入院期間が始まった頃、ダンナが落ち込んでいる私を見て”日記でも書けば?”とふともらしたのが
日記を書き始めるきっかけでした。
入院の初めの頃はayaの病状が心配なのは元より、自分の身の置き所のないことに戸惑いました。
ayaの状態 一日のスケジュールを事細かに書くことが私の仕事になりました。
ノートには何時分 何をした。どの先生がいらっしゃった。何を食べた・・・・ひたすらそんなことが
綴ってあります。退院する頃には6冊以上になっていました。
今考えるともっと具体的に尿量はどれくらいだったか 熱は? Nsとどんな会話をしたの?
そんなことが書いてあれば良かったのにと思います。抗がん剤が入っている時もどんな薬が
どのくらいのスピードで入っているのか・・・そんなことすら記述していない不完全な日記でした。
闘病記としてまとめるにあたり、そんな無機質な不完全な日記帳から少しでも感情的なものを
拾い出せれば、良いなと思いながらキーを打ちました。
読まれた方が少しでも参考になるようなことが思い出しながらも書ければ良いなと思いました。
ダラダラとした日記を読んでいただいた方 ありがとうございました。
入院期間全体を通して、ayaと母の病室には悲壮感がなかったと自負しています。
”部屋移動”ということがないという前提でしたので、病室内はいつもいろいろな作品で
埋め尽くされていました。(Ns達の息抜きの部屋になっていたという話もあります)
ayaに”病気であること”を意識させないように、楽しく過ごさせることだけを考えていました。
学校に復帰した時に引け目を感じさせることがないように、
周りには”病気療養中なんだからほどほどにしなさいよ”と言われながらもしっかりと勉強させました。
たぶん負けず嫌いな母のエゴもあったと思います。
今ayaは1年の空白を埋めるべく、楽しんで学校生活を送っています。
毎日お友達といることが何より楽しくて仕方がない様子です。
先のことはわかりません。将来出てくるかもしれない放射線治療や化学療法の後遺症 晩期障害。
起こりえないとは言い切れない再発の不安。母はまだ気を緩めることの出来ない日々です。
ただ今いえることは、何かあってもその時はその時。精一杯やるだけだということです。
ayaは元気です!!不思議なくらい元気です。
こういう症例もあるということで・・・・。
くもりのち晴れ!!
2006.7月 管理人 ayaの母 かんみ
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