また部屋の外へ出ることも原則禁止。
感染防止のため手洗い うがいをきちんとすること!!
本日で研修医T医師が小児科研修終了
明日からはちがう研修医が小児科主治医となるとのこと。
T医師から
”君は大変な病気になってしまった。でも頑張れば絶対に治るから、これからも頑張るのだよ。<BR>
僕とは仲良く慣れなかったけど、今度の先生とは仲良くしてね”の言葉が残った。
母にとってはあまりうれしくない言葉掛けだった。
<閉塞アラーム>4.2(土)晴れ 入院37日目
IVH閉塞アラームが頻回に鳴る。首の微妙な角度によるもの???
夕方から3時間ほどダンナがやってくる。
遊びのアイテムとしてパソコン導入
DVDを見たり、ゲームをしたりできるようになりありがたい。
嘔吐はないものの食欲は化学療法開始前より減退したまま
<嘔吐治まる>4.4(月)曇り 入院39日目
RBC305万 Hb8.7 WBC1430 好中球570 血小板14万
本日からカイトリル中止
<小学校の入学式> 4.6(水)晴れ 入院41日目
本来なら今日は小学校の入学式
学校サイドの配慮で保育園時代の仲良しさんと同じクラスになった様子。ayaはそのことをとても喜んでいる。
仲良しさんが同じクラスなら、学校へ行ったとき安心だものね。
ママ友からのメールに、母涙 入学式のとき保育園時代のお友達から”ayaはまだ来ていないの???”との言葉があったとの事。
忘れられていないと思うと少し勇気が出た。
抜け毛が目立つようになってきた
<脱毛ひどくなる>4.7(木)雨 入院42日目
RBC209万 Hb8.6 WBC1550 好中球685 血小板8.2万
全頭的に抜け毛がひどくなりベッドが真っ黒になってきた。
涙を隠してayaとゲームのようにガムテープでペタペタ取ることに専念する。
暗い気分になってしまうと余計にストレスたまるものね。ayaが明るいことが幸い。
本人は最初のオペで短髪になったときのほうがよっぽどショックだったとの事。
パントリーでayaの担当ナースGさんに声をかけられ、一緒に涙した。
ここまでズルズル抜けるとは、想像以上である。本当に音もなくずるずる抜けるんだと実感。
母友人Yちゃん 寄ってくれる。ayaにビデオを見せておいて1時間ばかりパントリーでおしゃべり。
気に掛けてくれる友人がいるってありがたい。
保育園ママ友 Kさん Eさんからメール有り
<教科書に名前書き> 4.11(月)くもりのち晴れ入院46日目
RBC309万 Hb8.9 WBC1680 好中球504 血小板7.2万
IVHの閉塞の頻度があまりにもひどいので、F医師と相談の上回路に水酸化カルシウムを通してライン内を洗浄してみることにする。
学校の教科書が昨日届いたので名前を書き、空き箱で即席の本棚を作る。
小児科はパソコンの使用 携帯電話の使用がオッケーなのでインターネット使用をなんとかできないか方策を探り始めることにした。
さすがに病室の電話に繋ぐことは無理だろう。
<お誕生日> 4.14(木)晴れ入院49日目
aya8歳のお誕生日
生禁のためクリームは食べられず。地下の売店にてできるだけクリームの付いていないケーキを購入して二人でお祝い。
しっかり治して来年は美味しいケーキをおうちで食べようねって笑った。
MRI検査(最近立つときに少しふらつきがあるような感じだったので) それとIVHの状態確認のためのレントゲン撮影
夕方A医師 MRIで異常なしとのこと
<放射線治療についての説明>4.18(月)晴れ 入院53日目
昼I医師より放射線療法についての説明。
副作用 晩期障害などとても気になっていたのでそれについても説明していただき、資料も頂いた。
ただ、後遺症などの心配よりもミクロの単位で髄芽腫の細菌がまだ残っている可能性を否定できず、それを叩くことをしなくて再発することのデメリットのほうが
大きいのだと説明があった。納得できた。
まず全脳照射 一日2Gy×12回 計24Gy照射
その後全脊椎照射予定
来週月曜日より開始予定
食欲はかなり戻ってきた。
インターネット接続の件 ”エッジ”使用でうまくいかないかとりあえず申し込んで使用してみることになった。
夕方ダンナが突然やってきて設定するものの、電波が弱いのかうまくいかない。
廊下に出ればなんとかなる。
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