「今日から、とうとう病院での闘病生活に入るんだな」・・・複雑な気持ちで支給されたパジャマに着替えてベッドの上に座ると、そんな思いが脳裏をよぎり、なにか不安と虚しさで、身体の力がすーっと抜けていくような気がした。病室の人達は、病名こそ違え、みんな同じように「癌患者」である。気のせいかなんとなく元気がない。やはり大変な病気に罹ったという悩みと不安の自覚めいたものがそうさせるのだろうか?
私は起きあがってスリッパを履き、病室を出て、病棟の階段を、10階から順に9・・8・・7・・6・・5・・と下りながら、周り歩いた。いずこも同じというか、どこの病棟も部屋の雰囲気も変わりはなく、独特の、なにか張りつめた緊張感のようなものが流れている。「みんな精一杯頑張ろうよ」 そう胸の中で励ましながら自分の病室へ帰った。
朝は時間通り、午前6時の起床からはじまり、看護婦達の勤務交代、引き継ぎ、部屋の掃除、消毒、検温、採血などがはじまり、結構ざわざわと忙しない。こうして、朝、昼,晩の食事時間を除いては、各患者に割り当てられたスケジュール通りに1日が進められる。
身体を動かせる者には運動をかねて、消毒薬を含ませたガーゼが2,3枚ずつ配られる。それで感染予防のために身の回りのベッドの手すりや、サイドテーブル、テレビ等を拭くき清める。清潔第一だ。
部屋の清掃は、換気扇など無いので、空気の流通がもう少し良ければいいがと思う。窓は結構大きいのだが、事故防止のためかストッパーが付いていて、どの窓も15p程しか開かないようになっている。これは致し方ないことかもしれない。何故なら、大勢の患者のなかには、病のためこの世を儚んで飛び降り自殺をする人が無きにしもあらずだからなんだろう。事実、私の近所の人で、末期がんで治らないと云われたことに悲観して、一時外泊の時に、車ごと電車に飛び込んで自殺をはかったというショッキングで悲惨なこともあったからだ。
食事は、病室のテーブルで摂るが、食事時間には、係りのおばちゃんが「お食事ですよ〜」と配膳車でやってくる。それを各自セルフサービスで運んで食べることになる。食事の内容は、管理栄養士の作ったメニューである。さすが塩分は少なく、1日10グラムをきっちり守ってあるのだろう。・・・だもんで、我々が口にすると、まるで無味に感じてなかなか喉を通らない。いかに、いままで家庭で食べてきたものの味が濃いものであったかが判る。・・・が、「もう少しなんとかならないかなあ〜」と思うのは贅沢であろうか? これは、どこの病院でも似たり寄ったりなのかもしれない。いつか聞いてみようと思っている。
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