今日は実家の母のびわ温熱療法の日でした。
長女が「その後、叔母さんのお見舞いにも行くでしょう?
私は今日、バイトも部活もないからついていこうかな」と言い、
オットは「オレも行くから、運転はオレがしてくよ」と言うので、
3人で実家に向かいました。
シュウトメちゃんも退院以来、動けるようになってきて、
出かける前に、湿布や足の包帯、食事やお茶、
お水を目の前に置いておけば、不自由しなくなりました。
普段はお昼ご飯の時間に、食事を目の前に出してから、
12時過ぎくらいに実家に向かうのですけれど、
びわ温熱療法に行く日は、朝にお昼ご飯も盛り付けて、
行くことになるので、冷めたお昼を食べる事になります。
自分でご飯を盛ったりしてバランスを崩すと、
転倒の危険があるので、仕方ないのですね。
レンジもシュウトメちゃんの座席のすぐ横にありますが、
ここに出し入れするのも、まだ怖いというので、
温める事も出来ないのですが、お弁当と思ってもらってます。
ある人のブログを読んで、少し心を入れ替えようと、
「私の都合で、冷めたご飯で我慢してくれてありがとう」
そう言ってみると「いいんだよ。koalaさんも大変だね」と
優しい言葉が返ってきました。
別に、いつも鬼みたいなわけじゃないんだよ。(笑)
実家の母の家で、少しお茶を飲んでおしゃべりした後、
びわ温熱療法の施術院に向かいました。
私と母は施術院に、オットと長女は隣の喫茶店に。
その後、ランチに行きましたが、4人で食べたためか、
母はいつになく食欲がありました。
本当にねぇ、一緒に住んであげられれば、
タイミングを考えて、少しずつさっと出来立てのものを
出してあげられるのに・・
夕食だって賑やかな中で食べさせてあげられるのに。
そんな無理な願いがまたふっと頭をかすめました。
でも、そんな、ないものなだりはやめましょうね〜。
今日、こんなランチ時間を持てたことに感謝しました。
入院中の叔母は、手術前の計画では、もう歩いているはず。
昨日は車椅子で移動し、今日からリハビリで歩くはずでした。
でも「痛くて動けない」と言ってきかず、
ベッドを起こして、上半身を起こすことさえ拒否します。
叔母は変わり者だけれど、意志が強く、我慢強く、
2度の脳梗塞の後遺症が出たときも、必死でリハビリし、
自分のことは自分でしたい「おひとりさま」を貫いてきたのに、
今はすっかり無気力になっています。
私としては、転倒したデイサービスの人で、
できたら、叔母と親しかった職員さんが顔を見せて、
今回はこんな事になってごめんなさい、
痛いけれどリハビリして、戻ってきてくださいね、などと、
励ましの言葉でもかけて、やる気をださせたいのですが、
このデイサービスの関係者は、転倒した日に、
駆けつけた私たちに事情を説明し、では、と帰られて、
その後は、1度も、お見舞いさえないのです。
私がデイサービスに対して、何も言わないのには訳があります。
そのデイサービスは、ある整形外科の経営で、
叔母は2週間今の病院に置いてもらえますが、
その後はリハビリに、その整形外科に転院するのです。
叔母も実家の母も、昔ニンゲンなので、
お世話になることがわかっている所に何か言っては、
不利なこと、肩身が狭いことになりはしないかと
考える人たちなのですよね。
その後も、このデイサービスはリハビリ施設があるので、
背に腹をかえられず、利用する事になるかもしれません。
私はデイサービスに、感情的に何か言うつもりはないです。
今後こういうことが起きないような方向に、
どんな努力をしてくださるか、はっきりしたいだけです。
出来れば、信用できないので、他に施設があれば、
そちらに移ったほうがいいと感じています。
でも、そちらが今のところよりいいという保証はないし、
高齢の叔母には、慣れているというのも大事でしょうし、
今までこの叔母と特別懇意だったわけではないので、
実のところ、どこまで私の判断で行動していいのかと
そんな風に考えると、自分からデイにコンタクトをとるのもね。
それにしても、手術したのに1度も見にもこないなんて、
私たちの理解外です。ケアマネさんのお仕事だから?
ケアマネさんはお見舞いに来て、声をかけてくださいます。
実家の母は、叔母にはっぱをかけています。
「痛くても、動かなきゃダメ。今までも頑張ってきたじゃない」
今までも頑張ってきた結果が痛みと不自由な体だから、
叔母も、無気力になっているのだけれど、
母も、自分が健康なら、面倒を見てあげられるのに、
私はこんな風になっちゃって、何もしてあげられない・・・
叔母に自力で頑張ってもらうしかないのに・・と
気が気ではなくて、つい言ってしまうのですよね。
母が暗い気持ちになるのを避けたくて頑張ってるのに、
こんなことが起こってきてしまうのは辛いです。
叔母と母は性格もいろんな嗜好もとても違っていて、
同じ敷地内の別建物にそれぞれ住んでいるのですが、
母が末期がんと言われても、関係が濃くなることもなく、
ひとりが大好きな叔母はマイペースで暮らしていました。
今が一番、姉妹でかかわってるのかもしれません。
それはそれで意味があるのかもしれません。
病室にいる時、シュウトメちゃんから電話がありました。
帰りにバナナとペットボトルのお茶が切れてるから、
買ってくるようにという電話でした。
私を忘れないでねというように聞こえました。(笑)
明日はシュウトメちゃんを美容院に連れて行き、
月曜日は、病院の循環器内科の受診に連れて行きます。
火曜日はデイサービスに行き、水曜日は病院のリハビリ。
忘れようがないですよ、シュウトメちゃん・・・。
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