11月6日(月)
夜中の12時過ぎに、向かいの患者が「うめき」だした。しかも今回は「南無阿弥陀仏」のお経である。これにはさすがに参ってしまった。何となく身体が嘘寒くなり、もう駄目である。同部屋のNさんと2人で我慢できずに飛び起きた。 この問題は、病院側と相談しなければ解決しない。朝、廊下でNさんと話し合い、これは冗談毎ではないということで、婦長に話をして、解決してもらうことにした。・・・それに今日は、2回目の「抗ガン剤」の点滴の日だ。なにはともあれこっちのほうが先決である。頑張らねばならない。
AM10時:点滴開始〜12時15分終了。
別段なんの異常もなかったが、参ったのは、途中2回もトイレに立ったことだ。1時間ともたない。これは小生が、前立腺の薬を飲んでいるせいもあるのだろう。それと、冷たい薬が体内に入っていくので、多分にそのせいもあるようだ。仕方なくなく薬をキャリーにぶらさげてトイレまで歩いた。
11月7日(火)
*朝食 (飯、卵焼き、みそ汁、きり干し大根、キャベツ朝漬け)
夜中にやはり熱が出た。38度5分。足のほうに悪寒がある。寒くて毛布をしっかり欠けて寝る。氷枕をして汗を取るために、下着を出して着けた。・・・が、さほど汗は出ず、次第に熱も下がってきた感じだ。熱冷ましの座薬を使ったせいだろうか?
看護婦にお湯をもらい身体を拭いた。大分さっぱりして気分がよくなった。吐き気その他はあまりなく、ただ気だるさは多少あるがたいしたことはない。
午前10時20分。突然、ベッド係りが来て部屋の移動をするという。いささか吃驚したが、これは例の部屋の環境のことでこうなったんだろう。移動先は廊下の突き当たりで、たいへん明るい部屋になった。ここでまた気分一新闘いがはじまる。もう一踏ん張りしなければならない。そんなとき、妻が来て、「兄貴が脳梗塞で倒れて入院した」と、病院から電話があったということを聞く。ろれつは割と確かで症状は軽かったようである。「こんなことでは死なない」 と強がりを云っていたとか・・・。兄貴らしいなと思ったものだ。それにしても、兄弟で病に伏すとは、なんと運の悪いことか・・・。
11月8日(水)
夕べまた熱が出た。38度。身体が熱っぽくて駄目だ。看護婦に水枕を要求しアイスノンを当てる。気持ちよくていいのだが、解熱剤を使わないので、熱はなかなか下がらない。どうも点滴を受けると熱が出るのはしかたないのか? 朝食後、シーツ交換の合間を利用して、運動不足解消のために、屋上でウオーキングをしたかったが、不整脈が少しあるので自重した。日中はなんとかよかったが、午後4時を過ぎる頃から、昨夜同様身体が熱っぽくなってきた。原因は何なのだろう?多分、副作用だと思われるが・・・無理は禁物である。
11月9日(木)
*朝食 (飯、卵焼き、ほうれんそうのお浸し、さつまいも、みそ汁)
体調は万全ではないが、熱が出ないだけ助かった。身体はかなり楽である。体力の消耗も少ないし、快復を目指すには良い傾向だ。ただ、胸のむかつきがあって食欲があまりないが頑張って食べた。味が薄いのがなにより苦手な小生なので、今度何か「佃煮類」を買ってきてもらおうと思う。もう少しの辛抱なのだから・・・。
今朝は採血があり、またもや看護婦が失敗して悲鳴をあげていた。新米看護婦でしかたないのかもしれないが、こっちはかなわない。ところで今回の採血結果はかなり注目していい。とにかく2回目の抗ガン剤の投入であるからだ。
11月10日(金)
夕べは排尿回数がやけに多く、夜中に何回もトイレ通いをした。
今日は、頭を丸める覚悟をした。髪の毛が大分抜けて後始末がたいへんだからだ。娘から貰ったバンダナの役に立つ時が来た。薬物投与をすると、必ず便秘がおきてくる。一連の流れの中で仕方ないにせよ、吐き気と重なると非常に気分が悪い。
食事の無味にはまったく閉口だ。喉を通らない。かといって栄養管理士にけちをつけるつもりはないが、小生薄味はほんとうに苦手なのだ。これって江戸っ子の宿命かな?
2回目の採決結果が届いた。数値はあまりさがっていない。それにしても、免疫力となる食事が摂れないのは痛手である。
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